散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

ヴェルニー公園~長井~荒崎海岸(8)

荒崎にて(3)
再びバス停の位置まで戻る
アオサギとコサギ・ダイサギ
『爺さん、風邪を引かないうちに、早いところバスに乗って帰りなよ』とでも言いたげに、お別れのミニ飛翔を披露してくれた。
アオサギとコサギ_1
アオサギとコサギ_2
アオサギとコサギ_3
アオサギとコサギ_4
アオサギとコサギ_5
アオサギとコサギ_6
アオサギとコサギ_7
アオサギとコサギ_8
アオサギとコサギ_9
アオサギとコサギ_10
アオサギとコサギ_11
此処から先はダイサギのようだ。
ダイサギ_1
ダイサギ_2
ダイサギ_3
ダイサギ_4
ダイサギ_5
ダイサギ_6
ダイサギ_7
ダイサギ_8
アオサギとコサギ_9

船舶引き上げ用の巻き上げ装置
船舶引き上げ用の巻き上げ装置

以上で、荒崎までの小遠征シリーズはおしまいです。最後までお付き合いいただき有り難うございました。

 

ヴェルニー公園~長井~荒崎海岸(7)

荒崎にて(2)
さすがに三浦半島の突端に近い場所だけあって、それなりに風は吹いているが、決して強風&波浪の状況ではない。波の砕け散るさまはそれほど迫力があるわけではなかった。もう少し強い風が吹くと、富士山もはっきり見えただろうし、波も豪快に砕け散っただろうに、それが見られなかったのがちょっぴり残念。
潮騒の丘からの眺めの続き
潮騒の丘の下の岩礁
潮騒の丘の下の岩礁_1
潮騒の丘の下の岩礁_2
潮騒の丘の下の岩礁_3
潮騒の丘の下の岩礁_4
潮騒の丘の下の岩礁_5
潮騒の丘の下の岩礁_6
潮騒の丘の下の岩礁_7
潮騒の丘の下の岩礁_8
潮騒の丘の下の岩礁_9
潮騒の丘の下の岩礁_10
潮騒の丘の下の岩礁_11
潮騒の丘の下の岩礁_12
潮騒の丘の下の岩礁_13
海水浴場方面
先まで行けば海水浴に適した砂浜があったのを漸く思い出した。空いているところを狙って、いつも危ない岩礁の辺りで泳いでいた。今考えるとちょっと無謀だったかも
海水浴場方面

展望デッキからの眺め
潮騒の丘の下の岩礁
潮騒の丘の下の岩礁_1
潮騒の丘の下の岩礁_2
潮騒の丘の下の岩礁_3
潮騒の丘の下の岩礁_4
潮騒の丘の下の岩礁_5
どんどんびき
どんどんびき
展望デッキ
展望デッキ_1
展望デッキ_2
展望デッキと弁天島にかけての岩礁
展望デッキと弁天島にかけての岩礁_1
展望デッキと弁天島にかけての岩礁_2
展望デッキと弁天島にかけての岩礁_3
展望デッキと弁天島にかけての岩礁_4
展望デッキと弁天島にかけての岩礁_5
十文字洞
波の力によって穴があいているが、その穴が内部で十字に交差しているのだそうだ。歩道が壊れていて中に入れなかったのが残念。
>十文字洞_1
>十文字洞_2

 

ヴェルニー公園~長井~荒崎海岸(6)

荒崎にて(1)
いよいよ荒崎だ。
荒崎シーサイドコース
この海岸の特徴は、白い頁岩(けつがん)と黒い凝灰岩(ぎょうかいがん)が層を成す海蝕台と海蝕洞にある。どんな様子かは以下の写真をご覧いただきたい。
荒崎シーサイドコース
潮騒の丘からの眺め
夕日の丘の下の岩礁
夕日の丘には行きそびれた。しかし、潮騒の丘と隣り合っているので、直下の岩礁はよく見ることができた。釣り人がちょっと危険な岩場で頑張っていた。大丈夫なのかなあ
夕日の丘の下の岩礁_1
夕日の丘の下の岩礁_2
夕日の丘の下の岩礁_3
夕日の丘の下の岩礁_4
夕日の丘の下の岩礁_5
夕日の丘の下の岩礁_6
亀城礁灯標
かなり沖合にあるのだが、黄黒黄の目立つ灯標。確かに設置場所あたりに波が立っていて、海面の色も変わっている。ということから急に浅瀬になっていることがわかる。この先には富士山が見えるのだが。その様子は下記URLから確認されたい。
灯標:船舶が岩礁、浅瀬等の障害物を確認する時の目標。障害物上に設置。
亀城礁灯標_1
亀城礁灯標_2

亀城礁灯標の精細な写真があるHPへjump

江ノ島を望む
江ノ島を望む

城山(荒崎山)
『潮騒の丘』という洒落た名前がついているが、元々は『荒崎山』と呼ばれていたようだ。
嘉永3年(1850)頃、彦根藩が台場を築いた所で、異説もあるが古くは三浦一党、荒次郎義澄の居城長井城の跡であったとのこと。

城山(荒崎山)の潮騒の丘_1
城山(荒崎山)の潮騒の丘_2
1051年(永承5年)前九年の乱(陸奥阿倍の乱)の働きにより、村岡為通は衣笠を領して居城とし、初めて三浦の姓を使用し、三浦の初代となる。
1180年(治承4年)8月26日の衣笠合戦(畠山重忠等武蔵七党との戦い)で衣笠城が落城し、4代目の三浦大介(おおすけ)義明は討死する。三浦大介義明の次男 三浦荒次郎義澄らは、落城前に安房に逃れ、石橋山の戦いで逃れた源頼朝と合流し、やがて兵を立て直して平家を滅ぼし、三浦一族は鎌倉幕府創設の礎となった。


どんどんびき
幅3m、奥行き20mの三方を崖に囲まれた入り江。深く切り込んでいるので轟音を響かせ打ち寄せる波がどんどんひいていくことからこの名前が付いたそうだ
どんどんびき

潮騒の丘の下の岩礁などメインになる景色は、長くなるので次回以降に取り上げる

 

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