散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

出羽三山一泊バス旅行(1)

子供の頃に住んでいた地区に『湯殿山』信仰の証なのだろうか、立派な石碑があった。同じ東北地方とは言いながら、いわきの外れから山形の湯殿山までは気が遠くなるような距離がある。交通手段が殆ど無い時代に、わざわざ困難をモノともせずに出掛けたのだろうか。そのことがずっと、頭の片隅に残っていた。
ずっと考えているくらいなら、行って見て確認してくればいいじゃないか。そう思い、旅行会社の企画に参加してみた。


出羽三山の案内図
羽黒山を中心に見たイラスト
かなりデフォルメして描かれている。とくに、イラストを信じて、標高がそれほどでもないしと安易に思い込み、一の坂、二の坂、三の坂に挑戦するのは、絶対に避けるべきとのこと。強靭な体力の持ち主でないとダメだろうし、時間も相当にかかるとのことだ。
羽黒山を中心に見たイラスト
三山の位置関係はこんなふう
『阿弥陀ヶ原』と書かれてあるが、正しくは『弥陀ヶ原』だ。
三山の位置関係

羽黒山(1)
三神合祭殿(国の重要文化財)中心としたところ
初日は三神合祭殿を中心としたところを見て回った。随神門から国宝五重塔は二日目に見る。
駐車場の様子
たかだか駐車場にすぎないのだが、既に神域の雰囲気が。早くもちょっと緊張した気分になった。台風10号がいつコースを左に曲げてくるか気が気ではなかったが、運がよいことに山形県は好天に恵まれた。
駐車場の様子_1
駐車場の様子_2
駐車場の様子_3
三神合祭殿を目指す
千四百年も前からの霊場だけあって、杉木立も見事なものだ。歩く人達も徐々に聖地に向かうのにふさわしい厳かな気分になっていくような見えた。
三神合祭殿を目指す_1
三神合祭殿を目指す_2
三神合祭殿を目指す_3
蜂子皇子墓
蜂子皇子は、崇峻天皇の第3皇子。蘇我馬子が崇峻天皇を暗殺。己の危機を感じ取った蜂子皇子は聖徳太子の助けを借り宮中を脱出して、遂にはこの地に到達したのか。言ってみれは、出羽三山を信仰の山にしたパイオニアだった人物だ。下の解説文は、なかなかに面白い。
蜂子皇子墓_1
蜂子皇子墓_2
蜂子皇子墓_3
蜂子皇子墓_4
蜂子皇子は欽明天皇23年(562)、崇峻天皇の第3皇子として生まれました。崇峻天皇5年(592)、蘇我馬子が家臣である東漢駒に命じて崇峻天皇を暗殺、危機を感じ取った蜂子皇子は聖徳太子の助けを借り宮中を脱出し丹後国由良から日本海を北上し出羽国由良八乙女浦に辿り着きました。伝説によると蜂子皇子は八乙女浦の絶景に心打たれていると、何処からとも無く美しい歌声が聞こえてきたので近寄ってみると大きな洞窟が現れ8人の美女が舞を舞っていたそうです。その内の恵姫と美凰の案内により無事に上陸を果たし、神聖な山の存在などを教わり、暫くその洞窟で身を隠しながら修行を行い次第に霊力を身に着けていきました。機が熟すと、蜂子皇子は霊山を目指し登拝しましたが山は険しく辺りも暗くなりとうとう道を見失ってしまいました。蜂子皇子は観音菩薩に強く念じると、突然八咫烏(足が3本)が出現、皇子は八咫烏に導かれ山頂に登りつくと観音像が現れました。その霊験の噂お聞きつけた出羽国の国司は羽黒山寂光寺を開き観音像を本尊とした観音堂を造営したと伝えられています。蜂子皇子はさらに修行を重ね月山に登拝すると今度は阿弥陀如来が出現、月山を霊地と悟り暮礼山月山寺を開山、月山から東に下ると温泉が湧き出る霊地に大日如来が出現、ここに湯殿山神社を創建しています。その後も蜂子皇子は出羽三山の発展の為、数多くの神社や寺院を創建し舒明天皇13年(641)、享年80歳でこの世を去っています。墓域は羽黒山山頂とされ明治時代に宮内庁によって比定、現在でも東北地方で唯一の皇族の墓として宮内庁が管轄しています。
天宥社
天宥社は天宥法印を祀る神社。天宥法印は中興の祖でありながらも、行き過ぎた改革として讒言を受け、新島に流された僧侶か。この社殿自体は新しいものだが、天宥法印は古くから崇敬され、神仏分離令前は御霊社に祀られていたそうだ。
天宥社_1
天宥社_2
天宥社_3
天宥社_4
天宥社は羽黒山中興の祖と言われる天宥法印を祀った神社です。天宥法印は寛永7年(1630)、25歳で第50代羽黒山別当に就任、当時出羽三山は戦国時代の争乱や兵火により衰微し、各登山口が別個の勢力として統一性を欠き往時の勢いはありませんでした。天宥は幕府の実力者である天海大僧正が天台宗だった為、真言宗だった出羽三山全山を天台宗に改宗し幕府の庇護を得ようと画策、寛永18年(1641)には天海僧正に弟子入りし、天海の「天」の字を賜り宥誉から「天宥」に改称しています。天宥は布教制度を確立し、日光東照宮(栃木県日光市:徳川家康の霊廟、創建には天海大僧正が大きく関わっています。)の分霊を勧請し東照社を創建、さらに堂宇の再建と改修、参道の石段の整備た石灯籠の設置、須賀の滝の造園など数々の実績を残しています。又、新田開発や植林など産業にも力を入れ羽黒山の発展に尽力を尽くしました。しかし、半ば強行に改革を進めていた事もあり、寛文8年(1668年)、反対派からの工作などで幕府の裁定で敗訴、さらに外護者だった庄内藩主酒井氏とも対立した為に新島(東京都新島村)に流され7年後、新島で82歳で入寂しています(天宥が出羽三山から排斥後は記録が無く長く不詳でしたが、昭和に入りようやく新島に流された事が判明しています。新島では島民に学問などを教えていたそうで文化的発展に尽力しています)。現在の社殿は平成4年(1992)に建てられたものですが古くから崇敬され神仏分離令前は御霊社に祀られていたそうです。社殿の前には新島より寄進された石灯籠が立っています。
末社
凄い神社が末社として名を連ねているんだ。画的にも十分美しい。
末社_1
末社_2
末社_3
末社_4
末社_5
出羽三山には百一末社と称し、羽黒を始め月山、湯殿山の山嶺、または幽谷に多数の末社が散在している。写真の末社は左から大雷神社、健角身神社、稲荷神社、大山祗神社、白山神社、思兼神社、八坂神社。

Comments

 
こんにちは。
福島県で湯殿山信仰と言えば福島市の信夫山が有名ですが
いわき市にもありましたか。
当時、もちろん直接本山へ行かれた人もいるでしょうけど
行けない人の為に各地に分社がたくさん造られたんでしょうね。
どんな小さな村や集落にも様々な分社があり共存してきたのは
とても興味深いですよね。

ryu

こんにちは 
出羽三山に行かれたんですね!
杉の木の大きいこと^^
こう言う場所を歩くと厳かな気持ちになりますよね~
こんにちわ! 
見事な杉木立の中、気持ちよさそうですね!

一の坂など、歩かれたんですか? 腰は大丈夫かな
AzTakさん 
こんばんは
出羽三山は、話に聞いただけで行ったことは有りません
熊のような俗物も、行って少しはご利益のおこぼれに預かっても良いのかも知れません、
今さら無駄かも知れませんが・・・
こんにちは。 
山形県はお隣県ですが行く機会の少ない県です。
当県からの高速道路なし、新幹線なしと交通の便が悪いためでしょうか?
出羽三山!良いところもいっぱいあるのですね。
 
AzTakさん、こんばんは~
出羽三山の案内図を見ただけでも距離も険しさもありそうで
時間もかかるようでしたら相当厳しいコースなのですね。

お写真を見ているだけでも杉木立はすくっと丈高くて、
歩くにつれて厳かな気分になっていくのも大変いいです(*^_^)

末社もこれほど立ち並んでいるのも壮観で、こういう屋根は
重厚さがあります。
Re: タイトルなし 
> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> 福島県で湯殿山信仰と言えば福島市の信夫山が有名ですが
> いわき市にもありましたか。

中学校卒業までの福島県人なので、信夫山の出羽三山分社のことは全く知りませんでした。ましてや、いわき市内にも湯殿山神社が存在していたとは、…。う~~ん。

> 当時、もちろん直接本山へ行かれた人もいるでしょうけど
> 行けない人の為に各地に分社がたくさん造られたんでしょうね。
> どんな小さな村や集落にも様々な分社があり共存してきたのは
> とても興味深いですよね。
>
> ryu

そのようですね。恐るべし、昔のネットワークです。
Re: こんにちは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 出羽三山に行かれたんですね!

はい、無理をさせないツアー旅行のなんちゃって経巡りの旅でした。それでも、お山なので上ったり下ったり、それなりに疲れました。そうは言うものの、先日裏磐梯の五色沼で味わった大腰痛のような困った事態は何とか抑えこむことが出来ました。

> 杉の木の大きいこと^^
> こう言う場所を歩くと厳かな気持ちになりますよね~

もっと大きいのもあるんです。此処は、三神合祭殿への入り口なので、歩きやすいように整備してあり、他よりは下界の雰囲気に近いように思います。
それでも、其れまでダラーッとしていたのが、腰が伸びてシャキッとしました。荘厳な雰囲気であることは間違いがありません。
Re: こんにちわ! 
kazさん、こんばんは。

> 見事な杉木立の中、気持ちよさそうですね!

そうですね。この時はまだまだ、パワーが残っていて、あちこち写真を撮って楽しみました。写真好きなら撮ってみたい被写体がいっぱいありました。

> 一の坂など、歩かれたんですか? 腰は大丈夫かな

一の坂から三の坂までは、今回のツアーではチャレンジ厳禁でした。これを実際に歩くコースがあるそうです。この坂を往復するだけで、一般人はたっぷり半日かかるようです。田中陽希さんなら1時間位で済ませるかもしれませんが。
ということで、そういう無茶はしなかったのですが、其れにもかかわらず、なんだか息苦しくて、…。それから先も息苦しさがついてまわりました。羽黒山はたった414mしか無い低山です。本当は、息苦しくなんかならないはずななのに、…。
ホームドクターに相談しなくちゃいけないかもしれません。
Re: AzTakさん 
> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 出羽三山は、話に聞いただけで行ったことは有りません
> 熊のような俗物も、行って少しはご利益のおこぼれに預かっても良いのかも知れません、
> 今さら無駄かも知れませんが・・・

熊さんのように元気な方は、なんちゃってツアーではなく、修験道のコースに参加されたほうがよろしいかも。ただ、すれ違ったバスにいた修験者たちは、一様に疲れ果てて、大変そうでした。こちらは、ベレー木がかかってしまうと山の中なので、他の方に大迷惑をお掛けするかもしれませんが、ものすごい人気があるんだそうです。
私の隣りに座った方も、今回は修験道のコースの下見を兼ねてのなんちゃってツアー参加だったようです。
Re: こんにちは。 
S-masaさん、こんばんは。

> 山形県はお隣県ですが行く機会の少ない県です。
> 当県からの高速道路なし、新幹線なしと交通の便が悪いためでしょうか?
> 出羽三山!良いところもいっぱいあるのですね。

ぜひとも足を伸ばしてみてください。素晴らしいところです。S-masaさんならば、傑作写真がたくさん撮れるように思います。
鶴岡市内もかなり魅力ある街のようです。次回、行く機会があれば、そちらも見てみたいものです。
Re: タイトルなし 
> AzTakさん、こんばんは~

みすてぃむーんさん、こんばんは。

> 出羽三山の案内図を見ただけでも距離も険しさもありそうで
> 時間もかかるようでしたら相当厳しいコースなのですね。

一の坂から三の坂までは非常に厳しいそうです。一の坂を20段ほど登ってみましたが、全然ゴールがが見えてこないものすごい坂だとわかりました。そこは後で触れましが、随神門から国宝五重塔までの往復でもゼイゼイハーハーという感じで、泣きたくなりました。こちらは行きは下り坂なんですが、帰りはたっぷりの上り坂なんです。

> お写真を見ているだけでも杉木立はすくっと丈高くて、
> 歩くにつれて厳かな気分になっていくのも大変いいです(*^_^)
>
> 末社もこれほど立ち並んでいるのも壮観で、こういう屋根は
> 重厚さがあります。


出羽三山には百一末社と称し、羽黒を始め月山、湯殿山の山嶺、または幽谷に多数の末社が散在している。写真の末社は左から大雷神社、健角身神社、稲荷神社、大山祗神社、白山神社、思兼神社、八坂神社。

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