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散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

江戸東京たてもの園に行った(8)

子宝湯
何という立派な銭湯だったのだろうか。七福神の彫刻、脱衣所の折上格天井など贅沢すぎる造りだ。
外観ほか
子宝湯_外観ほか_1
子宝湯_外観ほか_2
七福神の彫刻だそうだ
子宝湯_外観ほか_3
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子宝湯_外観ほか_6
子宝湯_外観ほか_7
男湯
子宝湯_男湯_1
子宝湯_男湯_2
子宝湯_男湯_3
女湯
ここ以外では、内部をしみじみと見たことがないので、興味津々。
子宝湯_女湯_1
少しはお色気を感じてもらえるだろうか?
子宝湯_女湯_2
子宝湯_女湯_3
子宝湯_女湯_4
子宝湯_女湯_5
子宝湯_女湯_6
子宝湯_女湯_7
番台はこんな風
番台はこんな風
名称:子宝湯(こだからゆ)
建築年代:1929年(昭和4)
所在地:足立区千住元町
解説:東京の銭湯を代表する建物です。神社仏閣を思わせる大型の唐破風や、玄関上の七福神の彫刻、脱衣所の折上格天井など贅をつくした造りとなっています。


鍵屋(居酒屋)
江戸末期に建てられた居酒屋さんの建物か。入りやすい建物だなあ。近くで営業していたら、すぐに入り浸ってしまいそうだ。
外観および店内の様子
鍵屋(居酒屋)_1
鍵屋(居酒屋)_2
鍵屋(居酒屋)_3
鍵屋(居酒屋)_4
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鍵屋(居酒屋)_7
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鍵屋(居酒屋)_9
カブトビールは、かつて丸三麦酒によって、愛知県半田市に半田赤レンガ建物として整備されている工場で、1898年(明治31年)から1943年(昭和18年)まで製造されたビールなんだそうだ。
鍵屋(居酒屋)_10
「仏国機那葡萄酒」「機那鉄葡萄酒」について調べたページへjump
小上がりほか
二階も臨時の客席になったのかな?
鍵屋(居酒屋)_11
鍵屋(居酒屋)_12
名称:鍵屋(居酒屋)[旧武蔵野郷土館収集]
建築年代:1856年(安政3)
所在地:台東区下谷二丁目
解説:台東区下谷の言問通りにあった居酒屋です。
震災・戦災をまぬがれた鍵屋は、1856年(安政3)に建てられたと伝えられています。
建物と店内は1970年(昭和45)頃の姿に復元しています。

 

江戸東京たてもの園に行った(7)

旅館萬徳
およそ150年前の建物だ。CM風に言えば、『ほぼ150年前…』というところか。何度か増改築を繰り返したそうだ。そして室内の様子は私が生まれたころの状況を再現しているのか。商人宿というところだな。この20年ほど後だと、駅前旅館がかなり似た風情だったが、ここまでは古くはなかったかもしれない。
資料によれば、富山の薬売りなどの行商人や御岳山詣での人々が多く利用していたそうだ。そうだったのか。この状態で何と平成5年まで営業していたそうだ。何とか商売を維持できたんだ。知っていれば、一度泊まってみたかったなあ。

旅館萬徳_1
旅館萬徳_2
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これは五右衛門風呂かなあ。これで平成5年まで頑張ったか。
旅館萬徳_15
旅館萬徳_16
復元工事の記録のページへjump

名称:万徳旅館(まんとくりょかん)
建築年代:江戸時代末期~明治時代初期
所在地:青梅市西分町
解説:青梅市西分町の青梅街道沿いにあった旅館です。建物は創建当初に近い姿に、室内は旅館として営業していた1950年(昭和25)ころの様子を復元しています。


小寺醤油店
白金五丁目にあったのか。昭和初期の建物らしいが、昔ながらのデザインで、かなり目立ったことだろう。天現寺の幼稚舎に通っていた奴らは記憶の端に残っているかもしれない。
庇の下の腕木とその上の桁が特徴の『出桁造り』だそうだ。あまり目立たないけど、こんなものなのかもしれない。
小寺醤油店_1
小寺醤油店_1_1
小寺醤油店_2
小寺醤油店_3
小寺醤油店_4
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小寺醤油店_7
お酒も醤油も味噌も量り売りだったのか。古き良き時代だったんだ。
小寺醤油店_8
小寺醤油店_9
小寺醤油店_10
袖蔵というものかな。いい感じだなあ。
小寺醤油店_11
小寺醤油店_12
小寺醤油店_13
名称:(こでらしょうゆてん)
建築年代:1933年(昭和8)
所在地:港区白金五丁目
解説:大正期から、現在の港区白金で営業していた店です。味噌や醤油、酒類を売っていました。
庇の下の腕木とその上の桁が特徴の〈出桁造り(だしげたづくり)〉がこの建物のみどころです。

 

江戸東京たてもの園に行った(6)

武居三省堂(文具店)と花市生花店
もともとは別のところに所在していた2つの店。移設するにあたって、ちょうど都合の良い店同士だと判断して、並べて展示してあるのだろう。両方ともに昭和初期の建物。
書道専門店というのは、現在よりも需要があったのかな。また、生花店は新しい時代に入って、高所得層を中心に少し需要が出てきたのだろうか?当時の粋な店だったのだろう。
『千と千尋の神隠し』制作にあたって参考にしたのが、この江戸東京たてもの園内に何箇所かあるといわれている。ビデオを何度も見たはずなのに、細かくは記憶していないのだが、釜爺がせっせと働いていた場所のイメージが『武居三省堂』だそうだ。記憶力の確かな人は確認できるかなあ。
メインの舞台ともいえる銭湯の『油屋』は、『子宝湯』を参考にしたといわれる。ここは後の回で撮り上げる予定だ。
そのほか、湯婆婆のもとで働く契約ができた千が、仕事以外の時間を過ごす場所は、すでに取り上げた高橋是清邸だとか。一面のガラス張りがそっくりに描かれているとか。

高橋是清邸は別として、『武居三省堂』と『子宝湯』とは、既視感がいっぱいの感じがする。
2店が並ぶ様子
2店舗でちょうど1店舗に見える感じ。狭小店舗の走りだろうか。
2店が並ぶ様子_0
2店が並ぶ様子_1
2店が並ぶ様子_2
花市生花店
店内の様子が、割とモダンだと思った。解説文を見ると、昭和30年代の店内の様子を再現しているのだとか。道理で、外観よりは新しい感じになっていたのだろう。
花市生花店_1
花市生花店_2
花市生花店_3
花市生花店_4
花市生花店_5
名称:花市生花店(はないちせいかてん)
建築年代:1927年(昭和2)
所在地:千代田区神田淡路町一丁目
解説:昭和初期に建てられた〈看板建築〉の花屋です。建物の前面は花屋らしくデザインされています。店内は昭和30年代の花屋を再現しています。

武居三省堂(文具店)
右から始まる文字列で、『筆墨硯文具算盤問屋』と書かれてある。最初は、卸だったようだ。狭い間口からは想像できないほどの品ぞろえがあったように見えた。
武居三省堂(文具店)_1
武居三省堂(文具店)_2
武居三省堂(文具店)_3
武居三省堂(文具店)_4
武居三省堂(文具店)_5
武居三省堂(文具店)_6
武居三省堂(文具店)_7
名称:武居三省堂(文具店)(たけいさんしょうどう)
建築年代:1927年(昭和2)
所在地:千代田区神田須田町一丁目
解説:明治初期に創業した文具店です。当初は書道用品の卸をしていましたが、後に小売店に変わりました。
建物は震災後に建てられた〈看板建築〉で前面がタイル貼りになっていて屋根の形にも特徴があります。

 

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