散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

目黒ウォーキングと昼食会(1)

目黒ウォーキングの最初の立ち寄り先は、たこ薬師成就院だ。正しくは、『不老山薬師寺 成就院』という。
成就院本堂
成就院の説明パネル
成就院本堂正面_1
成就院本堂正面_2
成就院は、天安2年(858年)慈覚大師円仁によって開創されました。大師は若い時から眼病を患い40歳の時、自ら薬師仏を刻み、御入唐の時も此れを肌身につけて行きましたが、帰りの海路、波風が荒れたので、その御持仏を海神に献じて、危急をのがれ、無事に筑紫の港に帰り着きました。その後大師は、諸国巡化の砌、肥前の松浦に行かれますと海上に光明を放ち、さきに海神に捧げられたお薬師さまのお像が、蛸に乗って浮かんでいるのを観て、随喜の涙にむせび、その後、東国を巡り目黒の地に来た時、諸病平癒のために、さきに松浦にて拝み奉った尊容をそのままに模して、一刀三礼、霊木に刻み、護持の小像を其の胎内に秘仏として納め、蛸薬師如来と称え奉られました。かくして本尊の殊勝の12の大願による福徳威力、信心の人は、心願悉く成就し、除災長寿の利益遍く千年余の今に至るまで、弘く信仰されて来ました。
元和の頃、家光公が、目黒の里に鷹狩のみちすがら親しく当山に参拝し、霊験を聞し召され、また当山の住侍舜興和尚と家光公との御談によって、保科正之は、生母お静の方が、当山での祈願を成就して、二代将軍秀忠公の第三子として世に出て、高遠城主に取りたてられ、のち会津城主に転封され、松平家の祖となり、四代将軍家綱公をたすけて大いに善政をしきました。
このお静の方が大願成就の為に奉納された地蔵尊がお静地蔵尊と呼ばれ境内にまつられています。
また、幕府の老中となって寛政の治をなした松平定信(白川楽翁公)はその著書、「花月草子」の第5巻に「蛸薬師」の一項を設け、御利益(ごりやく)を数100字にわたって驚異と感激をもって記しています。

お静地蔵尊
保科正之公ゆかりの地蔵尊なのか。運も保科正之公の見方をしたのだろうか。
《お静地蔵尊・由来記》(碑文)
 右 准胝観音・聖観音・十一面観音
 中 阿弥陀如来
 左 金剛願地蔵・金剛播地蔵・金剛宝地蔵

左奥の3躰が最初に奉納した観音像。右側の3躰が「幸松麿」が授かったお礼に奉納した地蔵像。中央が大願成就のお礼に奉納された阿弥陀如来像。
お静地蔵尊_1
阿弥陀如来像を中心に撮ってみた
お静地蔵尊_2
お静地蔵尊由来
この石仏像は、徳川二代将軍秀忠公の側室 お静の方の発願で奉納されたものです。お静は江戸城大奥にあがり将軍の寵愛を受け「お腹さま」となることを願い、三体の観音像を納め奉り、その素願かない慶長16年(1611)に男子「幸松麿」が授かります。その後、秀忠公正室、浅井崇源院の威勢をを畏れながらもその恙ないご成育を祈り3体の地蔵を刻み納められます。そして再び願いが叶い、また家康公の側室見性院殿(武田信玄公の娘)の庇護もあり、保科正光公の養子となり、元服後、保科正之公となります。
 元和年間、三代将軍家光公は、目黒で鷹狩のみちすがら、当山に参拝され、瞬興和尚(中興第15世)とのご法談の折、正之公との浅からぬ縁を知り、それにより寛永8年、正之公は信州高遠城主となります。お静は、大願成就の御礼として、阿弥陀如来像を納め奉りました。
 正之公は後に山形城主、さらに正保元年会津藩二十三万石の城主となり、会津松平家の祖になります。また家光公の命により四代将軍家綱公の後見人として、幕政に力を注ぎ、善政を施されました。
 お静地蔵はその由来により、古くから縁結び・子宝・子育て・出世・福徳・開運を願う人々の信仰を集めてこられました。

庚申供養搭と橋和屋地蔵尊
写真左が、笠付六臂合掌青面金剛庚申供養塔(1696)。その隣が橋和屋地蔵尊(1839)。
庚申供養搭と橋和屋地蔵尊_2
庚申供養搭と橋和屋地蔵尊_1

 

あるパーティーでの料理

そんなに高い会費を支払ったわけでは無かったが、なかなか豪勢な料理で、非常に楽しめた。
女性が多い会合では、料理が良くないと話にならないようだ。


ハモやジュンサイなどが入ったもの
ハモやジュンサイなどが入ったもの
スッポンのお吸い物
スッポンのお吸い物_1
スッポンのお吸い物_2
お造り
お造り
なすの味噌田楽
なすの味噌田楽
メインディッシュは肉か魚か選択
メインディッシュは肉か魚か選択_1
メインディッシュは肉か魚か選択_2
天麩羅
天麩羅
ごはんほか
ごはんほか
スイーツ
スイーツ
お酒もふんだんに
お酒もふんだんに

非常に美味しかったし、楽しかった。パーティーは幹事でない方が心から楽しめるようだ。

 

骨董通りにて

ちょっと用事があり、骨董通り(こっとうどおり)を歩いた。
骨董通りは、東京都港区にある通りで、国道246号(青山通り)の南青山五丁目交差点と東京都道412号霞ヶ関渋谷線(六本木通り)の高樹町交差点を結ぶ道路の通称。全線が、都市計画道路補助23号線に指定されている。かつては「高樹町(たかぎちょう)通り」と呼ばれ、都電の走る電車通りだったそうだが、いまは『高樹町』という地名も、勿論都電も残っていない。ハイクラスの店がずらりと並ぶ通りだ。


なにやら行列のできている店が
ぎょぎょっ、ごく若い女性客ばかりだ。ニューヨークでキング・オブ・ブランチと称される行列店『Clinton Street Baking Co. & Restaurant(クリントン・ストリート・ベイキング』の日本1号店なのか。通りすがりにウィンドウからチラと店内の様子を見てみたが、美味しいのかなあ。
クリントン・ストリート・ベイキング_1
クリントン・ストリート・ベイキング_2
高級車の列が
土地柄なんだろうか
高級車の列_1
高級車の列_2
高級車の列_3
高級車の列_4
高級車の列_5
高級車の列_6
こちらは、『GRANNY SMITH APPLE PIE&COFFEE 青山店』
アップルパイは嫌いじゃない。だけど、今はダイエット中。見なかったことにしよう。
GRANNY SMITH APPLE PIE&COFFEE 青山店
こちらは、『隠れ房 南青山』
ちっとも隠れた感じじゃ無いけど、美味しいのかなあ。
隠れ房 南青山
いったいこの植え込みはいくらくらいの価値があるんだろうか?
いったいこの植え込みはいくらくらいの価値があるんだろうか
デザインが気になっている建物
デザインが気になっている建物_1
デザインが気になっている建物_3
デザインが気になっている建物_2

 

陸上自衛隊の記念行事を見学してみた(15)

最後に基地内を見て回った

中庭には、主力装備の展示がなされていた
やはり至近距離で見ると、凄い迫力だ
主力装備の展示_1
主力装備の展示_2
主力装備の展示_5
主力装備の展示_3
主力装備の展示_4
主力装備の展示_7
主力装備の展示_6
主力装備の展示_8
西門近くには、戦車がごく普通に駐車してあった
戦車がごく普通に駐車してあった_1
戦車がごく普通に駐車してあった_2
戦車がごく普通に駐車してあった_3
戦車がごく普通に駐車してあった_4
装甲車の乗り心地はどんなものなんだろうか
装甲車の乗り心地はどんなものなんだろうか_1
装甲車の乗り心地はどんなものなんだろうか_2
戦車試乗
これが一番平和なんだろう。だけど立って乗るのは意外と怖いのかも。
戦車試乗_1
戦車試乗_2
戦車試乗_3
戦車試乗_4
戦車試乗_5
戦車試乗_6
戦車試乗_7
戦車試乗_8
戦車試乗_9
戦車試乗_10
戦車試乗_11
戦車試乗_12
戦車試乗_13
戦車試乗_14
戦車試乗_15
戦車試乗_16
戦車試乗_17
戦車試乗_18
戦車試乗_19
戦車試乗_20

以上で『陸上自衛隊の記念行事を見学してみた』シリーズを終了します。最後までご覧いただき有難うございました。

 

陸上自衛隊の記念行事を見学してみた(14)

高射特科部隊の行動展示(2)
155mmりゅう弾砲 FH70
見ての通りの強力を絵に描いたような武器だ。発射速度は、4発/分(最大)、40発/時(連続射撃時)。初速は563m/秒で、有効射程はナンと約14,600m(榴弾)あるんだそうだ。空砲とはいえ、その大音量に驚かされる。
1983年より導入開始。中砲けん引車とセットで運用されている。補助動力装置を搭載しているため短距離ならば自走が可能。後継装備として「火力戦闘車」の名称で装輪式自走砲の開発が計画されている。
セット作業
155mmりゅう弾砲 FH70_1
155mmりゅう弾砲 FH70_2
155mmりゅう弾砲 FH70_3
155mmりゅう弾砲 FH70_4
155mmりゅう弾砲 FH70_5
155mmりゅう弾砲 FH70_6
155mmりゅう弾砲 FH70_7
155mmりゅう弾砲 FH70_8
155mmりゅう弾砲 FH70_9
155mmりゅう弾砲 FH70_10
155mmりゅう弾砲 FH70_11
155mmりゅう弾砲 FH70_12
155mmりゅう弾砲 FH70_13
作業者の傍らを機甲部隊の戦闘訓練展示中のバイクが物々しい格好で通り過ぎる
バイクが物々しい格好で通り過ぎる
準備が完了し、空弾の発砲。空弾とは承知しているものの、…。
空弾の発砲_1_1
空弾の発砲_1_2
空弾の発砲_1_3
空弾の発砲_1_4
空弾の発砲_1_5
空弾の発砲_1_6
空弾の発砲_1_7
空弾の発砲_1_8
空弾の発砲_1_9
空弾の発砲_1_10
空弾の発砲_1_11
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空弾の発砲_1_14
空弾の発砲_1_15
空弾の発砲_1_16
本物の発砲シーン。どこででもできるという代物ではないようだ。free画像を借用。
実弾発砲の様子
休む間もなく、次の砲弾の装填が始まった
次の砲弾の装填_1
次の砲弾の装填_2
次の砲弾の装填_3
次の砲弾の装填_4
次の砲弾の装填_5
次の砲弾の装填_6
次の砲弾の装填_7
次の砲弾の装填_8
次の砲弾の装填_9
次の砲弾の装填_10
次の砲弾の装填_11
空弾の発砲
空弾の発砲_2_1
空弾の発砲_2_2
空弾の発砲_2_3
空弾の発砲_2_4
空弾の発砲_2_5
空弾の発砲_2_6
空弾の発砲_2_7
空弾の発砲_2_8
空弾の発砲_2_9
空弾の発砲_2_10
空弾の発砲_2_11
空弾の発砲_2_12
空弾の発砲_2_13
空弾の発砲_2_14
空弾の発砲_2_15
空弾の発砲_2_16
空弾の発砲_2_17
空弾の発砲_2_18
空弾の発砲_2_19
空弾の発砲_2_20

まだまだ続くが、キリが無いので高射特科部隊の行動展示はこの辺にしたい。

 

陸上自衛隊の記念行事を見学してみた(13)

高射特科部隊の行動展示(1)
非常にわかりにくいのだが、高射特科部隊は独自に行動展示を展開していた。
限られた時間の中で機甲部隊の戦闘訓練展示とごちゃまぜになってしまうのは仕方がないことなのだろうが、これはこれで迫力があった。離島奪還・防衛において、飛来する敵軍の飛行物体を寄せ付けないことは非常に重要な意味合いを持つのだろう。

73式中型トラックに搭載された79式対空レーダー装置 JTPS-P9
アンテナ部分の立ち上げ。人力で行う部分があるんだ。
低高度で飛行する航空機を全周に渡り連続監視し、その目標情報を迅速・連続的に伝送するシステム中枢装置として、師団等の高射特科連隊、高射特科大隊に装備される。
79式対空レーダー装置 JTPS-P9_1
79式対空レーダー装置 JTPS-P9_2
79式対空レーダー装置 JTPS-P9_3
79式対空レーダー装置 JTPS-P9_4
79式対空レーダー装置 JTPS-P9_5
79式対空レーダー装置 JTPS-P9_6
79式対空レーダー装置 JTPS-P9_7
79式対空レーダー装置 JTPS-P9_8
79式対空レーダー装置 JTPS-P9_9
79式対空レーダー装置 JTPS-P9_10
81式短距離地対空誘導弾(C)と発射装置搭載車両
発射準備をしていたがあっという間に完了した。いつの間にかミサイルもセットされた。
81式短距離地対空誘導弾は戦後初の国産地対空誘導弾。フェイズドアレイ式レーダ、及び射撃統制装置を搭載した射撃統制車と誘導弾の4連装発射装置を搭載した発射装置車、及び目視照準具にて構成される。1995年より能力向上型の「81式短距離地対空誘導弾(C)」(部隊通称:短SAM改)を導入。航空自衛隊及び海上自衛隊でも使用されている。
81式短距離地対空誘導弾(C)と発射装置搭載車両_1
81式短距離地対空誘導弾(C)と発射装置搭載車両_2
81式短距離地対空誘導弾(C)と発射装置搭載車両_3
81式短距離地対空誘導弾(C)と発射装置搭載車両_4
81式短距離地対空誘導弾(C)と発射装置搭載車両_5
81式短距離地対空誘導弾(C)と発射装置搭載車両_6
81式短距離地対空誘導弾(C)と発射装置搭載車両_7
93式近距離地対空誘導弾
機甲部隊の戦闘訓練展示と入れ替わって、緊迫の様子を見せていた
91式携帯地対空誘導弾の多連装発射装置及び観測・誘導装置を高機動車に搭載したもの。35mm2連装高射機関砲 L-90の後継として開発。
93式近距離地対空誘導弾_1
93式近距離地対空誘導弾_2
93式近距離地対空誘導弾_3
93式近距離地対空誘導弾_9
93式近距離地対空誘導弾_10
93式近距離地対空誘導弾_11
93式近距離地対空誘導弾_12
93式近距離地対空誘導弾_13
93式近距離地対空誘導弾_14
93式近距離地対空誘導弾_15
93式近距離地対空誘導弾_16
93式近距離地対空誘導弾_17
93式近距離地対空誘導弾_18
93式近距離地対空誘導弾_14
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93式近距離地対空誘導弾_16
93式近距離地対空誘導弾_17
93式近距離地対空誘導弾_18
93式近距離地対空誘導弾_19
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93式近距離地対空誘導弾_30
93式近距離地対空誘導弾_31
93式近距離地対空誘導弾_32

 

陸上自衛隊の記念行事を見学してみた(12)

機甲部隊の戦闘訓練展示(5)
最新鋭の10式戦車
最新鋭の10式戦車出動。ついでに派手なデモをも披露。
最新鋭の10式戦車出動_1
最新鋭の10式戦車出動_2
最新鋭の10式戦車出動_3
最新鋭の10式戦車出動_4
最新鋭の10式戦車出動_5
最新鋭の10式戦車出動_6
最新鋭の10式戦車出動_7
最新鋭の10式戦車出動_8
最新鋭の10式戦車出動_9
最新鋭の10式戦車出動_10
最新鋭の10式戦車出動_11
最新鋭の10式戦車出動_12
最新鋭の10式戦車出動_13
最新鋭の10式戦車出動_14
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最新鋭の10式戦車出動_20
最新鋭の10式戦車出動_21
最新鋭の10式戦車出動_22
最新鋭の10式戦車出動_23
最新鋭の10式戦車出動_24
最新鋭の10式戦車出動_25
最新鋭の10式戦車出動_26
最新鋭の10式戦車出動_27
最新鋭の10式戦車出動_28
最新鋭の10式戦車出動_29
最新鋭の10式戦車出動_30
最新鋭の10式戦車出動_31
最新鋭の10式戦車出動_32
最新鋭の10式戦車出動_33
最新鋭の10式戦車出動_34
最新鋭の10式戦車出動_35
最新鋭の10式戦車出動_36
最新鋭の10式戦車出動_37
最新鋭の10式戦車出動_38
最新鋭の10式戦車出動_39
最新鋭の10式戦車出動_40
最新鋭の10式戦車出動_41
最新鋭の10式戦車出動_42
最新鋭の10式戦車出動_43

ここからも暫く機甲部隊の戦闘訓練展示が続くが、最新鋭の10式戦車出動シーンをも紹介したので、この辺で終了させたい。
次回からは、高射特科部隊の行動展示を紹介していく。

 

陸上自衛隊の記念行事を見学してみた(11)

前回の中断から大分間隔があいてしまった。もう少しだけ駆け足で続けたい。

機甲部隊の戦闘訓練展示(4)
再度戦車の登場
そしてもう一度前進して砲撃を行い、また後退する。(ダイジェストで紹介)
主砲の角度からすると、敵軍もかなり至近距離にいると想定してのものだろう。脳裏をかすめるのは、離島奪回訓練のことだ。

再度戦車の登場_1
再度戦車の登場_2
再度戦車の登場_3
再度戦車の登場_4
再度戦車の登場_5
再度戦車の登場_6
再度戦車の登場_7
再度戦車の登場_8
再度戦車の登場_9
再度戦車の登場_10
再度戦車の登場_11
再度戦車の登場_12
再度戦車の登場_13
再度戦車の登場_14
再度戦車の登場_15
再度戦車の登場_16
再度戦車の登場_17
再度戦車の登場_18
再度戦車の登場_19
再度戦車の登場_20
再度戦車の登場_21
再度戦車の登場_22
再度戦車の登場_23
再度戦車の登場_24
再度戦車の登場_25
再度戦車の登場_26
再度戦車の登場_27
再度戦車の登場_28
再度戦車の登場_29

ここからも暫く機甲部隊の戦闘訓練展示が続くが、次回、最新鋭の10式戦車出動シーンを紹介して終了させたい。
次々回からは、高射特科部隊の行動展示を紹介する予定。

 

最近、近所などで見た花など

名前も何も調べずに、単に気に入った花を並べてみた。ちょっと無責任かなあ。
気に入った花_1
気に入った花_2
気に入った花_3
気に入った花_4
気に入った花_5
気に入った花_6
気に入った花_7
気に入った花_8
気に入った花_9
気に入った花_10
気に入った花_11
気に入った花_12
気に入った花_13
気に入った花_14
気に入った花_15
気に入った花_16
気に入った花_17
気に入った花_18
気に入った花_19

いつものバイク屋さんの店先で
いつものバイク屋さんの店先で_1
いつものバイク屋さんの店先で_2
いつものバイク屋さんの店先で_3
いつものバイク屋さんの店先で_4

いつもの鳥
睨まれるのを覚悟で迫ってみた。瞳の中まで撮れたのは初めてだ。
いつもの鳥

 

馬事公苑にて(7)

第5競技中障害C(レディース&ジュニア限定)(4)
この第5競技の優勝ペアは、出場番号28の北総乗馬クラブの大久保渓騎手とカターニャ号の人馬ペア。大久保渓騎手はおそらく都内の中学3年生。もう既に頭角を現しつつあり、中1から中2にかけて優勝し捲りのようだ。東京オリンピックの時に20歳になるという。ホープかもしれない。
本競技
直前の選手の落馬事故があったので、平常心を維持できるのか気になったが、何事もなく減点0でジャンプオフに進出した。
また、落馬の選手も怪我はしなかったようで、本当に良かった。

本競技_1
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ジャンプオフ
林美伽選手、テレキシオ号(北総乗馬クラブ)の33.41秒というぶっちぎりのタイムが出たので、これで決まりかと思っていたのだが、それを上回る32.96秒の凄い記録が出た。
ここで優勝を決めたのかもしれない見事な騎乗ぶり。優勝に値する騎乗ぶりだ。
ジャンプオフ_1
ジャンプオフ_2
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ジャンプオフ_15
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今回は見ることができなかったけれど、私が期待していた中村もね選手の近況が載ったHPへjump

以上で、『馬事公苑にて』シリーズは終了です。最後までご覧いただき有難うございました。

 

馬事公苑にて(6)

第5競技中障害C(レディース&ジュニア限定)(3)
続いて、惜しくも2位に甘んじた17番目に出場の北総乗馬クラブの林美伽騎手とテレキシオ号の人馬ペア。33.41秒というぶっちぎりのタイムだったので、優勝は決まりだと思っていた。その後、これを上回る記録が出るとはびっくり仰天だった。同じ乗馬倶楽部の仲間じゃしようが無いかな。
せっかくの2位入賞ペアの乗馬シーンなのに、どうも一番の見せ場がピンぼけになってしまった。うーーん、残念。

本競技
本競技_1
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ジャンプオフ
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馬事公苑にて(5)

第5競技中障害C(レディース&ジュニア限定)(2)
続いて、これまた減点0、所要時間34.55秒で、見事3位に輝いた犬山乗馬クラブの腰高知己騎手とアティーラベル号の人馬ペア。
この競技に参加した数少ない男性のジュニアの選手。男性選手らしい力強い乗り方が印象的だった。

本競技
バー落下なし、制限時間以内ならば減点0で切り抜けられ、ジャンプオフに進むことができる。従って、本競技は丁寧に行く選手が多い。
本競技_21
本競技_22
本競技_23
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本競技_32
本競技_33
本競技_34
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++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
本競技_46
本競技_47
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ジャンプオフ
上位入賞を狙うには、減点0はもちろんのこと、極力早いタイムで駆け抜ける必要がある。本競技の時の制限時間以内であれば減点0というのと違って、大きなプレッシャがかかってくる。
ジャンプオフ_1
ジャンプオフ_2
ジャンプオフ_3
ジャンプオフ_4

 

馬事公苑にて(4)

第5競技中障害C(レディース&ジュニア限定)(1)
中障害は障害物の最大高によってAが140cmからDの110cmまでで、Cは120cmである。この第5競技は、レディース&ジュニア限定で行われた。
減点0の競技者が複数存在したときには、ジャンプオフ(プレーオフと同義)を行う規定になっている。かなりの数の減点0の競技者が出たので、ジャンプオフを行った。その結果、次のような順位に。
バー落下の減点はなく、走行タイムでの決着となった。如何に中障害Cクラスといえども、連続減点0はすごいことだ。

1 28 大久保渓騎手&カターニャ号、北総乗馬クラブ、32.96
2 17 林美伽騎手&テレキシオ号、北総乗馬クラブ、33.41
3 03 腰高知己騎手&アティーラベル号、犬山乗馬クラブ、34.55
4 19 木本雛 騎手&エストレジャ号、クレインオリンピックパーク、36.18
5 07 中河だりあ騎手&ロイスメリア号、笠松ライディングスクール、37.00
6 02 飯島桃子騎手&エンドレスカレッジ号、八王子乗馬倶楽部、37.16
7 01 藤木ひとみ騎手&ランドス号、つま恋乗馬倶楽部、37.64


4位入賞のペアの様子からカウントアップして紹介していく。実際に見ると、かなりの迫力を感じるものと思う。

19 木本雛騎手&エストレジャ号、クレインオリンピックパーク
本競技
本競技_1
本競技_2
本競技_3
本競技_4
本競技_5
本競技_6
本競技_7
本競技_8
本競技_9
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本競技_11
本競技_12
本競技_13
本競技_14
本競技_15
本競技_16
本競技_17
本競技_18
本競技_19
本競技_20
本競技_21
ジャンプオフ
ジャンプオフ_1
ジャンプオフ_2
ジャンプオフ_3
ジャンプオフ_4
ジャンプオフ_5
ジャンプオフ_6
ジャンプオフ_7
ジャンプオフ_8
ジャンプオフ_9
ジャンプオフ_10
ジャンプオフ_11
ジャンプオフ_12
ジャンプオフ_13
ジャンプオフ_14
ジャンプオフ_15
ジャンプオフ_16
ジャンプオフ_17
ジャンプオフ_18
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ジャンプオフ_21
ジャンプオフ_22
ジャンプオフ_23
ジャンプオフ_24
ジャンプオフ_25
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ジャンプオフ_27
ジャンプオフ_28
ジャンプオフ_29
ジャンプオフ_30
ジャンプオフ_31

 

馬事公苑にて(3)

『馬とのふれあい』(3)
二足での回転だい!!
『ヘソ天』には負けないぞ。これでどうだ。
二足での回転_1
二足での回転_2
二足での回転_3
二足での回転_4
二足での回転_5
二足での回転_6
二足での回転_7
二足での回転_8
二足での回転_9
二足での回転_10
二足での回転_11
二足での回転_12
二足での回転_13
ポニー競馬の優勝ペア
これでもその前の日に行われたポニー競馬の優勝ペアなんだそうだ。意外に早いのでびっくり。
ポニー競馬の優勝ペア_1
ポニー競馬の優勝ペア_2
ポニー競馬の優勝ペア_3
ポニー競馬の優勝ペア_4
ポニー競馬の優勝ペア_5
ポニー競馬の優勝ペア_6
ポニー競馬の優勝ペア_7
ポニー競馬の優勝ペア_8
ポニー競馬の優勝ペア_9
アンダルシアンホースダンスのさわり
スペインの騎馬警官たちが乗っていたお馬さんかな。お利口さんな馬のようだ。
アンダルシアンホースダンス(アンダルシアン種の馬による演技)
アンダルシアンは、主にスペインのヘレス・コルドバ・セビリアなどの太陽がさんさんと降り注ぐ地域で飼育されており、スパニッシュホースの名で呼ばれ、スペインの闘牛士の伝統的な乗馬として使われてきました。また、デンマーク・スペイン・イギリスなどの王室用馬の基礎として用いられていることでもよく知られる高貴な品種であるとともに、強い脚と柔軟な関節を持ち、軽やかな歩き方をしており、その天性のバランス、従順な性質から馬を使った高等演技に非常に適した品種です。 当苑では、アンダルシアンが、騎乗者とともに、音楽にあわせて演技をご披露します。「スペイン常歩」「横歩」「パッサージュ」のような、アンダルシアンと騎乗者の人馬一体となった見事な動きから、さらには「お辞儀」「お座り」「クールベット(立ち上がり)」まで、馬と人との織り成す息の合った数々の演技をお見せします。

アンダルシアンホースダンスのさわり_1
アンダルシアンホースダンスのさわり_2
アンダルシアンホースダンスのさわり_3
アンダルシアンホースダンスのさわり_4
アンダルシアンホースダンスのさわり_5
アンダルシアンホースダンスのさわり_6
アンダルシアンホースダンスのさわり_7
こちらは軽乗の人馬なのかな?
少女2人が着飾って出てきたけど、何をするでもなく、周回して行ってしまった。場内アナウンスも他のことに気をとられ、聞き逃してしまった。彼女らは軽乗の要員なのだろうか?
「軽乗」とは、調馬索運動(駆歩)をしている馬の上で行なう体操です。乗り手は両手を離して乗ったり、後向きに乗ったり、二人乗りをすることもあります。軽乗用の特殊な鞍をつけた馬に走り寄り、馬の走るテンポに合わせて代わる代わる飛び乗ったり飛び降りたりします。軽乗は馬術をはじめる前の子どもたちへ、その楽しさを伝えるきっかけ作りとして、欧米やオセアニアの各国では非常に盛んな馬術スポーツです。軽乗の歴史は古く、当初は騎兵隊の上級馬術教育の一環などに用いられたと言われています。また、体操競技種目の「あん馬」は、この軽乗が由来であるとも伝えられています。写真は弦巻騎道スポーツ少年団の軽乗演技の様子です。
軽乗の人馬なのかな_1
軽乗の人馬なのかな_2
軽乗の人馬なのかな_3
馬場の下見
そうこうしている間に、次の競技の選手たちのコース下見が始まった。
コース下見_1
コース下見_2
一生懸命歩測している
コース下見_3
コース下見_4
次の選手たちは下見に懸命で、『馬とのふれあい』を眺める余裕など無い様子。
コース下見_5
コース下見_6
コース下見_7
最後の3連続障害の2番目の幅のある障害は、要注意箇所なのだろう。誰もがかなり真剣に確認していた。
コース下見_8
コース下見_9
とにかく歩測が基本のようだ
コース下見_10
かわいいなぁ
コース下見_11
測定器も微調整中
コース下見_12
コース下見_13
選手が思いがけず1カ所に集まったぞ
コース下見_14
コース下見_15

次回からは、馬術競技を取り上げる。

 

馬事公苑にて(2)

『馬とのふれあい』(2)

ファンタジックホースショーのちょい見せ版
裸馬の芸
これからどうするのか予想がつくだろうか。おなじみの『ヘソ天』ポーズなのだ。私のような胴長短足と違って、足の長い馬には非常に大変な芸当だと思う。
もっと言えば、調教師が非常に巧みなリードをしているのだが。

『ヘソ天』ポーズ_1
『ヘソ天』ポーズ_2
『ヘソ天』ポーズ_3
『ヘソ天』ポーズ_4
『ヘソ天』ポーズ_5
『ヘソ天』ポーズ_6
『ヘソ天』ポーズ_7
『ヘソ天』ポーズ_8
『ヘソ天』ポーズ_9
『ヘソ天』ポーズ_10
『ヘソ天』ポーズ_11
『ヘソ天』ポーズ_12
『ヘソ天』ポーズ_13
『ヘソ天』ポーズ_14
『ヘソ天』ポーズ_15
『ヘソ天』ポーズ_16
『ヘソ天』ポーズ_17
『ヘソ天』ポーズ_18
『ヘソ天』ポーズ_19
『ヘソ天』ポーズ_20
『ヘソ天』ポーズ_21
『ヘソ天』ポーズ_22
『ヘソ天』ポーズ_23
『ヘソ天』ポーズ_24
『ヘソ天』ポーズ_25
『ヘソ天』ポーズ_26
『ヘソ天』ポーズ_27
『ヘソ天』ポーズ_28
『ヘソ天』ポーズ_29
『ヘソ天』ポーズ_30
『ヘソ天』ポーズ_31
『ヘソ天』ポーズ_32
『ヘソ天』ポーズ_33
『ヘソ天』ポーズ_34
『ヘソ天』ポーズ_35
『ヘソ天』ポーズ_36
『ヘソ天』ポーズ_37
『ヘソ天』ポーズ_38
『ヘソ天』ポーズ_39
馬の挨拶
ふふふ、挨拶されちゃった。
馬の挨拶_1
馬の挨拶_2
馬の挨拶_3
馬の挨拶_4
馬の挨拶_5
歯を見せて笑うポーズ
これはややグロテスクだった。お願いだから噛まないでね。
歯を見せて笑うポーズ_1
歯を見せて笑うポーズ_2
歯を見せて笑うポーズ_3
歯を見せて笑うポーズ_4
歯を見せて笑うポーズ_5

 

馬事公苑にて(1)

馬事公苑のホースショー2日目『馬とのふれあい』と『第5競技ホテル日航東京杯(中障害Cレディース&ジュニア限定)』とを見に行った。

自転車で行った
馬事公苑へは、いつもはバスと徒歩で行くのだが、今回は息子に電動アシストの自転車を借用した。スポーツタイプで相当にスピードが出るようだ。ボランティアの時に目黒社協から借用する電動アシストのママチャリとは大違いだ。堂々と車道を走行した。
息子に借用した電動アシストの自転車
馬事公苑内の様子
馬事公苑内の様子_1
馬事公苑内の様子_2
馬事公苑内の様子_3
『馬とのふれあい』(1)
『馬とのふれあい』は馬術競技の合間を縫って行われるつなぎのイベントだ。それぞれが主役になっての発表の場が別にあるが、ここは飽くまでつなぎで触り部分をちらと見せるもの。タイトルは私が勝手につけた。

優雅なレディの騎乗
どんな風にしているのかと気になってみていたが、近くに来たときに種明かしをしてくれた。その様子は『ちょっとだけよ』という感じだったが、スカートをめくってくれた。片側で足を組んでいるだけのように見えた。が、実際には、左足は鐙にしっかりかけ、右足は左側に垂らすのだ。そして、右足が滑り落ちないように、鞍に仕掛けがあり、そこに乗せる。右足側の鐙がない代わりに、長い鞭で代用するようだ。
エリザベス女王もこういう乗り方をするようだ。

右足は見えていない。どう折り畳んでいるのだろうか。最初は優雅な単独騎乗だ。レディが現代に舞い降りてきたかのようだ。
右足は見えていない_1
この場面では、観客の間近で見せるために係員が手綱を引いている。
右足は見えていない_2
右足は見えていない_3
左足は見えている。但し左足のみ。これも、最初の優雅な単独騎乗シーン。
左足は見えている_1
同じく、この場面では観客の間近で見せるために係員が手綱を引いている。
左足は見えている_2
にこやかに近づいてきた。誰しもがレディの登場と思う。
にこやかに近づいてきた
予想を覆し、大胆にも種明かしをしてくれた。スカートをめくり出したので、一瞬どきっとしたのだが、下に乗馬ズボンをはいていた。柄にもなくどきっとして馬鹿みたい。だが、このサイドサドルはなかなか優れた鞍なのだ。この格好で障害競技に出ることもできるとか。
種明かしをしてくれた_1
種明かしをしてくれた_2
種明かしをしてくれた_3
種明かしをしてくれた_4
種明かしをしてくれた_5
種明かしをしてくれた_6
種明かしをしてくれた_7
乗馬ズボンだけで乗っているので仕掛けがわかりやすい…free画像を借用
乗馬ズボンだけで乗っているので仕掛けがわかりやすい

サイドサドル(Sidesaddle)とは、スカートを履いた女性が馬背に「跨がる」のを避けるため、乗馬の際に騎乗者の胴体を進行方向に向けず、馬背に横向きに坐り、頭部のみを進行方向に向ける、女性固有の騎乗姿勢およびそれに用いられる鞍を言う。現代のサイドサドルはホーンと呼ばれる二つの突起を備えており、騎手は脚でこれをはさみこむことで騎座を安定させる。競技会など公式な場では左に坐るが、プライベートな場では右でも許される。
サイドサドルによってタイトスカートでも騎乗することができるが、騎手は身体を常にねじった状態であるため、腰から背部を傷めることが多く、馬体の両側に対して脚で扶助を行うことができないので、脚の置かれない側は長鞭を使って補助としなくてはならない。また片側に多く負荷がかかるので馬にとっても悪影響がある。
かつては女性にとって必須の乗馬作法であったが、女性の社会進出と平等感の浸透により、女性も跨がって騎乗することが普通となっている。現在では伝統的な競技会(サイドサドル部門が設けられている)や貴族以外ではする者はいなくなった。また北米では当初からサイドサドルを使う文化が無く、競馬の女性騎手も跨がって騎乗している。

 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
サイドサドル(横鞍)は、馬に跨らずに両足を左側に置き、横向きに乗るための鞍です。「女王の鞍」とも呼ばれ、起源は600年くらい前のヨーロッパ大陸の荘園にさかのぼります。当時の鞍のデザインは、騎手が顔を前方に向けるために腰を無理にひねらなければなりませんでした。その後改良され、19世紀後半には、イギリスの乗馬好きな女性たちの間に広まり、狩猟や普通の鞍と同じように障害を飛越したりもしています。現在もイギリスでは、2000人以上の会員を持つサイドサドル協会が存続しています。

 

ヴェルニー公園にて(3)

今回も前回と同様にバラの花のみを取り上げる。

バラの花たちの競演
『スイート・ドリーム』 FL 1988作出 英
スイート・ドリーム
『桜霞』 FL 1988作出 日
桜霞

ヴェルニー公園内に胸像がおかれている2人の人物
小栗上野介
小栗忠順(おぐりただまさ)は、江戸時代末期の幕臣、勘定奉行、江戸町奉行、外国奉行。安政7年(1860年)、日米修好通商条約批准のため米艦ポーハタン号で渡米し、日本人で初めて地球を一周して帰国した。その後は多くの奉行を務め、江戸幕府の財政再建や、フランス公使レオン・ロッシュに依頼しての洋式軍隊の整備、横須賀製鉄所の建設などを行う。
小栗上野介_1
小栗上野介_2
ヴェルニー
フランソワ・レオンス・ヴェルニー(Francois Leonce Verny、1837年12月2日 - 1908年5月2日)はフランスの技術者。1865年から1876年にかけて横須賀造兵廠、横須賀海軍施設ドックや灯台、その他の近代施設の建設を指導し、日本の近代化を支援した。
ヴェルニー

過去撮影分から
今回はあまり良くなかったり、咲いていなかったものが少なくなかった。そのため、過去(2012_05_14)に撮ったもので紹介する。
『わたらせ』 HT 1977作出 日
わたらせ_1
わたらせ_2
『アイスバーグ』 FT 1958作出 独
アイスバーグ
『ホワイト・ウィングス』 HT 1947作出 米
ホワイト・ウィングス
『ホワイト・クリスマス』 HT 1953作出 米
ホワイト・クリスマス
『宴』 HT 1979作出 日
宴

以上で『ヴェルニー公園にて』のミニ・シリーズは終了です。最後までご覧いただき大変有難うございました。

 

ヴェルニー公園にて(2)

今回と次回はバラの花のみを取り上げる。

バラの花たちの競演
『マリア・カラス』 FL 1965作出 仏
『マリア・カラス』
『ザ・プリンス』  ER 1990作出 英
『ザ・プリンス』
『ステファニー・ドゥ・モナコ』 HT 1971作出 仏
『ステファニー・ドゥ・モナコ』
『プリンセス・アイコ』 FL 2002作出 日
『プリンセス・アイコ』
『プリンセス・ミチコ』 FL 1966作出 英
『プリンセス・ミチコ』_1
『プリンセス・ミチコ』_2
『ソフィーズ・ローズ』 ER 1997作出 英
『ソフィーズ・ローズ』
『はまみらい』 HT 作出不明 日
『はまみらい』
『湘南ファンタジー』 FL 1987作出 日
『湘南ファンタジー』
『デンディ・ベス』 HT 1925作出 英
『デンディ・ベス』
『イースター・イエロー』 Min 作出国・年不明
『イースター・イエロー』

昔の海軍の守衛門跡
逸見波止場の守衛門の遺構なのだ
昔の海軍の守衛門跡_1
昔の海軍の守衛門跡_2
向かい合って立っている
昔の海軍の守衛門跡_3

バラの花たちの競演
『ジャクリーヌ・デュ・プレ』 S 1988作出 英
『ジャクリーヌ・デュ・プレ』
『ブルーライト』 HT 1995作出 日
『ブルーライト』
『アヴェイ・ド・クリュニー』 HT 1996作出 仏
『アヴェイ・ド・クリュニー』

 

ヴェルニー公園にて(1)

5月3日のヴェルニー公園の様子を短期連載する。自慢のバラは、まだ十分には咲きそろっていなかった。
この日は日本はGWのまっただ中だが、米軍にとっては、ごく普通の日。日本人がのんびりしていて、米軍関係者は多少羨ましかったかもしれない。


入り口付近にて
『楽園』   HT 1996作出 日
入り口付近に植えてある。ヴェルニー公園へようこそという感じだろうか。
『楽園』
『かき小屋』が出現
入り口にはいつの間にか『かき小屋』なるものが。結構な人気のようだった。地産地消と書かれていたが、横須賀産の牡蠣なんだろうか。
『かき小屋』_1
『かき小屋』_2
まず目に入ったもの
公園に入ると真っ先に目に飛び込んでくる日米の艦船
今回は艦船名の紹介にとどめる。
艦船番号62:フィッツジェラルド (英語: USS Fitzgerald, DDG-62) は、アメリカ海軍のミサイル駆逐艦。アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の12番艦。
艦船番号63:ステザム (英語: USS Stethem, DDG-63) は、アメリカ海軍のミサイル駆逐艦。アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の13番艦。
無印:海上自衛隊の潜水艦

真っ先に目に飛び込んでくる日米の艦船_1
真っ先に目に飛び込んでくる日米の艦船_2
右端の艦船番号なしは何だろうか?
大きさはさほどでもない。旗の装飾などを見る限りは廃船扱いの船舶には見えないのだが。
右端の艦船番号なしは何だろうか?_1
右端の艦船番号なしは何だろうか?_2

ずっと先には海上自衛隊の艦船が並ぶ
艦船番号116:てるづき(ローマ字:JS Teruzuki, DD-116)は、海上自衛隊の護衛艦。あきづき型護衛艦 (2代)の2番艦。
艦船番号107:いかづち(ローマ字:JS Ikazuchi, DD-107)は、海上自衛隊の護衛艦。むらさめ型護衛艦の7番艦。

ずっと先には海上自衛隊の艦船が並ぶ_1
ずっと先には海上自衛隊の艦船が並ぶ_2
ずっと先には海上自衛隊の艦船が並ぶ_3
ずっと先には海上自衛隊の艦船が並ぶ_4

ずっと先には海上自衛隊の艦船が並ぶ_5
艦船番号174:きりしま(ローマ字:JS Kirishima, DDG-174)は、海上自衛隊の護衛艦。こんごう型護衛艦の2番艦。
艦船番号423:ときわ(ローマ字:JS Tokiwa, AOE-423)は、海上自衛隊の補給艦。とわだ型補給艦の2番艦。艦名は常盤湖に由来する。

ずっと先には海上自衛隊の艦船が並ぶ_6
ずっと先には海上自衛隊の艦船が並ぶ_7

園内に視線を戻す
『天の川』  FL 1956作出 日
『天の川』
『かがり火』 HT 1970作出 日
『かがり火』
『紅』    FL 2003作出 日
『紅』
『白ハマナス 八重』 OL 不明
『白ハマナス 八重』

少し奥まったところにも
艦船番号89:マスティン (英語: USS Mustin, DDG-89) は、アメリカ海軍のミサイル駆逐艦。アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の39番艦。
艦船番号85:マッキャンベル (英語: USS McCampbell, DDG-85) は、アメリカ海軍のミサイル駆逐艦。アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の35番艦。
無印:海上自衛隊の潜水艦

少し奥まったところにも_1
少し奥まったところにも_2
少し奥まったところにも_3

 

三春町~田村市~小野町~いわき市(16)

アクアマリンふくしま(3)

意図があって、展示がなされていただろう。後半は疲れてしまい、あまり自分の中で整理できないままに、機械的に写真を撮ってしまったようだ。つながりが自分でもよく見えていない。仕方がなく、めぼしいもののみをUPする。

クリオネ
クリオネ
トクビレ
ハッカクか。美味しい魚だという記憶が。
和名のトクビレ(特鰭)は、雄にみられる大きな背鰭と臀鰭から付けられた。北海道と関東ではハッカクといい、これは角張った体の断面を八角とみた。青森ではサチといい、学名のSachiはこれによる。他にヒグラン、フナカヘシ、ワカマツなどがある。北海道では雄をワカマツ、雌をマツヨ、あるいは雄をカクヨ、雌をソビヨと呼び分ける地域もある。
トクビレ
ザラビクニン
体がゼラチンのような皮膚で覆われたピンク色の魚で、触るとザラザラしたコンニャクのような感触がある。また、腹に小さな吸盤がある。ゼラチン質の皮膚に臭みがあるので、魚津では「くさべ・くさび」と呼んでいる。
ザラビクニン
キアンコウ(ホンアンコウ) Lophius litulon
メスは尾びれの根元までの体長1.0mから1.5m程。オスは50cm前後。太平洋北西部(日本、朝鮮半島、東シナ海)の水深500m程までの深海に生息。なお、一般にはキアンコウの別称として「アンコウ」あるいは「ホンアンコウ」と呼ばれることがある。
かつては福島県が日本一の漁獲高を誇っていたのだが。しばらくは休漁が続くことだろう。
キアンコウ(ホンアンコウ)
ホウボウ
変わった外見と動作が特徴の海水魚で、美味な食用魚でもある。先刻ご承知だと思う。
ホウボウ
オコゼかな?
オコゼかな?
マアナゴ、クロアナゴ
マアナゴ Conger myriaster (Brevoort, 1856) (Whitespotted conger)
全長はオス40cm、メス90cmほど。体は褐色で側線上に白い点線が並ぶ。また、口を閉じた時に下顎が上顎に隠れる。北海道以南から東シナ海まで分布し、浅い海の砂泥底に生息する。日本では重要な食用魚で、寿司や天ぷら、蒲焼きなどに料理される。投げ釣り仕掛けで掛かる。
側線の白い点が並ぶ方がマアナゴか
マアナゴ_1
マアナゴ_2
クロアナゴ Conger japonicus Bleeker, 1879 (Beach conger)
全長は1.5mほどで、マアナゴより大きい。側線上に白い点はなく、和名のとおり体が一様に黒色である。東京湾や西日本、朝鮮半島の沿岸域に分布し、岩礁域に生息する。おもに魚肉練り製品の材料に利用される。そのまま食用にもなるが水分が多くてマアナゴより味が劣り、また皮も厚く噛みきるのも苦労することから、好んで食べる人は少ない。
左側はクロアナゴかなあ
クロアナゴ
コモンカスベ
酒のつまみ『エイひれ』の原料にされているようだ。
コモンカスベ_1
コモンカスベ_2
ヤエギス
ヤエギスは水深500~1500mに生息する深海魚。稚魚については、希に浅いところまであがってくることがあり、観察例がありますが、成魚については泳いでいる姿を確認されておらず、詳しい生態はほとんどわかっていません。今回展示されている個体は全長3cmの稚魚です。1月30日より展示を開始しました。2011年12月に世界で初めてヤエギスの展示を行いましたが、展示は3日間でした。それ以来の展示となります。
生きた姿は、アクアマリンふくしまでしか見られませんので、ぜひ注目してください!(2014.2.1記事)

ヤエギス_1
ヤエギス_2
借用の画像
ヤエギス_3
スミツキアカタチ
スミツキアカタチは全長50cm程になり、ウナギのように背びれ、尾びれ、腹びれが連続しています。体は、タチウオのように薄くて細長く、体色が赤いのでアカタチの名がついています。
スミツキとは、口を開けると上あごの膜の部分に黒い斑点があるのが由来です。この斑点は口を閉じているとほとんど目立ちませんが、よく見ると黒い部分がわかります。 運良く、口を開いているときがあれば、黒い斑点を見ることができます。
本州中部以南から台湾の水深100mまでの砂泥底に巣穴を掘って集団で生息しています。巣穴の上に泳ぎ上がり、流れてくるプランクトンを食べていますが、あまり遠くには行きません。そして、危険が迫ると巣穴に隠れます。

スミツキアカタチ
サギフエ
サギフエは強く側偏した体と長い吻が特徴で、英名のsnipefishはこの体形に由来する名称である。全長は平均15-20cmで、そのうち約6cmを吻が占めている。幼魚の体色は銀色であるが、成魚になると赤色に変わる。体の表面は、胸鰭から背鰭にかけてと腹側の縁が骨板(甲板)に覆われる。
この魚は2つの背鰭をもつ。1つめの背鰭には4-7本の棘があり、そのうち前から2番目の棘は長く伸びてのこぎり状になっている。この棘は平均4cmほどになる。2つ目の背鰭には10-14本、尻鰭には18-20本の鰭条がある。

サギフエ
ユメカサゴ
ユメカサゴ_1
ユメカサゴ_2
マトウダイ
マトウダイ_1
マトウダイ_2

展望スペースから
私は怖くて行けなかったので、代わりにアッシー君に撮ってもらった。常磐自動車道から分岐した道路がここまで延びるようだ。
展望スペースから_1
展望スペースから_2
海上保安庁の巡視船が停泊している岸壁はまだ、うねりが補修されていないままのようだ。あの程度なら何とか我慢できる範囲だろうか。
展望スペースから_3
小名浜港の様子ほか
展望スペースから_4
展望スペースから_5
展望スペースから_6
展望スペースから_7
こちらは途中にある展望スペースで私が撮ったもの
途中にある展望スペースから_1
途中にある展望スペースから_2
途中にある展望スペースから_3
途中にある展望スペースから_4
途中にある展望スペースから_5
途中にある展望スペースから_6

ミニ絵画展
阿部セキさんは、私が生まれたときにはすぐ近くで活躍されていたようだ。素晴らしい作品が並んでいた。残念ながら知らなかった。
ミニ絵画展_1
ミニ絵画展_2

以上で、16回に亘って取り上げた『三春町~田村市~小野町~いわき市』シリーズを終了します。最後までご覧いただき、大変有難うございました。

 

三春町~田村市~小野町~いわき市(15)

アクアマリンふくしま(2)

福島の川と沿岸
同じ川の中でも、上流、中流、下流と川はさまざまに姿を変えます。そして、その中ではさまざまな生物たちが、それぞれに合った環境にすみ分けをしています。流れの速い上流域では、イワナ・ヤマメが暮らしています。
水の中にあまりエサが多くないところで暮らす彼らは岩陰などにひそみ、エサが流れてくるのを待ちます。また、速い流れの中で暮らすために、強い遊泳力を持っています。浅く流れの速い瀬と水のよどんだ淵がある川の中流域では、ウグイ、オイカワ、アユなどと魚の種類も多くなってきます。
水槽の中では石の間などをよく探すと、オオヨシノボリやギバチの姿を見つけることができます。それぞれの生物の泳ぎ方や暮らしの違いも観察してみてください。

川の上流
ニッコウイワナ
ニッコウイワナ
ヤマメ
ヤマメ
川の中流
ウグイ、オイカワ、アブラハヤ、ニゴイ、ギバチ、カマツカ、オオヨシノボリ、シマヨシノボリ、タナゴなどがいるそうだ。
川の中流
湧水
イトヨ、ヒガシシマドジョウ、ホトケドジョウなどがいるそうだ。みえているのはイトヨだろうか。
湧水
池沼
キタノアカヒレタビラ、ヤリタナゴ、モツゴ、キンブナ、ギンブナ、トウヨシノボリ、スジエビ、ヌカエビ、マルタニシなどがいるそうだ。
池沼
沿岸(かなあ)
光線の具合で見物人の姿が映ってしまい大半の魚の撮影を諦めざるを得なかった。また、魚の名前を撮っただけだったので、水槽の表示区分が違っているかもしれない。
ホウボウ
ホウボウ_1
ホウボウ_2
クロソイかなあ
クロソイかなあ_1
クロソイかなあ_2

潮目の海
日本近海の海流
日本近海の海流
黒潮と親潮は、日本列島の南と北から何千キロもの旅をして、福島県沖で出会います。潮目の海を象徴する二つの水槽の水量は、2050トンです。力強く泳ぐ黒潮の魚たちと、豊かな親潮の生き物たちをご覧下さい。
黒潮側
主な展示生物:カツオ・キハダ・マイワシ・グルクマ・ギンカガミなど
言わずと知れた鰯の大群
小さく弱い魚たちが、群れをつくることについては、防衛効果、エネルギー保持効果など、さまざまな説がとなえられていますが、まだまだ分からないことがたくさんあります。水槽の中のマイワシやカタクチイワシの群れは、みごとに統率がとられていて、リーダーがいるように見えます。しかし、群れをよく見ると、群れの先頭を泳ぐのはいつも同じ魚ではありません。向きが変わったり、群れの形が変わるたびに先頭が変わっているのが分かります。
鰯の大群_1
反対を向いているへそ曲がりもいるようだ。逆走は非常に危険ですよ。
鰯の大群_2
カツオやマグロの仲間
水槽の中のカツオ、キハダ、クロマグロの体を見てみると、この仲間は、水の中を高速で泳ぐのに適した体をしていることが分かります。まず、全体の形はミサイルのような紡錘形で、水の抵抗が少なくなっています。さらによく見ると、まっすぐに速く泳ぐときは各ヒレをたたんだり、体にぴったりとつけてより抵抗を少なくしているのが分かります。ゆっくり泳ぐとき、曲がるときなどのそれぞれの泳ぎ方のヒレの使い方も観察してみましょう。
カツオやマグロの仲間_1
カツオやマグロの仲間_2
オニイトマキエイかな。カラスエイかな。コモンカスベかな。どうやらカラスエイのようで、この直後に無事出産を果たしたとのことだ。
オニイトマキエイかな_カラスエイかな_コモンカスベかな_1
オニイトマキエイかな_カラスエイかな_コモンカスベかな_2
親潮側
主な展示生物:クロソイ・エゾメバル・オオカミウオ・サケ・アメマス・マツカワ・ホカケアナハゼ・マボヤ
クロソイかな。エゾメバルかな。
クロソイかな。エゾメバルかな。

潮目の魚
サンマ
昔は陸地からはっきり見るところで漁をしていたこともあった。まあ、漁場は海流次第だが。イカ釣船のようなちょっとだけ明るい明かりではなく、東京の銀座も顔負けの強烈な照明でサンマを集め、網を打ち、囲い込む。それを海水ごと吸い込むのだ。
沿岸漁業に関しては、所属する県以外の船のみが操業できるようになっているらしい。しかし、鰹やサンマはそういう扱いの範囲外だ。沖合の同じ漁場で獲った魚を福島に持ち帰ると福島県産、宮城に持ち帰ると宮城県産となる。同じ魚なのに、福島県産というだけで売れなくなる。何とも困った話だ。

黒潮海域で産卵し稚魚は北上してエサの豊富な親潮海域で成長する魚だ。福島県沖あたりに来た頃が一番美味しい筈だ。地元の人にもそうでない人にもなじみの魚なのだが、この飼育が意外に難しいようだ。アクアマリンふくしまが飼育を開始して103日目、世界で初めて水槽内での産卵に成功したとか。ありふれた魚だが、水槽での飼育は快挙なのだ。
サンマ_1
サンマ_2

メヒカリ(マルアオメエソ)…いわき市の市の魚
いわき市の市の魚に指定されている深海魚。キスのような感じだが、身贔屓かもしれないが、私はキスより数段おいしさは勝ると思っている。
メヒカリ(マルアオメエソ)

 

三春町~田村市~小野町~いわき市(14)

アクアマリンふくしま(1)
アクアマリンふくしまも他と同様、大津波による壊滅的な受けた。特に地下に集約して配置していた電源系統がやられてしまい、水槽への酸素の供給、ろ過循環や水温維持が困難になり、水槽内の生きものたちが次々と死んでいったそうだ。結局飼育中の9割の生き物が死んでしまい、生き残ったわずかのものは、他の水族館に一時的に預かってもらう。そんな状況から始めて、約半年で再開にこぎ着けた。
とはいうものの、再開直後の展示の寂しさは覆い隠しようもないものだった。それからさらに2年9ヶ月が経過した。だいぶ盛り返してきてはいる。でも何か寂しい感じが否めない。寂しい面があるのは承知で応援したい。
以下では、何とか鑑賞にたえるもののみUPする。全部を紹介できないのは、私の腕などの問題だ。アクアマリンふくしまの展示が貧弱などとは考えないでいただきたい。

2年前に撮影したアクアマリンふくしまの外観
アクアマリンふくしまの外観
東北最大級の水族館、ふくしま海洋科学館「アクアマリンふくしま」
海を通して「人と地球の未来」を考える
黒潮と親潮の源流がであう「潮目の海」…“アクアマリンふくしま”は、福島の海の大きな特徴である太平洋の「潮目」をテーマにした水族館です。
自然光が降り注ぐ館内では、植物も展示し、親潮の源流オホーツク海、黒潮の源流域熱帯アジアの自然、福島県浜通りの海山川の生態系を再現しています。ワークショップやバックヤードツアーなどの体験プログラム、裸足になって生き物とふれあえる屋外施設・蛇の目ビーチがあり、見るだけではなく様々な体験ができます。


海・生命の進化
地質時代の生物の遺骸(遺体)や生活した痕跡を「化石」といいます。「生きた化石」とは、地質時代から例外的にゆっくり進化して、先祖の形態を残している生物をいいます。
このコーナーでは過去に繁栄したものの、現在では細々と生き残っている水の中の「生きた化石」を紹介しています。
主な展示生物
オウムガイ・シロチョウザメ・ヘラチョウザメ・オオサンショウウオ・スポテッドラットフィッシュ

オウムガイ
生きた化石なのだが、薄暗いところでの展示なのに動きが速い。フラッシュは御法度と自分で決めているので、なかなか撮りにくい。化石であるアンモナイトの祖先と言われるそうだ。何故アンモナイトが死滅し、オウムガイが生き残ったのか、不思議なものだ。
オウムガイ
トリノアシ
見た目は植物だと信じて疑わない人が殆どだと思う。棘皮動物なんだそうだ。生きた化石「ウミユリ」の一種。
トリノアシ
ヌタウナギ
普通のウナギとは関係がないもののようだ。脊椎動物として最も原始的な一群であり、厳密な意味での魚類ではないそうだ。和名は最近までメクラウナギ(盲鰻)だったが、名称の「メクラ」が視覚障害者に対する差別的な意味を持つ差別用語であるとして、2007年に日本魚類学会により綱以下の名称がヌタウナギへ、種としてのメクラウナギはホソヌタウナギ(細饅鰻)へ変更された。
ヌタウナギ
スポッテッドラットフィッシュ
深海に生息するギンザメの仲間「スポッテッドラットフィッシュ」。カナダのバンクーバー水族館からアクアマリンふくしまに震災復興支援として寄贈されたものだそうだ。
スポッテッドラットフィッシュ
チョウザメ類
姿がサメに似ているだけでいわゆる「サメ」ではないが、分類上はサメやエイなどの軟骨魚類の特徴をもつ原始的な魚だそうだ。
アムールチョウザメ
撮り逃したようだ
ヘラチョウザメ
ヘラチョウザメ_1
ヘラチョウザメ_2
シロチョウザメ
シロチョウザメ_1
シロチョウザメ_2
ポリプテルス・エンドリケリー
エンドリケリーはおよそ4億年前からその姿と生態を変えずに現代まで生きているといわれており、ポリプテルスは恐竜よりも古い存在の「生きた化石」とも呼ばれているそうだ。
ポリプテルス・エンドリケリー
ガーパイク類
ガー目(ガーもく、学名:Lepisosteiformes)は、条鰭綱に所属する魚類の分類群の一つ。ガー科 (Lepisosteidae)
1科のみで構成され、スポッテッドガー・アリゲーターガーなど2属7種が記載される。また、学名に従ってレピソステウス目、レピソステウス科と表記されることも多い。新鰭亜綱に含まれる現生の魚類として、アミア目と並び最も原始的な一群とみなされている。

ロングノーズガーだと思う
ロングノーズガー
アミア・カルヴァ
アミア・カルヴァ_1
アミア・カルヴァ_2
スポッテッドガー
奥にいるのがスポッテッドガーだと思う
スポッテッドガー
ネオケラ・トドゥス
約4億年前のデボン紀に出現し、化石では淡水産・海産を合わせて100種以上が知られるが、現生種は全て淡水産で、オーストラリアハイギョ1種、ミナミアメリカハイギョ1種、アフリカハイギョ4種の、計6種のみが知られる。「生きた化石」と呼ばれている。
ネオケラ・トドゥス

 

三春町~田村市~小野町~いわき市(13)

暗い写真が続いたので、気分を変えたい。まずは三崎公園に行ってみた。
いわき市内の小学校が一斉に遠足を行っていたようで、こちらにも地元の小学生がたくさん来ていた。楽しそうな声が聞こえてきて、子供たちの天真爛漫さが大人たちにとっての救いかもしれない。


三崎公園
三崎公園案内図
ここはいつ来ても気分が落ち着く。マリンタワーと並んで潮見台という施設がある。コワガリの私が近寄れる場所ではないので、写真など撮ることができていない。もっぱら、芝生広場でごろんとするばかり。最高に気持ちが良い。
芝生広場
芝生広場_1
芝生広場_2
芝生広場_3
芝生広場_4
芝生広場_5
芝生広場_6
子供が座っているその先はものすごい急勾配。でも、芝生なので痛くないのか、子供たちがおもしろがって、盛んに転がって遊んでいた。
芝生広場_7
芝生広場_8
芝生広場_9
駐車場にて
ハクセキレイかな。飛び立つところを撮りたかったが、歩いたまま茂みに消えていった。
ハクセキレイかな_1
ハクセキレイかな_2
ハクセキレイかな_3
ハクセキレイかな_4
いわきマリンタワー
横浜のマリンタワーが展望階高さが94mなのだそうだ。塔の高さ自体は勝負にならないくらいいわきマリンタワーの方が低いのだが、下から見た感じはこちらの方がずっと怖そうに見える。今度帰省するときには、覚悟を決めて上がってみようかなあ。
いわきマリンタワーは、福島県いわき市小名浜の三崎公園の施設の一つの展望塔。塔の高さは59.99mだが、岬に立地しているので展望室は海抜106mの高さにある。屋上の「スカイデッキ」からは、太平洋やいわき市一円を360°のパノラマで一望することができる。
いわきマリンタワー
潮見台
海面が50m下なのか。相当に怖そうだ。私には太刀打ちできそうにない。
free画像を借用した
潮見台
丘からせり出した場所に設けられた潮見台では、太平洋の大迫力の景色が堪能できます。屋上からの景色も最高ですが、海に突き出た展望ポイントでは、海を真下に、潮風を受けながら、ちょっとしたスリルが味わえます。
  +++++++++++++++++++++++++++
海上に13m突き出した展望台で、約50m下まで断崖絶壁だ。ここから見る荒海はスリル満点。

潮見台の記事があるHPにjump

いわき市の空撮写真(2007.08.15撮影)
下部の大きな港湾が小名浜港。やや右上の小さな漁港が2つ見えるが中之作港と江名港。その手前に白く見えるあたりが永崎海岸。破壊される前はこんなだったんだなあ。
いわき市の空撮写真

 

三春町~田村市~小野町~いわき市(12)

我が故郷の地区にて
江名港(漁港)
大津波で壊滅的に破壊されたが、実は大震災以前からもう殆ど人が住んでいない。あれほど栄えていた漁港だったのに、昔を知る人には何とも悲しいほどの寂れ方だ。漁業資源の保護が思うに任せない遠洋漁業は、体力勝負のような側面があったのだろう。獲れなくなる一方で、倒産が相次いだ。私がいた頃は、まだ、そこそこの景気だったのだが。
何も残っていない江名港(漁港)_1
何も残っていない江名港(漁港)_2
何も残っていない江名港(漁港)_6
何も残っていない江名港(漁港)_7
この消防の建物を見ても、以前は相当に栄えていた地区だとわかると思うが。何とも残念な話だ。
何も残っていない江名港(漁港)_8
何も残っていない江名港(漁港)_9
補修工事関係者のようだ
補修工事関係者のようだ
中之作港(漁港)
江名港同様なのだが、まだこちらの方が少しは再生の見込みがあるのかもしれない。
まだこちらの方が_1
まだこちらの方が_2
この部分は、補修・補強工事済みのようだ
この部分は、補修・補強工事済みのようだ_1
この部分は、補修・補強工事済みのようだ_2
この部分は、補修・補強工事済みのようだ_4
何か不規則な並び方だ。相当に動いたようだ。
何か不規則な並び方だ_相当に動いたようだ_1
何か不規則な並び方だ_相当に動いたようだ_2
何か不規則な並び方だ_相当に動いたようだ_3
何か不規則な並び方だ_相当に動いたようだ_4
何か不規則な並び方だ_相当に動いたようだ_5
何か不規則な並び方だ_相当に動いたようだ_6
何か不規則な並び方だ_相当に動いたようだ_7
何か不規則な並び方だ_相当に動いたようだ_8
白波が立っているところが急に深くなっているあたり。手前は磯だ。
白波が立っているところが急に深くなっているあたり_手前は磯だ
プレジャーボートだけとは寂しい限りだ
プレジャーボートだけとは寂しい限りだ
ほんの少々、沿岸漁業用の小さな漁船が係留されていた
ほんの少々、沿岸漁業用の小さな漁船が係留されていた
小規模なドック。まだ残っていたんだ。
小規模なドック_1
小規模なドック_2
永崎海岸
いわき市内にはもう既に海水浴場として再開したところもある。しかし、私が毎日のように泳いでいたこの海水浴場は、それどころの状態ではなかった。
地盤が大幅に沈下し、猫の額のように狭い砂浜になってしまった。かつての鳴き砂の海岸の再生は難しいのだろうか。

永崎海岸の様子_1
永崎海岸の様子_2
随分段差ができてしまったんだ。うーーん。
永崎海岸の様子_3
永崎海岸の様子_4
永崎海岸の様子_5
永崎海岸の様子_6
永崎海岸の様子_7
永崎海岸の様子_8
永崎海岸の様子_9
母校前の橋は漸く修復中。たまたまバイパスと並行して走っていたので、多少の不便を忍べば何とかなったのだが、…。
母校前の橋は漸く修復中_1
母校前の橋は漸く修復中_2

 

三春町~田村市~小野町~いわき市(11)

湯本から地元に戻った。まだまだ復旧が途上。岩手や宮城よりは遅れるものの、いずれ物理的な補修は終了することだろう。しかし、放射能汚染の問題が重くのしかかり、自力ですっくと立ち上がるには相当な時間がかかりそうだ。

湯本からの移動途中
信号停止中の車中から鳥さんを狙ったのだが、ブロックの大きなゆがみが気になった。どうしてこんな風になってしまったんだろうか。
ブロックの大きなゆがみが気になった

豊間地区(隣の中学校の学区域)
美しい海岸線が羨ましいほどの長閑な住宅街だったのに。大津波が多くの人の命を奪ってしまった。その爪痕は未だに覆い隠せていない。
こんな風にやっと整地に着手した程度。大惨状に声も出なかったときから満3年以上が経過したが、遅々として進まない工事に愕然とするばかりだ。
やっと整地に着手した程度_1
やっと整地に着手した程度_2
やっと整地に着手した程度_3
庭木だけが残ったようだ
やっと整地に着手した程度_4
ここに住んでいた方の自慢の庭石だっただろうに
やっと整地に着手した程度_5
やっと整地に着手した程度_6
やっと整地に着手した程度_7
やっと整地に着手した程度_8
やっと整地に着手した程度_9
やっと整地に着手した程度_10
やっと整地に着手した程度_11
やっと整地に着手した程度_12
生き残った人たちか。何を思いながら歩いていたのだろうか。
何を思いながら歩いていたのだろうか_1
何を思いながら歩いていたのだろうか_2
封を開けることもなく転がっていた。哀れなり。住宅地だったのに、異常な砂の堆積に驚く。
封を開けることもなく転がっていた
コンクリなどの瓦礫は、一カ所に集められ、いずれ建築工事などに再利用されるのだろう。遠くに見えるのが塩屋埼灯台。この位置からは、あの灯台の奥側に『みだれ髪』の歌碑がある。
コンクリなどの瓦礫は、一カ所に集められ_1
コンクリなどの瓦礫は、一カ所に集められ_2
『喜びも悲しみも幾年月』の原作者のご主人が灯台長として勤務していた塩屋埼灯台。残念なことに、アクセス禁止状態が続く。
塩屋埼灯台はアクセス禁止状態が続く
まだ、防波堤も再建が終了したわけではない
防波堤も再建が終了したわけではない_1
防波堤も再建が終了したわけではない_2
防波堤も再建が終了したわけではない_3
防波堤も再建が終了したわけではない_4

 

三春町~田村市~小野町~いわき市(10)

いわき湯本温泉ホテルパームスプリング
毎回泊まるところを変えて楽しんでいるが、今回は湯本温泉に入りたいということと、「じゃらんnetクチコミランキング:東北ホテル夕食部門」で1位に輝いたというコピー文句に引かれて、ホテルパームスプリングを選んだ。競走馬の温泉療養施設が近くにあるところだ。

夕食はバイキング
いつも反省するのだが、欲張りすぎだった。腹が膨満して、苦しかった。
夕食はバイキング_1
夕食はバイキング_2
夕食はバイキング_3
2品プラスアルファ
2品プラスアルファ_1
2品プラスアルファ_2
朝食もバイキング
これですっかり身体が重くなった。まるで借り物のようで、調子が出なかった。
朝食もバイキング_1
朝食もバイキング_2

いわき湯本温泉神社
御祭神:大巳貴命、少彦名命、事代主命
御神徳:厄災消除、家内安全、身上守護、智育増進、延命長寿、諸願成就
上代の昔現在地より、4km西方に聳える霊峰湯の岳(別称)佐波古峰に鎮座在りしを天武天皇2年(674年)にこの湯本三凾の地に遷座し最終に明和5年(1768年)現在地に遷座。例大祭は別称さつきまつりと呼称し花鎮めの意味。祭神は地下資源の神・医薬を司る神で延喜式内全国温泉神社の7社の内の1社で、湯本町の鎮守様として広く崇敬をあつめる。

参道の様子
参道の様子_1
参道の様子_2
参道の様子_3
境内に草野心平の揮毫による『拾遺集』の歌碑があった。『さはこのみゆ よみ人しらず あかずして別れし人の住む里は さはこのみゆる山のあなたか』
やっかいなことに同じ福島県の飯坂温泉にも『鯖湖の御湯』があり、こちらも相当な歴史を誇るようだ。とうぜん、この歌はここだと主張するのだろう。さらに、沢子の御湯(玉造の御湯)が鳴子温泉にあり、こちらは、『あかずして 別れし人の すむ里は 沢子の見ゆる 山のあなたか』としているようである。私としては、この和歌の詠まれた舞台はいわきであってほしいと願うのだが。
草野心平の揮毫による『拾遺集』の歌碑
この鳥居の上に神社社屋がある
この鳥居の上に神社社屋がある
鳥居脇の石碑
温泉が流れ湯気が出ている。『さはこの湯』と書いてあるようだ。
鳥居脇の石碑_1
鳥居脇の石碑_2
拝殿
弓矢で作られた扇子をかたどった飾りが何とも粋な感じだ。私は初めて見る飾り物だ。
拝殿_1
拝殿_2
拝殿_3
拝殿_4
拝殿_5
拝殿_6
拝殿_7
拝殿と本殿
拝殿と本殿
本殿
本殿_1
本殿_2
本殿_3
本殿_4
本殿_5
神楽殿
神楽殿
狛犬
狛犬_1
狛犬_2
神樹「にわうるし」
英名Tree of Heavenがおめでたいからか
神樹「にわうるし」_1
神樹「にわうるし」_2
竈処社・福富久社・歳徳社
竈処社・福富久社・歳徳社
足尾・智々文、出雲・三輪、津島・八坂
足尾・智々文、出雲・三輪、津島・八坂
常磐城(ときわぎ)稲荷神社
常磐城(ときわぎ)稲荷神社_1
常磐城(ときわぎ)稲荷神社_2
むすび磐境
陰陽石、女性器と男性器なのだそうだ。残念ながら見逃してしまった。


源泉タンク
言い伝えにある鶴の絵が描かれている。その昔は、このあたりにも丹頂鶴が飛来していたのか。
源泉タンク
小滝屋
小滝屋
温泉の配管
温泉の配管

湯本温泉
いわき湯本温泉の開湯は遙か奈良時代、今からおよそ1200年以上前。「三箱(さはこ)の御湯」と呼ばれ「伊豫国道後温泉」「摂津国有馬温泉」とともに日本の三古泉として名がとどろき、今のように”湯本“と呼ばれるようになったのは鎌倉時代以降のことだという。その昔、蝦夷の流れ矢に負傷した一羽の鶴が温泉で傷を癒やしていたことに端を発する伝説が今でもこの地に残り、「さはこ」の名称や「鶴の伝説」が、日帰り入浴施設「さはこの湯」や足湯「鶴のあし湯」に受け継がれている。
温泉を楽しむうえでは、歴史と同じくらい泉質が大切な要素。「含硫黄-ナトリウム-塩化物・硫酸塩温泉」は全国でも珍しく、世界でも屈指の毎分約5tもの湧出量を誇る。保温効果がとても高く「美肌の湯」としても人気だ。
また、温泉地として歴史が古いこともあり「さはこの湯」や「鶴のあし湯」のほかにも温泉にまつわる施設は数々。温泉街の中心から少し北へ。磐城七社の一つ「温泉神社」が鎮座し、今も静かに小高き丘の上からいわき湯本の温泉街を見守りつづけている。さらに世界でも珍しいと言われている「馬の温泉」。正式名称は「日本中央競馬会競走馬総合研究所常磐支所」と言い、競走馬の保養機関として温泉療法を施しており、誰もが知るあの名馬も訪れたことがある。
知って、巡って、浸って…。いわき湯本温泉ならではの湯の魅力が、そこにある。
※一般的には古来の地名として「佐波古(さはこ)」と称し、927年延喜式神名帳の「陸奥国磐城郡小七座・温泉(ゆ)神社」が選上された時から「三箱」の地名になっており、現在は「三凾」「三函」の文字が使われています。

 

三春町~田村市~小野町~いわき市(9)

飯野八幡宮(2)
楼門(国指定重要文化財)
楼門は2階造りの門で、下層に屋根のないものを指す。下層にも屋根があるものを二重門とよんで区別するそうだ。ほぼモノクロームの世界に迷い込んだ感じがするこの神社だが、楼門は色鮮やかで、非常によく目立つ。
万治元年(1658年)建立。入母屋造、銅板葺(もと板葺)。
楼門(国指定重要文化財)_1
楼門(国指定重要文化財)_2
楼門(国指定重要文化財)_3
楼門(国指定重要文化財)_4
楼門(国指定重要文化財)_5
神楽殿(国指定重要文化財)
古色蒼然たる建物。例大祭において、巫女舞「浦安の舞」が奉納されるそうだ。床が抜けてしまわないか気になるが、それなりにしっかりした作りになっているのだろう。
元和9年建立。入母屋造、鉄板葺(もと杮葺)。
神楽殿(国指定重要文化財)_1
神楽殿(国指定重要文化財)_2
神楽殿(国指定重要文化財)_3
唐門(国指定重要文化財)
撮り方が良くなかったので、唐破風が見えていないが、この唐門は側面が唐破風になっている。
元禄16年頃建立。銅板葺の平唐門。
唐門(国指定重要文化財)_1
唐門(国指定重要文化財)_2
昨年4月撮影分
唐門(国指定重要文化財)_3
宝蔵(国指定重要文化財)
江戸時代初期建立。寄棟造、本瓦葺の土蔵。
宝蔵(国指定重要文化財)
文化財一覧の表示
国指定の重要文化財がずらずらと並ぶ。凄いものだ。どういうわけか、飯野家文書が欠落している。何故だろうか。
飯野家文書はCD-ROM化されていて、基の画像と活字とが交互に納められているようだ。従って、どんな漢字が書かれているのかがわからなくて悩むことはないとは思うが、それでも読み下すことは、私の力ではとうてい無理だろう。(>_<)

文化財一覧の表示

 

三春町~田村市~小野町~いわき市(8)

漸くいわき市の中心地『平』に戻ってきた。ここには、重要文化財の宝庫『飯野八幡宮』がある。初めて見るわけではないが、何故か見ておきたくなる。国から重要文化財指定を受けた最初は、昭和49年6月の大薙刀(銘 備州長船住盛景)で、その後、昭和58年1月の本殿、平成6年6月に飯野家文書、平成14年10月に楼門、神楽殿、唐門、仮殿、宝蔵、若宮八幡神社が、それぞれ指定を受けている。
いわき市には、建造物の国宝として、阿弥陀堂(白水阿弥陀堂)があり、重要文化財としては、この飯野八幡宮の他に、専称寺の本堂、庫裏、総門がある。最後の専称寺にはまだ行ったことがない。いずれ見ておきたいと考えている。


飯野八幡宮(1)
若宮八幡(国指定重要文化財)
前殿が目立って奥の部分は見えにくい。ちょっと見には掘っ立て小屋のようにしか見えないが、これでも重要文化財指定なのだ。次回行くときには、奥の重要部分が見えるような撮り方をしなくては。
本殿玉垣の外、向かって左側に仮殿、右側に若宮八幡神社が位置する。仮殿創建に引き続いて、平澤内匠助が元和五年(1619)に完成した記録がある。仮殿と同規模の建物で、仮殿は角柱を使うのに対して円柱を使っていることや、前殿が付いていたことでも一間社流造り前殿付きの本格的な建物であることが分かる。
若宮八幡(国指定重要文化財)
拝殿(いわき市指定有形文化財)
こけら葺きの屋根は、参拝する者には本当に落ち着く感じを与える。
拝殿と見えていない幣殿とはいわき市指定有形文化財で、奥に高い屋根が見えているのが本殿で国指定重要文化財。私には、指定を受ける基準がよくわからなく、扱いの差はどこから来るのかいつも考えてしまう。拝殿は後世の改造が加えられている部分が目につくからなのだろうか。

拝殿(いわき市指定有形文化財)_1
拝殿(いわき市指定有形文化財)_2
本殿(国指定重要文化財)
普通参拝される方は、殆ど拝殿しか視界に入らないと思う。奥にある本殿がこんなに壮麗であるとは気がつかないかもしれない。
元和2年(1616年)上棟。桁行梁間共3間の入母屋造平入杮葺。屋根は当初流造であったが、延宝2年(1674年)と元禄16年(1703年)の修理で入母屋造となる。
本殿(国指定重要文化財)_1
本殿(国指定重要文化財)_2
本殿(国指定重要文化財)_3
以下の2ショットは昨年4月撮影分
本殿(国指定重要文化財)_4
本殿(国指定重要文化財)_5
仮殿(国指定重要文化財)
若宮八幡と同様に、ちょっと見には掘っ立て小屋のようにしか見えないが、間違いなく重要文化財指定なのだ。
本殿・拝殿・幣殿を取り囲む瑞垣外西方にあり、現在は御輿殿として使用されているが、建立当初は仮殿であった。
寛文13年(1673年)建立。これが私には理解できない。若宮八幡の記述には、『仮殿創建に引き続いて、平澤内匠助が元和五年(1619)に完成した記録がある…』とあるのだが、仮殿の記録にはずっと後の年月が記されている。いわき市教育委員会発行「いわき市の文化財」の記述からの抜粋のようだが、…。
一間社流造、鉄板葺(もと板葺)。

仮殿(国指定重要文化財)

御祭神
品陀別命  ほんだわけのみこと(応神天皇)
息長帯姫命 おきながたらしひめのみこと(神功皇后)
比賣神   ひめがみ(仲姫)
社伝によれば、康平6年(1063)源頼義が奥州合戦(前九年の役)出征の時、京都石清水八幡宮を必勝祈願のため勧請したという。しかし、文治2年(1186)関東御領好嶋荘の総社として、源頼朝の命により本社石清水より御正躰を奉じて、赤目崎見物岡(現いわき駅北の高台)へ祭祀したとの別伝も記録に見られる。建永元年(1247)時の執権北條時頼は、幕府政所執事伊賀光宗(宮司飯野家の祖)を好嶋荘の預所に任命した。以後代々預所職と神主職を兼ね、現宮司飯野光世にいたる。
爾来星霜を経て、南北朝の騒乱は当社にも及び、兵火の災にあい社殿を焼失。建武2年(1335)足利尊氏に訴願して、好嶋荘地頭衆に命じ修復させた。この間、建暦元年(1211)御浜出の神事(潮垢離)、貞和2年(1346)放生会における流鏑馬の神事が行われるなど、数多くの祭礼行事がととのった。室町時代には神領の減少が見られたが、菊田・磐崎・磐城・楢葉・標葉の岩城五郡の総社として、岩城氏を始め一般庶民からも厚い信仰を受けた。特に岩城氏は数度にわたって所領を寄進し、天文20年(1551)岩城重隆は梵鐘を奉納した。
慶長7年(1602)鳥居忠政が岩城平領主となり、新たに築城するにあたり、旧地を離れ、現在地に遷座したとされる。慶長19年火災に遭い、元和2年(1616)再建された。当初は前殿付き流れ造りであったが、延宝2年(1674)の大改修で桁行三間梁間三間のこけら葺入母屋造りとなり、幣殿・拝殿も造立された。幕府から神領として四百石の朱印地が与えられ、歴代の磐城平藩主も五十石の土地を寄進するなど、篤い崇敬によって護持されてきた。本地垂迹の説によれば、八幡大菩薩の本地仏は阿弥陀如来という。そのため、境内には武内社、春日社、白旗社などの末社の他、阿弥陀堂、釈迦堂、地蔵堂、十王堂、鐘楼などの佛堂が立ち並んでいた。さらに境域を取り囲むように、周辺には16の供僧寺が軒を並べて連なり、ひときわ荘厳さを加えていた。

 

三春町~田村市~小野町~いわき市(7)

小野町を後にし、いよいよ故郷いわき市に入る。1966年(昭和41年)10月1日、新産業都市建設促進法に則って14市町村(5市4町5村)が合併、ひらがなの『いわき市』が成立した。当時としては面積が日本一広い市であった。

夏井川渓谷
ヤマモミジ、ウリハダカエデなどが鮮やかな色を見せる紅葉の名所。特に支流の背戸峨廊には多くの人が訪れる。
福島県道41号小野四倉線は、福島県田村郡小野町からいわき市に至る主要地方道で磐越東線や夏井川に沿う。この道沿いに渓谷美を楽しみながら走った。大きな観光資産を抱えていながらアピールの下手な県だ。歯がゆく思ってしまう。

大きなひとかたまりの岩が川幅いっぱいに広がっている。隅の方の切れ込みが小さな滝になっていた。
夏井川渓谷_1
紅葉の季節は本当にきれいなことだろう。最初は上から撮るだけのつもりだった。
夏井川渓谷_2
ちょっとだけ勇気をふるって少し下まで下りて撮ったが、障害物があって、絶好の撮影ポイントには近づけなかった。この渓谷にはあちこちに小さな滝があるが、その一つだ。
夏井川渓谷_4
夏井川渓谷_5
夏井川渓谷_6
アッシー君につられて、仕方なく河原まで下りた。なかなかの渓谷美だと思うが、どうやってよじ登れば良いのだろう。
夏井川渓谷_7
夏井川渓谷_8
夏井川渓谷_9
夏井川渓谷_10
夏井川渓谷_11
上の景色を望遠で撮ってみた
夏井川渓谷_14
夏井川渓谷_15
ここはかなり大きな滝なのだが、下には発泡スチロールを投げ込んだ馬鹿者がいて、…
夏井川渓谷_12
夏井川渓谷_13

夏井川ともつれ合うように走る磐越東線の踏切
こちらは鉄ちゃんには格好の被写体が溢れているのだが、県道41号小野四倉線は細い道で駐車が容易ではない。アッシー君の負担を考えて、比較的止めやすいトンネルを一つだけ撮ってみた。
磐越東線の踏切_1
磐越東線の踏切_2
磐越東線の踏切_3

 

三春町~田村市~小野町~いわき市(6)

夏井千本桜
どうも夏井千本桜のことを覚えていないと思ったら、それもそのはず。私がいた頃は存在しなかったものらしい。故郷を離れて約10年後の昭和50(1975)年4月に植樹し、現在に至っている桜並木とのことだ。昭和47(1972)年3月夏井農業構造改善事業により、河川堤防が完成したのを記念したと立て札に書かれていた。
河川沿いに植えられていて川風が吹くからだろう。かなり開花時期が遅く、私が行った4月24日にちょうど見頃という感じだった。

磐越東線の踏切越しに千本桜を眺める
夏井千本桜_1
長閑な農地で、鯉のぼりも気持ちよさそうだ
夏井千本桜_2
夏井千本桜_3
こんな風に農地が整備されたようだ
夏井千本桜_4
夏井千本桜_5
夏井千本桜_6
夏井千本桜_7
夏井千本桜_8
夏井千本桜_9
夏井千本桜_10
夏井千本桜_11
夏井千本桜_12
次に登場する大釜が見えるが、その先のうっそうとした杜に諏訪神社がある
夏井千本桜_13
夏井千本桜_14

諏訪大釜
土用入り(おそらくは1月中旬の冬の土用入り)の湯花神事に使うものらしい。4年前に諏訪神社に安置されたと書いてあった。まだ、氏子たちが頑張って諏訪神社をもり立てているようだ。
大釜_1
大釜_2

リカちゃんキャッスル
小野小町に代わって、現代の美人のイメージはリカちゃんの方に軍配が上がるのだろうか。この町には、リカちゃんキャッスルがある。爺さん2人連れなので、写真撮影だけで失礼した。
リカちゃんキャッスル_1

 

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