散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

浄妙寺~報国寺~杉本寺~宝戒寺~東勝寺跡(5)  2017.05.04 16:50 画像追加

杉本寺
鎌倉最古の寺、杉本寺に立ち寄る。鎌倉幕府が開かれる500年近くも前の平安初期の天平六年(734)に創建されたとされる古刹だ。
鎌倉石の苔生した石段
苔生した様は実に美しい。歩くことができるわけではないが、よく見て記憶にとどめたい佇まいだ。
鎌倉石の苔生した石段_1
鎌倉石の苔生した石段_2
鎌倉石の苔生した石段_3
鎌倉石の苔生した石段_4
鎌倉石の苔生した石段_5
鎌倉石の保護のため、従来の石段は通行禁止となり、迂回路が設けられている
鎌倉石の苔生した石段_6
鎌倉石の苔生した石段_7
ご本尊の画像
ご本尊は撮影禁止。絵札を買ってきていたのを失念していた。これを追加するので、本物をイメージしていただきたい。
中央の像(像高166.7センチメートル)は寄木造、漆箔仕上げで、円仁(慈覚大師)作と伝承され、衣文に平安時代風を残すが、鎌倉時代に入っての作とみられる。
慈覚大師御作_十一面観世音菩薩_R
中尊の左(向かって右)の十一面観音立像(像高142センチメートル)は寄木造、漆箔仕上げで、源信(恵心僧都)作と伝承されるが、実際の制作年代は鎌倉時代である。
恵心僧都御作_十一面観世音_R
右(向かって左)の十一面観音立像(像高153センチメートル)は行基作と伝承されるもので、素木の一木造であり、3体の中ではもっとも古様で、平安時代末期の作と推定される。作風は素朴で、ノミ痕を残す部分もあり、専門の仏師ではない僧侶の作かと推定されている。
行基菩薩御作_十一面覆面観世音_R

寺伝によれば、天平6年(734年)行基が十一面観音を安置して創建したのに始まるという。相当に古い寺院であることは論を俟たない事だが、行基が創建したという言い伝えは本当なのだろうか?Wikipediaの行基の記述を読むと、行基開基の寺院は史料によるもので、近畿地方に所在する寺院ばかりが列挙されている。全国には、青森県から宮崎県まで約600寺の行基が開基したとの伝承の寺院があるそうだが、これらは史料にない追慕による伝承であると冷たく言い放されている。おそらくそういうことなのだろうが、あまり割り切ってしまうのも、夢も希望もなくなってしまう気がしないでもない。
その由緒ある寺だが、文治5年(1189年)堂宇が焼失している。このとき観音像は自ら本堂から出て、境内に避難したと伝えられる。まあ、これも、そうだったら良いだろうの世界の話かもしれない。
『吾妻鏡』によれば、中世には大倉観音堂と呼ばれ、文治5年(1189年)の火災時には別当浄台房が炎の中から本尊を持ち出し無事であったという。こちらのほうが、まだ、信じられる記述だろう。同書には建久2年(1191年)源頼朝が当寺を参拝し、修理料を寄進したとある。これもそのとおりだろう。


山門
切妻造、茅葺の八脚門。左右に金剛力士(仁王)像を安置する。江戸時代、18世紀半ば頃の建立。茅葺きの山門は見事なものだ。だが、辺り構わず千社札が貼られているのが、風情を大きく損なう。何とも残念でならない。
山門_1
山門_2
山門_3
山門_4
山門_5
堂内の塵を払って、千社札を剥がしておいたほうが良さそうに思う。ついでに仁王像の修理もしたほうが良さそうだ。
山門_6
山門_7
山門_8
山門_9
山門_10
山門_11
山門_12
本堂(県指定文化財)
寄棟造、茅葺、方五間(正面側面とも柱間が5間)の密教仏堂。棟札から延宝6年(1678年)の建立と判明する。第4代将軍徳川家綱のときだ。鎌倉の建物は、殆どが江戸時代の建物なんだなあ。
本堂(県指定文化財)_1
本堂(県指定文化財)_2
鐘楼と梵鐘
おそらくこの鐘楼も本堂や山門と同時代に再建されたものではなかろうか。本堂と釣り合いがとれる気がするが、これだけは瓦葺きなんだ。
鐘楼と梵鐘_1
鐘楼と梵鐘_2
斯波家永と家臣の供養塔
本堂の横にある五輪塔群は、かつて境内を含む裏山一帯にあった杉本城の城主である斯波家長とその家臣たちを弔うための供養塔。かつての杉本城には、足利方の武将で鎌倉府執事を務めた斯波家長が拠ったが、南朝方の北畠顕家に攻められ、この寺で自害しているそうだ。
斯波家永と家臣の供養塔_1
斯波家永と家臣の供養塔_2

杉本寺は天台宗の寺。鎌倉幕府が開かれる500年近くも前の平安初期の天平六年(734)に創建された鎌倉最古の寺。天平三年(731)、関東地方を歩いていた行基菩薩が、鎌倉の大蔵山から町を眺め「ここに観音様を置こう」と思い、自ら彫刻した十一面観音像を安置した。
その後、光明皇后の恩召により、行基が本堂を開創した。文治5年(1189)11月23日の夜、火災が起こったが本尊3体が大杉の下で火を避けられたので、それにより杉の本の観音と今日まで呼ばれたと「吾妻鏡」は伝えている。その後、建久2年(1191)9月18日に源頼朝が再興し以前の三尊像を内陣に安置し、別に立像7尺の十一面観音像を寄進した。
坂東観音霊場33番札所制度の時、第一番札所とされた。十一面杉本観音と書かれた白幡が石段の両側に並んでいる。本尊は十一面観音。

Comments

赤から白へ 
おはようございます。最近鎌倉には足を向けておりません。杉本寺の階段脇の旗がいつしか、真っ赤な色から真っ白に変わってました。
おはようございます 
苔の階段がとても見事です。せっかくの階段ですが、通行を禁止して隣に脇道があるほどの力の入れようなんですね。雨の日に行って見たいです。奉納ののぼり旗はなんなのでしょうか。いつもの階段脇にあるのでしょうか。無いと絵になるんですけど。^^;
それでも素敵な風景に変わりありません。ここは行って見たいです!
AzTakさん 
こんにちは
随分と磨り減って苔生した石段ですね。
何時頃から迂回路になったんでしょうか?
行基開基、マア信じましょう


ふと、思い出しました。
中央道工事中に掘り出されたお不動様が有ります。
渓流沿いの土中に有りましたが、何の伝承も無かったようです。
何時の頃かしら分かりません?
 
こんにちは。
杉本寺にしても妙法寺の石段にしても、よくもまあここまで磨耗するまで
使い続けたものだと感心です。

千社札の貼り付けは最近禁止している寺社が多いようですが
伝統的風習とは言えやはり見苦しいですね。
実情を知らない外人が観たらどう思うでしょう。

ryu
 
AzTakさま こんにちは
聖徳太が子建立した法隆寺は607年(推古15年)飛鳥時代の建立と言われておりますが、鎌倉最古の寺、杉本寺は平安初期の天平六年(734)に創建されたようですが、杉本寺がいかに古い寺かということが良く分かります。
正に名刹ですね。
苔生した石段からは擦り減り、風雪に耐えてきた証の跡が見て取れます。
通行を禁止して隣に脇道が造られるのも当然だと思います。
杉本寺 
AzTakさん こんばんは
杉本寺
鎌倉石の苔生した石段は緑色で、迂廻路が出来て正解ですね。
鎌倉最古の寺で、平安初期なので長年月の経過と人が上り下り
してきたのですねー
いつも大きなお写真に圧倒していますが、今日は一段と山門が
迫力満点ですー!

新緑が清々しいですね。
Re: AzTakさん 
> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 随分と磨り減って苔生した石段ですね。
> 何時頃から迂回路になったんでしょうか?

そんなに以前のことではないと思います。鎌倉石は、非常の使いやすい石材で、鎌倉七口の一つ、名越の切り通しの近くにある大切岸から切り出せば、いくらでも補充して修理できたはずです。それが許されなくなってから、慌てたんだと思います。
関東大震災の補修に使われたりしていましたから、その後、昭和に入ってからのことでしょうね。

> 行基開基、マア信じましょう

そうですか、私はあまり信じて居ないのですが、…。そういうと、なにか虚しくなりますyね。

> ふと、思い出しました。
> 中央道工事中に掘り出されたお不動様が有ります。
> 渓流沿いの土中に有りましたが、何の伝承も無かったようです。
> 何時の頃かしら分かりません?

昔は、農村などには、字の読み書きができる人など殆どおらず、資料がないのは当然。それを良いことに、適当な与太話をでっち上げたりもしたのかもしれません。そういう話が何もないというのは、…。
Re: おはようございます 
MTさん、こんばんは。

> 苔の階段がとても見事です。せっかくの階段ですが、通行を禁止して隣に脇道があるほどの力の入れようなんですね。雨の日に行って見たいです。奉納ののぼり旗はなんなのでしょうか。いつもの階段脇にあるのでしょうか。無いと絵になるんですけど。^^;
> それでも素敵な風景に変わりありません。ここは行って見たいです!

鎌倉五山の第4位浄智寺にも、似た階段があります。こちらも鎌倉石です。ですが、こちらは、関東大震災の補修で出来上がったものだと聞いています。それが、何百年もの間使われた石と同じようにすり減り、苔むす優れた石材のようです。それが、今は、石材の切り出しが禁止され、補修することがままならなくなってしまいました。
仕方なく、脇道を用意するしかなかったのでしょう。

あの幟は、伏見稲荷大社の奉納された鳥居と同じ性格のものでしょう。決して、呼び込み用のけばけばしいものではなく、信仰心の発露から奉納されたもののようです。其れを嫌われると、お寺さんも困ってしまうかもしれません。
Re: タイトルなし 
> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> 杉本寺にしても妙法寺の石段にしても、よくもまあここまで磨耗するまで
> 使い続けたものだと感心です。

杉本寺、妙法寺、瑞泉寺、浄智寺など、いろいろなところで鎌倉石が使われています。昔は、チビッた箇所は、名越の切り通しの近くから切り出したもので、簡単に補修したんだと思います。この石材は、すぐに周りの既存のものと同化しますから、補修に都合が良かったのでしょう。それも、関東大震災の後の補修で浄智寺に使われたのが、最後。切り出しが禁止されてしまい、大慌ての状況が続いているようです。
直すに直せない状況があるんだろうなと見ています。

私の勝手な見方で、証拠となる文書などを見たわけではありません。(^_^;)

> 千社札の貼り付けは最近禁止している寺社が多いようですが
> 伝統的風習とは言えやはり見苦しいですね。
> 実情を知らない外人が観たらどう思うでしょう。
>
> ryu
Re: タイトルなし 
> AzTakさま こんにちは

花さか爺サンさま、こんばんは。

> 聖徳太が子建立した法隆寺は607年(推古15年)飛鳥時代の建立と言われておりますが、鎌倉最古の寺、杉本寺は平安初期の天平六年(734)に創建されたようですが、杉本寺がいかに古い寺かということが良く分かります。
> 正に名刹ですね。

たしかに古いことは論を俟たないことでしょう。頼朝などが、補修費用を支出したくらいですから、鎌倉時代の初期には既に数百年経過のボロ寺だったのでしょうね。それは間違いないのですが、関西の古いお寺さんと同じだと思わないでください。
行基かそれに近いし人が創建したとしても、当時の鎌倉に人材など居るはずもなく、人材も居なければ、境内もごくごく狭いものです。写真を撮るのに、チョット下がったら、転落しかねない狭さなんです。

> 苔生した石段からは擦り減り、風雪に耐えてきた証の跡が見て取れます。
> 通行を禁止して隣に脇道が造られるのも当然だと思います。

いまは、鎌倉石の供給が途絶えてしまいましたから。仕方のない措置なのだと思います。前述のとおり、境内は極めて狭いですから、余計な道は作りたくなかったと思います。言ってみれば、狭小住宅のお寺版でしょう。ロマン溢れる話ではなく、極めて現実的な話だと理解しています。

すみませんね、夢のない話をしてしまって。m(_ _)m
Re: 杉本寺 
> AzTakさん こんばんは

みすてぃむーんさん、こんばんは。

> 杉本寺
> 鎌倉石の苔生した石段は緑色で、迂廻路が出来て正解ですね。
> 鎌倉最古の寺で、平安初期なので長年月の経過と人が上り下り
> してきたのですねー

長年使い続けたのは間違いがないことでしょう。昔は、かなり安い鎌倉石で、へたった箇所を補修して使い続けてきたのでしょう。今、そういう修理をしている石屋産の話を聞くと、鎌倉石の供給が途絶え、代替できる石が殆どないことから、追い込まれているようです。
現実的な問題として、迂回路を設置したのでしょう。

> いつも大きなお写真に圧倒していますが、今日は一段と山門が
> 迫力満点ですー!
>
> 新緑が清々しいですね。

勾配が急で、ぼんやりして転げでもしたら、大怪我必至です。そんなところに建っていますから、山門も勢い、迫力が出る道理でしょうね。
Re: 赤から白へ 
senri32さん、こんばんは。

> おはようございます。最近鎌倉には足を向けておりません。杉本寺の階段脇の旗がいつしか、真っ赤な色から真っ白に変わってました。

こちらもお寺さんも、かつて奉納された幟は赤でしたか。白い幟は、最近のことですか。知りませんでした。
こんばんは! 
AzTakさん、こんばんは!
鎌倉で一番古いお寺がこの杉本寺なんですね!
平安初期に創建とのこと!凄いですね~♪
苔生した石段が長い年月の生き証人のようです!
悠久の時の流れを感じます。
いつもありがとうございます。
Re: こんばんは! 
> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、こんばんは。

> 鎌倉で一番古いお寺がこの杉本寺なんですね!
> 平安初期に創建とのこと!凄いですね~♪

そうですね。できたばかりの鎌倉幕府の要人たちの目にも、相当に古ぼけたボロ寺に映ったことなんでしょうね。
だから、頼朝が補修を申し出たくらいでしょう。

> 苔生した石段が長い年月の生き証人のようです!
> 悠久の時の流れを感じます。
> いつもありがとうございます。

あの苔むした石段が、この寺の存在の証なんでしょう。ぴりりと辛い小さなお寺さんです。

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