散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

何度目かの川崎市立日本民家園(12)

(20)船越の舞台(ふなこしのぶたい)
ここは、この日本民家園の敷地の一番高いところにあり、すぐ下の展示家屋のところから、長い階段道をえっちらおっちら上らなくてはならない。疲れた脚には意外に堪える。でも、頑張って行くだけの価値はあると思う。
外観
外観_1
建物正面舞台の様子
回り舞台になっているのがわかる。夜の公演は強力な照明がなかった時には難しかったのかなあ。
それにしてもこんな大掛かりな仕掛けを作るとは、昔の農村や漁村は力があったのだろうか

建物正面舞台の様子_1
建物正面舞台の様子_2
建物正面舞台の様子_3
建物正面舞台の様子_4
建物正面舞台の様子_5
建物正面舞台の様子_6
建物地下の奈落
腰を屈めて、頭をごツンとぶつけないように注意が必要
建物地下の奈落_1
建物地下の奈落_2
建物地下の奈落_3
建物地下の奈落_4
建物地下の奈落_5
建物地下の奈落_6
この坂を上っていくのだ
この先が急勾配で、闇休み上り降りする人が目立つ。ムリしないほうが良いのにと思いながらも軽く会釈してすれ違う。
この坂を上っていくのだ
重要有形民俗文化財
旧所在地:三重県志摩市大王町船越
建物区分:歌舞伎舞台
構造形式:正面入母屋造、背面切妻造、桟瓦葺、一部二階、桁行9.1m,梁行10.8m/側面出語付、桟瓦葺/背面庇付、桟瓦葺、桁行10.8m、梁行2.7m/側面楽屋付、切妻造、桟瓦葺、桁行5.3m、梁行7.3m
建築年代:安政四年(1857)、墨書

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回り舞台を備えた漁村の歌舞伎舞台
この舞台は、もと志摩半島の漁村の神社境内にありました。建てられたのは江戸時代末期の安政四年(1857年)です。
屋根は正面が入母屋造、大棟(おおむね)には凝った鬼瓦を配しています。これに対し背面は切妻造で、鬼瓦も小さく単純です。こうした外観は、正面性を重視する舞台建築の性格をよくあらわしています。なお、鬼瓦や軒先瓦につく「若」の字は、舞台建築に若者組という伝統的青年組織が関わったことを記念するものです。
舞台両側の張出し部は出語りといい、上手(正面に向かって右側)は芝居の語り手の席、下手は寄付金を扱う会計係の席です。
舞台装置としては、直径三間(5.4m)の回り舞台、スッポン(せり上がり)のある花道、高所作業用の簀子(すのこ)等、歌舞伎芝居のために必要なものはほとんど備えています。
見どころポイント!
瓦の「若」の文字は、舞台の建築に若者組が関わったことを示しています。
建物地下の奈落は、回り舞台を回すための空間です。

Comments

おはようございます 
歌舞伎の舞台の為にこんな装置がつくられていたのですね。昔の人々は歌舞伎を愛していたのでしょう。奈落の天井からぶら下がっている数本の丸太を同じ方向に押して舞台を回すのだと思いますが、かなりの力仕事におもいます。
 
ものすごい仕掛けですね。
回り舞台なのですね。
確か四国の方にも歌舞伎座があってこんな舞台があったような・・・もっとも民家ではないですけど・・・
歌舞伎はどこでも愛されていたのですかね。
AzTakさん 
こんにちは
歌舞伎舞台(小屋)は何処でも同じような形のようですね。
こちらにも大鹿歌舞伎を始め幾つか小屋が有りますが、大小の差はあれ内容はほぼ同じです。
この船越の舞台も、二階(屋根裏部屋)が楽屋兼化粧室になっているんじゃないでしょうか?
 
AzTakさま こんにちは

回り舞台は、以前もご紹介していただいたように思いますが、何処の回り舞台も大体同じような作りなのでしょうね。
安政四年に建築されたようですが、当時このような仕掛けを作る知識と技術が、農村や漁村にまであったとは驚きです。
地下の奈落の様子を見ると大きな丸太が何本も並んでおり、これを使って人力で回転させたのですから、凄い腕力だったのでしょうね。
金比羅芝居小屋だったと思いますが、奈落の仕掛けを見たような気がしております。
Re: おはようございます 
めぐるさん、こんばんは。

> 歌舞伎の舞台の為にこんな装置がつくられていたのですね。昔の人々は歌舞伎を愛していたのでしょう。

ある程度裕福な村だったのでしょうね。江戸時代は基本的に土地に縛られた一生だったでしょうから、こういう娯楽に飢えていたのかもしれませんね。

> 奈落の天井からぶら下がっている数本の丸太を同じ方向に押して舞台を回すのだと思いますが、かなりの力仕事におもいます。

ベアリングなどがないでしょうからかなり重いのでしょうね。私などは専ら、これをやらされそうです。
Re: タイトルなし 
cobo-feさん、こんばんは。

> ものすごい仕掛けですね。
> 回り舞台なのですね。
> 確か四国の方にも歌舞伎座があってこんな舞台があったような・・・もっとも民家ではないですけど・・・
> 歌舞伎はどこでも愛されていたのですかね。

旧金毘羅大芝居「金丸座」ですね。凄く良い舞台のようですね。あちらは今でも、本物の歌舞伎が催されます。愚妻も何度か行っています。
こちらは、いわゆる農村歌舞伎、漁村歌舞伎というものでしょうね。ものすごい楽しみだったのではないかと思います。
Re: AzTakさん 
> こんにちは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 歌舞伎舞台(小屋)は何処でも同じような形のようですね。
> こちらにも大鹿歌舞伎を始め幾つか小屋が有りますが、大小の差はあれ内容はほぼ同じです。
> この船越の舞台も、二階(屋根裏部屋)が楽屋兼化粧室になっているんじゃないでしょうか?

そうかもしれませんね。誰かが江戸や上方に行って仕入れてきた歌舞伎を、皆で猛特訓して披露したんでしょうね。
Re: タイトルなし 
> AzTakさま こんにちは

花さか爺サン様、こんばんは。

> 回り舞台は、以前もご紹介していただいたように思いますが、何処の回り舞台も大体同じような作りなのでしょうね。
> 安政四年に建築されたようですが、当時このような仕掛けを作る知識と技術が、農村や漁村にまであったとは驚きです。

多分、大同小異なのでしょうね。見よう見まねで小屋を作っていったのでしょう。

> 地下の奈落の様子を見ると大きな丸太が何本も並んでおり、これを使って人力で回転させたのですから、凄い腕力だったのでしょうね。

大変だったことでしょうね。今と違って、ガテン系の人だらけだったでしょうから、何とかなったのかもしれませんね。

> 金比羅芝居小屋だったと思いますが、奈落の仕掛けを見たような気がしております。

あそこのものは、回るだけでなく、いろいろな仕掛けがあるようで、プロの作った舞台装置なんでしょうね。
こちらは、お手製の舞台装置だと思います。

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