散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

三春町~田村市~小野町~いわき市(9)

飯野八幡宮(2)
楼門(国指定重要文化財)
楼門は2階造りの門で、下層に屋根のないものを指す。下層にも屋根があるものを二重門とよんで区別するそうだ。ほぼモノクロームの世界に迷い込んだ感じがするこの神社だが、楼門は色鮮やかで、非常によく目立つ。
万治元年(1658年)建立。入母屋造、銅板葺(もと板葺)。
楼門(国指定重要文化財)_1
楼門(国指定重要文化財)_2
楼門(国指定重要文化財)_3
楼門(国指定重要文化財)_4
楼門(国指定重要文化財)_5
神楽殿(国指定重要文化財)
古色蒼然たる建物。例大祭において、巫女舞「浦安の舞」が奉納されるそうだ。床が抜けてしまわないか気になるが、それなりにしっかりした作りになっているのだろう。
元和9年建立。入母屋造、鉄板葺(もと杮葺)。
神楽殿(国指定重要文化財)_1
神楽殿(国指定重要文化財)_2
神楽殿(国指定重要文化財)_3
唐門(国指定重要文化財)
撮り方が良くなかったので、唐破風が見えていないが、この唐門は側面が唐破風になっている。
元禄16年頃建立。銅板葺の平唐門。
唐門(国指定重要文化財)_1
唐門(国指定重要文化財)_2
昨年4月撮影分
唐門(国指定重要文化財)_3
宝蔵(国指定重要文化財)
江戸時代初期建立。寄棟造、本瓦葺の土蔵。
宝蔵(国指定重要文化財)
文化財一覧の表示
国指定の重要文化財がずらずらと並ぶ。凄いものだ。どういうわけか、飯野家文書が欠落している。何故だろうか。
飯野家文書はCD-ROM化されていて、基の画像と活字とが交互に納められているようだ。従って、どんな漢字が書かれているのかがわからなくて悩むことはないとは思うが、それでも読み下すことは、私の力ではとうてい無理だろう。(>_<)

文化財一覧の表示

Comments

立派な神社ですね。 
 このあたりにも応神天皇やその皇后さんを祀る神社があるのですね。東北方面はまったく知識がなくて、すごく興味深かったです。浜通りはいま地震多発地域ですが、建物など大丈夫だったのでしょうか。楼門左右におられる弓矢の像はどなたでしょうか。寺院なら仁王様というところなのでしょうが、面白いですね。
Re: 立派な神社ですね。 
HARUさん、おはようございます。

>  このあたりにも応神天皇やその皇后さんを祀る神社があるのですね。東北方面はまったく知識がなくて、すごく興味深かったです。浜通りはいま地震多発地域ですが、建物など大丈夫だったのでしょうか。楼門左右におられる弓矢の像はどなたでしょうか。寺院なら仁王様というところなのでしょうが、面白いですね。

この神社も地震の際に石造りの大鳥居が傾いだのですが、そのときではなくちょうど1ヶ月後の余震で折れてしまったようです。また、国指定重要文化財の宝蔵に大きな亀裂が入りました。これは放置できない状況だったので、早急に修復工事を行ったようです。社務所の屋根などは,2年くらいブルーシートがかけられたままでした。お金がないからではなく、いわきに来てくれる奇特な職人が少なかったからでしょう。

想像がつくと思いますが、随身像は、神仏分離令によって、据え変えられたもののようです。
本殿修復の際に内陣御扉裏側の左大臣右大臣像をも復元したようで、その絵があります。これをイメージしたものでしょうか?詳しくなくて申し訳ありません。

復元画像
http://www.noteplan.net/8man/zuisin.htm

いわき市の説明
明治初めまで正面に仁王像が収められていたが、神仏分離令により改められた後は、随身像が安置されている。
 
こんにちは
飯野八幡宮ですか、この神社の事は知りませんでしたが
拝殿、本殿など建物も歴史を感じかつ立派ですね。
また、文化財の多さにも驚きます。
桜門・・寺の山門のような感じですね。神社にこういう
建物は珍しいような気もしますが、あまり見ていませんので
よくわかりません。
大地震にも耐え、日本の木造建築技術は素晴らしいですね。
AzTakさん 
こんにちは
大変失礼ながら、福島県のことには疎くてこんなにも分化に厚みがあって奥深いところとは知りませんでした。
古くからの土地の方々の営み、自然への崇敬といったものが伝わってきます。
それがごく自然の生活の中にある、そのように思われます。
Re: タイトルなし 
> こんにちは

jskさん、こんばんは。

> 飯野八幡宮ですか、この神社の事は知りませんでしたが
> 拝殿、本殿など建物も歴史を感じかつ立派ですね。
> また、文化財の多さにも驚きます。

小野町の諏訪神社も、この飯野八幡宮も、奈良時代と鎌倉時代とに時代は分かれますが、中央政府にいうことを聞かない勢力がいて、その掃討のための最前線になっていたのでしょう。たぶん、現地で調達した戦闘要員などもいたことでしょうから、それなりの礼を尽くしたのかもしれませんね。
時代が少し過ぎて、我が祖先は福島の相馬にいました。相手は蝦夷というわけではありませんが、伊達政宗がにらみをきかしていたのです。それに負けないよう普段から武力向上に努めていた名残が相馬野馬追いでした。昔から、宮城にはちくちくやられていたようです。

> 桜門・・寺の山門のような感じですね。神社にこういう
> 建物は珍しいような気もしますが、あまり見ていませんので
> よくわかりません。

お寺さんの山門に対して神門というようですね。

> 大地震にも耐え、日本の木造建築技術は素晴らしいですね。

屋根が軽い分、やり過ごせたのかもしれませんね。尤も、私が住んでいたあたりは至る所大津波でやられてしまいましたが。
Re: AzTakさん 
> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 大変失礼ながら、福島県のことには疎くてこんなにも文化に厚みがあって奥深いところとは知りませんでした。
> 古くからの土地の方々の営み、自然への崇敬といったものが伝わってきます。
> それがごく自然の生活の中にある、そのように思われます。

人が生きていくということはなにがしかの歴史が生まれるものなんですねえ。
私自身は、福島県人として気概を示したのは会津人に尽きると思っています。
平の藩主安藤信正も白河の藩主松平定信も共に老中でした。その平でも白河でも戦闘は起きませんでした。そして、会津は孤軍奮闘するも、ついに負けてしまいました。
いま、福島県はかなり苦しい状況にありますが、せめて会津だけは一足先に元気になってもらいたいと思っています。
 
文化財に指定されている物の多さに歴史を感じます。
福島の文化財の多さにも驚いています。
こんばんは。 
すばらしい建物ですね、東北には雪深い中に耐えていける堅固な仏閣などが多く、地味な中にも心引かれるものがたくさんあります、飯野八幡宮は色合いが美しく雪景色の中で映えるかもしれませんね。
Re: タイトルなし 
masaさん、こんばんは。

> 文化財に指定されている物の多さに歴史を感じます。
> 福島の文化財の多さにも驚いています。

飯野八幡宮は確かに歴史を誇る神社であることは間違いがないことです。
放射能汚染でどうしようもない土地のように見られている状態から脱却し、落下傘のように中央からやってきた人たちの文化ではなく、住んでいる人の内から、後世に残るような文化を残すことができれば良いのですが。
Re: こんばんは。 
みこたんさん、こんばんは。

> すばらしい建物ですね、東北には雪深い中に耐えていける堅固な仏閣などが多く、地味な中にも心引かれるものがたくさんあります、飯野八幡宮は色合いが美しく雪景色の中で映えるかもしれませんね。

有難うございます。
ですが、一つだけ認識違いがあります。いわき市の内、元の5つの市域(平市、磐城市、常磐市、内郷市、勿来市)は、海沿いを占めていて、雪は滅多に降りません。確かに東北地方ですが、日本海側からの湿った冷たい空気は、まず新潟の豪雪地帯に雪を降らせます。そして、県を超えて会津地方にも雪を降らせます。そして、さらに阿武隈高原でも少し雪を降らせます。
それですっかり空っ風になった状態でいわきに来ます。海沿いの地域は黒潮の影響もあり、東京よりも遙かに降雪量が少ないのです。もちろん、京都よりも降雪量は少ないんです。だから冬にゴルフをしにやってくる人もいるくらいなんです。
雪景色の中で美しく映える神社仏閣というのは、いわき市の人間には見果てぬ夢なんです。
こんばんは! 
AzTakさん、こんばんは!
そうでしたか!
桜門と二重門の違いが分かりました 汗) 納得です!
桜門は朱色があざやかです!
唐門の唐破風のつくりは昨年の写真で分かります!
さすが、国の重要文化財がずらりですね!
Re: こんばんは! 
> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、こんばんは。

> そうでしたか!
> 桜門と二重門の違いが分かりました 汗) 納得です!

二重門の代表格は東福寺の三門あたりでしょうか。建長寺や円覚寺の山門もそうですよね。
そちらの方が贅沢な仕様なんでしょうか?

> 桜門は朱色があざやかです!
> 唐門の唐破風のつくりは昨年の写真で分かります!
> さすが、国の重要文化財がずらりですね!

今からすれば良い時期に移転を余儀なくされたものです。そうでなければ、木造建築は朽ち果てても仕方がなかったかもしれません。それからでも約400年ですから。
慶長7年(1602)鳥居忠政が岩城平領主となり、新たに築城するにあたり、旧地を離れ、現在地に遷座したとされる。慶長19年(1614)火災に遭い、元和2年(1616)再建された。当初は前殿付き流れ造りであったが、延宝2年(1674)の大改修で桁行三間梁間三間のこけら葺入母屋造りとなり、幣殿・拝殿も造立された。

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