散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

何度目かの川崎市立日本民家園(11)

(18)蚕影山祠堂(こかげさんしどう)《神奈川の村》
現代の間隔からすれば、この辺りでも昔は養蚕が行われていたのかと驚くほど。尤も、今でこそ小田急線で新宿からわずかの時間で行けるところだが、そんな便利な交通手段が存在しない昔は、近郊とは言いがたいほど、江戸とは距離があった。純然たる農村だったのだろう。
そこでは養蚕は大事な家業だったと思われる。うまくいくようにお願いしたのは当然のことだろう。

覆堂
蚕影山祠堂_1
蚕影山祠堂_2
内部の宮殿の様子
蚕影山祠堂_3
内部の宮殿の両側面には養蚕の神様である金色姫の苦難の物語、獅子・鷹・舟・庭の4場面が彫刻されているそうだ。覆堂の中に入り込んで写真を撮るのは憚られたので、彫刻の存在を確認できなかった仕方がないので、FREEの画像を借用。
「鷹」の場面
「鷹」の場面
「舟」の場面
「舟」の場面
芝棟
蚕影山祠堂_4
芝棟の二重奏
蚕影山祠堂_5

川崎市重要歴史記念物
旧所在地:神奈川県川崎市麻生区岡上 東光院内
建物区分:宮殿および覆堂
構造形式:宮殿=一間社春日造、向唐破風造、こけら葺
  覆堂=正面入母屋造、背面寄棟造、茅葺、桁行4.6m、梁行2.7m
建築年代:文久三年(1863)、宮殿棟札

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養蚕信仰を今に伝えるお堂
この建物は川崎市麻生区の東光院境内にあったもので、養蚕の神「蚕影山大権現(こかげさんだいごんげん)」を祭った宮殿(くうでん)と、その覆堂(さやどう)から成っています。覆堂の茅葺屋根は、頂上を土と草で固める芝棟で、春にはイチハツが咲き誇ります。宮殿は正面に唐破風(からはふ)を設けた春日造風の社で、浮き彫りの彫刻を施しているのが特徴です。
中でも注目に値するのは、金色姫(こんじきひめ)伝説を表現した側面の彫刻です。金色姫は天竺(てんじく、現在のインド)に生まれ、四度の大苦難ののち、馬鳴菩薩(めみょうぼさつ)の化身として日本に養蚕を伝えたといいます。この 彫刻は養蚕の起源を説くもので、四度の大苦難は蚕の四回の休眠(食事をせず動かなくなる脱皮前の時期)を象徴しています。
見どころポイント!
内部の宮殿の両側面には養蚕の神様である金色姫の苦難の物語、獅子・鷹・舟・庭の4場面が彫刻されています。
屋根にはイチハツという花が植えてあり、5月には花が咲きます。


(19)岩澤家住宅(いわさわけじゅうたく)《神奈川の村》
此処は床上げ公開でなかったので、屋内を詳しく見学することが出来なかった。残念。
これだけふんだんに竹を使用しているのであれば、丹沢山の近く(宮ヶ瀬湖のある神奈川県で唯一の村)だし、当然、竹簀子床かと思うが、そうではなかった。その辺の事情はよくわからない。山奥なので、材木も売るほどあったということかもしれない。

外観
此処も外壁材として竹を使用している。いつまでも工事をしていると思ったら、こんな目障りな支え棒を施していた。大丈夫なのかなあ。
格子を設えてあるのはイノシシなどが入ってこないように防御したものだろうか。

岩澤家住宅_1
屋内
岩澤家住宅_2
岩澤家住宅_3
岩澤家住宅_4
岩澤家住宅_5
岩澤家住宅_6
岩澤家住宅_7
岩澤家住宅_8
神奈川県指定重要文化財
旧所在地:神奈川県愛甲郡清川村煤ヶ谷
建物区分:農家(名主の家)
構造形式:入母屋造、茅葺、桁行14.5m、梁行7.3m
建築年代:17世紀末期

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茶畑に囲まれた山間の農家
この建物は、名主もつとめた農家の家でした。谷間の斜面に敷地をひらき、江戸時代は炭焼きを中心に、焼畑農業や林業を仕事にしていました。
屋根は、典型的な入母屋造です。間取りは、「ザシキ(居間)」「デエ(座敷)」「ヘヤ(寝室)」からなる広間型三間取りです。しかし、園内に移築された他の神奈川県内の古民家には見られない特徴がいくつかあります。まず、デエの正面を半間後退させ、ここにザシキへの出入口を設けています。また、デエには押板(おしいた、床の間の前身)を備え、ヘヤにはザシキからだけでなくデエからも出入りできるようになっています。
見どころポイント!
デエにある押板(おしいた)は床の間の前進といわれ、古い家の特徴の一つです。
入口右手の道具は「ホイロ」といい、お茶作りに使います。

Comments

 
おはようございます
都会からすぐのところに残っているのですね
農家の姿がそのまま残っていてタイムスリップしたようです
 
養蚕もあちこちで行われていたのですね民家の屋根裏の造りがどちらの地域もよく似ています。授受に建築方法が広がっていったのでしょうか。
それに現在の交通網のすごさは一度昔の人に見せてあげたいくらいですね(^^;。
 
こんにちは
養蚕の盛んな土地柄だったようですね。
覆堂が建築され、内部には宮殿が設えられて、養蚕の神様である金色姫が祀られ、手厚く崇められていたようですね。
今では交通機関の発達により、当時では想像もできない大都会に発展していることでしょう。
AzTakさん 
こんばんは
こちらで養蚕はホンの数件しか行ってはいないと思います。
絹織物も細々と行ってはいますが、世界一細い絹糸を紡ぎ世界一薄い絹織物を織っているようですが、残念ながら見たことは有りません。
富岡製糸工状などが世界遺産になったというのに不勉強です。
反省。
こんにちは 
養蚕は昔の農家にとっては大事な副業だったのでしょうね。
そんなお家には繭玉を蒸かすためのせいろや機織り機も見かけますが、とてもよく働いたのかと想像しています。
ぼんやりとですが・・・「生活」の原点というものを考えさせられます。
 
こんにちは。
これまた見事なショットの連発ですね。水平垂直もきっちり出ていて、拝見していて非常に気持ちがいいです。
わたしのような者がこうんなことを言っては非常に失礼に当たるかも知れませんが、敢えてお伝えしたいのは
昨年とは比べものにならないほど写真の腕前を上げられたなぁ.......と感じ入っております。
それから、いつも拙写真にコメントを頂戴して誠にありがとうございます。
今日の奴は、1枚目が AM 4:50、2枚目は PM 8:00 に撮ったものでして、
同じ港の朝と夜の有様を対比させてみたものです。ちなみに2枚目はレタッチは一切しておらず
見たまま、有りのままの色です。真っ赤な海面でした.....
こんばんは 
お蚕さま、と様で呼びたくなるほど、日々の暮らしを支えてくれる有難い自然の営み。神様のお遣いのように思えただろうことはとてもよく理解できます。工業化が進んで養蚕業は衰退しましたが、ときに、こういう歴史の足跡を振り返ることは大事だなあと思います。
Re: タイトルなし 
> おはようございます

SONOPHOTOさん、こんばんは。

> 都会からすぐのところに残っているのですね
> 農家の姿がそのまま残っていてタイムスリップしたようです

今保存されている場所は、蚕影山祠堂も岩澤家住宅も、どちらも川崎市の端っことはいえ、平成の大合併でお情けで併合してもらったところではない、堂々たる大都市の一部です。ただし、郊外なので、緑豊かな場所です。
元あった場所は、蚕影山祠堂の場合はすぐ近くで、この辺りでも昔は養蚕などが盛んに行われていたとは知らない人も少なく無いと思います。
岩澤家住宅の方は、かなり山奥のところです。バードウォッチングなどが盛んに行われる場所です。他の純農村という感じの住宅に比して、山村の住宅という感じが強いように思います。神奈川県にもそういう土地があったんですね。

流石にどちらも今は普通に見られるものではなく、タイムスリップした感じそのものですね。
Re: タイトルなし 
cobo-feさん、こんばんは。

> 養蚕もあちこちで行われていたのですね。民家の屋根裏の造りがどちらの地域もよく似ています。徐々に建築方法が広がっていったのでしょうか。

本当にあちこちで行われていたんですね。昔は渋谷だって、『春の小川』に歌われるような純農村でしたから。お蚕さんが行われていても不思議はなかったと思います。

> それに現在の交通網のすごさは一度昔の人に見せてあげたいくらいですね(^^;。

びっくりすることでしょうね。首都圏は拡大する一方ですよね。それに伴い、純農村は瞬く間に姿を消しましたね。
こんばんは 
関東にこのような古民家が残っているなんて
凄いですね~~
子供の頃から関東と言えば 大都会 と言うイメージでした^^
保存されている方々の努力に敬意を表したいです^^
Re: タイトルなし 
> こんにちは

花さか爺サンさま、こんばんは。

> 養蚕の盛んな土地柄だったようですね。
> 覆堂が建築され、内部には宮殿が設えられて、養蚕の神様である金色姫が祀られ、手厚く崇められていたようですね。
> 今では交通機関の発達により、当時では想像もできない大都会に発展していることでしょう。

昔は、お金になるものといえば、おコメと絹糸だったんでしょう。家計を豊かにすべく、必死になって、養蚕に取り組んでいたんだと思います。そのお蚕様が死んじゃったりしないよう、必死に神頼みもしたのでしょう。
いま、そこの住民に蚕のことを聞いても殆どだれも知らないと思います。
Re: AzTakさん 
> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> こちらで養蚕はホンの数件しか行ってはいないと思います。
> 絹織物も細々と行ってはいますが、世界一細い絹糸を紡ぎ世界一薄い絹織物を織っているようですが、残念ながら見たことは有りません。
> 富岡製糸工場などが世界遺産になったというのに不勉強です。
> 反省。


そうですか。心象でも細々くらいですか。
実は福島県に川俣町という町があります。そこの特産品である川俣シルクは世界的にも有名なようですよ。
風評被害に苦しむ福島県にあって、いち早く立ち直った稀有の町です。技術があるところは強いものですね。
Re: こんにちは 
めぐるさん、こんばんは。

> 養蚕は昔の農家にとっては大事な副業だったのでしょうね。

それは間違いなくそうだったと思います。

> そんなお家には繭玉を蒸かすためのせいろや機織り機も見かけますが、とてもよく働いたのかと想像しています。
> ぼんやりとですが・・・「生活」の原点というものを考えさせられます。

製糸工場などが出来てからは、餅は餅屋に任せるようになっていったと思います。江戸時代はそういう便利な存在はなく、ある程度以上、自分たちで、その先もやらなくてはいけなかったのでしょうかね。糸を紡いで、機織りまで。本当に朝から晩まで働き詰めだったんですね。
Re: タイトルなし 
> こんにちは。

なかまちさん、こんばんは。

> これまた見事なショットの連発ですね。水平垂直もきっちり出ていて、拝見していて非常に気持ちがいいです。
> わたしのような者がこうんなことを言っては非常に失礼に当たるかも知れませんが、敢えてお伝えしたいのは
> 昨年とは比べものにならないほど写真の腕前を上げられたなぁ.......と感じ入っております。

有り難いお言葉、有難うございます。見られていると思うと、いい加減に取れないなと思う気持ちが少しは出てきたのかもしれませんね。

> それから、いつも拙写真にコメントを頂戴して誠にありがとうございます。
> 今日の奴は、1枚目が AM 4:50、2枚目は PM 8:00 に撮ったものでして、
> 同じ港の朝と夜の有様を対比させてみたものです。ちなみに2枚目はレタッチは一切しておらず
> 見たまま、有りのままの色です。真っ赤な海面でした.....

そうですか。二枚目は夜の光景でしたか。その血の色のような真っ赤な海面を見てみたいものです。感動のあまりポカーンとしてしまうかもしれませんね。
我が田舎は確かに海から日が昇るのですが、沈む先は山の中と決まっていて、夜になる時の海を見たことなどありませんでした。地形によっては、日の出も日の入りもともに海からというところもあるんですねえ。羨ましい限りです。
Re: こんばんは 
HARUさん、こんばんは。

> お蚕さま、と様で呼びたくなるほど、日々の暮らしを支えてくれる有難い自然の営み。神様のお遣いのように思えただろうことはとてもよく理解できます。工業化が進んで養蚕業は衰退しましたが、ときに、こういう歴史の足跡を振り返ることは大事だなあと思います。

本当にお蚕様ですよね。囲炉裏から立ち上がる暖気が籠もった煙で、お蚕様は寒さを感じずにすくすく育っていったのかも知れませんね。大事にもしていたでしょうし、神にもお願いもしたのでしょうね。
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 関東にこのような古民家が残っているなんて
> 凄いですね~~
> 子供の頃から関東と言えば 大都会 と言うイメージでした^^
> 保存されている方々の努力に敬意を表したいです^^

そうですね。昔は、渋谷にもロープウェイがあった時代もあったんですよ。戦後のごく短い時期だったようですが、…。
http://matome.naver.jp/odai/2140853511975766701
いつの間にか古いものは殆ど姿を消してしまいましたね。

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