散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

九品仏浄真寺(1)

九品仏浄真寺へは我が家からも歩いていくことができる。片道20分(現在、足腰の不調があるので25分程度かかると思う)である。我が家のある旧碑衾村は日蓮宗の勢力の強い土地柄だったようだ。何が言いたいかというと、第4代将軍徳川家綱の延宝6年(1678年)に、この地(旧碑衾村と境を接する旧奥沢村)に九品仏浄真寺が創建された。江戸時代は基本的にお寺さんが新しく作られるのは認められていなかった。そんな時代に日蓮宗の勢力が強い土地の近くに、どうお上と話をつけたのか浄土宗の大きなお寺さんが出来たのだ。上の方では話がついても、下々の間ではしこりが残ったようだ。
九品仏駅
自由が丘駅から歩いてもそんなに遠くないが、道を知らない方は、こちらの駅で乗降したほうが無難だろう。改札を出た直前を道路が走り、そこが踏切になっているのだが、ちょっと変わった眺めだ。
九品仏駅
参道
スイーツ屋さん、お蕎麦屋さんなどの誘惑に負けず、ともかくも九品仏浄真寺拝観を優先させた。
参道_1
参道_2
『禁銃猟 警視廳』か。この辺りでも銃による猟が行われていたんだ。それくらい鳥獣が存在したのだろう。『廳』の文字も時代を感じさせる。明治32年のことか。う~~ん。
参道_3
参道_4
総門が見えてきた
参道_5
参道_6
総門
扁額には『般舟場(はんじゅじょう)』と書かれてある。常に行道念仏して現前に諸仏を見奉る般舟三昧する道場であり、参拝者に願往生の心を自然に発さんが為に書かれたものであるそうだ。おわかりいただけだであろうか。
総門
重要な情報
次回の『お面かぶり』は、来年の8月16日ではなく、5月5日に変更になったようだ。9ヶ月も覚えていられるかなあ。3年に一度の行事だから、見逃したら、大後悔必至だろう。直前まで日程変更に気付かずにいる方が少なくないのだろうなあ。
重要な情報
前回の『お面かぶり』の様子
前回の『お面かぶり』の様子
総門を潜った辺り
その先に山門があり、本堂があるのが普通だろうが、ここはそうはなっていない。右手には閻魔堂があるだけ。
総門を潜った辺り
閻魔堂
後述するが、死んだ時に9つのタイプに類別されるそうだ。だが、それもこれも、この閻魔堂で引っかからなければの話だ。ご同輩、その自信はお有りだろうか?
閻魔堂_1
何故だか、とても怖く感じた。今からでも改心すれば、認めてくれるのだろうか。
閻魔堂_2
閻魔堂_3

参道を左に折れるが、その前に右手に折れて東門を見ておく

東門
東門からは、仁王門まではまっすぐ進むことができる。扁額には何と書かれているのだろうか。『釈迦如来仏法…』と書かれてあるのかなあ。
東門_1
東門_2
仁王門(紫雲楼) (世田谷区指定文化財)
楼上には阿弥陀如来と二十五菩薩像が安置されているが、この日は前の扉が開けられておらず、確認できなかった。それが残念だったが、仕方がない。それにしても、この風格のある仁王門(紫雲楼)が世田谷区指定文化財にとどまるとは。寛政5年(1793)の建立で223年前のものなのだが、…。
仁王門(紫雲楼)_1
仁王門(紫雲楼)_2
仁王門(紫雲楼)_3
仁王門(紫雲楼)_4
仁王門(紫雲楼)_5
仁王門(紫雲楼)_6
仁王門(紫雲楼)_7
仁王門(紫雲楼)_8

仁王門
重厚荘重なる仁王門(山門)は別名「紫雲楼(しうんろう)」とも呼ばれ寛政5年(1793)の建立である。
一対の仁王像、楼上に阿弥陀如来と二十五菩薩像が安置されているほか、風神・雷神の像も立って、寺域全体の安全が意図されている。
紫雲楼(仁王門)楼上の二十五菩薩
当山に参詣される人々は、この楼上に安置してある阿弥陀如来と二十五菩薩に迎えられて、三仏堂へと足を運ぶことになる。
すなわち紫雲の門より内は荘厳の浄土(彼岸)であることを示している。
この楼門は寛政年間の建立である。
当山の伝統相続行事である「二十五菩薩来迎会(らいごうえ)」(お面かぶり)は無形文化財に指定せられ、この楼上の二十五菩薩は、来迎の真髄を示現していることになる。


歴史
浄真寺の地は、もともとは世田谷吉良氏系の奥沢城であった。小田原征伐後同城は廃城となったが、寛文5年(1675年)に当地の名主七左衛門が寺地として貰い受け、延宝6年(1678年)、珂碩(かせき)が同地に浄真寺を開山した。
「九品仏」の由来
広い境内の本堂の対面に3つの阿弥陀堂があり、それぞれに3体合計9体のそれぞれ印相の異なった阿弥陀如来像が安置されている。この9体はそれぞれ、上品上生(じょうぼんじょうしょう)、上品中生、上品下生、中品上生、中品中生、中品下生、下品上生、下品中生、下品下生という、浄土教における極楽往生の9つの階層を表しており、これらをあわせて九品(あるいは九品往生)という。この九品の仏から、浄真寺は通称「九品仏」と呼ばれている。
このような九体阿弥陀は、他に京都の浄瑠璃寺にも見られる。
これは「観無量寿経」に説く九品往生(くほんおうじょう)の思想に基づくものである。極楽往生の仕方には、信仰の篤い者から極悪人まで9通りの段階があるとされ、「上品上生」(じょうぼんじょうしょう)から始まって「上品中生」「上品下生」「中品上生」「中品中生」「中品下生」「下品上生」「下品中生」「下品下生」に至る。浄真寺の九品仏の場合、阿弥陀如来の印相の内、定印を「上生印」、説法印を「中生印」、来迎印を「下生印」とし、親指と人差し指(中指、薬指)を接するものをそれぞれ「上品」「中品」「下品」に充てる。なお、九品往生を9通りの印相で表す教義的根拠は明確でなく、日本において近世になってから考え出されたもののようである。

Comments

浄真寺 
AzTakさんおはようございます。調べてみたら浄心寺の正式名称が浄真寺なんですね。仁王門の楼上に安置されている仏さまの門の形は こちらの福島町で見たお寺の門と似ていて驚きました。葬頭河婆の姿はリアル感に溢れています。女の人は年の取り方で 老後の顔に出ると思っているので 穏やかな表情で居たい私です。
 
AzTakさん、おはようございます。
九品仏浄真寺は街中からやって来ると、総門を潜った辺りは清々しくて
気持ちよいお寺です。
本堂の3つの阿弥陀堂があり阿弥陀如来像が安置されていて、
どれも綺麗なお堂にお顔のよい像で、保存の良いお寺なのですね。

この九品の仏から、浄真寺は通称「九品仏」と呼ばれているのですか。
「九品仏」とは、とてもいいお名前のお寺です。

一度行ったら木々にお庭にお堂など、都内の好きなお寺の一つに
なりました。

次回の『お面かぶり』は来年の8月16日から5月5日の変更はGWなので
人々が大勢見に来そうですねぇー!(^^)!
Re: 浄真寺 
> AzTakさんおはようございます。

tugumi365さん、こんばんは。

> 調べてみたら浄心寺の正式名称が浄真寺なんですね。仁王門の楼上に安置されている仏さまの門の形は こちらの福島町で見たお寺の門と似ていて驚きました。

江戸時代は、宗門人別帳で厳しく管理していましたから、その基礎となるお寺さんの改廃は原則として認められなかったと思います。しかるに何故、認められたのか。誰かが四代将軍の家綱と話を通したようです。それで新設が認められ、堂宇も非常に立派なものに仕上がりましたね。仁王門もそんじょそこらにはない立派なものですね。次回取り上げる鐘楼も凄いですよ。

> 葬頭河婆の姿はリアル感に溢れています。女の人は年の取り方で 老後の顔に出ると思っているので 穏やかな表情で居たい私です。

脱衣婆は恐ろしげな顔ですね。そうでもしなければ収まりがつかないのでしょう。
でも、ごく一般人の我々は心穏やかに生きたいものですね。
Re: タイトルなし 
> AzTakさん、おはようございます。

みすてぃむーんさん、こんばんは。

> 九品仏浄真寺は街中からやって来ると、総門を潜った辺りは清々しくて
> 気持ちよいお寺です。
> 本堂の3つの阿弥陀堂があり阿弥陀如来像が安置されていて、
> どれも綺麗なお堂にお顔のよい像で、保存の良いお寺なのですね。

このお寺さんは、いつ行ってもゴミ一つ落ちていない綺麗なお寺さんです。よほど熱心に掃除などをしているのでしょうね。

> この九品の仏から、浄真寺は通称「九品仏」と呼ばれているのですか。
> 「九品仏」とは、とてもいいお名前のお寺です。

確か、自由が丘駅も昔は九品仏前駅と呼ばれていたんですよ。そう行ってもおかしくないくらいの近さです。迷わなければ、徒歩数分です。

> 一度行ったら木々にお庭にお堂など、都内の好きなお寺の一つに
> なりました。

女性の方には特に好評でしょうね。周辺のお店が楽しみということもあるでしょうから。

> 次回の『お面かぶり』は来年の8月16日から5月5日の変更はGWなので
> 人々が大勢見に来そうですねぇー!(^^)!

5月5日は色々な行き先に分散されるので、案外、穴場になるのかもしれませんが、よくわかりませんね。3年に一度の開催頻度ですから、うっかりしてしまう方も少なくないことでしょう。
あのお面をすっぽり被って真夏の屋外を歩くのは、かなり辛いようです。それで5月5日にしたようです。
読めない 
どう読んでも「お面かぶり」とは読めないのですれド。私。頭、悪いのかな?
Re: 読めない 
senri32さん、こんばんは。

> どう読んでも「お面かぶり」とは読めないのですれド。私。頭、悪いのかな?

『二十五菩薩来迎会(らいごうえ)』というのがこの宗教行事の正式名称です。死んだばかりの人を二十五菩薩が娑婆に迎えに来て、浄土に連れて行くという様子を再現するんです。其れを、希望者が金色のマスクをすっぽり被り、二十五菩薩の役を体験するんです。
その様子から通称は『お面かぶり』と言われます。
二十五菩薩の役をした人たちの感動はものすごいものらしいですよ。参加者をも観衆をもいっぺんに魅了する大変な宗教行事です。
ちょっと意味は違いますが、百日紅と書いて、サルスベリと読ませるのと、感じは似ているかもしれませんね。
 
こんにちは。
門構えからして歴史や格式を実感する重厚さです。
さすが武家の都を代表する寺院の一つですね。

ryu
Re: タイトルなし 
> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> 門構えからして歴史や格式を実感する重厚さです。
> さすが武家の都を代表する寺院の一つですね。
>
> ryu

霊巌島(現在の東京都中央区新川)にあった霊巌寺が大火で焼け出され、仏像がやむなく移転した先の深川で今度は洪水に見まわれました。移転先を探していて、四代将軍徳川家綱の特別な許しがあったのか、新規に奥沢村に寺院建立が許されたようです。将軍の肝いりという感じだったようで、粗末なものには出来なかったのでしょうね。

そもそも出発点の霊巌寺時代は、白河の殿様とご一緒させてもらっていた感じだったんですね。大火で江東区の清澄白河に移りました。多少は縁があったのかもしれません。

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