散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

釈迦堂口切通~瑞泉寺~頼朝の墓~宝戒寺(1)

釈迦堂口切通
釈迦堂口切通通行止めになったままだと聞いてはいたが、どうしても釈迦堂口切通を見たいという気持ちが抑えられなかった。行けるところまで行ってみようと思った。
この辺りの案内図
この辺りの案内図
釈迦堂切通しは、鎌倉時代の面影を良く伝えてくれる切通しである。切通しとい言うより洞門の様である。谷戸の名は鎌倉幕府三代執権・北条泰時が父・二代執権北条義時の霊を慰め様と釈迦堂を建立した事による。この切通しは大町方面に通じる。この切通しは鎌倉の外の地域とを結ぶ切通しではないため鎌倉七切通し(七口)には数えられてはいない。釈迦堂は洞門の北側入り口の西方にあったといわれ、字名が釈迦堂として残っている。一帯は北条時政の屋敷跡である。
今回は杉本寺前でバスを下りた。乗り物になったのはこの時だけ、それ以降は全て歩いて回った。
歩き出し
滑川が大きく蛇行している。この流れに沿って暫く歩く。
歩き出し_1
歩き出し_2
歩き出し_3
上杉朝宗及氏憲邸阯
まあ、邸宅跡と言われても何があるわけでもなし。そんなものかと思う程度だ。
大御堂橋から左に折れて、直進すると上杉朝宗及氏憲邸跡の鎌倉青年会の碑がたっている。このあたりが上杉朝宗及氏憲邸があったところと考えられる。上杉朝宗(ともむね)は憲藤の子で鎌倉公方の足利氏満、満兼の二代に渡って執事として仕え、犬懸上杉家の祖となった。その子の氏憲も執事となり、出家して禅秀と名乗った。しかし、主君の足利持氏が執事を上杉憲基に譲るようにしたことから、持氏と対立するようになり、ついに応永二十三年(1416)に反乱をおこす。当初、禅秀には持氏に不満を抱く足利義嗣、満兼も味方したが、足利義教の京都の幕府は、持氏支援を多くの武将たちに命じたため、たちまち禅秀たちは追い詰められ、禅秀は雪ノ下の鶴岡別当坊で自害した(上杉禅宗の乱)。
上杉朝宗及氏憲邸阯_1
上杉朝宗及氏憲邸阯_2
上杉朝宗及氏憲邸阯_3
ここから山の方に入る
のはずだったのだが、…
ここから山の方に入る
『田楽辻子のみち』
実はこの矢印が直進になっていると誤認して直進してしまった。いつまでたってもつかないのでおかしいと思っていたら、大御堂橋まで歩いていた。帰りはここに出たほうが良さそうだ。この道は『田楽辻子のみち』という道だそうだ。
田楽辻子の道は,鎌倉時代からこのように呼ばれていたと推される小道です。道沿いの釈迦堂前に田楽師が住んでいたことからこのように呼ばれたと伝えられています。辻子は通り抜けのできる小道のことで、十字路を辻といいます。
田楽辻子の道_1
田楽辻子の道_2
田楽辻子の道_3
田楽辻子の道_4
田楽辻子の道_5
田楽辻子の道_6
戻って、山の方に入る
ここから切通まで300mほどのようだ
戻って、山の方に入る_1
戻って、山の方に入る_2
戻って、山の方に入る_3
戻って、山の方に入る_4
戻って、山の方に入る_5
此処から先は舗装道路でなくなる
此処から先は舗装道路でなくなる_1
此処から先は舗装道路でなくなる_2
警告表示の先
行けるところまで行ってみる。やや歩きにくいが、子供の頃歩いた田舎の山道のようだ。
行けるところまで行ってみる_1
行けるところまで行ってみる_2
行けるところまで行ってみる_3
行けるところまで行ってみる_4
行けるところまで行ってみる_5
再び警告表示
再び警告表示
釈迦堂口切通の様子
通ることができるようになっていたので、引き返すつもりで先に行ってみる
釈迦堂口切通の様子_1
釈迦堂口切通の様子_2
釈迦堂口切通の様子_3
釈迦堂口切通の様子_4
釈迦堂口切通の様子_5
釈迦堂口切通の様子_6
釈迦堂口切通の様子_7
釈迦堂口切通の様子_8
切通しの先
切通しの先

Comments

 
こんにちは(*´▽`*)

あら?通行止めのところを、いっちゃったんでしょうか?大丈夫でしたか?
 
通行止めもなんのその、AzTaKさんにかかれば不可能はない・・のようですが、この切通しもすごいですね。鎌倉という地域が過去にものすごいパワースポットだったことが判りますね(^^;
歩かれて我々に教えてくれたAzTaKさんに感謝と尊敬を!
 
立入禁止は、入っていきたい。気持ち分かります。この隧道すごい。小さい頃、一本橋という近所の群れに入るヒミツの儀式がありました。思い出しました。
こんにちは 
通行止めの道を歩かれたのですね。
覆いかぶさった木々をすり抜けて。
それにしても岩のトンネルのような切通凄いですね。
 
昨年報国寺に行ってきましたがその近くだったんですね。
それにしても歩きましたねえ〜
無残な姿に寂しく感じます。
Re: タイトルなし 
> こんにちは(*´▽`*)

keikoさん、こんばんは。


> あら?通行止めのところを、いっちゃったんでしょうか?大丈夫でしたか?

大人げない奴だとお思いでしょうね。自分でもそう思っています。
皆さんが通り抜けたあとがあり、通るのに支障はなかったんですが、…。
Re: タイトルなし 
cobo-feさん、こんばんは。

> 通行止めもなんのその、AzTaKさんにかかれば不可能はない・・のようですが、この切通しもすごいですね。鎌倉という地域が過去にものすごいパワースポットだったことが判りますね(^^;
> 歩かれて我々に教えてくれたAzTaKさんに感謝と尊敬を!

谷戸の名は鎌倉幕府三代執権・北条泰時が父・二代執権北条義時の霊を慰め様と釈迦堂を建立した事による。この切通しは大町方面に通じる…
釈迦堂をつくったのは分かるんです。その北西側に切通しをつくって大町地区と通じさせる必然性があったのかどうかですよね。機動力など皆無の時代の土木工事ですから。
それにしてもものすごい切通しです。
Re: タイトルなし 
HARUさん、こんばんは。

> 立入禁止は、入っていきたい。気持ち分かります。この隧道すごい。小さい頃、一本橋という近所の群れに入るヒミツの儀式がありました。思い出しました。

探検ごっこをするなんて、いい年をこいた爺さんのやることではないですよね。
あんなに高くまで掘らなくても通行できたと思うのですが、その後に崩れ落ちたのでしょうかね。すごい迫力でした。
Re: こんにちは 
モカさん、こんばんは。

> 通行止めの道を歩かれたのですね。
> 覆いかぶさった木々をすり抜けて。

大人げない探検ごっこをしてしまいました。

> それにしても岩のトンネルのような切通凄いですね。

大迫力でした。岩石が落ちてきたらひとたまりもありませんね。(^_^;)
Re: タイトルなし 
ララさん、こんばんは。

> 昨年報国寺に行ってきましたがその近くだったんですね。

報国寺の直ぐ近くです。表示板に報国寺もモノもあるくらいですから。

> それにしても歩きましたねえ〜

ここは大した距離ではなかったのですが、その後、あっちこっちを歩きました。

> 無残な姿に寂しく感じます。

釈迦堂口切通しは、早く工事をして、立入禁止や通行禁止を解除してほしいものです。
 
こんばんは
落石注意とか、崖崩れのため通行禁止とか、熊の裏山見たいですねえ。
釈迦堂口切通、面白い形です。
石を切り出した後なのか、道をつけるために石を切り出したのか?
どうなんでしょう。
Re: タイトルなし 
> こんばんは

のんびり熊さん、こんばんは。

> 落石注意とか、崖崩れのため通行禁止とか、熊の裏山見たいですねえ。
> 釈迦堂口切通、面白い形です。
> 石を切り出した後なのか、道をつけるために石を切り出したのか?
> どうなんでしょう。

普通の山なんですが、ここに穴を開けると、大町地区と浄明寺地区との往来が非常に便利になりますから、それで掘ったのではないかと思っています。詳しい経緯は明らかになっていないようです。
こんばんは 
通行止めの道を行かれたんですか?
無理しちゃ駄目ですよ~~
危ないです! 怪我をしたら何にもなりませんからね。
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 通行止めの道を行かれたんですか?
> 無理しちゃ駄目ですよ~~
> 危ないです! 怪我をしたら何にもなりませんからね。

指示に従わなかったのはいけないことですね。(__)
でも、今すぐ崩落するということは無さそうです。
崩落の危険があるというのならば、速やかに処置を施すべきなのに、柵をしたまま、放置してあるのは解せません。
普通に通っている人が少なくない感じでした。

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