散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

浜離宮恩賜庭園に行く+α(7)

中の御門を出る
途中に頑張っている木があった。その根性に『あっぱれ』
頑張っている木

ゆりかもめの高架下に沿って竹芝に向かう道すがら
JR東日本の発電所
JR東日本は自前の発電所を所有しているんだ。凄い周到な準備ぶりに驚かされた。
JR東日本の発電所_1
JR東日本の発電所_2
劇団四季の専用劇場
我が娘も独身時代はかなり通ったところだ。
劇団四季の専用劇場_1
劇団四季の専用劇場_3
ゆりかもめ
東京臨海新交通臨海線ゆりかもめの軌道。下からは走行する車両が見えないところが殆どだ。
東京臨海新交通臨海線ゆりかもめの軌道_1
東京臨海新交通臨海線ゆりかもめの軌道_3
東京臨海新交通臨海線ゆりかもめの軌道_5
東京臨海新交通臨海線ゆりかもめの軌道_6

東京湾湾奥部と隅田川河口の様子
ホウスイの前は間違いなく東京湾湾奥部と言えるが、少し左側にある小さな黒いビルからは隅田川なんだろう。台風の後などは、右端に見える船舶の辺りは上流からの泥水で黄土色に変色する。
東京湾湾奥部と隅田川河口の様子_1
右に小さく見える船舶の辺りが、私が隅田川河口だと思っているところ。左端に緑が見えるところは浜離宮恩賜庭園
東京湾湾奥部と隅田川河口の様子_2
隅田川河口から浅草方面に向かう松本零士プロデュースの『ホタルナ』もしくは『ヒミコ』。今回はどちらだろう?素晴らしく格好が良い。
東京湾湾奥部と隅田川河口の様子_3
東京湾湾奥部と隅田川河口の様子_4
こちらは『龍馬』。海・東京に関係した偉人シリーズの1号船だそうだ。アーリーアメリカン調の船内に一歩足を踏み入れると、そこにデジャ・ブを感じるはずとのことだが。上流からやってきてあの地点で旋回したが、浜離宮恩賜庭園に入ろうとしているのだろうか?
東京湾湾奥部と隅田川河口の様子_5
河口に新しい橋が架かるのだろうか
河口に新しい橋が架かるのだろうか_1
河口に新しい橋が架かるのだろうか_2

竹芝桟橋からの眺め
レインボーブリッジ
レインボーブリッジ
晴海埠頭方面
晴海客船ターミナル、晴海信号所などが見える
晴海埠頭方面

伊豆七島へ向かう東海汽船の『虹』
意外にコンパクトだが、沖合で大きく揺れないだろうか
伊豆七島へ向かう東海汽船の『虹』_2
伊豆七島へ向かう東海汽船の『虹』_3

スカイツリー
スカイツリー_1
スカイツリー_2

帰り道
浜松町の跨線橋から
芝離宮恩賜公園が見える。秋にこの前を通ると自分の耳が難聴になったかと思うほど、昆虫の啼き声が姦しい。
芝離宮恩賜公園
直ぐ前に列車やモノレールが見え、遠くに東京タワーが見える
直ぐ前に列車やモノレールが見え、遠くに東京タワーが見える
おなじみ浜松町駅の小便小僧。ボランティアのグループが定期的に衣装を交換しているそうだ。
小便小僧_1
小便小僧_2

以上で今回の『浜離宮恩賜庭園に行く+α』シリーズはおしまいです。お付き合いいただき有難う御座いました。

 

浜離宮恩賜庭園に行く+α(6)

浜離宮恩賜庭園(6)
鴨場の施設が見られるのは全国で5箇所しかないそうだが、東京では浜離宮恩賜庭園のみ。簡単に見られるものではないようだ。
新銭座鴨場
元溜り
波風一つ立たないし、人間に見られている感じも与えない。カモがゆっくり羽根を伸ばせるような環境にしつらえてある。中の島もその一環だろう。
元溜り_1
元溜り_2
元溜り_3
元溜り_4
元溜り_5
解説イラスト
解説イラスト
大覗
ここから覗きながら鳥の集まり具合や風向きを判断してどの引堀を使うかを決める
大覗
その穴から見た様子
大覗の穴から見た様子
小覗
板木を叩きながらヒエやアワを撒き、飼いならされたアヒルが引堀に入ってくる。それにつられて引堀に水鳥たちも入ってくる。
引堀側から見た小覗。目立たないようにカモフラージュされている。
小覗_1
こちら側から覗いていた。
小覗_2
板木を叩いて囮のアヒルに合図を送った
小覗_3
引堀
鷹匠が確認し、頃合いを見計らって合図を送る。その配下の鷹師たちが配置に付き、鷹でカモを捕まえた。
明治時代は鷹ではなく叉手網(さであみ)でつかまえ、逃げそうに鳴ったものは鷹で仕留めた。あの池は危険だという情報を仲間に知らせないためだったとのことだ。

新銭座鴨場の引堀
引堀_3
庚申堂鴨場の引堀
引堀_2
庚申堂鴨場の引堀
引堀_1
鴨場は、庚申堂鴨場と新銭座鴨場の二つがあります。築造は、前者が1778年、後者が1791年という古いもの。鴨場は池と林を3mほどの土手で囲い、土手には常緑樹や竹笹をびっしりと植え、鴨が安心して休息できるように外部と遮断しました。ここでは池に幾筋かの引堀(細い堀)を設け、小のぞきから鴨の様子をうかがいながら、稗・粟などのエサとおとりのアヒルで引堀におびきよせ、機をみて土手の陰から網ですくいとるという猟を行っていました。

鴨塚の碑
2つの鴨場では昭和19(1944)年まで鴨猟が行われていた。昭和10(1935)年、宮内省の鷹匠戸部与四郎がカモの供養のために建立したとのことだ。
鴨塚の碑

馬場跡
吉宗がことのほか乗馬習得に熱心だったとのことだ。この頃アラブ種などを導入した。ここではヨーロッパの馬術を練習した。当時の日本の馬術は中央アジア、欧州に比べ遅れていたようだ。それどころか、彼の時代には武士も馬に乗れないものが珍しくなくなっていた。蹄鉄も一緒に入って来たそうだ。
馬場跡

浜離宮恩賜庭園散歩の最後に

浜離宮ユビキタス
庭園めぐりに際して、「携帯端末を使った庭園案内サービス」を無料で利用することができる。50台あるが、絶対に使いたいという人は予約もネットできるとのこと。日本語、英語、中国語繁体、簡体、ハングルの5カ国語対応。
浜離宮ユビキタス

 

浜離宮恩賜庭園に行く+α(5) 2013.02.11 23:12訂正

浜離宮恩賜庭園(5)

築地川沿いに進む

旧・稲生(いなぶ)神社
ご神体がなく神社の機能がないかつての神社って、何のために残してあるんだろうか?暫し考えてしまった。
旧・稲生(いなぶ)神社_1
旧・稲生(いなぶ)神社_2
旧・稲生(いなぶ)神社_3
「旧・稲生(いなぶ)神社は浜離宮庭園内に天明(1781年~1789年)、稲荷神社として建立されました。その後、明治時代に同じ浜離宮庭園内の現在の場所に移転してきたそうです。関東大震災で本殿は破損し、昭和6年に大修理が行われました。残念ながら現在は”ご神体”が無く、神社としての機能はありません。東京都では修復保存しているようです。

牡丹園
牡丹園はまだまだこれからのようだ。冬牡丹などではなく、普通に咲く牡丹のようだ。60種約800株もあるんだと、開花時に再訪する価値がありそうだ。
牡丹園_1
ヒヨドリツグミも牡丹の生育状況が気になるのだろうか…kanageohis1964さんに感謝
牡丹園_2
ぼたん園は60種約800株が植えられており、春には色とりどりの花が優雅さを競っています。

内堀に架かる橋を渡る

三百年の松
確かに見事な松だ。よほど手入れが良いのだろう。
三百年の松_1
三百年の松_2
三百年の松_3
六代将軍家宣が庭園を大改修したとき、その偉業をたたえて植えられた松。太い枝が低く張り出し、堂々たる姿を誇っています。

延遼館跡
標識の写真部分を拡大したもの
延遼館跡_0
延遼館跡_1
延遼館跡_2
延遼館跡_3
延遼館跡_4
延遼館跡_5
浜離宮大手門を入ったすぐに延遼館跡があります。
今は広い芝生と石灯籠など庭園跡だけが残る延遼館は、明治2年(1869)に落成した我が国最初の洋風建築で、鹿鳴館ができるまでは迎賓館としても用いられ、明治12年、第18代アメリカ大統領グラント将軍が引退後ここに2ケ月も滞在し、明治天皇とも交流を深めたところとして知られています。
当時の建物は明治20年の地震により損壊し取り壊されました。そして今回の東日本大震災で、庭園跡の石灯籠が倒壊したままとなっていました。


内堀に沿って庚申堂鴨場に向かう

内堀
内堀_1
内堀_2
内堀_3
内堀_4
内堀_5
ここにもスライドゲートがあった
ここにもスライドゲートが
内堀から庚申堂鴨場にかけてかなり多数のムクドリを見かけた
ムクドリ_1
ムクドリ_2
ムクドリ_3

庚申堂鴨場
道のあるところからは写真が撮りにくかった。仕方がないので、もう一つの新銭座鴨場の方を撮影することにする。(次回取り上げる)

庚申堂鴨場から新銭座鴨場の方に向かう途中に松の茶屋の前を通る

松の茶屋
対岸から見た様子
松の茶屋
近くから見た様子…ここからだと内部は見えない
近くから見た松の茶屋_1
近くから見た松の茶屋_2

 

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