散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

スペイン巡礼旅行15-1

サンチャゴ・デ・コンポステラでの滞在2日目

ホテルの周りを散歩した
このとき、08:05頃…何度も書いたが、サマータイムとスペインの標準時の設定に大きな無理があるのとで、日本の感覚で言えば、05:05頃に相当する。薄暗いのは当然だ。
ホテル前にて_1
ホテル前にて_2
馬さんの水飲み場かな
馬さんの水飲み場
信号がユニークだった。青信号の残り時間が表示され、残り秒数が少なくなると、人形が小走り状態になる。そしてほどなく黄色信号に。見ていると結構楽しいのだが、かなり時間は短かめだ。年寄りには厳しいのでは(私自身は壮年のつもり)。
まだ夜があけきれていない感じだ。 このとき、08:08頃
信号がユニークだった_1
信号がユニークだった_2
信号がユニークだった_3
信号がユニークだった_4
信号がユニークだった_5
早朝にサンチャゴ・デ・コンポステラをあとにする人たちだろうか。
早朝にサンチャゴ・デ・コンポステラをあとにする人たちだろうか
まだまだ夜があけきれていない感じだ。 このとき、08:11頃
まだ夜があけきれていない感じだ
少し路地を入ってみると、こんな建物があった
少し路地を入ってみると、こんな建物があった_1
少し路地を入ってみると、こんな建物があった_2
その前の道はすぐに行き止まり。こんな構築物があった。この先は崖。ここまでが旧市街だったのだろうか。
その前の道はすぐに行き止まりで、こんな構築物があった
崖下はこんな感じ
崖下はこんな感じ
行き止まりから振り返ってみる。路地に過ぎないはずだが、堂々とした感じだ。
行き止まりから振り返ってみる

ホテルにて
朝食ミニ・バイキングのコーヒーがエスプレッソでないのは、客が自分でエスプレッソ・マシンを操作すると火傷するなどの危険があるから、ドリップ式のコーヒーにしているのだろう。
私は目一杯摂り過ぎかなあ。少し追加でいただきもしたりして、…。

朝食ミニ・バイキング_1
朝食ミニ・バイキング_2
朝食ミニ・バイキング_3
朝食ミニ・バイキング_4
朝食ミニ・バイキング_5
朝食ミニ・バイキング_6
自室に戻ると、窓の外から元気な声が聞こえてきた。付近に小学校があるようだ。
窓の外から元気な声が聞こえてきた
ガイドの佐々木氏からサンチャゴ・デ・コンポステラの成り立ちなどについての説明を受ける。
サンチャゴ・デ・コンポステラの成り立ちなどについての説明を受ける

今日も出陣だ
公設市場を見てから、昼のミサに与る。そこから先は自由行動となり、昼食は解散後、各自でいただく。聖体拝領の1時間前からは食べ物を口にしてはいけないルールがあるので、食事がミサ後になるのは当然のことだ。
先ほど小学生がたむろしていた道を通り過ぎる。
先ほど小学生がたむろしていた道を通り過ぎる
迷子にならないようにガイドのあとを必死についていく。ここはどこだろう。建物は何だろう。見当識がなくなるのが典型的なボケの兆候と言われるが、それに近い感じだ。我ながら情けない。
迷子にならないようにガイドのあとを必死についていく_1
迷子にならないようにガイドのあとを必死についていく_2
迷子にならないようにガイドのあとを必死についていく_3
ガリシア地方で最も歴史のあるサンティアゴ・デ・コンポステーラ大学(USC)の建物。サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学の地学・歴史学部校舎のようだ。
サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学の地学・歴史学部校舎のようだ_1
サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学の地学・歴史学部校舎のようだ_2
サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学の地学・歴史学部校舎のようだ_3
またもやどこだかわからない。金魚の糞のごとくついて行くだけ。情けない限りだ。
またもやどこだかわからない_1
またもやどこだかわからない_2
またもやどこだかわからない_3
この先からが公設市場だと分かるだけだ。情けない限りだ。
またもやどこだかわからない_4

 

スペイン巡礼旅行14-4

ミサに与ったあとは、皆で巡礼の成功の祝杯を上げた

キンタナ広場
カテドラルの裏側(東側)の広場。夏期にはコンサートや様々な催し物が行われる。この時もブラスバンドの演奏が行われていた。 このとき、20:16頃
キンタナ広場_1
キンタナ広場_2

プラテリーア広場
カテドラルの回廊外壁やカサ・ド・カビルドが見える
プラテリーア広場_1
プラテリーア広場_2
プラテリーア広場_3
プラテリーア広場_4
プラテリーア広場_5
プラテリーア広場_6
プラテリーア広場_7

夕食に向かう
いろいろな店があった このとき、20:22頃
夕食に向かう途中のいろいろな店_1
夕食に向かう途中のいろいろな店_2
夕食に向かう途中のいろいろな店_3

我々の夕食=祝杯
肝心の乾杯の瞬間を撮り損ねてしまった。これでは何のための食事なのかわからない。大失敗。
いつもの通り貧乏人のシャンパンを作る
いつもの通り貧乏人のシャンパンを作る
固くて腹にたまるガリシアのパン
固くて腹にたまるガリシアのパン
ふわふわのチーズ
ふわふわのチーズ
ししとうを素揚げしたもの
ししとうを素揚げしたもの
エビの唐揚げ
エビの唐揚げ
生ハム
生ハム
パエージャ失礼、リゾットでしたね
パエージャ

夕食が終わり散会
途中の店先の水槽に入れられていた見事な伊勢エビ、オマール海老など
見事な伊勢エビ、オマール海老など_1
見事な伊勢エビ、オマール海老など_2
街を行き交う人たちには、幸せオーラが溢れている感じ
街を行き交う人たち_1
街を行き交う人たち_2

今宵はここまで。早朝から夜が更けるまで、実に長~~い一日だった。我ら2人以外は、このあと、軽く飲み、締めにカテドラルのライトアップを見てきたようだ。その頃は高鼾をかいていた頃だろう。

 

スペイン巡礼旅行14-3 SCAN画像差替

カテドラルで行われたミサ(サンチャゴ・デ・コンポステラ滞在中の1回目のミサ)に与る
ミサの最中の写真撮影は御法度だが、それ以外は撮影はOK。早速夕方のミサに与るべく、少し早めに出て、事前に聖堂内を見学したあと、着席する。

サンチャゴ・デ・コンポステラ旧市街の地図
はっきりしなくて恐縮だが、サンチャゴ・デ・コンポステラ旧市街の地図だ。目を凝らして見ていただきたい。
旧市街地図
カテドラルの平面図
聖堂内は十字の形になっている。何かと参考にする場面があるので、できればアウトラインだけは把握しておいていただきたい。
色によって建築様式を分けている。例えば、時計塔のような茶色はゴシックというふうに。

大聖堂平面図

聖堂内を見て歩く
十字の横棒右端に当たる部分(プラテリア門)から入った
十字の横棒右端に当たる部分(プラテリア門)から入った_1
ここが祭壇
十字の交差する部分で司祭がミサを司る。また、大香炉が焚かれるときは、ここから両翼に激しく振られる。
祭壇
十字の縦棒の頭の部分(周歩廊というそうだ)に沿って装飾を見て歩く
十字の縦棒の頭の部分に沿って装飾を見て歩く_1
十字の縦棒の頭の部分に沿って装飾を見て歩く_2
十字の縦棒の頭の部分に沿って装飾を見て歩く_3
十字の縦棒の頭の部分に沿って装飾を見て歩く_4
大聖堂内側から見た『聖なる門』
ここを通ることができるのは聖ヤコブ年のみで、当然ながら通ることができなかった。聖ヤコブ年の直近の年は2010年で、次の聖ヤコブ年は2021年だ。
大聖堂内側から見た『聖なる門』_1
大聖堂内側から見た『聖なる門』_2
聖ヤコブの柩を見る
入口の表示は、Sepulcrum Sancti Iacobi Gloriosumとなっていた。『栄光に満ちた聖ヤコブの墓所』というような意味合いのラテン語のようだ。
聖ヤコブの柩_1
聖ヤコブの柩_2
驚く程に小さな柩だ。おそらく、処刑後、折りたたまれた形で中に入れられたのだろう。
聖ヤコブの柩_3
聖ヤコブ像の背中に触れる
2代前の教皇ヨハネ・パウロ二世も行ったそうだ。ご利益があるという日本のそれと同じことのようだ。像の前の部分は祭壇の中央に位置し、ミサ参加者からよく見えるようになっている。つまりここは『舞台裏』なのだ。
聖ヤコブ像の背中に触れる
その出口
その出口
これが大香炉(次回以降に詳しく取り上げる)
これが大香炉

到着当日夜のミサに与るため着席して待つ
最初に出席したミサでは十字の縦棒の下の中程の部分に着席した。つまり祭壇の正面の位置になる。
最初に出席したミサでは十字の縦棒の下の中程の部分に着席した_1
最初に出席したミサでは十字の縦棒の下の中程の部分に着席した_2
最初に出席したミサでは十字の縦棒の下の中程の部分に着席した_3
最初に出席したミサでは十字の縦棒の下の中程の部分に着席した_4
パイプオルガンがものすごい。普通は縦のパイプのみだが、ここのものは横にも突き出している。 19:30頃
パイプオルガン_1
パイプオルガン_2
パイプオルガン_3
パイプオルガン_4
パイプオルガン_5
祭壇
先ほど背中を撫でた聖ヤコブ像も見つめている。聖ヤコブは顔が浅黒かったようだ。 19:32頃
祭壇_1
祭壇_2

ミサの間は撮影禁止だ。ミサに与っている人たちの集中を妨げないようにするためのエチケットだ。カトリック信徒の端くれとしては、守らないわけにはいかない。

今回のミサでは大香炉が振られることはなかったが、次回、次々回ではきちんと行われた。3回のミサ中の2回もそういう場面に遭遇するのは珍しいことのようだ。実に幸運だった。その様子は、後述する。


ミサ終了後
栄光の門
工事中だったし、閉められていたようだった。ここから出たのではなく、プラテリア門から出たような記憶が。 20:12頃
栄光の門

 

スペイン巡礼旅行14-2

巡礼証明書の発行を受ける
とりあえず、巡礼証明書をもらう列に加わる。相当念入りに調べているようで、行列に加わってから、巡礼証明書を受領するまで、1時間以上かかった。 このとき、15:25-16:30頃
巡礼証明書をもらう列に加わる_1
巡礼証明書をもらう列に加わる_2
巡礼証明書をもらう列に加わる_3
巡礼証明書をもらう列に加わる_4
巡礼証明書をもらう列に加わる_5
巡礼証明書をもらう列に加わる_6
巡礼証明書をもらう列に加わる_7
巡礼証明書…画像は借用
巡礼証明書
なんとか全員巡礼証明書をもらうことができた。背中がその喜びを雄弁に物語っている。辛かったのは私だけではなかったようだ。 このとき、16:30頃
全員巡礼証明書をもらうことができた
たった一人で歩いてきたらしい日本人のおじさんと喜びを分かち合う。
日本人のおじさんと喜びを分かち合う

一旦は、ホテルに向かう
ここはスペインで最も古い薬局だそうだ。
スペインで最も古い薬局_1
スペインで最も古い薬局_2
ホテルにチェックインする。同じような時刻にいくつかのパーティーが押しかけたため、かなり待たされた。先客は中高年の自転車での巡礼者たち。私よりも年上のように見えたが、元気なものだ。 このとき、16:43頃
ホテルにチェックイン_1
ホテルにチェックイン_3
ホテルの室内
ホテルの室内_1
ホテルの室内_2

旧市街を散策しながらカテドラルに
ホテルを出て、旧市街を散策しながらカテドラルに向かう。
ホテルを出て、旧市街を散策しながらカテドラルに向かう_1
ホテルを出て、旧市街を散策しながらカテドラルに向かう_2
ホテルを出て、旧市街を散策しながらカテドラルに向かう_3
ホテルを出て、旧市街を散策しながらカテドラルに向かう_4
モロッコの皮革のカバンだそうだ。確かにものすごく安いのだが、すごい臭い。造りもそんなに丁寧ではないらしい。
モロッコの皮革のカバン
この先はスペインで一番狭い路地だそうだ。確かに狭い。お腹がつかえたらどうしようかと真剣に心配してしまった。
この先はスペインで一番狭い路地_1
この先はスペインで一番狭い路地_2
この先はスペインで一番狭い路地_3
この先はスペインで一番狭い路地_4
この先はスペインで一番狭い路地_5
再び普通の道幅の通りに出た。通りを行き交う人たちはすっかりリラックスした様子だ。私たちはこの街にほぼ3日間滞在したが、着いたその日のうちに戻らねばならない人も少なからずいるようだ。翌日から出社なんて、どんなにすごい体力なんだろうか。
再び普通の道幅の通りに出た_1
再び普通の道幅の通りに出た_2
もう祝杯を上げているようだ。ちらとカメラを向けたら、ものすごいいかつい顔のおじさんと顔を合わせてしまった。しまったと思ったが、向こうもそう思ったようだ。見た限りでは、日本の割烹居酒屋さんのあるような大皿が並んでいた。お店が綺麗だし、勘定も高そうだ。 このとき、18:57頃
もう祝杯を上げているようだ
プラテリアス広場(カテドラルの南側)Plaza de las Platerias (South side)
ここがどこだかわからないままに、金魚の糞よろしくガイドの佐々木氏のあとを歩く。建物の名前などは、後で調べようと思っていたのに、帰国後に肝心の詳細な地図を紛失してしまったようだ。大失敗。 このとき、19:02頃
銀製品を販売する多くのアーケード・ショップにちなんで名付けられたこの広場は観光客に関心が高い数多くの歴史ある建物、記念碑を自慢としています。大聖堂のゴシック様式の入口、最初のロマネスク様式の外観の眺めが見えます。また、その他の関心の高い観光名所はこの広場の中央にある19世紀の噴水、18世紀のカビルド家の邸宅、カノニゴ家の邸宅と呼ばれている宮殿が含まれます。
プラテリアス広場(カテドラルの南側)_1
プラテリアス広場(カテドラルの南側)_1
プラテリアス広場(カテドラルの南側)_2
プラテリアス広場に面したカテドラルの回廊外壁だと思う
プラテリアス広場の回廊外壁だと思う
手前がプラテリアス広場の回廊外壁で、奥がカサ・ド・カビルドだと思う
手前がプラテリアス広場の回廊外壁で、奥がカサ・ド・カビルドだと思う
カサ・ド・カビルド…画像を借用。自前の画像は次回以降に使用する予定。
カサ・ド・カビルド
プラテリアス門
すごいものなのだが、足許の物乞いが気になってちょっと集中し損ねたかも。
聖堂の南側には「プラテリアス広場」、階段を上がったところにロマネスク様式で作られた「プラテリアス門」という2連の扉があり、ファサード部分には「最後の審判」のキリストや鬼を踏みつけている聖ヤコブのレリーフを見ることができます。
広場の中央には1829年作の4頭の馬をあしらった青銅の噴水、また、一角には1758年にクレメンテ・フェルナンデス・サレラによってバロック様式で建てられた「カビルドの家(現博物館)」や「デアンの家(同じサレラの作品で現在は巡礼事務所)」があります。

プラテリアス門_1
プラテリアス門_2
プラテリアス門_3
プラテリアス門_4

 

スペイン巡礼旅行14-1

前回の最後に記述した旧市街の北東にあるポルト・ド・カミーノから、セルバンテス広場、カテドラルの北側を通ってオブラドイロ広場に続く道をたどる。実はそこが終点ではなく、一気に巡礼証明書をいただく巡礼事務所に向かう。

サンティアゴ・デ・コンポステーラ市観光局のパンフレットをダウンロード

旧市街へ入る
旧市街に入る このとき、15:08-13頃
旧市街に入る_1
旧市街に入る_2
旧市街に入る_3
旧市街に入る_4
旧市街に入る_5
旧市街に入る_6
アニマス礼拝堂(Capela de Ánimas)
旧市街に入る_7
旧市街に入る_8
旧市街に入る_9
旧市街に入る_10
セルバンテス広場(Praza de Cervantes)
『ドン・キホーテ』の著者セルバンテスにちなんだ広場だ。何度も読もうと思うのだが、未だに読んだことがない『ドン・キホーテ』。セルバンテスの顔をまともに見られないと思ったら、太陽が眩しかっただけのようだ。
旧市街に入る_11
旧市街に入る_12
旧市街に入る_13
旧市街に入る_14

カテドラルを囲むゾーンに入る
サン・マルティン・ピナリオ修道院
ファサードが素晴らしいこの建物の一番上にサン・マルティンが飾られていた。ホスペデリア サン マルティン ピナリオという宿泊施設の案内があったところからすると、今はその一部か全部が巡礼者のための宿泊施設になっているようだ。
2万平方メートルの敷地に立つサン・マルティン・ピナリオ修道院は、サンティアゴ市内の宗教建築では大聖堂に次いで二番目の大きさです。建物のほとんどがバロック様式で、その正面ファサードの幅は100mにも及びます。12世紀に創設された小さな教会を基盤として、17世紀に建てられた修道院ですが、教会部分の見事なファサードは、16世紀末に造られたプラテレスコ様式です。装飾に携わったのは、その当時名を馳せた三人の建築家、ペニャ・イ・トロ(Peña y Toro)、メルコール・デ・ベラスコ(Melchor de Velasco)、ドミンゴ・デ・アンドラデ(Domingo de Andrade)です。内部では、巨大なヴァレル・ヴォールトの天井が際立っています。
 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
ホスペデリア サン マルティン ピナリオ (Hospedería San Martín Pinario)
サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の向かいに位置する、修道院を改装した宿泊施設です。…

サン・マルティン・ピナリオ修道院_1
サン・マルティン・ピナリオ修道院_2

カテドラル北側のインマクラーダ広場(Plaza de la Inmaculada)
フランス人の道を通ってモンテ・ド・ゴゾ方面から歩いてくる巡礼者が最初に出会うのは教会の北側にある入口だ。
カテドラル北側のインマクラーダ広場_1
カテドラル北側のインマクラーダ広場_2
誰しも正面に回りたく、ここをくぐる。くぐって左側(カテドラルの西側)がオブラドイロ広場。ここは次回以降に詳しく触れる。
ここを潜って正面に回る

オスタル・ドス・レイス・カトリコス(Hostal dos Reis Católicos)
16世紀建造、19世紀まで病院として使用された。現在はホテルパラドールとして使用。ここも次回以降にやや詳しく触れる。
オスタル・ドス・レイス・カトリコス_1
オスタル・ドス・レイス・カトリコス_2

オブラドイロ広場(Praza do Obradoiro)
サンティアゴの象徴的広場で、スペイン全土で沸き起こった15-M運動(Movimiento 15-M)では、この広場で多くの人によって1カ月以上にもわたって占拠が行われた。広場の東はカテドラル(Catedral de Santiago de Compostela)正面に接している。西側はパソ・デ・ラショイ(ラショイ館、現在自治体庁舎として使用)、北にはパラドール・オスタル・ドス・レイス・カトリコス、南はコレシオ・デ・サン・シェローメ(Colexio de San Xerome、現在サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学の学長オフィスとして使用)などの建物がある。フランコ時代にはスペイン広場と呼ばれていたが、民主化後旧名に戻された。
オブラドイロ広場

Palacio de Raxoi
現在は自治体庁舎で、カテドラルの正面と向かい合う形で位置する。
Palacio de Raxoi

カテドラルに到着
カテドラルについては、次回以降に詳しく触れる。この時点では巡礼証明書の発行事務所がしまってしまう前に並ぶので、外観をチラと見ただけで素通りする。
カテドラルに到着_1
カテドラルに到着_2

 

スペイン巡礼旅行13-3

最後のひと踏ん張りのつもりだった。気力を振り絞って最後の行程に挑む。
ここからは、相変わらず足腰は痛むものの、目に入るものが楽しくて、気分は徐々に高揚してくる感じだった。


モンテ・ド・ゴソからサンチャゴ・デ・コンポステラに向かう
このあたりは下り坂だし、見たとおり明るい行き先が待っていそうだ。気分は最高に。 このとき、14:08頃
このあたりは下り坂だし、見たとおり明るい行き先が待っていそうだ
もう少し先には、路傍にこんなものが このとき、14:10頃
路傍にこんなものが_1
路傍にこんなものが_2
路傍にこんなものが_3
路傍にこんなものが_4

新市街へ入る
いよいよサンチャゴ・デ・コンポステラが間近に。意外にこの区間が長く感じられた。 このとき、14:15-29頃
サンチャゴ・デ・コンポステラが間近に_1
サンチャゴ・デ・コンポステラが間近に_2
サンチャゴ・デ・コンポステラが間近に_3
サンチャゴ・デ・コンポステラが間近に_4
サンチャゴ・デ・コンポステラが間近に_5
サンチャゴ・デ・コンポステラが間近に_6
サンチャゴ・デ・コンポステラが間近に_7
道中見かけた教会だが、最後尾だったので仕方なくパス
道中見かけた教会
さらに新市街を進む このとき、14:49-51頃
さらに新市街を進む_1
さらに新市街を進む_2
通りすがりにあった店。すごい数の樽が。
通りすがりにあった店
だんだん旧市街に近づいてきた感じ このとき、14:58頃
だんだん旧市街に近づいてきた感じ

大聖堂が肉眼で見えるようになってきた
ついにチラとではあるが大聖堂が肉眼で見えるようになってきた。 このとき、15:00-01頃
チラとではあるが大聖堂が肉眼で見えるようになってきた_1
チラとではあるが大聖堂が肉眼で見えるようになってきた_2
さらに近づいてきた このとき、15:00-01頃
さらに近づいてきた_1
さらに近づいてきた_2
地元の人のための教会だろう
地元の人のための教会だろう
あいにく道路工事中
あいにく道路工事中_1
あいにく道路工事中_2
すぐに着くのだろうと思ったが、意外にかかった このとき、15:07頃
すぐに着くのだろうと思ったが、意外にかかった
漸く旧市街に入る直前まで来た。目の前が、PORTA DO CAMINO(道の門)というらしい。進入禁止の道路標識のすぐ横にその旨の掲示がなされている。
目の前が、PORTA DO CAMINO(道の門)

 

スペイン巡礼旅行13-2

サンチャゴ・デ・コンポステラに向けて歩き続ける

『歓喜の丘』にて
『歓喜の丘』などがあるモンテ・ド・ゴソに入った。そもそも、モンテ・ド・ゴソは『歓喜の丘』という意味なんだそうだ。 このとき、12:11頃
モンテ・ド・ゴソに入った
漸く『歓喜の丘』に到着だ。お祈りできるスペースであるサン・マルコス礼拝堂があった。 このとき、12:35頃
今まで気がつかなかったが、アルベルゲのポスターが貼ってあったんだ。1泊8ユーロか。1000円位で泊まれるんだ。ここのアルベルゲは壮大なキャンプ場みたいなものだと聞いたことがあるが、それなのだろうか。

サン・マルコス礼拝堂_1
サン・マルコス礼拝堂_2
当然ここでは全員がスタンプを押すはず
当然ここでは全員がスタンプを押すはず
ここには、2代前の教皇ヨハネ・パウロ2世が1989年に教皇として初めてサンティアゴを訪れた記念碑が建っている。また、そこから少し下ったところに有名な巡礼者の銅像が建っているのだ。
なお、脇道に逸れるが、故ヨハネ・パウロ2世が年内にも聖人に認定されるようだ。教皇庁が認定したとのニュースが今夏に流れた。

教皇ヨハネ・パウロ2世がサンティアゴを訪れた記念碑_1
教皇ヨハネ・パウロ2世がサンティアゴを訪れた記念碑_2
教皇ヨハネ・パウロ2世がサンティアゴを訪れた記念碑_3
教皇ヨハネ・パウロ2世がサンティアゴを訪れた記念碑_4
教皇ヨハネ・パウロ2世がサンティアゴを訪れた記念碑_5
教皇ヨハネ・パウロ2世がサンティアゴを訪れた記念碑_6
教皇ヨハネ・パウロ2世がサンティアゴを訪れた記念碑_7

500mほど離れた場所にある本当に大聖堂が見える丘の上
こここそが本当の『歓喜の丘』だが、欧米人巡礼者はほとんど立ち寄らない。というかモニュメントを見て少し休憩してサンチャゴ・デ・コンポステラに向かう人がほとんどだ。
本当の『歓喜の丘』_1
本当の『歓喜の丘』_2
本当の『歓喜の丘』_3
遠くに3本の尖塔が見えた。ついに大聖堂が見えたぞ。 このとき、12:52頃
遠くに3本の尖塔が見えた

漸く本日の昼食に
13:16ころ店に入った。今までで一番早い昼食時間だ。でもみなさん、肩で息をしている感じだ。
13:16ころ店に入った_今までで一番早い昼食時間
私は朝のミニ・バイキングでしこたま食べたので、それほど腹が空いていなかった。なので少し軽目に。とはいっても、このツナ入りのオムレツを挟んでいるパンはリーンなパンなので、腹にずっしりたまる。決して自腹の勘定だからということでケチっているのではない。あまり食べると、それからが辛いのだ。
少し軽目の注文_1
少し軽目の注文_2

 

スペイン巡礼旅行13-1

いよいよ徒歩巡礼の最終日だ。ここで落伍したりしないように、気合を入れて臨む。今日を頑張り抜けば、もう歩かないで済むんだ。頑張ろう。

19日(木) アルカ(ペドロウゾ) → サンティアゴ・デ・コンポステーラ(約21キロ)
宿にて朝食を頂いてから出発です。
徒歩巡礼最終日です。途中、喜びの丘に立ち寄りながら、サンティアゴへと向かいます。聖地に少しでも早く到着出来るよう、8時頃の出発が良いかもしれません。それで聖地に15時ごろの到着でしょうか。
到着したら、巡礼事務所へ赴き、巡礼者としての登録を行い、証明書を申請します。そして、翌日の巡礼者のミサにて、我々の到着を祝福して頂きます。今日から、サンティアゴ・デ・コンポステーラに2連泊です。
夜は、聖地到着を感謝して祝杯をあげましょう。
Hotel Avenida Tel: 981 56 84 26 @サンティアゴ泊


出発
ホテルを出てちょっとくらいのところ このとき、08:08頃。まだ、薄暗い。小雨交じりだ。
ホテルを出てちょっとくらいのところ
残り16.5kmの道標 このとき、08:23頃
残り16.5kmの道標
心配していた雨は9:00前には上がった。助かった。
心配していた雨は9:00前には上がった
空もこんなふうに明るくなった。むしろ暑くなりすぎるような予感が。
空もこんなふうに明るくなった_1
空もこんなふうに明るくなった_2
ユーカリの木立の中を歩く
ユーカリの木立の中を歩く
ものすごい日差しが照りつけてきた。晴れ上がるのを真剣に願いすぎたのかもしれない。このままだと、きつい一日になるぞ。ふんどしを締め直そう。 このとき、09:08頃
ものすごい日差しが照りつけてきた
やっぱり勾配はかなり急だ。前のお姉ちゃんは随分軽装備だ。巡礼者には珍しいスカート着用姿だし、ベルトポシェットに水筒をぶら下げているだけ。楽といえば楽だろうが。
やっぱり勾配はかなり急だ
例のワンちゃんファミリーと今日も一緒になる。同じ時にゴールインすることになるんだろう。
ワンちゃんファミリーと今日も一緒に_1
ワンちゃんファミリーと今日も一緒に_2
ワンちゃんファミリーと今日も一緒に_3
残すは12.5km
残すは12.5km
サンチャゴ・デ・コンポステラが近づいてきたことを印象づける感じ。シンボルの瓢箪、杖、ホタテ貝が彫られている。私の影で見えにくくなって申し訳ない。
サンチャゴ・デ・コンポステラが近づいてきたことを印象づける感じ

空港のそばを通り抜ける
空港も近そうだ このとき、09:47頃
空港も近そうだ
空港施設(誘導灯)の真下あたりを歩く。この時はわからなかったが、サンチャゴ・デ・コンポステラのホテルからタクシーでこの空港までやってきたが、かなり遠かった。そこを歩いたのだから、やはり大変だったんだ。 このとき、09:51頃
空港施設(誘導灯)の真下あたりを歩く
こんな道標も。現代風で格好が良い。
こんな道標も
サンパイオ(San Paio)の教会のようだ。時間の関係で寄らずに通り過ぎた。
サンパイオ(San Paio)の教会
坂を上ろうとすると、帰路も歩こうという人たちとすれ違う。ご苦労様と声をかけたいくらいだったが、日本語で言ってもわかるわけはない。
坂を上ろうとすると、帰路も歩こうという人たちとすれ違う
スペイン語を話すご一行様。賑やかなことこの上ない。それは構わないが、道幅いっぱいに広がって歩くのはマナー違反だぞ。
スペイン語を話すご一行様
時計草が咲いていた
時計草が咲いていた
随分洒落たオレオだ。十字架までついている。
随分洒落たオレオだ
英文解説書によると、St mark's church, Lavacolla(ラバコーニャの聖マルクス教会)のようだ。あと10km地点くらいのところだ。ここも巡礼路から眺めただけ。
St mark's church, Lavacolla
空港のそばだけあって、思い切り飛行機雲が出来ていた。 このとき、10:44頃
空港のそばだけあって、思い切り飛行機雲が出来ていた

 

スペイン巡礼旅行12

ARCAの街にて

到着後の散歩&買い出し
サンチャゴ・デ・コンポステラとアルスーアとのあいだの自治体はオ・ピノ(O Pino)という自治体で、そこにアルカも存在する。
アルカはあまり大きな街ではない。が、何といっても、大都市サンチャゴ・デ・コンポステラのすぐ近くの町だけあって、田舎町という感じはほとんどしない。
明日は巡礼の歩きの最終日だというのに、ホテルに到着してから空模様が怪しくなる一方。今夜と明日の天気が気になってきた。

ホテルの近くの様子_1
ホテルの近くの様子_2
スペインの救急車
スペインの救急車_1
スペインの救急車_2
この近辺の名物であるおっぱい型のチーズが当然置いてあった
おっぱい型のチーズ
結構どこでも置いてある。スペイン人はお好きなようだ。
結構どこでも置いてある

夕食
夕食の店に向かう
夕食の店に向かう
予約席なので、何度も書いたが、コース料理の選択しかない。ここは、実物で示すので、非常にチョイスしやすかった。
実物で示すので、非常にチョイスしやすかった
例によって例のごとく貧乏人のシャンパンも
例によって例のごとく貧乏人のシャンパンも
これは私の注文したものではなかったが、おあまりをしっかりいただいた。非常に美味だった。
これは私の注文したものではなかった1_1
これは私の注文したものではなかった1_2
これも私の注文したものではなかった。おあまりが出ないように取り分けたようだ。ぶつぶつぶつ…
これは私の注文したものではなかった2
これも私の注文したものではなかった。洋風の肉じゃがという感じかなあ。おあまりをしっかりいただいた。これも美味だった。自分の注文した分の他に食べたので、お腹は相当に膨満した。
これは私の注文したものではなかった3
これも私の注文したものではなかった。おあまりを少しだけいただいた。これも美味だった。
これは私の注文したものではなかった4
これは私の注文したもの。美味しかった。
これは私の注文したもの
食後のスイーツ。ここから1品選択する。円錐状のものはアイスクリームだ。
食後のスイーツ

教会のミサは終了していた
食後に教会に回ってみたが、予想通り、ミサは既に終了していて、聖堂内には立ち入ることができなかった。残念。この教会も築後数十年程度の比較的新しい建物のように見えた。Wikipediaの記述によると、アルカの教会はサンタイア教会という教会のようだ。でも、写真を拡大してみると、Parròquia de Santa Eulàlia DE ARCAとなっていた。13歳で殉教した聖エウラリアの名前をいただいた教会のようだ。
教会のミサは終了していた_1
教会のミサは終了していた_2
教会のミサは終了していた_3
教会のミサは終了していた_4
聖エウラリア
聖エウラリア

朝食
ミニ・バイキング形式のものだった。久しぶりにエスプレッソではないコーヒーが美味しく感じられた。最後の日の歩きに備えてしっかり食べた。
朝食_1
朝食_2
朝食_3

 

スペイン巡礼旅行11-2

まだまだルア方面を目指して歩き続ける。

ここで小休憩
この店では、トイレを借り、スタンプを押し、飲み物を少々買った程度。いわゆるBrief Stopをした。図々しい使い方でごめんなさい。
この店でBrief Stopをした
あれま、こんなところにトラクタの販売店が。トラクタでは空腹の足しにはならないなあ。 このとき、11:52頃
こんなところにトラクタの販売店が_1
こんなところにトラクタの販売店が_2

また、歩きだす
またまた普通の道を歩く歩く
またまた普通の道を歩く歩く
あっという間に追い抜かれた。勢いの差を感じた。悔しいけれども追いつけはしない。
あっという間に追い抜かれた

教会さえ出てこない農村だ
巨大トラクタも出現。純農村なんだ。北海道のおじさんが欲しそうな顔をしてみているぞ。
巨大トラクタも出現の純農村_1
巨大トラクタも出現の純農村_2

国道を横断してすぐの簡易休憩所で仲間を待つ
国道の横断は命懸け。全然減速してくれないから疲れた巡礼者たちも必死だ。あれま、いつの間にかあのスイス人とフランス人のご夫婦に追い抜かれていたんだ。小休憩時に追い抜かれたんだろう。彼らはあまり休まないようだけど、大丈夫なのかなあ。
国道の横断は命懸け
ここで仲間を待つ。お腹がすいたなあ。 このとき、12:38頃
ここで仲間を待つ
初めて目にしたサンチャゴ・デ・コンポステラという地名が入った道路標識
初めて目にしたサンチャゴ・デ・コンポステラという地名が入った道路標識

休憩終了
再び歩き出す このとき、12:47頃
再び歩き出す
サンタ・イレーネ峠に達する。峠というほど大げさなものではないが。ここで国道とは分かれて林間道に入る。 このとき、12:52頃
サンタ・イレーネ峠_1
サンタ・イレーネ峠_2
農家の庭先で見たうさぎ。野うさぎではなく、飼育されているウサギだろう。
農家の庭先で見たうさぎ_1
農家の庭先で見たうさぎ_2
道標は残り20km。『喜びの丘』などに寄り道しなければ、あと20kmなんだ。 このとき、13:37頃
道標は残り20km
巡礼者に不評の音声が出るアルベルゲ案内板。宿泊施設のある地区に入ってきたようだ。 このとき、13:44頃
巡礼者に不評の音声が出るアルベルゲ案内板
残り19.5km このとき、13:46頃
残り19.5km
多分、ユーカリの林。ものすごく良い匂いがしてくる。田舎の香水などではなく、すごく癒される。すぐ生育するそうだが、油分が多い所為で山火事の元にもなるようで、敬遠する向きも少なくないようだ。
多分、ユーカリの林
ここで無念にも亡くなられた方を偲ぶもののようだ。魂の安らかな眠りを祈るとともに、しっかりしなくてはと自分を奮い立たせる。
ここで無念にも亡くなられた方の記念のようだ

ルア(RUA)の街に入った
観光案内所INFORMACION TURISTICA。ここでサンチャゴ・デ・コンポステラの地図をもらい、スタンプに押印してもらう。いよいよゴールに近づいたという感じがしてきたぞ。 このとき、13:55頃
観光案内所INFORMACION TURISTICA
道標は残り19km。ルア(RUA)の街に入っている。 このとき、13:55頃
道標は残り19km
観光案内所をあとにして、もう少しだけ歩く。もうお気づきかと思うが、ホテルの所在地などの関係で、実際に歩く距離は地図の表示よりも少し多くなる。この分、明日は若干短めになるとのことだが。 このとき、14:04頃
観光案内所をあとにして、もう少しだけ歩く
道端のお花さんも歓迎してくれているかのようだ
道端のお花さんも歓迎してくれているかのようだ
今日の宿泊地に入った所為か、どの人の歩く姿も元気が出てきたようだ。でも、空はどんよりしてきて、今にも雨が降り出しそうな気配が。
今日の宿泊地に入った所為か、どの人の歩く姿も元気が出てきたようだ
高校生たちは元気いっぱいだ。若さを分けてもらいたいとつくづく思った。
高校生たちは元気いっぱいだ
残り18km。 このとき、14:25頃
残り18km
道標を見た直後に本日のホテルPension Arcaに到着。写真を撮り忘れたので、後で撮った写真(空模様がかなり怪しくなっている)で代用する。到着は、14:35頃だったと思う。
本日のホテルPension Arcaに到着

 

スペイン巡礼旅行11-1

今日はアルスアからルアの手前で分岐し、ペドロウソに向かい、アルカという新興の住宅地で宿泊する。
2日間楽をした後の20km弱の道のり。決して楽ではない。


18日(水) アルスア → ルア(約19キロ)
朝食は含まれていません。
引き続き徒歩巡礼です。10時頃出発すると18時頃の到着です。比較的なだらかな路が続きます。今日、明日と、また徒歩距離が長くなりますので、慌てず、しっかり歩きましょう。辛い場合は、無理をせず、その旨、早めにおっしゃって下さい。
今夜、宿泊する村では夕食、そして翌朝の朝食を含めてあります。お飲み物代だけ各自でお支払い下さい。
Pension Arca TEL657 888 594 @アルカ - ペドロウゾ泊


出発
朝の出発時は7時台だったと思うが、ぼーっとしていたのか、写真を撮り損ねた。大失敗だ。
歩き出してかなり経ってから空を見ると、飛行機雲が朝焼けしていた。飛行機雲の朝焼けってあまり見たことがないなあ。 このとき、08:11頃

飛行機雲が朝焼けしていた_1
飛行機雲が朝焼けしていた_2
周囲はこんな感じ。どんよりした空模様で、朝から重苦しい空気に苛まれそうだ。
周囲はこんな感じ_1
周囲はこんな感じ_2

田舎道が延々と続く
残り33.0km。全行程の3分の2は過ぎたけど、至って単調な道だ。 このとき、08:48頃
残り33.0km
今日も楽ではない道が続きそう。皆さん、お疲れのご様子だ。
今日も楽ではない道が続きそうだ
残り32.0km このとき、09:15頃。1kmを30分もかかったことになる。どこかで長めの休憩を取ったのかなあ。記憶が曖昧だ。Tabernavellaというところか。昔は、峠の茶店みたいなものがあったところなのだろうか。まだ、腹が減る時間でもないのに、くだらないことを考えてはいけない。
残り32.0km
何がどうということはないはずなのに、何か歩きにくい道だ
何がどうということはないはずなのに、何か歩きにくい道だ
高速道路建設現場のようだ。この辺まで来て、ようやく空が晴れてきた。
高速道路建設現場のようだ
さらに田舎道を歩く
さらに田舎道を歩く

他のパーティーのスナップ
スイス人とフランス人のご夫婦。奥さんのリュックは私のよりも大きいくらいだったが、ご主人のリュックの大きさは際立っていた。おそらく奥さんの分をかなり背負っているのだろう。男はつらいよ、と思った次第。
スイス人とフランス人のご夫婦
奥さんはかなり小柄だった。私のためにモデルになってくれたのではなく、完全な横入り撮影だ。やっと残り30.0kmだ。やれやれ。 このとき、09:56頃
奥さんはかなり小柄だった
ピンボケで恐縮だが、悪路の急坂を喘ぎながら上ろうとする巡礼の人たちの様子が。歩くのもきついが、ずっと立ち漕ぎを続けている自転車はもっとキツそうだった。
悪路の急坂を喘ぎながら上ろうとする巡礼の人たちの様子

少し集落らしきものが見えたが
少し集落らしきものが このとき、10:09頃
少し集落らしきものが
こんな集落だった
こんな集落だった_1
こんな集落だった_2
またまた橋が
またまた橋が
そして集落はすぐ終わった
そして集落はすぐ終わった_1
そして集落はすぐ終わった_2

またもや田舎道をひたすら歩く
また田舎道へ
また田舎道へ
いつの間にか残り28.0kmに。単調なだけのだらだら道で、休まなかったからか、随分ペースが上がった感じだ。 このとき、10:28頃
残り28.0km
影を見ただけでわかる超胴長短足おじ(い)さんだ
影を見ただけでわかる超胴長短足おじ(い)さんだ
このお姉さんたちは元気そのもの
このお姉さんたちは元気そのもの
道筋の花
道筋の花_1
道筋の花_2
初めて登場した細かい数字の道標。のこり、26.3kmだ。 このとき、10:57頃
初めて登場した細かい数字の道標
まだまだ続く
まだまだ続く

 

スペイン巡礼旅行10

ARZUAの街

ホテルの部屋
まあまあかなあ
ホテルの部屋_1
ホテルの部屋_2

街の散策と買い出し
翌朝08時過ぎには出発するので、朝食の買い出し方々、街の散策に出かけた。
なかなかの街だ
なかなかの街だ
つながっていた建物を壊して建て替えを行うようだ。心無いいたずら書きが残っていた。どこの国、どこの街にも公徳心のない馬鹿者がいるようだ。
つながっていた建物を壊して建て替えを行うようだ
スーパーマーケットの様子
スーパーマーケットの様子_1
スーパーマーケットの様子_2
スーパーマーケットの様子_3
スーパーマーケットの様子_4
スーパーマーケットの様子_5
スーパーマーケットの様子_6
地方の大きな街だけにカフェバーもきちんとあるようだ
カフェバーもきちんとある

今夜ミサに与る予定のサンティアーゴ教会
こじんまりとしているが、アットホームな感じの教会だった。主任司祭は長いこと、この教会にとどまり、巡礼者に優しく、もちろん地元の信者にも優しい神父様のようだ。ガイドの佐々木氏が激賞していた。
サンティアーゴ教会_1
サンティアーゴ教会_2
サンティアーゴ教会_3
サンティアーゴ教会_4
サンティアーゴ教会_5
サンティアーゴ教会_6
サンティアーゴ教会_7
サンティアーゴ教会_8
サンティアーゴ教会_9
サンティアーゴ教会_10
サンティアーゴ教会_11
サンティアーゴ教会_12
サンティアーゴ教会_13
サンティアーゴ教会_14
サンティアーゴ教会_15
サンティアーゴ教会_16
サンティアーゴ教会_17
サンティアーゴ教会_18
サンティアーゴ教会_19

これからミサに与る
聖堂外観
聖堂外観
ミサの少し前
このあと、ミサ参加者が詰めかけ、最終的にはかなりの人数が集まってミサが行われた。終了後、各国からの巡礼者を前に集め、神父様が巡礼の無事を祈って祝福してくれた。日本人には日本語で、フランス人にはフランス語で、短い祝福の言葉を頂いた。巡礼者たちは大感激。疲れていると、ほんのちょっとの気遣いでも何倍も嬉しく感じるものだ。
ミサの少し前

 

スペイン巡礼旅行9-4

今回もまたまたメリデからアルスアへの道中

また歩く
ちょっぴり綺麗な道に。でもやはり長い上り坂だ。
ちょっぴり綺麗な道に_1
ちょっぴり綺麗な道に_2
また、このバスが
また、このバスが
少し都会の景色に。それはいいのだが、ものすごく歩きやすい道でも微妙なアンジュレーションがある。平坦な道はないものだろうか。
少し都会の景色に_1
少し都会の景色に_2
少し都会の景色に_3
ARZUAの街に入る
残り37.5km。町の名前はARZUAだ。街中に設置してある道標はさすがに綺麗になっていた。
残り37.5km、町の名前はARZUAだ
体力派のフランス人
同行中の女性と一緒にこの人と1-2分ほど英語で話をしたが、これからフランスに戻るようだ。このリュックを持たせてもらったが20kgはありそうな感じだった。その先のスーパーマーケットで食料を買い込んだけれども、疲れ果ててしばらく休んでいるところのようだった。トレッキングシューズを脱ぎ、靴下も脱ぎ、素足にサンダル姿。本当にお疲れの様子だった。どこまで行くのかわからないが、全部歩くとなると、1700kmは優に超える。
体力派のフランス人_1
体力派のフランス人_2
ARZUAの街を歩く
ARZUAの街を歩く_1
ARZUAの街を歩く_2
ARZUAの街を歩く_3
ARZUAの街を歩く_4
ARZUAの街を歩く_5
ARZUAの街を歩く_6

やっと昼食にありつく
ホテルの隣で昼食を取る。予約なので、皆でシェアしながら食べる訳にはいかなかったが、小食の人が残した分をもいただいて満腹になった。皿に盛り付けたものは複数人数分だ。飲み物は、廉価な地ワインをソーダで割った『貧乏人のシャンパン』。口当たりが良く、スイスイ飲むことができる。 この店についたのが、ほぼ14:00だった。
やっと昼食にありつく_1
やっと昼食にありつく_2
やっと昼食にありつく_3
やっと昼食にありつく_4
やっと昼食にありつく_5
チーズはこのへんの名産のもので、美味だった
やっと昼食にありつく_7
やっと昼食にありつく_9
やっと昼食にありつく_12
やっと昼食にありつく_14

 

スペイン巡礼旅行9-3

今回もメリデからアルスアへの道中

ひたすら歩く
先行くおじさん、何をぶら下げているのかなあ。トランクスのようだぞ。
先行くおじさん、何をぶら下げているのかなあ
この店もパス
この店もパス
こんなふうにのんびりしたい
こんなふうにのんびりしたい
残り42.5kmか。マラソンより少しあるくらいの距離になったぞ。
残り42.5km
無住なのかなあ
無住なのかなあ_1
無住なのかなあ_2
少しずつ追いつけるようになってきたぞ。平坦な道ばかり写しているが、急坂のところはこちらの余裕がなくて全く撮ることができていない。決して急坂がないわけではない。
少しずつ追いつけるようになってきた_1
少しずつ追いつけるようになってきた_2

リバディソという村にて
この橋もまた中世の橋だ。すごく綺麗なロケーションだった。ここで写真を撮りながら後続を待つ。今回は殆ど差がつかなかった。
リバディソのこの橋もまた中世の橋だ_1
リバディソのこの橋もまた中世の橋だ_2
リバディソのこの橋もまた中世の橋だ_3
リバディソのこの橋もまた中世の橋だ_4
リバディソのこの橋もまた中世の橋だ_5
リバディソのこの橋もまた中世の橋だ_6
リバディソのこの橋もまた中世の橋だ_7
リバディソのこの橋もまた中世の橋だ_8
リバディソのこの橋もまた中世の橋だ_9
リバディソのこの橋もまた中世の橋だ_10
リバディソのこの橋もまた中世の橋だ_11
後続の人たちが揃ったので、再出発
リバディソのこの橋もまた中世の橋だ_12
残りは39.5km。前述したとおりRIBADISOという村だ。
残りは39.5km

 

スペイン巡礼旅行9-2

今回もメリデからアルスアへの道中。小見出しをつけようもない山道でのスナップばかりだ。

『あれまあ、ご苦労さん』と思ったらすぐに抜かれた
『あれまあ、ご苦労さん』と思ったらすぐに抜かれた_1
『あれまあ、ご苦労さん』と思ったらすぐに抜かれた_2
青のヤッケの自転車巡礼者は女性だったようだ
青のヤッケの自転車巡礼者は女性だったようだ
残り47.0km
残り47.0km
日本ならよく見られる野菜の無人販売コーナーだが、こちらは果物の無人販売コーナーだ。この巡礼で初めてお目にかかった。
果物の無人販売コーナー
漸くアルスアの標識が出てきた。でも、アルスアまではかなり距離があった。ヌカ喜びだったようだ。
アルスアの標識が出てきたが…
しばらくは田舎の香水から逃れられそうだ。少し追い抜けるくらいにはなってきた。
少し追い抜けるくらいにはなってきた_1
少し追い抜けるくらいにはなってきた_2
残り45.5km
残り45.5km
お店の手前で仲間を待っていると、牛さんの大群に遭遇。こりゃ、大量に牛糞が落ちていても不思議はないはずだ。
お店の手前で仲間を待っていると、牛さんの大群に遭遇_1
お店の手前で仲間を待っていると、牛さんの大群に遭遇_2
お店の手前で仲間を待っていると、牛さんの大群に遭遇_3
お店の手前で仲間を待っていると、牛さんの大群に遭遇_4
お店の手前で仲間を待っていると、牛さんの大群に遭遇_5
20分以上待って仲間の姿が見えた。最後尾はその5分後くらい。 このとき、10:23頃
20分以上待って仲間の姿が見えた
仲間の到着を待って、休養十分の私は先を行くことにした。そうしたらほどなく、ロバさんを発見。 このとき、10:30頃
ロバさんを発見
今までよりかは若干快適そうな家屋???今までよりかは若干快適そうな家屋
この御仁はトレッキングシューズを諦めたようだ。随分足元が汚れてしまっている。単独でフルコースを巡礼しているのだろうか?
トレッキングシューズを諦めたようだ
やっと街らしいところに出た。ボエンテという街らしい。英文ガイドブックによれば、この写真のものはla Saleta fountain, Boenteと記されていた。『ボエンテにあるサレタの泉』といったものだろうか?
la Saleta fountain, Boente
車がかなりのスピードで国道を走る中、反対側に渡る必要がある。疲れた身体だがむざむざ轢かれてしまうのは悔しい。なんとか渡りきると、間近に教会が見える。サンティアゴ・デ・ボエンテ教会のようだ。
ビュンビュン車が往来する国道を渡る_1
ビュンビュン車が往来する国道を渡る_2
ビュンビュン車が往来する国道を渡る_3
この時計を見て、『It's a wrong time!!』と隣の外国人がつぶやいていた。後で確認すると、このときは10:39だったから、その人の呟きは正しかったのだが、私の安物のソーラー電波時計は全然違う時間を指していて、曖昧に頷くしかなかった。何ともお粗末な話だった。
狂っていた時計
こんな道を進む
こんな道を進む
どんどん先に進むと、いつも見かけるこのバス。このバスの乗客たちはズルして巡礼証明書を貰うつもりなのかなあ。
こういうスタンプがもらえるところで時間を潰しながらまったり過ごしている。こっちは今にも倒れそうだというのに。

いつも見かけるこのバス

 

スペイン巡礼旅行9-1

メリデ → アルスア(約14キロ)

今日はアルスアを目指す。

朝食は含まれていません。
多少の上り下りはありますが、今日も距離は短めに設定してありますので、のんびり行きましょう。
Hostal Meson do peregrino TEL 981 500 145 @アルスア泊


いざ出発
ガイドの佐々木氏は同じ宿(ここの他にポルトマリンでもそうだった)を予約できなかったため、片道15分くらい荷物を背負って歩いてきたようだ。お疲れ様。 このとき、08:18頃
いざ出発
メリデを出てすぐ坂道になる。その中腹に墓がある。せっかくチャージしたはずのエネルギーが既にこの辺でかなり消費されてしまう感じだ。
メリデを出てすぐ坂道にある墓地_1
メリデを出てすぐ坂道にある墓地_2
メリデを出てすぐ坂道にある墓地_3
メリデを出てすぐ坂道にある墓地_4
ここが残り50.5km地点。 このとき、08:24頃
残り50.5km
メリデの街を見下ろす高台に出たので、ここで日の出をお拝むことにした。 このとき、08:26頃。日の出の08:35頃までここにとどまった。昨夜ミサに与ったサン・ペドロ教会の聖堂も、先ほど見た墓地も、共に明るくなってきた。
メリデ郊外の高台にて日の出を見る_1
メリデ郊外の高台にて日の出を見る_2
メリデ郊外の高台にて日の出を見る_3

メリデの出口に位置するサンタ・マリーア・デ・メリーデ教会
12世紀末の建造。既に街はずれの感じが強い。
サンタ・マリーア・デ・メリーデ教会_1
サンタ・マリーア・デ・メリーデ教会_2
サンタ・マリーア・デ・メリーデ教会_3

道中の様子
たしかユーカリの巨木だと話していたような
ユーカリの巨木
共同洗濯場
共同洗濯場
野うさぎがいた
野うさぎ_1
野うさぎ_2
野うさぎ_3
オレオではなく、オレオをデザインしたような郵便受けと牛乳箱とを兼ねたおしゃれなものだった
郵便受けと牛乳箱とを兼ねたおしゃれなもの
ついに49.0kmの道標だ。
49.0kmの道標
またもワンちゃんファミリーだ
またもワンちゃんファミリーだ_1
またもワンちゃんファミリーだ_2
またもワンちゃんファミリーだ_3
ワンちゃんお疲れのため、一時的に抱っこ中
ワンちゃんお疲れのため、一時的に抱っこ中
ボエンテ(Boente)という村にある石の置橋
私がビリではない証拠の一つだ。雨で水量が増えると渡るのが大変だそうだ。自転車で渡るのは、平常時でも大変なようだ。
石の置橋_1
石の置橋_2
石の置橋_3

 

スペイン巡礼旅行8

メリデの街

散歩に出るまで
小さい方もシトロエンなのだろうか。
小さい方もシトロエンなのだろうか_1
小さい方もシトロエンなのだろうか_2
ホテルの部屋。シャワー室が狭いのを除けばまあまあだろうが、おじさんとずーっと同部屋というのが返す返すも残念だ。
ホテルの部屋_1
ホテルの部屋_2
ホテルの部屋_3

散歩に出る

朝食はホテルの下の店で食べることにして、スーパーマーケットで食材を買うのは行わないことにする。

サン・ローケ礼拝堂
13世紀に建てられたようだ。今は街のど真ん中になっているが、この礼拝堂とクルセイロとがあるところを見ると、昔はここがメリデの街の入口だったのかもしれない。
サン・ローケ礼拝堂
クルセイロ
クルセイロといい、14世紀のもののようだ。カステラオによると、ガリシア最古のクルセイロらしい。何をするものなのかは私にはわからない。
クルセイロ

サン・ペドロ・デ・メリーデ教会 - 教区教会、旧フランシスコ会修道院
物凄く立派な教会だ。サン・ローケ礼拝堂やサンタ・マリーア・デ・メリーデ教会(次回取り上げる予定)に比べれば、歴史は浅いようだが、それでも相当な年数が経過していそうだ。
散歩のあと、この教会のミサにも与り、聖体拝領を行なった。教会のスタンプは、ミサ終了後、神父様が更衣をしている小部屋に入って、押してもらった。『この者たちは日本からの巡礼者です。サリアから旅を続けています。…クレデンシャルにスタンプをいただきたい』旨の通訳をしてもらい、無事スタンプをゲット。バルのスタンプばかりじゃ、遊びに行ったのと何ら変わらない。真剣に巡礼をしてきた証として、なんとしてもゲットしたかったので、素直に嬉しいと思えた。

サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_1
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_2
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_3
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_6
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_7
馬鹿でかいというほどの規模ではないが、リブ・フォールトなどの特徴から典型的なゴシック建築のようだ。
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_8
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_9
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_10
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_11
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_12
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_13
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_14
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_15
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_16
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_17
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_18
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_19
サン・ペドロ・デ・メリーデ教会_20
教会聖堂前にある自治体庁舎
教会聖堂前にある自治体庁舎_1
教会聖堂前にある自治体庁舎_2
Old lion statue in Melide
ライオンが咥えているパイプから水が出る。巡礼者が汲んで持参するようだ。
Old lion statue in Melide
スーパーマーケットの商品陳列
フルーツの品揃えは豊富な感じだ。
スーパーマーケットの商品陳列_1
スーパーマーケットの商品陳列_2
少々の果物と飲料水とを買い求めた。
少々の果物と飲料水とを買い求めた

夕食 21:00頃
ミサ終了後、近くの店で夕食をとった。こってりしたスペイン料理ばかりでは早晩飽きると思ったので、ごく普通の洋食を注文した。冒頭に記載したとおり、朝食はホテルの階下にある店でクロワッサン(スペインのはかなり大きい)とカフェ・オーレとで済ませた。
夕食_1
夕食_2
夕食_3

 

スペイン巡礼旅行7-4

さらにメリデの町を目指してフロレスに入った

フロレスの街
教会のすぐ手前で何やら行列が、ここでスタンプを押してもらっているようだ。この建物は何の建物だったのだろうか。信徒会館なのかなあ。スタンプには、PARROQUIA STA. MARIA DO LEBOREIRO MELIDEとなっていた。 このとき、13:13頃
教会のすぐ手前_1
教会のすぐ手前_2
教会のすぐ手前_3
サン・ショアン・デ・フレーロス教会
12世紀末の建造だそうだ。昼食がまだなので、残りを考えてパスしてしまう。うう、もったいない。
なんでも、聖堂内右側の白壁にクギ痕の付いた右手をだらりと下げたイエスが、左手だけで十字架にぶら下がって架かっている像があるとのこと。見て写真を撮りたかった。

サン・ショアン・デ・フレーロス教会_1
サン・ショアン・デ・フレーロス教会_2
サン・ショアン・デ・フレーロス教会_3
街は、すごく雰囲気がある
フロレスの街_1
フロレスの街_2

フロレスの街をあとにする
優雅な街も長続きせず、スグこんな景色に このとき、13:22頃
優雅な街も長続きせず、スグこんな景色に
それでも残り52km。片手で数えられる範囲にまもなく到達する。
それでも残り52km
こんな感じではあるが、直前まで歩いていた後方のような山の中の道ではなく、非常に楽な道になっている
非常に楽な道になった

メリデの街へ着いたぞ
メリデの街へ着いた
この店で昼食だ
この店で昼食だ_1
この店で昼食だ_2
この店で昼食だ_3
この店で昼食だ_4
ちょっと目にはお茶が注がれているように見えるが、黄色く見えるのは白ワイン。湯呑のような素焼きの陶器の入れ物で出すのが、この辺の流儀のようだ。どんな味だったかはとっくの昔に忘れてしまった。
ワイン
このタコが美味しい。『プルポ』という料理らしい。郷里でも飽きるほど食べていたのに、空腹も手伝ったのか、すごく美味しく感じた。
『プルポ』という料理
見たとおりオリーブなどが入ったサラダだ。
サラダ
タコのリゾットだったかな。非常に美味。たいていの人たちは『プルポ』だけしかコメントしていないようだが、どちらかというとこちらのほうがさらに美味に感じられた。
リゾットだったかな

 

スペイン巡礼旅行7-3  2013.10.14 00:37追記

さらにメリデの町を目指して歩く

中世の石橋
レボレイロの出口には中世の石橋が残る このとき、11:42頃
レボレイロの出口にある中世の石橋_1
レボレイロの出口にある中世の石橋_2
レボレイロの出口にある中世の石橋_3
レボレイロの出口にある中世の石橋_4
レボレイロの出口にある中世の石橋_5
レボレイロの出口にある中世の石橋_6

また歩き出す
先を行くお姉さんたち。何をぶら下げているのかと思ったら、ショートパンツのようだ。昔は半乾きの下着をぶら下げている豪の者も少なくなかったようだが。
何をぶら下げているの
道標もルーゴ県からサンチャゴ・デ・コンポステラのあるア・コルーニャ県に変わって、残りは55km。 このとき、11:57頃
ア・コルーニャ県に変わって、残りは55km
どこかの郊外のような景色になった。ガマの穂がいっぱい生えていた。
ガマの穂_1
ガマの穂_2
例のワンちゃんファミリーともまた会えた
例のワンちゃんファミリーともまた会えた
くたびれ果てた哀れなおじ(い)さんの姿 このとき、12:45頃
質問を受けたので追記する。この十字架は『聖ジェームズ十字』というもの。Wikipediaの記述によれば、次のようにコメントされている。クロス・フローリーに似ており、ヤコブの象徴とされる。赤で描かれる場合が多い。
くたびれ果てた哀れなおじ(い)さんの姿
まだまだ歩く
まだまだ歩く

またまた中世の石橋
フロレスの街の入口にはまたまた雰囲気のある橋が。カリクストゥス写本の中で言及されている由緒ある橋のようだ。手前の石畳の道をも含めて、中世のものだ。 このとき、13:07頃
フロレスの街の入口にある中世の石橋_1
フロレスの街の入口にある中世の石橋_2
フロレスの街の入口にある中世の石橋_3
フロレスの街の入口にある中世の石橋_4
フロレスの街の入口にある中世の石橋_5
おじ(い)さん、でしゃばりすぎだよ
おじ(い)さん、でしゃばりすぎだよ
どなたかの記事に橋の上を自動車が走っていたと記述がなされていた。車幅いっぱいだろうに、交通規制はかかっていないのだろうか。
フロレスの街の入口にある中世の石橋_6
フロレスの街の入口にある中世の石橋_7
フロレスの街の入口にある中世の石橋_8
フロレスの街の入口にある中世の石橋_9
フロレスの街の入口にある中世の石橋_10
フロレスの街の入口にある中世の石橋_11
フロレスの街の入口にある中世の石橋_12

 

スペイン巡礼旅行7-2

サン・シアーオ・ド・カミーニョのサン・シアーオ教会をあとにして、再び歩き出す

ガリシア州ルーゴ県の端のあたりを歩く
サン・シアーオ・ド・カミーニョのサン・シアーオ教会をあとにする このとき、08:55頃
サン・シアーオ教会をあとにする
またも木製のオレオ。この辺は皆木製のもののようだ。広角レンズの所為でオレオが巨大なもののように見えるが、実際は少し大きめくらいのオレオだ。
またも木製のオレオ
共同洗濯場だが、使われていないようだ
共同洗濯場

朝食タイム
ディズニーランドの遊戯施設を彷彿とさせるような佇まいのCasa Domingo(名前負けではないか)で、軽く飲食することにした。何度も書いているように、あまり満腹状態だと、長い距離を歩き通せるものではない。各自そのことを考慮しての軽めの朝食にしたはず。 このとき、09:17頃
朝食タイム_1
朝食タイム_2
朝食タイム_3
朝食タイム_4
朝食タイム_5
朝食タイム_6
朝食タイム_7
朝食タイム_8
朝食タイム_9
ここのおばさんのオムレツは絶品。その手際を見せてもらった。私がやるのと変わらなさそうだったが。
ここのおばさんがオムレツを調理しているところ_1
ここのおばさんがオムレツを調理しているところ_2
腹に食べ物を詰めて、出すものは出したので、いざ出発 このとき、09:52頃
腹に食べ物を詰めて、出すものは出したので、いざ出発_1
腹に食べ物を詰めて、出すものは出したので、いざ出発_2

Casa Domingoからレボレイロまでの間は、巨石だらけのものすごい悪路。きちんと写真を撮っておくべきだったのに、転ばないように歩くのに必死だったようだ。特に下り坂で転んだら、石の上にスライディングすることになり、後頭部を打ち付けたり、肘を骨折するのはかなりの確率で間違いがなさそう。カメラもあの世行き間違いなしだろう。そんなこんなで、90分くらいの間、1枚も写真を撮っていない。

レボレイロに到達
この集落の少し手前がガリシア州ルーゴ県とア・コルーニャ県の県境。サンティアゴ・デ・コンポステーラも同じア・コルーニャ県。いよいよ近くなってきた。私の足腰も巡礼3日目にして漸く調子が出てきたようで、過去2日間のように殿をトボトボ行くのではなく、終始先頭を歩いた。尤も、先頭をずっとというのはこの日だけだったが。
この聖母マリア教会も雰囲気のある教会だ。 このとき、11:27頃。
聖母マリア教会_1
聖母マリア教会_2
聖母マリア教会_3
聖母マリア教会_4
聖母マリア教会_5
聖母マリア教会_6
聖母マリア教会_7
聖母マリア教会_9
少し先まで行ったところにあった家屋
少し先まで行ったところにあった家屋

 

スペイン巡礼旅行7-1

パラス・デ・レイ → メリデ(約15キロ)

今日は巡礼の歩き3日目。軽い食事のみ(他の人はおそらく食事抜き)で、暗い内にパラス・デ・レイの街を出発し、着いてから昼食をとるような感じで行くことになる。

朝食は含まれていません。
引き続き徒歩巡礼です。少し早めに出発しますと、お昼には到着出来ます。特にきつい上り下りはありません。最初の二日間の徒歩距離が長かったので、疲れが出る頃です。今日、明日と、少し短めの距離で身体を休めます。
Hotel Xaneiro Tel981 506 140 @メリデ泊


暗い内にパラス・デ・レイの街を出発
もうすぐ出発 このとき、07:33頃
もうすぐ出発
いざ出発 このとき、07:34頃
いざ出発_1
いざ出発_2
いざ出発_3
ポルトマリンで出会った馬の巡礼者に再び出会った。この先ではこちらが短いノッチを刻んだので、さすがに出会わなかったが。ここでも、あっという間に見えなくなった。私にも馬脚が欲しいところだ。
ポルトマリンで出会った馬の巡礼者に再び出会った
少し明るくなった。目の前には木製のオレオが。 このとき、08:00頃
少し明るくなった
今日の夜明けはこんな感じ。遠くの山が霞んでいるが、大丈夫だろうか?
今日の夜明けはこんな感じ_1
今日の夜明けはこんな感じ_2
皆同じことを考えたのか道が混み合う このとき、08:15頃
皆同じことを考えたのか道が混み合う
やはり今日もこういう道を延々と歩くのだろうか
やはり今日もこういう道を延々と歩くのだろうか
夜明け時には心配したが、杞憂だったらしく朝から好天のようだ。飛行機雲は朝から威勢が良さげだ。 このとき、08:33頃
今日は朝から好天のようだ
レンガのオレオではなく木製のものが目立つ
レンガのオレオではなく木製のものが目立つ

また、ロマネスク様式の教会が見えてきた
道が曲がりくねっているから先がなかなか見通せず、突然目の前に現れたロマネスク様式の教会。サン・シアーオ・ド・カミーニョのサン・シアーオ教会のようだ。ものすごい雰囲気のある教会だ。ここで小休憩。 このとき、08:36頃
サン・シアーオ教会_1
サン・シアーオ教会_2
サン・シアーオ教会_3
サン・シアーオ教会_4
サン・シアーオ教会_5
サン・シアーオ教会_6
サン・シアーオ教会_7
サン・シアーオ教会_8

 

スペイン巡礼旅行6

パラス・デ・レイにて

2日目の旅がやっと終わり、パラス・デ・レイに一泊する。この街は、ポルト・マリンと比べると大きな街だったが、あいにく日曜日でスーパーマッケットなどはお休みだった。
自覚してはいなかったが、相当な疲れがあったのか、写真は殆ど撮らなかったようだ。


サン・ティルソ教会を後にする
またも見かけたお馬さん。ポルト・マリン方向へ行くようだ。一体何をしているのだろう。
またも見かけたお馬さん
教会を後にする このとき、17:07頃。日本の標準時に慣れている身には異常に明るく感じる。そのはずだ。日本だったら、14:07あるいは15:07に相当する時間なのだから。
サン・ティルソ教会を後にする_1
サン・ティルソ教会を後にする_2
階段を下りるとパラス・デ・レイの中心街に出る
階段を下りるとパラス・デ・レイの中心街に出る_1
階段を下りるとパラス・デ・レイの中心街に出る_2
階段を下りるとパラス・デ・レイの中心街に出る_3

皆での夕食 このとき、19:04頃
予約しての夕食だったので、コース料理となってしまう
予約しての夕食だったので、コース料理となった_1
貧乏人のシャンパンと相成った
予約しての夕食だったので、コース料理となった_2
予約しての夕食だったので、コース料理となった_3
予約しての夕食だったので、コース料理となった_4
予約しての夕食だったので、コース料理となった_5
メインディッシュ

全員分…4人分だがものすごく大きな切り身だった。これを私は選択しなかった。
鱈_1
取り分けた一人分
鱈_2
イベリア豚
全員分…何人で頼んだか忘れたが、私も頼んだ。
イベリア豚_1
取り分けた一人分
イベリア豚_2
他の方の注文したものは難しく忘れてしまったが、ものすごいボリュームだった。案の定、食べきれなかったようだ。
これは何だろうか
食後のスイーツ
お米を潰したスイーツで、少しつぶつぶの食感を残したなかなかいけるものだった
食後のスイーツ

食後の散歩
粋な路面標示
粋な路面標示
食後の散歩に先程のサン・ティルソ教会にいった。夕日に映えて美しいたたずまいだった。 このとき、20:38頃
サン・ティルソ教会は夕日に映えて美しいたたずまいだった

とりあえずの朝食
着いたのが日曜で、スーパーマッケットなどはお休みだった。翌朝07:30の出発なので、朝食を買いそこねる形となり、出発後、朝食をとることにした。
そうはいうものの、ガイドの佐々木氏から、パンとオイル・サーディンと水の差し入れがあった。ありがたく、これを食した。

とりあえずの朝食

 

スペイン巡礼旅行5-3

再びパラス・デ・レイに向かって歩き出す。

エネルギー補給後に、再び歩きだす
名前が特定できなかった教会を通り過ぎる
名前が特定できなかった教会
綺麗なバラの花に癒される
綺麗なバラの花に癒される
こちらは『ヤコブ年』と呼ばれる特別な年用の特別な案内表示
『ヤコブ年』と呼ばれる特別な年用の特別な案内表示
のんびりしているのは牛さんくらいか?
のんびりしているのは牛さんくらいか
こちらは巡礼者ではない様子。然らば何者?わからないけど、道に大量の落し物をしないで欲しいものだ。
こちらは巡礼者ではない様子_1
こちらは巡礼者ではない様子_2
こちらは巡礼者ではない様子_3
残りは72km この時15:07
残りは72km
またまたロマネスクの素敵な教会が登場
似たような教会がこの辺にいくつかあるようだ。残念ながら名前を特定できなかった。 この時15:30頃
似たような教会があり、残念ながら名前を特定できなかった_1
似たような教会があり、残念ながら名前を特定できなかった_2
似たような教会があり、残念ながら名前を特定できなかった_3
さらに少し歩く
67.5kmの道標 この時16:30頃
67.5kmの道標
いよいよもう少しでパラス・デ・レイに入る
いよいよもう少しでパラス・デ・レイに入る_1
いよいよもう少しでパラス・デ・レイに入る_2
パラス・デ・レイ
やっとパラス・デ・レイの端の辺りに入る
やっとパラス・デ・レイの端の辺りに入る
残り66kmの道標 この時16:51頃
残り66kmの道標
パラス・デ・レイの中心街の入口にあるPARROQUIA DE SAN TIRSOという名前の教会
この巡礼で初めて教会の聖堂内部に入った。このあと、もっともっと素晴らしい聖堂をいくつか体験することになる。この教会のミサには夕食時間と重なるので与らなかった。
PARROQUIA DE SAN TIRSOという名前の教会_1
PARROQUIA DE SAN TIRSOという名前の教会_2
PARROQUIA DE SAN TIRSOという名前の教会_3
PARROQUIA DE SAN TIRSOという名前の教会_4
PARROQUIA DE SAN TIRSOという名前の教会_5
PARROQUIA DE SAN TIRSOという名前の教会_6
PARROQUIA DE SAN TIRSOという名前の教会_7
PARROQUIA DE SAN TIRSOという名前の教会_8

 

スペイン巡礼旅行5-2  2013.10.08 21:08追記

再びパラス・デ・レイに向かって歩き出す。

暫くは人里離れたところを歩く
干し草はロール状にして保管することが多いが、本格的な牧畜が営まれているこちらでは、四角く圧縮した状態にし、シートをかぶせておくだけのようだ。かなり大量の干草だ。これを食べ尽くすくらいだから、周囲の道は糞だらけになるだろうし、臭くもあるわけだ。
かなり大量の干草
漸く残り80km。ここも地名の表示がない。どことも書けないような場所なのだろうか?
漸く残り80km
やっと一般道路沿いのところに出た。若干の上りであるが、これくらいならば楽勝だろう。自転車野郎が楽しそうにペダルを踏んでいく。
自転車野郎が楽しそうにペダルを踏んでいく
路傍の花
路傍の花_1
路傍の花_2
山火事の跡。結構発生しているようだ。
山火事の跡
漸く集落と思しき所へ入る
廃屋も目立つ。この集落に住民はまだ住んでいるのだろうか?
廃屋も目立つ。この集落に住民はまだ住んでいるのだろうか_1
廃屋も目立つ。この集落に住民はまだ住んでいるのだろうか_2
集落を抜けようとした頃にそれなりの建物があった。このとき、12:10頃。空腹だけど、昼食はあと2時間後くらいかなあ。
集落を抜けようとした頃にそれなりの建物があった
ここは集落の外れくらいなので、それなりの道がついている。楽チンだ。
集落の外れくらいなので、それなりの道がついている
しばらくは我慢の道筋
さらに進み、残り78.1km。表示がサンチャゴ・デ・コンポステラに近づいたのか、細かい表示になってきたようだ。
残り78.1km
やっと見えたお店。普通なら昼食かと思うのだが、あっさり通過。そんな殺生な。このとき、12:33頃
やっと見えたお店だが、あっさり通過
十字架、そしてまた別の十字架
木の十字架
路傍に大きな十字架が。トレッキングシューズを置いていった人の気持ちがわかる気がした。
縦横無尽に飛ぶ飛行機に乗りたい。いや、この道を車で走るのでも良い。ついそんな誘惑に駆られる。

木の十字架
多少アップダウンはあるものの、非常に歩きやすい。空は抜けるように青い。気分はハイなのだが、足腰はローのままだ。
多少アップダウンはあるものの、非常に歩きやすい_1
多少アップダウンはあるものの、非常に歩きやすい_2
石の十字架
路傍に立てられていた石の十字架。かなり風化していてどんなデザインなのかよくわからない。多分こちらの面が幼子イエスを抱くマリア様。16世紀に建てられたラメイロスの十字架とのことだ。こちらの面はどうやらピエタ像のようだ。ピエタ(イタリア語:Pietà、哀れみ・慈悲などの意)とは聖母子像のうち、死んで十字架から降ろされたキリストを抱く母マリアのこと。
石の十字架_多分こちらの面が幼子イエスを抱くマリア様
多分こちらの面が磔刑に処せられたイエス
石の十字架_多分こちらの面が磔刑に処せられたイエス
またまた歩く
スペインといえばひまわりのはずだが、北部ではそう見かけなかった。
ひまわり
なんというものに乗って窓掃除をしているんだろうか
なんというものに乗って窓掃除をしているんだろうか
また、楽な道ではなくなった。このとき、13:46頃
また、楽な道ではなくなった
やっと見えた
上り坂を歩いていたら、目の前に。やっと本日の昼食場所のようだ。このとき、13:50頃
目の前に本日の昼食場所が出現した_1
目の前に本日の昼食場所が出現した_2

 

スペイン巡礼旅行5-1

本日も、パラス・デ・レイを目指してまだ薄暗いポルト・マリンを08:15頃に出発。遠いけれども頑張ろう。私には全行程を通じて初日が一番辛く感じたが、仲間が一番辛く感じたと口を揃えていたのが、この2日目。
朝食は近くのスーパーマーケットで前夜仕入れていたものを食べた。大した内容でもないし、疲れが残っていて、調子が出ないので、朝食の写真は撮らなかった。


15日(日) ポルト・マリン → パラス・デ・レイ(約24キロ)
朝食は含まれていません。
引き続き徒歩巡礼です。この日も朝10時頃出発すると、夕刻18時頃の到着でしょう。
しばらく登りが続きますが、慌てず、ゆっくりと進みましょう。
Pension Bar Plaza 982 380 109 @パラス・デ・レイ泊


本日の歩き出し
ミニョ川と呼ばれる川のダム湖だということがよくわかる
ミニョ川と呼ばれる川のダム湖だということがよくわかる
前日苦労して上がってきた道を下りだし、また、あの光景が見え出した。手前の橋も前日渡った橋も共に怖そうだな。それにしても、また、あの怖い橋を渡らなくてはいけないのかと、朝一番で少々怯んでしまった。
手前の橋も前日渡った橋も共に怖そうだ_1
手前の橋も前日渡った橋も共に怖そうだ_2
高所恐怖症の恐れおののきは杞憂に終わったが、またもや上り坂が始まる様子。前日の足の痛みが回復したわけではないのでかなり辛い。
朝のうちは寒さ対策をしている人が圧倒的に多かったが、私は半袖で頑張った。

またもや上り坂が始まる様子
あのワンちゃんファミリーも同じ頃に出発したようだ。
あのワンちゃんファミリーも同じ頃に出発したようだ
ちょうど良い場所だったので、ガイドの佐々木氏が巡礼の道の簡単な説明と今日の行程の簡単な確認とを行っている。今日は前日以上に先頭とビリの間の間隔が開きそうな予感。
ガイドの佐々木氏が巡礼の道の簡単な説明と今日の行程の簡単な確認とを行っている
残りは87kmか。微妙なところに札を貼る馬鹿な奴がいるので、小数点以下があるのかないのかわからない。ここは小数点以下が無いと思うことにしたい。
残りは87kmか
途中にて
こんな軽装で大丈夫なのって、心配になる手ぶらだ。
こんな軽装で大丈夫なの_1
身が軽い所為かお姉ちゃんたちは結構早く歩く。彼女たちのあとを追って、こちらも少し早足になっていたかもしれない。お兄ちゃんをついでに追い抜いた。
こんな軽装で大丈夫なの_2
彼女たちの欠点は、頻繁に休み、かなり長く休む。他人様のことを言うほど余裕はないが、もう少し粘って歩いたほうが良いのでは。
こんな軽装で大丈夫なの_3
スペインには松がいっぱい植えられている。日本のと種類が違うのか、松ぼっくりが大きい感じだ。
松ぼっくりが大きい
嫌だけど、坂道が始まる。
嫌だけど、坂道が始まる
畑を畝ったのだろうが、比較的大きな石がゴロゴロ。昔の日本の耕運機では歯が立たなさそうだ。こんなに石があるのだから、…
畑を畝ったのだろうが、比較的大きな石がゴロゴロ
こういう楽な道がしばらく続くと嬉しいのだが
こういう楽な道がしばらく続くと嬉しいのだが
先着組は既に
滅多にある訳ではないが、こうした休憩できる場所ですっかりリラックスしていた。水分の補給やストレッチなどをして、足腰を休めていたようだ。さらに背中を乾かしていた。そうした時間があるくらい前に到着していたようだ。こういうありがたい場所もトイレがあるわけではない。
すっかりリラックスしていた
再び歩き出す
本当に皆さん、よく歩くものだ。歩き出しでエンジンがかからない所為もあるが、あっという間に追い抜かれてしまった。
本当に皆さん、よく歩くものだ。
とある集落で、休みどころがあればいいなと思っていたが、何もなく虚しく通り過ぎる … 時刻11:07頃
休みどころがあればいいなと思っていたが、何もなく虚しく通り過ぎる_1
廃屋と思しき家屋もあった。これから先、かなり出てきた。スペインも一応は欧州の国家だから、少子高齢化の波が来て、特に農村部は人口減少が目立つのだろうか。
休みどころがあればいいなと思っていたが、何もなく虚しく通り過ぎる_2
第一回目の本格的小休憩
もう暫くないかなと思っていた頃、大したことはない店だが漸くあった。暫し小休憩をとる … 時刻11:20なので、3時間以上経過している。店の名前は、スタンプによれば、Café Bar Ó CASTRO でCASTROMAYOR - PORTOMARINにあるようだ。カフェバーなのかなあ。
大したことはない店だが漸くあった
仲間の足はぼろぼろで、非常に痛そう
仲間の足はぼろぼろ

 

近所の様子(4)

伊豆の滞在が一日伸びたので、別な記事を挟みます。m(_ _)m
またまた近所の様子を撮ってみた。

東急線柿の木坂変電所
東急東横線学芸大学~都立大学間に所在する。この建物は、約80年も経っているそうだ。
東急線柿の木坂変電所

素敵なお宅
このお宅の様子がとても好き
素敵なお宅

兵どもが夢の跡
あの横井英樹氏が経営するトーヨーボウルというボウリング場があった。そこはだいぶ前に取り壊され、今はBMWとMINIの販売店になっている。残念ながら私には無縁の高級車だ。
兵どもが夢の跡

向かいにはGIANTのショップが
2つの建物に入っている
向かいにはGIANTのショップが

こんなバスが
天ぷら廃油を燃料にしているようだ。
こんなバスが_1
こんなバスが_2

葉が似ている
木の格好はちょっと違うのだが、葉はそっくり。この木どうしは隣り合って植えてある。
あるお宅の敷地にジャカランダが植えてあった。その隣の敷地が物納で公園にしたのだが、隣の木に合わせてねむの木を植えようと考えたのではなかろうか?つまり目黒区の係員が誤認したのだと思っている。

ジャカランダ
ジャカランダの外観
ジャカランダの葉
ねむの木
ねむの木の外観
ねむの木の葉
ジャカランダ(Jacaranda)は、円錐花序に芳香のする薄紫色の花を付けるゴマノハグサ目ノウゼンカズラ科ジャカランダ属の落葉性高木です。花(花冠)は、漏斗状で、先端が5裂します。花後に成る丸い扁平な莢状の朔果には、たくさんの種子が入っています。
別名でキリモドキ(桐モドキ)と言われるように、ジャカランダの花は、キリ(桐)に似ています。葉は、細く羽状複葉で対生して付き、熱帯地方で清涼感を与えています。マウイ島では街路樹になっています。


高架下の耐震補強工事中
高架下の商店も一旦立ち退きで、かなり本格的に行うようだ。
高架下の耐震補強工事中

 

スペイン巡礼旅行4

ポルトマリンの町

笑われるかもしれないが、サン・ニコラーオ・デ・ポルトマリン教区の中心の街で、人口1,700人ほどの割と大きな町。ちなみにサリアは13,600人ほど。サリアの方が小さな街に見えるかもしれないが、サリアは新市街の方に人口が集中しているようだ。
ポルトマリンの位置:北緯42度48分26秒 西経7度36分57秒


街の中心はサン・ニコラーオ・デ・ポルトマリン教会
サン・ショアン教会 - 今日、サン・ニコラス教会と呼ばれているサン・ショアン教会は12世紀から13世紀にかけての建造で、サンティアゴ巡礼路にあるロマネスク教会。

サン・ニコラーオ・デ・ポルトマリン教会_1
サン・ニコラーオ・デ・ポルトマリン教会_2
サン・ニコラーオ・デ・ポルトマリン教会_3
サン・ニコラーオ・デ・ポルトマリン教会_4
教会を囲む建物等
教会を囲む建物等_1
教会を囲む建物等_2
教会を囲む建物等_3
教会を囲む建物等_4
結婚式が行われていた
結婚式が行われていた
手前の巡礼者と思しき人たちも結婚式ミサに与ったようだ。私も一度聖堂内に入ったが、草履ばきのラフな格好だったので、柄にもなく遠慮したのだが。後で聞いた話ではこの式でのヴァイオリン演奏が素晴らしかったそうだ。聞き逃して残念!!
手前の巡礼者と思しき人たちも結婚式ミサに与ったようだ
田舎のおじさん、おばさん、お姉さん、勢揃いの図
田舎のおじさん、おばさん、お姉さん、勢揃いの図_1
田舎のおじさん、おばさん、お姉さん、勢揃いの図_2
あまり若くはなさそうな新郎新婦のように見えた
あまり若くはなさそうな新郎新婦のように見えた_1
あまり若くはなさそうな新郎新婦のように見えた_2
あまり若くはなさそうな新郎新婦のように見えた_3
私が泊まったホテル。角の部屋だった。一応2方向が見えるのだが、残念なことにこの部屋には、トイレやシャワーがなく、なん部屋か共用だった。この街では贅沢はいえなさそうな感じだった。なお、夕食と朝食は各自勝手に行うことになっていたので、近くのスーパーマーケットに買いに行き、それで済ませた。
私が泊まったホテル
あれあれ、ワンちゃん達も車で移動ですねえ。
ワンちゃん達も車で移動ですねえ

 

スペイン巡礼旅行3-5  2013.10.04 00:29欠落画像追加

残り2桁になっても今日の宿泊地まではまだまだ。いい加減疲れてきたので、少し間引いて紹介する。

まだまだだが、ひたすら歩き通す
皆との距離が相当に離れだしたようだ。とのんびり構えている状況ではないのだが。
皆との距離が相当に離れだしたようだ
完全に仲間の姿が見えなくなったぞ
完全に仲間の姿が見えなくなったぞ_1
完全に仲間の姿が見えなくなったぞ_2
完全に仲間の姿が見えなくなったぞ_3
完全に仲間の姿が見えなくなったぞ_4
完全に仲間の姿が見えなくなったぞ_5
完全に仲間の姿が見えなくなったぞ_6
やっと昼食だ
皆のホッとした顔。予定を少しすぎて、14:28になっていた。
皆のホッとした顔_1
皆のホッとした顔_2
注文したのは、安くて栄養満点というふれこみの『巡礼者のスープ』と田舎のパンとジュースあるいは『貧乏人のシャンパン』など。疲れ果てて、激しい食欲などは湧かない。奇跡的にハエが写らなかったようだ。
『巡礼者のスープ』

ついに見えてきたポルト・マリンの街
ミニョ川と呼ばれる川のダム湖の上にある。かっての町はダム湖の下に沈んでしまったが、町の高台に移設された聖ニコラウス教会は、12世紀のロマネスク。半ば城塞のような外観をもつ珍しい建物である。
この高い方の橋を渡るようだ。正直言って非常に怖い。
ミニョ川に架かるこの高い方の橋を渡るようだ
街や橋を見ながら休んでいた我々の横を馬に乗った巡礼者が通りすぎる。すごく粋に見えた。
街や橋を見ながら休んでいた我々の横を馬に乗った巡礼者が通りすぎる_1
街や橋を見ながら休んでいた我々の横を馬に乗った巡礼者が通りすぎる_2
見た感じは相当に大きな川だ。大きいと思ったらダム湖になっているようだ。垣間見える建物の残骸は水没する前のものだとのこと。
ミニョ川_1
ミニョ川_2
ミニョ川_3
橋をなんとか渡ったら、次は階段
橋をなんとか渡ったら、次は階段
残り89.5km。道標の一番下にLUGOとあるが、ここがガリシア州の内のルーゴ県であることを表している。いつの間にか、随分歩いたものだ。
残り89.5kmの道標
階段の先
階段の先
これで本日の歩きはおしまいと思ったのだが
これで本日の歩きはおしまいと思ったのだが
足腰が悲鳴を上げている身体にひどく堪えるむちゃくちゃきつい上り坂が最後に待っていた。現在時間は16:50で、今朝の歩きだしから8時間20分ほどかかっている。
ひどく堪えるむちゃくちゃきつい上り坂が最後に待っていた_1
ひどく堪えるむちゃくちゃきつい上り坂が最後に待っていた_2
ひどく堪えるむちゃくちゃきつい上り坂が最後に待っていた_3
ひどく堪えるむちゃくちゃきつい上り坂が最後に待っていた_4
ひどく堪えるむちゃくちゃきつい上り坂が最後に待っていた_5
ひどく堪えるむちゃくちゃきつい上り坂が最後に待っていた_6
ひどく堪えるむちゃくちゃきつい上り坂が最後に待っていた_7
ひどく堪えるむちゃくちゃきつい上り坂が最後に待っていた_8
ひどく堪えるむちゃくちゃきつい上り坂が最後に待っていた_9

 

スペイン巡礼旅行3-4 2013.10.03 08:49欠落画像追加

見通しが開けるところで空もくっきり晴れだした。腹がすいてきたが、気分が良いので頑張る気が湧いてきた。

空がくっきりと澄んで気分が良い
多少見通しの良いところに出た
多少見通しの良いところに出た_1
多少見通しの良いところに出た_2
多少見通しの良いところに出た_3
とんでもない石が道の中央に。よそ見をして蹴躓いたりしたら、大怪我必至だ。気をつけなければ。
とんでもない石が道の中央に
曲がりくねった道を上ったり下ったり。飛行機雲のようにまっすぐ行けないものなのだろうか。
飛行機雲のようにまっすぐ行けないものなのだろうか
レンズの所為かなんでもない坂にみえるかもしれないが意外にきつい坂だった
なんでもない坂にみえるかもしれないが意外にきつい坂だ_1
なんでもない坂にみえるかもしれないが意外にきつい坂だ_2
なんでもない坂にみえるかもしれないが意外にきつい坂だ_3
なんでもない坂にみえるかもしれないが意外にきつい坂だ_4
なんでもない坂にみえるかもしれないが意外にきつい坂だ_5
漸く3桁最後の標識かと思ったら、余計な表示が付いていた
漸く3桁最後の標識かと思ったら、余計な表示が付いていた
少しずつ悪路に入りだした
少しずつ悪路に入りだした
私の心の中での残り2桁騒ぎ
漸く残り100km。だけど本当かなあ?道標を壊すやつは最低のやつだ。
漸く残り100km。だけど本当かなあ?
道はまだまだ続く。こんなふうに手を組んで歩いてみたいものだ。
こんなふうに手を組んで歩いてみたいものだ
路傍の花にちょっとだけホッとする
路傍の花にちょっとだけホッとする
先程の女の子達は意外に歩くのが早い。あっという間に遅れを取った。上り坂はどうやっても追いつけない。
先程の女の子達は意外に歩くのが早い_1
先程の女の子達は意外に歩くのが早い_2
先程の女の子達は意外に歩くのが早い_3
またまた残り100kmの道標が。やはり先のものは違ったのだろうか?何はともあれ、残りが2桁になったようだ。
またまた残り100kmの道標が

漸くサリアを出て初めてロマネスク様式の教会が見えてきた
英文の解説書によれば、Cemetary and Romanesque church of St Mary of Ferreiros at Mirallosとあった。やはりロマネスク様式の教会と墓地とだったようだ。
路傍にあったもの。何をするものか不明。現在の時間は13:35だ。お腹がすいた。
路傍にあったもの。何をするものか不明。
どのくらいの古さなんだろうか?
どのくらいの古さなんだろうか?_1
どのくらいの古さなんだろうか?_2
これは間違いなくお墓だろう
これは間違いなくお墓だろう

次回は何とか本日の宿泊地ポルト・マリンに到達しそうだ。

 

スペイン巡礼旅行3-3

1回目の本格的な小休憩を取った後、再び歩き出す。14時頃になるだろう昼食まで本格的な小休憩はない予定。

再び歩き出す
小休憩時に雨足が強くなってきたので雨支度をして歩き始める
雨支度をして歩き始める_1
雨支度をして歩き始める_2
雨支度をして歩き始める_3
ここはBARBADELOという集落で、残り107.5km地点のようだ。ゴール地点まではまだまだだ。早く残りキロ数が2桁にならないものか。
雨支度をして歩き始める_4
馬さんもいた
雨支度をして歩き始める_5_馬さんもいた
これから先は馬糞・牛糞だらけの道を歩くことになった。まだ、この辺は大したことがなかった。何故なら足の踏み場所を選ぶ余地があるからだ。
これから先は馬糞・牛糞だらけの道を歩く
ちょっとだけ歩きやすい道に出た
ちょっとだけ歩きやすい道に出た_1
ここはMERCADO DA SERRAという集落で、残り106km地点のようだ。
ちょっとだけ歩きやすい道に出た_2
ちょっとだけ歩きやすい道に出た_3
ちょっとだけ歩きやすい道に出た_4
ちょっとだけ歩きやすい道に出た_5
ちょっとだけ歩きやすい道に出た_6
ちょっとだけ歩きやすい道に出た_7
この辺は酪農が盛んなようだ
この辺は酪農が盛んなようだ_1
この辺は酪農が盛んなようだ_2
馬糞・牛糞の色が濃くなった。コースアウトした自転車の人はどうしたのだろうか?
馬糞・牛糞の色が濃くなった
ここで小休憩
雨が上がり、強い日が差してきたので、合羽等をしまう。
この時正午ごろだが、勿論、茶店のようなものなどなく、昼食後に無理がきかなくなる可能性大なので、もうしばらく歩き通すことになった。

強い日が差してきたので、合羽等をしまう
こちらのナメクジは異常なほど大きい。日本のものと種が違うのだろうか?
異常なほど大きいナメクジ
再出発前のメンバー
再出発前のメンバー
再び歩き出す
一転して暑さの中を歩くことに
一転して暑さの中を歩くことに_1
一転して暑さの中を歩くことに_2
一転して暑さの中を歩くことに_3
一転して暑さの中を歩くことに_4
一転して暑さの中を歩くことに_5
これはイベリア半島北部の高床式穀物倉庫で、『オレオ(ガリシア語:hórreo)』と呼ばれるもの。幅が薄く、ねずみ返しがあるのが特徴のようだ。決してビスケットの名前ではない。
イベリア半島北部の高床式穀物倉庫で、『オレオ(ガリシア語:hórreo)』_1
イベリア半島北部の高床式穀物倉庫で、『オレオ(ガリシア語:hórreo)』_2
純農村という感じの集落を抜ける
純農村という感じの集落を抜ける_1
純農村という感じの集落を抜ける_2

 

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