散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

ご近所の様子(14)

多少近所からは離れているが、恵比寿界隈。

渋谷橋を挟んだ渋谷川の上流側と下流側。渋谷という名前がつけられているが、場所的には恵比寿駅付近。確かにそういう名前の川と橋とが実在する。今のところ東横線の渋谷からすぐのところから渋谷川が眺められる。『今のところ』とわざわざ言うのは、東横線の渋谷から代官山駅間が地下化するからだ。『春の小川はさらさら行くよ』の河骨川(こうほねがわ)も、宇田川と合流し、さらに、渋谷川に合流する。そんな清冽な小川のイメージなどまったく無い。飽くまでも無機質な感じがする。
自動車を運転している人には、川を渡っているという感覚はまるで無いだろう。
渋谷橋・渋谷川_01
渋谷橋・渋谷川_02
渋谷橋・渋谷川_03
渋谷橋・渋谷川_04
渋谷橋・渋谷川_05
渋谷橋・渋谷川_06

明治通りと駒沢通りとが交差する『渋谷橋』。多くの人のイメージにあるのはこちらのほうだろう。しかし、ここは歩行者に優しくない。立体交差橋を渡らねば横断できないのだから。
渋谷橋交差点_01
渋谷橋交差点_02

明治通り沿いには瀟洒なビルが建ち並ぶ。その中で、異彩を放つ建物。建て直すか売却するかしたらよいのにと、他人様の懐具合も考えずに無責任にそう思うが、…。
異彩を放つ建物

東電を目の敵にしているわけではないが、この電柱の立て方は酷い。何とかならないものだろうか。仕方なく、道路側のガードを切り離してある。健康な人たちは不便を感じながらも何とか通行できるが、…。
電柱の立て方

別の日、上の写真と同じ場所でガス工事が行われていた。ガス管もポリエチレン管(黄色いパイプ)が当たり前の時代になった。耐腐食性、耐候性、耐震性、可とう性、耐薬品性に優れ、経済的だ。柏崎や仙台で多用されていれば、地震被害も少なかっただろうに。
ガス工事_01
ガス工事_02
ガス工事_03

 

ご近所の様子(13)

EOS 60DにはAEB(Auto Exposure braketing)という機能がついていることを最近になって知った。アンダー、適正、オーバーと露出を自動的に変えて、撮影できる機能のようだ。知ってしまったからには試したい。近くの目黒市民キャンパスで試した。
実際には、1ショットモードにしているときには、3回連続でシャッターを押す。低速(高速)連写モードにしているときには、1回シャッターを押す。そのどちらかでしなければいけないところを、1ショットモードにして1回だけシャッターを押したので、たぶんアンダーのものが1枚ずつ撮れたのだと思う。微妙な露出の違いを確認しそこなってしまった。何れかの日に、再度チャレンジして見ようと思う。

桑の実ブラックベリーを撮ったつもりだったが、ミナミアオカメムシも一緒に写真に入ってきてしまった。
『いわて町はドンと晴れ』http://iwatetsuchy.blog.fc2.com/の『桑の実で舌は紫色』の記事のとおりの世界が、目黒区八雲でも。非常に美味しそうで、カメムシ君にはお楽しみ中を恐縮だが退場してもらう。そうすれば、絶品のデザートになるはずだ。しかし、残念ながら我が家のものではない。
桑の実とミナミアオカメムシ桑の実だけ

緑のトンネル。目黒市民キャンパスにはこうした緑のトンネルがある。ちょいとだけ、ロマンティック。
緑のトンネル_1
緑のトンネル_2

ダリアだと思って撮った。
ダリア

別に機会に普通に撮ったフェイジョア。変わった感じの花だ。フトモモ科と書いてあるが、フトモモの花さえ知らない。困ったものだ。
フェイジョア_1
フェイジョア_2
フェイジョア_3
フェイジョア_4

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 ついでに、故郷の宣伝を
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小名浜港ではマグロに続き、カツオが水揚げされました。
八丈沖で獲れたカツオで、漁獲量は約60t、県内のスーパーなどで販売される予定だそうです。


この魚がダメなら、漁場を共有する他県の魚もみなダメということになります。当面(風評被害の嵐が去るまで?)、他都道府県には出荷しないようです。福島に来られた折りには、マグロもカツオも共に味わっていただけたら、本当に嬉しく思います。

http://iwakibyuro.exblog.jp/18154637/
http://iwakibyuro.exblog.jp/18156253/

 

明治神宮を歩く(7)

楼門。潜った辺りには大勢の外国人がいた。日本人の数より多いくらい。元首が祀られているというのは、興味を引くものなのだろうか?
桜門

楼門を潜るとそこには明るい境内が広がり、正面には外拝殿、奥には内拝殿、さらに後方に本殿が鎮座する。われわれは、外拝殿までのアクセスしか出来ないようだ。参拝時に内拝殿を見ることは出来るが、写真撮影は禁じられている。
正面の外拝殿_1
正面の外拝殿_2

ご神木「夫婦楠」。1920年(大正9年)のご鎮座当時に献木された楠。大樹に育ったご神木は「夫婦楠」と親しまれ、縁結び、夫婦円満、家内安全の象徴となっているとのこと。
ご神木「夫婦楠」_1
ご神木「夫婦楠」_2

 

明治神宮を歩く(6)

御苑を後にして、再び南参道に戻る。すると、参道右側に神社ではお馴染みの奉献された菰樽がずらり。多少数が多いだけで、驚くには当たらない。しかし、左側にはびっくり。奉献されたのは何とワインの樽。ブルゴーニュのそれだそうだ。
再び南参道に_1
再び南参道に_2
再び南参道に_3

さらに歩を進めると、南参道と北参道の出合い口のところに大鳥居(第二鳥居)がある。こいつはでかい。高さが12メートル、幅が17.1メートル、柱の太さが直径1.2メートル、重さが13トンもあり、木造の明神鳥居としては日本一の大きさを誇っているそうだ。
大鳥居(第二鳥居)_1
大鳥居(第二鳥居)_2

さらに行くと、正面に本殿前の鳥居。左側に手水舎。なにやら参拝の手順があるようだが、詳しいことは知らないので、委細構わず進むことにする。
本殿前の鳥居
手水舎

鳥居をくぐったすぐ左には客殿。われわれには縁が無いところであることは明白だ。
客殿

 

自家焙煎の珈琲店

恵比寿駅前から代官山駅に向かって駒沢通りを少し行ったところに、自家焙煎の珈琲店『ヴェルデ』がある。珈琲のような嗜好品は個人の好みが難しいから、私の好みを押し付けるつもりはまったく無い。

4月から毎週1回くらいの頻度で恵比寿に用事があって出かける。その途中にある店だ。行きがけは、親父さんが一生懸命焙煎作業をしていて、煙突から切なくなるほど、珈琲の妙なる香りを漂わせている。『ああ、この珈琲飲みたいなあ』と思うのだが、その時間はまだ開店準備中。
用事を済ませて帰り道、風向きによるもののかなり手前から、『おいでおいで』と誘ってくる。私は、ご飯の前に珈琲を飲むと、暫くご飯を食べたくなくなる。ちょっと思案のしどころだが、素通りできにくい。最初は我慢していたものの、香りの魅力には勝てなかった。
食い意地の張っている私は、他人様の調理しているところは、じっと見ておきたいほうだ。そんなわけで、行きと帰りとにヴェルデの様子を写真に収めた。

《開店準備中》
開店準備中_1
開店準備中_2
開店準備中_3

《息子の方》
息子の方_1息子の方_2息子の方_3息子の方_4
息子の方_5
息子の方_6
息子の方_7
息子の方_8
息子の方_9
息子の方_10
息子の方_11

《至福の一杯》ブラジルサントス№2の煎りの浅いものを注文した。同じ注文をしている嫌いがあるので、次回は違うものを試して見よう。
至福の一杯

《おやじの方》
おやじの方_1
おやじの方_2

 

明治神宮を歩く(5)

花菖蒲田から右側の園路へ上り、水路を左下に見ながら北方向へ歩く。ほどなく清正井(きよまさのいど)のある場所に着く。その井戸にはきれいな水が滾々と湧き出ている。どこぞの占いを得意とする芸人が、パワースポットだと繰り返したらしく、次から次と人が訪れる感じ。
『この地に下屋敷を構えていた加藤清正が掘ったと伝えられ、一年中絶ゆることなく湧き出る清水は南池の水源となり、掘り方の巧妙と水質の優秀なことは早くから世に知られている』との説明書きが。
清正井_1
清正井_2
清正井_3

帰路、花菖蒲に見入っている人たちを、少し遠くから眺める。やはり、狭い感じは否めない。
花菖蒲に見入っている人たち_1
花菖蒲に見入っている人たち_2

 

明治神宮を歩く(4)

御釣台から園路を北に行くと待望の花菖蒲田がある。植えられている花菖蒲は江戸系で当初80余種だったが、現在150種、大株1,500を超える規模となっているそうだ。七千平米の菖蒲田に四百種超、十四万株、それも江戸系、肥後系、伊勢系の3系統のすべての花菖蒲が育てられている『横須賀しょうぶ園』とは勝負にならないくらいの小ささだ。しかし、都心でこんなふうに花しょうぶを楽しめるのは、とても有難い話だ。
恥ずかしながら、私には、菖蒲(あやめ)・花菖蒲(はなしょうぶ)・杜若(かきつばた)の違いがわからない。菖蒲湯に入れる「菖蒲」と葉の形が似ていて綺麗な花を咲かせるから花菖蒲というのはわかる。そこから先は、…。まあ、ここが花菖蒲田だとしているので、素直に信じることにしよう。
花菖蒲_1
花菖蒲_2
花菖蒲_3
花菖蒲_4
花菖蒲_5
花菖蒲_6
花菖蒲_7
花菖蒲_8
花菖蒲_9
花菖蒲_10

花菖蒲田の中ほどの小高い場所に二つ目の四阿がある。そこに上ると、確かに花菖蒲田が一望できるが、どうしても人間の方が目立ってしまう。だからここにとどまる人はそれほどではなかった。
二つ目の四阿_1
二つ目の四阿_2
二つ目の四阿_3

花菖蒲田は、 曲がりながら次第に細長くなり北方向へと続いていく。
花菖蒲_11
花菖蒲_12
花菖蒲_13
花菖蒲_14
花菖蒲_15
花菖蒲_16

 

明治神宮を歩く(3)

御釣台の反対側は、小高い斜面の芝生の庭になっている。その奥まった位置に隔雲亭がある。明治天皇のご意向により皇后のために建てられたが、戦災により焼失。昭和33年(1958)に再建した建物。いまは時々お茶会の席が催されるようだ。
隔雲亭_1
隔雲亭_2
隔雲亭_3
隔雲亭_4

その前庭には、躑躅の植え込みが。もう少し前の時期には、隔雲亭から躑躅越しに南池を眺める景色は最高なのだろう。
前庭の躑躅の植え込み_1
前庭の躑躅の植え込み_2
前庭の躑躅の植え込み_3

 

明治神宮を歩く(2)

参道から逸れ、本来の目的の明治神宮御苑の花菖蒲を愛でることにする。

「うつせみの 代々木の里は しづかにて 都のほかの ここちこそすれ」
明治天皇がこのようにお詠みになりました御苑は、江戸時代初期以来加藤家、井伊家の下屋敷の庭園でしたが、明治時代に宮内省の所轄となり、代々木御苑と称され、明治天皇、昭憲皇太后にはたびたびお出ましになられたゆかりの深い名苑です。
苑内には隔雲亭(かくうんてい)、お釣台、四阿(あずまや)、菖蒲田(しょうぶだ)、清正井(きよまさのいど)などがあり、曲折した小径が美しい笹熊の間を縫い、武蔵野特有の面影をとどめている名苑です。


御苑に入るには、御苑維持協力金として500円を徴収される。ちと高い。

御苑に入って暫くは下り道。
御苑に入って暫く_1
御苑に入って暫く_2
御苑に入って暫く_3
御苑に入って暫く_4

突如視野が開ける。南池が左に見え水面に張り出して御釣台がある。御釣台は、明治天皇のご意向により設けられたウッドデッキのもの。そこで、皇后も時々釣りを楽しまれたようだ。池には睡蓮の花が咲いていた。
御釣台から見る睡蓮の花_1
御釣台から見る睡蓮の花_3

御釣台のそばの見事な枝ぶりの松。
御釣台のそばの見事な枝ぶりの松_1

ついでに南池の様子。面積約8000平米。この奥の清正井を主な水源とし、睡蓮の花咲く夏の頃の眺めは殊に美しく、冬は水鳥たちの楽園だそうだ。確かに美しい池だ。
南池の様子_1
南池の様子_2
南池の様子_3
南池の様子_4

 

明治神宮を歩く(1)

明治神宮御苑の花菖蒲を見たくて、ついでに明治神宮も参拝しようという計画を立てた。

明治神宮は、明治天皇と昭憲皇太后を祭神とする神宮。
1912年(明治45年)に明治天皇が崩御し、続いて、1914年(大正3年)に皇后であった昭憲皇太后が崩御すると、政府は神社奉祀調査会を設置して審議し、大正天皇の裁可を受けて、1915年(大正4年)5月1日、官幣大社明治神宮を創建することが内務省告示で発表された。
造営は翌1915年(大正4年)から開始され、全国から13,000人もの国民が労力奉仕に自発的に参加した。鎮座祭は、1920年(大正9年)11月1日に行われた。


というのが、明治神宮の始まりのざっとした経緯だ。
明治天皇が崩御されて百年になることから、今年の7月30日に明治天皇百年祭が開催されるようだ。

山手線を跨ぐ陸橋である『神宮橋』は、鎮座に先立つ1920年(大正9年)9月に完成した。
神宮橋_1
神宮橋_2

『一の鳥居』。明治神宮には出雲大社と同様に、鳥居が三つたてられている。一の鳥居、二の鳥居(大鳥居)、そして本殿前の鳥居。この一の鳥居もかなり大きい。
一の鳥居

『南参道』。緑あふれる様子が嬉しい。参拝者も気持ちよさそうに歩いている。内苑には日本各地や朝鮮半島・台湾からの献木365種約12万本が、世代交代をも考慮して計画的に植えられた。お蔭で約100年後の今も緑あふれる林を享受できている。

参道_1
参道_2
参道_3

『神橋(しんきょう)』。参道の中ほどにある。下には水の流れがある。流れは明治神宮の中にある明治神宮御苑からの流れだ。
神橋(しんきょう)_1
神橋(しんきょう)_2
神橋(しんきょう)_3

 

駒込界隈を歩く(8)

蓬莱島と臥龍石。岩崎弥太郎が買収してから、設置したもののようだ。
蓬莱島と臥龍石_1
蓬莱島と臥龍石_2
蓬莱島と臥龍石_3
蓬莱島と臥龍石_4

滝見の茶屋。滝見というには大人し過ぎる感じ。枯山水に近い感じだった。
滝見の茶屋_1
滝見の茶屋_2

 

駒込界隈を歩く(7)

六義園は、『回遊式築山泉水庭園』で、躑躅が効果的に植栽されている。躑躅の盛りのとき、さぞや美しいことだろうことは容易に想像できる。
回遊式築山泉水庭園_1
回遊式築山泉水庭園_2
回遊式築山泉水庭園_3
回遊式築山泉水庭園_4
回遊式築山泉水庭園_5
回遊式築山泉水庭園_6
回遊式築山泉水庭園_7
回遊式築山泉水庭園_8
回遊式築山泉水庭園_9
回遊式築山泉水庭園_10

 

駒込界隈を歩く(6)

旧古河邸庭園から六義園への道すがら

『花咲か 七軒町 植木の里』の石碑を見つけた。この染井は『そめいよしの』を生んだ里なんだ。
染井_1
染井_2
染井_3
染井_4


六義園

そしていよいよ六義園に入る。案内図では『通常は閉門』と書かれている染井門のみが開門。私には好都合だった。
入ってすぐの『千里場』。馬場の跡だ。どうりでまっすぐな道が続くはずだ。でも木の枝が結構低いところにあって、ぶつかったりしなかったものだろうか?
千里場_2
千里場_3

園内にはいくつもの橋が架かっている。
六義園の橋_1
六義園の橋_2
六義園の橋_3
六義園の橋_4
六義園の橋_5
六義園の橋_6
六義園の橋_7
六義園の橋_8

 

新橋演舞場に『六月大歌舞伎』を観に出かけた

福山雅治から贈られた引き幕。隈取をデザインしたそれは大評判のようだ。
福山雅治から贈られた引き幕_0

新橋演舞場に『六月大歌舞伎』を観に出かけた。今回の公演は、初代市川猿翁、三代目市川段四郎五十回忌追善興行であり、同時に、二代目市川猿翁、四代目市川猿之助、九代目市川中車襲名披露、五代目市川團子初舞台の注目の舞台でもある。歌舞伎好きの妻と違い、テレビ桟敷専門に成り下がり、前回の観劇はいつだったか思い出せないほど昔のことになる。新橋演舞場は、その間に何と劇場が建て替わってっていた。

昼の部は、岡本綺堂作の新歌舞伎『小栗栖(おぐるす)の長兵衛』、口上、『義経千本桜・川連法眼館(かわつらほうげんやかた)の場』という演目構成。上演中の撮影録音は一切NGだから、以降は私の拙い文章で。

『小栗栖(おぐるす)の長兵衛』は、香川照之が市川中車襲名後の初舞台。岡本綺堂は、半七捕物帳だけでなく、歌舞伎も手がけていたんだ。村中が嫌う無法者の長兵衛。三日天下の明智光秀に最初に竹槍を当てたことが知れ、一転、英雄と持ち上げられるというやや皮肉な内容の芝居。それこそ筋書きも何も無くとも楽しめるものだ。
中車が熱演し、一門を挙げて支えたから楽しめる舞台になっていた。中車は間がものすごく良い。歌舞伎流の腰の構えが出来てくると、より見栄えがするようになると思う。
小栗栖(おぐるす)の長兵衛

口上は、実に良かった。頭のいい家系だけあって、実に見事。段四郎・亀治郎親子は、頑として襲名披露を拒んできたのに、諸般の事情で引き受けざるを得なかった。亀治郎は、猿之助の名跡を引き受けたからにはという悲壮な決意をはっきり見せていた。従兄の香川照之も、いろいろなしがらみを振り切っての中車襲名だ。どんな思いが胸中をよぎったのだろうか?
二代目市川猿翁
四代目市川猿之助
九代目市川中車
五代目市川團子

『義経千本桜・川連法眼館(かわつらほうげんやかた)の場』という演目は、現在の歌舞伎界では、猿之助のためにあるような演目だ。三代目猿之助の演技も素晴らしいものだと思うが、四代目も決して負けていない。宙乗りをして、フェードアウトしていく際に、桜の花びらに見立てた紙片が盛大にまかれた。私の席にもだいぶ降ってきたが、実物の桜よりもかなり大きな紙片だった。
義経千本桜・川連法眼館(かわつらほうげんやかた)の場

あらすじは次のようなもの。

義経主従は吉野の川連法眼のもとに匿われていた。
そこへ佐藤忠信が義経を訪ねてくる。静もいっしょかと思えばさにあらず、預かった覚えもないと言う忠信に疑いをかける義経。すると、再び静の供で忠信が来たという取り次ぎの声。忠信がふたり?!
心当たりがあるという静御前に詮議が任されることになった。
静が初音の鼓を打つと、どこからともなくもう一人の忠信が現われる。鼓の音色に聴き入っている忠信の油断をついて切りかかる静。ヒラリとかわす忠信。
正体を尋ねると、実は、初音の鼓の皮は親狐で、自分はその子どもだと言う。親恋しさの一心から鼓を持つ静の供をしてきたのだと。奥の間で仔細を聞いていた義経は、源九郎狐に初音の鼓を与えることにする。喜びにうちふるえる源九郎狐。
その恩義を感じた源九郎狐。夜討ちを企てた悪僧どもを化かして館に引き入れ、狐の神通力で懲らしめると、初音の鼓を手にいずこかへ。


冒頭で紹介した引き幕。これから一年程使い続けるOnly Oneのものなので、大事にしているのだろう。わずか5分間くらいのお披露目だった。
福山雅治から贈られた引き幕_1
福山雅治から贈られた引き幕_2
福山雅治から贈られた引き幕_3
福山雅治から贈られた引き幕_4

最後に、現在建築中の歌舞伎座
現在建築中の歌舞伎座_1
現在建築中の歌舞伎座_2

 

駒込界隈を歩く(5)

旧古河邸庭園の最後に日本庭園を見て廻った。洋館と洋風庭園は、ジョサイア・コンドルの設計だが、日本庭園は著名な作庭家の小川治兵衛(植治)により作庭された。心字池を中心に、大滝、枯山水、茶室等を配する本格的な回遊式庭園。

心字池。『心』の字に似せて造った池といわれるが、どうやったら『心』の字に見えるのか、わからなかった。しかし、日本庭園に入った途端、深い心の落ち着きを感じた。さすが、植治が作った庭だ。惜しむらくは水質の悪化だ。どこぞの国の政治家の心のようだ。
心字池_1心字池_2心字池_3心字池_4心字池_5
庭園内には、幾つかの灯籠があった。
奥の院型灯籠
奥の院型灯籠
泰平型灯籠
泰平型灯籠
雪見型灯籠
雪見型灯籠_1
雪見型灯籠_2
こちらは十五層塔。奇数積みが原則と書いてあるのに、数えたら十四層分しかない。どうしたのかと思ったら、足元にあった。
十五層塔

茶室。春と秋のみ、抹茶を出しており、お茶席利用の方のみ入室可能とのこと。
茶室_1
茶室_2
書庫。洋館より威厳ある佇まい。
書庫

日本庭園からは洋館がこんなふうに見える。
日本庭園から見た洋館

 

駒込界隈を歩く(4)

前回の続き。クローズアップした花は順に、
カクテル
カクテル
ユキサン
ユキサン
ピース
ピース
バルカロール
バルカロール
フラウ・カール・ドルシュキ
フラウ・カール・ドルシュキ

 

林試の森を歩く(2)

次はニオイドロノキ。以前から植えられていたんだろうけど、まるで知らないでいた木。ヤナギ科とのことだが、ヤナギのイメージには程遠い感じ。
ニオイドロノキ

次はお馴染みクスノキ。といっても、名前は知っているが、特徴を言えるほど通じてはいない。
クスノキ

橋を渡る人も非常に気持ちよさそう。
橋を渡る人も非常に気持ちよさそう

次はモミジバスズカケノキ(紅葉葉鈴懸の木)。大変な巨木なのだが、地上すれすれのところで二つに分かれ、その一方は、さらに数mほどのところで二つに分かれていた。遠目には、3本のプラタナスが寄り添っているように見えるが、実は1本の木なのだ。
モミジバスズカケノキ

管理事務所前の広場。不思議と落ち着くスペースだ。
管理事務所前の広場

次はアメリカスズカケノキ。ここは並木になっているので壮観だ。
アメリカスズカケノキ_1
アメリカスズカケノキ_2
アメリカスズカケノキ_3

次はケヤキ。硬く締まった感じがする。家具や小物の材料に最適なのも肯ける。
ケヤキ

 

林試の森を歩く(1)

目黒区と品川区とに跨って立地する『林試の森公園』を実に久しぶりに歩いた。いわゆる『林試』はつくばに移転してしまったが、跡地は東京都によって整備され、平成元年6月に『都立林試の森公園』として生まれ変わった。人の手の入っているのが『林』で、自然に生えているのが『森』である。もともとは林業試験場だったのだから、間違いなく人の手が入っている筈だ。『林試の林公園』とすべきだったかもしれない。

ここはかなりの巨木が目立つ。門外からちょっと中を覗いただけで、うっそうとした林が目に入る。
門外からちょっと中を覗いた
ついで、ポプラ。背はかなり高いが、幹はそれほど太くはない。スリムな樹木だ。枝が上を目指すように展開し、箒のような形になる。
ポプラ_1
ポプラ_2
次はシラカンバ。蓼科あたりでよく見られる樹木だ。決して寒くはない東京でも無事に育つようだ。
シラカンバ
菩提樹。釈迦は菩提樹の下で悟りを開いたとされるが、このときの菩提樹はこの樹木ではなくインドボタイジュだったようだ。
菩提樹
ちょっとした広場で子供たちがサッカーに興じていたが、木が高くてい気持ちの良い空間になっていた。
サッカーに興じている子供たち
次はアメリカトネリコ。ずっとローアングルから撮ろうとしているので、自分が小人になった気分だ。
アメリカトネリコ
次は、だいぶ前から放置されている巨大な倒木。2枚目を見ていただければわかると思うが、巻き添えを食らった普通の木が真っ二つに裂けていた。
巨大な倒木_1
巨大な倒木_2

 

駒込界隈を歩く(3)

前回の続き。クローズアップした花は順に、
熱情
熱情
アンジェラ
アンジェラ
アルベリック・バルビエ
アルベリック・バルビエ
マリア・カラス
マリア・カラス
ブルーライト(青いバラとされるもの)
ブルーライト(青いバラとされるもの)
スブニール・ド・アンネ・フランク
スブニール・ド・アンネ・フランク
メリナ
メリナ
ドフトゴールド
ドフトゴールド
ツル聖火
ツル聖火

 

駒込界隈を歩く(2)

旧古河邸庭園の売り物の洋風庭園。バラが有名なのだが、春の開花の盛りは過ぎ、お終いになったものや、辛うじて咲いてはいるものの、勢いが失せつつあるものが多かった。そこが残念だった。私の印象からすると、ベルサイユ宮殿の庭園の小型版という感じ。
本館の前はこんなふう。
本館の前_1
本館の前_2
本館の前_3
本館の前_4

一段下がった部分はこんなふう。何しろ狭い。間近に見ることが出来る利点はあるが。飽くまでも、お大尽が限られた数の招待客をもてなすためのものだったのだろう。おばさんが立ち止まると、先に進みにくい。コンデジや携帯で撮っている人たちが殆どだから、やたら時間が掛かる。あちこちで通せんぼを喰らった挙句、記念写真のシャッター押しまで図々しく頼んでくる。嫌になってしまう。
バラを愛でる

クローズアップした花は順に、
ローラ
ローラ
プリンセス・ミチコ
プリンセス・ミチコ
カーディナル(枢機卿の色)
カーディナル(枢機卿の色)
ゴールデン・メダイヨン
ゴールデン・メダイヨン
ヨハネパウロ2世(前教皇)
ヨハネパウロ2世(前教皇)

 

駒込界隈を歩く(1)

駒込界隈を歩いた。最初は旧古河邸庭園だけのつもりだったが、どうせだからと、六義園にも足を伸ばした。

まずは、旧古河邸庭園に向かう。北側の小高い丘には洋館を建て、斜面には洋風庭園、そして低地には日本庭園を配したのが特徴。ここは明治の元勲・陸奥宗光の別邸だったが、次男が古河財閥の養子になった時、古河家の所有となったもの。財閥が資金力に物を言わせて、モダンな洋館を建て、造園にも励んだようだ。

まずは、洋館。入園料だけでは館内には入れないので、館外から見るだけ。それで十分の様な気もしないでもないが、果たしてそうなのだろうか?洋館は他の方のブログの写真を見た限り、正直なところあまり綺麗には見えなかった。そんな筈は無いのに、何故そう見えてしまうのか確認したかった。行って見てわかった。外壁の真鶴産の新小松石(安山岩)の野面積が原因だ。こいつの所為で写真写りが安っぽくなってしまい勝ちなんだろう。而して私の写真は、…。ライトアップよりかは天然の照明の方がわずかによかったくらいか。
建物は、私の印象からすると、マナーハウスという感じ。
旧古河邸洋館_1
旧古河邸洋館_2
旧古河邸洋館_3
旧古河邸洋館_4
旧古河邸洋館_5
旧古河邸洋館_6
旧古河邸洋館_7
旧古河邸洋館_8

 

ご近所の様子(12)

ごくご近所で見かけた花たち。

小海老草。ちゃんと手入れしていればと思うのだが、空き地で放置されている。でもなかなか…
小海老草

どうにもわからないのが、似ているといわれるガクアジサイとアマチャとの違い。
私が勝手にガクアジサイだと思い込んでいるのがこちら。
ガクアジサイかな_1
ガクアジサイかな_2
それに対して、私が勝手にアマチャ(甘茶)だと思い込んでいるのがこちら。違うかなあ。
アマチャかな_1
アマチャかな_3

アマチャかな_2

ヒューケラ。ユキノシタにかなり似た感じだと思ってが、何という名前かつい最近まで知らなかった。多彩な葉色を楽しむことができる。寄せ植えなどをすると、持ち味を発揮する。
ヒューケラ_1
ヒューケラ_2

トケイソウ。いつ見ても不思議な造形だと思う。
トケイソウ

見事な刈り込みのつつじ。植木屋さんに手入れを頼んでいるのだろうか?
つつじ

シモツケソウ(下野草)も見ごろ。花言葉は、『たおやかな風景』とか『整然とした愛・努力・余裕・遊び』だそうだ。下野が原産地なのだろうか?
シモツケソウ

 

軍港めぐり(8)

あすか(JS Asuka, ASE-6102)は、海上自衛隊の試験艦。海上自衛隊としては15年ぶりの試験専用艦で、省力化やステルス化を目的とした艦載兵器実験艦。絶対に内部を見せない機密の塊の艦船だけど、外見はごく普通だ。
あすか_1
あすか_2
あすか_3

やまぎり(JS Yamagiri, DD-152,旧 TV-3515)は、海上自衛隊の護衛艦。
やまぎり

ひゅうが(JS Hyūga, DDH-181)は海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦 (DDH)。やまぎりと比較すると、巨大さがよくわかる。軽空母ではないのだが、…。
ひゅうが_1
ひゅうが_2
ひゅうが_3
ひゅうが_4

 

上野から谷根千へ(5)

皆が疲れてきたので、そろそろ帰る準備に。

経王寺の山門と本堂。経王寺は1868年(慶応4年)の上野戦争で敗走した彰義隊士を匿い、新政府軍の攻撃を受けた。山門には今も銃弾の痕が残っているとのことだ。そうと知っていれば、よく見ておくのだったが、このときはかなり疲れていて、先を急いでしまった。歩いているときは全く気がつかなかったけど、あの道路標識は何で黄色く撮れてしまったのだろうか?
ここから『夕やけだんだん』、谷中ぎんざ商店街はすぐだ。
経王寺の山門
経王寺の本堂

『夕やけだんだん』から谷中ぎんざ商店街。確かにムードのあるところではあるが、…。商店街は、平日だったからか、それほどの人出ではなかった。
『夕やけだんだん』から谷中ぎんざ商店街_1
『夕やけだんだん』から谷中ぎんざ商店街_2
『夕やけだんだん』から谷中ぎんざ商店街_3
『夕やけだんだん』から谷中ぎんざ商店街_4

指人形の笑吉さんの店内で。指人形劇を30分ほど堪能したあと、似顔絵を描いてもらった。それをも指人形で行う。つまり指1本で描くわけだ。器用なものだ。作品は私がモデルなので割愛。代わりに指人形コレクションから幾つか。指人形劇は抱腹絶倒の面白さで、爆笑の渦。お勧めしたい。
指人形の笑吉_1
指人形の笑吉_2
指人形の笑吉_3
指人形の笑吉_4
指人形の笑吉_5

 

上野から谷根千へ(4)

この界隈(三崎坂から谷中の高台)はお寺さんの密集地域だ。その殆どが明治より前のものだろう。今回は敢えて寺院以外を取り上げる。

有限会社石六。なんてことは無いお店のようだが、TBSの人気ドラマだった『寺内勘太郎一家』のモデルといわれる店。結構新しい外装に見えるが、市内局番が3桁のままだから、それなりに古いようだ。愛想など何も無いようだが、1469とか0146とか、さりげなく覚えてもらう努力を…
有限会社石六

お寺さんの本堂が幼稚園の一部になっている台東初音幼稚園。幼稚園は、外観から子供が親しめるようなものを志向するのが殆どだと思うが、インパクトの強いお堂とは。もちろん、現代風の別館もあったが。
台東初音幼稚園

その左隣の花屋さん。こちらも古そうな建物。お地蔵様は、幼稚園側のものだろうか?
幼稚園左隣の花屋さん

幼稚園の真向かいの酒屋さん。配達車両があるから、営業はしているのだろう。
幼稚園真向かいの酒屋さん

谷中絵馬堂というお店。湯島で「祈願堂」というお店をやっている主人が、いずれ引退したあとは自宅で店でもできれば、と改装したお店だそうだ。自慢のランチをいただきたかったが、あちこちで少しずつかっこんだので、満腹状態。
谷中絵馬堂

 

上野から谷根千へ(3)

いよいよ谷根千(谷中・根津・千駄木)へと向かう。もちろん徒歩で。ここは下調べをしていく方が、絶対に良い。

いきなりで恐縮だが、さして広くない通りに、銭湯の煙突。この辺りは、昔は内湯ではない家が多かったんだろう。
銭湯の煙突

メジャーではない通りには、長屋のような住宅が多かった。そこには、いろいろな花が軒先に置いてあった。ヤマオダマキ(?)、風知草…
いろいろな花が軒先に_1
いろいろな花が軒先に_2
いろいろな花が軒先に_3

さんさき坂(三崎坂)の途中にある谷中小学校。その敷地にあるちょっとレトロな時計塔。辰刻で考えるとき、午が12時で2時間刻みって覚えればよいのかな。でも同じ時計で12時間一回りと24時間一回りとが一緒だとわかりにくいのでは。
レトロな時計塔

このまちで鼈甲店を見かけるとは思わなかった。ちらと見た限りでは、私の可処分の範囲には…
鼈甲店

『平成7年度台東区まちかど景観コンクール』で『まちかど賞』に輝いた旧谷中初音町2丁目の建物。蒲生家の建物を再生保存したものだそうだ。
まちかど賞

錻力店吉川。『錻力』とは何か思い浮かばなかった。簡単な話だったが、見た通り『ぶりき』と読めばよかった。だから、ブリキか青銅かの金属板を建材に使用していた訳だ。
錻力店吉川_1
錻力店吉川_2

谷中初音小路。随分とレトロな小路だ。
谷中初音小路

 

軍港めぐり(7)

新井堀割水路。左側は吾妻島。現在はアメリカ海軍の燃料倉庫になっている。その昔は右側の陸地部分と地続きになっていて、船舶でここを越すには大きく迂回しなければならなかったので、利便を図るため、明治の時代に旧日本海軍が掘り崩して水路を作った。
新井掘割水路

あまぎり(JS Amagiri, DD-154)は、海上自衛隊の護衛艦。漸く、護衛艦を目にした。護衛艦が全て出払って不在の異常事態なんて、想像したくもなかったから、…。
あまぎり_1
あまぎり_2

えんしゅう(JS Ensyu, ASM-4305)は、海上自衛隊の多用途支援艦。除籍後に標的艦として処分される艦船を沖合いまで曳航するなどということも、用途の一つらしい。
えんしゅう

おおなみ(JS Oonami, DD-111)は、海上自衛隊の護衛艦。
おおなみ

水中処分母船「YDT03」。水中処分隊(機雷、水中爆発物等の処理を行う部隊)の母船。
水中処分母船「YDT03」

 

上野から谷根千へ(2)

木が邪魔をしているが、上野の山にある『時の鐘』だ。案内標識によれば、『花の雲 鐘は上野か 浅草か』と芭蕉が詠んだ鐘は、ここの鐘だとのこと。上野精養軒のハヤシを食べたくて、そのついでに撮った。
時の鐘_1
時の鐘_2

不忍池辯天堂。弁天堂は寛永寺の伽藍の一つで、竜泉弁天院を開基した備中松山城主の水谷伊勢守により1625年に建設された。当時から芸能の神様として多くの人に信仰されているとのこと。
不忍池辯天堂_1
不忍池辯天堂_2

不忍池の鳥たち。カルガモ、ユリカモメ、…と撮るつもりだったが、殆どお出掛け中なのか、撮り損ねた。
不忍池の鳥たち_1
不忍池の鳥たち_2

不忍池のボート池。このほかに、一面が蓮で覆われる蓮池と上野動物園の中に位置しカワウが繁殖している鵜の池とがある。
不忍池_1
不忍池_2


不忍池からちょっと歩いて、旧岩崎邸に向かった。
1961年に洋館と撞球室が重要文化財に指定。1969年に和館大広間が洋館東脇にある袖塀と共に、1999年に煉瓦塀を含めた屋敷全体と実測図がそれぞれ重要文化財に指定された。
正面にある洋館はゲストハウスとして使用されていたとのこと。偶々NHKの撮影クルーが、『華族達の暮らし』を撮影する準備をしていた。ADが、『説明を聞く客役になりませんか』といってきたが、お断りした。何で岩崎弥太郎と華族とを強引に結び付けようとするのだろうか?
洋館_1
洋館_2
洋館_3
洋館_4
洋館_5
洋館_6

和館はなにやら大規模な修復工事を行っているようで、現在は休館中。ここだけは見たかった。
和館

 

上野から谷根千へ(1)

特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」を鑑賞し、その後、谷根千へ繰り出した。

上野恩賜公園開園式典130周年を記念し、2006年7月に上野恩賜公園野球場で句碑の除幕式と正岡子規記念球場の愛称が披露された。句碑には「春風や まりを投げたき 草の原」の句が刻まれている。
正岡子規記念球場_1
正岡子規記念球場_2

特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」が東京国立博物館の平成館で長期開催されていた。平日だからガラガラだろうと思っていたが、予想に反して大変な人出だった。日本は間違いなく、老人比率がかなり高い国になっていることを実感した。
特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」_1
特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」_2
特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」_3

休館中の『表慶館』。1900年(明治33年)、皇太子(後の大正天皇)のご成婚を記念して計画され、1909年(明治42年)に開館した、日本で初めての本格的な美術館。1978年(昭和53年)、重要文化財に指定された。東洋館リニューアルオープン準備に伴う物品移動のため、 表慶館前に作業用フェンスが設置されていて、多少艶消しになっていたのが残念。
表慶館_1
表慶館_2

『本館』。1938年(昭和13年)に昭和天皇の即位を記念して開館した。渡辺仁による設計で、コンクリート建築に瓦屋根をのせ、東洋風を強く打ち出し、「帝冠様式」の代表的建築とされている。2001年(平成13年)に重要文化財に指定された。
本館_1
本館_2

ユリノキ。本館の眺望を遮るほどの巨木。おまけに遠目にはカボチャの花のように見える花が咲いていた。この木、何の木、気になる木、ってことで、標識を確認。モクレン科でカボチャではなくチューリップに似た花をつけることから、彼の地ではTULIP TREEと呼ばれているとのこと。
ユリノキ_1
ユリノキ_2

 

軍港めぐり(6)

にちなん(JS Nichinan, AGS-5105)は、海上自衛隊の海洋観測艦。
しょうなん(JS Syonan, AGS-5106)は、海上自衛隊の海洋観測艦。建造費を削減するため商船構造の採用や観測機器の見直しを図った。そのため、にちなんに比して、かなり安く建造できたようだ。
にちなん&しょうなん_1
にちなん&しょうなん_2
にちなん&しょうなん_3

やえやま(JS Yaeyama, MSO-301)は、海上自衛隊の掃海艦。掃海母艦のサポートの下に機雷除去作業を行う艦船。掃海艦は磁気機雷に感知されない様に、帯磁しにくい木製などで造られているが、木造艦船としては世界最大だそうだ。今後は木造船は建造せず、FRP船に代替されるようだ。だから世界一のままなのだろうが、やはり通常の艦船に比べれば、かなり小さい。
やえやま

海上自衛隊の油船(YO 40)と水船(YW 24)、水船(YW 21)。こういう船も必要なんだ。識別番号2桁目がOかWかで識別しているんだ。
油船(YO 40)と水船(YW 24)
水船(YW 21)

 

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