散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

名越切通しを歩く(6)

大切岸(おおきりぎし)
こんな感じだが、カメラワークが良くなかったのか迫力が出なかった。残念。
大切岸_1
大切岸_2
大切岸_3
大切岸_4
大切岸_5
大切岸の前面広場には
春を思わせる花が咲いていた。此処は暖かい逗子なのだ。
大切岸の前面広場には_1
大切岸の前面広場には_2
その先は、無常にも通行禁止
工事関係者がいるのに無視して進入する訳にはいかない。衣張山を経て釈迦堂口切通しへ歩いて行く遠大な計画はご破算となってしまった。途中に工事中の予告表示などがなかったから、がけ崩れなどの緊急の工事だったのかもしれない。
無常にも通行禁止_1
無常にも通行禁止_2
仕方なく引き返す
仕方なく引き返す
断崖絶壁が
ほぼ垂直に切り取られているのが、お分かりいただけるだろうか。うーーん、怖い。更に奥にある瀟洒な洋館は、どうやって建てたのだろうか。決して小さくはない家屋だ。それより何より、あそこに行くには急峻な崖を徒歩で行くしか無いと思われる。何故あそこに建てたのだろうか。
断崖絶壁が_1
断崖絶壁が_2
大切岸の評価をめぐって(逗子市教育委員会HP)
大切岸は、長さ800m以上にわたって高さ3〜10mにもなる切り立った崖が尾根に沿って連続する遺構で、従来から、鎌倉幕府が三浦一族からの攻撃に備えるために、切通の整備と一体のものとして築いた、鎌倉時代前期の防衛遺構だと言われてきました。
しかし、平成14年度に発掘調査したところ、大切岸は、板状の石を切り出す作業(=石切り)の結果、最終的に城壁のような形で掘り残されたもの、つまり石切り場の跡だということが確認されました。
石切りが行われた時期ははっきりわかりませんが、堆積している土砂の上層に、江戸時代、宝永4年(1707年)の富士山噴火による火山灰が含まれていますので、それより古い時代であることは確実です。
14〜15世紀の鎌倉では、建物基礎や溝の護岸、井戸枠などに切石が盛んに用いられていますので、名越の山中で大規模に石切りが行われたのも、その頃が中心ではないかと考えられます。
ただ、この結果のみをもって、大切岸に防御的な目的は一切なかったと即断することはできません。『吾妻鏡』の記事に見られるように、鎌倉は敵の攻撃を防ぐのに適した地形=要害と認識されていました。あくまでも推測ですが、このように大々的な石切りを行なっても、鎌倉の街を取り囲む尾根を安易に掘り割ることはせず、あえて城壁のような崖を残したのかも知れません。


法性寺方面へ下る
途中の絶壁
先ほどの大切岸と法性寺との分岐点まで戻り、法性寺の寺域につながる急坂を下ることにした。怖くて腰が引けているのか、構図など考える余裕など無し。何だかよくわからない画になってしまった。そんなこんなで、やっとの思いで降りて来た。
今考えれば、曲がりなりにも簡易の階段があるのだし、そう怖がる必要もなかったのだが。

途中の絶壁_1
途中の絶壁_2
途中の絶壁_3
途中の絶壁_4
途中の絶壁_5
途中の絶壁_6
途中の絶壁_7

Comments

 
大切岸の光景は、ほんとうにあっと驚くものがありますよね。
昔の人がここで石をきった姿を想像すると
このあたりはほんとうに楽しいです。
足元に少し早い春の色があり、楽しい歩きとなりましたね。
法性寺から私は登って行きましたが、
くだりは大変そうですね。
階段が乾いていて良かったですね。
鷹取山のUpも楽しみです。
AzTakさん 
大切岸は石材を切り出して、同時に防御施設だったんでしょうね。
広い通常の出入り口を封鎖されれば、これだけの所を多人数が一時に超えるのはかなり苦労するんじゃないですかね。
こんにちは 
大切岸 凄いですね~!
こんな絶壁が800mも続いているのですか。
水仙やタンポポも見られて春が近付いているのですね~♪
 
この時代も石材は貴重なインフラ材料だったのでしょうが、この時代にどうやって大量な石を切り出したのでしょうね。ノミやハンマーでしょうけど・・・
いつの時代も権力はとてつもない遺跡を残してくれますね。
こんにちは。 
切り出しの道具も、現代のようでは無かった時代に、これだけの石切をするには大変だったのでしょうね。
こんにちわ! 
大切岸ですが、石切り場の跡と確認されたのが現実ですが、違う表現なら「ロマン」があっていいな~と思ってしまいます。大昔、ここは海だったとか~
Re: タイトルなし 
aunt carrotさん、こんばんは。

> 大切岸の光景は、ほんとうにあっと驚くものがありますよね。
> 昔の人がここで石をきった姿を想像すると
> このあたりはほんとうに楽しいです。
> 足元に少し早い春の色があり、楽しい歩きとなりましたね。

そうなんですが、800mにも及ばんとする大切岸が僅か100mほどのところで通行止めになっているとは。せめて石仏やパノラマ台の辺りまではいかせてもらいたかったのですが、工事の人と目があってしまっては、引き返すしかありませんでした。

> 法性寺から私は登って行きましたが、
> くだりは大変そうですね。
> 階段が乾いていて良かったですね。

そうですね。濡れ落ち葉が有ったら歩きにくくて大変だっただろうと思います。…と濡れ落ち葉状態の私が言うのも何ですが。

> 鷹取山のUpも楽しみです。

鷹取山はわずか139mの高さだから、楽勝だろうと思っていたのですが、鎖場などでは本気でビビりました。その昔、今井通子さんも此処の山頂辺りの岩場で練習していたんだそうですね。勿論、ロック・クライミングのような狂ったことは、私はしません(正直には、できません)でしたが。
Re: AzTakさん 
のんびり熊さん、こんばんは。

> 大切岸は石材を切り出して、同時に防御施設だったんでしょうね。
> 広い通常の出入り口を封鎖されれば、これだけの所を多人数が一時に超えるのはかなり苦労するんじゃないですかね。

そう思いたいのですが、真相はどうだったんでしょうか。私にはわかりませんが、熊さん説に一票投じたいところです。。
今回分で断崖絶壁になっているところと次回登場する法性寺奥の院のポコっと飛び出したような岩山とが、昔は一つながりのなだらかな丘陵だったようです。ところがそこをスパットおよそ100m程切りだしちゃったようです。さすがに、法性寺奥の院のポコっと飛び出したような岩山は切り崩すと日蓮さんの祟りがあると恐れたのかもしれませんね。
Re: こんにちは 
モカさん、こんばんは。

> 大切岸 凄いですね~!
> こんな絶壁が800mも続いているのですか。

100mほどで通行止めを食らってしまい、その先には行けませんでした。だから後700m程は続いているんだろうなあ、と想像をたくましくするばかりです。緊急工事では仕方がないですが、…。無理したら、私も転落しちゃっていたかも。

> 水仙やタンポポも見られて春が近付いているのですね~♪

そう思いました。それにしても、逗子は本当に暖かいところでした。
Re: タイトルなし 
cobo-feさん、こんばんは。

> この時代も石材は貴重なインフラ材料だったのでしょうが、この時代にどうやって大量な石を切り出したのでしょうね。ノミやハンマーでしょうけど・・・

石そのものは、御影石のような硬い石ではなく、かなり柔らかい石のようです。それでも、ろくな機会がない時代の切り出しは大変だっただろうと思います。それをどうやって鎌倉の街まで運んだのでしょうね。名越切通しを通れば良いのでしょうが、馬は通れそうにありません。
馬に積んで逗子側に降ろし、そこから距離は短いですが、船に積んだのでしょうか。
私の足らない脳みそには、ちょっとしたミステリーです。

> いつの時代も権力はとてつもない遺跡を残してくれますね。
Re: こんにちは。 
S-masaさん、こんばんは。

> 切り出しの道具も、現代のようでは無かった時代に、これだけの石切をするには大変だったのでしょうね。

非常に大変だったと思います。そしてそれを主たる使用場所である鎌倉市内に搬出することは更に大変だったのではないかと思います。ルートとしては名越切通しを通るのが近道で一番なんでしょうが、これは急坂なので馬の利用も難しいところ。一体どうしたんでしょうかね。ソリのようなものに積んでおろしたのかもしれません。
あるいは、逗子側におろして船で鎌倉まで運んだりしたのでしょうか。
理工系の才能欠如の私には結論を出しにくいテーマです。
Re: こんにちわ! 
kazさん、こんばんは。

> 大切岸ですが、石切り場の跡と確認されたのが現実ですが、違う表現なら「ロマン」があっていいな~と思ってしまいます。大昔、ここは海だったとか~

その昔は、どうだったんでしょうね。三浦半島としてひとつづきの陸地になっていますが、地層は複雑なようで、活断層もあるようです。
どうでもいいのですが、地震には非常に弱そうです。関東大震災でも震源地が茅ヶ崎沖だったこともあり、大被害があったようです。
大地震が来たらと考えると怖い感じがしてなりません。大切岸あたりにいたら、岩が崩れて落ちてきたり、崖っぷちを歩いていたり、急な階段を降りている時だったら、真下に転落するかもしれません。
関東平野のだだっ広いところで、のほほんと暮らしているのが一番な気がしてなりません。
 
いえいえ、十分に迫力が伝わってきますよ。
どこまでも続く切り立った岩が人を寄せ付けないんでしょうかね。
逗子はやっぱり暖かいんですね、この時期に行ってみたいです。
こんばんは 
石を切り出した跡地なんですね。
跡地の情景が芸術的に見えます^^
ただ、昔の石切作業って大変だったんでしょうね~~~
 
この切通は雰囲気も一級品ですね。往時をしのびながら歩ける古道は本当に少なくなりましたから、大切に残してほしいと強く思います。それにしても野趣に富む道で、岩に挟まれたり切り立った崖などもあり、ちょっとしたトレッキング気分が味わえて楽しいです。
Re: タイトルなし 
ララさん、こんばんは。

> いえいえ、十分に迫力が伝わってきますよ。
> どこまでも続く切り立った岩が人を寄せ付けないんでしょうかね。

大切岸は800mも続くというのに100m-200mほど行ったところで通行止めに遭うとは、何たるホード・ラック。
威圧十分だったんでしょうね。

> 逗子はやっぱり暖かいんですね、この時期に行ってみたいです。

逗子は鎌倉と違って物価が安いし、電車も乗りやすいし、いろいろな意味で暮らしやすい街です。
裕次郎でなくても住みたい街です。
Re: こんばんは 
土佐けんさん、こんばんは。

> 石を切り出した跡地なんですね。
> 跡地の情景が芸術的に見えます^^

何か不気味に見えませんか。他の方の写真だとそう見えるはずなんですが、私の写真では変な岩場だなくらいにしか見えません。(^_^;)

> ただ、昔の石切作業って大変だったんでしょうね~~~

殆んど人力だよりでしょうから、かなり大変だったんだと思います。
力仕事は、もしかしたら私でも務まったかもしれませんが、何分にも怖くて、仕事にならなかったかも。何とも情けない話です。
Re: タイトルなし 
HARUさん、こんばんは。

> この切通は雰囲気も一級品ですね。往時をしのびながら歩ける古道は本当に少なくなりましたから、大切に残してほしいと強く思います。それにしても野趣に富む道で、岩に挟まれたり切り立った崖などもあり、ちょっとしたトレッキング気分が味わえて楽しいです。

HARUさん向けのコースかもしれませんね。私は、上り降りは何とかいけましたが、転落しそうなところが多くて、…。私向けでは無さそうな感じでした。
それにしても、期待以上のコースだったように思います。何時までも残るといいですね。
この先の法性寺は、日蓮さんが立正安国論をふっかけて、皆に睨まれて、という法難で名越切通しから、道無き道を逃げ込んだところです。白い猿が導いたとか。どこまでも信念を曲げない方だったんですね。

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