散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

上野界隈にて(6)

月の松
歌川広重『名所江戸百景 上野山内月のまつ』で取り上げられた松の復元版。見事なものだ。
当時人気を博した松は明治初期の台風でやられてしまったようだ。それが、2012年の12月に150年ぶりに復活したと、ひところ話題になった。私は、その後も何度かこの前を通っているのに気づかなかった。随分遅れて確認したものだ。「寛永寺清水観音堂」からは、広重が描いた画のようにみえるようだ。

月の松_1
月の松_2
Freeの画像を借用
広重_月のまつ

うえの華灯路浮世絵行燈
なかなか味な演出をするものだ。
うえの華灯路浮世絵行燈_1
うえの華灯路浮世絵行燈_2
うえの華灯路浮世絵行燈_3
うえの華灯路浮世絵行燈_4
うえの華灯路浮世絵行燈_5
うえの華灯路浮世絵行燈_6
うえの華灯路浮世絵行燈_7
うえの華灯路浮世絵行燈_8
うえの華灯路浮世絵行燈_9
うえの華灯路浮世絵行燈_10
うえの華灯路浮世絵行燈_11
うえの華灯路浮世絵行燈_12
うえの華灯路浮世絵行燈_13

旧寛永寺五重塔
この塔はもともと上野東照宮の一部として建てられたが、明治になってから神仏分離令により寛永寺の所属となり、さらに昭和33年に同寺より東京都に寄付がなされ、現在では上野公園の管理下にある。塔は寛永8(1631)年に建立されたが、同16年3月に花見客の失火により焼失、現在の塔はその後直ちに再建されたものである。
不思議なことに今は上野動物園が管理者となっている。こちらも五重塔の下部を修復中のようだ。
旧寛永寺五重塔_1
旧寛永寺五重塔_2

大石鳥居(上野東照宮)
1633年(寛永10年)酒井忠世建築奉納。国指定重要文化財。明神型鳥居。
石材には備前の御影石が使用されています。
基礎工事が万全だったため、関東大震災の折にも少しも傾かなかったことで有名です。

国指定重要文化財であるのを知らないのか、殆どの人が注意を払わずに通り過ぎていく。かわいそうに。
大石鳥居(上野東照宮)

水舎門(上野東照宮)
慶安4年阿部重次建築奉納
外人さんが喜んで記念写真を撮る姿が目につく。こちらのほうが撮りやすいからかな。
水舎門(上野東照宮)_1
水舎門(上野東照宮)_2

以上で、『上野界隈にて』のシリーズを終了させていただきます。最後までお付き合いいただき、大変有難うございました。

 

上野界隈にて(5)

上野東照宮(3)

社殿
1651年建築。国指定重要文化財。
参道側から拝殿、幣殿(石の間)、本殿の三つの部屋からなる権現造りです。
拝殿にある東照宮額は後水尾天皇の真筆で純金、壁画は狩野探幽作で桃山期の豪華雄大な画風による唐獅子が描かれています。
幣殿は、松に鷹、鳳凰に牡丹の彫刻や、狩野派の壁画で華やかに彩られています。
本殿には家康公、吉宗公、慶喜公、寒松院(藤堂高虎)、天海僧正の御神体が安置されております。

以前は200円の拝観料を支払えば社殿内部に入るってじっくり見ることができたようなのだが、私が行った時は、拝観料は一挙に500円に値上げされ、扉が閉まっていて、社殿内部に入ることはできなかった。取り扱いが以前とは変わったのだろうか。尤も内部に入ることができても写真を撮ることはできないと思うが。せいぜい拝殿の外から長くて明るいレンズで内部の様子を撮るくらいなのだろう。
そういう事情だから、上記の後水尾天皇の真筆で純金の東照宮額は見ることができなかった。残念。


手前から、本殿、幣殿、拝殿
境内はかなり狭い。現代の建坪率並みだ。社殿を裏側から見た感じだ。
手前から、本殿、幣殿、拝殿
本殿と幣殿
工事はまだ一部続行中だった。しかし、本殿の裏まで手を抜かずに金箔が貼られているとは驚きだった。
本殿と幣殿
拝殿横から見た本殿
家康の遺体は何処に埋葬されているのだろうか。久能山なのか、日光の東照宮なのか。そして、ここ上野東照宮のご神体とは一体何を指すのだろうか。わかっているようでわからないことだらけだ。
拝殿横から見た本殿
本殿の上部
葵の御紋のオンパレードだ
本殿の上部
拝殿の正面
幣殿の扉が閉まっていて、内部の様子を窺い知ることはできなかった。残念至極。代わりと言っては何だが、金箔が貼られた眩いばかりの扉が拝めたわけだ。
拝殿の正面_1
拝殿の正面_2
拝殿の正面_3
拝殿の正面_4
拝殿の外観
拝殿の外観_1
拝殿の外観_2
拝殿上部の飾り
唐獅子と牡丹。定番のものなのだろう。
拝殿上部の飾り_4
拝殿上部の飾り_1
拝殿上部の飾り_2
拝殿上部の飾り_3
拝殿上部の飾り_5
拝殿上部の飾り_7
拝殿上部の飾り_8
拝殿上部の飾り_9
拝殿上部の飾り_10
拝殿上部の飾り_11
拝殿上部の飾り_12
拝殿の左側面
引き戸ではなく、蔀戸がついていた
拝殿の左側面_1
拝殿の左側面_2
幣殿と思われる部分
本殿と拝殿とには高欄が設置されているが、幣殿にはこれがないようだ。大きな収納物の出入口でもあるからなのだろうか。
幣殿と思われる部分

 

上野界隈にて(4)

上野東照宮(2)

透塀
1651年建築。国指定重要文化財。
菱格子の塀で向こうが見えることから「透塀」と呼ばれています。
上下に施された300枚もの彫刻には、上欄には山野の動植物、下欄には海や川の動植物が、どれも雌雄、陰陽の姿として生き生きと表現されています。

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元々は総金箔だったらしいですが、その後国の予算不足により下地漆塗に。塀の上段には花木山禽、下欄には水草鳥魚をあしらっており、その数約300枚ありましたが、戦後、進駐軍の土産に持ち去られるなどして、現在は250枚に。
日光の東照宮にもあるのでご存じの方が殆だろうが、『すきべい』と読ませる。『すけべい』も『すかしべい』も共に問題のある読み方なので、絶対にしないほうが宜しいだろう。
透塀_1
透塀_2
透塀_3
透塀_4
透塀_5
透塀_6
参拝者のための通用口
参拝者のための通用口
敷地内側に倒れないような工夫がなされていた
敷地内側に倒れないような工夫がなされていた
参拝した日は使われていなかったが、こちらも通用口だろうか
こちらも通用口だろうか

上野の祖木といわれている御神木『大楠』
樹齢600年以上の上野の祖木といわれる御神木『大楠』。圧倒的な巨木だ。幹の太さは8m以上あり、高さは25mだそうだ。上野の山に建物などが存在しない頃から、このご神木は存在していたようだ。
上野の祖木といわれる御神木『大楠』_1
上野の祖木といわれる御神木『大楠』_2
上野の祖木といわれる御神木『大楠』_3

 

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5月17日(水)は、イベント参加のため、私からのアクセスは少し遅れ気味になると思います。大変申し訳ありません。m(_ _)m

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