散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

第47回 関東学生馬術新人競技大会(9)

JUMP OFF進出ペア4組目
出番15番 馬番号67 清水選手と飛勇号 日本獣医生命科学大
ポチャ可愛コちゃん選手かと思ってみていたのだが、なかなかの実力者だった。
精神集中していたのかな?
JUMP OFF進出ペア4組目_1
JUMP OFF進出ペア4組目_2
JUMP OFF進出ペア4組目_3
JUMP OFF進出ペア4組目_4
『さあ、行くぞ』…気合が入ったようだ
JUMP OFF進出ペア4組目_5
JUMP OFF進出ペア4組目_6
JUMP OFF進出ペア4組目_7
JUMP OFF進出ペア4組目_8
JUMP OFF進出ペア4組目_9
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右の前髪が邪魔になっていそう。ピン止めで止めておいて方が良かったのでは。
JUMP OFF進出ペア4組目_11
JUMP OFF進出ペア4組目_12
JUMP OFF進出ペア4組目_13
JUMP OFF進出ペア4組目_14
『うん、良い飛び方だ』…なんて呟きながら見ていた。爺様に褒められてもうれしくはなかろうが。
JUMP OFF進出ペア4組目_15
JUMP OFF進出ペア4組目_16
JUMP OFF進出ペア4組目_17
JUMP OFF進出ペア4組目_18
JUMP OFF進出ペア4組目_19
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JUMP OFF進出ペア4組目_21
JUMP OFF進出ペア4組目_22
あれよあれよというままに、無過失で障害をクリアしていった。すごいぞ!!
JUMP OFF進出ペア4組目_23
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JUMP OFF進出ペア4組目_34
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JUMP OFF進出ペア4組目_36

 

桜咲いた(2)

昨29日の桜
いまだに満開にならず
ずっとあまり暖かくない日が続き、桜の開花は停滞したままだった。一昨日、昨日と気温が上昇したので、本来ならば、昨日ほぼ満開になるところだった。しかしながら、一昨日の夜半の猛烈な雷雨で水を差されたようだ。何しろ雷雨ばかりでなく、途中から雹が広範囲に激しく落ちてきたのだから。
昨29日の桜_1
昨29日の桜_2
昨29日の桜_3
昨29日の桜_4
昨29日の桜_5
昨29日の桜_6

 

自然教育園の花さんたち(3)

その他、目についた花
ヒトリシズカ
かつては「吉野静」といったようだ。静御前のきれいさになぞらえたものらしい。『ヒトリシズカ』の名前は、近縁種の『フタリシズカ』が花穂を2本以上出すのと対比させたとのことだ。
大きくなると大したことはなくなるような気がするが、好き好きかなあ。

ヒトリシズカ_1
ヒトリシズカ_2
ヒトリシズカ_3
ヒトリシズカ_4
free画像を借用した。変化の想像はつくのだが、なんだか平凡に成り下がったような気がする。
ヒトリシズカ_5
ラショウモンカズラ
名前はこの花を、渡辺綱が羅生門で切り落としたとされる鬼女の腕に見立てたものとされる。そういえば、至近距離で轢死体を見てしまったことがあるが、…。
ラショウモンカズラ_1
ラショウモンカズラ_2
ラショウモンカズラ_3
ラショウモンカズラ_4
ラショウモンカズラ_5
ラショウモンカズラ_6
ラショウモンカズラ_7
ラショウモンカズラ_8
ラショウモンカズラ_9
クサノオウ
和名が瘡王で、別名が皮癬草(ひぜんくさ)、生薬名が白屈菜(はっくつさい)なのか。『草(花)の王』などと勘違いしてしまった。ふるさとの言葉で、『くさっぽ』というものの薬になる。だから、『クサノオウ』だったのか。生薬とはいえ、非常に毒性が強いのか。う~~ん、怖いなあ。
クサノオウ_1
クサノオウ_2
クサノオウ_3
コブシ
いつみてもすごいなあと思う。まだ肌寒さの残る時期に、実に気分よく咲くものだ。
コブシ_1
コブシ_2
コブシ_3

鳥さんたち
チュウサギかな?
だとすると初めて見たのかもしれない。今まで見てきたのは、ダイサギかコサギばかりだったような気がする。
チュウサギかな?_1
チュウサギかな?_2
カルガモ
代わり映えしないカルガモさんだが、珍しいポーズをとってくれた。
カルガモ_1
カルガモ_2

大木たち
何も言うことはない。ただただ巨木ぶりに驚かされる。
ムクノキ
ムクノキ
アカガシ
アカガシ
スダジイ他
スダジイ他

以上で『自然教育園の花さんたち』のミニシリーズは終了です。

 

自然教育園の花さんたち(2)

自然教育園の中の武蔵野植物園にて
今回見たかったものはここに集まっていた。福寿草は既に花期を終えていた。カタクリも危ないところだった。
シュンラン
シュンラン(春蘭)は、単子葉植物ラン科シュンラン属の蘭で、土壌中に根を広げる地生蘭の代表的なもの。芽生えまで地下で長い時間を過ごすため、急に増やすことはできないのだそうだ。いつも邪魔なものを取り去って、すっきりした状態で撮りたい誘惑にかられるが、そこはぐっと我慢。なので、被写体がよくわかりにくい。咲く寸前だったのだろうか。
シュンラン_1
シュンラン_2
シュンラン_3
シュンラン_4
シュンラン_5
シュンラン_6
シュンラン_7
FREE画像を借用。これで全体をイメージされたい。
シュンラン_8
カタクリ
カタクリは、ユリ科カタクリ属に属する多年草。古語では「堅香子(かたかご)」と呼ばれていた。自生地では北斜面に多く生育するようだ。
スクリーンが可動式ではないD7100では、花弁の内側にある幾何学模様が撮りにくくて泣かされる。ニコンは変なところで、けちっているんだなあ。『お前こそ、けちらないで高級カメラを買え』と言い返されそうだが。

カタクリ_1
カタクリ_2
カタクリ_3
カタクリ_4
FREE画像を借用。これで花弁の内側にある幾何学模様をイメージされたい。
カタクリ_5
ミヤマカンスゲ
カヤツリグサ科の仲間は冬は枯れてしまうのだが、カンスゲ(寒菅)という名前のように越年草で、早春に花を付ける。私には、カンスゲとミヤマカンスゲとの違いは判らない。昔は菅笠などの材料として使われたのだろうということくらいしか思い浮かばない。(^^);
ミヤマカンスゲ_1
ミヤマカンスゲ_2
ミヤマカンスゲ_3

 

自然教育園の花さんたち(1)

カタクリの花と春蘭とを見たいと思い、3月25日に自然教育園に出かけた。行ってみて思ったのだが、暖かいのか寒いのかよくわからないような天気が続き、対応を考え中の花さんが多かったようだ。
ウグイスカグラ
残念ながら盛りを過ぎてしまったようだ。暖かいところでは昨年の内から咲く花だとか。
ウグイスカグラ
キブシ
漢字では、『木五倍子』と書く。約束事として覚えない限り、読むことができないことだろう。果実に含まれるタンニンが、黒色染料の五倍子(ぶし)の代用になるところから命名されたのだとか。
キブシ
ムサシノアブミ
「鐙」(あぶみ。馬具の一つで、鞍の両側に垂らし、乗る人が足をかけるもの)のように丸まった形の仏焔苞(ぶつえんほう)が出てくる(うす緑色)。耳型。
花は、この仏焔苞の中にあり、ふつうは見えない。
この「鐙」のうち、武蔵の国で作られたタイプの「鐙」に特によく似ていたため、この名前になった。

ムサシノアブミ_1
ムサシノアブミ_2
ムサシノアブミ_3
ヤブレガサ
名前の通りに『破れ傘』に見える。私の紋章にしようかと思うほどだ。芽出しの頃の、葉が展開する前の葉と茎は、山菜として食用にされるそうだ。
ヤブレガサ_1
ヤブレガサ_2
ヤブレガサ_3
ヤブレガサ_4
ヤブレガサ_5
ニリンソウ
咲き出したのは、ニリンソウばかり。イチリンソウは少し花期が遅いのか全く咲き出していなかった。
ニリンソウ_1
ニリンソウ_2
ニリンソウ_3
ニリンソウ_4
ニリンソウ_5
ニリンソウ_6
シャガ
三倍体のため種子が発生しない。人為的に株分けしない限り、増えてはいかないようだ。
シャガ_1
シャガ_2
フッキソウ
ずっと草だと思っていたが、どうやら木のようだ。私だけでなく、草の名前が付けられているのだから、多くの人がそう思い込んでいたのだろう。
フッキソウ
バイモ
クロユリと同じ仲間だそうだ。乾燥させて鱗茎が『貝母』と呼ばれる生薬。下向きに咲く花だが、花びらの内側の網目模様が美しい。
バイモ_1
バイモ_2
バイモ_3
バイモ_4

 

結婚40年

3月初旬に結婚40年を迎えた。お互いに病気もせず淡々と夫婦生活が続いたものだ。ちょっと嬉しく思う。
金婚式にはまだ10年ある。今回は、ルビー婚式というのだそうだ。質量辺りの価格はルビーの方がはるかに高いのに、不思議な感じがしないでもない。おチビさんたちが同居していて、彼女たちの子守りをしなくてはいけないので、夫婦そろっての旅行は10年後までお預けとなりそうだ。
近所のイタリアンのお店でささやかなお祝いをした。あとで見返してみると、ささやかにし過ぎた感じだ。株が下がってしまったかな。
結婚40年_1
結婚40年_2
結婚40年_3
結婚40年_4
結婚40年_5
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第47回 関東学生馬術新人競技大会(8)

JUMP OFF進出ペア3組目(2)
吉永選手と桜閃号の競技は終盤に入った。人馬ともに赤筋を酷使しヘナヘナしかけているころ。気力を奮い立たせて頑張っているのだろう。
余裕を持った高さまで飛ぶことができている。いいぞ!!
それにしても、あの貧相な鉢植えは、競技の小道具として必要なのだろうか。無くてもよさそうのに。

JUMP OFF進出ペア3組目(2)_1
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_2
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_3
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_4
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_5
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_6
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_7
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_8
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_9
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_10
着地したら、すぐに左に急旋回。膨らんだコース取りが安全ということでもなさそうだ。
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_11
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_12
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_13
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_14
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吉永選手は馬を慰労したのだろう。慰労された桜閃号は得意満面の表情。
JUMP OFF進出ペア3組目(2)_28

 

第47回 関東学生馬術新人競技大会(7)

JUMP OFF進出ペア3組目(1)
出番8番 馬番号76 吉永選手と桜閃号 日本大
制限時間内ではあったが、走行タイムは72.83秒とかなり遅いタイムだった。同じJUMP OFF進出者中の最速タイムは、64.96秒。何と7.87秒もの差があった。
観戦者にすれば、いらいらするようなスローペースだった。これもルールの内。JUMP OFF進出のために、障害落下などを避けるべく、安全策を取ったのだろう。
馬さんの帽子が日大カラーの桜色なんだ。一目で日大の馬さんだとわかるし、本当に可愛いなあ。

JUMP OFF進出ペア3組目(1)_1
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_2
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_3
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_4
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_5
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_6
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JUMP OFF進出ペア3組目(1)_9
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_10
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_11
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_12
折り返して連続障害。うまくピントが合わなくて、連続障害なのかよくわからない結果になってしまった。m(__)m
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_13
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_14
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_15
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_16
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撮影位置からは後姿になってしまう。お尻フェチではないので、正面から撮りたかったなあ。一人で撮影すると、どうしてもこういうシーンは不可避だ。
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_20
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_21
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_22
JUMP OFF進出ペア3組目(1)_23

 

第47回 関東学生馬術新人競技大会(6)

JUMP OFF進出ペア2組目
出番6番 馬番号48 惣田選手とフェアリーカレ号 専修大学
素晴らしい騎乗ぶりだったが、肝心かなめの部分がピンボケ続きで、私の反省しきり。男性選手には甘い評価はしない主義だが、うまい騎乗ぶりが印象に残った。クールな騎乗ぶりだった。
惣田選手とフェアリーカレ号のペアは、JUMP OFFでも頑張り、またもや減点無し。日大勢に1-3位を譲ったものの、堂々たる4位入賞。すごいものだ。
JUMP OFF進出ペア2組目_1
JUMP OFF進出ペア2組目_2
JUMP OFF進出ペア2組目_3
JUMP OFF進出ペア2組目_4
JUMP OFF進出ペア2組目_5
この辺からぐっと気合が入ったようだ。やる気スイッチがONになった。
JUMP OFF進出ペア2組目_6
JUMP OFF進出ペア2組目_7
JUMP OFF進出ペア2組目_8
ぐんと引き締まった表情
JUMP OFF進出ペア2組目_9
JUMP OFF進出ペア2組目_10
まだ飛び越したわけではない。それなのに、次の障害よりも、急角度に回った後に来る次の次の障害を見ていたようだ。それが功を奏したのかもしれない。
JUMP OFF進出ペア2組目_11
JUMP OFF進出ペア2組目_12
JUMP OFF進出ペア2組目_13
JUMP OFF進出ペア2組目_14
大した障害ではなさそうだが、その前からの連続で、難易度が増してくるのだろう。ここで失敗しなくても、体勢を崩すと先でつまずいてしまうのだ。
JUMP OFF進出ペア2組目_15
JUMP OFF進出ペア2組目_16
JUMP OFF進出ペア2組目_17
JUMP OFF進出ペア2組目_18
JUMP OFF進出ペア2組目_19
JUMP OFF進出ペア2組目_20
JUMP OFF進出ペア2組目_21
JUMP OFF進出ペア2組目_22
JUMP OFF進出ペア2組目_23
連続障害の前にも障害がある。そして息継ぐ暇もなくこの連続障害だったのだが、ピンボケばかり。啼くに泣けない。
JUMP OFF進出ペア2組目_24
JUMP OFF進出ペア2組目_25
JUMP OFF進出ペア2組目_26
連続ジャンプの後にこの大ジャンプを超えると、競技はもう終盤だ
JUMP OFF進出ペア2組目_27
JUMP OFF進出ペア2組目_28
JUMP OFF進出ペア2組目_29
JUMP OFF進出ペア2組目_30
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JUMP OFF進出ペア2組目_36
JUMP OFF進出ペア2組目_37
JUMP OFF進出ペア2組目_38
JUMP OFF進出ペア2組目_39
JUMP OFF進出ペア2組目_40

競技が終わったわけではないのだが、私の撮影が終わってしまった。何たる大失敗だろうか。

 

第47回 関東学生馬術新人競技大会(5)

こんなシーンもあった。そう簡単にはいかない競技のようだ。

失格シーン
落馬によるもの
途中まではうまく飛んでいた
落馬による失格_1
だがこの障害で暗転。よく見える独立した障害なので、集中できずプレッシャがかかったのだろうか。馬さんが急制止したので、勢いのついた選手のみが慣性の法則に従って、飛んでいったようだ。退場する際に痛そうではあったが、大けがはしていない様子だった。それだけが救いだった。
落馬による失格_2
落馬による失格_3
落馬による失格_4
それでも必死に馬を制止しようとする選手
落馬による失格_5
落馬による失格_6
落馬による失格_7
落馬による失格_8
落馬による失格_9
落馬による失格_10
落馬による失格_11
落馬による失格_12
興奮した馬を制止しきれず、馬は走り去った
落馬による失格_13
落馬による失格_14
係員が、興奮が収まった頃合いを見計らって制止させた
落馬による失格_15
こちらは2回の不服従によるもの
この失格は5ペアにも上った。馬さんは神経質な生き物だから、下級生の腕前では、ご機嫌を損ねるとどうしようもなくなるのだろうか。練習を重ねて再挑戦だね。
2回の不服従による失格_1
2回の不服従による失格_2
2回の不服従による失格_3
2回の不服従による失格_4
2回の不服従による失格_5
2回の不服従による失格_6
2回の不服従による失格_7
2回の不服従による失格_8
2回の不服従による失格_9
2回の不服従による失格_10
2回の不服従による失格_11
2回の不服従による失格_12
再度トライするも再び不服従で失格。2度目は大丈夫だったペアもいたけど。
2回の不服従による失格_13
2回の不服従による失格_14
2回の不服従による失格_15
2回の不服従による失格_16
2回の不服従による失格_17
2回の不服従による失格_18
2回の不服従による失格_19
2回の不服従による失格_20
2回の不服従による失格_21

 

桜咲いた(1)

昔の合格電報の文面ではなく、単に自宅前の遊歩道のソメイヨシノが昨20日に開花したというだけのこと。2-3日ほど前には幹から直接の花が咲き出した。が、枝から咲きだしたのは昨20日からだ。
咲き始めの桜
まだ、咲き出したのは日当たりの良い場所の木のごくわずか。しかし、後続のつぼみの色づき方を見ると、今月中が見ごろで、4月は葉桜になってしまいそうに思われる。
12:25頃
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13:30頃
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15:45頃
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15:45頃_4
そのほかの花
ちょっとだけ華やいできた感じ。これから散歩する楽しみが増えるぞ。
そのほかの花_1
そのほかの花_2
そのほかの花_3
そのほかの花_4
そのほかの花_5
そのほかの花_6
そのほかの花_7
そのほかの花_8
そのほかの花_9
そのほかの花_10

 

第47回 関東学生馬術新人競技大会(4)

2番目に出場の人馬(2)
走り終えて、満面の笑み。JUMP OFF進出ペア10ペア中の4番目の好タイムで走り切った。JUMP OFFはこの順位は参考にせず、JUMP OFFの成績のみで順位をつけるので、この段階では順位はもちろん確定していない。
中盤の山場の連続障害だ。軽々とこなしていく。
2番目に出場の人馬(2)_1
2番目に出場の人馬(2)_2
2番目に出場の人馬(2)_3
2番目に出場の人馬(2)_4
2番目に出場の人馬(2)_5
2番目に出場の人馬(2)_6
2番目に出場の人馬(2)_7
無過失で飛び越したぞ。体勢を立て直して次なる障害だ。
2番目に出場の人馬(2)_8
2番目に出場の人馬(2)_9
2番目に出場の人馬(2)_10
私の位置からは後姿しか撮れなかった。きれいなフォームに見える。
2番目に出場の人馬(2)_11
急停止したわけではなく、その次の障害飛越の直前の踏ん張り姿だ。
2番目に出場の人馬(2)_12
2番目に出場の人馬(2)_13
2番目に出場の人馬(2)_14
2番目に出場の人馬(2)_15
休む暇なく次の障害に備える。
2番目に出場の人馬(2)_16
2番目に出場の人馬(2)_17
2番目に出場の人馬(2)_18
2番目に出場の人馬(2)_19
2番目に出場の人馬(2)_20
いよいよ終盤。ここは慎重かつアグレッシブに行け!!
2番目に出場の人馬(2)_21
2番目に出場の人馬(2)_22
2番目に出場の人馬(2)_23
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馬さんに『よくやった』と声をかけたのかな
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第47回 関東学生馬術新人競技大会(3)

2番目に出場の人馬(1)
麻布大学の市村選手とビリーヴマインの人馬ペア。『あれあれあれ』と思う内に減点0のまま、競技終了。いきなりJUMP OFF進出を決めた。後で写真を見返してみたら、かなりの美人さんだった。
まずは馬さんに落ち着いてもらわねばならない。そして、馬体をほぐす感じか。
2番目に出場の人馬(1)_1
2番目に出場の人馬(1)_2
2番目に出場の人馬(1)_3
2番目に出場の人馬(1)_4
2番目に出場の人馬(1)_5
向きを変えた。ちょっと気合を込めだしたところかな。
2番目に出場の人馬(1)_6
2番目に出場の人馬(1)_7
2番目に出場の人馬(1)_8
2番目に出場の人馬(1)_9
2番目に出場の人馬(1)_10
2番目に出場の人馬(1)_11
この辺から勢いをつけて走り始めた。が、開始線を超えるまでは単なる助走に過ぎない。
2番目に出場の人馬(1)_12
2番目に出場の人馬(1)_13
2番目に出場の人馬(1)_14
2番目に出場の人馬(1)_15
2番目に出場の人馬(1)_16
2番目に出場の人馬(1)_17
既に開始線を超え、競技が始まっている。最初の障害飛越だ。
2番目に出場の人馬(1)_18
2番目に出場の人馬(1)_19
2番目に出場の人馬(1)_20
2番目に出場の人馬(1)_21
人馬ともに体勢を立て直し、次の障害に向かう。ややスピードより正確性重視かな?
2番目に出場の人馬(1)_22
2番目に出場の人馬(1)_23
2番目に出場の人馬(1)_24
2番目に出場の人馬(1)_25
2番目に出場の人馬(1)_26
2番目に出場の人馬(1)_27
2番目に出場の人馬(1)_28
2つ目の障害も難なくクリア。いい感じだ。選手の視線は早くも急旋回する辺りを見据えている。
2番目に出場の人馬(1)_29
2番目に出場の人馬(1)_30
2番目に出場の人馬(1)_31
2番目に出場の人馬(1)_32
かなりGがかかるだろう急角度の方向転換をして、次の障害に向かう。人馬ともにきりりとした表情だ。
2番目に出場の人馬(1)_33
2番目に出場の人馬(1)_34
2番目に出場の人馬(1)_35

 

第47回 関東学生馬術新人競技大会(2)

最初の人馬(2)
ここまではよかったのだが、ここでバーを落下させてしまった。総減点0の人馬が数組以上出るのが通例だろうから、上位進出は望み薄になった。
最初の人馬(2)_1
最初の人馬(2)_2
左後脚の蹴りがやや弱かったのかなあ
最初の人馬(2)_3
引っ掛けてしまった。残念。
最初の人馬(2)_4
最初の人馬(2)_5
最初の人馬(2)_6
最初の人馬(2)_7
最初の人馬(2)_8
最初の人馬(2)_9
最初の人馬(2)_10
最初の人馬(2)_11
最初の人馬(2)_12
最初の人馬(2)_13
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最初の人馬(2)_19
最初の人馬(2)_20
最初の人馬(2)_21
最初の人馬(2)_22
最初の人馬(2)_23
最初の人馬(2)_24
最初の人馬(2)_25
最初の人馬(2)_26
必死の形相の白翔号。田中選手は疲れてしまったかな。終盤に差し掛かってきている。頑張れ!!
最初の人馬(2)_27

 

第47回 関東学生馬術新人競技大会(1)

実に久しぶりの障害飛越競技観戦だ。たまたま土曜日の用事がなかったので、馬事公苑に行ったのだった。関東の大学生の新人の大会なので、レベル的にはあまり期待せずに、素晴らしい人馬が居れば、これを楽しむというスタンスで臨んだ。
今回はD7100とAPO 50-500mm F4.5-6.3 DG OS HSMとの組み合わせで撮影した。D7100は連写のバッファがあまりないという評価を聞いていたので、それを考慮しながらの撮影にしてみた。カメラ・レンズ共にスポーツの撮影が目的で購入したのだが、どうだっただろう。


コース下見
学生連盟のHPに載っていたコース概略図と違う設定だったようだ。こういう変更は普通に行われるのだろうか。
コース下見_1
コース下見_2
いよいよ競技開始
この電光表示板は立派なんだけど、途中経過を細かく表示してくれなかった。学生の予算では、サービス内容が違ってくるのだろうか。
いよいよ競技開始
最初の人馬(1)
最初なので、ちょっと気合を入れて撮った。中央大学の田中選手と白翔号か。結果は72.23秒のタイム減点0、3障害落下の障害減点12、総減点12。もちろん『JUMP OFF』と呼ばれる決勝進出はできなかった。
最初の人馬(1)_1
最初の人馬(1)_2
最初の人馬(1)_3
最初の人馬(1)_4
最初の人馬(1)_5
最初の人馬(1)_6
最初の人馬(1)_7
最初の人馬(1)_8
最初の人馬(1)_9
最初の人馬(1)_10
最初の人馬(1)_11
最初の人馬(1)_12
最初の人馬(1)_13
最初の人馬(1)_14
最初の人馬(1)_15
最初の人馬(1)_16
最初の人馬(1)_17
最初の人馬(1)_18
最初の人馬(1)_19
最初の人馬(1)_20
最初の人馬(1)_21
最初の人馬(1)_22
最初の人馬(1)_23
最初の人馬(1)_24
最初の人馬(1)_25
最初の人馬(1)_26
最初の人馬(1)_27

 

山手町と中華街

身内の法事があり、山手町で式を行った後、中華街に行って食事をした。中華街は最近はランチをいただくばかりで、大してお金を落とさない客でしかなかった。この日ばかりは大きな顔をして利用した。

山手町にて
山手80番館遺跡
元町公園西側の小径を山手本通りに向かって上ると、横浜に現存する唯一の関東大震災前の外国人住宅の遺構が見えてくる。
この赤レンガの構造物は、関東大震災前の異人館遺跡で、震災当時はマクガワン夫妻の住居となっていたところだそうだ。この辺が、旧外国人居留地の中心だったそうだ。集合時間ぎりぎりだったので、残念ながらパス。
チラと見えているのは、エリスマン邸。あちらは本来は別なところに建てられていたもので、こちらは横浜に現存する唯一の関東大震災前の外国人住宅の遺構だ。

山手80番館遺跡
こちらは、ベーリック・ホール
いつもは表側からしか撮らないが、裏側はこんな風だ
ベーリック・ホール
そしてこちらが、エリスマン邸
こちらも裏側
エリスマン邸
カトリック山手教会墓地
なかなか見晴らしがよい。隣接の外人墓地に負けないほどの景観だ。
カトリック山手教会墓地_1
カトリック山手教会墓地_2
カトリック山手教会墓地_3
カトリック山手教会墓地_4
こちらは外人墓地
既に故人の子孫が直接墓参することもなくなっているのだろう。生麦事件の関係者は、確か山手教会墓地の下になる辺りに埋葬されていたと記憶している。
外人墓地
山手資料館
山手資料館_1
山手資料館_2
山手資料館_3
山手資料館_4
山手資料館_5
横浜山手聖公会
横浜山手聖公会
中華街にて
がらりと雰囲気が変わり、舞台は中華街
朝陽門
朝陽門
交番前
交番前
何処も混んでいる
いつ降り出してもおかしくない天気なのに、すごい人出だ。人気があるんだなあ。
何処も混んでいる_1
何処も混んでいる_2
市場通り門
市場通り門
やはり混んでいる
やはり混んでいる
こんなものも売られているんだ
結構お高いんだなあ
こんなものも売られているんだ
いよいよ食事に
今回はこの店
四川料理の店。『景徳鎮』といえば、陶磁器で名高い中国の都市の名前、もしくは陶磁器そのもの。オーナーがそちらの出身者なのかな。最初から、辛いものが出てきそうだ。
今回はこの店
クラゲとチャーシューと棒棒鶏かな
クラゲとチャーシューと棒棒鶏かな_1
クラゲとチャーシューと棒棒鶏かな_2
なんだかわからないもの
美味しかった
なんだかわからないもの
お焦げ料理
丸いものは唐辛子かなあと思って口に入れてみた。当たりだった。舌が麻痺しないように2-3ピースでやめておいた。後で調べたら、四川唐辛子というもののようで、麻辣の辣(らぁ)味の方だったようだ。
お焦げ料理
小籠包と焼売
小籠包と焼売_1
小籠包と焼売_2
エビチリ
エビチリ
チャーハン
チャーハン
2種類の麻婆豆腐
確かに2種類出されたのだが、同じものを撮ってしまったかもしれない。普通の方は楽勝だったが、辛いという方は、口の中がしびれるような感じだった。5倍の辛さがあるとか。花椒(ほぁじゃお)の舌が痺れるような辛さである『麻(まぁ)味』が強かったのだろう。1回お替りしただけでギブアップ。
2種類の麻婆豆腐_1
2種類の麻婆豆腐_2
スープ
なかなかおいしかった。というか、口の中の痺れをとるべくきちんといただいた。
スープ
甘いものも
甘いものも

料理は大変おいしかった。老酒を飲み過ぎたようで、帰り道がちょっと辛かった。フォアグラの身には酒量が多すぎたかも。

山手80番館遺跡を紹介しているHPへjump

 

ヴェルニー公園から見た様子

軍港クルーズで取り上げた中で、ドライドックの撮影が不十分だったように思った。そこで、これを中心にヴェルニー公園から撮り直してみた。ついでに目についたものも撮ってみた。(02/13にNIKON P610で撮影)

米軍ドライドック
説明表示板
何と慶応3年(1867年)にドライドックの建設が開始されたんだ。こんな気宇壮大なものが。尤も後年、艦船の大型化に対応すべく長さを継ぎ足したようだが。
米軍ドライドック_説明表示板_1
米軍ドライドック_説明表示板_2
1-3号ドック
小さな画像だが1-3号までが入っている。右端に切れかかっているのが1号。2-3号はポンプ小屋の両側にあるので、はっきり認識できるだろう。
1-3号ドック
多分これが1号
多分これが1号_1
多分これが1号_2
これが2号
水中処分船の右後方にある
これが2号_1
これが2号_2
これが3号
このドックはかなり小さなドックのようだ
これが3号
4-5号
レンガ積みのポンプ小屋の左側に5号。すぐ右側の青い台船の陰に4号がある。
4-5号_1
4-5号_2
空母の入渠も可能な横須賀海軍施設6号ドックは見つかられなかった。

パトリオット (USS Patriot, MCM-7)
米軍の掃海艦は初見というわけではなかったが、興味がなく、撮ったこともなかった。あまり評判を聞かないが、軍事大国米国のものだから、それなりの性能は確保しているのだろう。イラク戦争の時活躍したミサイルと同じ名前かな。
パトリオット_1
パトリオット_2
アヴェンジャー級掃海艦(Avenger class mine countermeasures ship)は、アメリカ海軍が運用している掃海艦。ネームシップは1987年就役、同型艦は14隻。アメリカ海軍では対機雷戦艦艇 (mine countermeasures ship) と呼称している。
以下2点は、FREE画像を借用
パトリオット_3
パトリオット_4

ときわ
かなり大きな艦体だ。それはそうだろう各種の補給物資を積載しているのだから。
ときわ_1
ときわ_2
以下2点は、FREE画像を借用
ときわ_3
ときわ_4

掃海艇ながしまと油船
油船が港内の艦艇に給油して回っている。これが普通の光景だ。
掃海艇ながしまと油船

艦船番号がわかるものと分からないもの
艦船番号がわかるものと分からないもの_1
艦船番号がわかるものと分からないもの_2

 

二子多摩川駅近くの公園にて(2)

仕切り直しに出かけた。目的はカワセミをしっかり見ることだったのだが。カワセミは前回と同じ場所ではなく、50mほど離れた下流にいた。というか、その位置が定位置の一つなのだろう。…3月1日撮影分
この日も出会いは然程ではなかった。もう少し、これというものに出会いたいが、とにかく何と出会ったかを記録しておこう。
ハクセキレイ
ハクセキレイって、今までブチの模様が目につきすぎてあまり好きではなかった。今回、よくよく見ると、きれいな顔立ちの鳥さんなんだ。そう再認識できた。そうは言うものの、きれいに撮るのは難しそう。
ハクセキレイ_1
ハクセキレイ_2
ハクセキレイ_3
ハクセキレイ_4
ハクセキレイ_5
こちらの方が餌となる小さな生き物が居そうな感じ
ハクセキレイ_6
ハクセキレイ_7
ハクセキレイ_8
ハクセキレイ_9
ハクセキレイ_10
ハクセキレイ_11
ハクセキレイ_12
ハクセキレイ_13
モズ
小さな猛禽類とも評されるモズ。なかなか端正な顔立ちだ。
モズ_1
モズ_2
ムクドリ
我が近隣では一番ポピュラーな野鳥。どこでも見かける感じがする。案外大きな鳥さんだ。
ムクドリ_1
ムクドリ_2
ムクドリ_3
ムクドリ_4
ツグミ
ちょこまかしていて、超初心者泣かせだ。なかなかきれいな鳥さんだ。
ツグミ_1
ツグミ_2
カワセミ
見ただけだった。
カワセミ
カワラヒワかな?
スズメの群れかと思い、ただ漫然と撮っただけで終わってしまった。後になって反省しても遅かった。
カワラヒワはスズメ目アトリ科に分類される鳥類の一種である。英名 "Oriental Greenfinch" は東洋にいる緑色のアトリ類の意味
カワラヒワかな?_1
カワラヒワかな?_2
マガモ・コガモ
ゆっくり撮ることができる分、撮影は楽だ。ただそれだけでしかないが。
マガモ・コガモ_1
マガモ・コガモ_2
ヒヨドリ
この日見た中では大きい方の野鳥。ここでは何を食べているのだろうか。
ヒヨドリ
大きな鯉
ミサゴは、こういう大きな魚でも捕食するのだろうか?
大きな鯉_1
大きな鯉_2
富士山
人間の目にはきれいに見えたのだが、…。思ったほどきれいには撮れなかった。
富士山_1
富士山_2

 

二子多摩川駅近くの公園にて(1)

もしかしたら、カワセミがいるかもしれない。そういう情報を頼りに二子多摩川駅近くの公園に行ってみた。電車がうまく乗れれば、自宅玄関から20分弱で河原に到着する。他の目的地よりは近い分、期待度が高いのだが。…2月22日撮影分
今回もトリミング&化粧直し無しで行く。というか、暫くはこの撮りっぱなしスタイルで行くしかなかろう。この日は、まあまあの種類の野鳥が観察できた。もうちょっとカワセミのダイブ・シーンでも見られれば、いうことなしだが。
ハシビロガモ
この日見た中でなかなかな色合いだと感心したのが、このハシビロガモ。超初心者の私にも何とか撮ることができる。
ハシビロガモ_1
ハシビロガモ_2
ハシビロガモ_3
ハシビロガモ_5
ハシビロガモの雄のエクリプスかな?
ハシビロガモ_6
カワセミ
この後、暫くして飛んで行ってしまった。今回は指を咥えてみているだけだった。
カワセミ_1
カワセミ_2
カワセミ_3
オオバン
このでかい趾。水かきに多少適したようにある程度横にも広がっている。
オオバン_1
オオバン_2
オオバン_3
カワウ
水掻きがまさしく、潜水用のフィンのようなものなんだ。というか、これを真似したのが潜水用のフィンなのだろう。
カワウ_1
カワウ_2
カワウ_3
カワウ_4
コガモ
まあ、きれいな水鳥だ
コガモ_1
コガモ_2
コガモ_3
コガモ_4
セグロセキレイかなハクセキレイかな
この角度からは判別がつかない。ハクセキレイのように思うのだが。
セグロセキレイかなハクセキレイかな
ツグミ
ツグミ_1
ツグミ_2
ツグミ_3
ツグミ_4
ムクドリ
ムクドリ_1
ムクドリ_2
ムクドリ_3
ムクドリ_4
ヒヨドリ
ヒヨドリ_1
ヒヨドリ_2
カルガモ
カルガモ

 

明治神宮の北側と新宿御苑の一部とを歩く(4)

大温室(2)
ここも何度か来ているので、見覚えのある植物が殆どだ。但し名前が出てこないのが、…。
会議出席の前の時間に行ったので、大荷物は持参できなかった。仕方がなく、花さんはすべて50-500のレンズ1本で撮影した。湿気でやられないか心配でならなかった。
大温室(2)_1
ヒネムあるいはベニゴウカン(紅合歓)というものかな、と思った。でも葉の形状が違うような。どうやらオオベニゴウカンらしい。
大温室(2)_2
大温室(2)_5
大温室(2)_3
大温室(2)_4
カカオの実かなあ。と思ったのだが、確かぽつんぽつんとなる筈だし、形状もちょっと違う感じ。パパイアなのかなあ?
大温室(2)_6
大温室(2)_7
大温室(2)_8
大温室(2)_9
大温室(2)_10
大温室(2)_11
大温室(2)_12
大温室(2)_13
大温室(2)_14
大温室(2)_15
大温室(2)_16
大温室(2)_17
大温室(2)_18
大温室(2)_19
大温室(2)_20
大温室(2)_21
アカンサス(葉薊)だろう。それにしても大きいなあ。
大温室(2)_22
大温室(2)_23
大温室(2)_24
大温室(2)_25
大温室(2)_26
大温室(2)_27
大温室(2)_28
大温室(2)_29
大温室(2)_30

以上で『明治神宮の北側と新宿御苑の一部とを歩く』のミニシリーズは終了です。最後までご覧いただきありがとうございました。

 

明治神宮の北側と新宿御苑の一部とを歩く(3)

野鳥撮影はこの程度にし、入場料のモトをとるべく、大温室も入ってみることにした。

旧洋館御休所
残念ながら補修中だった。妻側の上部部分が洒落ていたので、撮ってみた。
ペンキなどをし直さないと傷みがひどくなってしまいそうだ。レトロな建物が少しでも長く維持できると嬉しいのだが。
旧洋館御休所の妻側の上部部分
建物の前には、三椏が植えられていた。丁度、花が咲き出したところだった。
三椏_1
三椏_2
天皇や皇族の休憩所として1896年(明治29年)に建てられた洋風木造建築で、国の重要文化財に指定されている。19世紀アメリカで流行したスティックスタイルがベースで増築を繰り返している。昭和24年から平成6年までは管理事務所として使われたが平成13年には元の姿(大正13年当時)に戻され一般公開されている。

大温室(1)
お金をかけているだろう割には感動が少ない感じ。通り一遍の展示に終始しているからだろうか。
外観
結構斬新なデザインだ
外観
内部にあった熱帯植物
以降は基本的に植物の名前を表示しない。大温室内に表示がなかったわけではないのだが、どれに対する説明表示か曖昧なところが少なからずあったためだ。
内部にあった熱帯植物_1
レリア シンジュク(旧ションボレリア シンジュク)。新宿という名がつけられている。この新宿御苑で作出された品種なのだろう。せっかくの展示だが、さほどきれいだとは思わなかった。
内部にあった熱帯植物_2
プラティセリウム・ビフルカツムという品種らしい。びっくりするほど巨大なものだった。
内部にあった熱帯植物_3
内部にあった熱帯植物_4
内部にあった熱帯植物_5
内部にあった熱帯植物_6
内部にあった熱帯植物_7
内部にあった熱帯植物_8
内部にあった熱帯植物_9
内部にあった熱帯植物_10
内部にあった熱帯植物_11
内部にあった熱帯植物_12
内部にあった熱帯植物_13
ヒスイカズラ。独特の色が、本物とちょっとかけ離れてしまったかなあ。
内部にあった熱帯植物_14
内部にあった熱帯植物_16
ハイビスカスだろうなあ
内部にあった熱帯植物_15

 

明治神宮の北側と新宿御苑の一部とを歩く(2)

新宿御苑のメジロ
ずーっと、メジロを探してみたが、殆ど見当たらない。そんなことがあるのだろうかと落ち込みかけたとき、梅の大木に多数のメジロが群がっていた。それを撮りたいカメラマンもたくさん。
なぜ、この大木にばかり群がるのか、不思議でならない。よくよく見たら、桜の木だったかな。2月17日だから、河津桜かなあ。
新宿御苑のメジロ_1
新宿御苑のメジロ_2
新宿御苑のメジロ_3
新宿御苑のメジロ_4
新宿御苑のメジロ_5
新宿御苑のメジロ_6
新宿御苑のメジロ_7
新宿御苑のメジロ_8
新宿御苑のメジロ_9
新宿御苑のメジロ_10
新宿御苑のメジロ_11
新宿御苑のメジロ_12
新宿御苑のメジロ_13
新宿御苑のメジロ_14
新宿御苑のメジロ_15
新宿御苑のメジロ_16
新宿御苑のメジロ_17
新宿御苑のメジロ_18
旧御涼亭(台湾閣)
メジロが群がる梅の大木の斜め前には、この旧御涼亭(台湾閣)が素晴らしいたたずまいで建っている。その手前の池もきれいだ。
都選定歴史的建造物。なかなか美しい建物だ。行けば必ず写真を何枚か撮る。ここで納涼の宴を開いたならば、極楽気分間違いなしのことだろう。
旧御涼亭(台湾閣)
卍形の平面をもつ御休息所をはじめ、屋根の形や色、内部装飾などで中国の建築にならっており、日本では数少ない本格的中国建築の一つ。柱に台湾杉、天井の鏡板に台湾篇泊や台湾絵など、台湾から取り寄せた部材が多く使われている。
  +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
この建物は皇太子(後の昭和天皇)御成婚記念として台湾在住邦人の有志から贈られたものである。旧御休息所の平面形状に卍形のモチーフが見られるなど、清朝中期以降の台湾で用いられた建築様式(中国南方のピン南建築様式)の特徴が現れている。
わが国では、大倉集古館(1927年築、東京都港区虎ノ門)と並ぶ本格的中国風建築物である。平成の保存改修工事では、屋根まわりの形状を創建時の姿に復元するとともに、耐震補強を行い、あわせて、破損・腐朽部の修繕を実施した。

 

明治神宮の北側と新宿御苑の一部とを歩く(1)

もしかしたら都心でもオシドリが見られるかもしれないと期待をもって、明治神宮の北側に出かけてみた。願いはかなえられずにすごすごと。さえない道中記に相成った。

明治神宮の北池
オシドリは、うまい具合に水辺の垂れ下がって、隠れ場所になった木が切られ、この池には来なくなってしまったようだ。たまたまバードウォッチングに来ていたおじさんのいうことだが。
カイツブリ
その代わりといっては何だが、小さな池だったので、カイツブリをじっくり見ることができた。近くで見てもはっきり見えない小ささだ。今のところは撮ったままで、トリミングもお化粧直しもしていない。
カイツブリ_1
カイツブリ_2
カイツブリ_3
カイツブリ_4
カイツブリ_5
カイツブリ_6
カイツブリ_7
カイツブリ_8
カイツブリ_9
カイツブリ_10
カイツブリ_11
カイツブリ_12
カイツブリ_13

さあて困った。この日は15時からの会議に行く予定になっている。時間潰しをしなくちゃいけないぞ。もしかしたらオシドリがいる可能性がありそうな新宿御苑に回ってみることにした。予想した通り歩いても大した距離ではなさそうなので、そのまま徒歩で新宿御苑に向かう。

新宿御苑の上の池とその付近
巴鴨やオシドリがいるとすれば、この池の樹陰になる場所しかないそうだ。人目につくのを嫌がる鳥さんなのだとか。
上の池そのものはとてもきれいな池。だが、この時間帯は巴鴨やオシドリはお留守のようだ。
新宿御苑の上の池とその付近_1
新宿御苑の上の池とその付近_2
メジロが居そうなので、メジロ狙いに切り替える。梅の木がある辺りに移動することにした。
新宿御苑の上の池とその付近_3
途中には福寿草が咲いていた。とても綺麗だった。
新宿御苑の上の池とその付近_4
新宿御苑の上の池とその付近_5
新宿御苑の上の池とその付近_6
新宿御苑の上の池とその付近_8

 

梅の季節の三渓園(12)

旧燈明寺本堂
まさか、三重塔ばかりでなく本堂までが、この三渓園にやってくるとは、さすがの原三渓氏も思いもつかなかったことだろう。
34年もの長い期間、解体格納された挙句、遂には、自主再建を断念し、三渓園に寄贈されたのだから。それから5年がかりで、移築・保存作業が行われ、1988年に中世密教寺院の姿がよみがえったのか。う~~ん。
旧燈明寺本堂_1
旧燈明寺本堂_2
旧燈明寺本堂_3
旧燈明寺本堂_4
旧燈明寺本堂_5
旧燈明寺本堂_6
旧燈明寺本堂_7
旧燈明寺本堂_8
室町時代初期の建築。上記三重塔があった燈明寺の本堂で、1948年まで京都府加茂町(現木津川市)にあったが、同年の台風で大破し、長年解体格納されていた。1982年三溪園に移築。

建造物修理アーカイブの「旧燈明寺本堂」の記事にjump
公開される建物情報<第3回>「旧燈明寺本堂」の記事にjump

横笛庵
『旧東慶寺仏殿』と『横笛庵』とがすぐ近くに並ぶように建っている。片や『縁切り』で、片や『縁結び』にゆかりがある。ちょっと皮肉だったかもしれない。
戦火で焼失してしまった『横笛の像』は、時頼から寄せられた千束の恋文をもって自ら作ったといわれる自身の像といわれるのか。そのとおりだったとすると、平安時代末期ということになる。そちらの焼失の方が、文化的には惜しい話かもしれない。
この横笛像が、かつて「縁結びの像」として知られた。悲恋が何故縁結びに転化していったのか不思議だ。

横笛庵_1
横笛庵_2
建築は明治41(1908)年。奈良・法華寺からの移築ともいわれるが、由緒の詳細は不明。平家物語に登場する女性・横笛の像が内部に置かれた(戦時中に消失)ことから、この名がある。横笛は、高倉天皇の中宮・建礼門院(平清盛の娘・徳子)に仕えた女性で、平家物語に清盛の従者・斉藤時頼(滝口入道)との悲恋が語られている。内部にあった像は、この横笛が時頼から寄せられた千束の恋文をもって自ら作ったといわれる自身の像といわれ、かつて「縁結びの像」として知られた。

『旧東慶寺仏殿』と『横笛庵』とを取り上げた『はまれぽ』の記事へjump

その他
『かんかばし』
時期が到来すれば、蛍が舞うそうだ。残念ながらその季節の夕べに行ったことがなく、当然見たことがない。
かんかばし
虚子句碑
『鴨の嘴よりたらたらと春の泥』…まさに今頃に読まれた句のようだ。それにしても達筆だなあ。
虚子句碑_1
虚子句碑_2
鳥さん
鳥さん_1
鳥さん_2
鳥さん_3
鳥さん_4
鳥さん_5
鳥さん_6
薹がたった
とまではいかないかな
薹がたった

そのうちに池の傍らに花菖蒲が花を咲かせ、蛍が舞い、やがて、紅葉が美しく彩る。そんな風に四季を刻んでいくことなのだろう。計算されつくした素敵な庭園だ。

以上で『梅の季節の三渓園』シリーズは終了です。最後までご覧いただきありがとうございました。

 

梅の季節の三渓園(11)

旧矢箆原(やのはら)家住宅(3)
1階(2)
雛飾り_その(1)
今年1月に寄贈された雛人形で、大正4(1915)年に寄贈者が誕生した際に調えられたものだそうだ。ということで、今回が初公開らしい。京都の老舗・丸平大木人形店の製作。ボケた写真になってしまった。
1階(2)_1
1階(2)_2
こういう人形の展示もあった
1階(2)_4
1階(2)_5
1階(2)_6
1階(2)_7
1階(2)_8
1階(2)_9
欄間
1階(2)_10
1階(2)_18
仏壇かな
1階(2)_11
1階(2)_12
雛飾り_その(2)
昭和時代初期の雛人形
1階(2)_13
1階(2)_15
1階(2)_16
1階(2)_17
客間
1階(2)_19
式台付きの玄関から上がった辺り
1階(2)_20
再び居間
1階(2)_21
1階(2)_22
1階(2)_23
再び外観
軒下。通せんぼしてあるところが式台付きの玄関。
再び外観_1
式台付きの玄関
再び外観_2
妻側の様子
再び外観_3
再び外観_4

 

梅の季節の三渓園(10)

旧矢箆原(やのはら)家住宅(2)
1階(1)
雛飾りの一環だろうか。居間には花餅が飾られていた。
1階(1)_1
座敷に雛飾りが飾ってあるのが見える
1階(1)_2
なかなか華やかに仕上がっている
1階(1)_3
1階(1)_4
こちらは火棚が設置されている普段使いの囲炉裏
1階(1)_5
1階(1)_6
1階(1)_7
1階(1)_8
1階(1)_9
年季の入った火棚だ
1階(1)_10
味噌部屋だろう
1階(1)_11
1階(1)_12
1階(1)_13
水舟。説明書きによれば、これはこの家の生活事情に合うようなものを飛騨地方から物色して、持ち込んだとのこと。ブナの大木から作られている。明治から大正にかけて、蕨粉製造工場で澱粉を沈殿させる水槽として使用されたようだ。単なる昔のシンクだと思っていたが、そうではなかったのか。う~~ん。
1階(1)_14
1階(1)_15
1階(1)_16
1階(1)_17
1階(1)_18
1階(1)_19
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1階(1)_21
1階(1)_23

 

梅の季節の三渓園(9)

巨大な建物なので、3回に分けて取り上げる。この合掌造りの住宅は必見だ。有難いことにこの住宅はいつでも立ち入ることが自由にできる。普通の合掌造りの住宅だったら公開していないだろう2階部分も含めてだ。

旧矢箆原(やのはら)家住宅(1)
旧所有者の岩瀬(矢箆原)佐助は、飛騨三長者のひとりだそうで、びっくりするほど巨大な建物だ。
ダム建設で水没する地区(旧所在地は岐阜県大野郡荘川村)にあったため、三渓園に寄付されたそうだ。そういういきさつから、移築年月は1960年(昭和35年)と一番新しく、原三渓氏が収集した建物ではない。

外観
『威風堂々』たる江戸時代後期の建物。屋根の葺き替えに一体いくらかかるのかと心配になるほどだ。
外観_1
外観_2
外観_3
外観_4
大戸口から入った辺り
豪雪地帯だから、冬季は馬橇仕立てにして使用したのだろう
大戸口から入った辺り_1
冬以外は当然ながら馬車仕立てだろう
大戸口から入った辺り_2
早速2階に上がる
いきなり急こう配の階段が待ち受けている。画面右の階段は本当に厳しく、降りるときは要注意だ。
早速2階に上がる_1
早速2階に上がる_2
早速2階に上がる_3
早速2階に上がる_4
早速2階に上がる_5
早速2階に上がる_6
早速2階に上がる_7
早速2階に上がる_8
早速2階に上がる_9
早速2階に上がる_10
早速2階に上がる_11
早速2階に上がる_12
早速2階に上がる_13
早速2階に上がる_14
煙を循環させるために竹簀になっている。ここにうっかり入ったら、階下に転落する。
早速2階に上がる_15
旧矢箆原家住宅【重要文化財】1750年頃(宝暦年間)
大きな茅葺屋根が印象的な合掌造という屋根に特徴がある構造の民家です。岐阜県大野郡荘川村岩瀬(白川郷)にありましたが、ダム建設により三溪園に寄贈されることになり、1960年(昭和35年)に移築されました。屋根の妻側にある火灯窓や扇が彫られた欄間は注目されます。内部では、古い民具の展示もおこなっています。
ひとこと&みどころ
岩瀬(矢箆原)佐助は、飛騨三長者のひとりで、飛騨地方の民謡に「宮で角助、平湯で与茂作、岩瀬佐助のまねならぬ」(普通の農民は3人の真似ができない)と歌われるほどでした。

 

梅の季節の三渓園(8)

臥龍梅
臥龍梅(がりょうばい)とは、幹や枝が地をはい、そこから根を生じる梅のことをいう。花は薄い紅色なのだそうだ。日本全国に臥龍梅は存在するだろうが、ここ三渓園の臥龍梅も見事なものである。東京国立博物館に収蔵されている下村観山作『弱法師(よろぼし)』という作品に描かれているものは、三渓園の臥龍梅だそうだ。まあ、三渓園に長逗留していたのだから、当然かもしれない。
臥龍梅のほかに、横浜の友好都市である上海市から贈られた緑萼梅も見たかったのだが、どこにあるのかわからなかった。(^^);
臥龍梅_1
臥龍梅_2
臥龍梅_3
臥龍梅_4
臥龍梅_5
臥龍梅_6
三溪園は、古くから梅の名所としても有名です。2月から3月にかけて、約600本ある白梅・紅梅などが見事な花を咲かせます。竜が地を這うような枝振りの「臥竜梅」(がりょうばい)、花弁の根元にある萼が緑色の「緑萼梅」(りょくがくばい)は珍しく見ものです。
旧東慶寺仏殿
この仏殿は、天樹院千姫によって1634(寛永11)年に建立された建物なのか。有名な東慶寺でさえも、廃仏毀釈で仏殿を手放さなければならないほどの苦境に陥ったのか。う~~ん。
旧東慶寺仏殿_1
旧東慶寺仏殿_2
旧東慶寺仏殿_3
旧東慶寺仏殿_4
旧東慶寺仏殿_5
旧東慶寺仏殿_6
旧東慶寺仏殿【重要文化財】江戸時代初期
鎌倉の東慶寺にあった仏殿で1907年(明治40年)に移築されました。禅宗様の特色を色濃く残す数少ない建物です。


『旧東慶寺仏殿』と『横笛庵』とを取り上げた『はまれぽ』の記事へjump

 

梅の季節の三渓園(7)

いよいよあの三重塔が建っている小山に上る。右ふくらはぎの肉離れが完治していなかった当日の私には、かなりきつい勾配だった。盆栽を横目に見ながら、覚悟を決める。

盆栽
盆栽_1
盆栽_2
盆栽_3
上り道
上り道_1
上り道_2
上り道_3
上り道_4
松風閣
現存していれば、三渓園オリジナルの建物として、先陣を切って重要文化財の指定を受けたかもしれないのに、残念なことでならない。
明治20年頃に築造した建物で、伊藤博文が『松風閣』と命名した。断崖に立ち東京湾の絶景を望むことができる松風閣は、三渓の代になり、ゲストハウスとして増築された。廃墟は煉瓦造りの玄関部分だそうだ。松風閣の一室には原三溪が支援した中で最も好んだた下村観山の『四季草花図』の障壁画があったが、関東大震災で建物とともに焼失した。残念なことだ。
松風閣_1
松風閣_2
松風閣_3
松風閣_4
松風閣展望台
今はコンクリートの展望台が設置されている。この下には大コンビナートが広がっているが、その昔は絶景が広がっていたのだそうだ。
松風閣展望台_1
松風閣展望台_2
松風閣展望台_3
松風閣展望台_4
富士山が見えると大きく見える。この日は残念ながら見えなかった。
松風閣展望台_5
松風閣展望台_6
松風閣展望台_7
松風閣展望台_8
松風閣展望台_9
松風閣展望台_10
ここにも野鳥がいた
アオジ
スズメ目ホオジロ科ホオジロ属なのか。ホオジロに似ていると思ってみていたが、見間違いではなかったようだ。
アオジ_1
アオジ_2
シジュウカラ
シジュウカラ
旧燈明寺三重塔
燈明寺という寺院自体が明治以降、運命の嵐の中でもみくちゃにされてしまったようだ。それでも建物が現存するだけでも奇跡的なことなのかもしれない。
ウィキペディアの記述によれば、…燈明寺は、現在の京都府木津川市兎並(旧相楽郡加茂町)にあった日蓮宗の寺院。現在は廃寺同様であるが、宗教法人は存続している。建物の一部は、横浜市の三渓園に移築され現存する。旧本山は、横浜川合寺。…ということだ。
明治以降、廃仏毀釈の流れの中で、経営が苦しくなった寺院が多数存在したことは疑問の余地がない事実だろう。そして、燈明寺は1901年(明治34年)、横浜市在住の川合芳次郎なる人物に買収された。その後、1914年(大正3年)に、原三渓氏に三重塔を売却したのは、それほど不思議なことではなかったのかもしれない。
旧檀家の人たちには青天の霹靂だったかもしれないが。

旧燈明寺三重塔_1
旧燈明寺三重塔_2
旧燈明寺三重塔_3
室町時代建築の旧燈明寺本堂【重要文化財】が眼下に見える。三重塔が移築されてから73年後のことだった。遅れてやってきて、周囲になじめたか心配しているかのような感じに見える。
旧燈明寺三重塔_4
旧燈明寺三重塔【重要文化財】1457年(康正3年)建築
園内のほぼ全域から、その姿を見ることができる三重塔は三溪園を象徴とする建物です。三溪園には、1914年(大正3年)に移築されました。
ひとこと&みどころ
燈明寺は江戸時代に宗派が変わった際に東明寺から燈明寺に改名されました。 瓦に東明寺と刻印されているのは、そのためです。

 

梅の季節の三渓園(6)

聴秋閣
よいアングルで撮ることができる小道への進入がどうしてか禁止されていた。仕方なくありきたりのアングルからの写真だけに。
聴秋閣【重要文化財】_1
聴秋閣【重要文化財】_2
聴秋閣【重要文化財】_3
聴秋閣【重要文化財】_4
聴秋閣【重要文化財】_5
2013年4月4日の様子
その昔は小舟でこの大きな敷石まで来る仕掛けになっていたようだ。密談でもしたかったのだろうか。
聴秋閣【重要文化財】_6
聴秋閣【重要文化財】_7
聴秋閣【重要文化財】_8
聴秋閣【重要文化財】_9
聴秋閣【重要文化財】_10
聴秋閣【重要文化財】_11
聴秋閣【重要文化財】1623年(元和9年)建築
徳川家光が二条城内に建て、後に春日局が賜ったと伝わる建物。各部の意匠は独創性・変化に富みますが、書院造としての格や茶亭としての機能に応じて緻密に構成されています。L字型の一段下がった杢板敷きの入口は舟で漕ぎ着ける場を想像させ、当初は水辺に面して建てられたのかもしれません。江戸時代はじめの上流武士階級の風流な文化が伝わります。
ひとこと&みどころ
この建物は江戸時代の武士 佐久間将監(さくましょうげん)の作と伝わります。小堀遠州(こぼりえんしゅう)と同時代に幕府の造営・修繕に関わる作事方を務めた人物で両者とも茶の湯に深く似た境遇であったため、遠州はライバル的存在であったのかもしれません。この建物から将監の挑戦・意欲が伺えます。

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1623年(元和9年)建築。徳川家光の命により佐久間実勝が二条城内に建築。当時は「三笠閣」と称した。これが家光の乳母の春日局に下賜され、春日局の孫の稲葉正則の江戸屋敷に移築。さらに1881年に東京府牛込区若松町(現新宿区若松町)の二条家(当時の当主は二条基弘)に移築。1922年に三溪園に移築。聴秋閣という名は三溪園に移ってからの名である。
春草廬
残念ながら補修工事中で正面に回ることができなかった。小さな茶室だが、それでも金毛窟よりは2畳分だけ広い。織田有楽斎の作品は国宝指定になっているものもあるが、こちらは重要文化財指定。
変な覆いをかけてあるので、掘っ立て小屋のように見えなくもない。織田有楽斎が苦笑していることだろう。
春草廬_1
春草廬_2
フリー画像を借用。もう少し九つの窓がわかるような画像があればよかったのだが。
春草廬_3
春草廬【重要文化財】桃山時代建築 <貸出施設>
三畳台目(さんじょうだいめ)の小間茶室は、織田有楽斎の作品と伝えられています。
ひとこと&みどころ
春草廬は、茶室内に九つの窓があることから、かつて"九窓亭"と呼ばれていました。 多くの窓を持つもので、華やかな茶室です。

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安土桃山時代建築の茶室。織田有楽斎の作といわれる。九窓亭とも呼ばれた。旧三室戸寺金蔵院(同上)より1918年移築。もとは旧三室戸寺金蔵院の客殿であった月華殿に付属していた茶室である。現在の春草廬は、月華殿から切り離され、新たに八畳の広間と水屋が付加された形になっている。外観は軒の深い切妻造り柿葺の屋根である。内部は、三畳に台目畳を加えた広ささ、点前座と向き合って床の間がある。特色は窓が多いことである。点前座に勝手付の色紙窓と風炉先窓の三つ、床の間の墨蹟窓、客座の三方に五つの合計九つの窓がある。天井は点前座が化粧屋根裏天井で、客座が一面の棹縁天井である。春草廬という名称は、同じく三溪園に移築された臨春閣とともに大阪の春日出新田八州軒から三渓が手に入れた茶室につけられていた名前であった。この建物は三溪園に建てられることはなく、松永耳庵に譲られて現在は東京国立博物館の構内に移されている。三渓は九窓亭に春草廬の名前を付け替えた。
蓮華院
金毛窟ができ、春草廬は蓮華院のあった位置に移り、蓮華院はこれまた近くの竹林の中に移った。玉突きゲームになったわけだが、どちらかというと、それぞれの建物が持つ個性を活かすローテーションだったようだ。少なくとも私はそう考えている。
新しく建てた建物であるとはいえ、下記説明の通り、土間席にある太柱は平等院鳳凰堂の古材を転用したものだといわれており、また壁面にある格子窓も鳳凰堂の部材であるといわれているそうだ。どういうコネクションがあって、そういうことになったのだろうか。
蓮華院_1
蓮華院_2
蓮華院_3
蓮華院_4
1917年(大正6年)建築。蓮華院ができた当初は現在の春草廬の位置にあったが、現在は旧天瑞寺寿塔覆堂付近の竹林の中にある。入口のすぐ近くに土間があり、その奥に六畳の広間、茶室がある。茶室は二畳中板向切逆勝手であり、雑木丸太の棹縁の天井となっている。土間席にある太柱は平等院鳳凰堂の古材を転用したものだといわれており、また壁面にある格子窓も鳳凰堂の部材であるといわれている。

 

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