散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

またも出かけた日本民家園(3)

(4)三澤家住宅《宿場》
この建物は、中山道から分かれる伊那街道の宿駅、伊那部宿にあった。ということで宿場町のゾーンに移築されている。
農業を主とし、代々組頭をつとめてきたが、江戸時代の末に製薬・売薬業を始めて成功した家だそうだ。
中を見せてもらうと裕福な家だったとようにわかるが、何といっても驚かされるのは石置板葺の屋根のことだ。そのようにした理由が私には今一つよくわからない。

外観
石置板葺の屋根
すぐにわかる屋根が板葺きの家屋。特に上から見ると、異様に目立つ。板葺きの木材は、栗の板を使い、横木と石だけで押さえてあるそうだ。
外観_1
10月下旬だというのに、後ろの山は殆ど緑一色だ。紅葉はいつになるのか心配になってしまう。
外観_2
外観_3
外観_4
屋内
この日は床上げ公開対象となっていなかったため、土間や屋外から見るだけだった。そのことがちょっと残念。
間取り
三澤家間取り
ここだけ瓦葺の玄関門をくぐった先には式台付きの玄関があった。奥に位置する神座敷には、立派な欄間が見えている。
屋内_1
私には薬種商のシンボルのように思える『薬研』や『百目箪笥』が鎮座していた。どうやって薬剤の知識を得たのか、謎だらけだが、…。
屋内_2
前回床上げ公開の時に、ボランティアの説明員が誇らしげに紹介していた欄間の彫刻。確かに得々と説明したくなるものだと思う。
屋内_3
屋内_4
私などが訪問したとしても、絶対に案内してくれそうもない上座敷。密談をするときはひそひそ話をするしかなかったと思う。
屋内_5
箱階段があった。私が乗っかっても大丈夫かなあ。
屋内_6
屋内_7
屋内_8
屋内_9
屋内_10
屋内_11

神奈川県指定重要文化財
旧所在地:長野県伊那市西町
建物区分:商家(薬種問屋→旅籠)
構造形式:切妻造、石置板葺、一重、一部二階、桁行13.6m、梁行12.7m
建築年代:19世紀中期

Comments

 
おはようございます。
三澤家住宅がなぜ石置板葺の屋根にしたかは分かりせんが
私が子供のころは石置屋根の家を見かけましたよ。
ただ当地で石置屋根は貧しくて茅葺にできない家で、
このような立派な農家や民家はみな茅葺だったと思います。

ryu
 
板葺の屋根に石を乗せた民家が金沢市内にも一軒残ってます。
今は市の文化財になってます。この家は紙屋で最近まで紙を買いに行ってました。
AzTakさん 
こんにちは
石置板葺き屋根は木曽妻籠宿の本陣(島崎藤村実家が再建されています)の屋根が板葺き石置きだとおもいます。
貧しいからという訳でもなさそうですが、どうでしょうか?
 
こんにちは

三澤家は薬種問屋で裕福なはずですが、石置板葺の屋根とは珍しいですね。
玄関門や塀は瓦葺のようですが、これだけの佇まいなのに石置板葺とは信じられないですね。
石置板葺の屋根はどちらかと言えばまずい家に多いいと思われますが、何か分け合ってのことなのですかね。
こうゆう家を何処かの資料館で見たことがあるような気がします。
Re: タイトルなし 
> おはようございます。

tgryuさん、こんばんは。

> 三澤家住宅がなぜ石置板葺の屋根にしたかは分かりせんが
> 私が子供のころは石置屋根の家を見かけましたよ。
> ただ当地で石置屋根は貧しくて茅葺にできない家で、
> このような立派な農家や民家はみな茅葺だったと思います。
>
> ryu

理由は何だったのでしょうね。式台のある玄関を備えていて、上座敷まで用意してある家屋です。お金がなくてということではなかったと思います。お上に対して、『節約にこれ務めています』というアピールの意味合いでもあったのでしょうか?
川崎市教育委員会のHPにもそのことには触れてありませんでした。
この家屋で使用されている木材はクリの木で、乾燥は難しいのですが耐久性、耐水性に優れている木材のようです。少しくらいなら栗の木はどこにでもあるでしょうが、屋根を葺くほどのまとまった量となると、どうだったのでしょう。考えれば考えるほど、そのようにした意図がわかりません。
Re: タイトルなし 
こんばんは。

> 雨がちょっと心配になる石置屋根、白壁、欄間の彫刻、床の光沢・・使いこんだ素晴らしい建物が残っていますね。農家と商人の家の雰囲気が混じって面白いですね。

確かにすごい家ですよね。屋根材はどうしてそうしたのかわかりませんが、それなりの計算があったのかもしれません。
川崎市の教育委員会のHPにも記載がありませんでした。教育委員会の学芸員ならば、それくらい掘り下げての説明を行って然るべきと思うのですが。
まあ、努力を放棄した私も同罪ですが。
 
板葺きの家屋は当地では見られない屋根ですね。
雪国には耐えられないのかも知れません。
障子の貼った新旧の跡が現実感があって良いですね。
Re: タイトルなし 
つぅたろうさん、こんばんは。

> 板葺の屋根に石を乗せた民家が金沢市内にも一軒残ってます。
> 今は市の文化財になってます。この家は紙屋で最近まで紙を買いに行ってました。

今に至るまで残っていた家屋ということになると、それなりにしっかりした建物なのでしょうね。
屋根の作り方もそれなりの選択理由があったのかもしれませんね。悔しいのは、その選択理由が定かではないことです。
Re: AzTakさん 
> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 石置板葺き屋根は木曽妻籠宿の本陣(島崎藤村実家が再建されています)の屋根が板葺き石置きだとおもいます。
> 貧しいからという訳でもなさそうですが、どうでしょうか?

そうなんでしょうね。昔ながらのものを変える必要を認めなかったという保守的な考え方だったのでしょうか。

そんなの知らないぞと思ったら、平成7年に再建されたのだそうですね。良かった、完璧な呆け老人ではなくて。
Re: タイトルなし 
> こんにちは

花さか爺サンさま、こんばんは。

> 三澤家は薬種問屋で裕福なはずですが、石置板葺の屋根とは珍しいですね。
> 玄関門や塀は瓦葺のようですが、これだけの佇まいなのに石置板葺とは信じられないですね。
> 石置板葺の屋根はどちらかと言えばまずい家に多いいと思われますが、何かわけあってのことなのですかね。
> こうゆう家を何処かの資料館で見たことがあるような気がします。

のんびり熊さんのコメントよれば、再建された妻籠宿の本陣がこうした屋根になっているようです。
決して貧しいからという理由ではなかったのでしょうが、私にはなにゆえのことなのか、いくら首をひねっても、理由が思い浮かびません。
Re: タイトルなし 
S-masaさん、こんばんは。

> 板葺きの家屋は当地では見られない屋根ですね。
> 雪国には耐えられないのかも知れません。

そうですね。湿った重い雪だと、あのゆったりとした勾配だと、いくらでも積もってしまい、屋根が抜けてしまうかもしれませんよね。

> 障子の貼った新旧の跡が現実感があって良いですね。

あれには、正直なところ、私も驚いています。移築前の状態を正確に再現したものなのでしょうか。かつての我が家を見ているかのような気がしました。屋根の作り方といい、この障子の貼り方といい、質実剛健な家風だったのでしょうか?
私も長瀞で 
こんな屋根の建物を見ておどろいたのを覚えています。
建物内部が非常に豪華なのになぜこの屋根か?と
でもあれこそが風雪に耐える建物だということなんでしょうね。
見栄えはともかく今も残っているのですから。
ああいう階段に出会うと嬉しくなって全て開けたくなりますね!
こんばんはAzTakさん、またお邪魔します。
Re: 私も長瀞で 
kozoh55さん、こんばんは。

> こんな屋根の建物を見ておどろいたのを覚えています。
> 建物内部が非常に豪華なのになぜこの屋根か?と
> でもあれこそが風雪に耐える建物だということなんでしょうね。
> 見栄えはともかく今も残っているのですから。

豪雪地帯では無理だったのではなかろうかと思います。少々の雪ならば、持ちこたえることができたでしょうね。
栗の木だといいますから、湿っても反り返るなどが少なかったのかもしれませんね。

> ああいう階段に出会うと嬉しくなって全て開けたくなりますね!
> こんばんはAzTakさん、またお邪魔します。

あはは、あれを開けたりしたら、ボランティアが真っ青な顔をしちゃうのでは。お茶目ですねえ。

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