散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

長谷寺~光則寺~極楽寺~満福寺(4)

長谷寺(3)
途中にある地蔵堂
下の境内から階段を上ると、その中段奥に見えるのが地蔵堂。 長谷寺に帰依する信者の方々の発願により建立された。その後、堂宇の老朽化に伴い平成15年に再建されたのが現在の地蔵堂だそうだ。どおりで新しく見えるわけだ。
地蔵堂
途中の階段には萩がたくさん咲いていた
途中の階段の萩
写真を何度も見直して、ようやく卍の形だと納得した。
卍池

上の境内に上がる

阿弥陀堂
阿弥陀如来坐像は、伝承によれば、頼朝が42歳の厄除けのために建立したといわれる。ただし、銘文によれば、もともとは鎌倉市内の請願寺(現在は廃寺)の本尊だったそうだ。
阿弥陀堂_1
阿弥陀堂_2
写真撮影禁止なので、FREEの写真を借用する
阿弥陀堂_3
観音堂
確かに堂々としている。ありがたい仏像だと思う。それなのに、何故、国から文化財の指定を受けないのか、いつも不思議に思う。
観音堂_1
観音堂_2
写真撮影禁止なので、FREEの写真を借用する
観音堂_3
上の境内からの眺め
ここからも海が見えるんだ。実は見えないとお話にならないのだが。
元正天皇の養老5年(721年)、徳道上人は、大和の国初瀬(長谷)の山中で、一本の霊木(クスノキ)を見つけ、時の名工、稽文会と稽首勲にその霊木より二体の十一面観世音菩薩像を造らせた。本体の一体を奈良長谷寺に、末木の一体を伊勢の海から流し、漂着したところに徳道上人が開山し、鎌倉長谷寺に安置したという。
その流れ着いたところが、この写真の左側をずっと行った横須賀市長井、あるいは、三浦市初声。初声とは似た読みのところだ。
長谷寺は山号を海光山という。遠く長井の海から観音像が光を放っていたからというとか。
かなり気宇壮大な話だ。光って見えたのかなあ。

上の境内からの眺め_1
上の境内からの眺め2
丈夫石
出羽の海と時津風の揃い踏みだ。第31代横綱常ノ花と第35代横綱双葉山。
この石の傍にある夫妻が闘病生活の末に亡くなった愛娘の冥福と病に苦しむ人々の救済を願って寄進した聖観世音菩薩尊像がある。この動きに賛同して、両人が丈夫石を寄進したようだ。

丈夫石
仏足石など
仏足石など_1
仏足石など_2
清浄池
清浄池_1
清浄池_2
経蔵
学問は一日にしてならずだと思う。その考え方の私には、書架を一回転させることで一切経をすべて読誦した功徳が得られるなんて、『う~~ん』という感じだが。
経蔵_1
経蔵_2

その創建は本尊である長谷観音流着の縁起に由来し、天平8年(736)まで遡ります。当山が鎌倉でも有数の古寺に数えられる所以です。その後、幾年の星霜を経るなか、幾度と無く堂宇も再建がなされたと伝わりますが、関東大震災による当山の罹災は甚だしく、旧来の建物は止む無く建替えとなり、災害から本尊をお守りするため、鉄筋による再建が進められました。そして、昭和61年、罹災から実に60年以上の歳月を費やし現在の堂宇は完成に至りました。
本尊である十一面観音像は、錫杖を右手に携え、岩座に立つ独特の像容で、大和長谷寺の本尊をはじめ、全国に所在する長谷寺に祀られる観音像に多く見られることから、これらを総称して「長谷寺式十一面観音像」と呼びます。縁起に曰く、本尊の造立は養老5年(721)と伝えられていますが、現在の像が創建当初からのものとは言い難く、また後世の修復も多く加えられているため、制作年代については未詳と言わざるを得ません。但し、本尊に付随する光背や御前立の観音像の修復年代が室町時代まで遡ることから、現在の尊像が存在していた時期についても、室町時代に準ずるものであることは確かといえ、さらに鎌倉時代より当山に伝世する大型の懸仏や板碑類の存在から、その当時には巨大な尊像が造立されていたものと推測されます。

 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
上の境内には、本尊である十一面観音菩薩像(長谷観音)が安置される観音堂をはじめ、主要な諸堂宇が建ち並ぶほか、鎌倉の海と街並みが一望できる「見晴台」と、傾斜地を利用した「眺望散策路」があり、鎌倉でも有数の景勝地となっております。
また、眺望散策路の周辺には40種類以上約2500株のアジサイが群生しており、梅雨の季節には眺望はもとより「アジサイの径(こみち)」として散策も楽しんでいただけます。

Comments

 
長谷寺には何度か参詣しているので、興味深く拝見いたしました。これまで見落としていたところも見つかりましたので、また機会を見つけて出かけてみたいと思います。
AzTakさん 
こんにちは
世間にはいろいろと寄進して徳を積んでいらっしゃる方が多いですねえ。
熊みたいに、菩提寺が焼けて100万円もの寄付をと言われてアタフタするようじゃあとても徳は積めません。
なんとか、再建はされました。
 
こんにちは

鎌倉長谷寺に行かれたのですね。
長谷寺は、「花の寺」として親しまれ、本尊の十一面観音菩薩は、日本最大級の木彫仏としても有名な古刹ですね。
今は萩の花が綺麗に咲いているようですね。
鎌倉の長谷寺には参拝したことはありませんが、1年を通じて花が咲く寺なんて魅力的です。
Re: タイトルなし 
たんめん老人さん、こんばんは。

> 長谷寺には何度か参詣しているので、興味深く拝見いたしました。これまで見落としていたところも見つかりましたので、また機会を見つけて出かけてみたいと思います。

たんめん老人さんの場合は、表面的にしかものを見ようとしない私と違って、紙背を見透かすような見方をされているのだと思います。
いつも読み逃げばかりで申し訳ありません。語学の記事以外はしっかり読まさせていただいています。語学はどうにも才能の欠如を感じます。(^^);
Re: AzTakさん 
> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 世間にはいろいろと寄進して徳を積んでいらっしゃる方が多いですねえ。
> 熊みたいに、菩提寺が焼けて100万円もの寄付をと言われてアタフタするようじゃあとても徳は積めません。
> なんとか、再建はされました。

地方のお寺さんは、何かがあると檀家さんに重い負担をお願いするようですね。ほかに方法がなければ、仕方のないことですが、百万円もの寄付は、かなり厳しいですよね。
こちらのように人気のあるお寺さんでは、檀家さんに迷惑をかけずとも、何とか資金が集まるのでしょうかね。
Re: タイトルなし 
> こんにちは

花さか爺サンさま、こんばんは。

> 鎌倉長谷寺に行かれたのですね。
> 長谷寺は、「花の寺」として親しまれ、本尊の十一面観音菩薩は、日本最大級の木彫仏としても有名な古刹ですね。

ご本尊の方向を拝むのではなく、じかに対面できます。なので、得心が行くまで見させていただいています。
すぐ、どんな形をしていたか忘れてしまいますが。どうも形態把握能力に著しく問題ありのようです。だからこそ、写真に撮りたいのですが、無情にも撮影禁止です。(´;ω;`)ウゥゥ

> 今は萩の花が綺麗に咲いているようですね。

そうですね。初夏のころのアジサイが上境内にさらに上の斜面に咲くのが、一番有名なようです。

> 鎌倉の長谷寺には参拝したことはありませんが、1年を通じて花が咲く寺なんて魅力的です。

花だけなら、すぐ隣の光則寺も味わいがあります。次回から取り上げますので、よろしければご覧ください。
こんばんは 
名が通っているだけあって長谷寺は立派なお寺ですね^^
建物も素晴らしいし、境内も広そうです^^
一度は行ってみたいな~~
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 名が通っているだけあって長谷寺は立派なお寺ですね^^
> 建物も素晴らしいし、境内も広そうです^^
> 一度は行ってみたいな~~

すごく立派なお寺さんだと思います。
但し、建物は鉄筋コンクリート造りに建て変わっています。何と関東大震災の60年以上後に。関東大震災は茅ヶ崎沖が震源だったので、鎌倉はかなりの大きな被害がありました。
鎌倉幕府滅亡後に房総の里見の集団が焼き討ちを行い、それまでの建物があらかたなくなり、かろうじて再建したものも、関東大震災で大打撃を受けました。瑞泉寺なども関東大震災以降の建物です。
そんなこんなで、関東地方の旧国宝指定のものは、かなり失われたのです。

まあ、そういうわけですので、騙したなどとは考えないでくださいね。
有難うございました 
おはようございます!

上がれなかった長谷寺の境内・・・
詳しくご紹介して頂いたことで
拝観した気持ちになれました
有難うございましたm(_ _)m

上の境内にあるお堂や仏像だけでなく
眺めの画像で、グッと行った気分に
なれました〜(≧∇≦)

十一面観音菩薩はなぜ指定がないのでしょうか?
確かに不思議ですね〜

Re: 有難うございました 
> おはようございます!

京都花大黒 店主さん、こんばんは。

> 上がれなかった長谷寺の境内・・・
> 詳しくご紹介して頂いたことで
> 拝観した気持ちになれました
> 有難うございましたm(_ _)m

あんなものでよろしかったでしょうか。それ以上と言われても、今の私には腕前がないので、無理なんですが。

> 上の境内にあるお堂や仏像だけでなく
> 眺めの画像で、グッと行った気分に
> なれました〜(≧∇≦)

ずーっと行くと逗子・葉山・横須賀・三浦と続きます。そう書くと遠そうですが、いずれもちょっと顔を出す程度ですので、健脚は歩いていくことも無理ではないと思います。その三浦市初声(はっせ)に、片割れが打ち上げられたというんです。

> 十一面観音菩薩はなぜ指定がないのでしょうか?
> 確かに不思議ですね〜

まあ、その時代のものではないということなのでしょう。
昔は、文化財の修理などという概念はなかったことでしょう。特に室町時代以降の鎌倉は、もとの田舎町に戻ったことでしょうから、金もないし、見識のある職人もいなかったのでしょう。かなり思い切ってやったのかもしれませんね。そんなこんなで、…。

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