散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

兵庫県内を見て回る(23) 2016.01.12 21:45追記

北野の異人館を見て回る(17)
ここを見るとチケットで買い求めた異人館はすべて制覇したことになる。以降は、個別にチケットを買い求めることに。
坂の上の異人館(旧中国領事館) (1)
外観
この辺の建物は、うろこの家と同様に外壁に魚のうろこに似ている天然石のスレートが使用されているようだ。後年になって追加設置したものだろうか。
外観_1
外観_2
外観_3
ここもパワースポットだとか
中庭に続く場所に位置する狛犬。ふたつの狛犬の間を通り抜けると愛と幸運とに恵まれると言われているそうだ。信じるものは救われるかもしれない。女性客は必ず、ここで熱心に写真を撮るようだ。
ここもパワースポット
狛犬ならぬ狛亀がお出迎え
螭首亀趺(ちしゅきふ)と呼ばれるものだそうだ。昔の偉い人のお墓に飾られているのを何度か見たことがあるぞ。
狛犬ならぬ狛亀がお出迎え_1
狛犬ならぬ狛亀がお出迎え_2
狛犬ならぬ狛亀がお出迎え_3
狛犬ならぬ狛亀がお出迎え_4
厨房との間仕切り
だと思われる。衝立風のものがあるが、非常に緻密な彫刻がなされてる。これは立派だと驚いた。料理をお出しするときにここが開かれたのだろうか。
厨房との間仕切り_1
厨房との間仕切り_2
厨房との間仕切り_3
厨房との間仕切り_4
厨房との間仕切り_5
厨房との間仕切り_6
厨房との間仕切り_7
応接間かな
中国風の気品が漂う。たぶん、供される料理も超一流のものだったのだろう。
応接間かな_1
応接間かな_2
応接間かな_3
応接間かな_4
応接間かな_5
応接間かな_6
応接間かな_7
応接間かな_8

旧フリューガ邸の東に建つ旧チン邸。鱗の館と同じような魚燐様のスレートで外壁が覆われています。この建物も築年がはっきりしませんが明治後期と思われます。元々は個人邸でしたが、一時期中国領事館として使われました。館の内外には中国にちなんだ美術品が飾られています。
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1940年、中国の政治家・王兆銘が南京に親日政府を樹立した一時期、中国領事館として使用されていた異人館です。数ある公開異人館の中でも唯一ここだけが、オリエンタルムードに浸れる東洋的異人館。館内の家具調度品・美術品は中国のもので統一され、当時の様子がしのばれます。西周時代の銅鐸や宋時代の青磁や焼きものに加え、紫檀に精微な装飾を施したサロン・セットなど、贅を極めた装飾は必見です。

Comments

AzTakさん 
こんばんは
ホーッ   
亀にも牙が有るんですねえ
知りませんでした
Re: AzTakさん 
> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> ホーッ   
> 亀にも牙が有るんですねえ
> 知りませんでした

螭首亀趺(ちしゅきふ)と呼ばれるものだそうです。
亀の形に螭(『みずち』と呼ばれる角のない竜)の頭の形を刻んだ台石なんだそうです。たしか、偉い人のお墓にこういうものが飾ってあるのを何度か見たことがあります。
ちょっといい加減な説明すぎましたね。上記のことを簡単に追記しておきました。
こんばんは 
数ある調度品の中で今日は、金色の宝船のようなものに
目がとまりました^^
これは純金なのかな?
純金なら凄い値段になるんだろうなw
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 数ある調度品の中で今日は、金色の宝船のようなものに
> 目がとまりました^^
> これは純金なのかな?
> 純金なら凄い値段になるんだろうなw

(ФωФ)フフフ・・・、あれは私も気になりました。一応、『これより先には立ち入らないでください』という中にあったので、近くでは見ることができませんでした。
数m離れたところから見た感じでは、黒檀とか紫檀とかの彫刻に漆を塗って、生乾きのうちに金粉を降りかけたように見えましたが、自信ありません。そうだとしても、かなり高価なものであることには変わりはないと思います。
 
おはようございます。
中国趣味の西洋館かと思ったら旧中国領事館だったことがあるんですね。
洋食ばかり食べたあと中国料理をいただいたような感じで
なぜかほっとします(^^ゞ。

ryu
Re: タイトルなし 
> おはようございます。

tgryuさん、こんばんは。

> 中国趣味の西洋館かと思ったら旧中国領事館だったことがあるんですね。
> 洋食ばかり食べたあと中国料理をいただいたような感じで
> なぜかほっとします(^^ゞ。
>
> ryu

汪兆銘が南京に樹立した親日政府の領事館になっていたようです。なかなか瀟洒なものだったと感心しています。

汪兆銘は死後、墓を荒らされる心配があったので、コンクリートで固めて、場所も明かさなかったようです。
今の中国政府は、それを執念で見つけて、掘り出し、火葬したうえで、打ち捨てたようです。
日本人には聞きたくない話ですが、『憎い日本に与した裏切者』という位置づけにしたのでしょうね。

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