散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

葉山と浦賀(2)

葉山(1)
新逗子駅から葉山を目指し、歩き始める。この日は快晴なのだが、富士山は全く見えず。無風なのが災いしたようだ。富士山が見えないことは行く前から覚悟してはいたが、それでも悔しい。
田越川
きれいな川で、私の大好きな川だ
田越川_1
田越川_2
六代御前の墓
六代御前は鎌倉ではなく逗子で処刑されたのか。この辺りは、血なまぐさい話とは無縁の高級住宅地なのだが、当時は、名越切通しの外側の郊外だったのだろう。清盛の曾孫まで処刑しなくても良かったのではないかと思うのだが、頼朝は弟も追い出したような人物だったから、…。六代の死により、清盛の嫡流は完全に断絶したことになったようだ。平氏は平正盛から数え始めるのか、知らなかった。(^_^;)
六代御前の墓_1
六代御前の墓_2
六代御前の墓_3
六代御前の墓_4
六代御前の墓_5
六代御前の墓_6
六代御前の墓_7
六代御前の墓_8
六代御前[平六代(高清)]は、平維盛の子で平清盛の曾孫にあたる。
六代は、壇ノ浦の合戦後、源頼朝に命じられて平氏残党の探索をしていた北条時政によって捕らえられるが、文覚の助命嘆願によって助けられた。その後、出家して「妙覚」と名乗っていたという。
しかし、頼朝が亡くなり、文覚が「三左衛門事件」で流罪となると、六代も捕らえられ、1199年(正治元年)、田越川で処刑されたという。

 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
六代という名は平正盛から数えて六代目に由来するという。
正盛→忠盛→清盛→重盛→維盛→六代御前


さらに、葉山に向けて歩き続ける。すると途中にこんなものがあった。

六十六部供養塔
神武寺の境内にも六十六部供養塔があった。ここにも残っているようだ。至近距離とはいえ、あちらは山の中。残っていてもおかしくはないが、こちらは住宅地。よくぞ残っていたものだと思う。
六十六部供養塔
富士見橋と渚マリーナ
名前の通りこの橋から富士山がくっきりはっきり見えるのだろう。見えたらよかったのだが。
そして、こんな海からは少し引っ込んだところにマリーナがあるんだ。どうやって水に浮かべるのかと思ったが、田越川から出すようだ。なるほどねえ。利用料金をチェックしてみたが、予想通り相当な額なんだ。

富士見橋と渚マリーナ_1
富士見橋と渚マリーナ_2
富士見橋と渚マリーナ_3
此処で、クレーンを使用して吊り降ろしたり、吊り上げたりするようだ。海は左側でヨットは不可のようだ。
富士見橋と渚マリーナ_4

Comments

おはようございます 
関東の事は何一つ知らない関西人ですが、葉山といえばたしか御用邸のあるところだったという記憶があります。案外庶民的な街のように見えますね。
おはようございます! 
葉山は一度行ったことあります、大和市在住のおりに・・・。
いつもの撮影のカメラと違うみたいですが~? ハイライトの飛びが少ないので。
AzTakさん 
おはようございます
街中に六十六部供養塔、連綿とよく守っていましたね。
源氏、平家の関係なく弔ったんでしょうか。
平将門みたいな事も有ったんでしょうか?
ヨット、海辺までどのくらいか知りませんが、港はもう満杯なんですかね。
 
関西の山奥や四国には、真偽の程は別として”平家の落人”なる呼称ついている場所が、が結構在ります。
あちこちに散ったのでしょうね。
戦国時代の先駆けでしょうか・・・
そこまでしなくても・・・・は、徳川の時代にもあったような気がします(^.^)
平家落人伝承 
維盛はよく行く山郷に維盛塚があって、悲劇伝承が残っていますので身近な人物に思えますが、その子の行く末までは、知りませんでした。徹底したのですね。平氏が源氏に施した情の轍を踏まずですね。そんな頼朝でさえ、前回記事で紹介された墓碑の質素さ。あれも驚きでしたが、維盛の嫡子が源氏のおひざ元で処刑されたというのも悲劇ですね。
こんばんは 
関東には余り詳しくない僕ですが
葉山には御用邸があると言う事は知っています^^
静かな所なんでしょうね~~~
Re: おはようございます 
Meguruさん、こんばんは。

> 関東の事は何一つ知らない関西人ですが、葉山といえばたしか御用邸のあるところだったという記憶があります。案外庶民的な街のように見えますね。

葉山町は確かに御用邸のある街です。天皇陛下がご滞在になられることがあります。御用邸があることの他に、三浦半島の西岸ですから、富士山がよく見えたり、目の前の相模湾、対岸の伊豆半島が見えます。そして、海の沈むようにみえる日の入りの素晴らしさ。…何をとっても素晴らしいところです。
間違いなく高級住宅地になっていると思います。但し、鉄道は逗子からです。夏場は行楽客で道が混み、普通のサラリーマンには通勤が大変かもしれません。それなので、それほど地価は高くないかもしれません。

加えて申し訳ないのですが、今回分取り上げた分は、葉山町との境界線近くの逗子市側になります。こちらも相当な住宅地なんですよ。ですが、逗子市は鎌倉市とは違って、案外開放的な街に見えるのかもしれません。
そうそう逗子市には慎太郎と裕次郎の兄弟が住んでいたのでした。あちらの方は、間違いなく超高級住宅地です。

Re: おはようございます! 
kazさん、こんばんは。

> 葉山は一度行ったことあります、大和市在住のおりに・・・。

そうですか。できることなら海辺の辺りがいいですね。奥の方に行くと、葉山牛などというブランド牛を飼っている半分農村のようなところもあります。
私は横須賀に住んでいた頃は、近くだったので、ドライブして回りました。

> いつもの撮影のカメラと違うみたいですが~? ハイライトの飛びが少ないので。

ははは、そうですか。もしかしたら、フィルタを装着したからかもしれませんね。
こういう時には威力を発揮するようですが、夜間撮影時に外すのを忘れて、四苦八苦していたりします。かなりの慌てん坊なんです。(^_^;)
Re: AzTakさん 
> おはようございます

のんびり熊さん、こんばんは。

> 街中に六十六部供養塔、連綿とよく守っていましたね。
> 源氏、平家の関係なく弔ったんでしょうか。
> 平将門みたいな事も有ったんでしょうか?

よくわかりませんが、鎌倉が世界遺産に登録してもらおうと思ったのに、拒否されたのは、当時の物がほとんど残っていないからなんだそうですよ。それもそのはず、鎌倉幕府が倒れた後、里見水軍が火をつけて回った。そんなこんなで、鎌倉には見るべきものが残っていないようです。
この辺が縄張りの後北条がたまらんとばかりに浦賀城を作って里見水軍を牽制しました。天下を取った家康がちゃっかりと使いやすい浦賀を積極利用したというような歴史があったようです。
鎌倉時代の途中からは、平氏はおろか源氏も影が薄くなってしまったようです。

> ヨット、海辺までどのくらいか知りませんが、港はもう満杯なんですかね。

あの渚マリーナは特殊なようで、田越川の不法繋留対策で作られたようです。海まで田越川伝いに100m弱でしょうか。ヨットは通行できません。
湘南のマリーナはめちゃ高いというのは定評のようです。どこも満杯なのでしょうね。
Re: タイトルなし 
cobo-feさん、こんばんは。

> 関西の山奥や四国には、真偽の程は別として”平家の落人”なる呼称ついている場所が、が結構在ります。
> あちこちに散ったのでしょうね。

関東でも各地にあります。こんなに山奥と思うようなところに逃げ込んだようです。源氏の追手が怖かったのでしょうね。

> 戦国時代の先駆けでしょうか・・・

源氏も北条に乗っ取られ、その北条も倒され、何がなんだかわからない時代に突入していったようですね。

> そこまでしなくても・・・・は、徳川の時代にもあったような気がします(^.^)

徳川は、見せしめが上手かったのでしょうね。自分たち以上の存在を許さない。問題の有りそうな存在は徹底して潰したようです。キリシタンもその対象になりました。明治の初期になっても、大隈重信が首謀者になって、キリシタン粛清を行いましたね。
Re: 平家落人伝承 
HARUさん、こんばんは。

> 維盛はよく行く山郷に維盛塚があって、悲劇伝承が残っていますので身近な人物に思えますが、その子の行く末までは、知りませんでした。徹底したのですね。平氏が源氏に施した情の轍を踏まずですね。そんな頼朝でさえ、前回記事で紹介された墓碑の質素さ。あれも驚きでしたが、維盛の嫡子が源氏のおひざ元で処刑されたというのも悲劇ですね。

徹底的に粛清しちゃうなんて、どう考えてもやり過ぎですよね。頼朝は、多くの人の怨念に苛まれ、永福寺にも怖くていけなかったようです。落馬による怪我が死因だとされているようですが、それさえ、はっきりしない感じです。相当な恨みを買っていたことなんでしょうね。
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 関東には余り詳しくない僕ですが
> 葉山には御用邸があると言う事は知っています^^
> 静かな所なんでしょうね~~~

静かといえば静かですが、ヨットのメッカで、大学の艇庫が集中していたりします。
瀟洒なレストランも多く、雰囲気で酔わせて…という向きにはうってつけのところかもしれません。
こんばんは! 
AzTakさん、こんばんは!
葉山ですか! 葉山御用邸のイメージでしか知らない土地です 汗)
流石高級住宅街を流れる川ですからキレイですね!
近くの日本一汚い川となったこともある綾瀬川とは大違い♪
平家の直系嫡流最後の六代のお墓ですね♪
平家の全盛期気に生を受け、一旦、助命されたのに文覚に連座とは
何とも痛ましいですね!
Re: こんばんは! 
> AzTakさん、こんばんは!

makiraさん、こんばんは。

> 葉山ですか! 葉山御用邸のイメージでしか知らない土地です 汗)
> 流石高級住宅街を流れる川ですからキレイですね!

流れが短いので、汚れるような場所がないのでしょうね。

> 近くの日本一汚い川となったこともある綾瀬川とは大違い♪

我が家の傍を流れる呑川も同様かも。

> 平家の直系嫡流最後の六代のお墓ですね♪
> 平家の全盛期気に生を受け、一旦、助命されたのに文覚に連座とは
> 何とも痛ましいですね!

痛ましい話ですが、もともと助命に動いたのは文覚上人でしたから、仕方がなかったのかもしれません。
葉山で 
ゆったりとした時間を過ごされたのですね。
おはようございます、AzTakさん、いつもありがとうございます。美しい風景が続くこのこの街にあっても、悲劇の物語が伝え残されていて、辛く悲しい六代御前の当時の無念な表情、姿に思いをはせたりしました。源頼朝はやはり『鎌倉殿』と呼ばれる方だったのですね。またお邪魔します。
Re: 葉山で 
kozoh55さん、こんばんは。

> ゆったりとした時間を過ごされたのですね。
> おはようございます、AzTakさん、いつもありがとうございます。美しい風景が続くこのこの街にあっても、悲劇の物語が伝え残されていて、辛く悲しい六代御前の当時の無念な表情、姿に思いをはせたりしました。源頼朝はやはり『鎌倉殿』と呼ばれる方だったのですね。またお邪魔します。

もう敵対するだけの勢力を失った平氏を執拗なまで追い詰めるとは、相当に粘着質の人物だったのかと思います。血祭りにされた六代御前も、覚悟はあったことではあるでしょうが、本当に気の毒なことですね。

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