散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

またもや日本民家園に行ってきた(4)

(6)佐々木家住宅(国重文)
大きな家屋だ。よく間口を狭く奥行きを長く造る例があるが、ここは見た通り、桁行が14間という長大なもの。その大きさを隠した気配はない。

間取り
川崎市教育委員会のHPによれば、延享4年(1747)の増築工事によって接客空間が格段に充実したのだそうだ。増築されたオクザシキには床の間のほかに違棚が設けられ、そしてナカノマからザシキ、オクザシキとL字型に配置された3室からなる接客の場が形成された。こうした形式は鍵座敷と呼ばれ、江戸時代後期の東日本の上層農家で多くみられる形式だそうだ。
間取り
外観
『かぶと造』
中二階の採光のために屋根の東側を『かぶと造』としている。屋根のてっぺんの『棟』の雨漏れ対策は、竹簀巻きでも置千木でも芝棟でも笄棟でもなさそうだ。箱棟なのかなあ。
外観_1
外観_2
桁行が14間
フレームに収まりきれないほどだ
外観_3
外観_4
漸く全体がフレームに収められる
外観_5
外観_6
外観_7
小用を足すための便所
外観_8
家屋内部
土間の上部
大型の家屋だけあって、天井がかなり高い
家屋内部_1
おかって
囲炉裏は仕事がしやすいことと、土間や厩を温めるべく、一番手前に設置してある
家屋内部_2
相当な数の宗和膳。使用人たちはここで食事をしたようだ。
家屋内部_3
ちゃのま
こちらにも囲炉裏があったようだ。家族までがこちらで食事をしたのかなあ。
家屋内部_4
家屋内部_5
こざ
家族の寝室かなあ。隣には『ねどこ』があるから、違うのかなあ。よく見たら、室内作業を行う場所という説明書きがあった。
家屋内部_6
なかのま
ここからが客用かな
家屋内部_7
ざしきとおくざしき
延享四年(1747)に座敷の増築をしたのか。今までの『なかのま』に加えて、上手の二室(マエデノザシキとオクノザシキ)ができて、客用の鍵座敷が完成したんだ。
家屋内部_8
床の間まで用意されていたんだ
家屋内部_9
座敷用の厠が用意されていたんだ
家屋内部_10
縁側
かなりの奥行きがある。スケッチの人たち腰掛け用ではなく、収穫した豆などを乾燥させる場だったのかなあ
家屋内部_12
中二階
寺子屋のようなことが行われていたとか。このために東側が『かぶと造』として、採光を確保していたんだ。
家屋内部_11

この建物は名主の家で、長大で軒が高く、中二階の採光のために屋根の東側を「かぶと造」としています。こうした外観の特色のほか、普請帳や記録によって家の歴史がわかる点で重要な民家です。
まず、享保十六年(1731)の新築願から建築した年がわかり、寛保三年(1743)の普請帳から千曲川氾濫の影響によって移築されたことがわかりました。延享四年(1747)の普請帳は座敷の増築を伝えています。上手の二室(マエデノザシキとオクノザシキ)がこれにあたり、客用の便所や風呂を備えていることからも、村内で相当な地位についたことがわかります。農家ですが紺屋を営んだ時期があり、中二階は村の寺子屋としても使われていました。

Comments

こんばんは! 
こんばんは、AzTakさん!
>足腰の調子が安定せず、定番以外の場所にはあまり行きませんでした。
と言いながら、横須賀方面とか馬事公苑、ここの日本民家園も定番の場所でしょうか?
あまり無理をすると取り返しがつかなくなりますよ 笑)
私はビチボチ、新バカチョンカメラの試し撮りをしていますが
なかなか侮れない性能です♪
大八車 
さすがに大八車が、活躍している姿は見たことがない。昭和初期で、彼らの役目を終わってしまった。それに代わったのかどうかは確信できないが、私の昭和2桁時代は、リアカーが全盛であった。このリアカーは、今でも、現役で使われている。特に町内会館、防災施設での保管が多い。今日、明日は、我が街一体は、夏祭り。その、準備で、提灯、電線、屋台づくりの材料運びで、大活躍をするんです。
 
こんにちは^^
ベンジョ、ってなんか良いですね^^;
それにしても縁側も涼し気で良い感じですね。
日本の家屋はまさに「涼」って言った形で、夏はいいですね。
逆に冬はちょっと寒々しく感じてしまいますが。
 
こんにちは。
農家や茅葺屋根ではなくても昭和40年代頃までは廊下兼用の縁側が
普通にありましたが現代家屋ではほとんど見られなくなりましたね。
ちなみに我が家は築45年。
度々改装はしていますが縁側がありますよ。

ryu
おや? 
茶の間にあるのは、神棚と、仏壇か?神仏混合?と思っただけです。
AzTakさん 
こんばんは
村の名主さんは、大人から子供まで村の何もかも面倒を見ていたのでしょうね。
一族郎党なんでしょう。
今はそうゆう事も無く、名残として、また懐古趣味としてこのような建物を残すのも良いかも知れません。
こんばんは 
昔の家には縁側がありましたよね~
僕も子供の頃、縁側でよくスイカを食べました^^
懐かしいです~~
Re: こんばんは! 
> こんばんは、AzTakさん!

makiraさん、こおんばんは。

> >足腰の調子が安定せず、定番以外の場所にはあまり行きませんでした。
> と言いながら、横須賀方面とか馬事公苑、ここの日本民家園も定番の場所でしょうか?
> あまり無理をすると取り返しがつかなくなりますよ 笑)

確かにこの日本民家園はきつかったです。その後1週間ほど足腰が痛くて。自然の丘陵地を少しずつ削って、そこに古民家を移築しましたから、江戸東京たてもの園と違って、結構、上り下りしなくてはいけません。
24日の相馬野馬追今では体力温存でいこうと思います。

> 私はビチボチ、新バカチョンカメラの試し撮りをしていますが
> なかなか侮れない性能です♪

高級コンデジの性能向上は本当にびっくりするほどですね。うっかりすると、フラッグシップ機が顔色を失う結果になるかもしれませんね。楽しんでくださいね。
Re: 大八車 
senri32さん、こんばんは。

> さすがに大八車が、活躍している姿は見たことがない。昭和初期で、彼らの役目を終わってしまった。それに代わったのかどうかは確信できないが、私の昭和2桁時代は、リアカーが全盛であった。このリアカーは、今でも、現役で使われている。特に町内会館、防災施設での保管が多い。今日、明日は、我が街一体は、夏祭り。その、準備で、提灯、電線、屋台づくりの材料運びで、大活躍をするんです。

私も子供の頃田舎で見た程度ですかね。ところが、新入社員になってびっくり。2周り以上の現場作業に従事していた人たちは、実際に会社の作業で大八車を使用したんだそうです。上り坂は先輩たちが楽だとつかまったりするので重くて仕方がないし、下り坂になると、後ろから押してくるんだとか。足をもつれさせたら、あの世行き。猛烈な新人イジメが横行していたようです。
昭和30年代まではあったようですよ。東京での話です。

リヤカーはカトリック教会のイベント用に購入しました。あれって、フレームだけなんですね。器用なおじさんが板をセットしてくれて、普通のリヤカーに変身。それからの作業は非常に楽になりました。恥ずかしながら、平成の話です。
Re: タイトルなし 
> こんにちは^^

八咫烏さん、こんばんは。

> ベンジョ、ってなんか良いですね^^;

屋敷の真ん前で、恥ずかしくなかったんでしょうかね。

> それにしても縁側も涼し気で良い感じですね。
> 日本の家屋はまさに「涼」って言った形で、夏はいいですね。
> 逆に冬はちょっと寒々しく感じてしまいますが。

あれだけ縁側が広いと、昼寝をするのにちょうどいいかなどと思いましたが、『馬鹿者めが』とお叱りを受けそうです。あそこで何をしたのでしょうかね。大豆、小豆、蕎麦、椎茸などを乾燥させるくらいは想像がつきますが、…。
Re: タイトルなし 
> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> 農家や茅葺屋根ではなくても昭和40年代頃までは廊下兼用の縁側が
> 普通にありましたが現代家屋ではほとんど見られなくなりましたね。
> ちなみに我が家は築45年。
> 度々改装はしていますが縁側がありますよ。
>
> ryu

我が家では廊下を開け放して、縁側のような使い方をしていました。いわきの海辺は温暖だし、夏は結構涼しいし、暮らしやすかったです。でも、本物の縁側が好きで、親戚の農家などに行って、大した用もないのに、まったりしていました。
Re: おや? 
senri32さん、こんばんは。

> 茶の間にあるのは、神棚と、仏壇か?神仏混合?と思っただけです。

外国だと一神教がかなり多そうで、日本人の精神構造は不思議に映るのかもしれませんね。
でも、ごく普通の日本の家庭では、神棚も仏壇もあるのが普通なのでは。

日本民家園も三渓園も、宗教に関係ありそうなものは、魂を抜いた状態にしてあるようですね。うるさく抗議する人がいるんでしょうかね。あれだけ、空っぽにしてしまうのも、味気ないものだと思うのです。なので、元にあったようにするのが望ましいと考えているのですが、…。
Re: AzTakさん 
> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 村の名主さんは、大人から子供まで村の何もかも面倒を見ていたのでしょうね。
> 一族郎党なんでしょう。
> 今はそうゆう事も無く、名残として、また懐古趣味としてこのような建物を残すのも良いかも知れません。

寺子屋まで開設していたとは、凄い面倒見の良い当主だったようですね。それが一般的だったとは思いませんが。
昔の農家は、大家族制度だったと思います。次男坊以下だと結婚もできず、部屋の隅に寝て、仕方なく作業に従事する。長男でないと、とんでもない光景だったことなんでしょうね。
まあ、昔の人の生き方はこんなふうだったという理解を得るためには、格好の施設なのでは。
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 昔の家には縁側がありましたよね~
> 僕も子供の頃、縁側でよくスイカを食べました^^
> 懐かしいです~~

そういうシーンもいいものですねえ。いまは、厳しい世の中ですから、なかなか出来かねる昔の思い出になりつつありますかねえ。
ちょっと寂しいことです。

Body

« »

10 2017
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
メッセージボードα
Information from AzTak

10月2日(月)から10月8日(日)は、小旅行などの所用がかさなり、私からのアクセスは遅れます。大変申し訳ありません。m(_ _)m

-- E N D --
.
.
プロフィール

AzTak

Author:AzTak
FC2ブログへようこそ!

定年後の時間たっぷりの輩です。写真撮影やプログラミングが趣味です。

当ブログは、リンクフリーです。

カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
QRコード
QR