散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

長谷寺~光則寺~極楽寺~満福寺(7)

極楽寺駅から腰越駅まで再び江ノ電に乗る。ほどなく車窓左手に鎌倉の海が見えてくる。江ノ電でも最高の景観を楽しむことができる区間だろう。

極楽寺駅
極楽寺という言葉から、TVドラマ『俺たちの朝』を思い出す方は相当な年配者かも。このドラマの影響で、廃線寸前だった江ノ電が息を吹き返したのだから、江ノ電にはありがたいことだったのだろう。
桜橋から見た駅の様子
桜橋から見た駅の様子
駅の真下を水が流れている
駅の真下を水が流れている_1
駅の真下を水が流れている_2
行きかう電車
行きかう電車_1
行きかう電車_2
行きかう電車_3
行きかう電車_4
行きかう電車_5

腰越駅
まもなく到着
まもなく到着
腰越から藤沢方面へ向かってしばらくは路面電車区間
今回はこちらとは逆の方向に進む
しばらくは路面電車区間

腰越状の満福寺を見に行く。行く前は満福寺の読み方から連想して近くのぼたもち寺『法源寺』にも行くつもりでいた。しかし、予定時間をかなりオーバーし、体調も気になったので、ぼたもち寺『法源寺』はパスし、満福寺のみの訪問とした。

満福寺(1)
途中の案内
これじゃ案内になっていないのだが
これじゃ案内になっていないのだが
見えてきた満福寺
本当にすれすれを江ノ電が走るものだ。こんなゆっくり走行でも、込み合う自動車をしり目にすいすい進むんだ。
見えてきた満福寺_1
見えてきた満福寺_2
見えてきた満福寺_3
見えてきた満福寺_4
見えてきた満福寺_5
見えてきた満福寺_6
見えてきた満福寺_7
見えてきた満福寺_8
近くて遠き鎌倉
1185年(元暦2年)、壇ノ浦で平家を滅ぼした源義経は、平家の大将平宗盛を護送し、鎌倉に凱旋しようとしたが、兄頼朝は鎌倉に入ることを許さなかった。これ以上ないと思うほどの武勲を挙げたのに。その昔は腰越町と鎌倉町とは隣接している行政区ではあっても、長らく同じ町ではなかったのだ。昭和14年に合併して鎌倉市になったくらいだから、鎌倉時代は歴とした区域外だったのだろう。
すぐ近くにとどめ置かれた義経の胸中は如何ばかりだったのだろう。書状をしたためて、すがりたくなる気持ちがわからないでもない。

本堂手前には腰越状をしたためる主従のモニュメントが
本堂手前には腰越状のモニュメントが_1
本堂手前には腰越状のモニュメントが_2
本堂
本堂
弁慶の腰掛石
弁慶の腰掛石
受付猫
これこれ凶悪な面構えの爺さんが目の前にいるぞ。油断しちゃ、まずいのでは。もしかして、おみくじ猫の販売担当を自任しているのかな。
受付猫

元暦2年(1185年)5月、源義経が兄頼朝に怒りを買い、鎌倉入りを許されず腰越の地に留められた際に、頼朝に心情を訴える腰越状を書いた寺として知られる。寺には弁慶が書いた腰越状の下書きとされる書状が展示されており、境内には弁慶の腰掛け石や手玉石など、義経・弁慶ゆかりの品々が多数展示されている。

Comments

 
若いころこの番組にかぶりついていました。
そしてあの歌がまたいいんですよね。
江ノ電はこのレトロの電車が代表選手で人気がありますよね。
孫も江ノ電が大好きでこのおもちゃを持っています。
こんばんは 
大阪の田舎に引きこもっていますから関東の事はチンプンカンプンですが、江の島は中学の修学旅行でチラッと通り過ぎた記憶があります。江ノ島電鉄が廃線寸前だったとは車の普及が影響しているかもしれませんね。大阪南部を走る水間鉄道というローカル単線もずいぶん前からワンマンカーにしたりしながらあの手この手で頑張っているようです。
こんにちは。 
江ノ電はローカルな庶民の足と云うイメージそのままですね。
義経・弁慶に纏わる満福寺の歴史については戦国時代の確執を考えさせられました。
Re: タイトルなし 
ララさん、こんばんは。

> 若いころこの番組にかぶりついていました。
> そしてあの歌がまたいいんですよね。

私もよく見ていました。よほどのへそ曲がりでない限り、見ていたことでしょうね。

> 江ノ電はこのレトロの電車が代表選手で人気がありますよね。
> 孫も江ノ電が大好きでこのおもちゃを持っています。

如何にも江ノ電という感じで、癒されるような感じですね。子供は大好きでしょうね。
AzTakさん 
こんばんは
義経は、あまりにも大きな手柄を立てちゃったんでしょう。
頼朝が霞んじゃったりして。。。
男の嫉妬ほど怖いものは無いようですね。
兄弟ですら亡き者にしてしまう
Re: こんばんは 
めぐるさん、こんばんは。

> 大阪の田舎に引きこもっていますから関東の事はチンプンカンプンですが、江の島は中学の修学旅行でチラッと通り過ぎた記憶があります。

私も福島の片田舎の中学校の修学旅行で日光と湘南鎌倉とが行先でした。日光はともかくとして、鎌倉は神奈川の高校に進学したら毎日通るエリアだったので、う~~むという感じでした。

> 江ノ島電鉄が廃線寸前だったとは車の普及が影響しているかもしれませんね。大阪南部を走る水間鉄道というローカル単線もずいぶん前からワンマンカーにしたりしながらあの手この手で頑張っているようです。

おっしゃられているような事情があったのでしょうが、鎌倉は極めて道が狭いので、鉄道は時間を読むことができるきわめて有効な移動手段なのでしょうね。そこへ、中村雅俊主演のあのドラマが人気を呼びましたから。今では廃線などとんでもないというまでになっています。
Re: こんにちは。 
S-masaさん、こんばんは。

> 江ノ電はローカルな庶民の足と云うイメージそのままですね。

庶民の足であり、同時に江の島方面へ向かう観光客の足でもあります。かなり遅い速度ではありますが、きっちり走りますから、あてにできて便利です。

> 義経・弁慶に纏わる満福寺の歴史については戦国時代の確執を考えさせられました。

頼朝と義経を仲たがいさせようとする意向が、そこかしこであったようですね。
天皇は天皇で、義経に役を与えて、義経め出しゃばりやがってと頼朝を怒らせたし、梶原景時はあることないこと、虚実取り混ぜて義経をけなし、これまた、義経に対する頼朝の怒りを増幅させたようです。
こうなっては、もともと単純な性格の兄弟同士、いがみあうことになったのは想像に難くありません。
兄弟が仲良かったら、歴史はどう推移していったのでしょうね。鎌倉時代も長続きしたのかもしれません。
Re: AzTakさん 
> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 義経は、あまりにも大きな手柄を立てちゃったんでしょう。
> 頼朝が霞んじゃったりして。。。
> 男の嫉妬ほど怖いものは無いようですね。
> 兄弟ですら亡き者にしてしまう

頼朝自身も、天皇も、頼朝の部下の梶原景時も、寄ってたかって義経の足を引っ張りましたから。義経がスポイルされてしまったのは、仕方のないことだったのかもしれませんね。義経も、もう少し頭がきれれば、対処の仕方もあったのでしょうが、そういう立ち回りを潔しとしない性格だったのですかね。
こんばんは 
俺達の朝、見ていましたよ!
・・・と言うことは僕は相当な年配w
あのドラマは良かったです~~
ドラマのお陰で江ノ電が息を吹き返したんですか?
それは知りませんでした^^
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 俺達の朝、見ていましたよ!
> ・・・と言うことは僕は相当な年配w
> あのドラマは良かったです~~

爺さんだとばれるから言いたくはありませんが、主演の中村雅俊とは同じ年齢です。彼は同じ学部の一年後輩だとか。キャンパスで見たことなどなかったですが。

> ドラマのお陰で江ノ電が息を吹き返したんですか?
> それは知りませんでした^^

相当、関東の人は乗りに行ったようですよ。いまは、あの辺りを観光するには利用するのが当たり前の路線になっています。ガイドブックも、そんな風になっていると思います。

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