散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

秩父夜祭_2015(2)

秩父神社の彫刻
秩父神社の再建は徳川家康が天下を取る直前の天正12年(1592年)に行った。天下を取ろうとする己が力のほどを見せつける意図があったのだろう。とても素晴らしいものだ。東照宮の建設に当たっては、家康の好みを確認すべく、こちらが参照されたようだ。
子宝 子育ての虎
家康が再建したのだから、己の存在を誇示するのは当たり前なのだろう。家康はトリプル・タイガーだったのか。
秩父神社本殿社殿の虎の彫刻は、家康が「寅の年、寅の日、寅の刻」生まれであった事から拝殿の正面に4面の虎の彫刻が施されている。
子宝 子育ての虎
つなぎの龍
秩父神社本殿東側に描かれた、鎖でつながれた青い竜の彫刻も、左甚五郎作とされ、この彫刻には、次のような伝説がある。その昔、秩父札所十五番小林寺の近くに「天ヶ池」という池があり、その池に住み着いていた龍が暴れると、必ずこの彫刻の下に水たまりができた。そこで、この彫り物の龍を鎖でつなぎ止めたところ、龍が現れなくなったという。神社の東北(表鬼門)を守護する青龍の姿を名工左甚五郎が社殿彫刻に施したもの。青い龍の彫刻に鎖がかけられている。
つなぎの龍
瓢箪から駒
子供のころ、瓢箪から出てきたのは、回す方の独楽のことだと思っていた。何たる勘違いをしていたのだろうか。
馬に関する諺の一つに「瓢箪から駒」がある。意外なところから意外な発見や出会いがあることを表す諺であるが、その意味するところは開運招福である。そのため、社殿西側にはこの諺に因んだ彫刻が施されている。
瓢箪から駒
北辰の梟
秩父神社本殿北側中央に彫刻された梟(ふくろう)。体は本殿(南)を向いているのに、顔だけ180度逆の方向(北)を向いて、祭神である妙見菩薩を守っている。妙見菩薩は北辰菩薩とも呼ばれ、北辰すなわち北極星を神格化したものといわれている。北極星は、昔から"道しるべ"として利用されてきただけでなく、天空の星が北極星を中心に回って見えるため、尊い星として崇拝の対象ともなった。北辰のふくろうが一日中、真北をずっと見つめているのは、北極星の方向から妙見神が現れるから。そして、ふくろうは古くから知恵のシンボル。秩父神社が祀る八意思金命も知恵の神として崇敬されている。こうしたことから、思慮深い神の使として、社殿北面に施された。
北辰の梟
お元気三猿
徳川家康を祀る日光東照宮の三猿は、古来の庚申信仰に因んだ「見ざる・聞かざる・言わざる」として有名である。秩父神社の三猿は日光のそれとは全く違った表情で、「よく見・よく聞いて・よく話そう」といった仕草を表している。現代の情報化時代にふさわしい彫り物で ”お元気三猿”として親しまれている。
お元気三猿
中近笠鉾(1)
武甲正宗の柳田総本店の方に歩いていった。そこは、日中の市内曳行の折り返し地点なので、休憩したり、ギリ回しなどが見られると踏んだのだった。それは大当たりだった。普通の方向転換は90度だけだが、ここはかつての秩父往還を折り返すので、大サービスの180度転換なのだ。
現在の笠鉾は三代目で、明治13年(1880)に造られた名工・荒木和泉の作だそうだ。構造は八棟造(やつむねづくり)の屋根の上に、3層の笠を立てた大型の笠鉾で、勾欄に龍が巻き付いている。大正3年(1914)の電線架設以来、鉾を立てずに曳行され、現在は笠も取り外して運行される。ということで、本来の大きさからはかけ離れてしまったのが、かなり残念だ。

ここでもまたギリ回しが行われていた
今見えているのは後方部分だ。浮かすために梃子で持ち上げ、ギリ棒を入れる作業をしているはずだ。
中近笠鉾(1)_1
中近笠鉾(1)_2
中近笠鉾(1)_3
回りだすと、スムーズなので簡単に方向転換を行っているように見えるかもしれない。だが、それは、とんでもない誤解だ。ギリ棒の上に屋台や笠鉾が載っている、つまり、浮いている状態なのだ。四方から多くの若い衆が傾かないように必死に抑えている。なので、屋根の上にいる人は、晒をしっかり握りしめて転落しないようにしている。男気のほどを試されている。
中近笠鉾(1)_4
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中近笠鉾(1)_21
ギリ棒を外す作業を笠鉾の下で行っているのだろう。梃子で笠鉾をもう少し浮かせて、ギリ棒をフリーにして外すわけだ。
中近笠鉾(1)_22
中近笠鉾(1)_23
中近笠鉾(1)_24
無事、折り返すことができた。ここで記念写真撮影をするようだ。
中近笠鉾(1)_25
中村町・近戸町の2町会が管理する笠鉾。御神幸祭の際に最初に曳行する(そのため、山車を引く際の運行組織は一番組の名称がつけられている)。秩父夜祭の中では一番古い歴史をもつ山車で、初代は屋台・2代目は笠鉾であった。現在の屋台笠鉾形式ものは3代目である。

Comments

こんばんは。 
というか、日付が変わりましたのでおはようございますかな。
秩父夜祭、これはもうAzTakさんの十八番情報ですね。それだけ深い魅力がつまっているお祭りなんだと想像します。
今回はどんな角度から撮られているのかと楽しみにします。やっぱり夜更けまで取材されたんですか。立ちっぱなしも疲れるので。いいお天気でヨカッタですね。
たまりません〜 
おはようございます!

秩父神社の彫刻はたまりませんね〜♪
東照宮好きの私にとっては「すぐにでも行きたい‼︎」
処です〜
東京から特急で2時間ぐらいでしょうか?
あ〜一人でゆっくりと拝観したいです〜(笑)

その流れか、屋台や傘鉾を彩る彫刻品も豪華ですね〜
青空に映えいます!
こんにちは。 
立派な彫刻ですね。
家康好みの気がします。
権力を見せつけるには充分の華やかさです。
 
こんにちは。
日光東照宮のルーツが秩父神社にあったっとは初めてしりました。
当時の神社建築にしてはたいそう豪華な装飾ですね。
山車の豪華さもそれに習ったのでしょうか。
扇をかざした山車の乗り手(?)の所作などは祇園山鉾を彷彿させますね。

ryu
AzTakさん 
こんばんは
秩父の夜祭、聞いてはいたんですが今年初めて誘われて行って見ました。
聞きしに勝る豪華な屋台ですねえ!!
何がなんだか良く分からずにうろちょろしてましたが、それでも結構面白かったですよ。
少々疲れましたがまた来年行こう!!
心地よい疲れでしたねえ。
Re: こんばんは。 
HARUさん、こんばんは。

> というか、日付が変わりましたのでおはようございますかな。

夜更かしは肌荒れの元ですよ。男ぶりが下がってしまいます。少し早めに寝ましょうね。

> 秩父夜祭、これはもうAzTakさんの十八番情報ですね。それだけ深い魅力がつまっているお祭りなんだと想像します。
> 今回はどんな角度から撮られているのかと楽しみにします。やっぱり夜更けまで取材されたんですか。立ちっぱなしも疲れるので。いいお天気でヨカッタですね。

いつも満足のいかない写真ばかりなので、今年こそはと思い続けているだけです。
日中の写真はともかく、夜の写真は、どうやって傑作をものにしているのか、名手にインタビューしてみたいくらいです。

特別に撮影を許されたカメラマン以外は同じ条件なんですよね。あとは差をつける(つけられる)としたら、カメラとレンズとでしょうかね。ISO感度が6桁とかいうものも珍しくなってきていますね。あれだったら、手振れもピンボケもともにシャットアウトできてしまうかも。
あまりの性能のすごさとあまりの価格の高さとに、出るのはため息ばかりで、知恵は一向に湧いてきません。(;´д`)トホホ
Re: たまりません〜 
> おはようございます!

京都花大黒 店主さん、こんばんは。

> 秩父神社の彫刻はたまりませんね〜♪
> 東照宮好きの私にとっては「すぐにでも行きたい‼︎」
> 処です〜
> 東京から特急で2時間ぐらいでしょうか?
> あ〜一人でゆっくりと拝観したいです〜(笑)

東照宮はいろいろ見て回るところがありますが、秩父神社は、これでおしまいです。過度に期待しないほうが無難かと。
時間があれば、レトロな建物がいくつか残っていたり、札所巡りを何箇所か行ってみたりとか、結構楽しいかもしれません。

> その流れか、屋台や傘鉾を彩る彫刻品も豪華ですね〜
> 青空に映えています!

江戸時代は、秩父銘仙で栄えた天領でした。飛騨高山と同じような位置づけだったかもしれません。
昔は、そうした祭りに大金を投じる余裕があったのでしょう。而して、今は?
飛騨高山に少しリードを許してしまっているかもしれません。たくさんの観光資源があるのですから、もっと普段から観光客が押し寄せてきてもよさそうに思います。まあ、そういうのんびりしたところが秩父のよさかもしれませんが。
Re: こんにちは。 
S-masaさん、こんばんは。

> 立派な彫刻ですね。
> 家康好みの気がします。
> 権力を見せつけるには充分の華やかさです。

そうですよねえ。これが、まだ天下を取る前の大仕事だったというのですから、大したものです。よほどの器量だったんですねえ。
普通の人には、こんな芸当、したくてもできないことなのでしょう。
Re: タイトルなし 
> こんにちは。

tgryuさん、こんばんは。

> 日光東照宮のルーツが秩父神社にあったとは初めてしりました。

ルーツといえるかどうかは別として、東照宮を造るにあたっては、ご本人様はお亡くなりになっておられるわけで、行きつく先は、本人が命じて造らせたものがないか、探して回ったことでしょう。『そうだ、秩父神社があったではないか』という感じでしょうか。

> 当時の神社建築にしてはたいそう豪華な装飾ですね。

g天下取りの直前ですから。これを見た人たちは、『敵になってはいけない』と覚悟を決めさせるに十分な迫力だったかもしれません。

> 山車の豪華さもそれに習ったのでしょうか。
> 扇をかざした山車の乗り手(?)の所作などは祇園山鉾を彷彿させますね。
>
> ryu

あこがれはあったことでしょうね。その昔、行き来が決して楽ではない時代でも、代表者が見に行ったりして、研究してきたのだと思います。
写真のあたりは平地ですから、曳くのもそれほど大変ではないでしょうが、最後に団子坂という難所が控えています。そういうところで、士気を鼓舞する意味合いも多分にあったと思います。
Re: AzTakさん 
> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 秩父の夜祭、聞いてはいたんですが今年初めて誘われて行って見ました。

無理やり連れだして申し訳ありませんでした。

> 聞きしに勝る豪華な屋台ですねえ!!
> 何がなんだか良く分からずにうろちょろしてましたが、それでも結構面白かったですよ。

私も最初に行ったときは何が何だかわからないままに、終わってしまった感じがありました。

> 少々疲れましたがまた来年行こう!!
> 心地よい疲れでしたねえ。

やはり鍛えている方は体力があるんですねえ。私は、しばらく足腰が痛くて、泣きました。
私もバスはやめて、電車で、早めに現地到着を目指そうと思います。
団子坂の上りも見てもらわなくちゃいけませんよね。
 
こんにちは

秩父祭りは快晴だったようです。
抜けるような真っ青な空に、豪華な笠鉾が良く映えますね。
ギリ回しは、下で支える若い衆も大変ですが、屋根の上で音頭を取る人もおっかなびっくりでしょう。
秩父神社は家康と深い関わりがあるのですね。
東照宮建設に当たっては家康が参照したほどですから、立派な彫刻が随所に施されていることでしょう。
Re: タイトルなし 
> こんにちは

花さか爺サンさん、こんばんは。

> 秩父祭りは快晴だったようです。
> 抜けるような真っ青な空に、豪華な笠鉾が良く映えますね。

そうですね。

> ギリ回しは、下で支える若い衆も大変ですが、屋根の上で音頭を取る人もおっかなびっくりでしょう。

音頭をとるのは4人組の『囃子手』で、屋根の上にいる『鳶』は、たるんだ電線が笠鉾や屋台に接触しないようにするとか、屋台同士のすれ違いを支障なく行うのなどが、主たる働きのようです。
狭い秩父特有の役割でしょうか。傾いでいるときは、しっかりと晒を握りしめているようです。


> 秩父神社は家康と深い関わりがあるのですね。
> 東照宮建設に当たっては家康が参照したほどですから、立派な彫刻が随所に施されていることでしょう。

東照宮は家康は遺言に書いたようですが、実際に造営の大号令をかけたのは三代将軍の家光ですね。家康の命を受けた日光造営奉行以下が、秩父神社をよく見て、参考にしたのだと思います。
寛永11年(1634年)には、9月(9月か10月)に3代将軍・徳川家光が日光社参し、寛永13年(1636年)の21年神忌に向けて寛永の大造替が始められ、今日見られる荘厳な社殿への大規模改築が行われた。総奉行(日光造営奉行)は秋元泰朝、作事奉行は藤堂高虎、そして普請は、江戸はもとより京・大阪からも集められた宮大工たちが、作事方大棟梁・甲良宗広一門の指揮の下で務めた。

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