散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

芝離宮恩賜庭園(3)

引き続き池を楽しんで歩いてみる

鯛橋のあたりを眺める
鯛橋のあたりを眺める_1
暗緑色の木の後ろ辺りに石段が見える。そこが九尺台(九盈台)ではないかと思う。明治天皇が明治八年にこの庭園に行幸された際、この台上から、海で漁民達が漁をする様子や海の眺望を楽しまれたところだそうだ。
鯛橋のあたりを眺める_2
九尺台
見落としたので、freeの画像を借用する
九尺台
また歩く
実にいろいろなものに覗かれている気が
実にいろいろなものに覗かれている気が_1
実にいろいろなものに覗かれている気が_2
花が少し咲いていた
十月桜
十月桜
梅かな
梅かな_1
梅かな_2
大山からの眺め
この大山の頂きは、庭園が一望できる園内屈指の景勝地だそうだ。確かに広角レンズを所持していれば、良い画像が撮れるかも知れない。
大山からの眺め_1
大山からの眺め_2
この石のあるところが枯滝だったかもしれない。完全に見落とした。freeの画像も見つけられなかった。大変申し訳無い。
枯滝だったかも
また歩く
この小島も基本的には人が近づけないから、鳥さんたちはのんびり寛いでいた
鳥さんたちはのんびり寛いでいた
雪見灯籠
池の畔に設置されたこの灯籠は、明治時代に迎賓のための演出にと作られたものだそうだ。当時はこの灯籠と池と、そしてその向こう側には品川の浜辺や隅田川の河口などが一望できただろう。相当な景色の良さだったはずだ。いまは残念ながらビルが眺望を奪ってしまっている。
雪見灯籠
最後に弓道場方面を眺める
なかなか枝ぶりが良い松が植えられている
枝ぶりが良い松
その他
旧芝離宮恩賜公園海水取水口跡
いまは完全に淡水化してしまったが、かつて海水を取水していた頃の遺構だ。
見落としたので、freeの画像を借用する
旧芝離宮恩賜公園海水取水口跡
石柱
忠朝が小田原藩主の頃、後北条氏に仕えた戦国武将・松田憲秀旧邸の門柱を運び入れたもの。茶室の柱として使われたと推定されているそうだ。
見落としたので、freeの画像を借用する
石柱

以上で芝離宮恩賜庭園は終了です。暫くは短いものが続く予定です。

 

芝離宮恩賜庭園(2)

引き続き池を楽しんで歩いてみる

西湖の堤
これは西湖の堤。中国東部の沿岸に位置する浙江省にある美しい湖、西湖とそこに築かれた堤を模したものだそうだ。たしかに中国風の佇まいだ。
西湖の堤_1
西湖の堤_2
西湖の堤_3
中島
西湖の堤で池を渡ると、その先にあるのは中島。仙人が住む不老不死の山、中国の伝説の蓬莱山を表しているそうだ。それにしても石をふんだんに用いているものだ。幕府の老中にして小田原藩主だった大久保忠朝の力を見せつけたところか。
中島
引き続き池の様子
中島の周囲はホシハジロの陣地だろうか
中島の周囲はホシハジロの陣地だろうか_1
中島の周囲はホシハジロの陣地だろうか_2
中島の周囲はホシハジロの陣地だろうか_3
橋を渡してない小島には、カモがたくさん屯していた
橋を渡してない小島には、カモがたくさん屯していた
こちらは木の橋がかかっている
木の橋_1
木の橋_2
池の畔の溶岩
池の畔に並べられた石は、藩地の近くにそびえる富士山の溶岩とのことだ。今では持出し禁止だろうが、当時はそんなことお構いなしだったようだ。
池の畔に並べられた石
カモさんばかり撮っていたら俺達も撮ってとばかりに
俺達も撮って
四阿
途中には四阿があった
途中には四阿があった
四阿から中島方面(真西方向)を眺めると、今は陳腐化した感のある昭和の風景の代表かもしれない東京タワーと貿易センタービルとが視界に入った。
四阿から中島方面(真西方向)を眺めると
石橋
石橋を渡ると大島。落ちても大したことにはならないとは思っても、手摺のない橋は落ちてしまいそうな気がしてやや怖い。
石橋_1
石橋_2
石橋_3
ここ(石橋の手前)からだと文化放送まで見える
ここ(石橋の手前)からだと文化放送まで見える
鯉橋
渡った先は根府川山。この石橋は鯛の形に似ているのかなあ。そう思ってみていると見えなくもないから不思議だ。
鯉橋_1
鯉橋_2
写っている鳥はツグミだと思っていたのだが、よくよく見るとムクドリかなあ。
ムクドリかなあ_1
ムクドリかなあ_2
根府川山
根府川から浜松町までうまい具合に海伝いに運ぶことができただろうから、運搬が極めて困難ということはなかっただろう。それにしても、大変な量だ。
根府川山_1
根府川山_2
根府川山_3
最奥部
東京ガスとの敷地境にある樹木。先日の雪の重みでやられたのだろうか。無残にもポキリと折れてしまったようだ。
最奥部_1
最奥部_2
最奥部から汐留方面(真北方向)を眺める。富士山が池に映るならまだしも、汐留のビル群では味も素っ気もないものだ
汐留方面(真北方向)を眺める

 

芝離宮恩賜庭園(1)

現役時代、毎日のような上から眺めていた旧芝離宮恩賜庭園。いつでも行くことができると思いながら、実際に庭園内に足を踏み入れたことがなかった。遅きに失した感がなきにしもあらずだが、何とか初めての訪問を果たした。

旧芝離宮恩賜庭園は、現存する大名庭園としては最も古いものの一つで、江戸庭園の典型である回遊式築山泉水庭園です。延宝6年(1678)四代将軍家綱から拝領した老中大久保加賀守忠朝が、約8年の歳月をかけて作庭し、「楽壽園」と命名しました。
庭園は、その後数氏を経て有栖川宮家のものとなり、明治8年(1875)に宮内庁が買い上げて、翌9年に芝離宮となりました。大正13年(1875)、昭和天皇の御成婚を記念して当時の東京市に下賜され、旧芝離宮恩賜庭園として公開されました。
面積は43,070㎡、樹木数は高木約1,900本、低木3,000株です。中心となる泉水は広さ約9,000㎡で、昔は東京湾から海水を取り入れた潮入りの池でしたが、現在は淡水の池になっています。昭和54年(1979)、文化財保護法により「名勝」に指定されています。


芝離宮恩賜庭園入り口の様子
芝離宮恩賜庭園入り口の様子_1
芝離宮恩賜庭園入り口の様子_2
芝離宮恩賜庭園入り口の様子_3
芝離宮恩賜庭園入り口の様子_4
芝離宮恩賜庭園入り口の様子_5
全体はこんなふう
園内マップ
園内マップ
旧芝離宮恩賜公園の俯瞰図
なかなか全体の感じがつかめないだろうから、上から見た感じで全体を把握いただきたい。駅前道路が北側、高速道路が東側、JR線路が西側、東京ガスビルが南側。入り口は写真左下の辺になる。
free画像を借用
旧芝離宮恩賜公園の俯瞰図
入口付近
大きな藤棚
花が咲いたらさぞかし見事なことだろう
大きな藤棚
園内からは文化放送の建屋が見える
あの平べったい部分には電波送出の仕掛けがあるのだろうか。
文化放送の建屋が見える
池の様子
少し池が見え出した
少し池が見え出した_1
少し池が見え出した_2
少し池が見え出した_3
少し池が見え出した_4
ホシハジロもいる
雄は赤味のある茶色の頭、黒い胸。雌は全身褐色で目のまわりに白っぽい線。
全長は48cmほど。湖沼や河川に飛来する冬鳥だが、北海道では一部繁殖する例もあるようだ。
浜離宮やこの芝離宮でよく見られるが、他ではどういうわけかあまり見たことがない。そしていつも首をひねって眠っているような感じ。少しはサービスしてちゃんと姿形を見せてもらいたいものだ。

ホシハジロ_1
ホシハジロ_2
他のカモさんたちとも仲良くやっているようだ。いつも思うのだが、雄に比して雌は薄汚れたような感じがするなあ。
他のカモさんたちとも仲良くやっているようだ_1
他のカモさんたちとも仲良くやっているようだ_2
他のカモさんたちとも仲良くやっているようだ_3
池は素晴らしい景観に仕上がっている感じだ
池は素晴らしい景観に仕上がっている感じだ
とりあえず、池にそって歩を進めてみよう
池にそって歩を進めてみよう_1
池にそって歩を進めてみよう_2
池にそって歩を進めてみよう_3
池にそって歩を進めてみよう_4
池にそって歩を進めてみよう_5
池にそって歩を進めてみよう_6
池にそって歩を進めてみよう_7
池にそって歩を進めてみよう_8
池にそって歩を進めてみよう_9
池にそって歩を進めてみよう_10
池にそって歩を進めてみよう_11
池にそって歩を進めてみよう_12
池にそって歩を進めてみよう_13

 

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