散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

目黒ウォーキングと昼食会(2)

いつの間にかFC2にUPLOADするファイルサイズの上限が2MBに変更になっていたようだ。今回から従来のファイルサイズの倍程度に上げてUPLOADしてみた。腕前が良くないのは相変わらずだが、多少は見た感じが違うだろうか。
フルサイズの画像データには思い切りすごさを見せつけられるようになるかもしれない。


権八・小紫の『比翼塚』
目黒不動尊瀧泉寺の門前にある。『比翼塚』という言葉が、今でも残っている。好きあって死んだ男女や、仲のよかった夫婦を合葬した墓あるいは記念碑をそう呼ぶのだそうだ。こちらは、有名な権八・小紫の『比翼塚』だ。さらに、この近くには、小紫の身を案じた三浦屋の下女『かむろ』の悲しい話も残っている。
そこには『新東京名勝・選外十六景 目黒不動』の碑も立っている。選外にしか扱われなかった腹いせで、敷地内には立てさせなかったのだろうか。

権八・小紫の『比翼塚』_1
権八・小紫の『比翼塚』_2
むかし、ここには普化宗東昌寺がありました。
江戸の初め、鳥取藩士平井権八は父の同僚本庄助太夫を殺害して江戸に逐電。吉原三浦屋の遊女小紫と馴染となって金に困り、浅草日本堤で通行人から金銭を奪い辻斬り殺人強盗を重ねました。
ある時、この寺の住僧随川にかくまわれ、尺八を習いました。改心した権八は死ぬ前にもう一度両親に会いたいと思い、虚無僧となって郷里鳥取に帰りましたが、すでに両親とも他界していました。観念した権八は江戸に戻って自首し、鈴ヶ森で処刑されました。
随川によって遺骸は東昌寺に葬られましたが、そこへ小紫が吉原から抜け出てきて権八の墓の前で後追い心中しました。人々は二人を哀れみ建てられたのが、この比翼塚です。
平井権八の話は、浄瑠璃や歌舞伎に脚色され、白井権八のモデルとなりました。
また、江戸に出奔して行く美貌の若侍白井権八が、鈴ヶ森で大勢の雲助にからまれて、やむなく切り払って立ち去ろうとした時、江戸の侠客幡随院長兵衛が駕籠の中から権八を呼び止める「お若えの、お待ちなせえやし」の名科白はご存知と思います。正当防衛とはいえ人を斬ったのを見られた権八はうろたえますが、長兵衛は口外しないと安心させ「いつでも尋ねてごぜえやせ。陰膳すえて待っておりやす」と江戸での再会を約束する名場面です。
実際には権八が生れるころに長兵衛は、旗本奴の水野十郎左衛門に殺されています。


目黒不動尊瀧泉寺(1)
仁王門
いかにも戦後、鉄筋コンクリートで再建されたという感じがありありの残念な外観だ。
仁王門
垢離堂
青龍大権現をまつる
垢離堂_1
垢離堂_2
前不動堂
東京都指定有形文化財。戦災に焼かれた諸堂の中にあって、勢至堂とこの前不動堂が、江戸時代からの建築物として残る。敷地の端っこにあった二つの堂宇のみが残ったのか。何度行っても、その隣の勢至堂の方は見落としている。何故だろう。
前不動堂
独鈷の瀧
お寺の名称・瀧泉寺の名の由来ともなっている。慈覚大師が仏具である独鈷を投げたところ、その場所から霊泉が流れ出した、という伝承があり、現在も枯れることがないのだという。また、江戸時代には、周囲の村々の田畑をも潤したのだとか。これだけあちこち掘り返していて、水脈が未だに枯れないとは不思議なほどだ。
独鈷の瀧_1
独鈷の瀧_2
独鈷の瀧_3
独鈷の瀧_4
独鈷の瀧_5
水かけ不動明王
こちらもご本尊の不動明王像に似ているのかなあ。
水かけ不動明王
恵光照無量
ずーっと読めずにいた。思い切って寺の人に聞いてみた。
私の智慧は、このように光の如く、尽きることがなく、寿命が尽きることがない。それは、永きにわたり、修行して、そうした光を得たからである。…というようなことらしい。
画像を拡大して読んでみると、
明治四十年六月寄付 滝場修繕工事 京橋区鎗屋町 大鐵
と書かれてあった。

恵光照無量_1
恵光照無量_2

関東三十六不動霊場札所・江戸三十三観音霊場結願札所・山手七福神札所
『目黒不動尊ご詠歌』 清らけき 目黒の杜の獨鈷瀧 災厄難を除ける不動尊
『聖観世音ご詠歌』  身と心 願ひみちたる不動瀧 目黒の杜におはす観音
目黒不動尊は、天台座主第三祖慈覚大師圓仁が開かれた関東最古の不動霊場です。
日本最古の土板(縄文時代)が発掘された境内は、往古より霊域であります。
大同三年、十五歳の慈覚大師は、伝教大師最澄のもとへ赴く途上、当地に立寄られ、霊夢を見ました。
面色青黒く右手に降魔の剣を提げ左手に縛の縄を持つ誠に恐ろしい形相の神人が枕上に現れて『我この地に迹を垂れ魔を伏し国を鎮めんと思ふなり。来つて我を渇仰せん者には諸々の願ひを成就させん。』と告げられました。
夢覚めた後その尊容を自ら彫刻されたのが、御本尊目黒不動明王です。
堂宇建立を決意された大師が、法具の獨鈷を投じると、そこに泉が湧出。「獨鈷の瀧」と名づけられたこの霊泉に因んで、当山を「瀧泉寺」と号されました。
貞観二年には清和天皇より「泰叡」の勅額を賜り、爾来「泰叡山」と称します。
寛永年間には、徳川家光公の帰依を受け、堂塔伽藍が復興されました。
目黒で鷹狩りをした際、愛鷹が行方しれずになり、三代将軍は自ら目黒不動尊御宝前に額づき、祈願。すると忽ち鷹が本堂前の松樹(鷹居の松)に飛び帰りました。
この霊験を目の当りにした家光公は瀧泉寺を篤く尊信することとなり、大願成就の報恩に、諸堂末寺等併せて五十三棟に及ぶ大伽藍を造立します。
歴代の将軍が折々に参詣する宏壮な堂塔は『目黒御殿』と称され、庶民も列を成して詣でる江戸随一の名所となりました。
青史に名をとどめる傑士が多く参堂し、さつまいもの栽培を広めた「甘藷先生」こと蘭学者・青木昆陽が当山の墓地に眠り、毎年10月28日には先生の遺徳を偲ぶ『甘藷まつり』が開かれます。
二宮尊徳は報徳仕法の成功を祈誓し、西郷隆盛は主君島津斉彬公の当病平癒のために日参。東郷元師は日本海海戦の勝利を立願しました。
その所願は円満成就し、いよいよ不動尊信仰は隆昌を極めました。
開創以来千二百餘年を閲する今日も変ることなく、鎮護国家並びに萬民豊楽を祈念して、護摩供が毎日厳修され、毎月28日の目黒不動尊大縁日には、門前や境内に露店が並び、多くの参拝者が訪れます。

Comments

こんばんは! 
AzTakさん、こんばんは!
もう何度か紹介された目黒不動尊ですが
未だに行けていません 汗)
権八・小紫の『比翼塚』・・・こういう心中もの好きです 笑)
Re: こんばんは! 
> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、おはようございます。

> もう何度か紹介された目黒不動尊ですが
> 未だに行けていません 汗)

しばらくはこれで行ったつもりになってください。いつか、口直しに素晴らしい写真を撮って見せてください。

> 権八・小紫の『比翼塚』・・・こういう心中もの好きです 笑)

嫌いじゃ無い方が多いようですね。かむろの悲話まであるんですから、ものがたりの悲しみ度が上がる一方です。
AzTakさん 
こんにちは
目黒不動尊は東京勤務の頃に聞いていましたが、若気の至り、とうとう行かずじまいです。
だからご利益が無いのかな・・・
村の鎮守様に祈願してます。
それにしても流石に、著名人が祈願していますね。
 
こんにちわ(’-’*)♪

龍の口から流れている水は湧き水ではなく、滝なんですね。山とかから流れてくるのでしょうか?
かわいくて面白い龍ですね。
こんにちは 
目黒のお不動さんですね。

興味深いものがたくさん見られますね。

垢離堂(こりどう?)始めて見ました。
中でつめたい水を被って身を清めたのでしょうか。

面白いです。情報ありがとうございます。
Re: AzTakさん 
> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 目黒不動尊は東京勤務の頃に聞いていましたが、若気の至り、とうとう行かずじまいです。
> だからご利益が無いのかな・・・
> 村の鎮守様に祈願してます。

ふふふ、それでいいのでは。

> それにしても流石に、著名人が祈願していますね。

昔は神仏に祈るのが基本だったでしょうから。素朴な時代だったんですね。
今だと、ロビー活動ってやつでしょうか。つまらないものが米国から流れてきましたね。
Re: タイトルなし 
> こんにちわ(’-’*)♪

keikoさん、こんばんは。

> 龍の口から流れている水は湧き水ではなく、滝なんですね。山とかから流れてくるのでしょうか?
> かわいくて面白い龍ですね。

わき水を落としているんでしょうね。目黒区は池が昔から多かったんです。つまりわき水が多く、処理に困っていたほどだと聞いています。でもあのあたりは、明治通りとか、最近では、中央環状線とか、いろいろ地下を削っているので、今後も枯れずに水を流せるものか、個人的には心配しています。
そうですね。下の方から見ると、確かに目があるようですが、普通の高さからは目が見えませんね。
Re: こんにちは 
Romanさん、こんばんは。

> 目黒のお不動さんですね。
>
> 興味深いものがたくさん見られますね。
>
> 垢離堂(こりどう?)始めて見ました。
> 中でつめたい水を被って身を清めたのでしょうか。
>
> 面白いです。情報ありがとうございます。

石崖で囲い駒寄せ垣を設けた垢離場と、脱衣場と祈念所を兼ねた垢離堂とがあるようです。青龍大権現をまつってあるそうですが、勿論見たことはありません。
ところで、『恵光照無量』は読めましたか。真ん中の『照』の字は、善光寺の宿坊の看板で見たことがあったのですが、後の字は考えたものすべてが外れでした。(^_^;)
 
こんばんは!
目黒不動尊瀧泉寺の仁王門、確かに鉄筋コンクリートっぽい雰囲気ですが、
自分の地元京都ではこのような建物が結構多いです(汗)
このお寺は、規模はそんなに大きくないのかな?
ちょっと寂しい雰囲気がしますが、垢離堂など味のある建物もあるんですねえ。

アップロードのファイル、2メガまで増えていたとは知りませんでした(汗)
大きく載せる分には効果はありそうですが、小さく圧縮してしまうと
意味はなさそうですね・・・。
写真の大きさは、写真ブロガーの悩みの種ですが、中々難しいもんです・・・。
こんばんは 
歴史のある神社仏閣を訪れると手水場に
龍が居ますよね^^
僕も龍をよく撮ります^^
口から水が出ていたら、最高ですよね^^
こんばんは 
龍のお口から水が出ていますね^^
石像と一緒に亀さんが首を上げているとこが可愛いです^^
Re: タイトルなし 
> こんばんは!

きみひと@さん、こんばんは。

> 目黒不動尊瀧泉寺の仁王門、確かに鉄筋コンクリートっぽい雰囲気ですが、
> 自分の地元京都ではこのような建物が結構多いです(汗)

あれま、そうなんですか。東京は空襲で焼かれてしまったものが多く、再建をうまくやったのか、根津神社は重文の指定が取り消されていませんが、池上本門寺などは思い切って鉄器院コンクリート造りに建て替え、指定を取り消されてしまいました。

> このお寺は、規模はそんなに大きくないのかな?
> ちょっと寂しい雰囲気がしますが、垢離堂など味のある建物もあるんですねえ。

1630年(寛永7年)寛永寺の子院・護国院の末寺となり、天海大僧正の弟子・生順大僧正が兼務するようになった時、徳川家光の庇護を受けて、1634年(寛永11年)50棟余におよぶ伽藍が復興し、「目黒御殿」と称されるほど華麗を極めたなどという時代もあったようです。まあ、そうは言うものの、それだけの寺格では無かったようで、徐々に人出は減っていった感じでしょう。
何より廃仏毀釈が利いたんでしょうね。

> アップロードのファイル、2メガまで増えていたとは知りませんでした(汗)
> 大きく載せる分には効果はありそうですが、小さく圧縮してしまうと
> 意味はなさそうですね・・・。
> 写真の大きさは、写真ブロガーの悩みの種ですが、中々難しいもんです・・・。

明らかにフルサイズで元画像が素晴らしいことが想像できるのに、かなり画素数を落とした悔しさがありそうな作品が結構ありました。そういう画像は、今後、断然光ってきそうです。
私の方は元画像が良くないので、化ける感じは無いのですが。(^_^;)
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 歴史のある神社仏閣を訪れると手水場に
> 龍が居ますよね^^
> 僕も龍をよく撮ります^^
> 口から水が出ていたら、最高ですよね^^

結構はやっていますよね。多分、たいていの寺社において、あれだけは水源が水道でしょう。
ところが日光の東照宮はどこかにためた水をサイフォンの原理でシームレスに供給しているようです。
手水じゃありませんが、兼六園の池の水も犀川から辰巳用水を経て、サイフォンの原理で押し上げているとか。
昔の人の工夫も、生半可では無い場合もあるようです。
Re: こんばんは 
モカさん、こんばんは。

> 龍のお口から水が出ていますね^^

そうですね。結構な水量で、あれで修行をしたら身体にものすごい圧力がかかりそうです。

> 石像と一緒に亀さんが首を上げているとこが可愛いです^^

最初、亀も石像かと思ったのですが、生身でした。紛らわしいところにいるものです。(^_^;)
こんばんは。 
平井権八は浮世絵にも登場するくらい有名ですが、あんな極悪非道の人物をどうして物語にしてヒットしたのでしょうか。小紫との許されざる恋物語が江戸の人々に受けたのかなあ。おおらかですね。罪もない人が大勢殺されているというのに。比翼塚、こういうのが残っていたんだ。知りませんでした。極悪人にも人の情をくすぐる人間味があったからでしょうか。う~ん複雑。でも面白い。
Re: こんばんは。 
HARUさん、こんばんは。

> 平井権八は浮世絵にも登場するくらい有名ですが、あんな極悪非道の人物をどうして物語にしてヒットしたのでしょうか。小紫との許されざる恋物語が江戸の人々に受けたのかなあ。おおらかですね。罪もない人が大勢殺されているというのに。比翼塚、こういうのが残っていたんだ。知りませんでした。極悪人にも人の情をくすぐる人間味があったからでしょうか。う~ん複雑。でも面白い。

やったことだけを見ると確かに極悪非道ではありますが、本当の人物像はどうだったのでしょうね。
案外心根の優しい純粋なところもあったのかもしれません。
刑死した権八の後を追って、小紫が自害したのはわかります。ただし、その小紫を案じた『かむろ』まで犠牲になってしまったのは悲しい話ですね。
 
いつ見ても迫力ありますね。
この不動尊はどうしてかこの場所が一番の
聖地に思えてしょうないのです。
やつめうなぎ、食べれなくてざんねんだったkozoh55です。
お晩です、AzTakさん、またお邪魔します。
Re: タイトルなし 
kozoh55さん、おばんです。

> いつ見ても迫力ありますね。
> この不動尊はどうしてかこの場所が一番の
> 聖地に思えてしょうないのです。

水掛不動明王像ですから、ご本尊の不動明王の代理役を立派に果たしていますよね。酉年にやっとご尊顔を拝見できるだけのものより、水をかけて、なおかつ、写真まで撮って、最高ですね。

> やつめうなぎ、食べれなくてざんねんだったkozoh55です。
> お晩です、AzTakさん、またお邪魔します。

ヤツメウナギは今ではどうか知りませんが、江別が一番の水揚げ高のようです。
まったくウナギとは違う食べ物のようですが、未だに食べる機会を狙っていますか?

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