散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

五色沼~喜多方~いわき(12)

地元にて
旧磐城市がわが故郷。江名地区は、海で生計を立てている人が多かった街。それまでの漁業不振に加え、5年前の津波で大きな被害を受け、再起不能に近いダメージを受けた。いち早く復興の拠点として重点的に工事が勧められた小名浜地区とは、天と地ほどの違いがある。
アッシー君の家があった辺り
見るも無残に津波にやられてしまったようだ。まだ、防波堤の工事などが継続中だった。恐るべき高さ。海はまったく見えなくなるようだ。この辺りの糞ガキどもが、沖合まで泳いでいって鮑などを獲ってきていたようだが、そんなことは夢のまた夢になることだろう。
奥のほうがぼやけて見えるかと思う。カメラやレンズが良くないのではなく、霧が立ち込めていただけだ。この辺りではごく普通のコトなのだ。
アッシー君の家があった辺り_1
アッシー君の家があった辺り_2
アッシー君の家があった辺り_3
アッシー君の家があった辺り_4
私と違って彼の多くの知りあいが亡くなったはずだ。複雑な気持ちに苛まれたことだろう。
アッシー君の家があった辺り_5
アッシー君の家があった辺り_6
アッシー君の家があった辺り_7
アッシー君の家があった辺り_8
アッシー君の家があった辺り_9

こちら小名浜地区は、いち早く工事がなされたようだ。別世界のような感じだ。

三崎公園
こちらは、実に居心地が良さそうだ。芝生に寝転がったら、小一時間ほど寝てしまいそう。
三崎公園_1
三崎公園_2
三崎公園_32
小名浜港
イオンモール建設の工事も始まったようだ。大丈夫なのかなあ。
江名地区と同様に小名浜港の魚市場も全壊してしまったのに、いち早く再建された。かたや、再建されないまま放置されている。この違いはなんだろう。う~~ん。
小名浜港_1
小名浜港_2
小名浜港_3
場違いな感じが否めないが、当日は何かモータースポーツのイベントが有ったようだ。其れを目当てに近隣の市町村から、愛車自慢の人たちが押しかけたようだ。
小名浜港_4
小名浜港_5
小名浜港_6
小名浜港_7
小名浜港_8
小名浜港_9
小名浜港_10
小名浜港_11
小名浜港_12
小名浜港_13
小名浜港_14

以上で、『五色沼~喜多方~いわき』のシリーズは終了です。最後までご覧頂きありがとうございました。

Comments

こんばんは! 
AzTakさん、こんばんは!
五色沼~喜多方~いわきの撮影旅行お疲れ様でした!
悲鳴をあげる身体に鞭打って、さぞかし疲れたことでしょうが
故郷はいつ行ってもいいものでしょうね!
復興には地区によって大きな開きがあるのですね!
裏磐梯ではもっぱら風評被害が大きかったようです。
↓の常磐炭鉱は懐かしく、特に常磐ハワイアンセンターの
ポスターを見たら、当時行きたくても行けなかった何十年もの過去を
思い出させていただきました♪
今は名前を変えて営業してるんですよね?
次回の福島旅行は海岸地方に的を絞ってみたいです!
お疲れ様でした。
現実 
災害復興の、これが現実か。と思うような写真の後の、贅沢三輪バイクの写真。なんとも言えない気持ちになってしまいました。
おはようございます 
すごい堅牢そうな堤防ですね。高さも十分だし津波を防ぐにはこれくらいは必要かもとかんじます。のどかな景観とはいかなくても仕方なさそうです。
Re: こんばんは! 
> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、こんばんは。

> 五色沼~喜多方~いわきの撮影旅行お疲れ様でした!
> 悲鳴をあげる身体に鞭打って、さぞかし疲れたことでしょうが
> 故郷はいつ行ってもいいものでしょうね!

40年位は故郷だと思っていないで暮らしてきました。5年前のあのことがなければ、その状態が継続していたと思います。
でも、知らん顔はできませんでした。ちょっと肩入し過ぎかもしれません。

> 復興には地区によって大きな開きがあるのですね!

なにせ、作業員もなかなか来てくれませんから。重要度の大きなところから着手するのは、やむを得ないところでしょう。

> 裏磐梯ではもっぱら風評被害が大きかったようです。

あちらは、福島県というだけで毛嫌いされてしまう状況で、お気の毒というしかありません。幕末から、会津には迷惑をかけっぱなしで、本当に申し訳ないことです。

> ↓の常磐炭鉱は懐かしく、特に常磐ハワイアンセンターの
> ポスターを見たら、当時行きたくても行けなかった何十年もの過去を
> 思い出させていただきました♪
> 今は名前を変えて営業してるんですよね?

はい、スパリゾートハワイアンズという名称に変身しています。私も恥ずかしながら最近まで行ったことがありませんでした。

> 次回の福島旅行は海岸地方に的を絞ってみたいです!
> お疲れ様でした。

有難いお言葉です。ですが、次回は中通りあたりを楽しまれたら如何でしょうか?浜通りは、なかなか復興が進んでいない面があり、できる限り後回しにしていただいたほうが良さそうです。

Re: 現実 
senri32さん、こんばんは。

> 災害復興の、これが現実か。と思うような写真の後の、贅沢三輪バイクの写真。なんとも言えない気持ちになってしまいました。

福島県の浜通りの復興は、確かに地区によって進捗度に大きな差があるのは事実です。が、あの大津波の襲来のずっと以前から、漁業が不振続きで人がいなくなりつつあったようなところは、今後、どうしていくのかも含めて考えていかなくてはいけないことでしょう。単にバカ高い防波堤を築くだけでは済まないのでしょう。

かたや、小名浜地区は、復興のための最重要拠点と位置づけられ、特急で施設の復旧がなされました。が、民生が落ち着くのはまだまだこれからだと思います。
あのオートバイ群は、何かモータースポーツのイベントがあったようで、県内外から好事家が来てくれたのでしょう。補助金で暮らしを維持していくのではなく、県内の産品を買っていただいて、それで生活を成り立たせたいということを皆考えていると思います。賑やかしにすぎないかもしれませんが、それでも来てもらえるだけで、有難いと考えているんだと思います。

宮城や岩手と違って、なかなか重荷が取れない福島です。
Re: おはようございます 
めぐるさん、こんばんは。

> すごい堅牢そうな堤防ですね。高さも十分だし津波を防ぐにはこれくらいは必要かもとかんじます。のどかな景観とはいかなくても仕方なさそうです。

あの辺りは、私は大丈夫なところだと考えていたのですが、人的被害も含めて相当な被害が出てしまいました。すぐ後ろが山だったので、拡散しないで大きな被害につながってしまったのでしょうね。
誰もが、其れまでの堤防で大丈夫と考えていたのに。津波警報が出ても、大抵は2-30cmだったのに、いきなりケタ違いもいいところの10m超過の波が来るとは、本当に想像もできませんでした。
AzTakさん 
こんばんは
5年前の光景は忘れられません。
久しぶりの友人との再会後、帰路のカーラジオで大変な事を言ってました。
ウチについてテレビを見たら海岸沿いの畑を津波が惜し寄せているところでした。
復興とは言いますが、地区によって差が有るようですね。
心が痛みます。
Re: AzTakさん 
> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 5年前の光景は忘れられません。
> 久しぶりの友人との再会後、帰路のカーラジオで大変な事を言ってました。
> ウチについてテレビを見たら海岸沿いの畑を津波が惜し寄せているところでした。
> 復興とは言いますが、地区によって差が有るようですね。
> 心が痛みます。

絶対に大丈夫と思っていましたが、世の中に絶対なんてことはありえないんだと思いました。

この写真の地区は、嘗ては遠洋漁業で栄えていた地区なんですが、炭砿と同じで、ジリ貧の一途を辿り、困り果てていました。そこへ未曾有の大被害をもたらした大津波の襲来。どうしたら良いのか途方にくれてしまったと思います。
今更、漁業に力を入れても、福島の魚を買ってくれる人が少なくなっています。

どういうふうに住民が生きていくべきか。そういう問題もあるんです。
 
AZTAKさま こんばんは

旧磐城市はAZTAKさまの故郷なんですよね!
今尚十分な復興には至らず復興工事も遅れているようですね。
随分高い防波堤で、美しい海岸の景色が見えなくなるのは残念ですね。
何百年に一度あるかないかの大津波ですが、人命のためには仕方のないことなんでしょう。
一日も早い復興を願うのみです。
三崎公園、立派な公園ですね。
一瞬ゴルフ場かと思いました。
木陰で昼寝をするには最適のようです。
小名浜港には立派な魚市場が出来たようですが、復興の遅れている地区とは大きな差が出ますね。
海岸には多くのオート三輪が勢ぞろいですね、高価なものばかりで目を見張ります。
昨日の炭鉱の写真は、炭鉱の実物を見たことがありませんので、とても興味深く拝見いたしました。
昭和16年頃でも人力による採掘が行われていたのですね。
採掘には、炭鉱婦もおられたのですね・・・・・・
びっくりしました、まさか女性の方が採掘しているとは思いませんでした。
Re: タイトルなし 
> AZTAKさま こんばんは

花さか爺サンさま、こんばんは。

> 旧磐城市はAZTAKさまの故郷なんですよね!
> 今尚十分な復興には至らず復興工事も遅れているようですね。

旧磐城市は太平洋に面した街です。昔、我々の親の世代ですが、水呑百姓の次男坊・三男坊は地元にとどまっていられずに、どこか他所の土地に生活の場を求めなくてはいけませんでした。その救いの神が、いわきの漁業だった時期がありました。
戦後の食糧難の時代、戦争で漁ができなかったこともあり、魚影が濃かったのです。其れを儲かるからとばかりに、獲り尽くしたんです。
それで、漁業不振が構造的に長期化し、地区全体が疲弊していました。
そこへ大津波がやってきたのです。人もかなり亡くなりましたし、地区によっては家屋の損壊もかなり起きました。
それで今どうすべきかという問題が残っています。
そんな状況なので、後回し扱いになってしまうのがやむを得ないこともあるようです。

> 随分高い防波堤で、美しい海岸の景色が見えなくなるのは残念ですね。
> 何百年に一度あるかないかの大津波ですが、人命のためには仕方のないことなんでしょう。
> 一日も早い復興を願うのみです。

上述のとおり、構造物を造れば済むという問題だけではありません。また、気を取り直して漁業に打って出たとしても、他の都道府県の人たちがこれを買ってくれるか。難しい問題があります。

> 三崎公園、立派な公園ですね。
> 一瞬ゴルフ場かと思いました。
> 木陰で昼寝をするには最適のようです。

そんなふうに見えますよね。でもアンジュレーションがすごくて、やったとしてもスコアがまとまらず悪戦苦闘必至なのでしょうね。

> 小名浜港には立派な魚市場が出来たようですが、復興の遅れている地区とは大きな差が出ますね。

此処だけでもいち早く復旧させ、避難してきた人たちの働く場を確保するような意味合いがあったんだと思います。
また、工事用船舶の基地としての活用も不可欠だったのでしょう。
土木工事などは、遅れていてもいずれは終了することでしょう。その時、何で飯を食うかです。相変わらず保証金でほそぼそと食いつなぐか、産品を積極的に売りまくって、収入を得るようにするか。いずれかでしょう。後者でいきたいところですが、福島県産品をあまり買ってはくれないのです。これが今の復興上の一番の障害でしょう。

> 海岸には多くのオート三輪が勢ぞろいですね、高価なものばかりで目を見張ります。

どこから来てくれたんでしょうね。賑やかしでもいいから、お客様にどんどん来て欲しいというのが、関係者の偽らざる気持ちでしょう。

> 昨日の炭鉱の写真は、炭鉱の実物を見たことがありませんので、とても興味深く拝見いたしました。
> 昭和16年頃でも人力による採掘が行われていたのですね。
> 採掘には、炭鉱婦もおられたのですね・・・・・・
> びっくりしました、まさか女性の方が採掘しているとは思いませんでした。

いわき市石炭・化石館というのがあり、そこではかなり意欲的に昔の砿内の様子を紹介しています。初期には、一家で採炭作業に従事していたようです。終戦まもなく、昭和天皇が視察に来られたことがあります。その頃が常磐炭砿の最盛期だったと思います。

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