散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

川越(9)

川越城本丸御殿(2)

川越城図

槍の間
槍の間
広間
この広間は、城内の会議を行うときに使用された部屋で、普段は、留守居役のようなものが詰めていたとのことだ。
広間_1
広間_2
広間_3
広間_4
広間_5
櫛形塀
ちょっとした目隠しなのだろうか
櫛形塀_1
櫛形塀_2
大書院のあった辺り
この庭になっている辺り、さらに塀の向こう側にかけて、藩主の居場所などがあったとのこと。上図にある通り、全体の六分の一くらいし残っていない。めぼしいものが無いのも無理からぬ話しだ。
大書院のあった辺り
中の口
玄関から向かって右端。『中の口』という玄関だそうだ。
中の口_1
中の口_2

富士見櫓跡
いまは完全に離れた場所にある感じだが、昔はお濠の内側にあった。この高さではキツイが、ここに櫓があれば、多少見通しが利いたのかもしれない。
富士見櫓跡_1
殆ど観光客が立ち寄ることは無さそうだが、地元の人達が熱心に清掃を行なっていた。その姿を喜多院の関係者たちに見せてあげたいくらいだ。
富士見櫓跡_2
富士見櫓跡_3

小江戸循環バス
こんなものもあったんだ
小江戸循環バス

Comments

 
AzTakさん、こんにちは♪

あれれ?
川越城・・・全然見覚えがない(^^;
川越には何度も行ったなんて豪語しておきながら情けない(T T)(笑)
本丸御殿の一部しか残っていないのは残念ですが
地図もあるし、少しでも見れてよかったです。

川越は、街づくりが盛んなイメージがあります。
こうやって人知れず、色々な方々が
清掃とかをされているんですね(^^)b
 
おはようございます。川越城と氷川神社、行きたかったですね。ここは、駅からかなりの距離なので、僕は喜多院までで断念してしまいました。城があったのは、少し意外でした。それにしても見所が多い。城も蔵の街並みも・・・なんと贅沢な街なんでしょうか。循環バスは喜多院の帰りや時の鐘でも見かけたのですが、どっから出ているのでしょうかね。
こんにちは 
いつも思うのですが、お城の中は、今でこそ照明がありますが
当時はさぞかし暗かったでしょうね

犬山城のような小さな城は、全部の部屋が屋外に面しておりますから良かったですけど
Re: タイトルなし 
> AzTakさん、こんにちは♪

Mikaさん、こんばんは。

> あれれ?
> 川越城・・・全然見覚えがない(^^;
> 川越には何度も行ったなんて豪語しておきながら情けない(T T)(笑)

そうでしたか。確かに少し遠かったですね。もうちょっとで新河岸川に行き当たる辺りですから。

> 本丸御殿の一部しか残っていないのは残念ですが
> 地図もあるし、少しでも見れてよかったです。

まあ、そう思うしか無いですね。なかなかしっかりした建物でした。

> 川越は、街づくりが盛んなイメージがあります。

街に活気が出れば地元が潤い、地元での雇用も生まれる。そうした好循環に遅まきながら川越市も気づいたようです。虫食い状態になったものはどうしようもありませんが、結構賑わっていて何よりです。
とは言うものの、建物の経年劣化も進んでいます。今後、計画的に、過程を見せながらの補修などを行い、街を廃れさせない努力が必要なんでしょうね。

> こうやって人知れず、色々な方々が
> 清掃とかをされているんですね(^^)b

そうでしたね。あれは感心しました。一方で、お金をがっちりとっている喜多院さんの方は、外にある金のとれない重要文化財などの扱いに関して、少しがっかりでした。
Re: タイトルなし 
> おはようございます。川越城と氷川神社、行きたかったですね。ここは、駅からかなりの距離なので、僕は喜多院までで断念してしまいました。城があったのは、少し意外でした。それにしても見所が多い。城も蔵の街並みも・・・なんと贅沢な街なんでしょうか。循環バスは喜多院の帰りや時の鐘でも見かけたのですが、どっから出ているのでしょうかね。

nanaga2さん、こんばんは。
案外距離があるんですよね。あれま、結構遠いんだなって思ったくらいです。
本丸御殿はゆっくり見ることができるし、写真も好きなだけ撮ってくれという感じなので、有難かったです。私にはうまく撮れませんでしたが、玄関などはかなり手のこんだ装飾がなされていました。

バスはどこから出て、どのくらいの頻度なのか、次回は調べてから行こうと思いました。
Re: こんにちは 
dさんさま、こんばんは。

> いつも思うのですが、お城の中は、今でこそ照明がありますが
> 当時はさぞかし暗かったでしょうね

まあ、当時は行灯などが光源だったのでしょうね。まあ、明るくはなかったでしょうね。
基本的に、夜は早めに食べて早めに寝るのが当時の行動パターンだったんでしょうね。

> 犬山城のような小さな城は、全部の部屋が屋外に面しておりますから良かったですけど

自然光が採光できるのは最高ですね。(くだらないダジャレですみません)
西洋の話ですが、バロックの頃の音楽会は大変だったようですよ。大作曲家連中も、コンサート会場の蝋燭のお金を工面するのに苦しんでいたようです。ピアノの端に平たい小さな板があるんですが、あれは蝋燭を置くためのスペースの名残だとのことです。
こんばんは 
重厚な建物ですね^^
こう言う造りの建物は風情があって大好きです♪
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 重厚な建物ですね^^
> こう言う造りの建物は風情があって大好きです♪

大きな会社で言えば、来客応接室及び中会議室で、家老詰所が重役室といったところでしょうか。
社長室や特別応接室、大会議室などがないんですね。それと通常の藩士たちの執務室も。
イメージ力が乏しいのですべてが整った時にどんなふうだったのか、あまり想像出来ません。タイムマシンで過去に行って調べてみたいものです。

此処は天井が高くて夏は気持ちが良い所かもしれません。その代わり冬は相当に冷え込みそうです。むかしは火鉢程度は置いてあったのでしょうか?

気持ちのよいくらいこざっぱりとして装飾が排除された慎ましやかな佇まいです。
蔵の街並み 
だけではないんですね、この街の魅力は。
時間が限られていたために。
蔵のある通り中心に一回りして
ツアーを終えてしまっていて
右の方にあった武家系の建物には入っていないのです。
負けないくらい楽しそうですね。
上野寛永寺の本堂も確かこちらから持ってきたものでしょうから
当時から凄い風景がこのお城中心にあったんでしょうねえ。
それにしても関東の町はほとんど太田道灌が作ったものなのだということをつくづく感じます。
おばんです、AzTakさん、また、お邪魔します。
Re: 蔵の街並み 
> だけではないんですね、この街の魅力は。
> 時間が限られていたために。
> 蔵のある通り中心に一回りして
> ツアーを終えてしまっていて
> 右の方にあった武家系の建物には入っていないのです。
> 負けないくらい楽しそうですね。
> 上野寛永寺の本堂も確かこちらから持ってきたものでしょうから
> 当時から凄い風景がこのお城中心にあったんでしょうねえ。
> それにしても関東の町はほとんど太田道灌が作ったものなのだということをつくづく感じます。
> おばんです、AzTakさん、また、お邪魔します。

kozoh55さん、おばんです。太田道灌の名前はいたるところで出てくるものですね。城造りマニアだったのかと思うくらいです。
川越は江戸幕府開設当初から江戸の北を固める重きを置かれた藩だったようです。有力な藩主がいれば、それに見合うだけの商人が誕生していったのでしょうね。うまい具合に運搬に役立つ大きな川もあった。そんなこんなで大きな発展を遂げたのでしょう。
川越城の本丸御殿自体は、往時の6分の1程度しか残っていないそうです。それも、明治時代に陸軍の馬鹿者が建物内でバスケットボールをしたらしく、そのボール痕が残っていたりするそうです。負けた側なんだから仕方が無いのかもしれませんが、文化財の扱い方も知らない馬鹿者の集団がいたのかと残念に思います。


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