散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

観音崎へ向かう少し手前の辺り

『よこすか海岸通り』という道筋がある。走水や観音崎に差し掛かる直前からの眺望がまた素晴らしい。最初は破崎緑地(展望デッキ)前の『走水小学校』バス停で降りるつもりで来たのに、一つ手前の伊勢町バス停で降りてしまった。かなりしっかりした上り坂。慌てん坊ぶりを後悔しながらも途中の景観を楽しむ。
伊勢町バス停から『走水小学校』バス停にかけての眺望
猿島
まずは東京湾唯一の自然島『猿島』が目に入ってくる。ほぼ長方形の島だ。その長辺がちょうど原子力空母と同じ長さだと思い込んでいたが、地図で測ってみると400mほどあるようだ。この沖合を空母が通る時、一瞬見えなくなってしまうのかななどと想像するのだが、見たことはない。実際には位置関係で相当大きさが違って見えるようだ。実際には暫く隠れてしまう感じかもしれない。
こちらは日蓮上人が漂着し、暫く暮らしていた島でもある。

猿島_1
猿島_2
PDF画像を借用するとこんなふう。軍事要塞があるとは外からではまるでわからなかったことだろう。
猿島空撮画
伊勢町の船溜まり
この施設の正式名称は不明だが、なかなかに美しい。
伊勢町の船溜まり_1
伊勢町の船溜まり_2
伊勢町の船溜まり_3
馬堀海岸方面
非常に『よこすか海岸通り』が美しく、また、そこからの眺めも負けず劣らずクールなのだろう。もう少し先の『うみかぜ公園』辺りからは眺めたことがあるが、この景観は試したことがない。
馬堀海岸方面
その他
自動車運搬船
LYRA LEADER号という船舶のようだ。全長が200mほどのようだ。運搬するのは、日産車かなトヨタ車かな。
自動車運搬船
浚渫船かな?
浅瀬が多いから、挫傷しないように浚渫が不可欠なのだろう。
浚渫船かな?
破崎緑地(展望デッキ)からの展望
破崎緑地(展望デッキ)からの展望_1
破崎緑地(展望デッキ)からの展望_2
浚渫船の後方に見える建物は、米軍基地の建物のようだ
破崎緑地(展望デッキ)からの展望_3
破崎緑地(展望デッキ)からの展望_4
破崎緑地(展望デッキ)からの展望_5
破崎緑地(展望デッキ)からの展望_6
破崎緑地(展望デッキ)からの展望_7
破崎緑地(展望デッキ)からの展望_8
破崎緑地(展望デッキ)からの展望_9

伊勢町まで戻り、水道水源地を見る

水道水源地
実はここにも、フランソワ・レオンス・ヴェルニーの名前が登場する。その水源を発見し、水道設備を実現したのだ。横須賀製鉄所や観音埼灯台の建設だけではなかったのだ。
水道水源地_1
走水災害用集水井
水道水源地_2
こちらはなにかな?
水道水源地_3
水道水源地_4
水源地管理センター駐車場からの眺望
水道水源地_5
水道水源地_6
ヴェルニーの水を飲むことができる
水道水源地_7
水道水源地_8

Comments

横須賀。私が知らない場所があった。ショック。 
ハマッ子だが、横須賀には縁がある。姉貴は衣笠に住んでいる。猿島は小さい頃よく行った。船着き場あたりで、でかいバカ貝が取れた。それを浜で焼きよく食べたものだ。三浦半島は知り尽くしたと思っていたが、まだまだ知らないところだらけ。米軍のベースと海上自衛隊の間にベルニー公園がある。横須賀の水道を整備したこのベルニーと同じ人物なのか。役所はほとんど建てなおされ立派になったし、平成町もガンガン発展している。ちょっと足を延ばせば自然豊かな三浦市。まだまだ、探検が必要だな。
 
こんにちは。
ぶらタモリでは横浜は横井戸を掘って大切な水源を確保したと放映していましたが横須賀もやはり水源の確保に苦労したようですね。
当時の水の重要性がよくわかりました。

ryu
AzTakさん 
こんばんは
何処でも『水』には、苦労しますね。
行政の悩みの一つに『水利権』が有ります。
昔は山の湧き水、小さな流れでも生活用水でしたから、水利権は非常にややこしいです。
温泉の権利もしかり。
まあ、現代は仲良くやりましょう、という事のようですよ。
 
AzTakさん、こんばんはー
よこすか海岸通りの道筋の観音崎に差し掛かる直前からの眺望が
素晴らしいとありますが、良い景色に出会いたいと思ったらよく
調べたり、こうして拝見したときによく覚えておこうと思いました(;^_^

海辺の側もよいですし、船留まりのここも船がいいですね。
展望デッキからの展望は上から見られて、いい眺めです。

思い立ってふらっと行っても横須賀は混んでいますので、ここに行こうと
ある程度決めておくと、こんなにいろいろな場所から良い風景を見ることが
できるのですねー♪
大体いつも同じような場所から海をみていました(>_<)
 
横須賀はやは海辺が見どころですね。
私は走水2丁目付近の井戸群を調べて見たいと思っています。
最後の写真も予定してます。
こんばんは 
横須賀、僕はこう言う海辺の画が好きです^^
横須賀と言えば僕が大好きだった
百恵ちゃんの横須賀ストーリーを思い出します。
横浜とともに訪れてみたい場所です!
Re: 横須賀。私が知らない場所があった。ショック。 
senri32さん、こんばんは。

> ハマッ子だが、横須賀には縁がある。姉貴は衣笠に住んでいる。猿島は小さい頃よく行った。船着き場あたりで、でかいバカ貝が取れた。それを浜で焼きよく食べたものだ。三浦半島は知り尽くしたと思っていたが、まだまだ知らないところだらけ。米軍のベースと海上自衛隊の間にベルニー公園がある。横須賀の水道を整備したこのベルニーと同じ人物なのか。役所はほとんど建てなおされ立派になったし、平成町もガンガン発展している。ちょっと足を延ばせば自然豊かな三浦市。まだまだ、探検が必要だな。

ご存知かもしれませんが、日蓮上人が漂着したのが猿島。そこで漂着生活を始めた時、白い猿が現れ、米が浜の方角を指差したそうです。それで、日蓮上人は米が浜を目指すのですが、石渡左エ門尉という人がお告げで出迎えたのだそうです。その時、彼がサザエを踏んだらしく、足を痛そうにしていたのでしょう。それを見て、日蓮上人が念仏を唱えたら、サザエの角が取れたのだとか。以来、この辺のサザエには、角がないのだとか。
そんな言い伝えがあるんです。まあ、信じるかどうかは別問題ですが。

ヴェルニーは、幕末から新時代にかけてやってきた西洋人の中で、珍しくとてつもなく役立った御仁だったようです。
Re: タイトルなし 
> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> ぶらタモリでは横浜は横井戸を掘って大切な水源を確保したと放映していましたが横須賀もやはり水源の確保に苦労したようですね。
> 当時の水の重要性がよくわかりました。
>
> ryu

昔は相模湖や津久井湖などというものがなく、ダムや巨大な導水管を建設するだけの大規模な土木工事を行う力もなかったのでしょう。比較的簡単に調達できる水源が重宝されたのでしょうね。江戸以外に何かを作ろうとするときには、水の確保に知恵を絞る必要があったようです。
Re: AzTakさん 
> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 何処でも『水』には、苦労しますね。
> 行政の悩みの一つに『水利権』が有ります。
> 昔は山の湧き水、小さな流れでも生活用水でしたから、水利権は非常にややこしいです。
> 温泉の権利もしかり。
> まあ、現代は仲良くやりましょう、という事のようですよ。

昔はコメを作ることができるか否かは大問題だったでしょうから、水の確保は農村地帯でも大変だったことでしょうね。
まあ、そういう話し合いがgついた後に、しっかり取り決め通りに水を分ける仕掛けが川崎に残っています。
『二ヶ領分水堰』というものです。いまは、田んぼなどなくなってしまいましたから、無用の長物に成り下がってしまいましたが、その当時は画期的な構築物だったようです。
Re: タイトルなし 
> AzTakさん、こんばんはー

みすてぃむーんさん、こんばんは。

> よこすか海岸通りの道筋の観音崎に差し掛かる直前からの眺望が
> 素晴らしいとありますが、良い景色に出会いたいと思ったらよく
> 調べたり、こうして拝見したときによく覚えておこうと思いました(;^_^

今回は、猿島方面を見ていただきましたが、坂を越した走水の景観もなかなか乙なものです。

> 海辺の側もよいですし、船留まりのここも船がいいですね。
> 展望デッキからの展望は上から見られて、いい眺めです。

今回は撮影した後に、磯魚料理を食べたかったのですが、最初の店で聞いたら、少し待ち時間があるような話だったので、断念。食べそこねてしまいました。車でお出かけになるんでしたら、食事場所は、それこそいっぱいあることでしょうね。

> 思い立ってふらっと行っても横須賀は混んでいますので、ここに行こうと
> ある程度決めておくと、こんなにいろいろな場所から良い風景を見ることが
> できるのですねー♪
> 大体いつも同じような場所から海をみていました(>_<)

横須賀は、特に週末は道路が混むのが難点ですね。行ってしまえば、そこそこ楽しむことができる場所があるようです。
Re: タイトルなし 
いどきちさん、こんばんは。

> 横須賀はやは海辺が見どころですね。
> 私は走水2丁目付近の井戸群を調べて見たいと思っています。
> 最後の写真も予定してます。

走水2丁目界隈ですか。枯れた漁村という感じですね。景観が抜群で大好きなところです。
ヴェルニーの水源でなくても、井戸は結構水が出てくるんでしょうね。
いどきちさんの面目躍如でしょうね。
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 横須賀、僕はこう言う海辺の画が好きです^^
> 横須賀と言えば僕が大好きだった
> 百恵ちゃんの横須賀ストーリーを思い出します。
> 横浜とともに訪れてみたい場所です!

あそこは、ドブ板通りをイメージした歌詞だったのでしょうね。当時はベトナム戦争で米軍が苦戦を強いられ、休暇をとって横須賀に来た米兵は物凄く荒れていました。ベトナムに戻った途端に戦死してしまう可能性が高かったのですから、無理からぬはなしだったのでしょう。基地の外なのに、SeaShore Patrolが4人1組で機関銃を携行して、パトロールしていました。
猪熊功が通っていた渡辺道場が汐入にあり、仕方なくドブ板通りを夜間に歩いていました。
横浜にもノースピアなどがまだそういう雰囲気を残していたりします。

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