散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

みさきまぐろきっぷを試してみた(10)

本瑞寺
源頼朝が三崎に建てた三御所の一つ「桜の御所」跡に建つ寺院。また、平安以来の武家の名門、三浦一族の菩提寺でもある。海に囲まれ温暖な小高い丘の上にある。往時の景観の良さは如何許りだっただろうか。いまの境内には、桜に代わり梅が多く植えられているようだ。
寺の施設関連
急こう配の階段
他にもアクセスの方法があるのだろうが、私はこの急こう配の階段を利用している。
急こう配の階段_1
振り返るとこんな景観が待っている
急こう配の階段_3
急こう配の階段_4
階段を上り切った辺りにある無縁仏の碑
階段を上り切った辺りにある無縁仏の碑_1
階段を上り切った辺りにある無縁仏の碑_2
階段を上り切った辺りにある無縁仏の碑_3
本堂
本堂_1
本堂_2
三浦市が設置した説明板
ここに桜の御所があったことがわかる。そのころは、本当に素晴らしいところだったのだろう。源氏三代も北条政子もここで観桜の宴をしたようだ。
三浦市が設置した説明板
鐘楼と梵鐘
本瑞寺には、『康永三年(1344年)甲申三月』の銘のある神奈川県指定重要有形文化財の梵鐘があるという。この梵鐘だろうか。
鐘楼と梵鐘_1
鐘楼と梵鐘_2
鐘楼と梵鐘_3
山門
文政四年(1821年)7月建立の山門
山門_1
山門_2
山門_3
山門_4
山門_5

岩村透男爵関連
岩村透男爵の銅像
岩村透は、近代美術の先覚者にして東京美術学校教授だったそうだ。晩年、病気療養のため三崎に別荘を構え、47歳で逝去。本瑞寺に眠っている。1917年の逝去だそうで、今年は没後ちょうど100年後。
胸像は、東洋のロダンといわれた朝倉文夫の作品。お寺の方の説明では朝倉文夫は男爵を敬愛していたのだそうだ。
胸像の下の文言は恥ずかしながら読み取ることができなかった。

岩村透男爵の銅像_1
岩村透先生と書かれてある
岩村透男爵の銅像_2
岩村透男爵の銅像_3
岩村透男爵の墓
お寺の方が男爵の墓をも見たら如何ですかと勧めてくれた
岩村透男爵の墓_1
岩村透男爵の墓_2

俳人松本たかしの墓と句碑
『宝珠不壊蘇鉄の花の秋に入る』…半分ほどしか読むことができなかった。もちろん解釈も…。
俳人松本たかしの墓と句碑

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