散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

秋田&青森への1泊の旅(6) 2017.03.15 02:37追記

角館(5)
石黒家(1)
青柳家を辞して、黒塗りの簓子塀(ささらこべい)沿いに石黒家へ向かう。簓子とは、壁板などを張るときに、羽重 (はがさね) にした下見板の押縁 (おしぶち) として、縦に打ちつける細長い木材。裏側には下見板に合わせた刻みをつけ、板に密着するようにしてある。興味のある向きは、図面などで確認していただきたい。
隣の石黒家へ向かう
程なく隣接する石黒家に到着する。現存する角館の武家屋敷の中で格式が一番高い家柄の屋敷だそうだ。
隣の石黒家へ向かう
石黒家の薬医門
青柳家と同様に薬医門が建つ。文化6年(1809年)日付の矢板がある。万延元年(1860年)の青柳家の薬医門よりもさらに古い。青柳家の黒塀は簓子塀だったが、こちらの石黒家のそれは、また、別の様式だ。
石黒家の薬医門_1
石黒家の薬医門_2
石黒家の薬医門_3
石黒家の薬医門_4
石黒家の薬医門_5
薬医門をくぐり、屋敷内部を見学する。嬉しいことに座敷に上がって、説明を受けながらの見学ができる。サービス度としては最上級のものだった。
懸魚の付いた立派な正玄関とやや小ぶりの脇玄関
直進するのではなく、看板にあるようにやや右手に行ってから屋内に入る。あとでわかったのだが、脇玄関から入ったことになる。我々の身分からすれば、そういうことになるのだ。このことは青柳家で学習済みのことだ。この屋敷自体は、薬医門よりもさらに古く、18世紀から19世紀にかけての頃と推定されているようだ。
懸魚の付いた立派な正玄関とやや小ぶりの脇玄関_1
懸魚の付いた立派な正玄関とやや小ぶりの脇玄関_2
懸魚の付いた立派な正玄関とやや小ぶりの脇玄関_3
正玄関を内側から見た様子
見るからに身分の高い人のみの通行しか許さないそういう雰囲気がある。
正玄関を内側から見た様子
雛飾り
3月3日だったので雛飾りがしてあった。有難いことに2セット飾ってあった。今年は見ることができないと覚悟していたので、思いがけず見ることができて感激した。
こちらは古今雛
江戸末期のもののようだ
古今雛_1
古今雛_2
古今雛_3
こちらは束帯雛
平安一甫作の有職雛。並んで飾ってあるのは八橋人形。
こちらは束帯雛_1
こちらは束帯雛_2
こちらは市松人形
こちらは市松人形
青松多寿色の書
『青松多寿色(せい しょう じゅしょく おおし) 』…禅語で「うつろうことのない不動の松の青さこそ、寿の色」という意味。唐の詩人・孟郊の詩の一節だそうだ。禅寺じゃなくても飾ってあったか。『素軒八十一叟』とある。81歳の痩せた老人。最晩年の北村素軒翁の書のようだ。
青松多寿色の書
欄間の意匠
亀が泳いでいるさまを描いたもの。けやきの木目が丁度波紋のように見える。そして、その透かしが反射する。
欄間の意匠_1
欄間の意匠_2
欄間の意匠_3
上品な囲炉裏のある空間
良いなあ
上品な囲炉裏のある空間
この後、明治・大正期に増改築した蔵が展示室となっているが、それを見ることにする。

石黒家(市指定史跡)
石黒家佐竹北家の用人を勤めた家柄で、家伝によると嘉永6年(1853年)に現在地に移転したとなっています。
薬医門には、文化6年(1809年)日付の矢板があり、門を入ると起り破風に懸魚のついた正玄関と脇玄関があります。母屋は萱葺で庭に築山、巨石、樅の大木、東屋があり、武士の格式を示しながら、簡素なたたずまいを呈しています。道路面にはのぞき窓を付けた黒板塀がめぐり現存する武家住宅の中でも最も古いものです。


娘の雛人形
ついでに娘の雛人形を見ていただく。桐箱にそのまましまうことができる極小サイズのもの。孫達へのものは危なくて出せないので、当面、こちらで行く。
娘の雛人形_1
娘の雛人形_2
娘の雛人形_3
娘の雛人形_4

 

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