散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

北鎌倉で花を愛でた(8)

東慶寺(3)
小さな石像ほか
小さな石像ほか_1
小さな石像ほか_2
小さな石像ほか_3
松ヶ岡文庫への通用口前
入ることができるわけではない。許可されたもののみだろう。
松ヶ岡文庫への通用口前_1
松ヶ岡文庫への通用口前_2
安宅弥吉翁頌徳碑
松ヶ岡文庫に向かう道に安宅弥吉翁頌徳碑が建つ。「松ヶ岡文庫」建設に際し、喜捨してくれた安宅氏を称えたものだそうだ。『自安』というタイトルだが、『自安』とは安宅弥吉翁のことを指す言葉らしい。『自安居士安宅弥吉君は…』で始まっている。
安宅弥吉翁頌徳碑
シャクナゲ
シャクナゲ_1
シャクナゲ_2
シャクナゲ_3
シャクナゲ_4
また小さな石像が
ここまでくると、背後にはイワタバコが見えてくる
また小さな石像が
イワタバコ
いろいろなところに咲き出したが、次回、まとめて取り上げることにする。私の大好きな花さんだ。
イワタバコ_1
イワタバコ_2
用堂尼墓
第五世の後醍醐天皇皇女用堂尼入寺以後、東慶寺は『松ヶ岡御所』と称され、寺格の高い尼寺としてその名を馳せるようになったのだそうだ。
用堂尼墓_1
用堂尼墓_2
用堂尼墓_3
用堂尼墓_4
この寺の歴史を彩る住持の墓
また、失敗してしまった。何故、きちんと撮らなかったのだろう。右奥が用堂尼墓。左奥が覚山尼墓。中央手前が天秀尼墓。天秀尼は、母の名も、出家前の俗名も不明だそうだ。
この寺の歴史を彩る住持の墓
覚山尼墓
東慶寺開山で北条時宗夫人。時宗亡き後、女人救済の「駈込寺」となる松岡山東慶寺を開創。
天秀尼墓
第二十世の豊臣秀頼の息女が7才で入寺。その際、家康に「寺法永続」を願ったという。衰退しかかった寺を再興したと、歴代中最も大きい墓が建てられた。

お分かりになるだろうか
右端が天秀尼墓。左側が歴代の尼僧墓所。奥には釈宗演墓など。釈宗演老師は、男僧第二世にして、明治から大正初期にかけての、仏教界のリーダー。建長・円覚両派の管長を兼任。東慶寺中興開山の称号が与えられた。
お分かりになるだろうか_1
左側が歴代の尼僧墓所。奥には釈宗演墓など。
お分かりになるだろうか_2
お分かりになるだろうか_3
楞伽塔
『りょうがとう』と読ませるのだろう。釈宗演老師の窟号は楞伽窟(りょうがくつ)である。その老師の逝去を悼んでの石塔なのかな。
楞伽塔
釈宗演老師と歌人佐佐木信綱の歌碑
何方も何と書いてあるのかあらかじめ知っていても、なお読み下すことができない。情けない話だ。さらに、何方も禅問答のようで、浅学菲才の私にはわかりかねる。う~~ん。
何度も目を凝らして読んでみた。『古(草書体)ゝろより屋がて心に伝ふれば さく花となり鳴く(啼く?)鳥(当里?)となる』と書かれてあるのかな。検索してみると、『大切な教えを人から人へ、心から心へ伝えていけば、それは必ず花となって開くであろう、鳴く鳥となって現れるであろう』という意味合いだとか。う~~ん。
釈宗演
心よりやがてこころに伝ふればさく花となり鳴く鳥となる
佐佐木信綱
雲に問へはくもはもたせり風にとへはかせなかれ去るいかにせましや

釈宗演老師と歌人佐佐木信綱の歌碑
釈宗演墓
何とも中途半端な撮り方をしてしまった。仏像の前に墓があるのだ。
釈宗演墓

 

北鎌倉で花を愛でた(7)

東慶寺(2)
廃仏毀釈の嵐の中で、東慶寺も厳しい道を歩まざるを得なかった。その当時の千姫が寄進した仏殿が、三渓園に引き取られていったのも、仕方がないことだったのかもしれない。そうした中で、明治38年(1905)に釈宗演禅師が入寺、中興開山となり、新たに禅寺としての歩みを始めたのだ。師の高徳ゆえ、門下には居士、哲学者、政財界人多くあつまったようだ。鈴木大拙もその一人。のちに裏山に「松ヶ岡文庫」を設立、世界的禅文化の発展の拠点ともなった。あの夏目漱石も参禅しているのだ。
ということで寺勢を盛り返していった。

本堂
私が見に行ったときは、本堂裏のイワガラミの特別公開中だった。特に余分なお金をとられるわけではなく、有難く見せていただいた。前述したように、いろいろ苦難の歴史があり、今日、我々が目にする本堂はごく新しいものになっている。
本堂_1
本堂_2
本堂_3
手前の石塔
こちらは何の石塔なのか私にはわからない。
手前の石塔_1
手前の石塔_2
植村宗光和尚の宗光塔
釈宗演老師に見いだされ、厳しい修行を積み、奥義を究めようとした植村宗光だったが、日露戦争に応召従軍し、戦死した。その死を深く悼んだ老師が、自室の前に宗光の墓塔を建てたのだそうだ。偉大なる師にそこまで期待されていたとは、…。相当な逸材だったのだろう。
植村宗光和尚の宗光塔_1
植村宗光和尚の宗光塔_2
イワガラミ
アジサイ科イワガラミ属の落葉つる性木本。見た目には普通のアジサイのように見えるかもしれない。が、よく見れば、岩肌に絡み付いているのだ。珍しいものを見たものだ。
イワガラミ_1
イワガラミ_2
イワガラミ_3
イワガラミ_4
イワガラミ_5
イワガラミ_6
イワガラミ_7
イワガラミ_8
イワガラミ_9
イワガラミ_10
イワガラミ_11
イワガラミ_12
名前のとおり、幹や枝から気根を出して高木や岩崖に付着し、絡みながら這い登り、高さ10~15mくらいになる。山地の道路法面を上から這い下がる場合もある。葉には葉柄があり、枝に対生し、形は広卵形で10cmほどで、葉の先端は尖り縁の鋸歯はまばらになる。花期は6月~7月で、小さなややクリーム色の両性花が集まる花序のまわりに、白色の装飾花が縁どる。装飾花は花弁状の萼片が1枚しかない。
書院
関東大震災で倒壊したのち、建て替えられたもの。話が横道に逸れるが、以前は1634年(寛永11年)の徳川忠長屋敷から移築された建物であった。この徳川忠長公をご存知だろうか。江戸時代前期の大名。極位極官が従二位大納言で、領地が主に駿河国だったことから、通称は駿河大納言。徳川家康の孫にあたる人物である。文句ない生まれなのに、後世の人は殆ど知らない人物。
神奈川県鎌倉市扇ヶ谷にある薬王寺に徳川忠長公の奥方(織田信長の孫・織田信良の娘)松孝院殿妙行日久が功徳主となって建立した供養塔が残っている。
その薬王寺には、かつて会津藩をおさめていた蒲生家と磐城平藩をおさめていた内藤家とが縁戚を結んだのだが、嗣子を成すことなくお家断絶になってしまった。その残された四国の松山城主蒲生忠知公の奥方と息女のお墓がある。さらに話が逸れるが、磐城平藩をおさめ、のち日向国延岡藩をおさめていた内藤家の墓所は江戸ではなく、鎌倉の光明寺にある。

書院_1
書院_2
大正12(1923)年9月1日の関東大震災で倒壊した書院が、復興したのは大正14年末のこと。工事費は当時の金額で約2万円。格天井には十六菊花紋を描いて、第5世用堂尼以来の御所寺の面影を残している。(非公開)
金仏
それほど大きくはない仏像が鎮座ましましている。時宗の眠る廟の方角(圓覚寺佛日庵)を捉えて瞑想しているそうだ。北条時宗の正室覚山尼が開山と伝えられる寺院だから、当然のことなのだろう。
金仏
松ヶ岡宝蔵
東慶寺伝来の寺宝を展示する宝物館「松ヶ岡宝蔵」。ここだけは別途入館料300円が必要。恥ずかしながら、館内を見たことがない。
建長寺にもあったが、こちらにもさざれ石があった。画面左下にある。
松ヶ岡宝蔵
東慶寺伝来の寺宝を展示する宝物館「松ヶ岡宝蔵」。ここで衆目を集めているのは、縁切寺の歴史を伝える寺法書や呼び出し状、駈け込みの実例を記録した松ヶ岡日記。

 

北鎌倉で花を愛でた(6)

東慶寺(1)
10分ほど歩き、東慶寺に到着した。縁切寺として名高い長い華麗なる歴史を持つ寺院だ。現在は花の寺として有名で、梅、桜、花菖蒲、紫陽花、岩たばこ、岩がらみ、秋明菊など四季折々の花が咲く様を愛でることができる。この時期は、ダイジェストでも取り上げた岩たばこ、岩がらみが咲き出していた。
寺域に入った
明月院と違って、訪問客の年齢層がかなり上の感じかな。その分、落ち着いてみることができるかもしれない。
寺域に入った_1
寺域に入った_2
寺域に入った_3
寺域に入った_4
寺域に入った_5
山門を潜ったあたり
いきなりお花畑の様相を呈している。心和む感じだ。
ホタルブクロ
ホタルブクロ
カルミア
ちょっと盛りが過ぎてしまったかなあ。何色が主流なのかなあ。
カルミア_1
カルミア_2
石仏
かなり風化した石仏像だ。でも、味わいのある感じが良い。
石塔_1
石塔_2
紫陽花の仲間
例年通り、先頭を切って開花したのは、クロヒメアジサイだったそうだ。
紫陽花の仲間_1
紫陽花の仲間_2
紫陽花の仲間_3
木瓜
木瓜
文学碑
下記2作品のほかに、釈宗演と佐佐木信綱との碑文が一つの石に刻まれた作品を撮ったが、夏目漱石参禅100年記念碑や水原秋桜子の歌碑は見落としてしまったようだ。
女流作家田村俊子の記念碑
この女作者はいつも おしろひをつけてゐる この女の書くものは 大がひおしろひの中から うまれてくるのである
女流作家田村俊子の記念碑
四賀光子歌碑
流らふる大悲の海に よばふこゑ時をへだてて なほたしかなり
四賀光子歌碑
鐘楼
鐘楼_1
鐘楼_2
参道の様子
年配客が多い感じかな
参道の様子

 

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