散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

一条恵観山荘の庭園ほかを見て回った(6)

旧華頂宮邸を後にし、宝戒寺及び東勝寺跡を目指してトボトボと歩き始めた。大した道のりではないはずなのだが、やっぱりへばった。

途中の様子
大した道筋ではないが、すぐ次の目的地が近くではないということの備忘で記しておく。
アナゴ料理で有名な店
いつも凄い行列のようだ。この日も行列が見えた。私自身はいただいたことがない。
アナゴ料理で有名な店
魚屋さん
昔はこういうのが街の魚やさんだったのかなあ。
魚屋さん
滑川
ここで大きく蛇行している。もうちょっと田舎だったら、オオヨシキリが啼いていそうだが、…。
滑川_1
こんな大きくなったらミサゴでも狙わないかなあ。その前にここまで飛来してこないか。
滑川_2
文覚上人屋敷跡
鎌倉は史跡そのものが残っているものは殆どない。この場合も例外ではない。世界遺産に指定されないのは当然かもしれない。歴史を彩った大人物だというのに、鎌倉にはこんなものしか残っていないのか。
文覚上人屋敷跡

紫陽花プロムナード
地元の人がひそかに愛でている場所らしい。この時(6月22日)は、かろうじて紫陽花が鑑賞できる感じだった。
こんな感じ
紫陽花プロムナード_1
紫陽花プロムナード_2
紫陽花プロムナード_3
紫陽花プロムナード_4
紫陽花プロムナード_5
紫陽花プロムナード_6
紫陽花プロムナード_7
紫陽花プロムナード_8
紫陽花プロムナード_9
紫陽花プロムナード_10
紫陽花プロムナード_11
近くにはこんなものも
紫陽花プロムナード_12
紫陽花プロムナード_13
紫陽花プロムナード_14

東勝寺跡と腹切りやぐら
最後に鎌倉幕府滅亡の地を確認しておこうと考えた。いつもこの辺で激しくへばる。昼食を食べていない所為もあるかもしれないが。
東勝寺跡
幕府の残党はこの東勝寺へと逃げ込み、この地で自害し果てたとされる。兵どもの無念が渦巻いているのかもしれない。私は鈍感なのか何も感じなかった。(^_^;)
東勝寺跡と腹切りやぐら_1
東勝寺跡と腹切りやぐら_2
東勝寺跡と腹切りやぐら_3
東勝寺跡と腹切りやぐら_4
東勝寺跡と腹切りやぐら_5
東勝寺跡と腹切りやぐら_6
東勝寺跡と腹切りやぐら_7
北条泰時建立という北条得宗家の氏寺の跡で、北条一族がここで自刃し、鎌倉幕府滅亡の地となりました。発掘調査で、寺院の遺構が確認されています。現在、東勝寺跡近くの腹切りやぐらへの道は、石碑の倒壊の危険があるため通行禁止となっています。
腹切りやぐら
通行禁止などとは書かれてなかったので、上ってみた。腹きり櫓そのものは木の柱が立っているところだと思うが、見落としてしまったようだ。
東勝寺跡と腹切りやぐら_8
東勝寺跡と腹切りやぐら_9
腹きりやぐらは、多分、この柱の奥だと思う。『通行禁止』の意味合いには読めなかった。せめて合掌をしておくのだった。
東勝寺跡と腹切りやぐら_10
東勝寺跡と腹切りやぐら_11
東勝寺跡と腹切りやぐら_12
この先はハイキングコースになっているだけのようだ。何かがありそうだと思って登ってみたが、くたびれただけだった。
東勝寺跡と腹切りやぐら_13
東勝寺跡と腹切りやぐら_14
東勝寺跡と腹切りやぐら_15
諦めて戻ってくるときに櫓を見つけた。腹きりやぐらではないと思うが、何だかはわからない。
東勝寺跡と腹切りやぐら_16
東勝寺跡と腹切りやぐら_17
東勝寺跡と腹切りやぐら_18
鎌倉幕府滅亡の地、凄みのある場所です
北条高時の腹切りやぐらとして有名な場所です。倒幕軍に追いつめられ、高時を始め北条一族、幕府の主要御家人など数百人が自害しここに鎌倉幕府は滅亡しました。


次回は、日を改めてお邪魔した一条恵観山荘の『見学』の様子を取り上げる。

 

« »

07 2018
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
メッセージボードα
Information from AzTak

7月17日(火)-19日(木)は、京都と大阪とを観光します。この間、記事更新のみとし、私からのアクセスはお休みさせていただきます。大変申し訳ありません。m(_ _)m

-- E N D --
.
.
プロフィール

AzTak

Author:AzTak
FC2ブログへようこそ!

定年後の時間たっぷりの輩です。写真撮影やプログラミングが趣味です。

当ブログは、リンクフリーです。

最新コメント
カテゴリ
フリーエリア
リンク
検索フォーム
リンク
QRコード
QR