散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

川越(2)

大正浪漫夢通りを過ぎ、仲町の交差点から蔵造りの町並みに入っていく
川越案内図

仲町(旧志義町周辺)

「蔵造りの町並み」の入口ともいえる仲町交差点。その交差点角には松崎スポーツ店と和菓子の老舗・亀屋とがある。これらの建物は、蔵造りの町並みの中心部のそれにも負けないほどの風格を誇る。屋根の両端に丸く盛り上がっているカゲ盛り・鬼瓦、重厚な観音開きの扉など、蔵造りの特徴がよく見て取れる。

仲町観光案内所、亀屋山崎茶店など
仲町観光案内所…画面左端の建物
元々、呉服店を営んでいた建物(旧笠間家住宅)を修復をしてつくられた仲町観光案内所。内部は土蔵造りの建物になっており、蔵造り商家の名残を無料で見学することができる。

仲町観光案内所、亀屋山崎茶店など_1
仲町観光案内所、亀屋山崎茶店など_2
亀屋山崎茶店…仲町観光案内所の隣の隣の建物
明治10年(1877)に和菓子の老舗「亀屋」より分家し、山崎茶店として現在の地でお茶の商いを始めた。

亀屋山崎茶店

山崎美術館
和菓子の老舗である「亀屋」を営む山崎家の美術品のコレクションを公開している。
山崎美術館_1
山崎美術館_2
山崎美術館_3

仲町交差点の亀屋
先に、田中屋ビル&山吉ビルを見つけて撮影に夢中になり、この重要な蔵造りの存在に気づかなかった。大失敗をやらかしてしまった。
信州中野(長野県中野市)出身の初代・山崎嘉七が小江戸と呼ばれた川越の現在地に1783年(天明3年)に創業した老舗の菓子屋。以来、代々、武蔵国川越藩の御用を勤め、店主は苗字、帯刀御免。1847年(弘化4年)には京都嵯峨御所から「亀屋河内大掾藤原嘉永」の資格を授かる。
特に四代目の「山崎嘉七」を襲名した山崎豊は1867年(慶応3年)に川越藩の御用商人となり明治期に「第八十五銀行」と「川越貯蓄銀行」の2つの頭取を兼ねるなど豪商であった。
川越市の一番街にある本店は川越大火直後の1893年(明治26年)7月14日に建てられた豪壮な蔵造りで、店蔵と袖蔵を併せ持つ「袖蔵」形式の代表的な建築として知られる。隣接地に千本格子をはめ込んだ京風の茶店・「亀屋山崎茶店」、土蔵造りの「山崎美術館」、赤煉瓦塀、白漆喰仕上げの大蔵の「茶陶苑」など山崎家の歴史的建物が連なる。

いずれ写真は差し替えたい。
本店…同社のHP画像を使用
亀屋_本店
元町店…FREE画像を使用
亀屋_元町店

仲町交差点の松崎家住宅
蔵造りの街並みの玄関口「仲町交差点」に佇む松崎家住宅。
蔵造り独特の重厚感と装飾の豪華さが相まって、蔵造りの町屋の傑作とも言われています。また、明治の入母屋造りで角店の蔵造りは極めて貴重な建物です。
建造は明治34年頃、2代目松崎徳次郎によって建てられました。松崎家は、元々砂糖商でしたが、現在は運動具店「松崎スポーツ」を営んでいます。

仲町交差点の松崎家住宅_1
仲町交差点の松崎家住宅_2

Comments

 
おはようございます。今日のお写真は、結構、記憶に残っています(笑)観光案内所のおじさんは、とうとう写真撮らせてくれませんでしたが、良い人で、イベント案内してくれました。美術館の前に止めてある水色の外車は、僕がいった時もありました。こうして建物と一緒にみると、なかなか味がありますね。まだまだ、今後の展開が楽しみです。
 
時代劇のセットみたい
タイムスリップしてここを歩いてみたいものです
いいところですね
Re: タイトルなし 
> おはようございます。今日のお写真は、結構、記憶に残っています(笑)観光案内所のおじさんは、とうとう写真撮らせてくれませんでしたが、良い人で、イベント案内してくれました。美術館の前に止めてある水色の外車は、僕がいった時もありました。こうして建物と一緒にみると、なかなか味がありますね。まだまだ、今後の展開が楽しみです。

nanaga2さん、おはようございます。
電車に1時間ほど揺られた後に歩き出したばかりなのか、夢遊病者のような感じでした。全く脳が覚醒していない状態で、まだ習慣的にシャッターを押した段階でした。
こんなふうじゃだめですね。『いつやるの?今でしょ、…』という予備校講師の声が聞こえてきそうです。
Re: タイトルなし 
SONOMIさん、おはようございます。

> 時代劇のセットみたい
> タイムスリップしてここを歩いてみたいものです
> いいところですね

なにか、出し惜しみで小出しにしているようでしょ。駅から歩いて行くと、結構こんな感じなんです。なかなか本丸の蔵造りの壮観な通りには到達しません。
その前の地区も、それなりに見どころはあるのですが、全部、時系列的に記録していくと、こいつは何をしに行ったんだろうって疑問が湧いてくるでしょうね。ちょっと不思議な街でした。
もう少しだけ我慢してください。
 
こんにちは。
最後の2枚で、変わった形の車止めが写っていますね。
古い店舗と非常にマッチしていて、とても興味深いです。
そういうさりげないところにも小江戸情緒に思いを馳せ
させてくれる粋な計らいを感じました。
Re: タイトルなし 
> こんにちは。

なかまちさん、こんにちは。

> 最後の2枚で、変わった形の車止めが写っていますね。
> 古い店舗と非常にマッチしていて、とても興味深いです。
> そういうさりげないところにも小江戸情緒に思いを馳せ
> させてくれる粋な計らいを感じました。

そういえばそんな感じですねえ。明治34年頃は、自動車は国産車など無い時代だったでしょうから、もしかしたら、馬車が曲がるときに引っ掛けたりしないように設えたものなのでしょうか?
次回登場する田中屋ビルはれっきとした蔵造りなんだそうです。何度説明を受けても信じられないような外観です。
というようなことで、なかなか蔵造りの中心街に入っていけないでいます。(^_^;)
こんばんは 
蔵の町ですね^^
こう言うところを助手が大好きで、
出先で見かけたら絶対足を止めて見入っております^^
今も隣でとても喜んで見ております^^
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 蔵の町ですね^^
> こう言うところを助手が大好きで、
> 出先で見かけたら絶対足を止めて見入っております^^
> 今も隣でとても喜んで見ております^^

有難うございます。大体歩いたとおりに取り上げているのですが、この辺りで目的地は遠いなと少しため息をつきかけました。
かなり歩いたのに、蔵造りの中心にはなかなか近づけなくて、次回くらいまで調子が出ない感じです。
当初、川越市はこの大切な観光資源を重要視していなかった様子で、地元の人に突き上げられて、漸く重い腰を上げたとのことです。そんなこんなで、やや虫食い状態になってしまっています。
私には難しすぎる被写体だったかもしれません。
 
おはようございます
亀屋元町店の格子を多用した店舗、味があっていいですね。
重厚な蔵造りは凄いですね。家屋が屋根の重さに負けそうな瓦屋根と窓が圧巻ですね。
人があまりいないようですが、何時ころの撮影でしょうか。早い時間かと思います。
Re: タイトルなし 
> おはようございます

jskさん、こんにちは。

> 亀屋元町店の格子を多用した店舗、味があっていいですね。
> 重厚な蔵造りは凄いですね。家屋が屋根の重さに負けそうな瓦屋根と窓が圧巻ですね。
> 人があまりいないようですが、何時ころの撮影でしょうか。早い時間かと思います。

この日が定休日のお店も目立つ水曜日の開店前くらいの時間帯ですね。
我々の年齢になると童心に還るのか、どうにも行きたいところができるとはしゃぎすぎてしまうようです。(^_^;)
最盛期にはもっと多くの蔵造りがあったようですが、行政が目覚めるのがやや遅きに失したようで、残念ながら虫食い状態にしか残っていないようです。そうは言うものの、中心部に近づくとものすごい迫力です。
川越を知る。 
AzTakさん 今日は。

私が学校への入学で昭和29年上京してから、親しくしてくださった方が川越の出身で、実家も当時は川越にあって、西武電車で「本川越」で下車すると聞いていました。

ここでのご説明では「大正浪漫通りの南の通り当たり」ですね。
商家ではないと言っていました。

訳あって、音信が途絶えました。
川越を知らなことを後悔していました。

観光で訪ねるのも気が進まず、躊躇っていましたら、
今は自力では往けなくなりました。

川越がどんな町か、埼玉上尾市にも5年住みながら、知らずにいたわけです。

全文通読させて頂きました。

私の知人との関わりは、勿論発見できませんでしたが、随分参考になりました。

加えて幕府との関係や、今多くの人が訪問しているその訳を今までよりも、深く推測出来るのではないかと思います。

もう一度拝見させて下さい。
有り難うございました。
Re: 川越を知る。 
> AzTakさん 今日は。

ijinさん、こんにちは。

> 私が学校への入学で昭和29年上京してから、親しくしてくださった方が川越の出身で、実家も当時は川越にあって、西武電車で「本川越」で下車すると聞いていました。
>
> ここでのご説明では「大正浪漫通りの南の通り当たり」ですね。
> 商家ではないと言っていました。
>
> 訳あって、音信が途絶えました。
> 川越を知らなことを後悔していました。
>
> 観光で訪ねるのも気が進まず、躊躇っていましたら、
> 今は自力では往けなくなりました。
>
> 川越がどんな町か、埼玉上尾市にも5年住みながら、知らずにいたわけです。
>
> 全文通読させて頂きました。
>
> 私の知人との関わりは、勿論発見できませんでしたが、随分参考になりました。
>
> 加えて幕府との関係や、今多くの人が訪問しているその訳を今までよりも、深く推測出来るのではないかと思います。
>
> もう一度拝見させて下さい。
> 有り難うございました。

もしかしたら、その方も今はリタイアされて、川越に戻っておられるかもしれませんね。
ひょんなことから連絡がつくといいですね。

私のふるさとは、福島県の最南端いわき市の漁業で栄えていた地区でした。それが乱獲が祟り水揚げ高が落ち、お互いに連帯保証を行なっていたので、バタバタ共倒れ。東北の水のみ百姓の次男坊、三男坊だった父親の世代は、皆この地を去って行きました。そんなことがあったので、会いたい人に会えない、消息がわからないという話はとてもつらいのです。

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