散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

慶應三田キャンパス

本日(8/31)から明日(9/1)に掛けて、掛川の花鳥園に入り浸っています。私からのアクセスが少し遅れます。m(__)m

妻のバザー出品の荷物の運搬で、実に久しぶりに三田キャンパスに行った。懐かしいことは懐かしいのだが、校舎(建物)がだいぶ建て替わってしまい浦島さんになったような気分だった。

キャンパス・マップ
マップを見て驚いたのは、随分建物の数が増えていること。学生数が増えたのだろうか?
キャンパス・マップ

昔からあった建物(1)
国指定の重要文化財『慶應義塾図書館旧館(改修工事中)』だから、当然私の頃も存在していた。現在はあいにく、前のヤードの工事中のようで、スッキリ撮ることができなくて残念。
昔からあった建物(1)_1
昔からあった建物(1)_2
昔からあった建物(1)_3
昔からあった建物(2)
こちらも同様に国指定の重要文化財『三田演説館』だから、当然私の頃も存在していた。こちらは何かイベントの折でもないと入館できない。まじめな学生とはいいがたかった私めは入ったことがない。福沢先生自らの資金で建設した点がすごい。
昔からあった建物(2)_1
かすかに見える醜いシルエットは無視していただきたい
昔からあった建物(2)_2
昔からあった建物(2)_3
昔からあった建物(2)_4
慶應義塾の創立者である福澤諭吉が、明治初期に自らの資金で建設した日本最初の演説会堂。アメリカから取り寄せられた図面をもとに造られたとかで、玄関や窓は洋風でありながら、外観は木造瓦葺になまこ壁といった日本独特の手法が用いられています。建設当初は旧図書館と塾監局の間にあったが、1924年に現在の三田キャンパス南西の稲荷山に移築されたそうです。旧図書館と並んで三田キャンパスのランドマークです。国の重要文化財の木造2階建て。
昔からあった建物(3)
塾監局の建物。いい加減古ぼけた建物だが、しぶとく現役のままだ。味わいがある建物だと私は思っている。
昔からあった建物(3)_1
昔からあった建物(3)_2
小さく東京タワーが見える
昔からあった建物(3)_3
昔からあった建物(3)_4
図書館旧館と同じ曽禰中條建築事務所の設計。褐色のタイル貼り2階部分には半円アーチ窓。玄関ポーチの構えや最上部の尖ったパラペットなど、様式主義の色が残った外観です。
全国各地の大学に残る古い校舎と共通点があり、大正期の学校舎建築を代表するデザインといえます。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

昔からあった建物(4)
第1校舎はだいぶ古めいてきたなあ。いくつかの授業をこの公社でも受けた記憶がある。
研究室棟は、この裏手だった。そちらは、ゼミの教授に用向きがあるときだけしか行かなかったので、…。

昔からあった建物(4)_1
昔からあった建物(4)_2
昔からあった建物(4)_3
こんなに明るかったかなあ。勉強が好きじゃなかったので、薄暗い陰気な校舎に見えたのかもしれない。
昔からあった建物(4)_4
昔からあった建物(4)_5

新しい建物(1)
新しい図書館か。すごいなあという印象しかない。昔は何があったかなあ。さっぱり思い出せない。
新しい建物(1)_1
新しい建物(1)_2
新しい建物(1)_3
新しい建物(2)
南校舎。同じ位置に校舎があったが、建て替わったように思う。凄くおしゃれな感じに。
新しい建物(2)
新しい建物(3)
大学院校舎。文科系の大学院は狭き門。まるで縁が無かった。
新しい建物(3)

キャンパス外(1)
見えているのは南館。あんな建物があったかなあ。
キャンパス外(1)
キャンパス外(2)
津国屋。築120年の建物だそうだ。創業は明治元年。大好きな看板建築だ。もともとは酒屋さんだったが、いまは居酒屋さんになっている。今度一度、妻と行きたいものだが、当面禁酒ではどうにもならない。吉田類さんが酒場放浪記で取り上げたことがある。ずっとこの店を探していたけど、灯台下暗しだった。
調べていたら、近くに『東京港醸造』という100年ぶりに復活した都心の酒蔵があるようだ。四季醸造により各種商品を製造販売しているとのこと。禁酒生活が恨めしくなる話だ。
キャンパス外(2)_1
キャンパス外(2)_2
キャンパス外(2)_3
キャンパス外(2)_4

 

EOS 7D MarkII + Sigma 100-400mm F5-6.3 DG OS HSMで撮った上野動物園(10)

クロシロエリマキキツネザル
ぐっすりお昼寝中だったが、突如顔を上げた。動物の鋭い勘が、『変な爺さんが接近して危険だ』とでも思わせたのだろうか?
クロシロエリマキキツネザル_1
クロシロエリマキキツネザル_2
スカイツリー
至近距離なのに、よく見えなかった。こういう日もあるんだ。
スカイツリー
不忍池の蓮
かなり大きいのでびっくり。蕾の内はまだしも咲いた感じはお世辞にも美しいとは言えなかった。
不忍池の蓮_1
不忍池の蓮_2
オグロプレーリードッグ
可愛いなあ。ネズミ目リス科プレーリードッグ属。なぜか、ドッグという名前が付けられている。どうしてなんだろうか?
オグロプレーリードッグ_1
オグロプレーリードッグ_2
オグロプレーリードッグ_3
オグロプレーリードッグ_4
コハクチョウ
たった1羽でしょぼくれていた感じ。仲間はどうしたの?
コハクチョウ_1
コハクチョウ_2
コハクチョウ_3
コハクチョウ_4
コハクチョウ_5
日本の鳥(1)
日本にいる鳥さん大集合のケージ。私めは、屋外では見たことがないとりさんが殆ど。寂しい話だ。
カワセミとアカショウビン
やっぱり美しい。どこで見ても美しいものは美しい。そんなの狭くはないのだから、カワセミさんはホバリングをして見せてくれると有難いのだが、そういうサービスはしてくれない。アカショウビンさんはホバリングはしないのだそうだ。
カワセミとアカショウビン_1
カワセミとアカショウビン_2
カワセミとアカショウビン_3
カワセミとアカショウビン_4
カワセミとアカショウビン_5
カワセミとアカショウビン_6
カワセミとアカショウビン_7
カワセミとアカショウビン_8
カワセミとアカショウビン_9
カワセミとアカショウビン_10
カワセミとアカショウビン_11

 

EOS 7D MarkII + Sigma 100-400mm F5-6.3 DG OS HSMで撮った上野動物園(9)

フラミンゴ
先日NHKの放送で、さだまさしがアフリカを旅する番組が放映されていた。
風に立つライオンの歌詞に『100万羽のフラミンゴが一斉に飛び立つとき暗くなる空や…』とある。そこにも立ち寄った。往時は200万羽もいたということだったが、環境の変化で激減し、わずかしかいなかったのにはショックを受けた。海外青年協力隊で現地に行っている青年が、何とか立て直そうと奮闘中とのことだった。
もしかしたら、この上野の地もフラミンゴの環境としてはマシなのかもしれないと思うようになった。よく見ると、卵を温めているように見える。死んだ分を外国から輸入しなくても済むのだろうか?

フラミンゴ_1
フラミンゴ_2
フラミンゴ_3
フラミンゴ_4
フラミンゴ_5
フラミンゴ_6
フラミンゴ_7
フラミンゴ_8
フラミンゴ_9
フラミンゴ_10

ハシビロコウ
動かないユーモラスな顔つきの鳥さんとして有名。そういうのだが、私が行くと、いつもかなり動いている。動かないというのは、都市伝説かなあと思い出したのだが、今回は全くと言ってよいくらい動かなかった。仕方がないので、私が動き回って撮ってみた。
ハシビロコウ_1
ハシビロコウ_2
ハシビロコウ_3
ハシビロコウ_4

ワオキツネザル
ワオキツネザルは可愛らしいサルさんだ。マダガスカル南部などに生息しているらしい。
ワオキツネザル_1
ワオキツネザル_2
ワオキツネザル_3
ワオキツネザル_4
ワオキツネザル_5
ワオキツネザル_6
ワオキツネザル_7
前回、これまたマダガスカル特有のバオバブの木が植えてあると書いてしまったのだが、今回見たら、似せて作ったワオキツネザルの棲み処だった。う~~ん、紛らわしいものを置いちゃ、イケン!!m(__)m
バオバブの木に似せたもの_1
バオバブの木に似せたもの_2
バオバブの木に似せたもの_3

 

江戸東京博物館(3)

江戸城本丸 大広間・松の廊下・白書院
諸大名が将軍に拝謁する大広間、それに続く松の廊下、勅使などの対面などに用いられた白書院の模型
白書院・松の廊下
中庭側から見た様子だろう。
白書院は、大広間に次ぐ格式をもつ書院で、約300畳の広さを持つ。表における将軍の応接所として公式行事に用いられ、御暇・家督・隠居・婚姻の許可への御礼時に諸大名はここで将軍と面会していた。
現在の『松の廊下跡』の表示のあるところに行くと、もう少しで高低差がかなりある蓮池濠になる。こんなに端っこの方だったのかと意外に思うのだ。図面を見ると、松の廊下の内側にはかなり大きな中庭があり、これがための大外に押し出されたのだろう。
赤穂藩主で勅使饗応役であった浅野長矩がこの廊下で高家肝煎の吉良義央に斬りつけた事件が起こった場所だ。

白書院・松の廊下
大広間
400畳以上の広さを誇り、江戸城内最大の書院だった大広間は、将軍宣下の儀式、武家諸法度発布、年頭の拝賀などの公的行事を行う最も格式の高い御殿だった。
大広間_1
大広間_2

江戸城
一番手前に見える櫓が、富士見櫓。天守閣が明暦三年の大火で焼失した後は再建されなかったので、その代役を富士見櫓が果たした。その奥の大きな屋根が大広間で、そこにL字型に赤屋根が見えているのが松の廊下。そして、その奥が白書院だと思う。長いレンズで細かく撮っておくべきだった。
江戸城_1
江戸城_2
江戸城_3
右が本丸で、左が二の丸か。現在の本丸跡は残念なことに、ほぼ更地になっている。天守閣もない。二の丸跡は、御苑として我々を楽しませてくれている。
江戸城_4

徳川家康公座像(複製)
本物は芝東照宮にあるようだ。家康公が生前に作らせた等身大の木造。
徳川家康公座像(複製)

右大臣外記方宣旨(うだいじんげきかたせんじ)(複製)
家康公は、朝廷から征夷大将軍に任じられると同時に、内大臣から右大臣に転任する。これは、右大臣任官の宣旨だそうだ。驚いたのは、印鑑などは一切使用していない書き物で終始していることだ。実物は日光東照宮にある。
徳川家康公座像(複製)

 

EOS 7D MarkII + Sigma 100-400mm F5-6.3 DG OS HSMで撮った上野動物園(8)

シロクマ
真冬になって海が氷結しないと、ろくな餌にありつけないはずのシロクマ。一年のかなり長い期間を飢餓状態で過ごすといわれている。ここ日本にいる限りは餓死する心配もない。蒸し暑いのが難点かもしれないが、暑ければ水に飛び込むまでだ。きわめて元気なように見える。
シロクマ_1
シロクマ_2
シロクマ_3

日本猿
日差しが遮られないので、夏の暑さには閉口しているかもしれない。それ以外は運動できる環境があり、仲間も少なからずいる。かなり快適な環境と感じているのではなかろうか。
日本猿_1
日本猿_2

モノレール
西園ゾーンから東園ゾーンへの帰りは上り坂なので、無精してモノレールに乗ろう。立ちっぱなしの1万歩前後で私の今の限界のようだ。『体力がないなあ』とつくづくそう思う。
モノレール

ケープペンギン
ペンギンというと極寒の地に生息していると思いがちだが、ケープペンギンは温暖な土地とは言えないだろうが、南アフリカ共和国のケープタウンにある「ボルダーズビーチ」では、生息しているのが普通に観察できるようだ。水着で海水浴客がいるところにケープペンギンもいるとか。
ケープペンギン_1
青さんと黄色さんとが喧嘩をおっぱじめた。アニメなどではユーモラスな生き物として描かれることが多いように思うが、案外、気が荒い鳥さんなのかなあ。
ケープペンギン_2
ケープペンギン_3
ケープペンギン_3
ケープペンギン_4
ケープペンギン_5
ケープペンギン_6
ケープペンギン_7
ケープペンギン_8
ケープペンギン_9
別の青さんが、『やめろよ。お客さんの前でみっともないぞ』って、諫めているように見えた。
ケープペンギン_10

 

江戸東京博物館などを見に行った(2)

江戸東京博物館(2)
今回取り上げる2つの模型はいずれも寛永年間のもの。3代将軍家光の時代だ。江戸時代初期ということになる。
寛永の大名屋敷模型
江戸城本丸大手門の前に建てられた福井藩主松平伊予守忠昌の上屋敷。明暦の大火で焼失し、以後このような華麗な大名屋敷は姿を消したとのことだ。APS-Cで超広角レンズを用いているが、レンズの画角に収まり切れない。それにしても見事なものだ。江戸時代初期の徳川氏及び松平家の勢力のすごさを垣間見る思いだ。このきらびやかな御成門を見ると、鎌倉の建長寺の方丈の正門である唐門を思い出してしまう。
松平伊予守忠昌は、叔父にあたる水戸徳川家初代の徳川頼房と同じく、慶長12年(1607年)に家康側室の英勝院の猶子となり、同年11月、上総姉ヶ崎藩1万石を与えられることが、輝かしいキャリアの始まりだったのか。

寛永の大名屋敷模型_1
台所門
寛永の大名屋敷模型_2
御成門
寛永の大名屋敷模型_3
模型が建っていないところは庭園かと思ったのだが、そこにも何やら書き込みがある。びっちりと建物が存在したようだ。実物の1/30の大きさだそうだ。
寛永の大名屋敷模型_4
現在の東京・大手町のパレスホテルの隣、日本鋼管とAIUビルディングの辺りの広大な敷地だったそうだ。まさしくこの上屋敷の存在そのものが江戸城の強固な防御の一つだったのだろう。よほど家康が信頼していた証なのかもしれない。
寛永の大名屋敷模型_5
寛永の町人地模型
日本橋の北半分から現在の日本橋三越本店方面を見た感じになるようだ。町人地とはいうものの、大店ばかりの商業地だったはずだ。
橋の袂の右側は日本橋魚市場だったのではないかと思うが、省略したのだろうか。調べたら、日本橋の魚市場は、慶長年間(1596~1615)に始まったようだ。してみると、寛永(1624年~1645年)には、魚市場は間違いなく存在している。日本橋魚市場の歴史が始まったばかりで、関東大震災まで築地には移転していないはずだ。江戸幕府ができて20年ほどしか経っていない時期だったので、模型に取り入れるほどの規模には発展していなかったということなのかもしれない。

寛永の町人地模型_1
寛永の町人地模型_2
寛永の町人地模型_3
メインの通りは、現在の国道4号中央通りになるのかな。何百年にもわたるメインストリートなんだ。
寛永の町人地模型_4

 

EOS 7D MarkII + Sigma 100-400mm F5-6.3 DG OS HSMで撮った上野動物園(7)

バードケージ
猛禽類と同様に外気にさらされるケージにいる鳥さんたちだ。国内の暑さ・寒さには何とか耐えられる種類なのだろう。
ワライカワセミ
結構な威圧感がある。ニヒルな笑い顔が私には不気味に感じられる。むちゃくちゃ激しく動くような鳥さんではないが、どうにもうまく撮れたためしがない。
ワライカワセミ_1
ワライカワセミ_2
来場客の前で大あくび。愛想のないことだ。『爺さん、どうせ半額入場なんだろう。わがまま言うなよ』とでも言いたいのかも。それとも私を威嚇したのだろうか?
ワライカワセミ_3
ワライカワセミ_4
ワライカワセミ_5
ワライカワセミ_7
ワライカワセミ_8
シロハラハイイロエボシドリ
見事なリージェント。こんな鳥さんがいたんだ。こちらはなかなか撮りやすいところでポーズをとってくれず、ピンボケの1ショットのみと相成った。シロハラでハイイロだったのか。腹はほとんど見えなかったし、逆光の所為か黒っぽい色合いに見えた。(^_^;)
シロハラハイイロエボシドリ
オニオオハシ
森永チョコボールのキャラクターのキョロちゃんを連想してしまう。たぶんモデルにした鳥さんなのだろう。
ダイジェスト_3
カンムリエボシドリ
君は美しいし、烏帽子も立派だなあ。半分、分けてくれないかなあ。…私の心の声
カンムリエボシドリ
パラワンコクジャク
小型の孔雀さんだ。やっぱり、きれいだ。できることなら、粘っているときに、羽を広げて見せてほしかったが。
パラワンコクジャク
スバールバルライチョウ
こちらは特別扱い。低温&静穏の環境で、おとなしくしていた。
ノルウェーのスバールバル諸島とロシアのフランツ・ヨーゼフ諸島の最北に分布するライチョウの最大亜種だそうだ。立山で2度ほど見た同じく亜種のニホンライチョウからすると、かなり大きい感じに見えた。ニホンライチョウと同様に換羽するとか。こういう環境だと、季節の判断が難しいのだろうなあ。餌を啄ばむでもなく、大丈夫なのだろうか?
スバールバルライチョウ_1
スバールバルライチョウ_2
スバールバルライチョウ_3
スバールバルライチョウ_4
スバールバルライチョウ_5

 

江戸東京博物館などを見に行った(1)

両国駅前
当然ながらお相撲さんがいっぱい
失礼ながらあまり強くなさそうなのが多い感じかな。でも、あの白鵬でさえ、おチビさんでやせっぽちだったというし。ごく一握り、無事に育てば、…。
当然ながらお相撲さんがいっぱい
私はこちらが最初の行き先
駅からすぐはすぐなのだが、なんだかんだで数百mほどあるのかなあ
私はこちらが最初の行き先
JR両国駅
振り返れば、出てきた両国駅が見える
JR両国駅

江戸東京博物館(1)
建物
高所恐怖症の身には何気に怖さがある建物だ。はっきり言えば、回れ右して帰りたい感じ。
建物_1
建物_2
建物_3
展示室内部
日本橋
日本橋をイメージしたもの。説明書きを見ると、全長28間のうち、日本橋の北半分14間分を復元したものだそうだ。今の日本橋よりも短いとは思ったが、ちょうど半分の長さだったのか。それでも実物に忠実に復元してあるそうだ。
橋
中村座
『中むら きやうげんづくし かん三良』…今の言葉に直せば、『中村 狂言尽くし 勘三郎』かな。当時から勘三郎は大名跡だったということなのだろう。櫓幕に名前があるのは、中村座だから当然かな。『かん三良』の部分を読むことができなくて悔しい。当時の定紋は、角切銀杏だったようだ。初代以降の屋号が柏屋、十四代目以降が舞鶴屋、十七代目以降が中村屋。
ファザード部分だけ、この江戸東京博物館に実物大で復元されたのか。う~~ん。

中村座_1
中村座_2
朝野新聞社
朝野新聞(ちょうやしんぶん)の建物か。名前だけは聞いたことがあるようなないような。1876年11月から、社屋は今の銀座の服部時計店の場所にあったのか。今も頑張っていれば、不動産長者になっていたことだろう。こちらもファザード部分だけ、この江戸東京博物館に実物大で復元されたようだ。人間様が写っているが、人形ではなく、生身の人間様だ。
朝野新聞社

 

孫たちとの外食(1)

お好み焼きの店にて
ほぼ全員集合に近い状態。この日はお好み焼きの店へ繰り出した。
近くにはあまりない店というリクエストにこたえた。普通にありそうに思うが、ありそうでないらしく、喜んで食べていた。
店の雰囲気に合わせて気楽に頂いた。子供たちが多いので、お店の人に調理をお願いした。鉄板は熱くはなっていない。

皿が少なさそうに見えるかもしれない。いじましく食べているように見えたかも。単に食べ始めだったからだ。この後は、置き場所に困るほど、並んだ。
お好み焼きの店にて_1
お好み焼きの店にて_2
お好み焼きの店にて_3
お好み焼きの店にて_4
お好み焼きの店にて_5
こういう時でもないと、油を多用した料理は出てこない。チャンスはチャンスだ。でも、どさくさに紛れていっぱい食べるのも。
お好み焼きの店にて_8
お好み焼きの店にて_9
お好み焼きの店なので、お好み焼きは各種を注文。私自身は、お好み焼きは大好きという訳ではないので、気楽にパスできた。
お好み焼きの店にて_10
お好み焼きの店にて_11
お好み焼きの店にて_12
みな、真剣に食べだした。偏食ばかりの孫娘たちも、従兄弟につられて、箸をせっせと動かしていた。
お好み焼きの店にて_6
お好み焼きの店にて_7
お好み焼きの店にて_14
正直な話、少々ビールを飲みたくなる。ぐっと我慢、我慢。アルコールばかりでなく、食事も思い切って少なめに。
お好み焼きの店にて_13
お好み焼きの店にて_15
お好み焼きの店にて_16
お好み焼きの店にて_17

 

EOS 7D MarkII + Sigma 100-400mm F5-6.3 DG OS HSMで撮った上野動物園(6)

バードハウス1F(2)
マダガスカルトキ
何だか暗い感じ。何か心配事でもあるのだろうか。ユニークな顔立ちなのに、もったいないことだ。
マダガスカルトキ_1
マダガスカルトキ_2
ヘラサギ
毛づくろいばかりしていて、殆どポーズをとってくれなかった。私の方が焦れてしまった。
ヘラサギ_1
ヘラサギ_2
ハゲトキ
『王様と私』の時のユルブリンナーのようで恰好がいいなあ。でも空を飛ぶときに頭が寒くはないのかなあ。同類相哀れむかな。変なところに関心が向いてしまう。
ハゲトキ_1
ハゲトキ_2
シロハラムクドリ
いつも見ているムクドリとは似ても似つかないなあ。
シロハラムクドリ_1
シロハラムクドリ_2
シロハラムクドリ_3
シロハラムクドリ_4
シロハラムクドリ_5
シロハラムクドリ__6
カンムリシギダチョウ
他の鳥さんに比べるとかなり地味かなあ。
カンムリシギダチョウ
ニシムラサキエボシドリ
暗くてピントが合わなかった。いつまで経ってもMFでのピントの合わせ方がヘタだなあ。
ニシムラサキエボシドリ

 

『和のあかり×百段階段展2017』を見に行った(11)

雅叙園ホテル内部の様子
鏝絵
いつ見ても素晴らしいと思う作品。どれがお好みだろうか?
鏝絵_1
鏝絵_2
鏝絵_3
鏝絵_4
鏝絵_5
鏝絵_6
鏝絵_7
鏝絵_8
鏝絵_9
鏝絵_10
鏝絵_11
雅叙園の誇るトイレ
余りにも美しい。用事がなくとも必見の装飾だ。
雅叙園の誇るトイレ_1
雅叙園の誇るトイレ_2
雅叙園の誇るトイレ_3
雅叙園の誇るトイレ_4
エレベータの装飾
孔雀は、2基並んだエレベータに跨るデザインなのだ。見事なものだった。このほかのエレベータも、それぞれ美しい装飾が施されている。実際にご自分の目で確認されてみたらいかがだろうか。
エレベータの装飾_1
エレベータの装飾_2

以上で、「『和のあかり×百段階段展2017』を見に行った」シリーズは終了です。最後までご覧いただき、ありがとうございました。

 

EOS 7D MarkII + Sigma 100-400mm F5-6.3 DG OS HSMで撮った上野動物園(5)

ミナミコアリクイ
見方によってはパンダよりもかわいいといえるかもしれない。アクリル板や金網などを介さずに直接撮れるのがありがたい。柵がもう少し大きければさらにありがたいのだが。日本の狭い国土では動物園も十分なスペースがとれないのだろう。それだけは気の毒で残念なことだ。
ミナミコアリクイ_1
ミナミコアリクイ_2
ミナミコアリクイ_3
ミナミコアリクイ_4
ミナミコアリクイ_5

バードハウス1F(1)
ケージ内部は多少薄暗い。色合いがはっきりしないのはご容赦願いたい。
アカショウビン
アカショウビンは、案外おとなしいのだろうか。多数の異なる種類の中型の野鳥が混在する大きなケージの中でも飄々としていた。
アカショウビン_1
アカショウビン_2
アカショウビン_3
アカショウビン_4
アカショウビン_5
ミヤコドリ
英名の「Oystercatcher」とは、カキなどの二枚貝を食べる習性に由来しているそうだ。なかなかグルメな鳥さんなんだ。『食べるのは岩ガキだろうか?』などと、つまらないことを考えてしまった。
ミヤコドリ
ナイルチドリ
別名でワニチドリなどという物騒な名前がある。鰐の口中に入り込んで、掃除をしてあげるとか。そんな話は言い伝えに過ぎないという話もある。興味のある方は検索されたい。
ナイルチドリ_1
ナイルチドリ_2
ササゴイ
私は、いつもゴイサギと誤認してしまう。羽をよく見ればわかるのに。こちらはササゴイだ。
ササゴイ_1
ササゴイ_2

 

『和のあかり×百段階段展2017』を見に行った(10)

百段階段の原点の階段
百段階段の階段そのものは、99段なのだそうだ。これでおしまいでないという気持ちを込めたらしい。
百段階段の原点の階段_1
百段階段の原点の階段_2
百段階段の原点の階段_3
百段階段の原点の階段_4
階段の端にあるのは石巻こけし
呉服店の若旦那である林貴俊氏制作の「石巻こけし」は、東北大震災後の石巻のお土産にしようと立ち上げたものらしい。来場された方は、気づいてくれただろうか。
百段階段の原点の階段_5

現代美術家 仁志麻里恵「神様の足跡」
『〇〇の間』ではない小部屋に展示されてあった。目黒の竹のイメージだそうだ。昔は、サンマなどではなくタケノコが名産品だったのだ。説明書きによれば、竹が折れると、『神様の足跡』と考えられ、神事の際の道具を作るのに用いられたとかだそうだ。
現代美術家 仁志麻里恵「神様の足跡」_1
現代美術家 仁志麻里恵「神様の足跡」_2
現代美術家 仁志麻里恵「神様の足跡」_3

エレベーターの装飾
反射してしまってよく見えないかもしれない。相当に美しい螺鈿細工でできている。
扉の装飾
エレベーターの装飾_1
内部の装飾
エレベーターの装飾_2

会場入り口のモニュメント
こちらは馬をイメージしたモニュメントかな?
会場入り口のモニュメント_1
会場入り口のモニュメント_2
こちらは柳井の金魚
会場入り口のモニュメント_3

最後に螺鈿細工をもう一度
何度も見ていただき恐縮だが、そのくらいの価値があるものだと思う
最後に螺鈿細工をもう一度

 

EOS 7D MarkII + Sigma 100-400mm F5-6.3 DG OS HSMで撮った上野動物園(4)

アオメキバタンとコキサカオウム
迂闊だった。屋外には風切り羽を切った同じ種が2羽いるのだと思っていた。だが、何かおかしい。説明板が2種あったのだ。違う名前が記されてあった。う~~ん。
アオメキバタン
そういえば、多少目の淵が青い鳥さんだなあ。よくよく見ればかなり美しい鳥さんだ。
アオメキバタン_1
アオメキバタン_2
コキサカオウム
ほっぺたが少し黄色味を帯びている。東北に多いリンゴほっぺの少女たちを思い出す。そう言った後で申し訳ないが、多少おじさんぽい印象だ。
コキサカオウム

バードハウス2F
カンムリシャコ
かなりど派手ないでたちだ。
カンムリシャコ_1
カンムリシャコ_2
ミノバト
確かに蓑をまとった鳩のように見えるかな。沈思黙考中の棋士のような感じだ。
ミノバト_1
ミノバト_2
ミノバト_3
ミノバト_4
ミノバト_5
カノコスズメ
ちょこまかしている小さな鳥さん。今回初めて撮ったが、よくよく見ると、ちょっぴり変わったデザインかな。
カノコスズメ_1
カノコスズメ_2
ヒノマルチョウ
真正面から見ると、赤い部分がヒノマルのように見えるのかな?その角度から撮れなかったので、…。
ヒノマルチョウ_1
ヒノマルチョウ_2
キビタキ
福島県の県鳥に指定されている夏鳥。恥ずかしながら、福島県にいたときは見つけられなかった。夏は毎日海に遊びに行っていたからかなあ。
キビタキ_1
キビタキ_2
キビタキ_3
ホウオウジャク
サンコウチョウといい勝負をしそうな鳥さんだ。薄暗い止まり木に留まっていたのが残念。明るいところで見たかった。
ホウオウジャク_1
ホウオウジャク_2
カンムリシギダチョウ
「シギダチョウ」という名に反し、ダチョウとは(もちろんシギとも)特に近縁ではないそうだ。私にそうは見えないといわれても困るのだが、…。
カンムリシギダチョウ_1
カンムリシギダチョウ_2
ウズラ
鶏のような存在だと思っていたのだが、ウズラはれきとした野鳥でもあるようだ。
ウズラ_2
ウズラ_3
オオルリ
屋外では見たことがない。見たら欣喜雀躍しそうだなあ。
オオルリ_1
オオルリ_2
オオルリ_3
オオルリ_4
オオルリ_5

 

EOS 7D MarkII + Sigma 100-400mm F5-6.3 DG OS HSMで撮った上野動物園(3)

おっかない鳥さんのケージから、より迫力のある猛獣ゾーンに進む。前回見られなかったライオンやトラは、今回はいるのだろうか?何となく及び腰になっている自分が情けない。

ワシ・タカ
ダルマワシ
なかなかきれいなワシだ。どこが達磨なんだろうか?
ダルマワシ
オオワシ
金網が写ってしまう位置にいたのか。ガッカリしかけたら、子供の『上にもいるよ』という声が聞こえた。上を見ると確かにいた。
オオワシ_1
オオワシ_2
オオワシ_3
オオワシ_4
ノスリ
モモアカノスリ(ハリス・ホーク)とかなり似ているんだ。当たり前かもしれない。腿が赤いだけの違いなんだから。ノスリに『鵟』という字をあてるとは、どうにも解せないなあ。何故、『狂った鳥』なんだろうか?
ノスリ

他の鳥さんはポーズをとってくれなかったのでパス。次に向かう。

インドライオン
至近距離なので100ミリでも苦しい。怖いはずだが、あまりに近く恐怖心が麻痺したままだった。
インドライオン_1
インドライオン_2

スマトラトラ
自分が寅年ということもあるが、家康公じゃないがトラが大好き。でも、一声吠えられると、縮み上がる迫力がある。
スマトラトラ_1
スマトラトラ_2
スマトラトラ_3
スマトラトラ_4
スマトラトラ_5
スマトラトラ_6

ニシゴリラ
まじめな話、生息数が激減している動物な最たるものだとか。貴重な存在のようだ。
考えるポーズが何とも様になる。人間に近い生き物なんだなあと思う。それはいいけど、公衆の面前で鼻くそほじりはやめた方が良いと思うよ。

ニシゴリラ_1
ニシゴリラ_2
ニシゴリラ_3
ニシゴリラ_4
ニシゴリラ_5
ニシゴリラ_6

 

『和のあかり×百段階段展2017』を見に行った(9)

頂上の間
実は一番期待していないところだった。だが、その予想はよい意味で大外れ。素晴らしい出来栄えだった。
一葉式いけ花次期家元 粕谷尚弘氏の作品
大変な力作だったと思う。部屋に足を踏み入れた瞬間に圧倒された感じだった。
一葉式いけ花次期家元 粕谷尚弘氏の作品_1
一葉式いけ花次期家元 粕谷尚弘氏の作品_2
一葉式いけ花次期家元 粕谷尚弘氏の作品_3
一葉式いけ花次期家元 粕谷尚弘氏の作品_4
一葉式いけ花次期家元 粕谷尚弘氏の作品_5
右端の作品は、吹きガラス 小野省三氏の作品
一葉式いけ花次期家元 粕谷尚弘氏の作品_6
一葉式いけ花次期家元 粕谷尚弘氏の作品_7
一葉式いけ花次期家元 粕谷尚弘氏の作品_8
一葉式いけ花次期家元 粕谷尚弘氏の作品_9
一葉式いけ花次期家元 粕谷尚弘氏の作品_10
一葉式いけ花次期家元 粕谷尚弘氏の作品_11
ネブタスタイル「The LAMP ? ねぶたらんぷ」
ねぶた風なのか。なるほど。
ネブタスタイル「The LAMP ? ねぶたらんぷ」_1
ネブタスタイル「The LAMP ? ねぶたらんぷ」_2

天井画は松岡映丘門下の作品です。前室、本間ともに格天井で、本間の床柱は黒柿の銘木を使用しています。

 

EOS 7D MarkII + Sigma 100-400mm F5-6.3 DG OS HSMで撮った上野動物園(2)

まわり始めなので、試運転という感じだ。最初にキジ・鳩類の暗めで網目が細かい厄介な金網が立ちはだかる。めげてしまいそうだ。

ジャイアントパンダ
たぶん、雄のリーリー(力力)だと思う。本来はもう少し粘って良いシーンを撮りたかったが、大きな大人が子供たちの視界を遮り続けるのが憚られた。赤ちゃんパンダのデビューはいつになるのかな?
ジャイアントパンダ_1
ジャイアントパンダ_2
ジャイアントパンダ_3

キジ・鳩
うまく撮りにくいケージが並ぶ。ほかの人だって見難いはずだ。何とか改良してもらいたいものだ。
ハゲガオホウカンチョウ
禿げが禿げを撮っている。そう言われるのが嫌だなあ。縞々の個体が雌で、黒い個体が雄だそうだ。う~~ん。
ハゲガオホウカンチョウ_1
ハゲガオホウカンチョウ_2
ハゲガオホウカンチョウ_3
コシアカキジ
雄の腰のあたりが赤い。それで腰赤というのだそうだ。
コシアカキジ_1
コシアカキジ_2

ユーラシアンカワウソ
いわきのアクアマリンふくしま生まれなんだ。私と同郷だな。それでも、君たちはヨーロッパの動物さんか。
ユーラシアンカワウソ

この辺りから調子を出さないと。ずるずるべったりいってしまう。ヨーシ、気合を入れるぞ。

フクロウ
大好きなフクロウさんとミミズクさんとがいる。張り切らざるを得ないが、どうも好かれなかったのかなあ。
シロフクロウ
雌さんには、『変な顔をしているところを撮ったでしょ。フンだ!!』って感じで嫌われてしまったようだ。雄さんは、割と愛想が良かった。日本でも北海道でまれに見られるとか。カナダ、ケベック州の州鳥になっているそうだ。どうしても見たければ、あちらにお出ましいただくかしかないのかもしれない。
シロフクロウ_1
シロフクロウ_2
シロフクロウ_3
シロフクロウ_4
シロフクロウ_5
ダイジェスト_1
シロフクロウ_6
ネパールワシミミズク
マレーワシミミズクと一緒のケージに入っていた。が、これしか見つけられなかった。たぶん、ネパールワシミミズクの方だと思う。
ネパールワシミミズク_1
ネパールワシミミズク_2
ネパールワシミミズク_3
ネパールワシミミズク_4
ダイジェスト_2
アビシニアンワシミミズク
アビシニアンってのは、ニャンコの名前から来ているのかなあ。あまり見かけなさそうな気がする。小型のミミズクさんだ。
アビシニアンワシミミズク_1
アビシニアンワシミミズク_2

 

『和のあかり×百段階段展2017』を見に行った(8)

清方の間
清方の間には、過去連続して大作が展示されていた。この間の名前の主である鏑木清方の絵をじっくりと見たかったのだが、かなり制約があった。今年もそうなのだろうかと思っていたら、びっくりするような展示だった。その良し悪しを論じる前に、初めて鏑木清方の絵をじっくり見ることができたことに感激した。『一番いい絵は一番上にあります』というのは、大げさでも何でもなかった。
四季風俗美人画の一つ
やはり鏑木清方の絵はいいなあ。しかも、この部屋にいくつもあるのだから、堪えられない。
『娘道成寺』だと思う
四季風俗美人画の一つ
上出長右衞門窯 上出惠悟「笛吹電影樂團」
出展者の意図はわからないでもないが、『それだけなの?』という感じが否めない
タイトルに沿った展示
それはこれのみ。茶碗に描かれた笛吹が笛を吹くと、後方のスクリーンの画が動く。いわゆる動画になっているのだ。
タイトルに沿った展示
その他は、茶碗の出品のみ
出品の茶碗をご覧になられた方の評価は如何だったのだろうか。やはり天井の画は見難いかなあ。
その他は、茶碗の出品のみ_1
その他は、茶碗の出品のみ_2
その他は、茶碗の出品のみ_3
その他は、茶碗の出品のみ_4
その他は、茶碗の出品のみ_5
デザインはそれなりに面白いが
その他は、茶碗の出品のみ_6
鏑木清方の絵
いつも見損ねてしまうのが天井画。今年も同じ轍を踏んでしまった。天井を8つの三角形に区切り、扇面に杉の柾板を、下地に杉の網代を張っている。その扇面を愛でる趣向のようだ。何度も繰り返して見落とすなんて、お馬鹿さんだなあ。
鏑木清方の絵_1
鏑木清方の絵_2
鏑木清方の絵_3
鏑木清方の絵_4
鏑木清方の絵_5
鏑木清方の絵_6

美人画の大家、鏑木清方が愛着をもって造った落ち着いた静かな茶室風の室です。特に奥の間の床柱は径一尺五寸の北山杉の天然総絞丸太でこのような逸材は今日、市場でもなかなか見出せないものです。廻り廊下の北山丸太を扱った化粧軒、障子建具、組子など、細心の造りです。扇面形杉柾板に四季草花、欄間の四季風俗美人画ともに清方の筆です。

 

CANON EOS 7D MarkII + Sigma 100-400mm F5-6.3 DG OS HSMで撮った上野動物園(1)

前回はNIKON D7100 + SIGMA APO 50-500mm F4.5-6.3 DG OS HSMで上野動物園の動物さんを撮った。今回は買い増したキャノン用のSigma 100-400mm F5-6.3 DG OS HSMをCANON EOS 7D MarkIIに装着して撮ってみた。
平たく言えば、『ライト・バズーカ』のテストをしてみたのだ。


ダイジェスト
同じシグマのレンズだが、設計が新しい分、かなり使いやすくなっていた。合焦もかなり速い。発売当初、問題になった合焦の遅さはファームウェアのバージョン・アップで解消したようだ。私には満足感が多い試し撮りとなった。
このレンズには、『マニュアルオーバーライド(MO)』という機能が搭載されていて、レンズのフォーカス切り換えスイッチをMOにセットすると、シングルAFはもちろん、コンティニュアスAF時でもMF撮影に切り換えられた。檻や金網にピントを持っていかれてしまうようなとき、これがあると非常に助かった。
キャノン純正のテレコン1.4Ⅹのバージョン2でも中央1点のみだが、AFが効くらしい。それに関しては、持参し忘れて確認できなかった。
ダイジェスト_1
ダイジェスト_2
ダイジェスト_3
ダイジェスト_4
ダイジェスト_5
ダイジェスト_6
ダイジェスト_7

 

『和のあかり×百段階段展2017』を見に行った(7)

星光の間(2)
造形作家 川村忠晴氏の作品(2)

洒落たデザイン
洒落たデザイン_1
洒落たデザイン_2

虫に食われた葉っぱもそれなりに美しい
虫に食われた葉っぱもそれなりに美しい

立体的デザイン
立体的デザイン_1
立体的デザイン_2
立体的デザイン_3
立体的デザイン_4
立体的デザイン_5
立体的デザイン_6
立体的デザイン_7

ちょっといたずら
私のイニシャルを投影してみた。短足なのがばれてしまうかな。
ちょっといたずら

 

『和のあかり×百段階段展2017』を見に行った(6)

星光の間(1)
造形作家 川村忠晴氏の作品(1)
部屋の入ってすぐのところの様子
極小のあかりの展示なので、第一印象はどうしても暗い感じになってしまう。その代わり、室内の装飾は比較的見やすいかもしれない。
部屋の入ってすぐのところの様子
おなじみの葉っぱのアート
見慣れた感じかもしれない。
おなじみの葉っぱのアート_1
おなじみの葉っぱのアート_2
おなじみの葉っぱのアート_3
おなじみの葉っぱのアート_4
おなじみの葉っぱのアート_5
おなじみの葉っぱのアート_6
おなじみの葉っぱのアート_7
これは何かな?
葉っぱのアートかもしれない。が、葉っぱだとして何の葉っぱだろうか?
これは何かな?
葉っぱ版の市松模様
これも一応は市松模様といって構わなさそうだ
葉っぱ版の市松模様
面白い配置
なのだが、いったい何を意味するのか、よく分からなかった。車座に取り囲んでいるのが、COOLに見えた。
面白い配置
新しいセンス
いつも同じものばかりじゃなかった
新しいセンス_1
新しいセンス_2
新しいセンス_3
新しいセンス_4
新しいセンス_5

作者不明の作品
星光の間の入り口手前にあったと記憶している。本当に作者が不明なのではなくて、私が作者の名前を見落としただけのこと。素晴らしい作品だと思ったので、恥を忍んで取り上げた。
作者不明の作品

奥の間の床柱は北山杉天然絞丸太で、次の間の床柱は槇出節、両室とも格天井及び欄間いっぱいに板倉星光の四季草花が描かれています。

 

『和のあかり×百段階段展2017』を見に行った(5)

静水の間
こちらには、小さな作品が集められていた。
あかりマイスター 照明塾塾長 橋田裕司氏の作品
この展示がメインだったようだ。思わず目が行った。それだけアイキャッチさせるものがあるのだろう。
一番手前の作品はカエルがひっくり返っている。めったに見られないポーズだろう。そこが面白い。
あかりマイスター 照明塾塾長 橋田裕司氏の作品_1
この角度からは撮るのが難しかった。もう少し、暗いところに強いカメラとレンズとで迫りたいところだが、あいにくそんなものは持っていない。
あかりマイスター 照明塾塾長 橋田裕司氏の作品_2
あかりマイスター 照明塾塾長 橋田裕司氏の作品_3
あかりマイスター 照明塾塾長 橋田裕司氏の作品_4
あかりマイスター 照明塾塾長 橋田裕司氏の作品_5
いわゆる組子も出品された
なかなか手の込んだものだ。見事な出来栄えだと思った。
江戸組子建松(東京都江戸川区/組子)
いわゆる組子も出品された_1
山川建具(東京都江戸川区/組子)
いわゆる組子も出品された_2
日本ステンドグラス作家協会の作家たちの作品
芸が細かいなあ。日本人の繊細さの発露だ。
日本ステンドグラス作家協会の作家たちの作品_1
日本ステンドグラス作家協会の作家たちの作品_2
日本ステンドグラス作家協会の作家たちの作品_3
七宝作家 常信明子氏の作品
七宝の見事な作品。ほれぼれするような実に細かい仕事がなされている。
七宝作家 常信明子氏の作品_1
七宝作家 常信明子氏の作品_2
部屋の装飾の様子
格天井の秋田杉には池上秀畝の鳳凰・舞鶴、欄間四方には小山大月の金箔押地秋草が描かれている
部屋の装飾の様子_1
次の間の天井及び欄間は橋本静水等の画伯によるもの
部屋の装飾の様子_2
部屋の装飾の様子_3
部屋の装飾の様子_4
奥の間の床柱は黄檗丸洗。格天井の秋田杉には池上秀畝の鳳凰・舞鶴、欄間四方には小山大月の金箔押地秋草が描かれています。次の間の天井及び欄間は橋本静水等の画伯によるものです。

 

クワガタが元気になった

朝ミサの帰りに知り合いのご婦人が衰弱しきったクワガタを拾った。それをもらい受けた。また、別のご婦人の車に同乗させてもらって、帰宅する途中まったく動かなくなってしまった。
小型のクワガタ。生を享けて間もないだろうに衰弱死では何ともかわいそうだ。せめて、元気を取り戻してから、保育園での観察に供するか、中根公園の森に放すかしようと考えた。

クワガタ_1
クワガタ_2
クワガタ_3

そうしたら、娘ががぜん張り切り、衰弱しきった昆虫の蘇生術を調べ出した。いきなり糖分を与えるのは逆効果らしい。最初は、水分だけを与えて、体力回復を待った。そうしたら、多少元気が出たようで、夜のうちに逃げ出した。でも、逃げられない我が家の構造。早く探し出さないと、今度こそ餓死してしまう。
またもや娘が見つけ出した。それで、栄養をつけている最中。かなり色つやも良くなってきたようだ。

 

『和のあかり×百段階段展2017』を見に行った(4)

草丘の間
切り絵作家早川鉄兵氏の「清流の森」と名付けられた展示があった。わかりやすいし、ど下手な私でもなんとかとることができる状況。非常にありがたい。
入ってすぐの様子
欄間には礒部草丘の四季草花絵、瑞雲に煙る松原の風景が描かれていて、障子建具は非常に手の込んだ面腰組子になっている。それも併せてみていただければ幸いだ。
草丘の間_1
草丘の間_2
清流には魚がいて、それを狙う熊もいる
草丘の間_3
草丘の間_4
森の奥は、動物の楽園かな
草丘の間_5
草丘の間_6
部屋の様子
礒部草丘の四季草花絵、瑞雲に煙る松原の風景。この1枚だけしか撮れなかった。
草丘の間_7
格天井の秋田杉及び欄間には礒部草丘の四季草花絵、瑞雲に煙る松原の風景が描かれています。障子建具は非常に手の込んだ面腰組子です。

 

上野動物園にて(9)

ルリカケス
前回行ったときには奥に入り込んでちょっとだけ後ろ姿を見ただけだった。今回は打って変わっての大サービスぶり。期待していなかっただけに、大感激した。
ルリカケス_1
ルリカケス_2
ルリカケス_3
ルリカケス_4
ルリカケス_5
ルリカケス_6
ルリカケス_7
ルリカケス_8

小型の鳥さん大集合のケージ
この小型の鳥さん大集合のケージの住民さんたちは、動きが早い。そのうえ、少し暗くしてあることもあってか、ピンボケばかり。これでは、屋外で遭遇したら完全にアウトだなあ。
ホオジロ
前に出てきてくれたのはよかったのだが、動きが激しくて、…。
ホオジロ_1
ホオジロ_2
アオジ
比較的おとなしくしてくれていた
アオジ_1
アオジ_2
アオジ_3
アオジ_4
ヤマガラ
1ショットしか使えるものがなかった。可愛い鳥さんなのに残念至極。
ヤマガラ
シジュウカラ
まあ、協力してくれたかな
シジュウカラ_1
シジュウカラ_2
シジュウカラ_3
ジョウビタキかな?
なかなか前面に出てきてくれなかったなあ
ジョウビタキかな?_1
ジョウビタキかな?_2
ジョウビタキかな?_3
ジョウビタキかな?_4
ジョウビタキかな?_5

以上で、取り上げるのがとびとびになってしまった『上野動物園にて』シリーズは終了です。最後までご覧いただきありがとうございました。
近日中にレンズとカメラとを変えて、再挑戦しようと考えています。その時は、またよろしくお願いいたします。

 

上野動物園にて(8)

間がかなり空いてしまったが、2回分に分けて鳥さんの画像を取り上げて最後としたい。鈍臭いので、ピントが完全に合ってはいない。そこはご容赦を。m(__)m

オオワシ
自然界では絶対に撮ることができない至近距離での撮影。不敵な面構えをしているものだ。それにしても近くだと細部まで良く見えるものだ。
オオワシ_1
オオワシ_2
オオワシ_3
オオワシ_4
オオワシ_5

カワセミとアカショウビン
アカショウビンの前を構ってもらいたいのかカワセミが魚を咥えてうろちょろしていた。かたや完全無視のアカショウビン。というか餌がふんだんにあるケージ内では、単に煩わしいだけだったのかもしれない。
カワセミとアカショウビン_1
社会人になった従兄とまだ小学生の従弟って感じかなあ
カワセミとアカショウビン_2
諦めて魚を飲み込んでしまった
カワセミとアカショウビン_3
カワセミとアカショウビン_4
カワセミとアカショウビン_5
知らんぷりのアカショウビン。でも、ちょっとは気になっていたのかなあ。
カワセミとアカショウビン_6
カワセミとアカショウビン_7
カワセミとアカショウビン_8
カワセミとアカショウビン_9
カワセミとアカショウビン_10
カワセミとアカショウビン_11
カワセミとアカショウビン_12
カワセミとアカショウビン_13
カワセミとアカショウビン_14
カワセミとアカショウビン_15
カワセミとアカショウビン_16
カワセミとアカショウビン_17
カワセミとアカショウビン_18
カワセミとアカショウビン_19

 

『和のあかり×百段階段展2017』を見に行った(3)

漁樵の間
こちらでは青森のねぶたの展示があった。そのねぶたと、可能な限りオリジナルの漁樵の間の装飾とを、両方とも撮ろうとした。
『相馬太郎良門(そうまたろうよしかど)妖術を修(おさむ)る  比呂央作』
竹浪比呂央氏の作品。『平成二十六年 JRねぶた実行プロジェクト 出陣ねぶた』を、今回にイベント会場に収まるよう少し小型化したものだろう。歌舞伎の演目になっていると思うが、そちらに疎い私には説明できないので、JRのHRにあった作品解説をそのまま載せる。
青森のねぶたの展示_1
青森のねぶたの展示_2
青森のねぶたの展示_3
青森のねぶたの展示_4
青森のねぶたの展示_5
関東一円を征服し、朝廷に反旗を翻すと自らを『新皇』と称した平将門。しかし、朝廷の命を受けた同族たる平氏中心の武士団に討ち取られ、無念の最期を遂げた。
戦乱のさなか、辛うじて生き延びた娘は奥州に隠れ住み、名を如月尼(にょげつに)と改めた。
その弟であり、将門の嫡男である太郎は幼い頃より、武芸を好み、馬を駆けては合戦の知識を学び、父、将門を偲ばせる武士へと成長していった。
程なくして太郎は、妖しげな蝦蟇の術を使う仙人肉芝仙と知り合う。この仙人から亡き父そして自身の素性を明らかにされると、はや一途に一族の再興を図ろうと一念発起する。
妖術を会得すると、父の出生地である相馬から『相馬太郎良門』と名乗りを上げ、全国に散らばった同志を捜す旅へ出る。如月尼は瀧夜叉姫と名を変え、集まった仲間と相馬の古内裏(ふるだいり)を本拠地として良門を支えた。
繋ぎ馬の旗を掲げ、宿敵である平氏の揚羽蝶紋を敢えて身に纏い、師たる肉芝仙より授けらるる妖術の修行に心血を注ぐ良門の姿である。
今もなお残る、東日本大震災の爪あとからの復興を切に願い、避難生活を余儀なくされる人々が、一刻も早くそれぞれの故郷へ帰る(カエル)日が来る事を祈念するものである。

室内の装飾
見える範囲を撮ってみた。もちろんすべてではない。
床柱
左右ともに巨大な檜で、精巧な彫刻 (中国の漁樵問答の一場面)が施されている。
床柱_1
床柱_2
格天井
菊池華秋原図の四季草花図
格天井
欄間
尾竹竹坡原図の五節句が極彩色に浮彫されている。鏝絵だと思っていたのだが、彫刻して彩色したもののようだ。
欄間_1
欄間_2
欄間_3
欄間_4
このような日本画もあった
このような日本画もあった_1
このような日本画もあった_2

室内はすべて純金箔、純金泥、純金砂子で仕上げられ、彩色木彫と日本画に囲まれた美しさは息を呑むほどの絢爛豪華さです。床柱は左右ともに巨大な檜で、精巧な彫刻 (中国の漁樵問答の一場面)が施されています。格天井には菊池華秋原図の四季草花図、欄間には尾竹竹坡原図の五節句が極彩色に浮彫されています。

 

弘前~田舎館~黒石~弘前一人旅(21)

第2日(7)
こみせ通りを見に行く(4)
帰り道に曹洞宗黒梵山保福寺の元の敷地があり、びっくりしたことは前回取り上げた通り。他にも何かあるかなと好奇心丸出しで見て歩く。それがいけなかったのか、黒石駅で相当時間待つことに。
漸く電車に乗ることができた
ローカル線といえども、メンテナンスは欠かせないものなんだ
漸く電車に乗ることができた_1
漸く電車に乗ることができた_2
漸く電車に乗ることができた_3
OJTをしていたようだ
漸く電車に乗ることができた_4
弘前に戻ってきた
弘前駅に到着
前夜宿泊したビジネスホテルが見える
弘前駅に到着_1
弘前駅に到着_2
弘前市立病院…弘前に数多く残る前川國男建築の一つ
作品が一括して世界遺産に指定されたル・コルビュジエ。前川國男氏は彼の弟子にして、モダニズム建築の旗手として、第二次世界大戦後の日本建築界をリードした人物。丹下健三、木村俊彦は前川事務所の出身なのだ。東京文化会館などが彼の作品。
弘前市には、前川の母が津軽藩士の娘だったという縁で、前川作品が残っている。そのうちの一つが弘前市立病院だ。

弘前市立病院
ダイニング響
食事と津軽三味線演奏とを特等席で楽しんだ。最後の最後に良い思い出ができた。
郷土料理「かご膳」+豪華利き酒セット
「かご膳」は、季節によって内容が異なるのだろうが、HPの献立例によれば、小鉢は、烏賊のホヤ塩辛和え、県産長芋の和え物サラダ風、山菜寿司、冷製茶碗蒸しで、焼物は鮫の味噌醤油焼、煮物は鶏肉と野菜のスープ煮、造里は鯛と活帆立、皿物は豚の冷しゃぶ、陶板は県産帆立の陶板焼、吸物は蜆汁、ご飯は雑穀入りつがるロマン、デザートはりんごシャーベットという内容だった。非常にイケた『けの汁』などが含まれていないので、その日の献立は、一例とは違う内容だったらしい。いずれにしても、かなり豪華。豪華利き酒セットは、田酒(特別純米酒)、じょっぱり(純米吟醸)、八鶴(大吟醸)とのことだった。お代わりしたほうが良かったかなあ。
郷土料理「かご膳」+豪華利き酒セット_1
郷土料理「かご膳」+豪華利き酒セット_2
郷土料理「かご膳」+豪華利き酒セット_3
店内の飾り
店内の飾り_1
店内の飾り_2
津軽三味線の演奏
佐藤晶さんの演奏を楽しんだ。30分の持ち時間ということだったが、40分の大熱演だった。
津軽三味線の演奏_2
津軽三味線の演奏_3
津軽三味線の演奏_4
津軽三味線の演奏_5
津軽三味線の演奏_6
津軽三味線の演奏_7
津軽三味線の演奏_8

佐藤晶 津軽三味線演奏 津軽じょんから節 新節 【津軽三味線 ... - YouTube

以上で、『弘前~田舎館~黒石~弘前一人旅』シリーズは終了です。最後まで、ご覧いただき、ありがとうございました。

 

弘前~田舎館~黒石~弘前一人旅(20)

第2日(6)
こみせ通りを見に行く(3)
めぼしいところを見て回ったので、ぶらぶらしながら駅に向かうことにしよう
こみせ駅の裏側の駐車スペース
前々回に取り上げた鳴海醸造店の土蔵かな。手前では、酒造りに使う名水を頂けるようだ。岩木山の伏流水なのだろう。軟らかい美味しい水だったので、何杯もいただいた。
こみせ駅の裏側の駐車スペース_1
こみせ駅の裏側の駐車スペース_2
こちらは、そこの駐車場のようだ。かなり年季の入った建物ばかりだ。
そこの駐車場のようだ
その間を通り抜けると
その間を通り抜けると_1
その間を通り抜けると_2
その間を通り抜けると_3
お蕎麦屋さんがあった
時すでに13:00近く。かなりの空腹状態だ。『金の銀杏』という店名か。面白そうだから、入ってみよう。
お蕎麦屋さんがあった
ちょっと頑固そうな主人がいた
あとで話してみると、温和な人物だった。顔つきが怖いのは、私も同類項だ。
ちょっと頑固そうな主人がいた
カモのつけ汁のそばを注文した
主人の調理の様子をよく観察していた。これなら十分おいしそうと思えた。事実その通りだった。
カモのつけ汁のそば_1
カモのつけ汁のそば_2
もう1軒の醸造店
前々回に取り上げた鳴海醸造店のほかに、もう1軒、中村亀吉酒造「玉垂」という醸造店がある。利き酒のはしごというのもはしたないので、こちらは外観のみを撮らせてもらうにとどめた。ちょっと残念。「杉玉」、別名「酒林」が大きいのに驚いた。
もう1軒の醸造店_1
もう1軒の醸造店_2
もう1軒の醸造店_3
もう1軒の醸造店_4
もう1軒の醸造店_5
(株)中村亀吉は酒名を「玉垂(たまだれ)」とし、大正2年(1913年)この地区で当主中村亀吉により創業されました。以来、長年に渡り酒造りの名工といわれる津軽杜氏によって大切に造りつづけられました。
蔵の個性と津軽の風土にこだわって醸造した酒は、品評会での評価も高く数々の賞に輝いています。口当たりがやさしく、コクがあり、まろやかな味わいが特徴の津軽を代表する地酒です。

第三消防部屯所
先ほどの蕎麦屋の主人に勧められた。確かに風格があるなあ。
クラシックな消防自動車が鎮座ましましているのだが、光線の加減で撮れなかった。NISSAN FS780だそうだ。
第三消防部屯所_1
第三消防部屯所_2
第三消防部屯所_3
何だか知らないが、飲み屋さんばかり
街の規模にすれば驚くほどの飲み屋さんの数。きりがないので、ごく一部だけ。
飲み屋さんばかり_1
飲み屋さんばかり_2
曹洞宗黒梵山保福寺の跡地
山門や鐘楼などからもわかる堂々たるお寺が建っていたと思われる空間。行ったときは、空き地になった経緯がわからず、首をひねるばかりだった。後で調べてみたら、平成3年11月、火災によって全棟焼失し、現在は別の土地に再建されているそうだ。
山門と鐘楼
曹洞宗黒梵山保福寺の跡地_1
長い参道
西国三十三観音石像(明治20年建立)や芭蕉句碑(文政10年建立「八九間空で雨ふる柳かな」)が残されている。お寺がなくなっても、参道はきれいに維持されている。立派な心掛けだ。
曹洞宗黒梵山保福寺の跡地_2
西国三十三観音石像
33体が揃っていた。今頃になって気づいたのだが、鼻の頭に白いものが塗られてはいなかった。
曹洞宗黒梵山保福寺の跡地_3
曹洞宗黒梵山保福寺の跡地_4
曹洞宗黒梵山保福寺の跡地_5
芭蕉句碑
碑面が良く見えなかったのが、ちょっと残念だった。句意は、『絹のような細い春雨もやみ、清らかな陽光が射しはじめる中で、八、九間も高く空に枝葉を広げた柳の大木の頂あたりからは、まだ雨が降っているように雨雫がきらきら光りながら滴り落ちている』というものだとか。なぜ、この地にこの句碑が残されていたのだろうか?
曹洞宗黒梵山保福寺の跡地_6
曹洞宗黒梵山保福寺:
本尊は釈迦牟尼仏。国誌によりますと、慶安元年、弘前長勝寺3世月寒雲鶴が当地に曹洞宗寺院がないために開創と伝えます。明暦元年、弘前藩より津軽信英が黒石5000石を分封されると菩提寺にあてられました。3代修英が本堂建立。明和3年の大地震により諸堂は倒壊しましたが、黒石津軽家の庇護を受けて再興。昭和9年建造の本堂や庫裡のほか位牌堂や鐘楼など県下有数の大伽藍を持つも、平成3年11月、火災によって全棟焼失。乙徳兵衛町から牡丹平への移転新築によって再建されました。

 

弘前~田舎館~黒石~弘前一人旅(19)

第2日(5)
こみせ通りを見に行く(2)
高橋家住宅…3棟(主屋、土蔵、こみせ)…国指定重要文化財
主屋_外観
主屋_外観_1
主屋_外観_2
主屋_外観_3
こみせ
こみせ_1
こみせ_2
こみせ_3
こみせ_4
家屋内部
現在は喫茶店になっている。その店の客としての範囲で、見学は可能。
家屋内部_1
家屋内部_2
家屋内部_3
家屋内部_4
家屋内部_5
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家屋内部_11
家屋内部_12
家屋内部_13
家屋内部_14

高橋家住宅は、代々理右衛門を名乗る黒石藩御用達の商家で、主に米穀を扱ったことから屋号を「米屋」といいます。米穀のほかに味噌や醤油、塩などの製造や販売などしていました。昭和48年2月23日重要文化財に指定されています。
建物の規模は、桁行11間半、梁間6間の一部2階切妻造妻入で、屋根は築造当初は長柾葺でしたが、昭和初期に亜鉛引鉄板葺に葺き替えています。住宅の内部は、二間の通り土間と片側二列並びに10部屋が配されています。中町側に面する2部屋は建築当時は一部屋であり、「みせ」として使われていたそうです。そして、この「みせ」には奥行き2間の2階があります。8畳間と4畳大の板間からなる部屋の2部屋だけですが、屋根が低いため「与次郎組」という工法が用いられています。この他にも住宅の構造には、吊り上げ式大戸、吹き抜け天井、出格子窓などがあり、津軽地方の典型的大型商家の造りをしています。
建築年代は、材木の見積書から宝暦13年(1763)頃と推定されます。築後約240年経ちますが、これまで大火事や地震などの被害にも遭わず現在に至っています。高橋家住宅の見学は無料ですが、所有者が住まいしている個人の住宅ですので、限られた期間、場所だけの公開になります。また、冬期間(12月~3月)は、公開しておりません。それ以外の期間でも公開できない場合がありますので、ご了承下さい。

 

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