散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

兵庫~滋賀~京都(11)

栂尾山高山寺(2)
石水院 国宝(2)
石水院は庫裡のように見える建物といわゆるお堂にふさわしい部分とが渡り廊下で繋がっている。正しくはお堂のように見える部分のみが石水院なのだろう。あとで調べたら、玄関に向かって左から、庫裡、客殿、石水院になっていた。
最初に見た部屋
客殿の一室。すごく落ち着く感じの部屋だった。『慎終干始』は中国の言葉で、『終わりを慎むは始めに干(おい)てせよ』という意味合いのようだ。貝原益軒の修養論にも登場する言葉らしい。字そのものは判読できても、意味合いはまるでわからなかった。
最初に見た部屋
渡り廊下脇の小さな池
池を挟んで、ガラス戸のある方が客殿。濡れ縁のある方が石水院。
渡り廊下脇の小さな池_1
渡り廊下脇の小さな池_2
渡り廊下脇の小さな池_3
渡り廊下
すごく雰囲気のある渡り廊下。廊下フェチの私には堪らない感じ。石水院側から客殿側を撮った。
渡り廊下

私のような朴念仁でも、素直にいいなあと思えるお庭。特別に飾ってはいないのだろうが、素晴らしい。
庭_1
庭_2
庭_3
庭_4
庭_5
廂の間
廂の間_1
富岡鉄斎筆「石水院」の横額
『鉄斎居士御年九十』と書かれてあるようにみえるが、自信なし。
廂の間_2
菱格子戸と本蟇股
粋なのに驚かされた。透けて見える部分が多く、『内外の境界はあいまいにされ、深い軒が生む翳りの先に光があふれる』という記述は嘘じゃないなと思った。
廂の間_3
善財童子像
明恵上人は善財童子を敬愛していたのか。こちらは未だに善財童子がどういう存在なのかよく理解できていないのだが。
廂の間_4
石水院の西正面。かつて春日・住吉明神の拝殿であったところで、正面には神殿構の板扉が残る。欄間に富岡鉄斎筆「石水院」の横額がかかる。鉄斎は明治期の住職土宜法龍と親交があり、最晩年を高山寺に遊んだ。落板敷の中央に、今は小さな善財童子(ぜんざいどうじ)像が置かれている。華厳経(けごんきょう)にその求法の旅が語られる善財童子を明恵は敬愛し、住房には善財五十五善知識の絵を掛け、善財童子の木像を置いたという。吊り上げの蔀戸(しとみど)、菱格子戸、本蟇股(かえるまた)によって、内外の境界はあいまいにされ、深い軒が生む翳りの先に光があふれる。
南縁
景観が抜群。元の位置からこの場所に移築して私は大成功だと思う。元の場所はやや薄暗い。それに比して、こちらは日射しがあるし、景観の良さがあるように思う。
南縁_1
南縁_2
南縁_3
南縁_4
南縁_5
南縁_6
南縁_7
石水院の南面は清滝川を越えて向山をのぞみ、視界が一気に開ける。縁から一歩下がって畳の上に腰をおろすと、風景が柱と蔀戸(しとみど)、広縁によって額縁のように切り取られる。南面の欄間には伝後鳥羽上皇の勅額「日出先照高山之寺(ひいでてまずてらすこうざんのてら)」がかかり、寺号の由来を語る。西面には長く高山寺の中心的子院であった十無盡院(じゅうむじんいん)の額も見ることができる。
堂内
『日出先照高山』
当たり前のことを書いているように思えてしまうが、華厳経の比喩に由来する言葉なのか。華厳経に触れる機会など無いので、華厳経の比喩がどういうものなのか、よくわからない。
堂内_1
高山寺は古く「神護寺別院」「神護寺十无盡院」などと呼ばれ、栂尾の地にあった神護寺の別院であった。建永元年(1206)11月、後鳥羽院の院宣により、華厳興隆の勝地として明恵が栂尾の地を賜ったのが高山寺の起りである。その際に下賜された後鳥羽院宸翰の勅額といわれる。背面に陰刻で「建永元年」「藤原長房」(後鳥羽院の近臣、後の慈心房覚真)とあり、長房が院と明恵との仲立ちをつとめたらしい。「日出先照高山」という表現は華厳経の比喩に由来し、字句は華厳経の注釈書(明恵が重視した『華厳経探玄記』など)に見える。
国宝の『明恵上人像(樹上坐禅像)』の掛け軸
座敷にかかっていた。あれは本物だろうか?おそらく複製だと思われるがどうなのだろう。そして、アクリルのケースの中に収納されているのは、国指定の重要文化財の『木彫りの狗児』だろうか?
堂内_2
PDF画像はこんなふう
堂内_3
明恵は貞応元年(1222)に栂尾へ還住し、最晩年を過ごす。高山寺の後山、楞伽山には、上人坐禅の遺跡(華宮殿〈けきゅうでん〉、羅婆坊〈らばぼう〉、縄床樹〈じょうしょうじゅ〉など)が今も残る。華宮殿の西に二股に分かれた一株の松があった。縄床樹と名付け、常々そこで坐禅入観したという。図上の賛によれば、この絵は縄床樹に座る明恵を描いたものである。明恵の近侍、恵日坊成忍(じょうにん)の筆といわれ、明恵の人となりをよく伝える。背景には松、岩、藤、小鳥、栗鼠(りす)などが配される。肖像画にしては人物が小さく、人と自然とが拮抗しつつ調和している。画面構成が羅漢図に似通い、宋画の影響が見られるという指摘がある。
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国指定の重要文化財の『木彫りの狗児』
明恵が動物を慈しんだことは伝記に多く語られ、『夢記(ゆめのき)』にもしばしば動物が顔を出す。幼い日々、亡き父母を慕う明恵は、小動物を見てはその生まれ変わりかもしれないと思い、子犬をまたいでしまった後に立ち返って拝んだという逸話が残る。また後年、夢に「子犬」が現れることもあった(元久元年〈1204〉6月・建永元年〈1206〉正月)。それらと重なり合うような、愛らしい実寸大の子犬の木彫りである。伝快慶作。明恵が座右に置いて愛玩した遺愛の犬と伝える。志賀直哉は「時々撫で擦りたいような気持のする彫刻」と記している。

鳥獣人物戯画複製
堂内_4
堂内_5
堂内_6
高山寺を代表する宝物である。現状は甲乙丙丁4巻からなる。甲巻は擬人化された動物を描き、乙巻は実在・空想上を合わせた動物図譜となっている。丙巻は前半が人間風俗画、後半が動物戯画、丁巻は勝負事を中心に人物を描く。甲巻が白眉とされ、動物たちの遊戯を躍動感あふれる筆致で描く。甲乙巻が平安時代後期の成立、丙丁巻は鎌倉時代の制作と考えられる。鳥羽僧正覚猷(かくゆう、1053〜1140)の筆と伝えるが、他にも絵仏師定智、義清阿闍梨などの名前が指摘されている。いずれも確証はなく、作者未詳である。天台僧の「をこ絵」(即興的な戯画)の伝統に連なるものであろうと考えられている。

桁行正面3間、背面4間、梁間3間、正面1間通り庇。一重入母屋造(いりもやづくり)、妻入、向拝(ごはい)付、葺。五所堂とも呼ばれる。創建当時、現石水院は東経蔵として金堂の東にあった。安貞2年(1228)の洪水で、東経蔵の谷向いにあったもとの石水院は亡ぶ。その後、東経蔵が春日・住吉明神をまつり、石水院の名を継いで、中心的堂宇となる。寛永14年(1637)の古図では、春日・住吉を祀る内陣と五重棚を持つ顕経蔵・密経蔵とで構成される経蔵兼社殿となっている。明治22年(1889)に現在地へ移築され、住宅様式に改変された。名をかえ、役割をかえ、場所をかえて残る、明恵(みょうえ)上人時代の唯一の遺構である。

Comments

こんにちは 
おはようございます。鳥獣戯画はいつ見てもいいです。これに目を付けていらっしゃるなんてさすがです。朝から素晴らしい絵を拝見させていただきました。物語性もあって素晴らしいです。お寺の縁側も綺麗な眺めですね。ありがとうございます。
 
こんにちは。
学校の教科書に載っていた鳥獣人物戯画は蛙と兎の相撲図だったような気がしますが他にも様々な巻や場面があるんですね。
擬人画や擬人像と言えばエジプトの神々を思い浮かべますが
このような漫画化されたような鳥獣人物戯画は他国にあるのでしょうかね。
北斎漫画より数百年も前に描かれたとは思えない素晴らしい才能技量です。

ryu
 
近畿にも来られたのですね。
日本中を旅されて、羨ましいような。
私は高知出身なんですが、その頃の方が京都を訪れていた回数が多かったようです。いつでも行けると思うとなかなか一歩が踏み出せない。そのうちに体がしんどくなってきました。
体力的にあと2~3年のうちに行きたいところに行かねばと思っていますが。
AzTakさん 
こんばんは
鳥獣戯画、漫画の大本なんでしょうか?
今日、留守中にお寺さんから『白隠さん入門』んなる物が届いていました。
心して生きねばならぬ、・・・
大げさかな
 
AzTakさん、こんばんは!
客殿の一室はすごく落ち着く感じのお部屋とありますが、襖や
畳に床の間の設えに行灯と温かみのある雰囲気がします。

お庭も庭木の種類に配置と踏み石や灯籠とで良く作られ、菱格子戸と
本蟇股も透けて見えるので天候による変化の見え方もありそうですね^^

明恵上人像の掛け軸は普通に考えると、複製かなぁと思えますよね。
ずっと掛けていると必然的に色褪せ、紙の傷みや劣化が早いです。

鳥獣人物戯画は見るほどに動物を愛された描き方と思ってしまいます。
表情に生き生きとした動きで、ちゃんと当時の被り物に衣装や扇で
丁寧にイマジネーションが盛り込まれています。
きっとすごく感性豊かな方だったのですねー!
こんばんは 
関西に居ながら知らない所がまだまだあることを
教えていただきました。
画を見せて頂き、行きたくなりました^^
Re: こんにちは 
MTさん、こんばんは。

> おはようございます。鳥獣戯画はいつ見てもいいです。これに目を付けていらっしゃるなんてさすがです。朝から素晴らしい絵を拝見させていただきました。物語性もあって素晴らしいです。お寺の縁側も綺麗な眺めですね。ありがとうございます。

神護寺にはどうしても行きたい。それで友人に行きたい旨を告げました。そのとき、高山寺も近くにあるはずだから、鳥獣戯画などを見たいけど、時間的に間に合うかどうか分からず、含みを持たせていました。結果的に時間がとれ、見て回ることができました。
この石水院は非常に気に入りました。鳥獣戯画はもちろんのこと、写真を見ると南縁ギリギリまで紅葉が迫り、それはそれは見事なようです。その季節はもっと見どころがあるのでしょうが、人が多くてゆっくり見て回ることなどできないかもしれません。
もしかしたら、この時期が一番良かったのかもしれません。
Re: タイトルなし 
> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> 学校の教科書に載っていた鳥獣人物戯画は蛙と兎の相撲図だったような気がしますが他にも様々な巻や場面があるんですね。

そうみたいですね。相撲などが出てくるのは甲巻らしいです。どうやら、何人かの人が描いたもののようです。鳥羽僧正覚猷が、関与しているか否かも不明のようですね。いずれにせよ、最初にこういう意匠を思いついた人は、優れた人だったのでしょうね。

> 擬人画や擬人像と言えばエジプトの神々を思い浮かべますが
> このような漫画化されたような鳥獣人物戯画は他国にあるのでしょうかね。
> 北斎漫画より数百年も前に描かれたとは思えない素晴らしい才能技量です。
>
> ryu

こういうのは日本人の得意とするところのようですね。他の国にもあるのかは私にはわかりません。
Re: タイトルなし 
お千さん、こんばんは。

> 近畿にも来られたのですね。
> 日本中を旅されて、羨ましいような。

日本中なんてとんでもない。まだまだ行ったことのない県がいくつか残っています。

> 私は高知出身なんですが、その頃の方が京都を訪れていた回数が多かったようです。いつでも行けると思うとなかなか一歩が踏み出せない。そのうちに体がしんどくなってきました。

私は京都が一番多い訪問先ですが、40以上の都道府県には行ったかもしれません。その多くは、高校生と大学生の頃でしょうか。高校は大学受験をしなくても進学できる学校だったので、かなり遊び呆けていたかもしれません。
高知県は、その内の行ったことのない県の一つです。クラスメートのYに『その内案内してくれ』と話してはいましたが、進学した学部が違ったので疎遠になり、未だに実現していません。

> 体力的にあと2~3年のうちに行きたいところに行かねばと思っていますが。

そうですよね。状態が維持できているうちに行くのが正解かもしれませんね。
Re: AzTakさん 
> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 鳥獣戯画、漫画の大本なんでしょうか?

日本最古の漫画という方も少なからずいるようですね。

> 今日、留守中にお寺さんから『白隠さん入門』んなる物が届いていました。
> 心して生きねばならぬ、・・・
> 大げさかな

臨済宗十四派が全て中興としている白隠禅師ですか。今回の旅でも臨済宗妙心寺派の大本山の妙心寺に行きました。そこでも、白隠の研究を熱心に行っているようですが、時間がなく、閉門ギリギリに駆け足で見て回っただけで終わってしまいました。いずれ見て回らねばなりませんが、凡人にはおよそ理解しがたい傑物だったのかもしれませんね。
Re: タイトルなし 
> AzTakさん、こんばんは!

みすてぃむーんさん、こんばんは。

> 客殿の一室はすごく落ち着く感じのお部屋とありますが、襖や
> 畳に床の間の設えに行灯と温かみのある雰囲気がします。
>
> お庭も庭木の種類に配置と踏み石や灯籠とで良く作られ、菱格子戸と
> 本蟇股も透けて見えるので天候による変化の見え方もありそうですね^^

もちろん私の持ち物ではありませんが、報告した手前、不評を買うようだと報告の仕方がまずかったかなと頭を抱えこむところだったので、ホッとしました。あの和室が私には一番落ち着けそうな気がしました。

> 明恵上人像の掛け軸は普通に考えると、複製かなぁと思えますよね。
> ずっと掛けていると必然的に色褪せ、紙の傷みや劣化が早いです。

でしょうね。複製を幾つもつくって掛け替えているのでしょうか?
田舎の我が家でも、同じ掛け軸ではありませんが、大町桂月の掛け軸ほかを時々掛け替えていました。

> 鳥獣人物戯画は見るほどに動物を愛された描き方と思ってしまいます。
> 表情に生き生きとした動きで、ちゃんと当時の被り物に衣装や扇で
> 丁寧にイマジネーションが盛り込まれています。
> きっとすごく感性豊かな方だったのですねー!

平安末期から鎌倉初期にかけての作品だとか。どういう人達が関わったのでしょうね。明恵上人の周囲にはきっとwarm heartの持ち主が集まっていたのでしょう。そう思います。
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 関西に居ながら知らない所がまだまだあることを
> 教えていただきました。
> 画を見せて頂き、行きたくなりました^^

案内してくれた友人も、盛んに良かったと言っていました。彼もこの時期に来たのは初めてだったのかもしれません。
この辺も清滝川の辺りです。
大変だ。 
山の上に、まだ、2軒も家を持っている私は、わかります。ここは、環境整備が大変。今、身に染みて、感じています。あと、何年自分でできるのかなー。早く、手放したいのですが・・・・。いろいろあって・・・・。
Re: 大変だ。 
senri32さん、こんばんは。

> 山の上に、まだ、2軒も家を持っている私は、わかります。ここは、環境整備が大変。今、身に染みて、感じています。あと、何年自分でできるのかなー。早く、手放したいのですが・・・・。いろいろあって・・・・。

わははは、お坊さんになれるかもしれませんよ。あのエリアをきれいに維持するのはたしかに大変でしょうね。

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