散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

いわき~小野~三春(10)

国指定の重要文化財は福島県にも少なからず存在する。しかし、建物だけで7件もの重要文化財指定を受けている例は珍しいと思う。その稀有な例、飯野八幡宮を訪ねた。
文化財指定件名一覧
文化財指定件名一覧
創建から既に940年以上経過している
900年奉祝祭斎行の碑
地震の爪痕がまだ残っていた
地震の爪痕_1
地震の爪痕_2
こんなふうな位置関係
こんなふうな配置
本殿(重要文化財)
本殿のみが重要文化財指定を受け、幣殿・拝殿はいわき市指定有形文化財指定を受けている
本殿(重要文化財)_1
本殿(重要文化財)_2
本殿(重要文化財)_3
本殿(重要文化財)_4
若宮八幡神社本殿(重要文化財)
若宮八幡神社本殿(重要文化財)_1
若宮八幡神社本殿(重要文化財)_2
仮殿(重要文化財)
仮殿(重要文化財)_1
仮殿(重要文化財)_2
神楽殿(重要文化財)
神楽殿(重要文化財)_1
神楽殿(重要文化財)_2
神楽殿(重要文化財)_3
楼門(重要文化財)
楼門(重要文化財)_1
楼門(重要文化財)_2
楼門(重要文化財)_3
唐門(重要文化財)
進行方向に正対する形で唐破風が設えられるものが多いと思うが、こちらのものは、二荒山神社の唐門と同様に進行方向に対して側面が唐破風になっている。
唐門(重要文化財)_1
唐門(重要文化財)_2
唐門(重要文化財)_3
宝蔵(重要文化財)
前回見たときは、壁面に大きなクラックが入っていた状態だったが、その修復は終わったようだ
宝蔵(重要文化財)

名称: 飯野八幡宮
ふりがな: いいのはちまんぐう
棟名: 本殿
ふりがな: ほんでん
員数: 1棟
種別: 近世以前/神社
時代: 江戸前期
年代: 元和2
西暦: 1616
構造及び形式等: 桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、こけら葺
創建及び沿革:
棟礼、墨書、その他参考となるべき事項:
指定番号: 02140
国宝・重文区分: 重要文化財
重文指定年月日: 1983.01.07(昭和58.01.07)
国宝指定年月日:
追加年月日:
重文指定基準1:
重文指定基準2:
所在都道府県: 福島県
所在地: 福島県いわき市平字八幡小路
保管施設の名称:
所有者名: 飯野八幡宮
所有者種別:
管理団体・管理責任者名:

解説文:
飯野八幡宮は,文治2年(1186)の草創と伝え,慶長7年(1602)に現在地に遷った。
重要文化財の本殿は,大型の入母屋造社殿であるが,元和2年(1616)上棟,延宝2年(1674)と元禄16年(1703)の改造をへて,現在の形式になった。
若宮八幡神社本殿は本殿東にあり,一間社流造で,元和5年(1619)の建立である。本殿西の仮殿も,同型式で,寛文13年(1673)の建立である。
神楽殿は記録から元和9年(1623),楼門は万治元年(1658),唐門は元禄16年(1703)頃,土蔵造の宝蔵は17世紀前期頃の建立と考えられる。
飯野八幡宮の若宮八幡神社本殿ほか五棟は,江戸前期から中期にわたる一連の造営事業でつくられており,地方における社殿構成の変遷をよく示すものとして貴重である。
近世的な景観をよく維持しており,本殿とともに保存をはかる。


以上で『いわき~小野~三春』シリーズを終了します。最後までアクセスいただき大変有り難うございました。

 

いわき~小野~三春(9)

私が住んでいた地区の状況
見たとおりかなり田舎の景色だ。旧道の橋が流され、仮設の歩行用の橋が架けられている。歩いているのは私の後輩たちだろう。見知らぬ爺さんに挨拶をしてくれた。純朴さは残っているようだ。
仮設の歩行用の橋
旧道の橋が落ちてしまった
旧道の橋が落ちてしまった_1
旧道の橋が落ちてしまった_2
どこから来たのかカルガモが泳いでいた
カルガモが泳いでいた
バイパスは辛うじて落ちなかった
バイパスは辛うじて落ちなかった
近くの山もかなり崩れた
近くの山もかなり崩れた
母校の小学校
一階部分がめちゃくちゃ破壊され、学校再開には一年強を要した。校庭には砂が数cm程かぶさった状態に。
母校の小学校
永崎海岸
鳴き砂で有名だった海水浴場もかなり地盤が下がった。ここで毎日泳いでいた。
永崎海岸_1
永崎海岸_2
永崎海岸_3
中之作港
ダメージが大きかったが、その前から極度の漁業不振で寂れていたので、人的被害は少なかった。目にしたのは工事用船舶のみ。
中之作港_1
中之作港_2
中之作港_3
中之作港_4
中之作港_5
中之作港_6
中之作港_7
片隅に漸く普通の小型漁船や釣り船らしきものがあった
普通の小型漁船や釣り船らしきもの_1
普通の小型漁船や釣り船らしきもの_2
防波堤も壊れたままだ
防波堤も壊れたまま
近くの住宅跡
近くの住宅跡
江名港
中之作港よりもっと寂しい状況だった。魚市場の建屋も何もかもなくなっていた。
江名港_1
江名港_2
江名港_3
江名港_4

以上が私の中学校の学区内の状況

隣の豊間中学校の学区の状況
この地区では百人以上の方が犠牲になった。生き残った人たちも再建の気持ちが萎えてしまうような光景だ。
豊間中学校の学区の状況_1
豊間中学校の学区の状況_2
豊間中学校の学区の状況_3
豊間中学校の学区の状況_4
豊間中学校の学区の状況_5
豊間中学校の学区の状況_6
豊間中学校の学区の状況_7
豊間中学校の学区の状況_8
相当立派な屋敷だったようだ。生きていたら相当に悔しかっただろう。
豊間中学校の学区の状況_9

 

いわき~小野~三春(8)

小名浜港の様子
東北一の商港であり、同時に有数の漁港でもあった小名浜港。漁港の部分の今の様子を見てみた。水揚げしても買っていただけない状況は相変わらず続いているので、相当に苦しいやりくりを強いられているのだと思う。

まき網船の接舷
福島県旋網漁協所属のまき網船2隻が平成24年5月末に完成したそうだ。たまたまその船が接舷中だった。
第1寿和丸(福島県旋網漁業協同組合所属):250トン、カツオ、マグロなどを漁獲する
第8共徳丸(福島県旋網漁業協同組合所属):199トン、サバ、イワシ、アジなどを漁獲する

まき網船の接舷_1
まき網船の接舷_2
まき網船の接舷_3
まき網船の接舷_4
まき網船の接舷_5
まき網船の接舷_6
まき網船の接舷_7
まき網船の接舷_8
まき網船の接舷_10
まき網船の接舷_10

第十八共徳丸
気仙沼に打ち上げられたあの第十八共徳丸なのだろうか?あの船は確かいわきの船だったはずだ。調べてみたが、どうやら保存か解体かで話題になったあの大型魚船のようだ。
あの第十八共徳丸

普通の漁船
まき網船に比べてかなり小型だ
普通の漁船_1
普通の漁船_2

こういう船舶も
こういう船舶も_1
こういう船舶も_2

工事中
工事中の場所も少なくない
工事中_1
工事中_2

 

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