散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

目黒ウォーキングと昼食会(5)

持って行ったレンズがしょぼかった。あまり、まともな写真が撮れていないので、途中は大幅省略する。

海福寺の本堂
黄檗宗のお寺さんは、東京では殆ど出会えそうにない。これは思いがけず珍しいものに出会ったぞ。これから本腰を入れて撮ろう。そう考えていた矢先に幹事の仕事で次の目的地へ先行してしていく羽目に。四脚門や鐘楼などは撮れずじまいだった。
海福寺の本堂_1
海福寺の本堂_2
海福寺の本堂_3

蟠龍寺の花
行人坂にあった称明院を、1710年に増上寺の霊雲上人が浄土宗の戒律を復興する為に現在地に移し、そのとき改名再建されたのが蟠龍寺だそうだ。途中に『不許辛肉酒入山門』の結界石があるので、このあたりに山門があったと思われる。熱中症になりかけた頭で、『不許辛肉酒入山門』ってどういうことだ。そんなに浄土宗の本来の戒律は厳しかったのだろうか、などと考えている内に、辞去してしまった。京都の法然院では『不許葷辛酒肉入山門』とあるそうだ。
寺社に入るのに酒をあおったり、肉をたらふく食べてから出掛ける馬鹿者もいないと思うが、…。
ともあれ、きれいな花たちが印象に残った。

蟠龍寺の花_1
蟠龍寺の花_2
蟠龍寺の花_3
蟠龍寺の花_4

目黒川
佇まいは最高なのだが、何分にも水の色が不気味だ。青い池じゃあるまいし、この薄気味悪い色は何故だろう。
目黒川_1
目黒川_2

 

目黒ウォーキングと昼食会(4)

都合上、順番を変えて紹介する。最後の食事会の前に行ったのが大圓寺。

大圓寺

江戸初期・寛永年間(1624)、この付近で住民を苦しめていた悪人どもを放逐するため、江戸幕府は奥州(山形県)湯殿山より高僧行人・大海法印を勧請して寺を開いた。法師は悪者どもを一掃し、その功績で、寺には「大円寺」の寺号が与えられという。寺には大日如来堂が建立され、多くの行人たちが周辺に住み修行するようになったため、前に位置する急坂は、「行人坂」と呼ばれるようになったと云われている。
山門を入ると、境内左手のがけに沿い幾段にも並ぶ石仏群がある。釈迦三尊像、五百羅漢像などから成る520体ほどの石仏像は、昭和45年、都有形文化財に指定されている。

大圓寺_1
大圓寺_2
大圓寺_3
大圓寺_4
大圓寺_5
大火犠牲者供養の羅漢像
大火犠牲者供養の羅漢像_1
大火犠牲者供養の羅漢像_2
行人坂火事延焼図
行人坂火事延焼図
振袖火事、車町火事と並んで江戸三大火のひとつである明和9年(1772年)の行人坂火事は、この大円寺が火元といわれている。この寺にとっては不名誉な話であるが、事実のようだ。同寺から出た火は、折からの強風により、たちまち白金から神田、湯島、下谷、浅草までを焼き尽くす大火となった。特に城中のやぐらまでも延焼したので、大円寺は以後76年間も再建を許されなかった。
再建が許されたのは、江戸時代後期の1848年(嘉永元年)になって薩摩藩主島津斉興の帰依を得て、その菩提寺として漸くのことだった。さらに、明治に入り隣接した明王院がこの寺に統合されている。

釈迦如来像
この寺のご本尊は、建久4年(1193年)に造られた清涼寺式釈迦如来立像(寄木造り・高さ162.8センチメートル)で昭和32年に国の重要文化財に指定されている。
永観元年(983年)奈良東大寺の僧「ちょう然(ちょうねん)」が、宋に渡った折、当地で見た天竺渡来の釈迦像に大いに感動した。僧はその像の模刻を日本に持ち帰り、京都嵯峨のお堂に安置した。お堂はやがて清涼寺となった。清涼寺式と呼ぶのは、こうしたいきさつによる。清涼寺の釈迦像は美しいが故に盛んに模刻され、現在は大円寺のほか、鎌倉の極楽寺などにも安置されている。

清涼寺式釈迦如来立像はこの建物の中に安置されているようで、行ったときには拝見できなかった。清凉寺式釈迦如来像の典型作であるとともに、制作年代の判明する清凉寺式釈迦如来像としては最古の作品として貴重だとのことだ。
清涼寺式釈迦如来立像
とろけ地蔵
大火の炎熱で解けたものと思ったが、全く違っていた。(^_^;)
江戸時代に漁師が海から引き上げたもので、名前のとおり、顔や手が溶けたような姿をされているお地蔵さまで、昔から悩み事をとろけさせ、解消してくれるありがたいお地蔵様といわれ、信仰を集めているそうだ。知らなかった。

とろけ地蔵_1
とろけ地蔵_2
薬師如来
薬師如来は、病気などに苦しむ衆生を救ってくださる仏様。身体の悪いところに金箔を貼り、真言「おん、ころころ、ぜんだりまとうぎ、そわか」を唱えて祈願すると、病気平癒のご利益を授けてくださるといわれているそうだ。病気に苦しむ人は少なくないようだ。
薬師如来_1
薬師如来_2
お寺さんの向かい
このお寺さんの向かいにホリプロがある。目の前の坂は急坂として名高い行人坂。延長は150mで、平均勾配は約15.6%だそうだ。凄いものだ。
お寺さんの向かい_1
お寺さんの向かい_2

 

目黒ウォーキングと昼食会(3)

目黒不動尊瀧泉寺(2)
大本堂
本尊は目黒不動明王。秘仏扱いとなっている。12年に1度のご開帳の時を待つか、お札でその姿を想像するしか無い。
大本堂_1
大本堂_2
お札の姿、つまりご本尊の姿に似た感じの『護衛不動尊』
お札の姿に似た感じの『護衛不動尊』
大本堂裏手の様子
大本堂裏には、不動明王の本地仏として『大日如来像』が安置されている。大日如来を中心にして四隅を四天王が固めている。
化身の方がご本尊として大本堂内に大事に収められていて、本来は大事なはずの本地仏の『大日如来像』の方が雨露に晒されている。何だかおかしな感じがしないでも無い。

大日如来像_1
大日如来像_2
持国天 - 東勝神洲を守護する。乾闥婆、毘舎遮を眷属とする。
持国天

増長天 - 南瞻部洲を守護する。鳩槃荼、薜茘多を眷属とする。
増長天
広目天 - 西牛貨洲を守護する。龍神、毘舎闍を眷属とする。
広目天
多聞天 - 北倶廬洲を守護する。毘沙門天とも呼ぶ。原語の意訳が多聞天、音訳が毘沙門天。夜叉、羅刹を眷属とする。
多聞天
鐘楼
石段を登って右側にある。やはり、戦後に再建されたものだという感じが否めない。もう少し、古ぼけた感じに見せる技術は無かったのだろうか。
鐘楼

 

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