散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

五色沼~喜多方~いわき(11)

阿弥陀堂周辺は常磐炭田の中心地であった。徳尼も聞いてびっくりのことだと思う。せっかくだから、炭砿発見の場所を見ていくことにした。

みろく沢炭砿資料館
渡邊為雄氏による個人博物館だそうだ。長年に亘り、炭鉱関係用具・資料を収集し展示している。平成19年には露頭している石炭を掘削したとのことで、実際の石炭層が見学できる。物珍しい物がたくさんあった。無料で見学できる。興味のある方は、足を運ばれてみるのも一興かと思う。
みろく沢炭砿資料館_1
みろく沢炭砿資料館_2
みろく沢炭砿資料館_3
みろく沢炭砿資料館_4
みろく沢炭砿資料館_5
みろく沢炭砿資料館_6
みろく沢炭砿資料館_7
石炭の層が薄い。地下に入れば、もっと効率のよい層があるのだろうが。
みろく沢炭砿資料館_8
みろく沢炭砿資料館_9
みろく沢炭砿資料館_10
みろく沢炭砿資料館_11
みろく沢炭砿資料館_12
みろく沢炭砿資料館_13
みろく沢炭砿資料館_14
みろく沢炭砿資料館_15
みろく沢炭砿資料館_16
昭和34年頃の写真。まだ、存命の方はどのくらい居るだろうか。
みろく沢炭砿資料館_17
昭和16年頃の写真。すごい格好で仕事をしていたんだ。存命の方は殆どいらっしゃらないと思う。
みろく沢炭砿資料館_18
みろく沢炭砿資料館_19
みろく沢炭砿資料館_20
もらった石炭
残念だけど、常磐炭砿の石炭は高品位の石炭とはいえないようだ。
もらった石炭

石炭(スミ)の道
少し歩いてみたかったが、足腰の不調で断念した。
石炭(スミ)の道_1
石炭(スミ)の道_2
石炭(スミ)の道_3
石炭(スミ)の道_4
石炭(スミ)の道_5
石炭(スミ)の道_6
炭鉱時代、石炭を運ぶために使われていた山道で、運搬時の休憩場所には説明写真が整備されている。また、途中には磐城三十三観音第四札所・つるし観音や常磐炭鉱開発に大きく貢献した片寄平蔵と石炭発見の碑、みろく沢炭鉱資料館など炭鉱の歴史に触れながら歩くことができる。現在は、国宝白水阿弥陀堂と常磐炭田発祥の地「みろく沢」を結ぶ遊歩道となっている。

常磐炭田発見の地
驚くほど素っ気無い表示があるのみ。草ぼうぼうで、石炭層が露出しているのかも確認できなかった。
幕末の商人片寄平蔵は、江戸滞在中に、黒船をみて石炭で稼働することを知る。その未知のエネルギー源である石炭発見に取り憑かれて、郷里の郷里の山々、付近の川を歩きまわって、石炭を探しまわったそうだ。
そして、安政2年(1855年)、陸奥国湯長谷藩領白水村弥勒沢(現在の福島県いわき市内郷白水町)で石炭の露頭を発見。わずか161年前の事だった。いわき出身のまれに見る逸材だったが、彼の成功を嫉む攘夷派の浪士によって勿来付近で刺殺されてしまった。万延元年8月3日、享年48歳だったそうだ。
湯長谷藩は磐城平藩の支藩で『超高速!参勤交代』で描かれた藩だ。

常磐炭田発見の地
加納作平翁の碑
石炭を発見した片寄平蔵の後を引き継ぎ、炭鉱業に貢献した加納作平翁の碑。片寄平蔵翁の碑は、見つけられなかった。
加納作平翁の碑_1
加納作平翁の碑_2

Comments

AzTakさん 
こんばんは
常磐炭鉱は中学校?の時に聞いた覚えが有りますが、露出していたことは知りませんでした。
戦前・戦後の一時代の炭鉱は何処でも労働者は大変な苦労をしていたんですね。
その上に、時代が成り立っていたんでしょうか。
Re: AzTakさん 
> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 常磐炭鉱は中学校?の時に聞いた覚えが有りますが、露出していたことは知りませんでした。

発見したところは、確かに露出層があったんですね。でも、殆ど大部分は地下の層でした。
北海道と九州とは石炭の質が良かったのですが、常磐炭砿はさほどでもなく、競争には勝てませんでしたね。

> 戦前・戦後の一時代の炭鉱は何処でも労働者は大変な苦労をしていたんですね。
> その上に、時代が成り立っていたんでしょうか。

戦後暫くは羽振りがよかったんですよ。海の家も他と一段階違うデラックスさで、給料もたくさんもらっていたようです。
それがだんだんジリ貧に。
あの写真に撮られていたのは、もっともっと昔の様子です。その頃は、ブルマーの原型のようなものを着用していたんですね。
こんばんは 
炭鉱と言えば、日本の近代化を支えた産業ですよね。
日本各地にありましたよね!
今はもう炭鉱も殆どなくなりました。
炭鉱・・・見に行ってみたいものです。
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 炭鉱と言えば、日本の近代化を支えた産業ですよね。
> 日本各地にありましたよね!
> 今はもう炭鉱も殆どなくなりました。

そうですね。

> 炭鉱・・・見に行ってみたいものです。

それこそ、部外者が立ち入ることができる施設は、殆ど残っていないことでしょうね。
常磐炭砿も戦後すぐの昭和22年8月5日東北御巡幸の初日に昭和天皇が見に来られました。そのときの御製が次のものです。あの我慢強い昭和天皇が、冒頭に『暑さ強き』と詠まれたくらいですから、ものすごい暑さの職場環境だったのだと思います。

あつさつよき磐城の里の炭山(たんざん)に
はたらく人をををしとぞ見し


この炭坑で、昭和天皇樣は、地下450mの坑内を歩かれ、40度の中を背広、ネクタイ姿で、上半身裸の鑛夫たちを激勵されました。
 
こんばんは。
知らなかったことばかりで勉強になりました。
常磐ハワイアンセンターがオープンした頃は斜陽化したとは言え
まだ採掘していたんですね。
あまり記憶がないです(^_^;)。

ryu
Re: タイトルなし 
> こんばんは。

tgryuさん、こんばんは。

> 知らなかったことばかりで勉強になりました。
> 常磐ハワイアンセンターがオープンした頃は斜陽化したとは言え
> まだ採掘していたんですね。
> あまり記憶がないです(^_^;)。
>
> ryu

ちょうど10年間併存していたようですね。当然、失業する人が多かったとは思いますが、ある程度はソフトランディングができたようですね。

自宅が我が家の至近距離にあった萩原吉太郎が何もせずに北炭の経営から退いたのに比して、小さいながらも家族的な運営が図られていたのかもしれません。誇ってもよいことだと思います。

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