散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(25)

上社山出し二日目(6)
本宮二之御柱の木落し(2)
本宮二之御柱の木落しが落下していくぞ。首尾はどうだろう?
ここから木落しだ
私めは二柱目の木落しなので、多少余裕が出てきた。ただし、この位置からうまく撮れるかが心配だ。
本宮二之御柱の木落し(2)_1
後ろのメドデコが思い切り跳ね上がっているのがわかるだろうか。その分、先頭はググッと沈むわけだ。
本宮二之御柱の木落し(2)_2
本宮二之御柱の木落し(2)_3
Goサインが出た
本宮二之御柱の木落し(2)_4
それ行け
こちら側に引き過ぎじゃないか。一瞬、『傾き加減だけど、大丈夫かな』と不安が頭をよぎった。
本宮二之御柱の木落し(2)_5
あっ、あぶない!!傾いている。大丈夫だろうか?
どどっとなぎ倒す感じ。巻き込まれた人はいないか。向こう側のメドデコから人が落ちそうだし、先頭のところではオンベを抱えた人が落下しないように、青パンツの人たちがとっさに懸命に組み付いた。思いがけない展開に驚く。
本宮二之御柱の木落し(2)_6
必死に手前のメドデコを支えようとしたようだ。反対側の綱も強力に引かれた。
本宮二之御柱の木落し(2)_7
少し体勢の立て直しが図られた。が、まだ勢いよく落下中のことでうまく立て直せるか予断を許さない。
本宮二之御柱の木落し(2)_8
ああっ、メドデコから落下した。怪我しないだろうか?
アドレナリン出まくりの状態だから、大丈夫だったと思う。救急車のサイレンも鳴り響かなかったので、事なきを得たのだろう。其れに気を取られたのか、手前側のメドデコがまた見えなくなった。大丈夫だったのだろうか?
本宮二之御柱の木落し(2)_9
どうやら体勢を立て直したようだ
本宮二之御柱の木落し(2)_10
安堵の表情が浮かぶ
本当に危ないところだった。チームワークの良さで何とか難局を乗り切った。お見事!!WINGの2人もよく頑張った。
本宮二之御柱の木落し(2)_11
本宮二之御柱の木落し(2)_12
本宮二之御柱の木落し(2)_13
本宮二之御柱の木落し(2)_14
間髪をいれず、後方に『感謝』の大きな幕が掲示された。粋だねえ。
本宮二之御柱の木落し(2)_15
本宮二之御柱の木落し(2)_16
本宮二之御柱の木落し(2)_17

次回からは、もう一つの見せ場である『川渡し』を取り上げる。物凄い力技なので、これまた見応えがあると思う。

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(24)

上社山出し二日目(5)
本宮二之御柱の木落し(1)
続いて今や遅しと焦れていただろう本宮二之御柱の旗がマウンドの上に翻った。先ほどの前宮一之御柱はかなり右寄りのコースを選択したようだ。先頭の本宮一之御柱はかなり左寄りのコースを選択したようだ。而、本宮二之御柱はどんなコースを選択するのだろうか。
これから1時間は我が陣地だ。そう言わんばかりに地区の旗がはためく。
本宮二之御柱の木落し(1)_1
坂の下では入れ替え戦の最中だ。トラブルのないようにね。
本宮二之御柱の木落し(1)_2
早速セレモニーの準備にかかる。『感謝』の文字がいいなあ。
本宮二之御柱の木落し(1)_3
早速喇叭を吹奏して気合が行き渡るように鼓舞する。彼らの本領発揮のシーンだ。
本宮二之御柱の木落し(1)_4
本宮二之御柱の木落し(1)_5
本宮二之御柱の木落し(1)_6
本宮二之御柱の木落し(1)_7
本宮二之御柱の木落し(1)_8
本宮二之御柱の木落し(1)_9
本宮二之御柱の木落し(1)_10
中洲・湖南地区の御柱祭遂行の中核部隊は、喇叭隊をも含めて『山吹隊』と称しているようだ。色彩的にはやや地味めかと思わないでもないが、物凄い力強さを感じる。
本宮二之御柱の木落し(1)_11
セレモニーには御柱とメドデコと若い衆とが見えていないことには話にならない。それらが見えるように少し曳き出しているところ。
本宮二之御柱の木落し(1)_12
またまた強い土埃が舞う。そんなことをものとせず、太い綱と格闘する若い衆。逞しいものだ。
本宮二之御柱の木落し(1)_13
本宮二之御柱の木落し(1)_14
本宮二之御柱の木落し(1)_15
オンベもメドデコもはっきり見え出してきたぞ。いよいよだなあ。
本宮二之御柱の木落し(1)_16
本宮二之御柱の木落し(1)_17
本宮二之御柱の木落し(1)_18
あれまあ、メドデコの乗り手が全員交代するようだ。此処は花形だから、続けてやりたかっただろう。
本宮二之御柱の木落し(1)_19
子供木遣隊なども入って、記念写真の撮影だ。自分の顔がわかるかなあ。
本宮二之御柱の木落し(1)_20
本宮二之御柱の木落し(1)_21
本宮二之御柱の木落し(1)_22
ここからは再び緊張モードに。メドデコに乗る花形選手たちもスタンバイOKのようだ。
本宮二之御柱の木落し(1)_23
本宮二之御柱の木落し(1)_24
本宮二之御柱の木落し(1)_25
本宮二之御柱の木落し(1)_26
本宮二之御柱の木落し(1)_27
本宮二之御柱の木落し(1)_28
御柱がかなり前まで引き出されてきた。メドデコに乗っている若い衆も、まさしく宙に浮いている。かなりの緊張感が出てきたことだろう。
本宮二之御柱の木落し(1)_29
本宮二之御柱の木落し(1)_30
本宮二之御柱の木落し(1)_31

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(23)

上社山出し二日目(4)
前宮一之御柱の木落し(4)
前回に引き続き、広角+小望遠で撮ったものを取り上げる。散々お待たせしたが、御柱の落下のシーンが入ってくる。
Canon EOS M2+EF-M18-55mm f/3.5-5.6 IS STM
前方&下方に向かって綱が曳かれる。そのままでは、体制が整わない内に滑落しかねない。そうならないように後方からも追い掛け綱で必死になって押さえつけている。
前宮一之御柱の木落し(4)_1
前宮一之御柱の木落し(4)_2
前宮一之御柱の木落し(4)_3
前宮一之御柱の木落し(4)_4
今までチラチラとして見えていなかった後ろのメドデコがついにはっきり見えだした。御柱が相当前まで迫り出し、ピッチング(前後への揺れ)が激しくなってきたのだろう。
前宮一之御柱の木落し(4)_5
まるでシーソーのように後ろのメドデコが激しく上下する。皆が固唾を呑む。
前宮一之御柱の木落し(4)_6
前宮一之御柱の木落し(4)_7
前宮一之御柱の木落し(4)_8
前宮一之御柱の木落し(4)_9
前宮一之御柱の木落し(4)_10
固唾を呑む中、御柱の迫り出しが一段と進む。先頭の人の緊張も極限状態近くになっているように見えた。
前宮一之御柱の木落し(4)_11
前宮一之御柱の木落し(4)_12
旗が白旗に変わり、readyの状態に入った。Goの掛け声がいつ発せられるか固唾を呑む。
前宮一之御柱の木落し(4)_13
前宮一之御柱の木落し(4)_14
前宮一之御柱の木落し(4)_15
Goサインが出た瞬間。御柱が撓ったような気がした。
前宮一之御柱の木落し(4)_16
木落しに入った。ものすごい歓声が起こる。ド迫力が会場を席捲した。久々のEOS M2使用で連写の設定を失念していた。
前宮一之御柱の木落し(4)_17
前宮一之御柱の木落し(4)_18
本宮一之御柱よりも随分右寄りのコースをとったようだ。かなり跡がつくものだ。
前宮一之御柱の木落し(4)_19
前宮一之御柱の木落し(4)_20
メドデコが均等に∨の字を保った。実に綺麗な見事な滑落だった。
前宮一之御柱の木落し(4)_21
前宮一之御柱の木落し(4)_22
前宮一之御柱の木落し(4)_23
前宮一之御柱の木落し(4)_24
前宮一之御柱の木落し(4)_25
前宮一之御柱の木落し(4)_26

以上が前宮一之御柱の木落しの様子だ。次回からは、トラブルが起きかけた本宮二之御柱の木落しの様子を取り上げる。

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(22)

上社山出し二日目(3)
前宮一之御柱の木落し(3)
前回分と内容的にはかなり重複する。が、今回分は、広角+小望遠で撮ったもの。多少見え方が違っていると思う。
Canon EOS M2+EF-M18-55mm f/3.5-5.6 IS STM
一般の曳き子たちは、どんどん下へ下げられる。近くで見たいところだろうが、安全確保上しかたがないのだろう。斯く言う私めも邪魔者なのだが。
前宮一之御柱の木落し(3)_1
前宮一之御柱の木落し(3)_2
前宮一之御柱の木落し(3)_3
前宮一之御柱の木落し(3)_4
前宮一之御柱の木落し(3)_5
前宮一之御柱の木落し(3)_6
セレモニーだ。こればかりは広角系のレンズのほうがよく撮ることができそうだ。それにしても喇叭隊もすごい数が居るんだ。
前宮一之御柱の木落し(3)_7
前宮一之御柱の木落し(3)_8
前宮一之御柱の木落し(3)_9
前宮一之御柱の木落し(3)_10
見事に展開したものだ。公式のカメラマンも満足の写真が撮れたことだろう。
前宮一之御柱の木落し(3)_11
セレモニーが終わり、緊張の瞬間が再び。
前宮一之御柱の木落し(3)_12
前宮一之御柱の木落し(3)_13
前宮一之御柱の木落し(3)_14
前宮一之御柱の木落し(3)_15
前宮一之御柱の木落し(3)_16
前宮一之御柱の木落し(3)_17
前宮一之御柱の木落し(3)_18
前宮一之御柱の木落し(3)_19
前宮一之御柱の木落し(3)_20
一曳きごとに、御柱が前後に大きく揺らぐ。嵐の海でピッチングに苦しむ船舶のようだ。
前宮一之御柱の木落し(3)_21
前宮一之御柱の木落し(3)_22
前宮一之御柱の木落し(3)_23
前宮一之御柱の木落し(3)_24
前宮一之御柱の木落し(3)_25
赤旗で制止しているが、御柱は今にも落下しそうだ。綱も相当に負荷が掛かっていそうだ。
前宮一之御柱の木落し(3)_26

今回はこのカメラとレンズとの組み合わせでここまで。次回は前宮一之御柱が猛然と落下するシーンになる。

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(21)

上社山出し二日目(2)
前宮一之御柱の木落し(2)
土埃がひどいので、朝取り出したままのカメラとレンズの組み合わせのまま。レンズ交換などしたら、カメラもレンズも使い物にならなくなってしまいそうだ。ということで2つのセットを取っ替え引っ替え使い分けた。今回分は次のセットで撮影した分。
Canon EOS M3+EF-S55-250mm f/4-5.6 IS
最初から物凄い土埃が舞っている。今日も大変そうだ。斜面で踏ん張るには、昨日の疲れが抜けていない。我が体調が心配だ。
前宮一之御柱の木落し(2)_1
前宮一之御柱の木落し(2)_2
前宮一之御柱の木落し(2)_3
いよいよ太綱が曳かれた。徐々に御柱が前に迫り出し始める。
前宮一之御柱の木落し(2)_4
ちょっとだけ見え始めたぞ
前宮一之御柱の木落し(2)_5
前宮一之御柱の木落し(2)_6
前宮一之御柱の木落し(2)_7
前宮一之御柱の木落し(2)_8
前宮一之御柱の木落し(2)_9
前宮一之御柱の木落し(2)_10
御柱がよく見える位置にまで引き出されてきた。メドデコに乗り人たちは得意満面のことだろう。
前宮一之御柱の木落し(2)_11
一番前で腰掛けている人は、相当な恐怖心があるのでは。私なら絶対に受けない役目だ。
前宮一之御柱の木落し(2)_12
ここでお決まりのセレモニー。喇叭隊や木遣の人も頑張る。当然、公式のカメラマンも此処が出番と張り切ることだろう。
前宮一之御柱の木落し(2)_13
前宮一之御柱の木落し(2)_14
前宮一之御柱の木落し(2)_15
前宮一之御柱の木落し(2)_16
さあ、いよいよ再開だ。もうすぐ御柱が落とされるぞ。
前宮一之御柱の木落し(2)_17
不用意に御柱が落下しないように後方では追い掛け綱が必死になって踏ん張っているはずだ。見えないところで頑張っている人たちに感謝。
前宮一之御柱の木落し(2)_18
前宮一之御柱の木落し(2)_19
あの赤旗が白旗に変わるまでは木落しは始まらない。そう思っているものの、いつそうなるかと固唾を呑む。
前宮一之御柱の木落し(2)_20
前宮一之御柱の木落し(2)_21
前宮一之御柱の木落し(2)_22
前宮一之御柱の木落し(2)_23
前宮一之御柱の木落し(2)_24
前宮一之御柱の木落し(2)_25
前宮一之御柱の木落し(2)_26
前宮一之御柱の木落し(2)_27
前宮一之御柱の木落し(2)_28
前宮一之御柱の木落し(2)_29
前宮一之御柱の木落し(2)_30
御柱の下側が擦れてすり減っているのがわかるだろうか。これから、急坂を落とされ、再び引きずられた後、川渡しの過酷な運命が待っているのだ。
前宮一之御柱の木落し(2)_31
前宮一之御柱の木落し(2)_32
前宮一之御柱の木落し(2)_33
前宮一之御柱の木落し(2)_34
落下の直前。歯を食いしばって衝撃に耐えようとしている様子が見える。
前宮一之御柱の木落し(2)_35

今回はこのカメラとレンズとの組み合わせでここまで

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(20)

上社山出し二日目(1)
撮影場所を確保すべく、前宮一之御柱の曳き子の中に紛れ込んだ。
前宮一之御柱の木落し(1)
今回は木下し坂のスロープの突端にたどり着くまでの様子を取り上げる。ものすごい人でごった返している。戻ってもう一度見るというような芸当はできない。記憶に焼き付けるしかなさそうだ。
後方から近づく。盛んに気勢を上げている。朝一番だから、まだまだ元気いっぱいの様子だ。若い人たちは一晩で疲労が回復しちゃうんだ。
後方から近づく_1
後方から近づく_2
後方から近づく_3
後方から近づく_4
後方から近づく_5
後方から近づく_6
後方から近づく_7
後方から近づく_8
必死になって、押し分け掻き分け、御柱の前方に出ることができた。奴凧のような『前宮一』の表示が誇らしく見える。
必死になって、押し分け掻き分け、御柱の前方に出ることができた
前宮一之御柱の喇叭隊。ド派手だなあ。
前宮一之御柱の喇叭隊
この木落し坂のマウンド先端(画面右端)から御柱を落とす。物凄い曳き子の数。誰しも最後まで御柱の様子を見ていたいところだ。
この木落し坂のマウンドから御柱を落とす
御柱は御柱街道から右に入り、スロープを上ってくる。物凄い壮観だ。
御柱街道から右に入り、スロープを上ってくる_1
御柱街道から右に入り、スロープを上ってくる_2
御柱街道から右に入り、スロープを上ってくる_3
斜面の様子
斜面の様子_1
斜面の様子_2
斜面の様子_3
川の向こう側の有料観覧席。相当に遠くて、しかも、斜めから見る感じか。私だったら、…。
斜面の様子_4
斜面の様子_5

ここまでの様子は、斜面下に下りたら再び上がるのが困難なため、撮影は一度きりになる。こんな状況だったと覚えておいてほしい。おそらく、『本宮二之御柱』でも、同様のような状況だったと思われる。

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(19)

上社山出し初日(10)

本宮二之御柱も残りあと僅かだが、先がつかえていて、なかなか進めない。疲れが溜まってイライラしがちだろう。私自身も疲れ、子之神前でのお清めの神事などは撮影を省略した。

喇叭隊は懸命に士気を鼓舞する。喇叭隊もへばっているだろうが、曳き手もそれ以上にヘロヘロだ。士気を鼓舞するのも楽ではない。
喇叭隊は懸命に
動きが止まっているので、周囲を撮影。八ヶ岳や、蓼科山・横岳が綺麗だ。八ヶ岳の麓から10kmほど御柱を曳きながら歩いてきたんだ。
八ヶ岳や、蓼科山・横岳が綺麗だ_1
蓼科には家族を連れて何度も来たんだった。また、行きたいなあ。
八ヶ岳や、蓼科山・横岳が綺麗だ_2

足止めを食らっている時間を利用して、本宮二之御柱を離れ、先の御柱の様子を見てみる。すぐ近くにいるのだが、盛んに揉んでいるので、先に行けない。

前宮一之御柱の様子
初日の終点まであと僅か。こちら青鉢巻(富士見町富士見・茅野市金沢地区)も気勢が上がる。凄いところから綱を引いていた。
前宮一之御柱の様子_1
前宮一之御柱の様子_2
前宮一之御柱の様子_3
前宮一之御柱の最後尾の部分。御柱の先端部分が少し曲がっていて、路面から浮き上がっているようだ。
前宮一之御柱の様子_4
前宮一之御柱の様子_5
前宮一之御柱の様子_6
本宮一之御柱の様子
木落し坂のすぐ手前に来ていた。こちら赤鉢巻(四賀)&黃鉢巻(豊田)はもっと気勢が上がっていた。諏訪市豊田・四賀地区の本宮一之御柱の横断幕が誇らしげだ。メドデコには紅白の布が巻かれてある。実に96年ぶりの本宮一之御柱の曳行だそうだ。6*8で48年に一度というのが平均的な確率だろうから、実にその倍もの年数がかかってしまったようだ。前回の様子を覚えている方はもういないのだろう。
前方に小さく木落し坂のスロープが待ち構えているのが見える。明朝、朝一番で木落し坂にトライするのだ。

本宮一之御柱の様子_2
本宮一之御柱の様子_3
本宮一之御柱の様子_4
本宮一之御柱の様子_5
本宮一之御柱の様子_6
本宮一之御柱の様子_7
本宮一之御柱の様子_8
凄い人垣だ。よくも人垣をかき分けてここまでこれたものだ。後ろは急坂なので、見ないようにする。(^_^;)
本宮一之御柱の様子_9
本宮一之御柱の様子_10

上社山出し初日はここまでで終了。ホテルまでの1km強の道のりがやけに遠く感じた。

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(18)

上社山出し初日(9)
穴山の大曲りを通過した直後
どこにもぶつけないように通過させることは、本当に難しいことのようだ。大曲を通過しても暫くは道幅の狭い道路を通過せねばならない。
通りぬけに本当に苦労したようだ
通りぬけに本当に苦労したようだ_1
右側に注意を払ったら、左側が大変なことに
通りぬけに本当に苦労したようだ_2
今度は右側が危ない
通りぬけに本当に苦労したようだ_3
通りぬけに本当に苦労したようだ_4
通りぬけに本当に苦労したようだ_5
通りぬけに本当に苦労したようだ_6
通りぬけに本当に苦労したようだ_7
通りぬけに本当に苦労したようだ_8
通りぬけに本当に苦労したようだ_9
おっとっと。思い切り植木が危ないぞ。『住居侵入』の状態だ。
通りぬけに本当に苦労したようだ_10
苦戦して暫く時間がかかりそうだ。回り道をして御柱の先に出ることにした。その途中に蓼科山と横岳が見えた。
蓼科山と横岳_1
蓼科山と横岳_2
前方に回ったことは回ったが、直前過ぎた。メドデコが引っかかり、苦戦している様子が目の当たりに。
苦戦している様子が目の当たりに_1
苦戦している様子が目の当たりに_
一番上のお兄さん、お疲れ様。さぞや、神経をすり減らしたことだろう。でも、何とか脱出できてよかったね。
苦戦している様子が目の当たりに_3
苦戦している様子が目の当たりに_4
苦戦している様子が目の当たりに_5
漸くクリティカル・ポイントを抜けた
やっとここまで到達したか。この先は、道幅も少しは広くなり、進むのは大変ではなくなるはずだ。安堵の様子がどの表情にも伺えた。
赤いもみじで有名な長円寺に到着。紅葉の様は本当に見事だそうだ。
赤いもみじで有名な長円寺に到着_1
赤いもみじで有名な長円寺に到着_2
赤いもみじで有名な長円寺に到着_3
赤いもみじで有名な長円寺に到着_4
赤いもみじで有名な長円寺に到着_5
喇叭隊は支援者のお宅でも演奏を披露。小接待を受けたようだ。
喇叭隊は支援者のお宅でも演奏を披露
暫し、休憩。ここいらで休憩をとっておかないと身体がもたないのだろう。
暫し、休憩_1
暫し、休憩_2
暫し、休憩_3
進んだり、止まったり
此処から先の区間は、ずーっと尺取虫のように進むしか無いのだろう。覚悟を決めてかかるしか無い。
再び御柱が動き出した。これが梃子棒。梃子と言っても石などを支点にして大きな力を出すのではない。この細い棒きれで、寄ってたかって、御柱を力ずくでズラスのだ。気が遠くなるような話だ。
梃子棒
またも止まる。おそらく先がツカエているという事情もあるのだろう。待ち続けるのは非常に辛い。
またも止まる_1
またも止まる_2

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(17)

上社山出し初日(8)
穴山の大曲り
いよいよ上社山出しの初日の超大目玉『穴山の大曲り』に差し掛かった。どうやって急角度の曲がり角を通すのか。皆、固唾を呑んで見守る。
前宮一之御柱の通過の様子
前宮一之御柱の大曲り通過は12:00丁度。実に見事なものだった。後方からなので、一応見たというに過ぎないのが残念なほどだった。次に来る本宮二之御柱通過への作戦をたてなくてはいけないが、警備が厳しくて撮影に好適な場所の確保は殆ど絶望的に思えた。
後方からやっと写したに過ぎない
前宮一之御柱の通過の様子_1
前宮一之御柱の通過の様子_2
前宮一之御柱の通過の様子_3
前宮一之御柱の通過の様子_4
前宮一之御柱の通過の様子_5
前宮一之御柱の通過の様子_6
前宮一之御柱の通過の様子_7
前宮一之御柱の通過の様子_8
本宮二之御柱通過
事前に昼食をとった本宮二之御柱通過が始まる。此処がまず第一の腕の見せ所だ。
旗が先頭に立ったのは12:50
旗が先頭に立ったのは12:50
一帯が緊張に包まれる。観衆は固唾を呑んで見守る。
一帯が緊張に包まれる
まず旗が行く
まず旗が行く
先に継ぎ足された細い綱を曳く一行
先に継ぎ足された細い綱を曳く一行
喇叭隊も始動を待つ
喇叭隊も始動を待つ
曳き子たちが大曲りを大きく回り始める。御柱をOut-In-Outで進めるための決まり事なのだろうか。
曳き子たちが大曲りを大きく回り始める_1
曳き子たちが大曲りを大きく回り始める_2
曳き子たちが大曲りを大きく回り始める_3
曳き子たちが大曲りを大きく回り始める_4
曳き子たちが大曲りを大きく回り始める_5
曳き子たちが大曲りを大きく回り始める_6
揃いの装束の親衛隊が
揃いの装束の親衛隊が
目の前を御柱が
目の前を御柱が_1
目の前を御柱が_2
目の前を御柱が_3
目の前を御柱が_4
前のメドデコがうまく通過したようだ
前のメドデコがうまく通過したようだ_1
前のメドデコがうまく通過したようだ_2
見えはしないが梃子棒で御柱そのものをずらしながら最適コースを取るのだろう
見えはしないが梃子棒で_1
見えはしないが梃子棒で_2
見えはしないが梃子棒で_3
見えはしないが梃子棒で_4
見えはしないが梃子棒で_5

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(16)

上社山出し初日(7)
いよいよ展開が急になる。面白いところに差し掛かってきたのだ。
もう少し進んだところで(2)
若い人たちもメドデコに
片手と両足とでバランスを取りながら、曳き子の士気を鼓舞するのだ
もう少し進んだところで_18
まだまだ続くぞ
もう少し進んだところで_19
もう少し進んだところで_20
もう少し進んだところで_21
もう少し進んだところで_22
もう少し進んだところで_23
もう少し進んだところで_24
もう少し進んだところで_25
もう少し進んだところで_26
もう少し進んだところで_27
もう少し進んだところで_28
もう少し進んだところで_29

此処で、先行する前宮一之御柱に追いつき、暫く足踏み。行くては細い道が続き、なかなか一気に通り抜けることは困難な様子だ。せっかくなので、前宮一之御柱の様子をも追いかけてみることにした。

先行する前宮一之御柱
道幅すれすれで、しかも異様に長い御柱だ。通り抜けるには相当な時間がかかりそうだ。
先行する前宮一之御柱_1
先行する前宮一之御柱_2
先行する前宮一之御柱_3
先行する前宮一之御柱_4
先行する前宮一之御柱_5
先行する前宮一之御柱_6
先行する前宮一之御柱_7
先行する前宮一之御柱_8
先行する前宮一之御柱_9
先行する前宮一之御柱_10
先行する前宮一之御柱_11
軒を壊したりしないように細心の注意を持って障害をクリアしなくてはいけない
先行する前宮一之御柱_12
先行する前宮一之御柱_13
先行する前宮一之御柱_14
先行する前宮一之御柱_15
先行する前宮一之御柱_16
先行する前宮一之御柱_17
先行する前宮一之御柱_18
先行する前宮一之御柱_19
先行する前宮一之御柱_20
先行する前宮一之御柱_21
先行する前宮一之御柱_22
先行する前宮一之御柱_23
先行する前宮一之御柱_24

次回は、穴山の大曲りに差し掛かる様子を取り上げる。

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(15)

上社山出し初日(6)
少し進んだ高原野菜畑の辺りで
木遣の女性と喇叭隊
早くもへばってきた人たちの背中を強烈に押してくれるような気がした
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_1
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_2
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_3
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_4
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_5
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_6
またもや強烈な土埃
風の強さがわかるほど。この時になって林のありがたさが身にしみた。
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_7
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_8
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_9
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_10
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_11
甲斐駒ケ岳
手前に駐車しているのは一般観光客の車だろうか。あるいは、中継クルーの機材運搬用という感じは、…。何れにしても、また、車を取りに戻るのは相当に大変だぞ。
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_12
八ヶ岳がよく見える
花摘みではなく、純粋に八ヶ岳を撮りたかっただけだ
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_13
少し進んだ高原野菜畑の辺りで_14
もう少し進んだところで(1)
ややへばって先回り
漸く小さな集落まで進んできた。本宮二之御柱を担当する中洲・湖南地区(諏訪市)の旗が強風に煽られて、勢い良くなびく。
もう少し進んだところで_1
もう少し進んだところで_2
もう少し進んだところで_3
もう少し進んだところで_4
もう少し進んだところで_5
もう少し進んだところで_6
もう少し進んだところで_7
もう少し進んだところで_8
画面を見ただけで咳き込みそうになるほどだ。本当に凄い土埃が舞っていた。
もう少し進んだところで_9
もう少し進んだところで_10
もう少し進んだところで_11
もう少し進んだところで_12
もう少し進んだところで_13
もう少し進んだところで_14
もう少し進んだところで_15
もう少し進んだところで_16
もう少し進んだところで_17

どうでもいい話
☆オリジナルの高校数学の問題を掲載していきます☆』というブログの問題に時々応募しています。いつもは★か★★がやっとですが、最新の問112の★★★★が何とか解けました。此処のところ体調不良でグズグズしていましたが、やる気が少しだけ戻ったようです。この機会に、ほぼ忘れかけている高校の数学の勉強でもしようかなと思います。

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(14)

上社山出し初日(5)

子供の木遣隊
本宮二之御柱に参加する各地区では、それぞれ子供の木遣隊を編成して辻々で頑張っていた。教育県ではあるが、3日目の月曜日も学校は休校になるようだ。土地柄なんだなあ。
子供の木遣隊_1
子供の木遣隊_2
子供の木遣隊_3
子供の木遣隊_4
子供の木遣隊_5
上手い演奏とは言いがたいけれども、健気な喇叭隊も
子供の木遣隊_6
林を抜け出たばかりの辺り
早くも猛烈な八ヶ岳颪で、土埃が相当に舞っていた。カメラが壊れてしまいそうだ。レンズ交換は厳禁のようだ。
林を抜け出たばかりの辺り_1
林を抜け出たばかりの辺り_2
後方には八ヶ岳がくっきり
林を抜け出たばかりの辺り_3
林を抜け出たばかりの辺り_4
ちょっと待って、御柱を撮る
林を抜け出たばかりの辺り_5
林を抜け出たばかりの辺り_6
林を抜け出たばかりの辺り_7
林を抜け出たばかりの辺り_8
林を抜け出たばかりの辺り_9
林を抜け出たばかりの辺り_10
林を抜け出たばかりの辺り_11
林を抜け出たばかりの辺り_12
林を抜け出たばかりの辺り_13
林を抜け出たばかりの辺り_14
メドデコによじ登るのも相当に厳しい。仲間が手を貸してくれるようだ。
林を抜け出たばかりの辺り_15
林を抜け出たばかりの辺り_16
林を抜け出たばかりの辺り_17
林を抜け出たばかりの辺り_18
この背景に甲斐駒ケ岳が見えるはずなのに、待ちくたびれてご機嫌を損ねたようだ。雲隠れしてしまった。
林を抜け出たばかりの辺り_19
何が何だか分からないほどに押し合いへし合い
背景の八ヶ岳が綺麗だ
何が何だか分からないほどに押し合いへし合い_1
何が何だか分からないほどに押し合いへし合い_2
何が何だか分からないほどに押し合いへし合い_3
何が何だか分からないほどに押し合いへし合い_4
何が何だか分からないほどに押し合いへし合い_5
何が何だか分からないほどに押し合いへし合い_6

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(13)

上社山出し初日(4)
上社山出しの日程
本宮二之御柱の曳行はありがたいことに2日間で終了する。その分、目一杯の2日間になるのは覚悟のうえだが、3日間にわたって曳航するよりは楽かと思う。太く長い御柱を曳くことができるし、2日間で終了できる。くじを引いた人は感謝されたことだろう。
上社山出しの日程
一番塚までで林を抜ける
綱置場から約5時間掛けて大曲りを抜ける。一番塚はその3分の1くらいのところだ。そこまで行くと、とにかく林を抜けて景観が開ける。
御柱を後方から撮る。一度後方に回ってしまうと、道が細いので、追い越して先に行くのは不可能。おとなしく後方に付き従う。この時はレンズ交換はいつでもできると安易に考えていた。

一番塚までで林を抜ける_1
本宮二之御柱のコスチュームは上着のみの統一。チームカラーは山吹色だ。
一番塚までで林を抜ける_2
脚立を抱えたカメラマンも付き従う。この人混みで脚立使用なんて危なくないのかなあ。
一番塚までで林を抜ける_3
一番塚までで林を抜ける_4
空の色がいよいよ青くなってきた。気温5度以下どころか、既に10度以上になっているものと思われる。休憩時には、一般氏子たちは羽織っているものを1枚脱ぐことだろう。
一番塚までで林を抜ける_5
接近しすぎちゃったかな
一番塚までで林を抜ける_6
一番塚までで林を抜ける_7
カメラマンは読売のカメラマンのようだ。こちらと違って、良い写真を撮るのが仕事だろうから大変だろうなあ。
一番塚までで林を抜ける_8
一番塚までで林を抜ける_9
メドデコに上がる要員が交代するようだ。これが意外に大変な作業。特に上るほうが。金と力とがない私にはできなさそうな芸当だ。
一番塚までで林を抜ける_10
一番塚までで林を抜ける_11
一番塚までで林を抜ける_12
一番塚までで林を抜ける_13
もう間もなく林が終わる。見通しが良くなるぞ。この時は素直にそう思ったのだった。
一番塚までで林を抜ける_14
一番塚までで林を抜ける_15
一番塚までで林を抜ける_16
一番塚までで林を抜ける_17
一番塚までで林を抜ける_18
よじ登る様に注目。懸垂力が要求される。意外に意外に大変。
一番塚までで林を抜ける_19
一番塚までで林を抜ける_20
林を抜けた。やれやれなのだが、このお兄ちゃんはよじ登るのに必死。このままでは振り落とされてしまう。
一番塚までで林を抜ける_21
これでやっと前に行けるぞ。良くみると、前のメドデコでも交代するようだ。
一番塚までで林を抜ける_22
一番塚までで林を抜ける_23
前方にはこんなに曳き手がいたんだ。お疲れ様。
一番塚までで林を抜ける_24
振り返ると御柱が早くも土埃で霞んで見える。この先ずっと悩まされるんだ。
一番塚までで林を抜ける_25

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(12)  2016/04/17 22:35追記

上社山出し初日(3)
本宮二之御柱の出発
御柱がやっと動き出した。さあ、やるぞとばかりに皆が張り切った。
本宮二之御柱の出発_1
本宮二之御柱の出発_2
待ち構える本宮二之御柱の喇叭隊
背中を押されるような威勢のよいラッパ吹奏。弛みそうな気持ちに喝が入る。
待ち構える本宮二之御柱の喇叭隊_1
待ち構える本宮二之御柱の喇叭隊_2
待ち構える本宮二之御柱の喇叭隊_3
待ち構える本宮二之御柱の喇叭隊_4

ぐんぐん近づく
案外曳行が長続きした。あっという間に目の前を通り過ぎ、そして遠ざかっていく。
ぐんぐん近づく_1
ぐんぐん近づく_2
ぐんぐん近づく_3
ぐんぐん近づく_4
ぐんぐん近づく_5
ぐんぐん近づく_6
ぐんぐん近づく_7
ぐんぐん近づく_8
ぐんぐん近づく_9
ぐんぐん近づく_10
ぐんぐん近づく_12
ぐんぐん近づく_13
ぐんぐん近づく_14
ぐんぐん近づく_15
ぐんぐん近づく_16
ぐんぐん近づく_17
こんなことも
カメラマンが押されて小川に落ちた。実は私も巻き込まれそうになった。危ない、危ない。そう思っていたのだが、よくみると、落ちたのは、山吹色のコスチューム。喇叭隊の要員だったようだ。う~~ん。
こんなことも_1
こんなことも_2
こんなことも_3
曳き始めの痕跡
まだほとんど擦れていない状態だから、盛大な痕跡が残る。『道路が汚れるじゃないか』と心配する向きもあろう。でも心配ご無用。後方から係りの者が掃除して行く。
誰かのシルエットの足が異様に長い(実際には正反対だとか)。

曳き始めの痕跡

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(11)

上社山出し初日(2)
やっと本宮二之御柱に追いついた
神事を執り行っているところのようだ。これより前に出なければ、曳き綱に到達しない。
やっと本宮二之御柱に追いついた_1
一般氏子がたくさん居たぞ。みな、07:30の始動時間にはまだ寒いだろうと読んだのか、かなり着込んでいる。私もその一人だったが、暑くて、この時点で1枚脱いだ。
やっと本宮二之御柱に追いついた_2
前の前宮一之御柱は最後尾に荷物運搬用のトラックを用意したんだ。あそこに主力部隊のリュックやその他の荷物を積み込んでいるんだな。トラックの直後からは、本宮二之御柱の曳き子の人たちだ。
やっと本宮二之御柱に追いついた_3
準備万端なのだが
こんなふうに細い紐を太い綱に引っ掛けて引っ張る。このときすでに、07:37。いまかいまかと気がはやるがなかなか始動する気配がない。
準備万端なのだが_1
八ヶ岳もくっきり見え出した。今日は好天が期待できそう。
準備万端なのだが_2
しかし、なかなか動く気配なし
準備万端なのだが_3
持久戦モードに突入かなあ
準備万端なのだが_4
準備万端なのだが_5
準備万端なのだが_6
準備万端なのだが_7
準備万端なのだが_8
なんとなく気が満ちてきた。もう少しで出発かなあ。
準備万端なのだが_9
準備万端なのだが_10
準備万端なのだが_11
準備万端なのだが_12
07:57になった。漸く始動だと思ったのだが。私の陰が画に入っている。一種の存在証明だ。
準備万端なのだが_13
が、そう甘くはなかった。御柱自体はメドデコを左右に揺らして気勢を上げているが。
準備万端なのだが_14
準備万端なのだが_15
いくら木遣をやられてもなあ。ここは動き出すのが一番の元気の素なんだけど。
準備万端なのだが_16
待ちに待った始動だ
漸く動き出した。08:03ころだった。
待ちに待った始動だ_1
待ちに待った始動だ_2
待ちに待った始動だ_3
とりあえず動き出した本宮二之御柱をカメラに収める。言ってみれば、曳き子の役目はちょっとサボりだ。
待ちに待った始動だ_4
待ちに待った始動だ_5
待ちに待った始動だ_6
待ちに待った始動だ_7
待ちに待った始動だ_8

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(10)

上社山出し初日(1)
待ちに待った上社山出し初日。本宮一之御柱、前宮一之御柱、本宮二之御柱、前宮二之御柱、…と順番に縦に整列している。この各御柱が、7時半にスタートの予定。私が乗せていただいたバスは、予想外に遠く、1kmも後方に止まってくれた。皆一斉に小走りで、所定の持ち場に向かう。
本宮二之御柱にたどり着くには合計5本の御柱をかき分けていかなくてはいけない。のんびり準備をしている柱から、準備万端で相当に気勢が上がっている柱まで様々。結構な混雑で、なかなか自分たちの所定位置まで辿りつけない。仕方なく、道路ではないところを構わず走る。トレッキングシューズ着用でよかった。
何も背負っていない人たちの荷物は、当然別の係の人たちが運搬する
上社山出し初日(1)_1
上社山出し初日(1)_2
こちらはのんびり構えているなあ。間に合うのかなあ。
上社山出し初日(1)_4
上社山出し初日(1)_5
上社山出し初日(1)_6
繋ぎ方は相当に難しそう
上社山出し初日(1)_7
上社山出し初日(1)_8
上社山出し初日(1)_9
こちらでは既に気勢が上がっていそうだ。どうやって脇を通り抜けるか、戸惑ってしまう。
上社山出し初日(1)_10
八ヶ岳のシルエット
上社山出し初日(1)_11
上社山出し初日(1)_12
いなせな喇叭隊のお兄さん
上社山出し初日(1)_13
八ヶ岳がくっきりはっきり見え出した
上社山出し初日(1)_15
上社山出し初日(1)_16
この先は超混雑状態のようだ
上社山出し初日(1)_17
上社山出し初日(1)_18
あと3本の柱分だけいかなくちゃ。道は遠しだなあ。
上社山出し初日(1)_19
上社山出し初日(1)_20
こんなふうに繋ぐんだ。しかし、この辺を抱え込んだら、腕がちぎれるほどに重いぞ。
上社山出し初日(1)_21
上社山出し初日(1)_22
上社山出し初日(1)_23
上社山出し初日(1)_24
ここの地区の一般氏子さんたちは、集まりが早いなあ。リュックを背負っているから一般氏子さんたちだとすぐ分かる。
上社山出し初日(1)_25
漸く一つ手前まですり抜けてきたぞ。ふぅ~~っ。
上社山出し初日(1)_26
上社山出し初日(1)_27
上社山出し初日(1)_28

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(9)

御柱祭前日の最後に御柱祭上社山出しのコースを遡る
御柱休めの御柱屋敷
上社山出しのコースの終点。川渡しの場所から至近距離にある。この場所に8本の御柱が並べて置かれる。『御柱屋敷』とあるが、1ヶ月後の里曳きまでこの場所に野ざらしの状態で置かれる。
御柱休めの御柱屋敷
川渡しの現場
宮川を横切る所があり、ここで御柱を清めるとされている。この時は御柱の曳き子の若い衆が川に飛び込み勇壮に曳く。しかしこの4月はまだ信州は寒く温度は0度くらい。2回前の平成16年の時は雪が降っていたそうだ。
写真で見るように、どんどん曇ってきて川風(八ヶ岳颪)がとても冷たく感じる。翌日からは大丈夫なのかと心配になった。川渡しを終えると此方側に御柱が来る。

川渡しの現場_1
中央高速の下をくぐり、向こう岸から川に突入する
川渡しの現場_2
普段は水かさがそれほどでもないが、この時は水かさを増す措置がとられている。水に入る人たちは大変だ。
川渡しの現場_3
木落し坂
怖い怖いと思ったが、着いて数分後には意外に落ち着けた。下社のそれよりは遥かに安全なように思えた。
木落し坂_1
木落し坂_2
木落し坂_3
木落し坂_4
木落し坂_5
木落し坂_6
木落し坂_7
御柱街道を八ヶ岳方面に向かう
薄っすらと八ヶ岳が見えている。ほぼ、真っ直ぐな道だ。
御柱街道を八ヶ岳方面に向かう
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場
ここから御柱が曳き出される。
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_1
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_2
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_3
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_4
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_5
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_6
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_7
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_8
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_9
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_10
こちらは、私も参加させてもらえた本宮二之御柱
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_11
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_12
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_13
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_14
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_15
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_16
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_17
後続の前三
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_18
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_19
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_20
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_21
八ケ岳の麓、八ケ岳農場の下の綱置き場_22

延々と前日の様子を続けてしまい申し訳ない。いよいよ、次回からは山出しを取り上げる。

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(8)

上社本宮を取り上げた時点から、既に上社の山出し&里曳きのコース下見が始まっている。今回はそのうちの上社前宮を取り上げる。

上社前宮
拝所
不思議な感じの拝所だった。なぜかなあ。他の3社とあまりに感じが違うからだろうか。摂社からの出自だからだろうか。
拝所_1
拝所_2
本殿
諏訪大社には本殿はないと書いてきた。が、この前宮は古くは上社摂社であった関係で本殿を有しているのだそうだ。
本殿_1
本殿_2
神陵伝承地
本殿横に所在。諏訪神の神陵の跡とされる。確かにこの目で見たが、そんな大それたものとは認識できず、撮らなかった。なので、FREE画像を借用する。
神陵伝承地

前宮一之御柱
上社山出しでは今回我々が曳いた本宮二之御柱の直前を進んでいた。時々、追いついて、前宮一之御柱の曳行の様子も撮ったので、以降の画面に後継の前宮一之御柱が何度か登場する。
前宮一之御柱
前宮二之御柱
前宮二之御柱
前宮三之御柱
前宮三之御柱
前宮四之御柱前宮四之御柱

下の敷地は、駐車するスペースの関係でパス。やむをえず、以下2点もFREE画像を借用する。
十間廊
上社の例祭「御頭祭」が行われる。見ておくのだった。
十間廊
本宮で例大祭の神事執行後神輿行列を仕立て前宮に赴き十間廊で古式に依る祭典が行われます。古くは三月酉の日に行われたため酉の祭りとも言われ、農作物の豊穣を祈って御祭神のお使いが信濃国中を巡回するに際して行われたお祭りで大御立座神事とも言います。特殊神饌として鹿の頭を始め鳥獣魚類等が供え られるため一部では狩猟に関係したお祭りの如く言われています。唯今は鹿肉とともに剥製の鹿頭をお供えしますが、昔は七十五頭献じられたこともあり、中に必ず耳の裂け た鹿があって高野の耳裂鹿と言い七不思議の一つに挙げられています。
 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
古くは神原廊と呼ばれ中世まで諏訪祭政の行われた政庁の場ですべての貢物はこの廊下で大祝の実見に供された。毎年四月十五日の「酉の祭」には鹿の頭七十五がそなえられたがこれらの鹿の中には必ず耳の裂けた鹿がいることから諏訪の七不思議にかぞえられた。
上段に大祝の座、次に家老、奉行五官の座があり、下座に御頭郷役人の座なども定められ左手の「高神子屋」で演ぜられる舞いを見ながら宴をはった。

鳥居
ここを際に里曳きの御柱が通っていく。昔は里曳きの終了後に石段の修復が必要だったとか。
鳥居

前宮御本殿は内御玉殿から200m程上段で、古くは神殿に附属したお社でした。高台で豊富な水や日照が得られる良き地で、御祭神が最初に居を構えられ、諏訪信仰発祥の地と伝えられています。現在の社殿は昭和七年伊勢の神宮の御用材を以て建られたものです。

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(7)

法華禅寺
この寺に大変な歴史あり。かつては諏訪大社上社の別当寺『神宮寺』の中心だった大坊付属の宮寺だった。だが、それだけではなかったのだ。
『我々の頑張りで、…』『何オマエが頑張ったというのか』…というようなやり取りがあり、明智光秀が仲間の面前で信長に打ち据えられたという逸話が残っているとか。本能寺の変の伏線となったのだろうか?
いくら武田勢が信心していた神社だからといって、上社本宮をことごとく焼きつくすとは。戦国時代の常識は現代の非常識なのだろうか。これで武田方は消滅。
その際、信長は焼け残った法華寺に本陣を張り、織田方の論功行賞を行ったそうだ。家康は三河国一国を与えられ、明智光秀は過ぎたことを口にしたため、仲間の門前で信長に打擲された。此処から日本の歴史が大きく動いた。歴史の転換点だったことは間違いがない。


上社神宮寺跡
元別当寺。社伝では空海の創建といわれ、本宮の周りに大坊・上ノ坊・下ノ坊・法華寺の上社4寺ほか多くの坊があった。普賢堂・五重塔・二王門といった伽藍があったことが絵図からわかっている。なお、絵図に描かれる法花寺は法燈を現在に伝えている(現 法華寺)。
上社神宮寺跡
現在の法華禅寺
多くの貴重な文化財があったが、平成11年に放火により焼失してしまった。現在は新しい本堂が建てられている。
現在の法華禅寺_1
現在の法華禅寺_2
現在の法華禅寺_3
吉良義周の墓
高島藩にお預けの身となった義周。3年後に病死したが、家系が断絶してしまった吉良家からは、遺体を引き取るものがいなかったとか。悲しい運命があったものだ。
吉良義周の墓_1
吉良義周の墓_2
吉良義周の墓_3
吉良義周の墓_4

法華禅寺に関する詳しい説明がされたHPへjump

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(6)

上社本宮(2)

勅願殿(祈祷所)
元禄3年(1690年)建立。神霊の宿る守屋山に向かって祈願するための建物。
上社本宮は南アルプス(赤石山脈)北端の守屋山北麓に鎮座する。布橋を渡り、Uターンして拝殿に参拝するが、この勅願殿(祈祷所)はご神体の山に向かっているため、方角が90度ずれている。最初に来られるといささか混乱するかもしれない。

勅願殿(祈祷所)

宝物殿
宝物殿_1
宝物殿_2

拝殿(重要文化財)
拝殿の後ろに幣殿、左右に片拝殿が続く「諏訪造」と呼ばれる独自配置で、いずれも重要文化財に指定。
拝殿(重要文化財)_1
拝殿(重要文化財)_2
このシーンには遭遇できなかったので、FREE画像を借用する
拝殿(重要文化財)_3

一之御柱
一之御柱_1
引きずられて削れたあとがおわかりいただけるだろうか
一之御柱_2
二之御柱
二之御柱
三之御柱
三之御柱と四之御柱とを間近で見るには、次回取り上げるかつての別当寺である法華寺の裏手から、吉良義周公の墓前を通って行くことになる
三之御柱
四之御柱
四之御柱_1
四之御柱_2

東参道に立つ鳥居
ここから御柱は境内に入る。そのときメドデコがついているためのここを潜り抜けるのが難儀となる。時間をかけて、傷つけないように潜り抜けるのだそうだ。
東参道に立つ鳥居_1
東参道に立つ鳥居_2

信濃國一之宮 諏訪大社 上社本宮
我国最古の神社の一つであり、信濃國の国造りをなされたのち、日本国土の守護神としてこの地にお鎮りになり、信濃國一之宮として皇室武門および一般の信仰が厚く、全国一万有余の諏訪神社の総本社です。
幣拝殿と片拝殿のみで本殿を持たない、諏訪造りという独持の様式。徳川家康が造営寄進したと言う四脚門など貴重な建造物が数多く残っております。六棟は国の重要文化財に指定。
JR中央線上諏訪駅から東南へ六キロ、守屋山の山麓で中部地方唯一と言われる原生林に抱かれる如くに鎮座しております。諏訪大社は社殿の四隅におんばしらと呼ぶ大木が建ち幣拝殿や左右片拝殿が横に並び、本殿を欠く等社殿の配置にも独特の形を備えています。
中でも本宮は諏訪造りの代表的なもので、建造物も四社の中で一番多く残っています。また神体山を拝するという大きな特徴を持ち、祭祀研究の上からも注目されております。
境内のほぼ真中に東宝殿、西宝殿と言う二棟の茅葺の建物があります。本宮で最も大切な御社殿で、寅年と申年毎に交互に建替がなされ遷座祭が行われます。軒からはどんなに干天の日でも最低三粒は水滴が落ちるといわれ、七不思議の一つに挙げられ、諏訪大神が水の守護神として広く崇敬される根元にもなっております。
本宮の昔の建物は極彩色が施されておりましたが、天正十年(1582)に織田信長の兵火のため、山中に逃れた神輿の他はすべて焼失しました。この時まず仮殿が作られ順次再建され社殿は元和三年(1617)に完成しました。その後約二百年を経て諏訪藩主に依り社殿の改が計画され、立川和四郎二代目富昌が上社棟梁と共に事に当り、天保二年から九年(1838)迄八年の歳月を要し現在の社殿が落成し、立川流の代表的建築物と言われえております。尚旧殿の拝殿は嘉永二年(1849)に郡内の富士見町乙事の諏訪神社へ移築され、桃山時代の代表的建造物として重要文化財に指定されております。
本宮最古の建物は四脚門で、慶長十三年(1608)に徳川家康が家臣大久保石見守長安に命じ、国家の安泰を祈願して造営寄進したもので、別名を勅使門とも言います。
神楽殿は文政十年(1827)の建立で、色々な神楽が連日行なわれていたようですが、残念なことにその神楽は現在絶えております。中にある大太鼓は江戸時代のもので、唯今では大晦日のみ打つことにしております。

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(5)

上社本宮(1)
諏訪大社への参拝というと、一般の観光客は殆どこの上社本宮に詣でるようだ。斯くいう私もその一人。今回、上社山出しの前日に、ようやく残りの3社を一挙に回ったに過ぎない。勿論、上社本宮は念入りに見せていただいた。

神楽殿(重要文化財)
文政10年(1827年)造営。殿内に大太鼓があるが、ものすごく大きい。
神楽殿(重要文化財)_1
神楽殿(重要文化財)_2
神楽殿(重要文化財)_3
神楽殿(重要文化財)_6

天流水舎(重要文化財)
『宝殿からは必ず日に3滴雫が落ちるといわれる(諏訪大社七不思議)』とWikipediaには書かれてあるが、この立て札には、天流水舎の屋根からの滴下と記されている。どちらが正しいのだろうか?
天流水舎(重要文化財)

四脚門(重要文化財)
慶長13年(1608年)、徳川家康が大久保長安に命じて建立させたもの。かつては大祝だけが最上段にある硯石へと登るために使った。現在は重要な祭事においてのみ開かれる。
四脚門(重要文化財)_1
四脚門(重要文化財)_2
四脚門(重要文化財)_3
東宝殿造営御敷地
ここに東宝殿が造営されるのか
東宝殿造営御敷地
西宝殿
宝殿遷座祭が行われるまでは、こちらが宝殿か
西宝殿
『式年造営御柱大祭』の建築用材
現在宝殿とされているのは西のようだ。『式年造営御柱大祭』という正式な名前にあるように、境内のほぼ真ん中にある東西の宝殿は御柱の年の寅年と申年に交互に建て替えられ、新しい宝殿で宝殿遷座祭が行われ、東宝殿と西宝殿とを切り替える。その建築用材がこれ。
『式年造営御柱大祭』の建築用材

摂末社遥拝所(重要文化財)
何をする場所かわかっていなかったが、自然と手を合わせ、頭を垂れていた。何かがあるようだ。
摂末社遥拝所(重要文化財)

額堂(絵馬堂)(重要文化財の附指定)
堂内に御柱祭のメド梃子。御柱祭ではないときは、こちらを見るのかなあ。
額堂(絵馬堂)(重要文化財の附指定)_1
額堂(絵馬堂)(重要文化財の附指定)_2

布橋(重要文化財)
古くは大祝(おおほうり)のみが渡り、布が敷かれた。そうだったのか。
布橋(重要文化財)

入口御門(重要文化財)
文政12年(1829年)造営。
入口御門(重要文化財)

五間廊(重要文化財)
安永2年(1773年)造営
勅使殿(重要文化財)
元禄3年(1690年)造営。数々の神事が行われた。
五間廊(重要文化財)&勅使殿(重要文化財)

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(4)

御柱祭の上社山出し_ダイジェスト(4)
御柱が傾き、メドデコが地面をこすった。前方反対側のメドデコからは1人落ちそう。けが人が出ていないか心配になった。ものすごい土埃が舞い上がって先がよく見えない。
御柱祭の上社山出し_ダイジェスト(4)_1
御柱祭の上社山出し_ダイジェスト(4)_2
下社山出しのルート
途中の道
道幅は非常に狭い。車のすれ違いもかなり厳しい。当然、花摘みも困難だろう。
途中の道
棚木場というところで出番を待つ御柱
上社の山出しは、本一、前一、本二、前二、…と順番通りに出発する。これにたいして、下社のそれは、違うようだ。日程表によれば、春四、春三、秋二(ここまでは初日の1日のみで終了)、秋四、春一(ここまでは2日目の1日のみで終了)、春二、秋三、秋一(ここまでは2日目から2日をかけて行う)…ということになっている。御柱が置かれているのは、この順番のようだ。縦方向に御柱置き場の余裕がないし、メドデコがつかないぶん幅はそれほど必要がないからなのだろう。御柱が2柱ずつ置かれている。承知の上だろうが、すごい混雑なんだろうなあ。
棚木場というところで出番を待つ御柱_1
棚木場というところで出番を待つ御柱_2
棚木場というところで出番を待つ御柱_3
棚木場というところで出番を待つ御柱_4
棚木場というところで出番を待つ御柱_5
棚木場というところで出番を待つ御柱_6
棚木場というところで出番を待つ御柱_7
棚木場というところで出番を待つ御柱_8
棚木場というところで出番を待つ御柱_9
御柱古道
遊歩道になっている
御柱古道_1
御柱古道_2
木落坂
東俣川の渓谷右岸の山腹を約3キロ、萩倉の集落を抜けると、ふいに目の前が開ける。ここが下社の山出しの見どころになる。
下社の木落は斧(よき)で後方から支えていた追掛け綱を切断する。上社のそれは、綱を切断せず、後方から支えるやり方。木落だけを見れば、圧倒的に下社のそれが迫力があるのだろう。

木落坂_1
高所恐怖症の私は、30度を超える斜面はだめだ。坂の途中でバランスを崩したら、下まで転げ落ちそうだ。
木落坂_2
木落坂_3
木落坂_4
木落坂_5
木落坂_6
木落坂_7
木落坂_8
木落社
木落しの無事を祈るものなのだろう
木落社_1
木落社_2
木落し坂は、勇敢な男たちが立ち向かう最大の見せ場。最大斜度35度、距離100m。御柱が姿を見せると、砥川の河原を埋め尽くした大観衆から一斉にどよめきがわき起こります。御柱に跨った若衆が、緊張の面持ちでその瞬間を待ちます。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
木遣りとともに、御柱が頭を突き出し、観衆の緊張が最高潮に達した瞬間。
御柱を引き止めていた綱が、振り降ろされた斧の鈍い音とともに切られます。下社の御柱は、大木そのもの。土煙をあげ轟音を響かせながら、猛然と坂を突き進んでいきます。左右に横転する危険がある中、男たちは振り落とされないよう必死の形相で御柱に乗り続けます。「男見るなら7年一度 諏訪の木落し 坂落し」「どうせ乗るなら木落しお乗り 諏訪の男の度胸だめし」の唄があるほどです。
転がりながら坂を落ちた御柱は、ふたたび穏やかな表情に戻り、さらに1km程の道のりを下社注連掛の台上まで曳かれて行きます。そして一ヶ月後、5月の里曳きを待ちます。

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(3)

御柱祭の上社山出し_ダイジェスト(3)
難所とされる穴山の大曲
第一の難所、穴山の大曲。道が狭い上に屈折しており、巨大な御柱をうまく操ってスムーズに通過させるのは至難の業とされるそうだ。案内してくれたブログの友人が、どうやって写真を撮るかさんざん頭を悩ませていた。私は何も考えずに、適当にポジションをとっただけ。その差は大きかったかな?
穴山の大曲_1
穴山の大曲_2
穴山の大曲_3
木遣りの声を合図に、男綱・女綱と呼ばれる曳き綱を引き、梃子棒をかませ、御柱はゆっくりとこの難所を通過していきます。
下社の春宮
神楽殿
どういうわけか秋宮一之御柱の男元綱が鎮座していた。
神楽殿_1
神楽殿_2
神楽殿_3
神楽殿_4
神楽殿_5
社殿
秋宮の社殿とそっくりだなあと思ったら、下記のような事情があったようだ。なるほど。
社殿_1
社殿_2
社殿_3
社殿_4
社殿_5
春宮と秋宮の社殿の建替が諏訪藩に依って計画された時に同じ絵図面が与えられたと見え、大きさこそ違いますがその構造は全く同じで、春秋両社の建築は彫刻に於て技が競われております。
下社春宮一之御柱
下社春宮一之御柱
下社春宮二之御柱
下社春宮二之御柱
下社春宮三之御柱
下社春宮三之御柱
下社春宮四之御柱
下社春宮四之御柱
下馬橋
天正六年(1578年)の造営帳にも記録があるのか。天正遣欧少年使節が出発したのが天正十年(1582年)だ。その頃にはとっくにできていたことになる。う~~ん。
下馬橋_1
下馬橋_2
下馬橋_3
下馬橋_4
社頭から真直ぐ800m程伸びる道路はかつては春宮の専用道路で、下社の大祝金刺一族を始め多くの武士達が流鏑馬を競った馬場でした。途中の御手洗川に架る下馬橋は室町時代の建立ですが、建築様式は鎌倉時代のもので1730年代の元文年間に修築されましたが、下社では最も古い建物で遷座祭の折に神輿はこの橋を渡ります。
里曳きの際に使われる春社木落しの坂
名物の木落しは、本日8日(金)から明後日の10日(日)までの3日間に亘って行われるので、誤解しないでいただきたい。
里曳きの際に使われる春社木落しの坂
万治の石仏
血が流れだした伝説があるのか。恐れおののいて、鑿を入れるのを中止した気持ちはわからないでもない。そのユーモラスな風貌に癒される気がした。岡本太郎のお気に入りの石仏だそうだ。
万治の石仏_1
万治の石仏_2
万治の石仏_3

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(2)

御柱祭の上社山出し_ダイジェスト(2)
いざ、初日の出発。まだ、この地点では、送迎バスを下車して小走りに1kmほど下ってきただけだったので、私自身もそれほどは疲れていなかった。
音声がないのでおわかりにくいと思うが、喇叭隊の進軍ラッパ、木遣り、曳き子の気合いなどで、ものすごい喧騒の真っただ中なのだ。

御柱祭の上社山出し_ダイジェスト(2)_1
漸く林を抜け出て、高原野菜畑のあたりに来た。後方に見えるのは八ヶ岳だ。八ヶ岳颪でひどい土ぼこりが絶え間なく舞っている。
御柱祭の上社山出し_ダイジェスト(2)_2

下諏訪宿本陣跡
秋宮に来たついでに、隣接する感じの本陣跡(岩波家本家)を訪ねた。本陣であり、問屋だったそうだ。今この家を守っているご婦人の話では、問屋のほうがよほど儲かったようだ。
あれま今日は休みかな
門が閉まっているのを見て、先着の客は帰ってしまった
あれま今日は休みかな
玄関先にて
休みではなかった。関札を見て度肝を抜かれた。『仙臺中将寓』関札などがあった。伊達の親父がなにゆえに下諏訪にやってきたのだろうか。それにしても『尾張大納言殿宿』の関札よりも大きいんだ。もちろん、一度に複数の殿様をお泊めすることはなかっただろうが。
玄関先にて_1
私の色紙などは飾ってはくれないのだろうな。永山絢斗とか中島誠之助とかでないと。
玄関先にて_2
門の様子
待っている間に門を開けてくれた
門の様子_1
門の様子_2
改めて室内を拝観する
箱階段
箱階段
黒曜石の沓脱石
黒曜石の沓脱石
昔の手作りのガラス
昔の手作りのガラス
刀箪笥
刀箪笥
本陣岩波家は世渡りがうまかったようだ。あの片倉家と縁戚関係を結んだのか。
本陣岩波家は世渡りがうまかったようだ
こちらがメインの部屋
明治天皇が小休された上上段の間だと説明された記憶が。横書きの字は『高覧』と書かれているようだ。
明治天皇が小休されたところだと説明された記憶が
皇女和宮が降嫁され、この本陣に宿泊されたときのもの
中山道を通って江戸に向かったのか。実際に宿泊した部屋は隣接する分家が所有するホテルの中にあるようだ。
皇女和宮が降嫁され、この本陣に宿泊されたときのもの_1
皇女和宮が降嫁され、この本陣に宿泊されたときのもの_2
皇女和宮が降嫁され、この本陣に宿泊されたときのもの_3
その他
掛け軸は残念ながら、私には読むことができなかった
掛け軸は残念ながら、私には読むことができなかった
由緒がありそうな蔵
由緒がありそうな蔵
以前は2千坪あったという庭
以前は2千坪あったという庭_1
以前は2千坪あったという庭_2
以前は2千坪あったという庭_3
宿代かわり
思わず苦笑してしまった。永福門院内侍の作品なのだろうか?
宿代かわり_1
宿代かわり_2
宿代かわり_3

 

諏訪大社御柱祭の上社山出しと山梨県の桜(1)

申年と寅年とに行われる天下の奇祭『御柱祭』。今回は上社山出しを本宮二之御柱のグループに混ぜてもらい、足手まといになりながらも執念でついて回った。

ダイジェスト
木落としの飛び出し直後
この直後にものすごい土埃。一瞬、御柱が霞んだ。斜度はこれでも27度あるのだそうだ。しかし、下社の斜面よりは恐怖感は少ない。
木落としの飛び出し直後_1
木落としの飛び出し直後_2
川渡しの突入寸前
水温が4度程の冷たい雪解け水。水につかったら、一刻も早く引き上げたいのが人情。しかし、相当な負荷がかかるため。準備は勢い慎重になる。
このときは、やっと本一(本宮一之御柱)に追いついただけで、相当遠い位置から望遠で撮っただけ。あと1.5時間後のことを考えて、どういうふうに潜り込めるか途方に暮れていた。

川渡しの突入寸前_1
私は右側の太い綱を反対側の斜面で曳いていた。水をたっぷり含んだ綱は異常なほど重かった。
川渡しの突入寸前_2

上社山出し前日
前泊し、時間的余裕のあるうちに、今回は縁がなかった下社の秋宮・春宮などを見て回ることにした。下社の山出しは上社の1週間後。コースが全く違うし、メドデコの有無など、ずいぶんやり方が違う。
下社の秋宮
恥ずかしながら、上社の本宮以外は一度も行ったことがなかった。今回、まとめてみることができて、感激。
神社社屋として見慣れている拝殿・幣殿・本殿という形式ではない。古くから存在していた神社特有の社屋の在り方のようだ。

神楽殿
手前に巨大な狛犬がある。青銅製では木内で一番の大きさだそうだ。
神楽殿_1
神楽殿_2
神楽殿_3
神楽殿_4
御社殿
神楽殿の奥に、二重楼門造りの拝殿と左片拝殿及び右片拝殿が横に並ぶ。右に見えるのが一之御柱。その左横に二之御柱、さらに二之御柱の後方に三之御柱、一之御柱の後方に四之御柱が建てられている。
御社殿_1
御社殿_2
御社殿_3
御社殿_4
宝殿
拝殿奥の神明造りの建物は宝殿で、新しい方を神殿、古い方を権殿と呼び、寅年と申年毎に左右の遷座祭を行うそうだ。
宝殿
御柱
意味合いは何だろうか?個人的には結界なのかなと思うが、諸説あるようだ。
秋宮一之御柱
秋宮一之御柱
秋宮二之御柱
秋宮二之御柱
秋宮三之御柱
秋宮三之御柱
秋宮四之御柱
秋宮四之御柱

下社の秋宮
諏訪大社は、長野県の諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもつ神社です。
信濃國一之宮。神位は正一位。全国各地にある諏訪神社総本社であり、国内にある最も古い神社の一つとされております。
諏訪大社の歴史は大変古く古事記の中では出雲を舞台に国譲りに反対して諏訪までやってきて、そこに国を築いたとあり、また日本書紀には持統天皇が勅使を派遣したと書かれています。
諏訪大社の特徴は、諏訪大社には本殿と呼ばれる建物がありません。代りに秋宮は一位の木を春宮は杉の木を御神木とし、上社は御山を御神体として拝しております。
古代の神社には社殿がなかったとも言われています。つまり、諏訪大社はその古くからの姿を残しております。
諏訪明神は古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また武勇の神として広く信迎され、現在は生命の根源・生活の源を守る神として御神徳は広大無辺で、多くの方が参拝に訪れます。

 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
樹齢150年を優に超えるモミの大木。山の中から、選ばれた16本のモミだけが御柱となり、里に曳き出され、7年毎の寅と申の年に諏訪大社の社殿の四隅に建てられます。 宝殿の造り替え、そして御柱を選び、山から曳き、境内に建てる一連の行事を「御柱祭」と呼び、諏訪地方の6市町村の氏子たちがこぞって参加して行われます。正式名称は「式年造営御柱大祭」です。
御柱祭という神事を司る諏訪大社は、全国各地の諏訪神社の総本社であり、国内にある最も古い神社の一つ。諏訪湖の周辺に4箇所の境内地を持っています。まず上社と下社に分かれ、諏訪市に上社本宮、茅野市に上社前宮があり、下諏訪町に下社春宮と下社秋宮があります。ご祭神である諏訪明神は古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また武勇の神として広く信仰され、東国第一の軍神として坂上田村麻呂や源頼朝、武田信玄、徳川家康らの崇敬を集めました。
室町時代の『諏訪大明神画詞』という文献によれば、平安初期に桓武天皇(781~ 806)の時代に「寅・申の干支に当社造営あり」と御柱祭についての記録が残されてい ます。起源については諸説様々ありますが、縄文時代の巨木信仰という説もあります。
御柱そのものは、長さ約17m、直径1m余り、重さ約10トンの巨木。柱を山から里へ曳き出す「山出し」が4月に、神社までの道中を曳き、御柱を各社殿四隅に建てる「里曳き」が5月に、上社・下社それぞれで行われます。諏訪の人々は氏子として全精力を注いで16本(4社×4本)之御柱を地区ごとに担当します。御柱祭にかける氏子の情熱は、昔も今も変わりありません。日本人の熱いエネルギーの高ぶり、神聖な熱狂にあふれた稀少な祭りといえるでしょう。

 

伊豆の孫たちとの外食

春休みを利用して我が家に来ていた伊豆の孫たちが帰る前の晩、皆で外食を楽しんだ。
同居の孫たちは小食なので、伊豆の孫たちの旺盛な食欲に驚かされた。彼らは、供されたものに満足して帰っただろうか?
伊豆の孫たちとの外食_1
伊豆の孫たちとの外食_2
伊豆の孫たちとの外食_3
伊豆の孫たちとの外食_4
伊豆の孫たちとの外食_5
伊豆の孫たちとの外食_6
伊豆の孫たちとの外食_7
伊豆の孫たちとの外食_8
伊豆の孫たちとの外食_9
伊豆の孫たちとの外食_10
伊豆の孫たちとの外食_11
伊豆の孫たちとの外食_12
伊豆の孫たちとの外食_13
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伊豆の孫たちとの外食_16
伊豆の孫たちとの外食_17
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伊豆の孫たちとの外食_19
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伊豆の孫たちとの外食_21
伊豆の孫たちとの外食_22
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伊豆の孫たちとの外食_30
伊豆の孫たちとの外食_31
伊豆の孫たちとの外食_32

 

第47回 関東学生馬術新人競技大会(13)

一昨日から本日までの3日間、諏訪大社の御柱祭の上社の山出しの本番です。急坂を下り落ちる、川を越える。豪快にして壮麗。そんな行事を楽しんできます。初日で完全にばててしまいましたが、気を取り直して2日目を目いっぱい楽しみました。ついて回った上社本宮二の柱は、二日目までで終了しました。
最後の川渡しで、辛うじて残っていた私のエネルギーをも使い果たし、精も根も尽き果て、身体不自由な状態に陥っています。最終日は一寸だけ御柱の格納状況を確認した後、山梨県内の桜を見て回ったのちに、帰京しようと考えています。
ということで、私からのアクセスが四日連続でかなり遅れると思います。m(__)m


JUMP OFF進出ペア6組目(2)
日本大学松井選手と桜鎧号とのペアの後半。ノーミスで快調に障害飛越をこなしていく。見ていて、うまいなと思った。
落ち着いて一つ一つの障害を確実にこなしていく
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_1
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_2
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_3
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_4
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_5
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_6
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_7
あそこまで高く飛ぶ必要があるのだろうか。走行時間が余計にかかってしまうのではなかろうかと、素人考えで心配した。今はJump Off前なので、走行時間は然程気にしなくてよいのだが。
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_8
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_9
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_10
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_11
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_12
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_13
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_14
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_15
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_16
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_17
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_18
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_19
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_20
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_21
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_22
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_23
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_24
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_25
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_26
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_27
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_28
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_29
JUMP OFF進出ペア6組目(2)_30

 

第47回 関東学生馬術新人競技大会(12)

昨日から明日までの3日間、諏訪大社の御柱祭の上社の山出しの本番です。急坂を下り落ちる、川を越える。豪快にして壮麗。そんな行事を楽しんできます。2日目は急坂を下り落ちる、川を越える、この2つともが行われます。初日で完全にばててしまいましたが、気を取り直して2日目を目いっぱい楽しみたいと思います。今朝も05:30に合図の花火が何発も上がった。
ということで、私からのアクセスがかなり遅れると思います。m(__)m


JUMP OFF進出ペア6組目(1)
出番26番 馬番号78 松井選手と桜鎧号 日本大学
男勝りの力強い騎乗ぶり。この時は比較的ゆっくりめの騎乗だったが、JUMP OFFでは見事に切り替えて3位入賞。日大勢強しの印象を皆に与えた。
桜鎧号を落ち着かせるちょっとした動作。細かい気遣いがうかがえる。
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_1
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_2
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_3
落ち着かせるためにたっぷり時間を使った。桜鎧号が興奮している様子は微塵もなかったが、万全を期したのだろう。
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_4
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_5
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_6
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_7
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_8
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_9
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_10
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_11
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_12
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_13
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_14
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_15
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_16
競技開始だ。『いくわよ!!』
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_17
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_18
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_19
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_20
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_21
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_22
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_23
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_24
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_25
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_26
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_27
思い切り寄って撮ってみた。フレームからはみ出しそうで、心配だったが、何とか収まってくれた。寄ってみると、結構な迫力があるんだなあ。
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_28
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_29
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_30
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_31
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_32
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_33
JUMP OFF進出ペア6組目(1)_34

 

第47回 関東学生馬術新人競技大会(11)

今日から4日までの3日間、諏訪大社の御柱祭の上社の山出しの本番です。急坂を下り落ちる、川を越える。豪快にして壮麗。そんな行事を楽しんできます。最低でも毎日10kmを行列にくっついて歩きます。
ということで、私からのアクセスがかなり遅れると思います。m(__)m


JUMP OFF進出ペア5組目(2)
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_1
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_2
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_3
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_4
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_5
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_6
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_7
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_8
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_9
何処といって欠点のない騎乗ぶりだ。ただ、ちょっと走行タイムがよくなさ過ぎた。Jump Offのまえだから、走行タイムは多少遅くても問題にならない。でも、Jump Offで切り替えてスピードを上げるのは、難しかったようだ。日頃から速く走りきる練習が必要なのだろう。
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_10
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_11
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_12
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_13
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_14
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_15
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_16
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_17
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_18
JUMP OFF進出ペア5組目(2)_19

 

第47回 関東学生馬術新人競技大会(10)

今日から4日までの4日間、諏訪大社の御柱祭の上社の山出しの追っかけをしています。明2日から始まる山出し。急坂を下り落ちる、川を越える。豪快にして壮麗。そんな行事を楽しんできます。
ということで、私からのアクセスがかなり遅れると思います。m(__)m


JUMP OFF進出ペア5組目(1)
出番21番 馬番号54 加藤選手と白驥号 中央大学
おじさんぽいなあと思ってマイナスのイメージを持ち過ぎたのか、写真を撮り損ねた。第一印象だけで判断してはいけなかった。
加藤選手の欠点は、走行タイムが良くないことだろう。障害を1つ落下するごとに4点の減点を食らう。勢い慎重になるのは分かるが、なにぶんにも遅すぎた。JUMP OFFのときも障害落下の減点は0だったが、走行タイムの減点を1食らった。これがために最終順位は6位になってしまった。ここが克服すべき課題のようだ。
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_1
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_2
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_3
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_4
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_5
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_6
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_7
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_8
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_9
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_10
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_11
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_12
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_13
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_14
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_15
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_16
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_17
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_18
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_19
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_20
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_21
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_22
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_23
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_24
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_25
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_26
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_27
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_28
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_29
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_30
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_31
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_32
JUMP OFF進出ペア5組目(1)_33

 

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