散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

EOS M2の試し撮り(その3)

ウォーキングで行った大圓寺が新しいカメラではどんな風に写るか試してみた。

行人坂
前回も書いたが、ものすごい急坂だ。
行人坂_1
行人坂_2
行人坂_3
行人坂_4
大圓寺
大圓寺石仏群
大圓寺石仏群_1
大圓寺石仏群_2
大圓寺石仏群_3
とろけ地蔵尊
目を凝らしてみてみたが、やはり目鼻立ちなど全くわからない。
とろけ地蔵尊_1
とろけ地蔵尊_2
本堂
外国人が熱心に祈っていた。祈る姿が美しいので感心した。
本堂_1
本堂_2
阿弥陀堂
『西運(吉三)発願本尊阿弥陀堂』と書かれてあった。吉三は単なる美男子であっただけではなく、心の優しい人だったようだ。それにしても、隔夜日参り一万日の行を27年と5ヶ月かけて成し遂げたとは凄いことだ。
江戸時代、本郷の八百屋の娘お七は天和2年(1682)の火事の際、自宅を焼かれしばらくの間、駒込の円林寺に仮住まいしており、その時に寺小姓の吉三に恋したという。お七が十六、吉三が十八でした。
恋こがれたお七は、吉三に逢いたさに翌年自分の家に放火したために、江戸市中を引き回しの上、鈴が森の処刑場で火刑に処せられた。
その後、一方の主人公「寺小姓吉三」はお七の処刑後、僧となり名を「西運」(さいうん)と改め諸国を行脚、後に大円寺の下隣りの明王院(現・雅叙園)に入ってお七の菩提を弔うため、往復十里(約40km)の道のりを浅草観音まで夜から明け方に掛けて鉦を叩き念仏を唱え、隔夜日参り一万日の行を27年と5ヶ月かけて成し遂げ、お七が夢枕に立って成仏したことを告げられたことから、「お七地蔵尊」を造った。また、西運は多くの江戸市民から浄財の寄進を受け、これを基金に寺前の行人坂に敷石の道を造り、坂下の目黒川に石の太鼓橋を架け社会事業の数々を行った。
明王院は明治13年に大円寺に吸収され、大円寺の境内に阿弥陀堂として祀られています。

阿弥陀堂

結構、良く撮れるものだと思った。暫く、これをメイン機にしていく気になってきた。

 

EOS M2の試し撮り(その2)

三味線と長唄の発表会を聞きに、国立小劇場に行った。
三味線の腕前は、なかなかのものだった。合間に踊った日本舞踊は、大してうまくはない感じ。
そして、観客のマナーは非常に残念な感じ。
劇場内の写真撮影は禁止だと再三言われているのに、無視して撮るおばさん。演奏中なのに下らないおしゃべりをやめないおばさん。こんなものなのかなあ。


途中、ヒカリエでの昼食
桜えびと春キャベツのパスタを注文した。最近のイタリアンは少し塩味を利かせるのが流行なのだろうか。それともこの素材の組み合わせだと、こういう風になるのかなあ。料理としてはcosi cosiだった。
前菜
前菜
メインディッシュ
メインディッシュ_1
メインディッシュ_2
そして国立劇場へ
妻はわずかの時間も無駄にしたくないらしく、こちらの伝統芸能情報館へ
伝統芸能情報館
行ったという証拠に
行ったという証拠に_1
行ったという証拠に_2

あまりにもテストにならなすぎた。本当は、昨日も撮影に行こうと思っていたのだが、自宅付近の電車事故(飛び込み自殺)でかなり長いこと電車がストップしていて、次までの時間を考えて断念した。
またの機会にしよう。

 

EOS M2の試し撮り(その1)

マイカメラを手にしてからの年数は相当に長い。そのわりには全く進歩していない。それどころか、体力と低下で、高価で重いシステムを抱えての撮影行がきつくなり、ある程度の価格でそこそこレベルを実現する重くないカメラが欲しくなった。
適当なものはないか探してきた。気になったのがFUJIFILMのX-E2とCANONのEOS M2だった。当初は、後者にはあまり関心が無かったのだが、トリプルレンズセットがやけに気になった。ヨドバシに行き、買いもしないのにじっくり触りまくり、感触を確かめた。


そして注文し、品物が届いた。開封の儀式などは一切行わないので、そういったたぐいの写真はない。
そして試し撮り。日吉に行き、慶応のキャンパスで何枚か撮ってみた。


最初はEF-M18-55mm F3.5-5.6 IS STMで撮影
日吉駅
いつの間にか市営地下鉄も走っているんだ。たいていは慶応の学生なんだろうけど、チャラい感じのあんちゃんが多いなあ。
日吉駅
キャンパス入り口近辺
前の信号を一度に渡ることができないんだ。結構、まじめに登校する感じだ。
前の信号
道の右側は高校に行く道。とっくに授業が始まっているからノコノコ登校する馬鹿者はいなかったようだ。
道の右側は高校に行く道
大学側は凄い人だ。二時限に向けて登校してきた連中かなあ。
大学側_1
大学側_2
大学側_3
大学側_4
こちらは陸上競技場
見違えるほど立派になっていた。桐生選手としのぎを削る山縣選手を見ようと待ち構えているのかなあ。
短距離ばかりでなく長距離にも力を入れて、箱根駅伝に出場しないものかと思うのだが、…。

陸上競技場
記念館
突き当たりの建物。随分古ぼけてきた感じだ。
記念館
第二校舎
昔からある白亜の校舎だ。しかし、何が入っているのかよくわからない。一度も足を踏み入れたことがない。
第二校舎
第一校舎
慶應義塾高等学校の校舎として使用されている。石原裕次郎、加山雄三なども古い卒業生だ。いつの間にか防空壕の入り口は撤去されたようだ。
第一校舎_1
第一校舎_2
第一校舎_3
第一校舎_4
第一校舎_5
第一校舎_6
第一校舎_7
第一校舎_8
第一校舎_9
第一校舎_10
第一校舎_11
慶應義塾高等学校の体育館
慶應義塾高等学校の体育館
慶應義塾高等学校の他の施設
多目的グランドはいつの間にか人工芝のグランドに変わっていた。
多目的グランド
『蝮谷』と呼ばれる体育会のいくつかの部の施設があるところへ通じる道
『蝮谷』へ通じる道
新しい校舎部分は何に使用しているのだろうか
新しい校舎部分は何に使用しているのだろうか
随分ぼろい建物が残っているんだ。あまり記憶にないが。感じとしては、どこかのクラブの部室かなあ。
随分ぼろい建物が残っているんだ_1
随分ぼろい建物が残っているんだ_2

藤山雷太氏の胸像
息子の愛一郎氏は記憶しているが、雷太氏は直接は知らない。が、あまりにも有名な実業家にして政治家だった人物。
藤山雷太氏の胸像
藤山記念館
藤山記念館
後輩たち
少し長い休み時間に、こうして大した用事も無いのに、大学側に行く。私もそうだった。高校は男子校なので、年上の女性でもいるだけで気分が華やぐのだろうか。
後輩たち

ここからはEF-M11-22mm F4-5.6 IS STMを使用
今回は、EF-M22mm F2 STMは使用しなかった。
来往舎という建物だそうだ。
来往舎_1
来往舎_2
その向かいの校舎
校舎は第二校舎を除いて、殆ど建て替えられてしまったようだ。このあたりは、古ぼけた校舎があったような記憶が。
来往舎の向かいの校舎

EF-M11-22mm F4-5.6 IS STMはかなり良さそうな感じ。
EF-M18-55mm F3.5-5.6 IS STMも良さそうな感じ。
カメラ本体はそれほど悪くない感じ。
これからいろいろ撮ってみないとわからないというのが正直なところだ。

 

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