散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

川越(8)

川越城のイメージ
川越城図

川越城中ノ門堀跡
堀割が全て埋められ、少し離れたところに本丸御殿の一部が残るのみなのでイメージしにくいと思う。上の川越城図を見ながら何とかイメージしていただきたい。
今は無き川越城の遺構「中ノ門堀跡」。室町時代(長禄元年/1457)、太田道真・道灌父子によって建てられた川越城は、江戸時代(寛永16年/1639)に川越藩主となった松平信綱によって、大拡張工事が行われました。それにより、約2倍の規模の近代的城郭になった川越城。しかしまだ天下が収まって間もない時代だったので、戦いを想定し造られたのが、この中ノ門と中ノ門堀です。
川越城中ノ門堀跡_1
川越城中ノ門堀跡_2
川越城中ノ門堀跡_3
川越城中ノ門堀跡_4
川越城中ノ門堀跡_5


川越城本丸御殿(1)
係員に聞いたところ、代々幕府の重臣が城主となっていたため、城主が姿を見せることはごくまれであったそうだ。城主がいた辺りは取り壊されてしまっていて、残っていないとのことだ。外から見た感じも立派だったが、中も質素ながらしっかりとした造りだった。
川越城図
川越城図

川越城は、長禄元年(1457)に、上杉持朝の命により、家臣の太田道真・道灌親子が築いたといわれる。
江戸時代には江戸の北の守りとして重要視され、代々幕府の重臣が城主となっていた。現存する建物は嘉永元年(1848)に時の藩主松平斉典(なりつね)が造営したもので、16棟、1025坪の規模をもっていたが、明治維新後次第に解体されていったそうだ。現在は、本丸御殿の一部として玄関・大広間・家老詰所が残り、川越藩17万石の風格をしのばせています。

玄関
本丸御殿_玄関_1
本丸御殿_玄関_2
本丸御殿_玄関_3
使者の間
広間の左隣りの部屋。他の部屋よりは若干広い。
本丸御殿_使者の間
頑丈そうな廊下
東側の床板には、表側の通路だったので高価な欅の板が使われているそうだ。
本丸御殿_玄関脇の頑丈そうな廊下
使番詰所
本丸御殿_使番詰所
番抜・老体詰所
本丸御殿_番抜・老体詰所
物頭詰所
本丸御殿_物頭詰所
中庭側廊下
西側の床板には、裏側通路(本来は家老詰所につながる廊下ではなかった)だったので、材質を少し落として栂が使われているとのこと。欅ほどには良くは見えないのかもしれない。
本丸御殿_中庭側廊下_1
先のほうに廊下の幅がが少し狭いところが見えるが、広間の床の間がはみ出した分とのことだ。
本丸御殿_中庭側廊下_2
坊主当番詰
本丸御殿_坊主当番詰
家老詰所へ
上掲の川越城図のとおりもう少し離れた場所にあったものだったようだ。
本丸御殿_家老詰所へ_1
本丸御殿_家老詰所へ_2

家老詰所
家老詰所は、明治6年(1873)上福岡市の福田屋の分家に移築され昭和62年まで母屋として使用されていたものである。
これをもらい受け修理復元した。
光西寺に残された平面図を見ると、この建物は本丸御殿の奥に土塀で囲まれた家老という重職の居所であり、全国的にも貴重なものである。

家老詰所廊下
畳敷きになっていた
本丸御殿_家老詰所廊下
家老用部屋
光西寺に残されている絵図には「御老中」と書かれている。
10畳敷で、床の間と床脇を備えている。
川越藩は、江戸幕府にとって有力な大名であった為に、藩主は、年間を通じて江戸に詰めており、川越藩の政務は、家老を中心として行われていたと考えられ、この部屋が、その中心であった。
床の間を背にした武士を中心として協議が進められている。

本丸御殿_家老用部屋_1
本丸御殿_家老用部屋_2

Comments

こんばんは 
僕はお城が大好きなんですよね~
特に天守閣が好きで、天守閣のあるお城の
近くに旅行に行くと必ず寄ってしまいます^^
 
よく調べておられますね。
感心しています。
現役の頃、川越を通って通勤していました。
通過していただけなのですから、
ほんとは何も知らないはずなのに、
みんな知っているような気がしていました。

こちらで読ませて頂いて、
なんにも知らなかったことを思い知らされました。
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 僕はお城が大好きなんですよね~
> 特に天守閣が好きで、天守閣のあるお城の
> 近くに旅行に行くと必ず寄ってしまいます^^

そういえば、関東には天守閣のあるお城は殆どありませんね。小田原城(復元)とか、『のぼうの城』の忍城(復元)とか、久留里城(復興)とか、大多喜城城(復興)とか、…東京からかなり離れたところに少しある程度のようです。幕府が江戸のお膝元に天守閣のあり城を建てることを禁じたような事情があったようです。
だいたいにして江戸城の天守閣も残っていませんから。

関東に来るとまったく寄り道せずに目的地に直行できそうですね。

川越城には、勿論、天守閣などなかったようです。但し、次回登場する富士見櫓跡に建っていた富士見櫓が天守の代わりを果たしていたようですが、建物は現存しません。
Re: タイトルなし 
capucinoさん、こんばんは。

> よく調べておられますね。
> 感心しています。
> 現役の頃、川越を通って通勤していました。
> 通過していただけなのですから、
> ほんとは何も知らないはずなのに、
> みんな知っているような気がしていました。
>
> こちらで読ませて頂いて、
> なんにも知らなかったことを思い知らされました。

何も知らないなんてご謙遜でしょう。私も以前は定期券で鎌倉に乗り降りできたんですが、毎日野毛あたりで飲んだくれていて、週末は寝ていました。というわけで、鎌倉のことは殆ど知りません。(^_^;)

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