散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

出羽三山を尋ねる一泊バス旅行(10)

鶴岡市内に1泊し、2日目もまた、出羽三山を楽しむ。この日は、羽黒山の随神門から国宝五重塔までと、湯殿山神社を訪ね、その後一路東京に帰る日程だ。ちょっと強行軍の感じは否めない。マイカーで往復するのならば、もう1泊することをおすすめしたい。

朝のホテル付近
今日も非常に良い天気。台風の影響か、時々強い風が吹くが、気分爽快の一日になりそうだ。ホテルは、鶴岡の市街地からは少し離れ、山形自動車道の鶴岡インターのそばだったようだ。何種類かの鳥さんもいたが、お散歩用のEOS M3の短いレンズではどうしようもなかった。
朝のホテル付近_1
朝のホテル付近_2
朝のホテル付近_3
朝のホテル付近_4
朝のホテル付近_5
朝のホテル付近_6

羽黒山(2)
今日は山頂ではなく中腹の随神門から国宝五重塔までを見る。
車窓から
ここからは、EOS 7D mark2で撮影
車窓から_1
車窓から_2
車窓から_3
車窓から_4
鳥海山かな
鳥海山かな
致道博物館内の建物(車窓からはうまく撮れなかったので、PDFを借用)
旧鶴岡警察署庁舎
旧鶴岡警察署庁舎
旧西田川郡役所
旧西田川郡役所
旧渋谷家住宅
この住宅のある田麦俣地区は、この後に行く予定の湯殿山の麓だ。このような住宅が間違いなく必要な豪雪地帯だろう。
旧渋谷家住宅
随神門から国宝五重塔(1)
随神門前の宿坊
宿坊神林勝金という宿坊だ。確かに交通至便な宿坊だ。
随神門前の宿坊
末社羽黒山天地金神社
よく見ると、屋根の正面が少し変わった形状をしているようだ。もともとは、大師堂だったのに、昭和39年に、須佐之男命をお祀りし、天地金神社となり現在に至っているのか。う~~ん、そこまで持ちこたえていたのならば、そのまま大師堂でよかったのではと思うが、…。
末社羽黒山天地金神社_1
末社羽黒山天地金神社_2
随神門の右手前にある朱塗りのお社で、応永4年学頭法性院尊量により創建されたが兵乱のため大破し、後に羽黒山智憲院宥然により安永8年(1779)再興された。もと「元三大師像」を御本尊としてお祀りしたので大師堂と称していたが、昭和39年、須佐之男命をお祀りし、天地金神社となり現在に至っている。
天拝石
天拝石_1
天拝石_2
天拝石_3
随神門
羽黒山参詣道の入り口にある赤い山門。左右に悪霊の侵入を防ぐ門番の神々(随神)、豊石窓神(とよいわまどのかみ)と櫛石窓神(くしいわまどのかみ)が剣と弓矢をもって鎮座している。
明治の神仏分離により、祀る像が仁王像から随神像に変わり、名称も仁王門から随神門に変わったのか。

随神門_1
随神門_2
随神門_3
随神門_4
随神門より内は出羽三山の神域となり、神域は遠く月山を越え、湯殿山まで広がる。随神門はこの広い神域の表玄関である。この門は初め仁王門として元禄年間秋田矢島藩主より寄進されたが、明治の神仏分離の折り、随身像を祀り随神門と名付けた。
随神門をくぐるといきなりの急坂
この坂は継子坂という。まずは下り坂で楽といえば楽なのだが、帰り道は地獄の上り坂になりそうだ。246段あるそうだ。覚悟しておかなくては。
継子坂_1
継子坂_2
継子坂_3
継子坂_4
継子坂_5
此処にも末社がいくつかあった
かなり渋い感じ。次回も取り上げるので、さっと通りすぎる。
此処にも末社がいくつか_1
此処にも末社がいくつか_2
此処にも末社がいくつか_3
此処にも末社がいくつか_4
此処にも末社がいくつか_5
此処にも末社がいくつか_6
神橋
神橋_1
神橋_2
神橋_3
神橋_4
神橋_5
神橋_6
神橋_7
橋の上から見た須賀の滝
あの滝が、承応3年(1654)に、時の別当天宥が月山々麓水呑沢から約8kmの間を引水し祓川の懸崖に落し、不動の滝と名付けた人工の滝とは。重機が使える今だったら、何の事はないことかもしれないが、362年も前のこととなると話が違う。気宇壮大なことだ。
橋の上から見た須賀の滝_1
橋の上から見た須賀の滝_2
橋の上から見た須賀の滝_3
須賀の滝
「祓川」に落ちる須賀の滝は随神門から出羽三山神社三神合祭殿(旧羽黒山神社)に至る参道沿いにある滝で参道からは朱色の神橋で滝下直下まで行くことが出来ます。江戸時代初期、羽黒山の中興の祖といわれた天宥法印(第50代羽黒山別当、幕府の重鎮天海僧正に師事し、羽黒山を真言宗から天台宗に改宗し出羽三山の再興に尽力した。)が8㎞先の月山から水路を開削し造った人工の滝です。水路自体は新田開発の為計画されたものですが天宥は造園技術にも長け羽黒神社境内の再整備の一環だったと思われます。古くは不動の滝と称し、修験者や参拝者の水垢離の場としてここで身を清め参拝に望みました。滝の前、向って右側には祓川神社(祭神:瀬織津比咩神、速開津比咩神、気吹戸主神、速佐須良比咩神)、左側には岩戸分神社(祭神:天手力雄命)、奥には不動明王を祀り神聖化しています。春先は雪解け水の為、水量も豊富になり、通常時よりも迫力を増します。

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祓川と須賀の滝
随神門より継子坂を下りると祓川に掛かる神橋に出る。昔三山詣での人々は必ず祓川の清き流れに身を沈め、水垢離をとり三山への登拝の途についた。朱塗りの美しい神橋は見事な浸蝕谷にかかり、向かいの懸崖から落ちる須賀の滝と相対し、その景観はまことに清々しく美しい。
滝は承応3年(1654)時の別当天宥により月山々麓水呑沢より約8kmの間を引水し祓川の懸崖に落し、不動の滝と名付けた。又、一般的には神域とは随神門と伝えられているが、ここより山上と山麓を呼び分け、山上には維新まで本坊を始め30余ヶ院の寺院があり、肉食妻帯をしない「清僧修験」が住み、山麓には336坊の「妻帯修験」が住んでいた。

Comments

須賀の滝 
鶴岡市も魅力的ですね。瓦屋根の洋館や庄内藩の学校もあり 見どころがあります。須賀の滝は 8キロ先からの大工事 本当に重機のない昔 よく完成しましたね。勉強になりました。
 
こんにちは。
庄内藩の藩校を見ると藤沢周平氏の時代小説が思い出されます。
藤沢小説は下級武士の物語が多いですが人間の機微は現代にも通じるもを感じますね。

末社が連なる様子はバリ島のバリヒンドゥ寺院が思い浮かびます。
インドのヒンドゥ寺院は石造りが多いですが
バリヒンドゥ寺院は木造も多く近しさを感じます。

ryu
こんにちは 
青空の下、旅は良いですね~~
最近、僕達は旅に出かけていません・・・
どこかに行きたいな~~
近場でうろうろばかりです(^^;
AzTakさん 
こんにちは
須賀の滝、人工の滝ですか!
それにしてはかなり大きそうですね。
修験者に滝は良く似合いますが、よくこれだけの滝を造ったもんです。
ごく簡単に 
山中>町中
Re: 須賀の滝 
tugumi365さん、こんばんは。

> 鶴岡市も魅力的ですね。瓦屋根の洋館や庄内藩の学校もあり 見どころがあります。須賀の滝は 8キロ先からの大工事 本当に重機のない昔 よく完成しましたね。勉強になりました。

明治になっても、藩主は地元にとどまり、地域振興のために尽くしたようです。そのため、新時代になっても、ある程度、文化遺産が残ったようです。
須賀の滝は、大変な難工事だっただろうと思います。険しい山中を分け入り、障害になる樹木を伐採して、水路を下流から開削して行ったのでしょうね。362年も前にこんなことをしたなんて、信じられないほどのことですが、事実なんですね。
Re: タイトルなし 
> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> 庄内藩の藩校を見ると藤沢周平氏の時代小説が思い出されます。
> 藤沢小説は下級武士の物語が多いですが人間の機微は現代にも通じるものを感じますね。

そうですね。今でこそモダンな街に変身しましたが、昔は大変な人間関係が存在する土地柄だったんでしょうね。難所の六十里越街道をひた走って脱藩するなんて、本当に考えるだけで恐ろしい話です。

> 末社が連なる様子はバリ島のバリヒンドゥ寺院が思い浮かびます。
> インドのヒンドゥ寺院は石造りが多いですが
> バリヒンドゥ寺院は木造も多く近しさを感じます。
>
> ryu

ヒンドゥ寺院は恥ずかしながら実物を一度も見たことがありません。バリ島のヒンドゥ寺院は似た感じですか。
Re: こんにちは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 青空の下、旅は良いですね~~

行きも帰りの途中の福島・宮城両県は雨でした。あの超迷走台風も接近中だったので、天気が心配でした。2日間、天気が晴れたのは奇跡でした。ありがたく楽しませてもらいました。

> 最近、僕達は旅に出かけていません・・・
> どこかに行きたいな~~
> 近場でうろうろばかりです(^^;

そのうち、リタイアして、時間を持て余す時が来ると思います。今はお金を貯めるのも必要でしょうが、動きまわることができる身体を維持することも考えて下さい。
楽しみは大きく膨らませて、…
Re: AzTakさん 
> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 須賀の滝、人工の滝ですか!
> それにしてはかなり大きそうですね。

ものすごい落差で、人工の滝とは信じられない程です。それも江戸初期の土木工事だというから驚きです。
水路になっている部分は、険しい山中のはずです。集団で分け入ったのでしょうね。一人では本物の熊さんに出会ってしまいそうです。

> 修験者に滝は良く似合いますが、よくこれだけの滝を造ったもんです。

落差が大きすぎて、滝行には向かなかったかもしれませんね。
話は横道にそれますが、昔の修験者はここから遠い月山や湯殿山に歩いて向かったのでしょうね。それも下から自分の足で登るのは大変だっただろうなあと思います。
Re: ごく簡単に 
senri32さん、こんばんは。

> 山中>町中

あまりに短いメッセージ過ぎて、???です。
まちなかよりも山中の方が魅力的ということでしょうかね。
そうだとすれば、私の応えは、どちらも魅力的だということでしょうか。田舎生まれの田舎育ちだったので、以前は都会に憧れがありました。いまはだいぶ爺さんになった所為か、田舎もいいなあと思うようになりました。

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