散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

北鎌倉駅から鎌倉駅まで歩く(7)

英勝寺(1)
扇ガ谷にある浄土宗の寺院であり、現在、鎌倉唯一の尼寺。山号は東光山。寺域は、開基英勝院尼の祖先であり、扇谷上杉家の家宰であった太田道灌邸跡地とされる。
今まで見てきた寺院と異なり、この寺は、江戸初期の建立。開基の英勝院尼は、徳川家康に仕え『戦には必ず勝利をもたらした』ので『お勝の方』と呼ばれ、家康の命により水戸家初代の徳川頼房の養母となった。
水戸徳川家では頼房の長男である頼重(後に高松松平家・讃岐高松藩主)、三男・長(後の水戸藩主・光圀)がいて、頼重は京都の慈済院へ入っていた。『讃岐高松松平家譜』に拠れば、英勝院は将軍・徳川秀忠に対して頼重の帰府を願い、寛永9(1632)年11月には頼重の江戸の水戸藩邸への帰府が実現したという。さらに、寛永11(1634)年5月9日には水戸徳川家の世子となった幼い光圀を伴い、新将軍・家光への謁見を行っている。
このように、水戸徳川家をことあるごとに引き立てて回り、目出たくも御三家に列せられるようになったわけだ。大恩人であった『お勝の方』の英勝院尼の大恩に報いるべく創建したのが、英勝寺だ。当初英勝院が建立し、これを徳川頼房が現在の形に改築したものと考えられている。

東国花の寺百ヶ寺の一ヶ寺でもある。花もきれいだ。

国指定の重要文化財は、以下の通り。この内、鎌倉国宝館に寄託中の木造阿弥陀如来及両脇侍像龕を除くものを中心に見ていこう。
1)仏殿(附:棟札4枚、扁額1面、梁牌2枚)
2)山門(附:棟札2枚、扁額2面)
3)鐘楼
4)祠堂(附:英勝院墓)
5)祠堂門
6)木造阿弥陀如来及両脇侍像龕(もくぞう あみだにょらい・りょうきょうじぞうがん)〈鎌倉国宝館に寄託〉


1)仏殿(国指定重要文化財)
1636年(寛永13年)に建てられた禅宗様方三間裳階付の建物。円覚寺舎利殿(旧太平寺仏殿)や、旧東慶寺仏殿(現三渓園)を参考にしているともいわれているが、両仏殿に見られるような屋根の反り上がりはなくすっきりとした直線のもの。その意味では独特の意匠だ。
外観
扁額も附指定になっているが、経年で黒ずんでしまい肉眼では見えにくい。拡大したら、『寶珠殿』と書かれてあった。曼殊院良恕法親王の記号だそうだ。それで、『寶珠殿』とも称されるのか。この名前を賜るのは英勝院尼にとっても身に余る栄誉だったことだろう。
外観_1
外観_2
外観_3
本尊
阿弥陀三尊立像。徳川三代将軍家光の寄進で運慶作といわれる。神々しいお顔に驚かされる。向かって右が観音菩薩。左には勢至菩薩がある。
阿弥陀如来立像は美しき光り輝いている。気品のあるお顔だ。螺髪は九品仏浄真寺の像と違って落ち着いた色になっている。
本尊_1
見事な堂内の装飾ぶりだ
本尊_2
阿弥陀如来にも引けを取らないお顔だ
本尊_3
蟇股に彫られた干支
軒下には、仏殿では珍しい十二支の装飾彫刻があるが、そのうちのいくつかを取り上げる。なかなかに迫力がある。

蟇股に彫られた干支_1

蟇股に彫られた干支_2

蟇股に彫られた干支_3

蟇股に彫られた干支_4

蟇股に彫られた干支_5

蟇股に彫られた干支_6
こんな風に飾られている。一方に三つの干支。四方あわせて十二支になる。
蟇股に彫られた干支_7
蟇股に彫られた干支_8

方三間、裳階付の禅宗様仏堂。屋根は寄棟造、瓦棒銅板葺き。棟札には寛永13年(1636年)に英勝院が建立とあるが、殿内梁牌には「寛永二十年八月 正三位権中納言源朝臣頼房敬立」の銘があり、当初英勝院が建立し、これを徳川頼房が現在の形に改築したものと考えられる。扁額は後陽成天皇の弟である曼殊院良恕法親王の揮毫。粽(ちまき)付きの円柱、貫(ぬき)の多用、詰組の組物、桟唐戸、花頭窓、石敷きの床など本格的な禅宗様になる。ただし、屋根の隅棟や軒先の線に反りがなく、屋根の形を直線のみで構成するのは独特の意匠である。軒下の蟇股は十二支の彫刻で飾る。堂内は身舎小壁に瑞鳥、天井に迦陵頻伽の彩絵を施すほか、水戸徳川家の三つ葉葵、太田家の桔梗などの装飾が施されている。

Comments

いざ鎌倉 
やはり、鎌倉は凄い。貴族社会より武家社会の方が、私は好き。だから、京都、奈良には関心がない。
 
こんにちは。
質実剛健的なイメージの鎌倉仏教ですが
ここの内陣の華鬘装飾は豪華で華やかですね。
俗人『私)が思い浮かべる極楽そのものです。

ryu
AzTakさん 
こんばんは
寺院の屋根は殆どが反りを持っているようですが、このようなスッキリした造りも良いですね、
禅寺を見るようです。
もっとも、禅寺でも反りは普通なのでしょうね。
 
AzTakさんさん、こんばんは。
仏殿は確かに屋根の反り上がりはなくてすっきり直線で、独特なのですね。
阿弥陀如来立像は光り輝いていて、本当に気品のお顔ですー!
遠くからチラッと見たのでは、見落としそうですが、こうしてアップに
なっているとその美しさに気づかされます。
それに下向きの像も綺麗なお顔立ちです。

十二支の装飾彫刻も細やかにしっかりと彫られているのですね。

こうして広くたくさんの寺院を訪ねられると、鎌倉の地の宗教的な
佇まいから空気感か気が、ちょっと異なるのでしょうか。
Re: いざ鎌倉 
senri32さん、こんばんは。

> やはり、鎌倉は凄い。貴族社会より武家社会の方が、私は好き。だから、京都、奈良には関心がない。

そうですか。鎌倉もいいですが、京都も奈良もいい感じで、私個人としては好きです。特に奈良に心惹かれるものがありますが、徒歩で歩き回るのではせいぜい数箇所。どうにもなりません。
鎌倉の人たちは、奈良に親近感を覚えていたと、建長寺の風入れのイベントで講師が熱弁を振るっていました。
Re: タイトルなし 
> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> 質実剛健的なイメージの鎌倉仏教ですが
> ここの内陣の華鬘装飾は豪華で華やかですね。
> 俗人(私)が思い浮かべる極楽そのものです。
>
> ryu

此処だけは、鎌倉時代ではなく、徳川幕府の勢いが盛んだった江戸初期。水戸徳川家初代が現在の仏殿の形に整備し、御本尊は家光が用意したとなれば、これ以上のものは、他でも探すのが難しいくらいなのでしょうね。

お勝の方は大変な実力者であり、とにかく自分の身近のものを引き立てようと尽くしまくった人物だったようです。
初代頼房が大言壮語をしたことで、家康に警戒され、尾張や紀州に差をつけられた。徳川性を名乗るのに33年もかかったとか。そこに養母のお勝の方が絡んだようです。自分が養母になったからには、男を上げずに置かれようか、ということだったのでしょうね。
建物のほとんどすべてが国指定の重要文化財ですから。
Re: AzTakさん 
> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 寺院の屋根は殆どが反りを持っているようですが、このようなスッキリした造りも良いですね、
> 禅寺を見るようです。
> もっとも、禅寺でも反りは普通なのでしょうね。

今でこそ、洋館かと見まごうほどの斬新なデザインのお寺さんが珍しくなかったでしょうが、江戸のはじめにこういう直線的なデザインは見るものを大いに驚かせたことでしょうね。確かにスッキリしたデザインなんですよね。宮大工が首をひねったのではないかと思います。
Re: タイトルなし 
> AzTakさんさん、こんばんは。

みすてぃむーんさん、こんばんは。

> 仏殿は確かに屋根の反り上がりはなくてすっきり直線で、独特なのですね。

そう思います。力強い感じです。尼寺だというのに、いかにも男性的なデザインで、ぼっくりするほどです。

> 阿弥陀如来立像は光り輝いていて、本当に気品のお顔ですー!
> 遠くからチラッと見たのでは、見落としそうですが、こうしてアップに
> なっているとその美しさに気づかされます。
> それに下向きの像も綺麗なお顔立ちです。

運慶作の仏像を家光が寄贈したということのようです。光圀が作らせたとか書いている方もいますが、運慶作だとすれば、時代が合いません。間違いでしょうね。それにしても、運慶作の仏像を家光が寄贈したのに、なぜ、国宝にならないのか不思議です。

> 十二支の装飾彫刻も細やかにしっかりと彫られているのですね。

そうですね。東照宮を造影した頃だったので、そういう職人はいっぱいいたのでしょうね。

> こうして広くたくさんの寺院を訪ねられると、鎌倉の地の宗教的な
> 佇まいから空気感か気が、ちょっと異なるのでしょうか。

他の寺とは年代も創建の関係者の気合の入れ方も違うので、鎌倉では珍しい存在でしょうね。

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