散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

兵庫県内を見て回る(24)

北野の異人館を見て回る(18)
坂の上の異人館(旧中国領事館) (2)
二階の様子
1940年、中国の政治家・汪兆銘が南京に親日政府を樹立した一時期、中国領事館として使用されていた異人館か。ないない尽くしの状況だっただろうに、意外にも室内は綱わたり国家の領事館とは思えないほどの豪華さだ。
二階の様子_1
清朝の愛新覚羅載灃皇帝の肖像かなあ
二階の様子_2
二階の様子_3
二階の様子_4
二階の様子_5
二階の様子_6
めまいしそうなほどの豪華さ。倒れて調度品を破損したりしたら、弁償できる代物ではないので、注意が必要だ。
二階の様子_7
二階の様子_8
二階の様子_9
二階の様子_10
二階の様子_11
二階の様子_12
二階の様子_13
二階の様子_14
庭の様子
少々草臥れてきたので、椅子に腰かけたら、暫くまったりとしてしまった。入口付近では、女性が入れ代わり立ち代わり、記念撮影をしていた。彼女たちからすれば、目障りな爺さんだったかもしれない。
庭の様子_1
庭の様子_2
庭の様子_3

Comments

素敵な♪ 
こんばんは!

洋風なんだけど中国テイスト満載〜
でもセンス良く整えられていて
とっても素敵ですね〜♬

トイレの便器なんて初めてお目にかかる
タイプです!(笑)

お洒落な建物ですね〜
こんばんは! 
AzTakさん、こんばんは!
流石、中国領事館に使用されていただけあって
異人館の中でもオリエンタルな雰囲気がいっぱいですね!
同じ東洋人として、チョットホッとする雰囲気がありますね♪
大小にかかわらず陶器は高価なんでしょうね!
大清光緒年製とありますから、それほど古くはなく
光緒帝時代で100年くらい前の焼物なんでしょうか!
割れ物が多く見るにも気を遣いそうです♪
 
AzTakさま こんにちは
1940年と言えば、世界大戦が勃発して間のない時期ですが、一時的に使用したとはいえ、中国領事館は建物と言い、1階・2階の調度品といい贅を尽くした物ばかりですね。
当時よくこれだけのものが集められたものだと思います。
置物に、陶磁器が多いい様ですので、見て歩くにも気を遣いますね。
浴槽やトイレの便器などは当時としては、珍しいのでわないでしょうか・・・・
こんにちは。 
飾られているものはさすがに中国風ですが、
建物は洋風!何となくバランスが悪い気がします。
(爆買いしたものでしょうか?・・笑)
Re: 素敵な♪ 
> こんばんは!

京都花大黒 店主さん、こんばんは。

> 洋風なんだけど中国テイスト満載〜
> でもセンス良く整えられていて
> とっても素敵ですね〜♬

そうですねえ。こんな家じゃ、贅沢過ぎて一日も暮らしていけない気がしますが。(^^);

> トイレの便器なんて初めてお目にかかる
> タイプです!(笑)

TOTOもINAXも日本らしく無地のものから入りましたが、中国だったらこういうのもありかなと思いました。汚したりしたら申し訳ないと思って、きれいに使うこと間違い無しのような気がします。

> お洒落な建物ですね〜

お洒落といえばお洒落ですし、むちゃくちゃ金がかかっているなと思いました。まあ、そうなんですが、個人的には次に取り上げる『イタリア館・プラトン装飾美術館《旧アボイ邸》』の方が好みです。全然似合わないのですが、イタリア大好き爺さんです。
Re: こんばんは! 
> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、こんばんは。

> 流石、中国領事館に使用されていただけあって
> 異人館の中でもオリエンタルな雰囲気がいっぱいですね!
> 同じ東洋人として、チョットホッとする雰囲気がありますね♪
> 大小にかかわらず陶器は高価なんでしょうね!
> 大清光緒年製とありますから、それほど古くはなく
> 光緒帝時代で100年くらい前の焼物なんでしょうか!

『大清光緒年製』って銘款があるものは、皇帝直属の窯で焼かれた『官窯品』なんだそうですね。本物であれば、相当に高価なものなのでしょうね。100年ちょっと前の作品なのでしょう。そんなに年数は経ってはいなさそうですが、その当時の飛び切りの名工が製作したのでしょうね。

> 割れ物が多く見るにも気を遣いそうです♪

私など、足腰に不安を抱える身なので、特に神経を使いました。弁償しきれる額ではないと思うので。
Re: タイトルなし 
> AzTakさま こんにちは

花さか爺サンさま、こんばんは。

> 1940年と言えば、世界大戦が勃発して間のない時期ですが、一時的に使用したとはいえ、中国領事館は建物と言い、1階・2階の調度品といい贅を尽くした物ばかりですね。
> 当時よくこれだけのものが集められたものだと思います。

今の中国人の認識からすれば、傀儡政権だったでしょうから、財政的基盤も脆弱なものだったことでしょう。その割には、たかだか領事館に過ぎないのに、大したものだと思いました。

> 置物に、陶磁器が多い様ですので、見て歩くにも気を遣いますね。

間欠性跛行の症状が出たりして、派手に転んだりしたら…などと思うと、純粋に楽しむことができかねるほどのぜいたく品でした。

> 浴槽やトイレの便器などは当時としては、珍しいのではないでしょうか・・・・

バスタブは西洋からの輸入品で、逆に、便座は中国からの輸出品だったかもしれませんね。当時、アジアでこうしたものを使えるのは一握りの人たちだったと思います。
この30年後、ヴェネテツィアのホテルに泊まった時、部屋にトイレがなかったのに、立派なビデがあり、20歳の私はカルチュアショックを受けました。
Re: こんにちは。 
S-masaさん、こんばんは。

> 飾られているものはさすがに中国風ですが、
> 建物は洋風!何となくバランスが悪い気がします。
> (爆買いしたものでしょうか?・・笑)

第2次大戦のさなかに誕生した親日政権の領事館だったところです。
ないない尽くしだっただろうに、それにしては、すごいものを作ったものだと思いました。
見栄えで圧倒する。外交上の駆け引きがあったのかもしれませんね。

汪兆銘は祖国に対する裏切り者として、極秘にしていた墓が突き止められ、遺体は火葬されて、打ち捨てられたとか。
日本人の感覚からすれば、中国人の日本人に対する極めて良くない感情が見え隠れするような話です。
こんばんは 
山手の洋館と言えば、西洋のイメージが強いのですが
ここはなんだか、調度品が中国風ですね^^
中国は歴史のある国ですからね~
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 山手の洋館と言えば、西洋のイメージが強いのですが
> ここはなんだか、調度品が中国風ですね^^
> 中国は歴史のある国ですからね~

1940年に重慶の蒋介石政権に対抗して汪兆銘が南京に樹立した親日政権なんです。そのどちらもが、今の中華人民共和国とは相容れない政権になってしまいました。5年ほどの短期間の政権で、しかも、中国全土を支配していたわけでもありません。
今の中華人民共和国からすれば、汪兆銘はとんでもない売国奴のような映ったことでしょう。死後、存在を極秘にしていた墓が暴かれ、めちゃくちゃにされました。
ということで、中国の日本に対する恨みは根強いものがあるようです。70年やそこらで消え去るものではないのでしょう。どこかの国の平和ボケの国民と同じ考え方ではないようです。

Body

« »

06 2017
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
メッセージボードα
Information from AzTak

7月3日(月)夜-6日(木)朝は、弘前市に個人旅行中のため、私からのアクセスは遅れます。大変申し訳ありません。m(_ _)m

-- E N D --
.
.
プロフィール

AzTak

Author:AzTak
FC2ブログへようこそ!

定年後の時間たっぷりの輩です。写真撮影やプログラミングが趣味です。

当ブログは、リンクフリーです。

カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
QRコード
QR