散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

三渓園の財団設立60周年記念重要文化財建造物10棟一挙公開(2)

「旧天瑞寺寿塔覆堂」
江戸初期以降、盛んに造られるようになった霊廟建築の先駆けとなった建物なのか。寿塔と寿塔覆堂とが泣き別れになってしまっているのは、何とも悲しいことだが、明治の廃仏毀釈の異常な流れの中では、仕方がなかったのだろう。
権力の頂点にいた豊臣秀吉が造ったものだが、天下を完全に平定した徳川のそれと比して、かなり地味なもののように思う。そうは言うものの、信仰心は、どちらが上を行ったのだろうか。

天正十六年(1588年)、豊臣秀吉は母・大政所の病気平癒を祈って京都の大徳寺山内に塔頭・天瑞寺を創建しました。そして母のさらなる長寿を祈願して、同寺内に寿塔(生前に建てる墓塔)を建て、これを覆堂内に納めました。
天瑞寺は明治七年に廃寺となり、この覆堂は大徳寺内の瑞光寺、黄梅院を経て、明治三十五年に三渓園に移築されました。墓塔は総高九・六五尺の石造宝塔で、現在も竜翔寺(旧天瑞寺)の境内に残されています。
寿塔覆堂は方十二尺の小さな建物ですが、江戸初期以降、盛んに造られる霊廟建築の先駆けとなりました。欄間や扉などに見られる彫り物は天人、迦陵頻伽、琵琶、笙、笛、太鼓などで、仏が来迎する際の光景を表現しています。

旧天瑞寺寿塔覆堂_1
旧天瑞寺寿塔覆堂_2
旧天瑞寺寿塔覆堂_3
旧天瑞寺寿塔覆堂_4

Comments

こんばんは! 
AzTakさん、こんばんは!
ありました!ありました!
この建物は覚えていますよ!
「旧天瑞寺寿塔覆堂」と言う名前とは知りませんでしたが 汗)
彫り物が外から見ても素晴らしいと思いましたが
中の天井も何やら変わっているようですが
すばらしいですね!
これからアップされる建物のうち、
幾つ記憶にあるか楽しみです♪
最近、物忘れが・・・笑)
ありがとうございました。
 
明治の廃仏毀釈によって我が菩提寺の五重塔なども壊されてしまいました。
一時の熱気とはいえバカな事をしたものです。
再建の話だけはありますがね~
それでも、一部にこうして残っているのは救われる思いです。
Re: こんばんは! 
> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、おはようございます。

> ありました!ありました!
> この建物は覚えていますよ!
> 「旧天瑞寺寿塔覆堂」と言う名前とは知りませんでしたが 汗)
> 彫り物が外から見ても素晴らしいと思いましたが
> 中の天井も何やら変わっているようですが
> すばらしいですね!

秀吉が母のために寿塔を造り、丁寧なことにその寿塔を覆う堂宇を造ったんですね。
母親孝行の息子という側面が発揮されたものなんでしょうね。秀吉フェチの気味があった原三渓氏がこういうものがあると聞けば、獲得に執念を燃やしたのは想像に難くないことでしょうね。

> これからアップされる建物のうち、
> 幾つ記憶にあるか楽しみです♪
> 最近、物忘れが・・・笑)

まだまだ老けこむ年齢ではありませんよ。私も成年後見人に指名されることを目指して頑張っています。
今からボケるわけにはいきません。頑張りましょう、ご同輩。

> ありがとうございました。
Re: タイトルなし 
のんびり熊さん、おはようございます。

> 明治の廃仏毀釈によって我が菩提寺の五重塔なども壊されてしまいました。
> 一時の熱気とはいえバカな事をしたものです。

残念なことでしたね。
江戸時代の締め付けの元だったのが宗門改めで、それによる束縛を忌み嫌った思いが、廃仏毀釈に勢いをつけたのかもしれませんね。民衆の気持ちがわからないでもありませんが、もったいないことでした。
宗門改めの制度があったおかげで、戸籍が作りやすく、日本という国が比較的スムーズに近代化に邁進できる元になったようですから、あながち否定するだけの制度ではなかったようです。
しかし、いまは観光客で溢れかえる鎌倉の東慶寺でさえも、この廃仏毀釈の大きな流れの中で、由緒ある仏堂を売却しなければいけないほどに財政が逼迫してしまったんですね。信じられないくらいです。

> 再建の話だけはありますがね~

昔だと、民衆レベルでは、財産を残すなどという意識は希薄だったでしょう。だから、お寺さんなどへの寄付や奉仕は抵抗がなかったのでしょうが、いまは、そう簡単にはいかないかもしれません。

> それでも、一部にこうして残っているのは救われる思いです。

旧燈明寺の本堂などは、原三渓氏が手を出さなかったら、朽ち果てたままだったことでしょう。感謝しなければいけないと思います。
 
こんにちは。おじゃまします。
Az様は、歴史がお好きなんですね。私は凄く疎いです。でも、この建物は屋根の部分が、のけぞっていて変わってるなと、思いました。装飾は、雲でしょうか?雲づくしに見えました。

あっ、菖蒲のサイト教えてくださってありがとうございました。

では、失礼しました。
Re: タイトルなし 
> こんにちは。おじゃまします。
> Az様は、歴史がお好きなんですね。私は凄く疎いです。でも、この建物は屋根の部分が、のけぞっていて変わってるなと、思いました。装飾は、雲でしょうか?雲づくしに見えました。

はっきりしない写真でごめんなさい。蓮の花や迦陵頻伽(がりょうびんが)などの彫刻があるようです。正面の扉の絵は、天女などとも書かれていますが、迦陵頻伽だと思います。そして、その上部には蓮の花などが描かれているようです。
開き直った言い方で申し訳ありませんが、よほど解像力のあるレンズで、レフ板や3脚などを使用してしっかり撮らないとはっきりした画像は撮れないかもしれません。アマチュアには難しいかもしれません。keicoさんのように絵心のある方は、直接行ってスケッチされるのが一番かと思います。
見た感じはっきり撮れている映像のアップは極めて少ない感じです。

下記URLに比較的はっきり見える画像がありました。
http://blogs.yahoo.co.jp/taira_oha2/2431427.html

4月に撮った私の写真ですが、あまりはっきり写すことができませんでした。(^_^;)
http://aztkhs.blog.fc2.com/blog-date-20130410.html

> あっ、菖蒲のサイト教えてくださってありがとうございました。
>
> では、失礼しました。
泣き別れ 
>寿塔と寿塔覆堂とが泣き別れ<ですか〜
歴史の悪戯とでもいうのですか、
しかし離れ離れになっていても、
どちらも現存しているのは嬉しいことですね。

原三渓が移築しただけのことはあって、
見事なものですね。
こんばんは 
天井、凄いですね~~
やはり昔の建物は豪華さと気品がありますね^^
こうした歴史を感じる建物は大好きです♪
Re: 泣き別れ 
> >寿塔と寿塔覆堂とが泣き別れ<ですか〜
> 歴史の悪戯とでもいうのですか、
> しかし離れ離れになっていても、
> どちらも現存しているのは嬉しいことですね。
寿塔の方は石造りです。しっかりしていればよいのですが、どうなんでしょうか?明治になってすぐにそういう憂き目にあったでしょうから、かなり傷みが生じていることでしょうね。寿塔は京都の大徳寺内の龍翔寺に現存するそうです。8月に京都に行く予定はありますが、暑い京都で探す元気は湧いてこなさそうです。

> 原三渓が移築しただけのことはあって、
> 見事なものですね。

秀吉所縁の物ですし、何より親孝行だった秀吉が母親のために建てたものですから、凄いものだったと思います。
原三渓氏は秀吉フェチだったようですから。秀吉所縁の物があれば、金に糸目は付けず、買いたいと申し出たのではないかと思います。物凄い執念だったと思います。
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 天井、凄いですね~~

天井も勿論凄いのですが、迦陵頻迦(かりょうびんが)の図案になっている前面の扉の透かし彫りが凄いと言われています。前回もぱっとしない写真だったので、今回こそはと意気込んでいたはずなのに、撮れずじまいでした。公開中は扉が開かれてしまい、物陰に隠れてしまうんでした。トホホです。

> やはり昔の建物は豪華さと気品がありますね^^
> こうした歴史を感じる建物は大好きです♪

私も同感です。
まるで 
脱出ゲームのように、ある日、何かをきっかけに
開かずの扉がぽっかりと開き、
その内部の姿が露わになってますね。
その感動といったら、大変なものだったでしょう。
それも10棟が一度になんて。
うーん、羨ましいです、やはり。
内部は質素で、美しい、そんな感じでしょうか。
触ってみて、時のかけらを感じてみたくなりますね。
お晩です、AzTakさん。
またお邪魔します。
Re: まるで 
kozoh55さん、おはようございます。

> 脱出ゲームのように、ある日、何かをきっかけに
> 開かずの扉がぽっかりと開き、
> その内部の姿が露わになってますね。
> その感動といったら、大変なものだったでしょう。
> それも10棟が一度になんて。
> うーん、羨ましいです、やはり。

あはは、三渓園でなければ出来ない芸当かもしれませんよね。

> 内部は質素で、美しい、そんな感じでしょうか。
> 触ってみて、時のかけらを感じてみたくなりますね。

評価はわかれるとは思いますが、秀吉大好きの原三渓氏には絶対欲しいものだったんでしょうね。私も同様に好きです。
前の時、前面扉の迦陵頻伽の透かし彫りのクローズアップを撮りそこねたので、今回こそはと思ったんですが、忘れていました。忘れなくても、扉が解放されて、陰になってしまって、見えなかったんでした。そういうこともあるんですね。

> お晩です、AzTakさん。
> またお邪魔します。
重要文化財建造物-2 
本文だけでは理解ができず、コメント欄も読ませて頂きました。

歴史の転換点となった明治維新ですが、情熱と言うか思想の行きすぎたための、弊害もあったのですね。

それにも拘わらず、今日、秀吉が母のために建てた覆堂は三渓園に移築、され現在も保存。

これは原三渓氏の力によるもの。

私の会社のOB会で私が元気なころ、江戸文化に触れる一環として、文京区内のお寺を廻ったのを思い出しています。

一挙公開-2 有り難うございました。
Re: 重要文化財建造物-2 
ijinさん、こんにちは。

> 本文だけでは理解ができず、コメント欄も読ませて頂きました。

丁寧に読んでいただき有難うございます。

> 歴史の転換点となった明治維新ですが、情熱と言うか思想の行きすぎたための、弊害もあったのですね。

明治になってすべての支障がなくなり理想的な社会が即時に実現したわけでは無さそうです。
その中でも、廃仏毀釈は最大の愚行だったかもしれません。
浦上四番崩れも江戸時代末期から明治時代初期にかけて起きた大規模なキリスト教信徒への弾圧事件でした。明治6年までキリスト教信徒弾圧が続いていたようです。

> それにも拘わらず、今日、秀吉が母のために建てた覆堂は三渓園に移築、され現在も保存。
> これは原三渓氏の力によるもの。

原三渓氏は熱烈な秀吉ファンだと聞き及びます。臨春閣も当初、秀吉ゆかりの建物だと誤認したことが獲得に動いたきっかけだったようです。経緯はどうであれ、少しでも昔を偲ぶものが残されたのは嬉しいことです。

> 私の会社のOB会で私が元気なころ、江戸文化に触れる一環として、文京区内のお寺を廻ったのを思い出しています。
>
> 一挙公開-2 有り難うございました。

いま、会社のOB会の一番の若造としてこき使われています。こういうのは、本当に持ち回りなんですね。
コメントを頂き、ありがとうございました。

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