散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

中央区をぶらり(10)

ミニクルージング(4)

永代橋を再びくぐる
隅田川の河口でもくっきりはっきり見えるのだから当然だが、前方にはスカイツリーが見える
永代橋を再びくぐる_1
永代橋を再びくぐる_2
永代橋を再びくぐる_3
永代橋を再びくぐる_4
永代橋を再びくぐる_5

隅田川大橋をくぐる
中央区日本橋箱崎町と江東区佐賀の間で『人形町通り(水天宮通り)』が『隅田川』を渡る橋。この橋の創架は昭和54年(1979)、『首都高速道路9号深川線』建設のために『隅田川』を渡る高速用高架橋が必要になり、それに併せて一般道路用の橋も同時に架設されたもの。
上下に2段構造の橋となっており、上段部分が『首都高速道路』の高架橋、下段部分が一般道路のいわゆる『隅田川大橋』だ。

隅田川大橋をくぐる_1
隅田川大橋をくぐる_2
隅田川大橋をくぐる_3
隅田川大橋をくぐる_4
隅田川大橋をくぐる_5

清洲橋の手前で再びUターン
中央区日本橋中洲と江東区清澄の間で『清洲橋通り』が『隅田川』を渡る橋で、昭和3年(1928)3月に創架された震災復興事業による新設橋。下流の永代橋と対をなすようにデザインされたようだ。2007年(平成19年)、都道府県の道路橋として初めて、勝鬨橋・永代橋と共に国の重要文化財(建造物)に指定された。
清洲橋の手前で再びUターン_1
清洲橋の手前で再びUターン_2
清洲橋の手前で再びUターン_3
清洲橋の手前で再びUターン_4
スカイツリー
スカイツリー
この屋形船のおっさんたちはすっかりできあがっている感じ
すっかりできあがっている感じ


隅田川大橋を再びくぐり、程なく再び日本橋川に入る。豊海橋、湊橋、茅場橋、鎧橋、江戸橋、日本橋と戻ってきた。

以上で『中央区をぶらり』はおしまいです。最期までお付き合いいただき大変有難う御座いました。

 

中央区をぶらり(9)

ミニクルージング(3)

豊海橋
日本橋川が隅田川に流入する河口部に架かり、昭和2年震災復興橋として改架された。梯子を横倒にしたような外観をもつフィレンデール橋と呼ばれる全国でも珍しいデザイン。『都市景観との調和』に気配りし、永代橋とマッチするように、シンプルなデザインのなかに鋲止形式という古い形態を残し、重量感のある鉄骨橋梁の代表例として貴重。
豊海橋まで_1
豊海橋まで_2
豊海橋まで_3
豊海橋まで_4
豊海橋まで_5
橋の先に隅田川と永代橋とが見えている
豊海橋まで_6
豊海橋まで_7
豊海橋まで_8
豊海橋まで_9


隅田川と合流し、右折して永代橋をくぐる

永代橋
2007年(平成19年)、都道府県の道路橋として初めて、勝鬨橋・清洲橋と共に国の重要文化財(建造物)に指定された。
中央区新川と江東区永代の間で、『永代通り』が『隅田川』を渡る橋。創架は元禄11年(1698)、五代将軍綱吉の50歳を祝して幕府が架橋したとされる。
永代橋まで_1
永代橋まで_2
合流直後は隅田川の大きな揺れがあり、乗船客が一様に驚いている。揺れは大きいものの、なんといっても物凄い川幅で、目障りな高速道路もなく、開放感は最高だ。
永代橋まで_3
永代橋まで_4

正面に見えているのが大川端リバーシティ。大きな分岐だ。やや直線に見える方向(左側)が隅田川派川。どちらが本流かと悩むほどの川幅だ。ちょっと肩身が狭い感じの右側の隅田川。
永代橋をくぐった直後の景色

中央大橋の手前で再びUターン

『中央大橋』は、中央区新川2丁目と中央区佃2丁目の間の八重洲通りが隅田川を渡る橋。平成5年(1993)開通の比較的新しい豪華な橋。
中央大橋手前_1
中央大橋手前_2
渡米前の松井選手も住んでいた大川端リバーシティ
大川端リバーシティ
Uターンしている間に屋形船に抜かれた。かつて商品を寄託していたヤマタネ倉庫。あの倉庫からの眺めは一級品だった。
Uターンしている間に
あの倉庫の所在地が越中島1-1-1。そう、かつての東京商船大のそばなのだ。見えている水門は大島川水門。
ヤマタネ倉庫

 

中央区をぶらり(8)

ミニクルージング(2)

江戸橋
中央区日本橋と日本橋本町の間で、第一京浜国道(R15)と日光街道(R4)とを都心で結ぶ『昭和通り』が、『日本橋川』を渡る橋で、この川筋の中では交通量の最も多い橋の一つである。
また、日本橋川の川幅もこの辺りではかなり広くなっており、橋の長さや幅といった大きさでは、日本橋川最大級の橋となっている。

江戸橋まで_1
江戸橋まで_2
江戸橋まで_3
江戸橋まで_4
江戸橋まで_5
江戸橋まで_6
江戸橋まで_7

鎧橋(よろいばし)
鋼製ゲルバー桁橋。日本橋兜町と小網町の間で、平成に入って『平成通り』と名付けられた東京証券取引所前の通りがある。その通りが、『日本橋川』を渡るところに架けられた橋。
鎧橋(よろいばし)まで_1
鎧橋(よろいばし)まで_2
鎧橋(よろいばし)まで_3
鎧橋(よろいばし)まで_4
鎧橋(よろいばし)まで_5
鎧橋(よろいばし)まで_6
鎧橋(よろいばし)まで_7
鎧橋(よろいばし)まで_8
鎧橋(よろいばし)まで_9

茅場橋
茅場橋の初架は、昭和4年(1929)とかなり遅くになって架けられた。現在の茅場橋は、平成4年(1992)に改架された銅製桁橋。
この茅場橋から上流側の日本橋川のすべての橋の上には、首都高速が覆い被さる。この付近から手前の鎧橋にかけて、付近は金融の街となる。

茅場橋まで_1
茅場橋まで_2
茅場橋まで_3
茅場橋まで_4

日本橋水門
ここは直進するが、右折すれば、亀島川となる。亀島川は亀島川水門で隅田川と合流する。
日本橋川と亀島川はいずれも潮の干満の影響を受ける感潮河川なので、高潮や津波の被害から流域の街を守るために高い堤防に囲まれ、亀島川は両端に防潮水門がある。

日本橋水門まで_1
日本橋水門まで_2
日本橋水門まで_3
日本橋水門まで_4
日本橋水門まで_5
日本橋水門まで_6

湊橋
中央区新川と箱崎方面を結ぶ通称『湊橋通り』が『日本橋川』を渡る橋。この橋の創架は江戸時代の前期、延宝7年(1679)であると伝えられており、霊岸島(現在の新川地区)と箱崎町を結ぶ橋として架設された。
『湊橋』の名称は、この一帯が『江戸湊』の出入口にあたることから付けられたといわれている。

湊橋まで_1
湊橋まで_2
湊橋まで_3
湊橋まで_4
湊橋まで_5
湊橋まで_6

 

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