散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

川越ミニ散歩(5)

川越市蔵造り資料館
川越の町が人気を吹き返したのには、市民運動の盛り上がりがあったからのようだ。そのキッカケが、現在は川越市蔵造り資料館になっている『万文』の蔵造り店舗の売却にあった。詳しくは、下記のとおりだ。理由無くして繁栄は無いようだ。なお、月曜日は休館。
川越市蔵造り資料館_1
川越市蔵造り資料館_2
川越市蔵造り資料館_3
川越市蔵造り資料館_4
明治26年(1893年)3月17日の川越大火の直後に建築が始められ同年12月に完工した蔵造りの商家を博物館にしたもの。煙草卸問屋だった小山文造が建てた「万文」(まんぶん)で、小山家は江戸時代から刻み煙草などを製造していた豪商で、明治時代に煙草が専売制度となると「煙草元売捌人」に指定され財を成した。
川越の象徴である蔵造りであるが、蔵造りが文化財であるという文化的な視点は昭和50年代の半ばまでの川越市の行政には全く無く、蔵造りが集中する川越一番街のある埼玉県道39号川越坂戸毛呂山線の道路の拡幅を計画したり、また蔵造りの町並みが虫喰い的に破壊され高層住宅に変わっていっても何ら危機感も対策もなく、そうした市の行政の意識の低さが旧市街地がすさみ斜陽化していた原因であった。今日、川越で蔵造りの家並が残っているのは住民主導の保存運動の賜物である。
昭和47年(1972年)、「万文」の建物が売却され取り壊しの動きが出ると、保存を求める市民運動が澎湃として起こり、川越市の行政のあまりの無策振りに呆れ憤る声が上がった。その結果、はじめて市が動き、川越市の開発公社が土地・建物を取得して「万文」は再生され、昭和52年(1977年)10月に「川越市蔵造り資料館」という啓蒙的な施設に結実したものである。1971年に「大沢家住宅」が国の重要文化財の指定を受けたのと併せ、蔵造りを安易に取り壊して高層マンションにするようなことは川越の自殺行為に等しく決して許されず、行政には歴史的遺構を守る責務があり、「蔵造りは未来に伝えて行かなければならない川越の誇るべき文化遺産である」という意識を市民が共有したエポックメーキングなものとなった。

大沢家住宅
急に雨が強くなってきて、大沢家住宅をパスしてしまった。行きたいと思っても、その日は月曜日で定休日だったようだ。今回は縁がなかった。
ここは、川越の商人が川越大火でも焼け残った蔵造り店舗の凄さを他の店主たちが再認識して、右倣えで作ったというきっかけを作った蔵造り店舗。蔵造り店舗の中では、唯一、国の重要文化財指定を受けている。

free画像を借用
大沢家住宅
大沢家住宅は、埼玉県川越市にある蔵造り建築。明治26年(1893年)の川越大火の焼失を免れた川越最古の蔵造りで、現存する関東地方最古の蔵造りでもある。国の重要文化財の指定を受けている。現在の屋号から「小松屋」とも呼ばれている。
菓子屋横丁
大沢家住宅と同様に、月曜日はお休みにしている店が多かったようだ。どうしても駄菓子を食べたかったわけではなく、見物したかっただけなのだが。ごく一部の店しか開いておらず残念だ。結構情報を得ている人が多いようで、雨の日にのこのこやって来て、天を仰ぐ人は少ない感じだった。
菓子屋横丁_1
菓子屋横丁_2
菓子屋横丁_3
菓子屋横丁_4
菓子屋横丁_5
菓子屋横丁_6
養寿院
相当雨脚が強くなってきた。古刹の素晴らしさが十分に感じられるのだが、これ以上粘るとカメラとレンズとが使えなくなってしまう。残念だ。
養寿院_1
養寿院_2
以下2点はfree画像を借用
養寿院_3
養寿院_4
寛元(1244年)、河越氏の当主・河越経重が開基となり、大阿闍梨円慶法師が開いた寺。密教の古道場であったが、天文4年(1535年)に天台宗から曹洞宗に改められた。徳川家康の関東入国の際に、家康から御朱印十石を賜った。家康は鷹狩りで立ち寄っている。
本堂には河越氏が京都東山新日吉山王社に寄進した文応元年(1260年)銘の銅鐘(国の重要文化財工芸品)が保存されている。鐘には「武蔵国河肥庄新日吉山王宮」と「河肥」の文字があり、歴史的に貴重なものである。
墓地内には河越太郎重頼の墓があり、寺には岩手県雲際寺にある源義経と重頼の娘である正室の位牌の写しが安置されている。また江戸時代に河越藩主・秋元喬知に仕えた名家老・岩田彦助の墓もある。


以上で『川越ミニ散歩』シリーズは終了です。最後までご覧頂き有難うございました。

Comments

こんばんは! 
AzTakさん、こんばんは!
雨の川越、お疲れ様でした!
本当に丁寧に回られてのアップに感心させられました。
私なんか行ったことがあると言っても
うわべだけの撮影でお終いでした 汗)
キチンと事前準備が必要ですね!
今回は珍しく喜多院には行かなかったのですか?
AzTakさん 
こんにちは
何処でもそうかもしれませんが、行政が最初になって保存することは無いようですね。
民間の後追いであるにもかかわらず、いつの間にか先頭になっているようです。
なんてったって権限と補助金を握っていますからねえ
それでもこれだけ残っているのは大したもんです。
こんばんは 
雨の降る石畳の道と古い建物の調和が落ち着いたムードで心が安らぐような気がします。
都会の煌びやかな印象とはずいぶん違いますが日本の良さのようなものが感じられますわ。
Re: こんばんは! 
> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、こんばんは。

> 雨の川越、お疲れ様でした!
> 本当に丁寧に回られてのアップに感心させられました。
> 私なんか行ったことがあると言っても
> うわべだけの撮影でお終いでした 汗)
> キチンと事前準備が必要ですね!

今回も何も調べずに行ったので、やっぱり見落としがありました。今回は雨が振りそうな予感があったので、とにかく早く回らなければと気ばかり焦りました。

> 今回は珍しく喜多院には行かなかったのですか?

既に全身ビショビショ。リュックも防水スプレーをかけてなかったので、ビショビショ。これではカメラとレンズとが使い物にならなくなってしまうと判断し、その先は断念してしまいました。
雨が降らなくても、足腰が問題を起こしたかもしれません。
考えて見れば、それから雨が降り止むこと無く、あの大水害につながりまってしまいましたから、諦め時だったのかもしれません。
Re: AzTakさん 
> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 何処でもそうかもしれませんが、行政が最初になって保存することは無いようですね。
> 民間の後追いであるにもかかわらず、いつの間にか先頭になっているようです。
> なんてったって権限と補助金を握っていますからねえ
> それでもこれだけ残っているのは大したもんです。

もともとが凄い土地でしたから、少々文化的な財産が散逸しても、余裕があったのでしょう。うまい具合に観光ブームに火がついて、よかったですね。
しかし、川越という街はなんと数奇な運命の街だったんでしょうね。東京から離れてもいない都市なのに、戦災に遭わなかったとは。この文化財を壊してはいけないという天の意志があったのでしょうか。
Re: こんばんは 
めぐるさん、こんばんは。

> 雨の降る石畳の道と古い建物の調和が落ち着いたムードで心が安らぐような気がします。
> 都会の煌びやかな印象とはずいぶん違いますが日本の良さのようなものが感じられますわ。

川越は埼玉県でも結構な都市なんですが、それでも他と違って江戸情緒たっぷりですね。間違っても、小京都ではない。そこのところが、粋なのかもしれません。

PS.お近くのだんじりで死者が出てしまったようですね。何ともいたましいことです。今後は、何とか安全に行いたいものですね。
そうでしたか~ 
今の川越の繁盛・繁栄には、地元の皆さんの並々ならぬ努力があったのですね。そういう出来事を知って川越を望むと、また違った風景に思えます。次に訪れる日が楽しみです。
おばんですAzTakさん、いつもありがとうございます、またお邪魔します。
Re: そうでしたか~ 
kozoh55さん、おばんです。

> 今の川越の繁盛・繁栄には、地元の皆さんの並々ならぬ努力があったのですね。そういう出来事を知って川越を望むと、また違った風景に思えます。次に訪れる日が楽しみです。
> おばんですAzTakさん、いつもありがとうございます、またお邪魔します。

川越も良い時ばかりでなく、かなり焦った時期もあったようです。ですが、決定的にダメに成ってしまう前に、何か手が打てた。そこが幸いしているのでしょうか。なかなかないことですね。

Body

« »

08 2017
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
メッセージボードα
Information from AzTak

8月7日(月)は、早朝から長時間外出のため、私からのアクセスは遅れます。大変申し訳ありません。m(_ _)m

-- E N D --
.
.
プロフィール

AzTak

Author:AzTak
FC2ブログへようこそ!

定年後の時間たっぷりの輩です。写真撮影やプログラミングが趣味です。

当ブログは、リンクフリーです。

最新コメント
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
QRコード
QR