散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

お正月の縁起物ほか

お正月の縁起物の凧
先日羽子板を買い求めたときにおまけでもらった凧。伊豆の孫たちに送ることにした。実際に空に揚げるとなると、洋凧のほうが揚げやすいのかもしれない。しかし、飾っておくならは、こちらの方が情緒があっていいなあと思う。
凧_1
凧_2

一富士二鷹
まずは富士山
ちょっと遠いがこれでも一応は富士山の姿だ。我慢してみていただきたい。
羽田空港から見た富士山

次は鷹
お正月に縁起の良い夢を見たいものだ。一応はハリスホークも鷹だ。私もこんな勇姿を見せてみたいものだ。
ハリスホーク

 

年末の街角の様子(5)

恵比寿駅前(12月28日撮影)その2

恵比寿神社
今年が無事終わりそうなことを感謝しつつ、お参りした
恵比寿神社_1
恵比寿神社_2
恵比寿神社_3
ハイカラな入り口
何のお店だろうか。随分ハイカラな感じで、店名の通りだ。
ハイカラな入り口
元気なジョギング集団
格好はやたらに良い。どのくらいの速さで走ることが出来るのだろうか。今のところ、私は時速2.5km程度でしか歩けず、健康体であることの重要性を思い知らされている最中だ。来年はたくさん歩き回りたいものだ。
元気なジョギング集団_1
元気なジョギング集団_2
元気なジョギング集団_3
元気なジョギング集団_4
元気なジョギング集団_5

 

年末の街角の様子(4)

恵比寿駅前(12月28日撮影)その1

でっかい街灯
花菖蒲をイメージしたものだろうか。相当に大きく目立つ。
でっかい街灯
注連飾り売り
幼い子もお店番かな。全部、捌けるといいね。
注連飾り売り
お花屋さんの店先
大掃除して出来た空間に置くようなものや玄関先を飾るものなどが並んでいた
お花屋さんの店先_1
お花屋さんの店先_2
お花屋さんの店先_3
誰をイメージしたのかなあ
ひねた感じだが、桃太郎さんだろうか?まさか岡山じゃあるまいし。やっぱりゑびす様のようだ。
誰をイメージしたのかなあ
ハーレーダビッドソンを扱う店の前の歩道上で
そんなに大きく見えないが1200と書いてあるところを見ると1200ccなのだろうか
ハーレーダビッドソン_1
こちらは威風堂々たるものだ
ハーレーダビッドソン_2

 

年末の街角の様子(3)

恵比寿駅前(12月25日撮影)

いつもは代官山駅から歩くのだが、足が痛かったので目的地までそれほど歩かないで済むメトロ日比谷線の恵比寿駅を利用した。見慣れた景色ではあるが、恵比寿駅前から見ると、いつも駒沢通りから見るものと景色が違って見えた。
本来ならば、恵比寿ガーデンプレイスにも行ってみたいところだが、足が痛くてそれどころではなく断念した。


いつの間にか大都会の駅前という感じになった恵比寿駅前。恵比寿ビールの地元だから恵比寿駅になり、その後地名も恵比寿になっていった。街行く人たちは寒いのか、みな急ぎ足。イチョウの木はみな元気で、まだ葉をたくさんつけたままだった。
恵比寿駅前_1
恵比寿駅前_2
こんなものもある。元首相三木武夫氏の揮毫なんだ。私も恵比寿様のような誰からも愛される人物になりたいものだが、角がありすぎて…。
恵比寿様
こんな飾りもあった。このとき初めて気が付いた。
こんな飾りも
ちょっと洒落た公衆トイレ。しょっちゅう清掃しているので、内部もかなり綺麗だ。
ちょっと洒落た公衆トイレ
渋谷川に架かる渋谷橋の一角に、もう桜が咲き出していた。十月桜ではなく、超早咲きの桜だと思う。
もう桜が咲き出していた_1
もう桜が咲き出していた_2
早くも正月の飾りをした店も
早くも正月の飾りをした店も
これから正月用のお飾りを売るんだろう。いよいよ年の瀬なんだ。
これから正月用のお飾りを売るんだろう

 

クリスマス直前の横浜元町商店街(3)

『アノインテッド・マス・クワイアー クリスマス・ゴスペル・ライブ』
15:00からと17:00からとの2回、ここで行われる。そのリハーサル。本番まで待てばよいようなものだが、1時間以上ある。痛い足でそんなには待てないので、リハーサル風景をスナップさせてもらった。
クリスマス・ゴスペル・ライブ_1
クリスマス・ゴスペル・ライブ_2
クリスマス・ゴスペル・ライブ_3
クリスマス・ゴスペル・ライブ_4
クリスマス・ゴスペル・ライブ_5
クリスマス・ゴスペル・ライブ_6
クリスマス・ゴスペル・ライブ_7
クリスマス・ゴスペル・ライブ_8

 

クリスマス直前の横浜元町商店街(2)

交差する横丁にはこんな飾りが
夜になるとキラキラはかなげに輝くのだろう
交差する横丁にはこんな飾りが_1
交差する横丁にはこんな飾りが_2
おお、ここにもGODIVAがあったんだ。気が付かずに済んで良かった。
交差する横丁にはこんな飾りが_3
ワンちゃんご一行
前からの評価をしないことにしよう。あえて後姿にしたのだから。
ワンちゃんご一行_1
こちらの方がエレガントだったかな
ワンちゃんご一行_2
『MOTOMACHI UNION』
洒落た高級スーパーマーケットだ。高校生の頃の憧れの店だった。
『MOTOMACHI UNION』_1
『MOTOMACHI UNION』_2
『(有)荒井鈑金製作所』
元町でこの看板を見たら、誰しも驚くと思う。
キッチンツール・テーブルウェアを中心に、銅製品、陶器、南部鉄器、ホーロー製品、ワイングラス、コーヒーミル、その他、ちょっとした小物まで幅広く取り扱っているようだ。さらに、自社でステンレス鈑金加工をおこなっていて、オーダーメードの流し台やレンジフード、キッチンラックなどの製作承りのほか、設置などもおこなっているとのこと。
看板に偽りは無いものの、私がイメージする板金屋さんとはグレードが大違いだったようだ。

『(有)荒井鈑金製作所』_1
『(有)荒井鈑金製作所』_2
『松下信平商店』
こんなかわいい椅子もあった。
『松下信平商店』

 

クリスマスイブの子供ミサ

今年のカトリック碑文谷教会のクリスマスイブのミサは、16時、18時、20時、22時、24時の5回あるようだ。そんなにミサに参加しようとする人が多いんだ。
その内から、孫の都合で16時からの子供ミサに与かった。ミサの最中の写真撮影は遠慮したので、ミサ前後の写真のみだ。


聖堂の外
カトリック碑文谷教会(通称サレジオ教会)の聖堂
カトリック碑文谷教会(通称サレジオ教会)の聖堂
お決まりの飾り物
お決まりの飾り物

ミサ開始前の様子
おとなしくミサ開始を待つ
おとなしくミサ開始を待つ
開始まで20分以上あるのに早くも詰め掛けている
開始まで20分以上あるのに早くも詰め掛けている_1
開始まで20分以上あるのに早くも詰め掛けている_2
聖堂の正面の様子
聖堂の正面の様子_1
聖堂の正面の様子_2
倉橋神父
もう33年もボリビアで宣教を続けている。世界の最貧国といわれるボリビアでの宣教は資金的な困難さが常に付きまとう。我々も出来る範囲で支援を続けている。
その倉橋神父がこの子供ミサの主司式を執り行った。子供も大人も飽きさせない見事な司式だった。

倉橋神父
クリスマスミサに一番相応しいステンドグラスの絵
東方の3博士がお祝いに駆けつけたのは1月6日のことで、クリスマスの日にはお祝いなど何も無かった。ということで、スペインの子供たちは、クリスマスのプレゼントは無く、1月6日にプレゼントをもらうんだそうだ。そう倉橋神父がミサの説教で言っていた。
クリスマスミサに一番相応しいステンドグラスの絵
星美学園小学校の聖歌隊
18時からのミサが本番のようで、ちょっと練習したのみだった
星美学園小学校の聖歌隊_1
星美学園小学校の聖歌隊_2
待者がろうそくに火をともしている。まもなくミサが始まる。
待者がろうそくに火をともしている_1
待者がろうそくに火をともしている_2
待者がろうそくに火をともしている_3

ミサ
写真なし

ミサ終了後の様子
正面はこんなふうに飾られていた
正面はこんなふうに飾られていた
超満員の参加者もあらかた退場した
超満員の参加者もあらかた退場した
クリスマスショップ
クリスマスショップ_1
クリスマスショップ_2

 

クリスマス直前の横浜元町商店街(1) 2013.12.24 08:08追記

元町商店街の入り口付近
元町商店街の海側にあるモニュメント『フェニックスアーチ』。元町商店街の両端にあるウェルカムゲートで商店街の目印となっている。1985年に建立、アーチの高さは10.5m。『翔べ光の中へ』という意味があるそうだ。
元町商店街の海側にあるモニュメント
こんなフラワーポットが随所に。見事なアレンジぶりだ。
フラワーポット
こんな飾り物も。夜になると幻想的に輝くのだろう。
こんな飾り物も
だんだん中央部に向かっていく。道行く人もそれなりにおしゃれをしてきているようだ。
だんだん中央部に向かっていく
『STAR JEWELRY』
名物のサンタさんは、今年も健在なようだ。良く考えた飾りだと感心してしまう。
『STAR JERWELRY』_1
『STAR JERWELRY』_2
『ザ・ポピー 元町店』
雰囲気のある男性衣料品専門店。ドイツ風の店構えはシックだ。いわゆる『ハマトラ』の店だ。三島由紀夫の小説『午後の曳航』で主人公の母親が経営する高級洋品店のモデルになったそうだ。
『ザ・ポピー 元町店』_1
『ザ・ポピー 元町店』_2
『革専科 ヒロキ 元町店』
なんといってもディスプレイが秀逸だ。見る気は無くとも目が追いかけてしまう。売りはこのディスプレイだけではなさそうだ。
『革専科 ヒロキ 元町店』_1
『革専科 ヒロキ 元町店』_2
気になったカリオン
『チャーミーたなか』のものだ。平成14年12月の完成だそうで、カリヨン12鐘と、3面の塔時計の構成になっている。奏でる曲は『赤い靴』。
気になったカリオン_1
気になったカリオン_2

 

ベランダから見た景色

足が痛くて、少なくともあと何日かは外出がままならない。仕方が無いので、ベランダから見た景色を撮って暇つぶしをした。

少し先に見えるのは武蔵小杉の超高層マンション群。川向こうの大したことの無い町なんていうふうに考えてはいけないほど、あっという間に大きな町に発展した。これと東京タワーの画像は、300mmの望遠を使ってみた。それなりに見えるものだ。
武蔵小杉の超高層マンション群
立源寺のケヤキ林。下から見ても高いと思ったが、上から見ても結構目立つ高さなんだ。王さんの自宅の方角は左手前くらいかな。
立源寺のケヤキ林
駅前の電線等の共同溝化工事はとっくに終了した。確かにゴチャゴチャした電線等の数は激減した。路面に縞が入っているのもその証だ。でも、なかなか電信柱がなくならない。不思議なことだ。
駅前の様子
そこそこの高さはあるが、超高層というより馬の背になっている環7沿いの高いところに建つマンション。視界を大きく妨げている。
環7沿いの高いところに建つマンション
東京タワーは良く見えなくなってしまった。屋上からはもう少し見えるかもしれないが、今の私の足では上がることができない。
東京タワー
中根公園のケヤキ林。というか、もともとは大地主岡田家の屋敷林だったものだ。われわれには想像できないほどの大金持ちのようだ。
中根公園のケヤキ林

 

初めてのお酒のない忘年食事会

忘年会の前にはウコンのドリンクなどを飲んで、それなりに備えていくのだが、今回は勝手が違った。
アルコール無しの食事会。お店の人に恐縮な感じがしないでもなかったが、私一人だけぐいぐい呑むわけにもいかず、結局我慢してしまった。
お酒で流し込むようなことをしないと、必然的にゆっくり食べることになるようで、それなりに満腹感があるものなんだ。
アルコール無しの食事会_1
アルコール無しの食事会_2
アルコール無しの食事会_3
アルコール無しの食事会_4
アルコール無しの食事会_5
アルコール無しの食事会_6

 

年末の街角の様子(2)

都立大学にて

既に『東京都立大学』は『首都大学東京』と大学名称を変更しているが、『東京都立大学』と称していた頃に、大学の本部が東横線の都立大学駅近くにあり、その近辺を一般的に『都立大学』と呼ぶことが多い。その都立大学辺りの様子。

前日の恵比寿同様、イチョウの落葉が目立ったが、日当たりのよいところでそうでないところでは、随分差があった。
こんなに落葉時期が違うものかといまさらながら驚いた
随分差があった落葉ぶり
だいぶ疲れてきた感じだが、ランタナも咲いていた
結構花の時期が長いものだが、さすがにもう終わりだろう。花弁がしみたような感じになってきた。
ランタナももう終わりだろう
立源寺のケヤキ林
近所の日蓮宗の古刹。お会式の常連さんだ。
立源寺のケヤキ林_1
立源寺のケヤキ林_2
東工大
こんなに近くに名門大学があるのに、我が家は誰一人としてお世話にならなかった。理科系の才能が無い家系なのかなあ。
東工大_1
東工大_2
東工大_3

 

年末の街角の様子(1)

恵比寿にて

今年の木枯らし一号は東京は11日(水)に吹いた様だ。その日は忘年会で帰り汗だくになるといけないと思い、ちょいと薄着で出かけたが、強風が吹きまくり非常に後悔した。だけど、呑んでいるうちに何がなんだかわからなくなり、帰り道は大汗をかきながら帰還した。
私としては今年の木枯らし1号は13日(金)じゃないかと思っていた。13日の金曜日なんて縁起の良くない日なのを、天気も知ってか知らずか、強風が吹き荒れた。イチョウの葉がこそぎ落とされるように落ち、歩道上を舞っていた。
木枯らし二号にさいなまれるイチョウ_1
木枯らし二号にさいなまれるイチョウ_2
木枯らし二号にさいなまれるイチョウ_3
木枯らし二号にさいなまれるイチョウ_4
一足先に坊主頭になっていた桜並木
一足先に坊主頭になっていた桜並木

凄い車両に乗っている人たちがいるんだ
凄い車両に_1
凄い車両に_2

 

代官山駅前の様子

左の太腿がやや不調のままなので、患部に負担をかけない程度にぶらぶら歩きを楽しむべく、ほんの少しだけ代官山駅前を歩いた。昨18日は、一日中どんよりとしていてもの凄く寒い一日だった。その所為で若干暗い印象を与えるかもしれないが、決して代官山の印象が暗いわけではない。

近隣では一番の高層マンション『代官山アドレスザ・タワー』
かつて存在した旧同潤会アパート36棟などの建替え、再開発によって建設された。旧同潤会アパートは凄い立地が良かったんだなあ。
代官山アドレスザ・タワー
跨線橋から見た様子
安全のため塀が高くなっていて、案外見通しは良くない。加えて、東横線地下化工事の後片付けも住んでいないので、それほど美観は良くない。
跨線橋から見た様子
代官山駅に連絡する歩道橋
こちらの歩道橋はつり橋になっているようで僅かに揺れる。怖がりの私には気分の良いものではない。
代官山駅に連絡する歩道橋_1
代官山駅に連絡する歩道橋_2
代官山駅に連絡する歩道橋_3
代官山駅に連絡する歩道橋_4
洒落た店を幾つか
さすがに垢抜けしている
洒落た店を幾つか_1
洒落た店を幾つか_2
洒落た店を幾つか_3
洒落た店を幾つか_4
洒落た店を幾つか_5
洒落た店を幾つか_6
洒落た店を幾つか_7
洒落た店を幾つか_8
洒落た店を幾つか_9
洒落た店を幾つか_10
歩道橋から見た様子
跨線橋から見たビルが見えるが、こちらから見たほうが洒落て見える。占いの館もあるんだ。
歩道橋から見た様子

 

羽子板

妻が浅草の羽子板市で同居の2人の孫娘たちに羽子板を買ってきた。
発熱中で本来はおとなしくしていなければいけないのに、少しの間もじっとしていない孫たち。せっかくの羽子板にもあまり興味を示さない。
羽子板は予想していたよりも綺麗な感じだ。去年も買い求めた筈なのに、記憶に残っていないぞ。(^_^;)
羽子板は彼女たちの記憶に残るのだろうか。

羽子板_1
羽子板_2
羽子板_3
羽子板_4
羽子板_5

 

年末の自由が丘(6)

カトレア通り
ちょっと気になるカトレア通りを歩いて見る

ここだけヴェネツィア
自由が丘のヴェニスといわれるラ・ヴィータという商業施設がある。ヴェニスが大好きな人にはこんなもののどこがヴェニスなんだと叱られてしまうかもしれないが、狭い敷地に良くぞこんなものを作ったものだ。
ラ・ヴィータ_1
ラ・ヴィータ_2
ラ・ヴィータ_3
ラ・ヴィータ_4
その反対側もちょっとした雰囲気がある建物だ。リニューアルしているようだ。
ラ・ヴィータの反対側の建物_1
ラ・ヴィータの反対側の建物_2
ラ・ヴィータの反対側の建物_3

古民家カフェ 古桑庵
こちらも人気の甘味どころのようだ。古民家といっても、少し古い程度の民家を改造した店舗の様だ。
古民家カフェ 古桑庵

クラゲストア自由が丘
イタリアンのお店のようだ。なんか華やかな感じ。
クラゲストア自由が丘_1
クラゲストア自由が丘_2

PG GAUZE
ガーゼの専門店。乳児用などのようだと思い込んでいたのだが、必ずしもそうでもなさそうだ。やさしいガーゼの製品はこの上なく贅沢なものだ。何度か覗いた。
PG GAUZE_1
PG GAUZE_2

以上で『年末の自由が丘』シリーズはおしまいです。最後までお付き合いいただき有難うございました。

 

年末の自由が丘(5)

何故か好きな小路
名前は何というのか知らない。最初の画像側から入ると、終点は駅前ロータリーになる。なかなか雰囲気のある小路で、私の大好きな小路である。
何故か好きな小路_1
何故か好きな小路_2
おじさんの右側に稲毛屋という弁当屋があり、安くてボリュームがあり、なおかつ美味しいので、娘がひいきにしている。確かに美味しいのだ。
何故か好きな小路_3
何故か好きな小路_4
何故か好きな小路_5
何故か好きな小路_6
何故か好きな小路_7
豊川稲荷大明神の鳥居が建っている。祠でもあるのかといつもきょろきょろするのだが、未だに見つけられないでいる。もうなくなってしまったのかもしれない。
何故か好きな小路_8

 

年末の自由が丘(4)

学園通り沿い
ピーコック辺りから目黒通り方面へ少し歩いて見る
総ガラス張りのビル
IDÉEの旗艦店のようだ。凄いけれど、私には用がない。
総ガラス張りのビル_1
総ガラス張りのビル_2
ファミリア
そのビルを左に折れたその先には子供服のファミリアもある。私の子供たちが幼かった頃よく通った店だ。
ファミリア_1
ファミリア_2
next
nextもある。セールのときに孫たちの服を買うべく立ち寄る程度かな。
next_1
next_2
next_3

途中で方向転換
学園通りを進んでも先にはあまりめぼしい店がなさそうなので、右に入る
車のおしゃれ
停めてあった車に皮の覆いがしてあった。冬季のエンジンルームの冷えすぎを防止しているのだろうか。
車のおしゃれ
LUPICIA
LUPICIAは、紅茶の専門店。おしゃれな店だ。若い女性にプレゼントするときなどに候補に考える店だ。
LUPICIA_1
LUPICIA_2

 

年末の自由が丘(3)

自由が丘駅前北口ロータリー側

女神像
女神像で親しまれるこの像の正式名称は「あをぞら」だ。1961年に彫刻家澤田政廣氏の手によって造られた。昔からあったはずなのに、ずーっとその存在に気付かなかった。
女神像_1
女神像_2

年末年始の飾り物
年末年始の飾り物も出来た。女神像のまん前だから、愛を語らなくてはいけないのだろうか。
年末年始の飾り物_1
年末年始の飾り物_2

ロータリーの様子
駅前ロータリーが改善され、車の流れがスムーズになり、歩行者の通行も余裕を持って行うことが出来る感じになった。
ロータリーの様子_1
ロータリーの様子_2
ロータリーの様子_3
ロータリーの様子_4

 

年末の自由が丘(2)

CUOCAとスイーツフォレスト

CUOCA
CUOCAはパン作りに嵌っていた頃、かなり通ったお店。こちらが本店のようだ。パン作りが爺さんの趣味だというと笑われそうだが、1年ほど料理教室に通って一応は一人で作ることが出来るようになった。
いろいろな材料が揃っていて便利だ。材料をチェックして足らないものがあると、ちょいと歩いて買出しに行ったりした。落ち着いたら、またパン作りをしたいものだ。
スイーツフォレストでスイーツを楽しんで、ケーキを作りたくなったなら、便利なことに隣で材料が揃う。まあ、同じレベルのものを作るのは難しいだろうが。

CUOCA_1
CUOCA_2

スイーツフォレスト
CUOCAと隣接して自由が丘スイーツフォレストがある。
こちらは女性に大人気の甘いものの集合したモールになっている。糖尿予備軍に入った家族がいるため、近づく頻度が少なくなってきている。それがちょいと残念。モールに入ったら、買わずに帰る勇気は私には無い。
ここの飾りはいつ見ても楽しい。夢があって好きだ。

スイーツフォレスト_1
スイーツフォレスト_2
スイーツフォレスト_3
スイーツフォレスト_4
スイーツフォレスト_5
スイーツフォレスト_6

 

年末の自由が丘(1)

年末の自由が丘がどんな風なのか気になり、足のリハビリを兼ねてぶらついて見た。まずは、南口から歩き始めた。北口ロータリー側に比べて華やかさが少し足らない感じがしないでもないが、意外にそうでもないのだ。

超有名店が建ち並ぶ
遊歩道沿いに有名店が建ち並ぶ。この遊歩道は目黒区と思う人が多いと思うが、世田谷区奥沢という地名になっている。結構な有名店の店舗が勢ぞろいしていて壮観だ。何も無い隣駅の住民にしてみれば羨ましい限りだ。
>遊歩道沿いに有名店が建ち並ぶ_1
>遊歩道沿いに有名店が建ち並ぶ_2
>遊歩道沿いに有名店が建ち並ぶ_3

なんだかまったりしている人が多い遊歩道
遊歩道沿いはこんな感じ。正式には九品仏川緑道という。そういえば、自由が丘駅は九品仏前駅と称していた時代があったんだ。
遊歩道沿い_1
遊歩道沿い_2
遊歩道沿い_3
遊歩道沿い_4
遊歩道沿い_5

 

朝の横須賀港

朝の横須賀港

日米同居ゾーン
前夜は3艦停泊していた潜水艦の内の1艦は早くも出航したようだ。海上自衛隊の潜水艦ながら停泊は米国基地側に行う。その後方の桟橋には米軍の駆逐艦2艦が見える。
日米同居ゾーン

『ひゅうが』の左にいる『てるづき』が方向転換をして出航する様子
護衛艦『ひゅうが』は、かなり大型で一見すると空母のような体裁をしているが空母ではない。ヘリコプターを最大11機搭載できる能力がある。あのV-22オスプレイ垂直離着陸輸送機も着艦したことがあるそうだ。
その『ひゅうが』と90度の角度で停泊していた今年就役したばかりの護衛艦『てるづき』が出航しようとしている。

『てるづき』が方向転換をして出航する様子_1
大まかに言えば後ろ向きにSの字を描くようにして、方向を転換する。そして、艦首をひゅうがと反対向きにし、出航していく。
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_2
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_3
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_4
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_5
この辺からエンジンの出力を上げ始めたようだ。煙が上がっているのでわかる。
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_6
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_7
タグボートが艦首を強力に押している
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_8
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_9
タグボートが艦首と艦尾とを強力に押す
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_10
タグボートが一旦離れる
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_11
再びひゅうがと90度の角度になったが、瞬間的なもの
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_12
タグボートが再び艦尾を強力に押す
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_13
漸く自力のみで航行できる状態になった
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_14
方向転換完了
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_15
米軍艦船の横を航行する。暫く進むと、横須賀港から出て東京湾の航路に入る。
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_16
『てるづき』が方向転換をして出航する様子_17

日米とも、漸く艦船の数が通常の状態に復したようだ。手薄なときに不測の事態が起きなくてよかった。

 

三島~伊豆の国(4)

広瀬神社
三嶋大社の創建は不詳だが、三宅島(現富賀神社)→下田・白浜海岸(現伊古奈比咩命神社)→大仁町(現広瀬神社)→現在地と遷宮した伝承があるそうだ。その昔はここに三島神社(三嶋大社とは称していなかっただろう)が存在したのかもしれない。社格は県社。
下記のとおり、この神社を見下ろすというより守るかのように葛城山が聳え立っている。奈良の葛城山・広瀬大社と何か共通点があるのか無いのか、凡人の私にはよくわからない。
広瀬神社_1
広瀬神社_2

葛城山
葛城山_1
葛城山_2
葛城山_3
ここにはロープウェイが掛かっている。全長(片道)が1800m、最大高低差は411mだ。葛城山の標高が452mであるから、かなり低いところから一気に上る感じだ。当然富士山、駿河湾、箱根、天城の山々など、360度の大パノラマの風景が広がるそうだ。
私の苦手な急激に高くなる山なので、利用した経験はない。


他にも
狩野川の河原から見ると富士山はこんなふうに見える(2012年3月)
狩野川の河原から見た富士山(2012年3月)
ハンググライダーも飛んでいた
ハンググライダーも飛んでいた
美味しそうな野菜だ。思わずこの場で食べたくなるようなみずみずしさだった。
美味しそうな野菜_1
美味しそうな野菜_2
美味しそうな野菜_3
美味しそうな野菜_4
美味しそうな野菜_5
大仁ホテル
長嶋茂雄が現役の頃のシーズンオフに山籠りをするホテルとして有名だったホテル。その頃は高級ホテルだったようだが、今は路線変更をして大衆向けのホテルに変わっているようだ。どんな急峻なところにあるのかと思いきや、ちょっと小高い丘で、スポーツ新聞などに書かれていたほど、ハードだったのかなあと思う。まあ、やり方次第なんだろうが。
大仁ホテル

 

三島~伊豆の国(3)

富士山
三島市と伊豆の国市とから見た富士山。久しぶりに非常に良く見えた。前回伊豆に行ったときは、山頂部の冠雪が無く非常に寂しい感じだったが、今回はしっかり雪があった。
三島市にて
こんなからくり人形まで出来ていた
こんなからくり人形まで出来ていた
障害物が多くて、街中からはすっきりとは見えなかった
富士山_1
富士山_2
富士山_3
伊豆の国市にて
こちらは割とよく見えたが、少しだけ遠い感じ。狩野川の河川敷からは最高に良く見えるのだが、あいにく足がかなり痛かったので、ほんの僅かの距離を歩いていくことが出来なかった。残念。
富士山_4
富士山_5
富士山_6

駿豆線
駿豆線(すんずせん)は、静岡県三島市の三島駅から伊豆市の修善寺駅までとを結ぶ伊豆箱根鉄道の鉄道路線。昔は駿河国をも一部走っていたようだが、今は伊豆国のみの路線。伊豆半島の請願を中ほどまで走る単線の路線。
沿線には、韮山の反射炉、伊豆長岡温泉、修善寺温泉などがある。

駿豆線_1
駿豆線_2

 

三島~伊豆の国(2)

三嶋大社(2)

御殿
①-⑪平成12年に重要文化財指定を受けた本殿(ほんでん)・幣殿(へいでん)・拝殿(はいでん)。三嶋大社では、本殿・幣殿・拝殿を総じて『御殿』と称している。建てられた時期が幕末だったからか、屋根はすべて銅版葺きだ。樹皮葺きなどを望むのは無理だったのだろうか。
本殿を流造りとする複合社殿。奥から本殿・幣殿・拝殿。総欅素木造り(そうけやきしらきづくり)。嘉永7年(1854)11月4日の東海地震で罹災し、その後再建された社殿。時の神主矢田部盛治の指揮のもと、全国にて再建のための勧進を行い、慶応2年(1866)9月9日、本殿・幣殿・拝殿の落成をみました。境内の主要建造物はこの時全て再建され、明治元年(1868)にかけて随時落成しました。
社殿彫刻は、当代の名工小沢半兵衛・小沢希道親子とその門弟のほか、後藤芳冶良らによるもの。社殿彫刻としては高い完成度と美術的価値をもちます。

御殿_1
御殿_2
御殿_3
御殿_4
御殿_5
御殿_6
御殿_7
御殿_8
御殿_9
御殿_10
御殿_11

国の天然記念物の指定を受けた金木犀
⑫-⑬樹齢1200年を超える古木とは畏れ入る。薄黄木犀ということは、厳密には金木犀ではないのかもしれないが、学者ではないので、こだわらないでおこう。少し花の色が淡い感じだし、よく枝分かれしているし、素人にも種が若干違う感じはしないでもなかったが、…。
⑫のみFree画像を借用
国の天然記念物の指定を受けた金木犀_1
国の天然記念物の指定を受けた金木犀_2
昭和9年5月1日、文部省告示第181号により、文部大臣から国の天然記念物の指定を受けました。
学名は薄黄木犀(うすきもくせい)。薄い黄色の花をつけ、甘い芳香が特徴です。
樹齢は1200年を越えると推定される巨木で、現在もっとも古く、かつ大きなモクセイとして知られています。
円形に広がり、地面に届くほど垂れている枝先がこの木の生きた歳月の長さを物語っています。
薄黄色で可憐な花は甘い芳香を発し、それは神社付近はもちろん遠方までにおよび、時には2里(約8キロ)先まで届いたと伝えられています。
9月上旬より中旬にかけ、黄金色の花を全枝につけ、再び9月下旬より10月上旬にかけて満開になります。


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摂社・若宮神社
⑭社殿の左手に位置する。『古くは八幡宮・若宮八幡宮または若宮社等と呼ばれた。ご祭神は、物忌奈乃命(三嶋大神の御子神)・誉田別命(応神天皇)・神功皇后・妃大神を祀る社である』と記されている。
摂社・若宮神社
三嶋大社の創建については、面白い伝承が残っている。それと関連するので、ここに紹介する。

大社の現在地には譽田別命(ほんだわけのみこと・第十五代応神天皇)を祀った若宮神社があった。この地にやって来た三島明神が「藁一束分の土地を譲ってくれ」と頼んだため、その程度なら構わないと考えて承諾すると、三島明神は束を解き藁をつなげて広大な土地を囲ってしまった。そのため追い出された若宮八幡は1km以上離れた現在の西若町に移転を余儀なくされ、腹を立てて大社に背を向け社殿を構えた。
これが三島市西若町の境外摂社若宮神社であり、1kmほど離れているようだ。

摂社・見目神社
⑮若宮神社と同じく、本社と最も関係の深い社で摂社という。御祭神は三嶋大社の后神六柱を祀る』と記されている。
后神は、波布比賣命、久爾都比咩命、伊賀牟比咩命、佐伎多麻比咩命、伊波乃比咩命、優波夷命だそうだ。

摂社・見目神社

境内左手の境内社(末社)
⑯大楠社(大楠神)、天神社(瓊瓊杵尊)、聖神社(聖神)、第三社(第三王子)、幸神社(猿田彦神)。特に案内板がなく、寂しい扱いだ。
境内左手の境内社(末社)

境内右手の境内社(末社)
⑰小楠社(小楠神)、第二社(第二王子)、酒神社(豊受比賣神)、飯神社(保食神)、船寄社(鹽土老翁)。こちらも同様に案内板がなく、寂しい扱いだ。
境内右手の境内社(末社)

 

三島~伊豆の国(1)

三嶋大社(1)
静岡県三島市には、流刑時代の源頼朝が崇敬し、源氏再興を祈願した三嶋大社がある。旧社格は官幣大社。市名もこの大社の名前に由来する。
神社社屋は、1854年(嘉永7年)11月4日の東海地震で罹災して壊滅的打撃を蒙った。全国から修復のための基金を集め、1866年(慶応2年)9月9日、本殿・幣殿・拝殿の落成を見た。境内の主要建造物はこのときすべて再建され、1868年(明治元年)にかけて随時落成した。
歴史を誇る神社でありながら、建物が比較的新しいのはそのためである。総門建築中の1930年(昭和5年)にも、北伊豆地震に見舞われた。他の寺社で不幸にも建物が滅失するのは、火事による焼失が殆どだが、三嶋大社の場合は事情を異にする。地震に対する警戒心が強い土地であるのは、こうした事情があるからのようだ。

総門
外構えの門で、昭和6年竣工。昭和の神社建築の代表的建物の一つに数えられ、格調の高さは有名なようだ。
総門_1
総門_2
総門_3

神門
寺院の山門に対して神社では神門。総門の内側にある。ここから先は、神聖な区域に入る。
唐破風になっているから唐門というのかと思ったら、ごく普通に神門と称しているようだ。1867年(慶応3年)竣工。私はこの唐破風が何故か大好きで、いつも真剣に見入ってしまう。

神門_1
神門_2
神門_3

舞殿
古くは祓殿と呼ばれ、神楽祈祷を行ったが、後には主として舞を奉納したので、舞殿と呼ばれるようになった。現在は舞のほか、田打ち神事、豆撒き神事などの神事、祈祷・結婚式なども行う。今回はお日柄が良くなかったようで、結婚式はなかったが、前回行ったときにはかなり賑わっていた。
御殿と同じ年の竣工だが、御殿は国の重要文化財に指定され、こちらは指定されていない。その扱いの違いは何なのだろうか。1930年(昭和5年)の北伊豆地震の被災で一部改修を加えたからだろうか。
御殿の手前、舞殿には、「二十四孝」という中国に伝わる親孝行のお話を題材にした彫刻が巡らされています。この二十四孝というのは、今からおよそ700年ほど前、中国の元の時代に郭居業がまとめた物語です。
「欄間」と、その上の「小壁」に1話ずつ。1面に3組6話を配し、四方で24話が彫られています。

舞殿_1
舞殿_2
舞殿_3
舞殿と御殿(三嶋大社では、本殿・幣殿・拝殿を総じて『御殿』と称している…国指定の重要文化財)
舞殿と御殿

 

中華街(2)

『茘香尊(ライシャンソン)本店』という名の店で、少し遅めの昼食を食べた。恥ずかしながら書くことも読むことも出来ない漢字だ。客を外観で圧倒するような店構えではない。家族で営む店のようだ。創業23年で、広東料理をベースとしたお料理を出すようだ。
茘香尊(ライシャンソン)本店

まずは生ビールでのどを潤した
まずは生ビールで
以下、料理はすべて2人前。見ればわかると思うので、細かい説明は省く。撮り漏らしがあったかもしれない。
コース料理_1
コース料理_2
コース料理_3
コース料理_4
コース料理_5
少しペースを変えるべく、紹興酒を頼んだ。これは私一人用。
少しペースを変えるべく、紹興酒を
コース料理_6
コース料理_7
コース料理_8
コース料理_9

美味しかった。大喰らいの私だが、少々おなかがきつくなった。夕食を軽めにしたのはいうまでもない。

 

中華街(1)

中華街には昼食を食べに行ったのだが、少し時間があったので、ちょっとだけぶらぶらして見た。が、人通りが意外に多くてのんびり歩くわけにも行かなかったので、お願いして予約時間前に店に入った。そのほんのちょっとのときの様子と以前に撮った写真をご覧いただく。

牌楼(パイロウ)
横浜中華街には「牌楼(パイロウ)」と呼ばれる門が10基あり、特に街の東南西北(東西南北ではない)にある4つの門には、それぞれの方位を司るとされる神獣と色がデザインされ、街を見守ってくれているそうだ。
中華街の道は周辺の道路に対して45度ほどずれていて、門の位置は東南西北の位置にあるとのことだが、ずれているがゆえに観光客は迷う可能性ありの道だ。

東/朝陽門(チョウヨウモン)
山下公園側にある。2003年2月1日に立派な牌楼が落成し、中華街で最大の門となった。みなとみらい線の元町・中華街駅からは、この牌楼を通って中華街へ入ることになる。私はみなとみらい線と繋がっている東横線の沿線に住んでいるので、この門から入ることにしている。
日の出を迎える門。朝日が街全体を覆い繁栄をもたらす。守護神は青龍神。色は青。
東/朝陽門(チョウヨウモン)

南/朱雀門(スザクモン)
厄災をはらい、大いなる福を招く。守護神は朱雀神。色は赤。
※元町側にあります。元町と中華街の行き来はここが便利。

南/朱雀門(スザクモン)_1
南/朱雀門(スザクモン)_2

西/延平門(エンペイモン)
西/延平門(エンペイモン)
平和と平安のやすらぎが末永く続くことを願う。守護神は白虎神。色は白。
※JR石川町駅から来ると2つ目の門になります。


北/玄武門(ゲンブモン)
北/玄武門(ゲンブモン)
子孫の繁栄をもたらす。守護神は玄武神。色は黒。
※横浜スタジアムへの行き来はここからがグッド。


善隣門
かなりの方がご存知の門だろう。1955年(昭和30年)には中華街大通りの入り口に「牌楼門」が建てられ、牌楼(門)の上「中華街」と書かれた。それで、それまでは南京町と呼ばれていたこの街が次第に「中華街」と呼ばれるようになったそうだ。
牌楼門は1989年(平成元年)に建替えられ「親仁善隣」を掲げる現在の「善隣門」となったそうだが、注意してみていたわけではなかったので、変わったような気がする程度の認識しかない。

善隣門_1
善隣門_2

このほかに
西陽門(セイヨウモン)
天長門・地久門(テンチョウモン・チキュウモン)
天長門(テンチョウモン)
市場通り門(2基)(イチバドオリモン)
がある。



馬祖廟 (天后宮)
馬祖廟 (天后宮)
媽祖は当初、航海など海に携わる事柄に利益があるとされ、福建省、潮州など中国南部の沿岸地方で特に信仰を集めていたが、時代が下るにつれ、次第に万物に利益がある神と考えられるようになった。歴代の皇帝からも媽祖は信奉され、元世祖の代(1281年)には護國明著天妃に、清代康熙23年(1684年)には天后に封じられた。媽祖を祀った廟が「天妃宮」、「天后宮」などとも呼ばれるのはこれが由縁である。 媽祖信仰は、福建省・潮州の商人が活動した沿海部一帯に広まり、東北の瀋陽や、華北の天津、煙台、青島をはじめとする多くの港町に媽祖廟が建てられた。
會芳亭
いまは、山下町公園とその東屋に過ぎないが、明治の初め頃、ここには『會芳楼』があった。
幕末・明治の初年に横浜で暮らす中国人は1000人あまり。その中の有力者、韋香圃(いかほ)が明治3年(1870)頃、居留地135番地、現在の山下町公園所在地に開いたのが會芳楼である。
會芳亭

中華街大通りの様子
週明け月曜の昼過ぎだというのに、人通りがかなり多い。
中華街大通りの様子_1
中華街大通りの様子_2
中華街大通りの様子_3
こんなものもある
こんなものもある

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くまモンだ

研究社の会議室で講習会を受けた帰り道、東京理科大の近代科学資料館前で人だかりがしていた。物見高い私も何事かと覗いてみた。
『坊ちゃん&マドンナちゃん』は東京理科大のイメージキャラクターだったんだ。そうか、『坊ちゃん』の主人公は東京物理学校の卒業生という設定になっていたんだ。それで、理科大がイメージキャラクターにしたのか。
それでも、最後のお見送りのところに出くわしただけだったので、何がなんだかわからない。後で調べたら、下の引用文のとおりだった。

近代科学資料館は、『東京物理学校』という学校名が残った建物なんだ。ずいぶん古い建物のようだが、新しく見える。気になって調べたら、本当に新しい建物で、昔の木造2階建校舎を復元したものだそうだ。

2013/11/21 坊っちゃん・マドンナちゃんがくまモンに出会った!
神楽坂キャンパス近代科学資料館で公開中の企画展「古代文化財の謎を解く」に、熊本県が誇るキャラクター・くまモンが訪問しました。
企画展では、熊本県古墳出土ガラス(熊本県立装飾古墳館より借用展示)」を紹介しており、今回はその縁で訪問が実現。坊っちゃん・マドンナちゃんも資料館に駆けつけ、くまモンと一緒に展示を見学しました。


ということで、展示を見学後のお見送りなのか
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くまモンは愛嬌たっぷりで可愛いなあ
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東京理科大イメージキャラクター『坊ちゃん&マドンナちゃん』公式サイトへJUMP

 

横浜の街あるき(4)

アメリカ山公園にて
いつの間にかこんな公園が出来ていた。時々時間潰しにここでぼーっとして過ごすことがある。
アメリカ山公園_1
アメリカ山公園_2
アメリカ山公園_3
アメリカ山公園(アメリカやまこうえん)は、横浜市中区の横浜外国人墓地の北側の斜面とみなとみらい線の元町・中華街駅舎上部(東側改札口および元町口)とを一体的に整備した全国初の立体都市公園である。横浜市が開港150周年となる2009年(平成21年)8月7日に一部開園した。公園面積は約0.6ha。

元町にて
何とも楽しいディスプレイだ。年が明けたら別のディスプレイに代えるのだろうか。取り外すのがもったいない感じだ。
何とも楽しいディスプレイ
神輿の飾りではないので違えないように
神輿の飾りではない

シドモア桜
昨2012(平成24)年は、1912年に日本から米国ワシントンDCに友好・親善のため桜が寄贈されて100年となる。
桜が植えられたポトマック河畔一帯は、その後世界的な桜の名所になった。桜の寄贈を提唱し、植樹実現に大きな貢献をしたのは、かつて横浜に滞在した米国人紀行作家のエライザ・R・シドモア女史だそうだ。シドモアさんは現在、横浜外国人墓地に眠っている。
1991年、ポトマック桜が里帰りし、墓前に移植されたそうだ。この桜の木は、そのDNAを受け継ぐ木だそうだ。

シドモア桜_1
シドモア桜_2

 

軍港めぐり(4)

海上自衛隊基地側(2)

海上自衛隊 海洋観測艦 AGS-5104 わかさ
ふたみ型海洋観測艦の2番艦
海洋観測艦 AGS-5104 わかさ_1
free画像を使用
海洋観測艦 AGS-5104 わかさ_2

こちら(艦籍番号表示がない艦船)は除籍の護衛艦
現役時代は、護衛艦『DD-125さわゆき』だったとすると、最終配属先 : 護衛艦隊第11護衛隊 (横須賀) 除籍 2013年04月01日ということになる。
こちらも除籍の護衛艦

海上自衛隊 護衛艦 DD-116 てるづき
代わって投入された最新鋭の護衛艦のようだ。あきづき型護衛艦の2番艦。
護衛艦 DD-101 むらさめ
『てるづき』と並んで停泊している。むらさめ型護衛艦の1番艦。
護衛艦てるづき_護衛艦むらさめ_1
護衛艦てるづき_護衛艦むらさめ_2
護衛艦てるづき_護衛艦むらさめ_3
護衛艦てるづき_護衛艦むらさめ_4
free画像を使用…てるづきと同じあきづき型護衛艦
護衛艦てるづき_護衛艦むらさめ_5
左から、『むらさめ』、『てるづき』、除籍艦「さわゆき」、『わかさ』の順んで並んでいる。
護衛艦てるづき_護衛艦むらさめ_除籍艦「さわゆき」_海洋観測艦『わかさ』

水中処分母船YDT03
水中処分隊(機雷・不発弾・水中の爆発物処理・危険な潜水作業を行うダイバーの部隊)の業務支援を行う母船
水中処分母船YDT03

海上自衛隊の迎賓艇(公式種別は「特務艇」) ASY-91 はしだて
一度乗艇してみたいものだが、無理だろう。
迎賓艇 ASY-91 はしだて

以上で日米の艦艇は全部だった。一部艦船がフィリピンの台風30号被災地の支援に参加している。そのことを勘案しても、異常に少ない感じは否めない。

 

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