散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

またもや日本民家園に行ってきた(8)

(11)作田家住宅(国重文)
川崎市教育委員会のHPを確認すると、次のように記載されている。
移築前は周辺の農家と同じく、ひとつ屋根のいわゆる直屋の形式であったが、調査の結果、かつては分棟型であったことが判明し、現在はそのように復原されている。直屋に改造した時期は18世紀末頃だったらしく、その時に土間棟はすっかり建て替えられ、材料もすべて新材に替えられた。しかし発掘調査によって土間の規模は当初から変化のないことが判明したので、建て替え時の柱や梁を再用して、土間を別棟の形式に復原している…
やれやれ文化財を移築するってことは、かなり大変な作業になるものなんだ。
間取り
間取り
外観
白い塗料が塗られている。あれは胡粉のようなものだろうか?何時も気になっているが、まだ確認できていない。
外観_1
外観_2
外観_3
外観_4
式台など無いが、手前の角の右側開口部が『げんかん』だ。詳しい説明は後述を参照されたい。
外観_5
家屋内部
大きなニワ
実に分棟型の右側がすべてニワになっている。この巨大な空間をどう利用したのだろうか。
受け入れ時の調査で、以前は分棟型だったと判明して、移転直前の状態と異なる復原をしたということだ。それでも、分棟部分の広さは分棟があった頃と、移転直前とで、同じだったそうだ。ということで、元の素材を極力再利用したようだ。

大きなニワ_1
大きなニワ_3
大きなニワ_4
大きなニワ_5
画面奥の板で囲ってあるスペースには漁民の宿泊スペースが有ったようだ
大きなニワ_6
大きなニワ_7
クリの木の半割丸太をくり抜いた大きな雨樋
右側がニワで左側が居住スペース。移築後の調査で、嘗ては分棟型の住宅だったことが判明したそうだ。しかしながら、この地方にはすでに分棟型の民家形式は全く残されていなかったので、主屋と土間との取り合わせ部分の雨水の処理法などは、太田家住宅など、茨城県の分棟型民家を参考に整備された。
つまり、この部分に関しては、太田家住宅の模倣ということになる。

クリの木の半割丸太をくり抜いた大きな雨樋
見事な梁の組み合わせ
どうやって組み合わせを考えたのだろうか?予め地面で組み合わせを考えたのだろうか。
見事な梁の組み合わせ_1
見事な梁の組み合わせ_2
ちゃのま
ちゃのま_1
茶の間の上の梁もこんなふうだ
ちゃのま_2
『げんかん』からみた『なかのま』と『おく』の様子
これも、川崎市教育委員会のHPの記載による。
ゲンカンは、特別の出入口で、畳が敷かれるが、後世の式台構えのような武家住宅的な体裁を伴わない、農家らしい素朴な玄関の形式である。
ゲンカンからナカノマ、オクはひと続きの接客空間で、床の間を備え、また面積的にもたいへん充実しているが、まだ天井はなく、過渡的な形態である。

ということだ。腰を乗せてから、履物を脱ぎ、足を上げて反転して入っていった感じかなあ。
『げんかん』からみた『なかのま』と『おく』の様子_1
『げんかん』からみた『なかのま』と『おく』の様子_2
『げんかん』からみた『なかのま』と『おく』の様子_3
『ふろ』と『べんじょ』
いずれも来客用のもの。自分たちの排便は外の便所使用したのだろう。ふろは客人用に、お湯を運んだようだ。いわゆる行水程度だったようだ。家人用の風呂がある家は、茅葺屋根の家屋には1軒も見当たらない。内風呂という時代ではなかったのだろう。
『ふろ』と『べんじょ』

この建物はイワシ漁で栄えた九十九里にありました。漁具小屋は海岸近くにあり、この家そのものは内陸に立地していたため、漁村の家の雰囲気はありません。外観は二棟が軒を接しているように見えます。これを分棟型と呼び、クリの木の半割丸太をくり抜いた大きな雨樋が二つの屋根をつないでいます。居室部は囲炉裏のある広いカミがまず目に入ります。床の間の前身である押板や仏壇を備え、網元としての生活に使われた格式のある部屋です。その上手は畳敷の部屋がつづき、座敷としては最高の扱いとなっています。背後には便所と風呂が付属し、座敷と同様に上層民家の接客部分を伝える貴重な建築です。

Comments

 
こんにちは
文化財の移築って大変なんですね^^
色々とお勉強になります。
でもすごくよいお屋敷だと思います。
色々と日本はクールジャパンって持っていますけど、
こういうものこそ本当の意味合いでクールジャパンだと思います^^
シリーズ 
いつも大変お世話様です。完全にシリーズ化しましたね。古いものにはとても興味がありますから、どんどん見せてください。期待しております。
AzTakさん 
こんにちは
最後に気が着いたのですが、昔の人は風呂はどうしていたのでしょうね。
行水程度だったのかな?
 
こんにちは。
まるで芸術作品のように美しい梁の組み合わせですね。
これほど不ぞろいの木材だと設計図などはあったとしても役に立たないでしょうね。
棟梁の経験値と頭脳があってこその建物って感じですね。

ryu
Re: タイトルなし 
> こんにちは

八咫烏さん、こんにちは。
明日の相馬野馬追撮影行に向けて、忘れ物がないように準備中です。

> 文化財の移築って大変なんですね^^

あれって、どこも教育委委員会が窓口になるようです。東京都や川崎市などはメンツが掛かっているでしょうから、かなり念入りに調査を行うようです。学芸員の方の資質に大きく左右されるかもしれませんね。

> 色々とお勉強になります。
> でもすごくよいお屋敷だと思います。
> 色々と日本はクールジャパンって持っていますけど、
> こういうものこそ本当の意味合いでクールジャパンだと思います^^

移築したはいいのですが、やはり相当な経年物件です。こまめなチェックとメンテナンスとが不可欠なのでしょう。単なる箱モノでも後年負担がばかにならないといいます。手が掛かることこの上ない文化財ですから、維持管理は大変だと思います。でも、何とかやり遂げてほしいものですね。
Re: シリーズ 
senri32さん、こんにちは。

> いつも大変お世話様です。完全にシリーズ化しましたね。古いものにはとても興味がありますから、どんどん見せてください。期待しております。

何度も取り上げているので、昔からお付き合いのある方には、またかという感じがあることでしょう。なるべく詳しく見て調べてきて、何かを書き加えるようにはしているのですが、…。
今後は、新しいところも開発していかないといけませんね。
Re: AzTakさん 
> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 最後に気がついたのですが、昔の人は風呂はどうしていたのでしょうね。
> 行水程度だったのかな?

内風呂が一般化してきたのは、昭和30年代だと言われています。それまでは、町場の一般庶民は銭湯通いだったのでしょう。

さて、江戸時代はというと、普通の人たちには現在のような湯船にゆったり浸かるという入浴の習慣はなかったようです。せいぜい湯浴み程度だったのではないでしょうか。この日本民家園に残るような家屋は、大百姓さんだったと思いますが、家族用の内風呂はありませんね。もしかしたら、外に五右衛門風呂のようなものがあったかもしれませんが。

私達は江戸時代は中学校や高校の歴史で1日2食だと習ったと思いますが、少なくとも江戸中期以降は、一般庶民でも1日3食だったようです。マルクス史観だけでは正しく説明しきれない経済活動があったようです。
こんにちは 
土曜日だと言うのに仕事が入り、午前中がつぶれました。
これから撮影に行こうと思いますが、外は暑い(^^;
夕景を撮りに行こうと思っています。
ご挨拶のみで失礼します。
Re: タイトルなし 
> こんにちは。

tgryuさん、こんにちんは。

> まるで芸術作品のように美しい梁の組み合わせですね。
> これほど不ぞろいの木材だと設計図などはあったとしても役に立たないでしょうね。
> 棟梁の経験値と頭脳があってこその建物って感じですね。
>
> ryu

tgryuさんが棟梁だったら、どうやって組み上げますかね。私は、地べたで一度組み上げたものを、そのまま持ち上げて据え付けたように思うんです。何時も来るたびにどうやったのかなあと思うところです。

PS.我が母校は神奈川県の4回戦で10-0のコールド勝ちでした。甲子園出場するには、あと4回勝ち続けなかればなりません。かなりの激戦区です。今年は横浜高校で決まりのようですが。
Re: こんにちは 
土佐けんさん、こんにちは。

> 土曜日だと言うのに仕事が入り、午前中がつぶれました。
> これから撮影に行こうと思いますが、外は暑い(^^;
> 夕景を撮りに行こうと思っています。
> ご挨拶のみで失礼します。

お忙しそうで大変ですね。仕事も写真も頑張ってくださいね。
明日は私も出陣です。
 
同世代として昔小さかった頃ありましたよね、こんなのが。
ものはなかったけど良き時代を思い出します。
Re: タイトルなし 
ララさん、おはようございます。

> 同世代として昔小さかった頃ありましたよね、こんなのが。
> ものはなかったけど良き時代を思い出します。

外観は、似たような感じのものがあったような気がします。
でも、中に入ったら、意外や意外、相当に贅沢な感じで、…。これは敵わないなあと思いました。
もしかしたら、越後の方だと、似た感じがあったかもしれませんね。

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