散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

次大夫堀公園民家園(6)

旧安藤家住宅主屋(2)
室内の様子
役向きの部屋
名主の役目を果たしていた部屋だろう。当然のことながら畳の部屋だ。
役向きの部屋_1
役向きの部屋_2
役向きの部屋_3
役向きの部屋_4
役向きの部屋_5
役向きの部屋_6
役向きの部屋_7
役向きの部屋_8
明治13年の書類か。北多摩郡大蔵村とある。北多摩郡だったのか。
役向きの部屋_9
和ろうそくの時代だったんだ
役向きの部屋_10
その他の部屋
こちらが、家人の生活空間だったはずだ。当主が役務執行中は声を潜めて暮らしていたのかな。
その他の部屋_1
その他の部屋_2
その他の部屋_3
その他の部屋_4
その他の部屋_5
その他の部屋_6
その他の部屋_7
竈はいったいいくつあったのだろう。土間に張り出した板張りの場所にある小さな竈は来客のないとき用かな。
その他の部屋_8
その他の部屋_9
流しはこんな風だったか
その他の部屋_10
土間および軒下
ちょっとした収穫後の作業やお祝い事の炊き出しなど楽にできる広さだ。それくらいの器量が必要だったのだろう。
その他の部屋_11
その他の部屋_12
その他の部屋_13
その他の部屋_14
その他の部屋_15
その他の部屋_16
その他の部屋_17
その他の部屋_18
その他の部屋_19
その他の部屋_20
その他の部屋_21
その他の部屋_22
その他の部屋_23

旧秋山家住宅土蔵
なかなか美しいフォルムだなあ。凄い外観だが、桁行3間(5.4m)、梁間2間(3.6m)だから、それほど大きい穀蔵ではない。
旧秋山家住宅土蔵_1
旧秋山家住宅土蔵_2
旧秋山家住宅土蔵_3
旧秋山家住宅土蔵_4
旧秋山家住宅土蔵_5
旧秋山家住宅土蔵_6
旧秋山家住宅土蔵_7

世田谷区指定有形文化財(建造物)
昭和56年7月22日指定
江戸時代
桁行3間(5.4m)、梁間2間(3.6m)、土蔵造、切妻造、茅葺
この土蔵は深沢の秋山家屋敷の入口脇に建っていた外倉で、穀倉として使用されていました。内部に文政13年(1830)の祈祷札が打ち付けられており、この頃に建築されたと推定されています。
穀倉であったため、害虫や湿気の対策として、内部の床と壁には板を張っています。
園内では名主屋敷の外倉として復元されています。


以上で、『次大夫堀公園民家園』シリーズは終了です。最後までご覧いただきありがとうございました。

 

次大夫堀公園民家園(5)

旧安藤家住宅主屋(1)
表門付近
名主の役宅であったため、このような高札が掲げられていたのか。こういうのを目にすると、反抗心を煽り立てたり、迂闊な言動したりすることにブレーキがかかる感じ。それを狙ってのことなのだろう。
表門付近_1
表門付近_2
表門付近_3
表門付近_4
表門付近_5
表門付近_6
表門付近_7
主屋全景ほか
フルサイズ換算24ミリでは収まらず、魚眼擬きでやっとおさまった。かなり大きな屋敷だった。
主屋全景ほか_1
主屋全景ほか_2
ずっと見てきたグループ活動がここでも行われていた
主屋全景ほか_3
主屋全景ほか_4
主屋全景ほか_5
式台付近
立派な構えだ。私もここから入らせてもらった。
式台付近_1
式台付近_2
式台付近_3
式台付近_4

世田谷区指定有形文化財(建造物)
平成5年4月30日指定
江戸時代
桁行13間(24.0m)、梁間5間(9.2m)、寄棟造、茅葺
附 内倉 明治28年9月、表門
この主屋は旧大蔵村名主であった安藤家の屋敷内に建っていたものです。安藤家では天保5年(1834)頃に村名主となり、主屋を建てたと推定されます。
間取りは、農家と名主の役宅の機能を兼備えているため、式台が付く多室型となっています。
民家園では、主屋から続く内倉や糸場、役宅から眺める庭、表門など、かつての安藤家の屋敷配置をできる限り再現しています。

 

次大夫堀公園民家園(4)

旧加藤家住宅主屋
世田谷のごく普通に存在しただろう中規模以上の農家と思われる。もとの所在場所もすぐ近くだったようだ。その辺りの昔の様子を想定した展示内容になっている。が、実際は、趣味のグループの作業場所かな。
外観
ちょうど茅葺き屋根の葺き替え中だった。見た感じ一部、必要箇所のみの葺き替えのように見えたが、どうだったのだろうか?この作業も自分たちの手で行っているようだった。主に週末に行うのかな?
主屋
主屋_1
主屋_2
主屋_3
納屋
こちらは移築したものか、雰囲気に合わせて増設したものか不明。いわゆる納屋だろう。軒先には、収穫直後と思われる大麦が干してあった。
納屋_1
納屋_2
焙炉(ほいろ)もあった。お茶も自家製茶だったようだ。
納屋_3
納屋_4
家屋内部
見ての通り、趣味のグループの活動場所になっている。我々がそれを見させてもらうことができるのは当然のことだ。
昔の味噌部屋かな
こちらは藍染めの染料が入っている壺。『藍染めの会』が使用している。
昔の味噌部屋かな_1
昔の味噌部屋かな_2
昔の味噌部屋かな_3
土間
竈があるのは当然だろうが、その隣に石臼がある。豆腐でも作っていたのかなあ。
土間_1
立派な杵と臼も残されてあった
土間_2
炊飯用の竈以外に、大鍋で湯を沸かすための大型の竈があった。もち米をふかしたりしたのかなあ。
土間_3
居間
養蚕に取り組んでいた。お蚕さんは旺盛な食欲を見せていた。何をつまみ出しているのかと聞いたら、萎びた桑の葉をつまみ出しているとのことだった。
居間_1
居間_2
居間_3
居間_4
居間_5
屋外
屋根葺きの見本
屋根葺きのグループの手になるものかな?
屋外_1
屋外_2
こちらは土壁の見本
やはり担当のグループがあるようだ。
屋外_3

世田谷区指定有形文化財(建造物)
昭和56年5月20日指定
江戸時代
桁行7間(12.7m)、梁間4.5間(8.0m)、寄棟造、茅葺
物置付、間口1.5間(2.7m)、奥行4間(7.2m)

喜多見にあった加藤家の屋敷から移築した主屋は、江戸時代末の安政2年(1855)以前に建てられたと推定されています。間取りは整形四ッ間型といい、俗に田の字型とも呼ばれる形式で、関東地方では江戸時代後期の農家に一般的に見られた間取りです。
加藤家では明治期に養蚕を盛んに行なっていたので、主屋にはスノコ天井や煙出し櫓など、養蚕のための様々な工夫が見られるのも特徴の一つです。

 

« »

06 2018
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
メッセージボードα
Information from AzTak

5月10日(木)-11日(金)は、所用で自宅に殆どいません。私からのアクセスはかなり遅くなると思います。大変申し訳ありません。m(_ _)m

-- E N D --
.
.
プロフィール

AzTak

Author:AzTak
FC2ブログへようこそ!

定年後の時間たっぷりの輩です。写真撮影やプログラミングが趣味です。

当ブログは、リンクフリーです。

カテゴリ
フリーエリア
リンク
検索フォーム
リンク
QRコード
QR